龍と鬼を結びし者 一節《初邂》

突発的に作ってみたくなった外法帖SS。製作三時間弱。いまいち龍閃組と会いにくい陰龍斗と京梧たちの半バトルもの。

 鬼哭村―――九角屋敷

「桔梗、龍を知らないか?」

「たーさんですか? いいえ、知りませんが・・」

 屋敷に入ってきた桔梗に、九角が聞くと、桔梗は首を横に振る。

「そういえば、今日はまだ顔をみてませんねェ・・・・。ああ、それでしっくり来なかったのか」

「お前もか?」

「ええ、毎朝、風祭の坊やと、言い争い・・・、というより、坊やが勝手につっかかってるだけですけどね・・・、飽きもせずやってるじゃないですか」

「妙ないい方だが、すでに村の朝の慣習のようなものだからな」

 二人が苦笑に近い笑みを浮かべる。

「それを見ないと、朝がきたという感じがしないんですよ」

「ふッ・・・、いつのまにか、あいつがいることが当たり前になっていたな」

「そうですね・・・」

 桔梗は、数ヵ月前、山小屋で出会った頃の龍斗のことを思い出す。

 その時は、ただの風変わりな旅人だと思っていた。無手術とゆうのは珍しいが、それでも少しばかり腕のたちそうな若者。そして、鬼哭村の存在を明るみにせぬため、排除しなければならぬ、厄介者。

 だが、天戒の生み出した山氣の鬼をけしかけた途端、それがかなり控えめな目利きだったことに気付く。

 龍斗は、人外たる鬼を前にしても、慌てる事さえしなかった。首を吹っ飛しかねない、丸太のような腕を掻い潜り、およそ常人では考えられないような威をもつ拳で、鬼を叩き伏せていた。

「鬼の村か・・・。おもしろそうだな」

 こともなげにそう言い、龍斗は鬼哭村までやってきた。それからは、鬼道衆の一員として、だが、あくまで龍斗は、己の心を欺くことなく、この村で過ごしてきた。

 世には反幕の衆と呼ばれる鬼道衆として任務に携わる一方、その鬼道衆そのものの行いを正そうとすることがある。時には、天戒に向かって、怒りや不満をぶつけてくることさえあった。

「たーさんは・・・・」

「ん?」

「たーさんは、鬼道衆とは・・・、いえ、この村の者とは、まったく違う目をもって事を行います。それは、時にあたしたちとは相反する答えをもって・・・」

「・・・・・そうだな。龍は、鬼道衆としては向いてないのではないかと、思うことさえある。徳川への復讐心を持たず、万人に向けられる慈愛を持ちながら、何故、俺に・・・・この怨恨満ちる村のために、働いてくれるのだろうか、とな・・・・」

 腰を下ろし、部屋の一角を見る。そこは、龍斗がいつも座す場所だ。

「・・・・・龍斗は、この村にいるどの者とも違う。龍は《風》だ。この村にとって奴が、心地良き風となるか、荒ぶる嵐となるか・・・・・」

 ガララッ。

「若ッ―――おお、桔梗もいたか」

「おや、九桐。どうしたんだい、そんなに慌てて・・・・」

 扉を開け、駆けこんできた九桐は、やけに息を切らしていた。まるで全力疾走でもしてきた後のように。

「ここに、龍斗はこなかったか?」

「なんだ。お前も、龍の顔をみないとしっくりこないのか?」

「?」

 笑っている二人に九桐が怪訝な顔をする。

「いえ、あいつと稽古でもしようかと探していたんですがね・・・・、昨日、奴が言ってたことを思い出しまして・・・・」

 いつも飄々としている、この男には珍しい焦りの様子に、二人の顔つきも変る。

「大川の一件から日が浅いのに、まさか、実行に移すとは思ってなかったんですが・・・・」

「もったいぶらないで、早くお言いよ」

「・・・・・多分、江戸に下りたのではないかと・・・・・」

「何!?」

 大川の一件からまだそれほど経っていない。龍閃組等の警戒は、かなり強いものだろう。そんなときに一人で江戸にいくなど、かなり危険だ。

「ちょっと、たーさんはなんでそんなことしてるんだいッ?」

「いや・・・、それが、昨日、『なんか無性に蕎麦が食いたい』と言っていたのだが・・・・」

『・・・・・・・・・・』

 二人が顔を見合わせる。そんな理由で? と思う反面、あいつらしい理由か? とも思った。どこかズレた思考と、尋常ならざる実行力の持ち主なのだ、龍斗は。

「村の者が、門に向かう龍斗を見たと・・・、おそらく外に出ています・・・」

「・・・・・・・・・・奴のことだ。そうそう捕らわれたりしないだろうが・・・・・」

 半分以上、自分に言い聞かせているような口調だった。

 

