■剣業〜ケンゴウ〜
諸羽君+龍麻です。
1999年三月―――夕刻 「悪かったね、こんなトコまで呼び出したりして」 「いえ・・・・、さやかちゃんの仕事も一段落つけましたから」 僕とさやかちゃんは、ここ龍山邸まで来ていた。ちょっとキツい道のりではあったが、珍しく真剣な口調で、来てくれと龍麻先輩に言われれば来ないわけにもいかない。 来て見れば、いつも通りの先輩だったので、少し拍子抜けはしたけど・・・・。 「それで、龍麻さん。私達に用って、なんですか?」 「んー、二人とも疲れてるだろ? 少し休んでからにしよう。龍山さん、今いないけど、許可はとってあっから」 さやかちゃんの問いに答えず、そう言って先輩は玄関から屋敷に入っていった。僕達は、数瞬お互いの視線を合わせ、慌ててその後についていく。
「・・・・・美味しかったです」 先輩のいれてくれたお茶は、とても和やかな気分にしてくれた。龍山さんに教わった淹れ方らしい。 「俺さ、明後日、中国に行くんだ。しばらく帰ってこないから」 『・・・・・・・・・・・・・え?』 和んでいた時間の数倍の間の後に、二人同時に聞き返す。あまりにも日常的な会話に聞こえて、言葉の内容を理解できてなかった。 「だから、しばらく中国に行くことにしたから。んでね、その前に―――」 「ちゅ、中国って、なんでですかッ!?」 「しばらくって、どれくらいなんですッ!?」 「あッ、もしかして、京一先輩とッ!?」 「そうだッ、美里さんはどうするんですかッ!?」 「あのさ、二人同時に一斉に聞かれてもねェ」 僕達が驚かないとでも思ってたのか、龍麻先輩は僕とさやかちゃんに詰め寄られ、少し仰け反った姿勢で頬を掻いている。 「そうだね、気の済むまでいるつもりだから、・・・・ま、数年はいないだろうね。とりあえず一人で、この一年で聞いたこと、知ったことを確認、つーか、単にこの目で見てみたくなった。単なる好奇心っていわれたらそれまでだけど、これが理由。美里は・・・・まあ、そのへんは聞かんでほしい」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「んでね、その前に、やっておきたいことがあってね。諸刃、剣持ってっか?」 「え・・・・、ええ、一応。京一先輩との稽古用の剣ですが・・・・・」 「ん〜、それでいいや。んじゃ、行こうか」
先輩は、僕達を連れて、竹林の中へ入った。数分で、他よりも竹がまばらに生えている、開けた場所にたどりつく。 「んじゃ、闘ろうか?」 「へ?」 僕と五歩ほど離れた場所で、こちらに向き直った先輩が、手甲を両手につけていた。 「だから、闘ろう?」 いきなりの対戦の申し込みは、まるで遊びにでも誘うような、笑みと口調とあいまって、僕の混乱を煽った。 どうして、いきなりそういう展開になるんだろう? どこか冷静な自分が心の中にいて、そう僕に問い掛ける。 「んじゃ、行くよ」 先輩が軽〜くそう言って構えをとる。でも、放ってる気配が全然軽くない。戦闘態勢に入り視線を合わされただけで、重い・・・・痛い。 「霧島くん・・・・・」 おそらく、今までの《敵》に向けられていただろう龍麻先輩のこの気配を感じ取ったのだろう。さやかちゃんが震えてる。 「さやかちゃん、離れててッ。どういう訳かは全然わからないけど、龍麻先輩は本気みたいだ・・・・・」 「・・・・う、うん」 さやかちゃんが小走りで離れていき、十分な距離をとってこっちに振りかえる。と、その顔が驚愕に変わった。 「・・・・!?」 視線をさやかちゃんから前に戻すと、目の前に先輩がいた。手を軽く伸ばせば届く距離。いつもどおり、薄い笑みを浮かべた龍麻先輩だが、瞳には鍛えられた日本刀の刃を思わせる、鋭い光が宿る。 「ハッ!」 