青は君の色

《葵バースデーSSッス》

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 2005年。

 9月20日(火)―――美里家。

「葵ー、小蒔ちゃんが来たわよー」

「あ、はーいッ」

 一階からの母の声に、鏡台の前に座っていた美里がたちあがる。ちょうど用意が終わったところだ。

「やだなァ、おばさん。ボク、もう23なんだから、「ちゃん」付けはやめてよォ」

 階下から聞こえてくる親友のそんな言葉に、美里が微笑とも苦笑ともとれる薄い笑みを口元に浮かべる。

「葵オネーチャンッ、小蒔オネーチャンが待ってるヨッ」

 バァンッ、とドアを開けて、マリィが部屋に入ってきた。

「ええ、今行くわ。それと、マリィ。ドアは静かに開けなさいね」

「ハ〜イッ」

 バタンッ。

 元気良く返事をして、思い切りドアを閉めた。

「・・・・・静かに閉めなさいね」

「あッ、葵、久しぶり〜」

 2階から降りてきた美里の姿を認めた小蒔が、玄関で手をブンブンと振っている。

「うふふ。ホント、ひさしぶりね、小蒔」

「お互い仕事が忙しくて、なかなか会えないもんねェ。今日、非番でよかったよ」

「オネーチャンたちッ、早く行こうヨッ!」

 一足先に外に出ていたマリィが玄関に戻ってきて、二人を急かす。

「・・・・うふふ」

「・・・・ヘヘヘッ、じゃ、行こうか――――葵のバースデーパーティーに」

「夏も終わって、日が沈むのが早くなってきたね。早く行かなくちゃ」

「でも・・・・・、私の誕生日会なんて開いてもらっていいのかしら・・・・。それにもう、そういう歳じゃ・・・・」

「まーた、そんなこと言って。ひーちゃんがやりたいって言ってるんだし、気にすることないって」

「龍麻がやろうって言い出したんだよネ?」

「連絡がつく人達、みんな呼んでるみたいよ。6年前の、ね」

「にぎやかにやるんだ、ってはりきってたヨ」

「葵はいいねー」

「龍麻に、こんなに愛されててネー」

 二人とも目が笑ってる。

「二人ともッ・・・・からかわないで」

『ハ〜イ・・・・アハハッ』

「もうッ!」

 

 中央区浜離宮庭園―――結界内。

「まったく・・・・・」

 秋月邸の前にある池のそばで、若き御門家の当主は扇子の裏で今日、何度目かの溜息をついていた。

「一生のお願いだッ、などと何をいうかと思えば・・・・。ここで宴会をさせてくれ、などと・・・・・」

「晴明さま・・・・、龍麻さまは、美里さまの誕生日を祝うための集いだと・・・・」

「芙蓉・・・・、あの連中が集まって、ただのお祝い会で済むとおもうか?」

 芙蓉の言葉に、池の鯉に餌をぞんざいにやっていた村雨が返答を返した。

「ま、ここは俺達以外は入れないところだしな。騒ぐにはもってこいだろう。しかし、久しぶりに日本にもどってきてみりゃ、そんなイベントに参加できるたァな。俺の運もまだまだ健在だってことだな」

「ふッ・・・・、何年も連絡一つ寄越さなかったので、どこぞでのたれ死んでるものとばかり思ってましたよ」

「ケッ・・・・あいかわらずだな、お前もよ」

「――――皆様、『表』の方に来られたようです」

「そうですか。では、芙蓉」

「御意」

 芙蓉は、現実空間の浜離宮にいる招待客を案内するために、空間の狭間へと消えていった。

「さて・・・・」

「御門、祇孔。誰かきましたか?」

 その声に二人が振り向く。御門が仕え、護るべき人、秋月マサキが邸の方から、こちらに近づいてくる。

「今、表の方に来ているようです。芙蓉を迎えに寄越しました」

「そう・・・・、今夜はにぎやかになりそうだね」

 

 中央区浜離宮恩寵庭園。

「あ、龍麻だヨッ」

「ホントだ。葵、ひーちゃん達先に来てたみたいだよッ」

 美里たちの向かっている先には、すでに何人かの男女が集まっていた。

 懐かしい、とても懐かしい顔触れだ。

「アッ、おーい、葵――ッ!」

 近づいてくる3人に最初に気づいたのは龍麻だ。集まっていた男女も、美里たちの姿を認め、それぞれが声をかけた。

「うふふ・・・・、みんな変わってないみたい」

「そうだね。ひーちゃんなんかその筆頭だよね」

 騒がしくなった浜離宮の一角に向かいながら、3人は笑っていた。まるで、時が6年前に戻ったような感覚になって。

 

