抱〜ほう〜
柳生に斬られた後の話。
はやせさんへのキリリク。
十二月二十四日(木)―――午前2時16分。 桜ヶ丘中央病院―――病室。 ガバァッ! 「―――――!」 暗闇の中、上体を撥ね上げ、龍麻が目を醒ました。 カーテンの隙間からさし込む街灯の明りが、わずかに天井を照らしている。 「・・・・・・・・・」 呼吸が荒い。心臓が大きく打っている。 ベッドから降り、呼吸を整える。 氣を練るときの呼吸法の応用で、身体機能はある程度コントロールできた。 「・・・・・ふう」 激しい鼓動がおさまり、呼吸が通常のものへと戻った。 ズキッ! 「くッ・・・・・」 胸に鈍い痛みが走った。服の前を開くと、胸と右胴を完全に覆うように、包帯が巻かれていた。 この包帯の下には左肩から右胴をに抜けるように、一本の大きな傷がある。四日前、『あの男』によって刻み込まれた敗北の証だ。 「・・・・・くそッ」 龍麻は身体を投げ出すように、再びベッドに横になり、シーツの中で小さく呻いた。 汗に濡れたシャツが、ひどく不快だった。
同日。 真神学園屋上―――放課後。 「・・・・・葵ー、また悩んでる?」 「小蒔・・・・・そう思う?」 「だって、ずっと遠くを見てるような目してるもん、葵。・・・・・・あの日から、ずっと」 屋上の端にある落下防止のための塀に背中をあずけている葵が、空を見上げる。 「・・・・・・私、よくわからなくなってるの。自分の気持が」 「葵の気持?」 「龍麻に対する感情・・・・・・」 「・・・・・・・」 自身を抱くように、胸の前で腕を組む。再び足元を見下ろす美里の顔には、困惑とも悲しみともとれる表情が浮かんでいる。 「私は、龍麻のことが・・・・・好き」 「えっと・・・・・いきなりそういうことを打ち明けられても、返答に困るんだけど・・・・・」 「うふふ・・・・。でもね、この感情は、もしかしたら私の勘違いだったのかもしれない・・・・そう思ってしまうの」 「葵・・・・・?」 困った顔をしていた小蒔が、その言葉に眉をしかめた。のろけに近い話かと思えば、随分と深刻な話に変わってしまった。 「あの話を聞くまでは、この感情は間違い無く本物だって、思ってた」 「・・・・・・・・」 「龍麻は、《黄龍の器》・・・・私は《菩薩眼》の女・・・・。道心さんは、この二つの間には強い繋がりがあると言ってたわ」 四日前、『あの男』に龍麻が斬られる少し前に、中央公園に敷かれた方陣の中に住んでいる楢崎 道心が龍麻たちに言った言葉だ。人の歴史ほども深い繋がりをもつ二つの《宿星》。 「出会ったときから感じていた・・・・・《力》が目醒めた後はもっと強く感じていた・・・・。龍麻を見るたびに感じていた不思議な感覚・・・・・。でも、それは《心》ではなく、《力》が感じていたのかもしれない」 俯いている美里にはわからなかったが、小蒔の表情に変化が起きていた。心なしか肩や手に力が入っているような感じも受ける。 「考えないようにしても、どうしても、こう考えてしまうの・・・・・。龍麻と私の《宿星》、二つの《力》の共鳴の感触を・・・・・龍麻に対する、特別な好意と勘違いしていたんじゃないかって――――」 「馬鹿ッ!!」 「!!」 小蒔の怒声に、美里は顔を上げた。怒声よりも、一番の親友に声を張り上げて怒られたという事に驚いていた。 「なんでそんなこと言うのッ!? 葵はひーちゃんのことが好きなんでしょッ!?」 「でも・・・・・・」 「でもじゃないッ! 《力》ッ? 《宿星》ッ? そんなの関係ないじゃないッ! みんな知ってるよッ! 葵がひーちゃんを好きだってことッ! ホントにホントに好きだってことッ!!」 「小蒔・・・・・・」 「・・・・・そんなこと言っちゃ、ひーちゃんが可哀想だよ・・・・・。ひーちゃんだって、葵のこと・・・・・」 ガチャッ! ドアが開く音がして、二人が会話を止める。見ると、校舎内との扉から、京一と醍醐が現われた。 「・・・・・・どうした?」 京一が聞く。二人とも京一達の出現で、なんとか平常通りに戻ろうとしたが、やはり気が昂ぶっているのを気づかれたらしい。 「ううん、なんでもないよ、それよりどうしたの?」 それでも小蒔は、そのまま話を流す。 「あ、ああ。そろそろ桜ヶ丘に向かおうと思ってな・・・・」 醍醐も二人の様子がいつもと違うことには気づいたが、おそらく聞かれたくない話なのだろうと察し、深くは突っ込むことはしなかった。 「あ、そうだったねッ。葵ッ、行こッ!」 「えッ? う、うん・・・・」 小蒔は美里を引っ張るようにして、校舎内に戻っていった。二人の男が取り残される。 「・・・・どう思う、タイショー」 「さあ、な。ドア越しでは、龍麻に関することとしか聞こえなかったからな」