「くッ!?」 その瞳に魅入られたように固まった後で、一挙動で繰り出された掌打を布に包んだままの剣で受けとめられたのは、今まで培ってきた経験が、身体を半ば無意識に動かしてくれたからだろう。風船が割れるような鋭い音とともに衝撃で布が千切れ飛び、僕は数歩後退した。 続けて繰り出された掌打をなんとかかわして間合いをとり、鞘から剣を抜く。稽古用の刃を削った剣だが、それなりの重量はあり、まともにあたれば骨くらい折ってしまう代物だ。 「ハッ! ヤッ!」 左の掌打を剣の腹で止めた直後、半歩踏み込んだ龍麻先輩の右足が恐ろしい速度で振り上げられる。それを、ギリギリで仰け反りかわすが、顔のすぐ上にある踵が、振り上げられたときよりも早く鋭く落ちてくる。 シャッ! 左足を下げ、身体を半身にすることでなんとかかすめるだけですんだが、無理な態勢だったためよろけてしまい、数歩後退した。 ドンッ! 強烈な踏み込み。目には見えないが、衝撃が氣とともに螺旋を描き、足下から先輩の身体を駆け上がる。そして、それは右手に収束し、僕に向かって放たれた。 「くぅッ!」 横に跳び、発剄をかわす。背後にあった竹が数本、弾けるように折れた。 ザンッ! 「!?」 どういう脚力をしてるのか、龍麻先輩はすでに自分の間合いまで距離を縮めていた。 「―――やあッ!」 懐に入られて威力は出せないが、牽制するために剣を振るう。 だが、先輩はそれを手甲で受けとめ、即座に腕を傾げ甲の上で刃を滑らせて威力を完全に逸らした。 軽いバックステップで間合いを剣のものにし、第二撃を振るうが、さらに一歩踏み込んだ先輩は、刃の根元に手甲を叩きつけ、こちらの動きを止めた。そして、軽く右手を僕の胸につける。 ゾクリ 圧倒的な寒気が背筋に走る。 「――――」 声を発することもできずに、吹っ飛んだ。視界が回り、そして暗転。 「まだまだ、だねェ」 気付くと、あお向けの態勢で倒れていた。顔をあげると、先輩がこっちに向かって歩を進めている。 「霧島くんッ!」 「はい、ストップ」 こちらに駆け寄ろうとしたさやかちゃんが、先輩の声で金縛りにあったように、ピタリと足をとめる。手で軽く制されただけなのに、これだ。 「す、すごい人ですね・・・・」 「ん?」 「京一先輩が、相棒と呼んだ人・・・・・」 僕は、側の竹にすがりつくように立ちあがる。密着状態で発剄をくらい、吹っ飛ばされた後、地面にでも叩きつけられたのか、身体のアチコチがいたいが、まだ戦闘不能になるほどじゃない。多分、さっきの一撃は手加減されたものだろう。 「あの闘い・・・、すごい一年だったんですよね。僕は、その半分ぐらいしか一緒に戦えませんでしたけど・・・・」 「・・・・・でも、一年の中でも濃い半年だったよ」 「・・・・龍麻先輩は、京一先輩と、その一年を戦い抜いてきたんですよね。僕は二人を尊敬してました・・・・。そして、二人が羨ましかったです」 「・・・・?」 先輩の足が止まる。僕の言葉を待っているようだ。少しフラつく足を柄尻で叩き、しっかりさせる。 「非日常的な、あの激しい戦いを真正面から叩き伏せてきた・・・・・。二人が二人とも、お互いの背を預けることができる、本当に信頼があった」 「京一とはウマが合ってね。正反対であり、ある意味、似た者同士である、ってのが醍醐の弁だよ」 「醍醐さん・・・・、美里さん、桜井さん・・・・・、劉さんたち・・・・。みんな強い人たちばかりです。そんな人たちに近づきたい、追いつきたい」 「・・・・・・・」 「でも、龍麻先輩も、京一先輩も・・・・、どんどん先に進んでいった。追いつけないくらい、速く・・・・・」 腰を沈め、構えをとる。先輩もそれに同調するように構えをとった。 「・・・お前は、俺達のことを過大評価しすぎだ。