 池の側に設けられた小さなパーティー会場に、歓声が沸き起こる。女性陣が用意したドでかいケーキのロウソクの火を、美里が吹き消していた。

「んじゃ、葵のバースデーと、懐かしい顔触れに―――カンパイッ」

『カンパーイッ!』

 集まった仲間たちが、それぞれのコップを軽くぶつけ合う。

 すぐにドンチャン騒ぎが始まった。思い思いに近くの者と会話し、自分達の現状や、高校時代の話などで盛りあがってる。

 夜も更け、御門が用意させた明りの下で、皆のアルコールもかなり進んだころ、龍麻と美里は皆から少し離れ、側にあった桜の木の下に移動していた。

「・・・・・・ありがとう」

 木の根元に腰を下ろした美里が、同じように座り込んだ龍麻の腕に自分の身体を預けるように寄りそう。

「ん?」

「・・・・・今日は楽しかったわ。とても・・・・」

 僅かに届く明かりの中で、頬をほんのり朱に染めた葵が目を閉じる。酒も入っているが、顔が赤いのはそれだけではないだろう。

「葵の誕生日だからね。これくらいはやんないと。それに、こうやって集まるのも、いいもんだろ?」

「ええ・・・・」

 美里は少しも会話の声がおさまらない、同じ時間を共にした仲間たちを見る。それぞれが個性的な連中だ。だが皆一様に笑ってる。

「・・・・龍麻がいたから」

「え?」

「龍麻がいたから、皆ここにいるのね。龍麻がいなければ、ここに集まった皆の繋がりはなかったかもしれない」

 《宿星》。その言葉が美里の脳裏に浮かぶ。

 生まれたときから人が背負うもの。そのために悲しい思いをしたものも、ここにはいる。美里自身もそうだった。

 でも―――、と美里は思う。

 その《宿星》が龍麻を東京に―――真神に―――私達のもとに導いてくれた。

「龍麻がいてくれたから、私もここにいる」

「・・・・・・」

「龍麻は覚えてる? 6年前に、私がこう言ったときのこと」

「?」

「『もし、私がいなくなったら、どうする?』」

「・・・・・・」

「あなたは、こう言ってくれたわ。『捜しに・・・・』」

「『とりあえず、捜しに行く。葵がどこにいようと、どんな想いでいようと、葵を捜しにいく』・・・・・だろ?」

「ええ」

 頷いた後、美里は小さく笑う。

「そう言ったあなたが、私の前からいなくなっちゃったけど、ね」

 美里がイタズラっぽく笑い、龍麻は困ったように頬を掻いた。

「私はあなたを捜しにいけなかったけど・・・・・でも、いいの。私は待つことができたから」

 美里が右手を目の高さまで上げた。その薬指には、光を受けて淡く輝く指輪がはめられていた。

《伏姫の指輪》。龍麻が美里に贈ったものだ。

「・・・・・私が九角さんのところに行って・・・・・、私が皆と一緒に生きることを諦めていた時のことは・・・・・覚えてる?」

「・・・・『俺は・・・』」

「こらーッ、今日のメインがそんなトコロにいちゃ駄目でしょうォッ!」

 ちょっとロレツが怪しくなってる小蒔の声に、龍麻は言葉を中断していた。

 小蒔の一声で、皆の視線がこっちに集まっていた。

「・・・・さ、戻ろう。今日のメインさん」

「・・・・もう」

 微笑とも苦笑ともつかない笑みを浮かべ、先に立ち上がった龍麻が差し出した手を握る。

「・・・・ありがとう、龍麻」

 立ち上がった時に、ポツリと龍麻にだけ聞こえる声でそう呟いた。

 その『ありがとう』には、いろんな想いが込められている。龍麻と出会ってから、今日までの数年間の大きな想い。

「どういたしまして」

 龍麻はそれだけ答えた。初めて会った時と同じ、優しく無邪気な笑顔で。

 

 それから小一時間ほどして、誕生会はお開きとなった。が、明日の心配がいらない、あるいは心配してない数名は、そのまま二次会に突入していた。おそらく、美里の誕生会だったことは、きっぱりさっぱり忘れているのだろう。