桜ヶ丘中央病院―――病室。 「あ、皆・・・・」 四人が病室に入ってきたのを見て、龍麻は読んでいた文庫を閉じた。 「よおッ。元気か、ひーちゃん」 「入院してる人に言う言葉じゃないね」 申し合わせていたかのように、サラッとツッコむ龍麻。 「おッ、いつも通りの龍麻だな。安心したぜ」 「そうだな。目を醒ました時は、ほとんど口も聞けない状態だったからな」 「あれ? ひーちゃん、目の下にクマが出来てるよ?」 「ホント・・・・、どうしたの、龍麻?」 四人の目が龍麻に集まる。龍麻は居心地が悪そうにしていたが、やがてポツリと呟いた。 「・・・・・眠れないんだ」 『え?』 四人が声を合わせて、聞き返した。 「目を閉じてしばらくすると、どうしてもあの時のことが夢に出てきてね」 うつ伏せ気味にそう答えた龍麻は、胸に手を当てる。そこには四日前、《凶星の者》柳生によって刻まれた傷がある。 「・・・・・・・クッ!」 龍麻の右手が震えていた。左手でそれを抑えようとするが、その手も震えていて、ままならない。 「ひーちゃん・・・・・」 京一は、それ以上、言葉を紡げなかった。 龍麻は泣いていた。京一たちはこれまで龍麻が泣いたのを見たことはなかった。比良坂が炎の中に消えていった時も、龍麻は涙を流さなかった。ただ、ずっと無言のまま、鬼道衆への怒りを駆り立てるだけだった。 その龍麻が、泣いていた。 「・・・・・・あのとき、俺、動けなかった。目を合わせただけなのに、恐怖で指一本動かせなかった」 震える声。 「いろんな人達を苦しめ、死においやってきた相手を前に、俺・・・・・・」 「・・・・・・・・」 龍麻は急にまわりが温かくなったような感じを受けた。閉じていた目をあけてみると、龍麻は自分が葵に頭を抱かれていることに気づく。 「龍麻・・・・・、ずっと気づかなかったわ。目を醒ましてからずっと、私達の前では平気な顔してたけど・・・・・・怖かったのね」 「・・・・・・・・」 「覚えてる・・・・・? 花見のとき、あなたは私を抱きしめてくれた。《力》に目覚め、私が不安になっていた時、いつもあなたは、私を抱きしめ、安心させてくれた・・・・・。不安を消してくれていた」 「・・・・・・・・」 「あなたは私を何度も救ってくれた。その《力》と《心》で・・・・。私だけじゃない。京一くんも、醍醐くんも、小蒔も・・・・、あなたがこの東京で出会った仲間たちも・・・・・みんな、いろんなものから、龍麻に救われている・・・・」 「う・・・・・」 龍麻が、美里の腕にしがみつくように、美里に身体を預ける。 「私じゃ龍麻みたいに、安心はあげられないかもしれないけど・・・・・、だけど安心して。あなたは一人じゃないもの。あなたが皆を救ってくれたように、私達も龍麻を救いたいの・・・・・」 「・・・・・・うん」 龍麻は美里から離れ、涙を拭った。だが、涙は止まっていない。すぐに頬が濡れる。 しかし、涙の意味は先ほどのものとは違っていた。 「ハハッ、しばらく泣き止めそうもないや。嬉しくてさッ」 「・・・・・ヘヘッ、やっと本当にいつものひーちゃんだなッ」 京一の言葉に、皆が笑い出す。
その日、龍麻は夢は見なかった。
12月25日。 3−C教室―――放課後。 「お、いたいたッ!」 美里、小蒔、それに3−Cにやってきたアン子が談話していると、昼休みからいなくなっていた京一が教室に入ってきた。 「京一くん?」 「きょ〜いちッ! 授業さぼってなにやってたんだよ、キミはッ!」 「まァまァ、それはおいといて」 京一は目の前のものをよこにどかす仕草をしてから、美里の方を向いた。 「美里。さっき、ちょっとした用事で桜ヶ丘にいってきたんだがな・・・・」 「龍麻の所に?」 「ああ。それでな―――」 京一はビタリと言葉を止め、横で聞いているアン子に目をやった。 「な、なによ?」 「アン子、ちょっと席を外せ。いや、できるなら今すぐ家に帰って一歩も外にでるな」 「ハァ? ちょっと、なんで私をのけ者にするのよッ」 「うるせぇッ! お前がいると、絶対なんか邪魔になるハズだからな。