それに自分のことを過小評価しすぎでもあるよ」 「え・・・」 「そんなんじゃ、護れっこないぞ。さやかちゃんを」 ザンッ! また、一瞬で間合いを縮められる。踏み出しからトップスピードが出てるんじゃないかとおもうほどの加速だ。剣の平を盾にし、掌打を受けとめ、先輩の腕を振り払うように、剣を横に薙ぐ。 先輩は、それを手甲の上を滑らせ、同時に上に押し上げる。 「せやァッ!」 「むッ!」 攻撃を受ける覚悟で、撥ね上げられた剣を振り下ろす。先輩は出しかけた掌打を無理矢理制止させ、左足を軸にしたまま、右足を下げ半身になってそれをかわす。 後ろに跳び、間合いを長くして、着地と同時に技を解き放つ。 「螺旋斬り!」 「円空破!」 螺旋状に練った氣を乗せた剣撃によって生み出された真空の刃の渦は、先輩の放つ波紋に似た衝撃破によって相殺される。 「旋!」 続け様に竜巻状の発剄。これは、横に跳びかわされた。が、その着地点を狙って、本命の一撃を打ち放つ。 「旋・三連!!」 一手前の技と同等の威力を持った竜巻状の剄が、三方から先輩を包み、退路を閉ざす。 「―――螺旋掌!!」 先輩の放った螺旋状の剄が、僕の放った旋の一つを巻き込み、強烈な氣の嵐となって吹き荒れる。それは、他の二つの旋を巻き込み、さらに凶悪な烈風の渦となった。 「うわああああッ!」 再び吹っ飛ばされ、竹の一本に背をぶつけて止まった。見れば、まるで台風の目の中にいたように、龍麻先輩はまったくの無傷で、同じ場所に立っている。 「僕の技を利用して・・・・・・・、やっぱりスゴイや」 「・・・・笑うかねェ、この状況で」 龍麻先輩が苦笑ともとれる笑みを浮かべる。確かに、僕は笑っていた。自暴自棄になったわけじゃない。本当に感動していた。 「やっぱり龍麻先輩はスゴイです。そして、その龍麻先輩が背中を預けることのできる京一先輩も、やっぱり同じくらいスゴイです」 昂ぶっていた。龍麻先輩の不可解な行動も、身体の痛みも、僕と龍麻先輩との実力差も、みんなどうでもいいと感じていた。 「・・・・んじゃ、改めて、行くよッ」 「はいッ、龍麻先輩!」 ギィンッ! 僕の打ち下ろしを、剣の平に叩きつけられた先輩の一撃が逸らす。先輩の右へ逸れた剣の軌道を半ば無理矢理に変え、弧を描くように足下を薙いだ。 「セェッ!」 その払いを跳び越すように僅かに跳躍してかわした先輩が、顎に向けて突き出した蹴りを、状態をわずかに傾げることによって、かわす。 「たァ!」 「フッ!」 素早く柄を両手持ちにした僕の流し斬りは、一瞬速く着地していた龍麻先輩のバックステップでかわされた。 僅かな間か、とても長い間だったのか。時の流れを感じる機能が麻痺したように、どれだけの手合いだったのかを、後で思い出すことができなかった。おそらく半径二mの円の中で、僕達は戦っていた。僅かに引き、そして踏み込む。相手の攻撃を受け、交わし、払いながら交差するようにお互いの攻撃を繰り出す。 後で、さやかちゃんが言っていた。その時僕達は戦っていなかった。まるで、荒荒しい踊り手であるかのように、調和のとれた戦舞を舞っていたようだった、と。 「旋ッ!」 「破ッ!」 お互いの剄が目の前で相殺された瞬間、時間の流れが戻った。僕と先輩はまったく同時に後ろに跳び、間合いをとる。 多分、さやかちゃんには全く違うものに見えていただろう笑みを、二人同時に浮かべた。なんとなく、この時、先輩と見えない部分で繋がっているような気がした。 「ィイイヤアアア――――!!」 「覇王―――斬!!」 魂の一撃。おそらくそう呼ぶことがもっともふさわしい、僕の全てを載せた渾身の一撃。 先輩は、この世を統べることすらできるハズの《宿星》を持つ者だけが手に出来る《力》をぶつけてきた。美しく、そして恐ろしい黄金色の龍を背負う者の《力》――――。