昼四つ時―――久寿屋

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

 四人の視線が、一人の男に向けられていた。その男も、蕎麦を口に放り込んだ状態で固まり、その視線を受けとめていた。

「・・・・・・・・・・・」

 ズゾーッ

 視線を戻した男が、思い出したように蕎麦を啜る。

「―――って、ちょっと待て!」

「ん?」

 先頭で店に入ってきた男―――京梧が、何事もなかったかのように、食事を再開する男―――龍斗に叫ぶ。

「えーと・・・・、蓬莱寺、だったよな? 何?」

「お前・・・・・」

「・・・・・そんなところに立ってると迷惑だぞ? 座ったらどうだ」

 京梧が何かを言いあぐねていると、龍斗が、空いている隣の机を顎でさした。しばらくの沈黙の後、京梧たちがその机に移動する。

「・・・・・・」

「何にしやしょう?」

 店主がやってきて、慌てて四人は蕎麦を頼む。

「ふー、堪能した―・・・・・」

 京梧たちの蕎麦が来たと同時に、龍斗が空になった椀を下ろした。四人は知る由もなかったし、知ったことでもなかったが、それは四杯目だった―――。

「じゃ、勘定、ここに置いとくよ―――」

「いや、待てッ」

 誰も蕎麦に手をつけないまま見ていると、龍斗がいきなり帰ろうとしたため、京梧が慌てて呼び止める。

「ん?」

 素直に机に戻る龍斗。

「何?」

「何って・・・・」

「えっと・・・・」

 聞かれて逆に四人が困っている。京梧は「お前、鬼道衆か―――」と聞きたいのだ。九桐といっしょにいたことから、それはおそらく間違いではないと確信していた。だが、ここまで平然と目の前にいられると、その確信が揺らいでくる。

「お主・・・・九桐や桔梗たちの仲間か?」

 醍醐は、言葉から「鬼道衆」の名を外した。人前で口にするものじゃない。

「そういや、雹が世話になったんだってな? ありがとな」

 醍醐の問いに答えるかわりに、龍斗はそう言った。是も非もない。明らかに肯定だ。

「にしても、知らなかったのか?」

 龍斗が不思議そうな顔で言い、そして、龍斗が鬼道衆であることを知っているはずの美里の方に目を向ける。

 美里は俯いていた。

「そっか・・・? ま、いいや」

 ダンッ!

『―――!?』

「じゃなッ!」

 龍斗はいきなり椅子から飛び退き、四人が驚きで固まってしまっている内に、店から飛び出していた。

「―――野郎ッ!」

「あ、ちょっとお客サンッ!?」

「悪いツケにしといてくれ!」

 龍斗を追って店を飛び出した四人を見送り、店主がボーゼンとしている。四人のいた机には、まだ一箸もつけられていない蕎麦が湯気をたてていた。

「ちッ! もういねェ―――、醍醐、小鈴! おまえらはそっちに行ってくれ!」

「おうッ!」

「う、うんッ!」

 四人が二手に分かれ、龍斗を探し始めた。道にいる者を強引に引きとめ、龍斗の逃跡を掴もうとする。

 しかし―――、まるで煙にでもなって消えてしまったかのように、龍斗は逃げおおせてしまった。

 

 宵六つ刻―――茶屋

「・・・・・・・・・・・・」

 ゴンッ

 京梧が入り口の柱に頭をぶつけていた。あまりの脱力感に倒れ掛けたのだ。

「・・・・・・・・・・・」

 絶句していた。四人とも。

 龍斗捜しをあきらめ、気分転換にでもと小鈴が茶屋に三人を引き連れていったのだが、そこでまた、龍斗とあった。

 場面は、さっきとほぼ一緒だ。龍斗が咥えているのが、蕎麦から団子に変っただけで。

「―――よーし、わかった。たたっ斬るから、そこ動くなよ?」

 ちょっと目の据わった京梧が刀の柄に手をかける。

「勘定ここ置いとくよーッ!」

「待てこらッ!」

 京梧たちの横を駆け抜け、窓から飛び出す。京梧たちもそれを追い、店から飛び出した。

「・・・・・・・・・・・・」

 十皿目の団子を持ってきた花音は、しばし呆然とした後、龍斗の皿を片付け始めた。

 

 ザザッ!