さっさと帰れ」 「・・・・私、今ヒマになると、誰かさんのおかげで闇に葬られた真実を世に知らしめるための行動を起こすしかないんだけど・・・・・」 「うッ・・・・・」 「具体的に言うと、真神新聞第十四号メイン記事「蓬莱寺、大失態」の再発行」 「くッ・・・・・仕方ねェ。聞いててもいいが、絶対何もするなよ」 「それは、聞いてから考えるわ」 「・・・・・・・・美里。今日、龍麻とデートしねェか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・えッ?」 たっぷり、10秒ほどの間をおいてから、聞き返す。 「今日、クリスマスだろ? ひーちゃんも今日で退院だし、どーせ、誰とも約束してねェだろうなと思って、俺が聞いてきたんだよ。今日、誰かと一緒に過ごしたいか?ってな」 「それで、ひーちゃん、葵のことを?」 小蒔の言葉に、京一は何か含むものがあるような笑みを浮かべて頷く。 「あの野郎。ほとんど即答で嬉しそうに「葵」って答えやがった。ま、予想通りだったがな」 「へェ〜」 「で、どうする美―――あッ!?」 アン子の姿が消えていることに京一が気づく。見ると、入るときに閉めていたハズの教室のドアが開いている。 「あいつは忍者(如月)かッ!? と、とにかく美里、もしOKなら、新宿駅の西口のツリーのところ、そこが待ち合わせ場所だから行ってやってくれッ」 「え、う、うん」 美里の返事もまたずに、京一は教室から飛び出し、アン子の後を追った。後には、取り残された感じの美里と小蒔。 「・・・・・・」 「・・・・・・良かったね、葵」 「え・・・・・うん」 美里はハッとした顔になり、教科書やノートを入れた鞄を持ち、席からたちあがる。 「・・・・・・小蒔」 「?」 「昨日、龍麻にあって、私・・・・・わかったの」 「・・・・・なにを?」 美里は、何度かあたりを見渡し、教室の中や、外の廊下に人がいないことを確認してから、小蒔にこう言った。 「私・・・・・やっぱり、龍麻が好き」
新宿駅西口―――ツリー前。 「ねェ、龍麻。向こうに素敵なお店があるの。そこでお茶でも飲んで、ゆっくり話しましょう」 「そうだね。桜ヶ丘じゃ、あんまり話すこともなかったしね」 「うふふ・・・、さあ、行きましょう」 龍麻と美里が肩を並べて歩き出す。その姿はどこにでもいる仲の良いカップルのそれだった。 「・・・・・・・動いたわ」 「・・・・・・・そのようだな」 その二人の背を追う視線が二つ。ツリーから少し離れた場所に、目深にかぶった帽子と襟の高いコートという格好をした男女が二人。 一人はカメラ、一人は木刀の入っているであろう細長い袋を持っていた。 知っている人が見れば、一発で誰かまでバレる、このクリスマス一色の街中では浮きまくった変装をしたアン子と京一だった。 「さあ、こっちも動くわよ。助手一号ッ」 「誰が、助手一号だッ!」 「声が大きいッ」 「くッ・・・・・、許せ相棒。いくらお前の晴れ舞台でも、『アン子秘蔵の一品、舞園さやか未公開生写真』なんてものをチラつかせられりゃ、俺はアン子の犬になるしかねェんだッ」 悔しそうに握り拳を振るわせていたが、目元が笑っていた。一方、アン子の方は、満面の笑みだった。 「ふふふ・・・・・クリスマスの街を彩る真神一のカップル・・・・。次のトップは決まったわね」 「へェ〜・・・・・」 「・・・・やっぱりか」 『ギクッ!』 突然、後ろからの二つの声に、二人が身を固まらせる。その声はとても聞き覚えが、というよりほぼ毎日聞いている声であった。 二人がゆっくりと後ろを振り向く。 「よ、よォ、タイショー」 「あ、あら、桜井ちゃん。き、奇遇ね」 予想通り、後ろには小蒔が立っていた。その後ろには、飽きれているのか、顔を手で覆っている醍醐が立っている。 「京一・・・・友として俺は情けないぞ・・・・・」 「アン子〜〜〜」 「あ、あはは・・・・」 「醍醐くんッ」 「お、おうッ」 小蒔と醍醐が、アン子と京一を引きずって、龍麻たちとは逆の方向に連れていく。 「いや〜〜〜ッ、まだ一枚しか撮ってないのに〜〜ッ!」 「アン子、その一枚、美里に渡してからネガ没収ね」 「いや〜〜〜ッ! 2倍、いや3倍で売っても、完売間違いなしなのに〜〜〜ッ!!」
「あれ、今アン子ちゃんの声が聞こえなかった?」 「・・・・・さあ?」 |