「・・・・・・ん」 目の前に、さやかちゃんの顔。その向こうにはぼんやりと瞬く星が見えた。 「僕・・・、気を失ってたのか?」 地面に倒れていることに気付き、上体を起こす。身体の痛みが消えていた。多分、さやかちゃんが、歌声で癒してくれたんだろう。 「とりあえず、俺の勝ち」 身体を起こすと、目の前に龍麻先輩が立っていた。やっぱりかすり傷すら負ってない。 「大丈夫? 霧島くん・・・・」 「うん・・・、逆にすっきりしたような感じだよ」 心配げなさやかちゃんに、そう返すと、先輩が僕の側でしゃがみ込んだ。 「諸羽」 「はい」 「俺は、中国にいく。京一もだ」 「・・・・・・はい」 「他の皆も、それぞれの道を歩む。東京に残る奴、東京を離れる奴。この一年、俺達は一丸となって敵と立ち向かうことができた。だけど、もし、また何かあったとき、お前たちは孤立してるかもしれない」 龍麻先輩の言っている通りだ。この一年、《宿星》という目に見えない糸を手繰っていたかのように、皆が龍麻先輩の下に集っていた。だからこそ、あの《闘い》を、生き抜くことができた。 だけど、これからは違う。もし、何かあっても、龍麻先輩はいない。京一先輩もいない。 「だから、お前はもっともっと強くなれ。俺達に追いつくんじゃなく、俺達を追い越すぐらいにな」 「え・・・そんな、無理ですよ。今だって、龍麻先輩に・・・・・」 「お前は強くなれる。それに、強くならなきゃいけない。俺みたいに、大事な人を護りきれないようなことにならないでくれ」 「護りきれない、って・・・・。龍麻さんは、立派に護ってきたじゃないですか・・・・。皆を・・・・、それに美里さんを」 「違うよ、さやかちゃん」 先輩が、少し悲しそうな笑みを浮かべて、首を横に振る。 「美里は何度も危険な目にあってる。結果よければ全てよし、ではあるけど、ね。それに、あの娘も、結果的には助けることができたけど、やっぱり俺は護りきれてないんだ・・・・」 あの娘、というのが誰かは判らなかった。だけど、いつも悠々とした龍麻先輩が、ずっととても辛い気持をもっていたのは分かった。 「諸羽、お前はさやかちゃんのボディーガードだ。もしこの東京に何かあっても、まず、さやかちゃんを護れ。東京のことは、ついでにでいい」 東京のことを「ついででいい」というあたりが、先輩らしい。 「そいつが、お前の・・・・、さやかちゃんを護るといったお前の剣にかかった《業》だ」 「・・・・はい、僕は、僕の命にかけても・・・・・」 「それじゃダメ」 「え?」 「命がけなんて、馬鹿なことをするな。お前にもしものことがあったら、さやかちゃんが哀しむだろうが?」 先輩の拳が、僕の胸に当てられる。 「お前がさやかちゃんを護るために使う武器は、その剣と、《心》。さやかちゃんの外からの敵は、その剣で叩きふせろ。さやかちゃんの内から生じる敵からは、お前のその《心》で護れ」 多分、この言葉は、それを実践した人でなければ、陳腐なものになっていたんだろう。龍麻先輩たちは、身と心を砕くような闘いの中で一年を生きた。そんな人たちでなければ、言っちゃいけない言葉だった。 「命捨ててまで人を守るな。どうせなら、死ぬ気で生き残れ。さやかちゃんと一緒に」 矛盾してる。でも、こころにズンと響く。 「今日のは、置き土産だ。とりあえず、俺はお前より強い。まず、それを超えろ」 先輩の無邪気な子供のような笑顔。だけど、それはいろんな強さを持つ人ができる、意思のあらわれだと、その時、ハッキリとわかった。 「――――はいッ!」 僕は、まだその笑みはできないだろう。だけど、いつか必ず、できるハズ。その思いをこめて、ただそう頷いた。 |