 龍麻は、美里と、いつの間にか酒を呑んでいて寝てしまっているマリィを送ることになった。

『ひーちゃんッ、送り狼になるなよッ。あ、今は別になってもいいのか?』

 『相棒』は、まるで学生時代と同じようなことを言っていた。それ以前に、マリィを背負った龍麻に言うことではないような気もする。

『安心しろ。葵センセーは、明日も学校だ。おまえじゃねェんだから、襲いやしないよ』

『もうッ、二人ともッ!』

 二人も学生時代と同じような反応を返して、浜離宮を後にした。

 他愛のない会話と、時々の無言の時。気がつくと二人は、美里家のすぐ側まで来ていた。

「・・・・・・龍麻といると、すぐに時間が経ってしまうわ」

「ん・・・・」

「充実してる・・・・満たされてるっていうのかしら?」

「ん・・・・」

「・・・・・・・・龍麻?」

「ん・・・・」

「龍麻」

 何か上の空な龍麻を、少し声を大きくして呼ぶ。龍麻はハッとした様子で、美里の方を見た。

「どうしたの?」

「いや・・・・、どう言えばいいかな、と思ってね」

「?」

 龍麻の言葉に意味がわからず、美里の頭上に?が浮かぶ。

「オーソドックスなものから、奇抜そうなものまで考えてみたんだけど、どうも俺的にしっくりこないような気がしてね・・・・・・」

「・・・・なんのこと?」

「・・・・・マリィ、ちょっとゴメンな」

 中央区からこっち、ずっと熟睡状態のマリィを、なるべくキレイなトコロに降ろし、美里と向かい合う。

「えーと・・・・・コレ」

 上着のポケットから、小さな藍色のジュエリーケースを取り出す。

「え?」

「葵への贈り物」

「え?・・・・だって、さっき・・・・・・」

 美里は、浜離宮で他の人の物と一緒に、龍麻からのプレゼントを貰っている。あまりに量が多いので、龍麻が持てるぶんだけ持って、後は、御門が美里の家まで届けさせてくれることになっていた。

「別件。開けてみて」

「・・・・・ええ」

 疑問符がまだ頭の中に浮かんでいたが、とりあえず箱を受け取り、蓋を開ける。

 中には淡い青の宝石の指輪が一つ、入っていた。

「・・・・これ」

「サファイア。葵の誕生石」

 口数少ないというか、最低限のことしか言ってないというか。

「これ・・・・・高かったんじゃ・・・・」

「うん、かなり無理した」

 少しは見栄っていうものを持たねェのか? という、昔京一が龍麻に言っていた言葉を思い出す。

「でも、こういうイベントには、これくらいしなくちゃいけないのかと思ってね」

「イペント?」

「葵、俺と結婚してくれ」

「―――――――――」

 唐突過ぎた。あまりのことに、美里はしばらく思考停止していた。

「それって・・・・・・」

 ド真ん中ストレートすぎる言葉のせいで、半分理解できていなかった美里が聞き返す。

「いや、言葉通りだけど・・・・・。『生涯の伴侶に』とか『毎朝君の味噌汁が』とかも考えてたんだけど、どーもシックリこなくてねェ・・・・・葵?」

 なんというか、視点が定まっていない美里の顔の前で、手を振る。

「え・・・あ・・・・その」

「んで、返答は?」

 混乱する美里とは裏腹に、まるで何気ない質問の答えを待っているかのような龍麻。美里の様子を楽しんでいるような感じまでする。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 かなり長い沈黙の後、美里は龍麻の手を取り、ケースをその手のひらの上に置いた。

「葵・・・・・?」

 一瞬困ったような表情になった龍麻だが、美里が左手を自分の前に差し出したのを見て、いつもの笑みに戻った。

 龍麻はそっと美里の手をとり、ケースから取り出した指輪を、その薬指にはめた。

「・・・・・・・・」

 顔を伏せている美里の表情は、龍麻からは見えない。だが、胸元に寄せられた左手に街灯の光を浴びて、淡く輝いている青の指輪。そこには、複雑であり、そして単純な感情が生み出した涙が一滴、落ちた。

「6年前、葵に言った言葉・・・・・、一生取り消すことはないから」

「うん・・・・・うんッ・・・・、あなたと、ずっと一緒に―――――」

 

 ―――昨日、言ったよね

 ―――俺は、君を捜し出す

 ―――どんなときも、君の姿を捜していく

 ―――大切な葵と、ずっと―――

 ―――ずっと一緒に生きていくために――――