「とととッ!」

 人通りの少ない道で、龍麻が前方の角から出てくる醍醐と小鈴が飛び出したのを見て、慌てて急転回する。が、逆走しようにも、京梧たちが追いつき、退路を遮った。

「もう逃がさねェ」

「覚悟してもらおうか」

 京梧と醍醐が距離を詰める。小鈴が醍醐の後ろで弓を構えていた。

「・・・・・ふー」

 龍斗が一つ息をつく。と、途端に龍斗の放つ気配が変った。

「しょうがない。やるか・・・」

 僅かに腰を落とし、拳を握って構えをとる。

 京梧と醍醐の動きが止まった。小鈴が高まった緊張に生唾を飲み込む。

「あんたたちとは一度、闘ってみたいとは思ってたけど、まさか一人でやることになるとはねェ・・・・」

 ジリジリと龍斗が京梧に近づいている。醍醐の動きにも気を張りながら。

「俺も同じ意見だな。だが、龍閃組として闘うことになるとは思ってなかったぜ・・・・」

 バッ!

 龍斗と京梧が同時に動いた。甲と刃のぶつかり合い、両者がすれ違う。

「鬼道衆とは思わなかった?」

「ああ、九桐たちとはあまりにも雰囲気が違ったからな―――剣掌・神氣発剄!!」

「螺旋掌!」

 両者の放った氣がぶつかり合い、相殺する。

「―――セイッ!」

 技の消失と同時に、自分の間合いに跳び込んできた龍斗に、横薙ぎの一撃を繰り出す。龍斗は地面を這うような姿勢でさらに踏み込み、京梧の剣撃をかわすと同時に、距離の自分の間合いにする。

「せあッ!」

「クッ!」

 龍斗の放った龍星脚を受け、京梧が吹っ飛ぶ。瞬間身体を捻り、威力を逸らしたが、そのまま並んでいた樽に突っ込んだ。

「セイヤアアアッ!」

「チィッ!」

 追撃をかけようとした龍斗に向かって、醍醐が重い蹴撃をたたき込む。両腕でそれを受けるが、勢いを殺しきれず、地面に叩きつけられた。

「おらあッ!」

 醍醐が龍斗に向かって拳を振り下ろす。

「ひゅうッ!」

「ぐあッ!?」

 肩で地面に円を描くように身体を捻り、醍醐の拳をかわした龍斗が蹴りで醍醐の顎をカチ上げる。

 バシッ!

 背後から射られた矢を、振り向きもせず掴んだ。

「嘘ッ!?」

 まさか素手で止められるとは思ってなかった小鈴が驚く。

「・・・・・支援者に回復役。こっちから先に潰さないと厄介だな」

「!?」

 龍斗の言葉に、京梧と醍醐が飛び起きる。小鈴に向かって駆け出した龍斗に向かって、両者も駆け出す。

「させるかッ!」

「そう来るよなッ!」

「!?」

 龍斗に向かって発剄を放とうとした醍醐の背筋が凍る。龍斗が急停止し、醍醐の懐に飛び込んでいた。

「ウリャアアアアッ!!」

「―――!!」

 声もなく醍醐が吹っ飛ばされる。瞬間連撃『八雲』を受け、その巨体が塀を突き破る。

「醍醐ッ!」

「・・・・・」

 龍斗が小鈴に向かって再度駆ける。

「―――このッ!」

 小鈴が龍斗に向かって矢を番える。が、その視界がいきなり遮られた。

 壊れた樽の破片を龍斗が蹴り飛ばしたのだ。

「―――かはッ」

 重い衝撃を腹に受け、小鈴が崩れ落ちるように倒れた。

「これで二人・・・・」

 小鈴の傍らに立つ龍斗が、京梧と藍に視線を向ける。

「てめェ・・・」

「もう、数の差の余裕はなくなっただろうね?」

「・・・・ああ、こっからが本当の勝負だッ!」

「・・・・改めて名乗ろうか」

 龍斗が構えを取り、攻撃的な気配を撒き散らす。

「鬼道衆が一人―――緋勇 龍斗、参る・・・・」

「・・・・蓬莱寺 京梧―――お相手してやるぜッ!」

「雄ォォォォォッ!」

「ディヤアアッ!」

 

 

「う・・・・」

「気がついたか?」

 醍醐が目を開けると、隣に腰を下ろしている京梧がいた。えらくボロボロの風体だ。

 見ると、藍が自分に治癒術をかけている。

「・・・・・!」

 醍醐が上体を跳ね起こし、周囲を慌しく見まわす。

「あいつなら、もういねェよ」

「・・・・逃げたのか?」

「うん、仲間らしい人たちが来て、煙幕張っちゃって」

 小鈴が少しフラつく足取りで近づいてきた。

「浪人ふうの格好していたが、ありゃ、鬼道衆の下忍だな」

「後は、もう見事な手並みでスタコラと、ね・・・・」

「追うのも、忘れちまうくらい、見事な逃げっぷりだったぜ。ま、追う余力なんてなかったがな」

「・・・・・なにか、楽しそうだな、蓬莱寺」

「ん? そうか・・・・。まあ、ぶっ飛ばされてたお前には悪いが・・・・・・不思議な闘いだったぜ。命がけだってのに・・・、まるでダチと遊んでるみたいなよ・・・・・」

「あの人は・・・」

「ん?」

 それまで黙りこくっていた藍が口を開く。三人の視線が集まった。

「あの人は、他の鬼道衆とは違うわ・・・」

「・・・・・・・」

 藍は、それっきり口を開かず、醍醐の治癒に戻った。

「・・・・・まあ、変った奴だってことは、ハッキリしたよな」

 

 暮四つ刻―――鬼哭村

「龍ッ!」

「たーさん!」

 下忍たちとともに村に帰ってきた龍斗の側に、天戒たちが駆け寄ってくる。

「よォ」

「よォ、じゃねェ! たんたんッ、てめェ、なに勝手な事――――」

 叱咤しかけて、澳継が絶句する。側に寄って初めて、龍斗がボロボロの風体であることに気付いた。特に左肩の傷はかなり深いらしく、巻いてある布が真っ赤に染まっている。

「疲れたから・・・・・寝る・・・・」

「っと!?」

 倒れ込む龍斗を、九桐が支える。龍斗はすぐに規則正しい寝息をたてていた。

「・・・・・まさか、龍閃組と闘り合ったのか?」

 九桐の問いに、下忍の一人が頷く。

「新宿内藤で、四人の、龍閃組らしき者たちと交戦しておられました」

「四人・・・・全員ではないか」

「よく逃げてこれたね・・・・」

「いえ、我等が駆けつけたときには、坊主と弓使いはすでに倒れていました。剣士の方も、龍斗殿同様に、かなり消耗していたようなので、逃げることは容易でした」

「・・・・とにかく、龍を屋敷につれていってくれ、九桐」

「わかりました」

 九桐が龍斗の身体を肩に担ぎ、九角屋敷に向かう。

「・・・・まったく、俺は下忍たちと一緒にやって、負けたっていうのに・・・・・。よくもやってくれたな、龍斗」

 九桐は笑みを浮かべながら恨み言を言っていた。

「・・・・・お前たちもご苦労だったな。下がってくれ」

「ハッ」

 下忍たちが、言われたままに村の中に散っていく。

「たくッ・・・、馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、まさかここまで馬鹿だとはな・・・」

「あら、坊や。そんなこと言ってていいのかい?」

「・・・・何がだよ」

「たーさんは、龍閃組に負けずに帰ってきた。こいつは快挙だよ。今まで誰にも出来なかったことなんだからね」

「・・・・・・・・・」

 澳継は、無言のまま、その場を離れる。

「何処いくんだい?」

「うるせェッ! 何処に行こうが俺の勝手だッ」

 駆けだし、あっという間にその場から消えた。クスクスと桔梗が笑いをこぼす。

「修練場に向かったな」

「たーさんに負けたような気がして悔しいんでしょうね」

「ふ・・・・」

「たーさんの吹かす《風》は、もしかしたらこの村を壊すかもしれません。でも、それによって、なにか新しいものが生まれるかもしれない・・・。あたしゃ、そんな風に思えるようになってきましたよ」

「・・・・・・屋敷に戻るか。桔梗、あいつの手当てをしてやってくれ」

「はいな」

「勝手なことをした仕置きの意味もこめて、思いきり手荒くな」

「アハハッ、そいつはいいですねェ―――」

   龍と鬼を結びし者 一節――― 終

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