思い出〜

今回は、真神庵キャラ会議室の主葵部屋で話題にあがった
「柳生に斬られた後の美里たち」を書きたかったんです。

戻る?


 

「んじゃ、行ってくるよ」

 ま新しい靴の紐を縛り終えた龍麻がたち上がり、玄関を上がったところに立っている姉の緋勇 沙希と向かい合う。

 五年間の旅を終えた龍麻は、一度実家に帰ってきていた。

「たくッ、中国から帰ってきたと思ったら、次の日にもう東京に帰るなんて・・・・・家族がいのない弟ねェ」

 龍麻は中国から帰ってくると、その足でまず実家にではなく、東京に向かった。家族より先に東京の仲間たちに、もっと端的にいえば、美里に会いにいっていた。

「そう?」

「・・・・ま、直前まで家族に連絡入れずに中国に行って、五年も帰ってこない奴が、帰国の挨拶にきただけでもマシかしら。で、これからどうするのよ、アンタ」

「どうするって、東京に戻るんだけど?」

「そーじゃなくて、東京に戻ってから、これからどうするか? って聞いてるのよ?」

「しばらく、知り合いンところにやっかいになる。その後は・・・・・・、なんとかするよ」

「なんとかなる御時世じゃないでしょうに・・・・・」

「大丈夫大丈夫。なんか世話焼いてくれる友達もいるから」

 軽く言って、五年前から使っているサンドバッグのようなセイル地の袋を持ち、口を縛っている紐を肩にかける。

「・・・・・行く前に、その髪、切ってあげようか? うっとおしくない?」

 玄関のドアに手をかけた龍麻に言う。龍麻は顔に笑みを浮かべて、振り向いた。肩にかかった髪を払い、こう返した。

「この髪を切る人は、もう決まってるんだ」

 開けられたドアからさし込んできた朝日は逆行となり、龍麻の表情を隠す。が、沙希の目には、いつまでたっても変わらない子供のような龍麻の笑顔が見えたような気がした。

 

 同日―――東京新宿。

■美里家前。

「・・・・・・・・」

 ピンポーンッ。

 駅から直で美里家に直行した龍麻が、呼び鈴を押す。インターホンに美里が出た。

『はい、どちらさまですか?』

「あ、葵?」

『龍麻ッ! あッ、ちょっとまってねッ』

「・・・・・葵の家に来るのって、久しぶりだな。ま、五年も日本にいなかったんだから、当たり前だけど・・・。」

 ドタタタタタタタタタタッ!

「ん?」

 龍麻が一人ごちていると、玄関のドアの向うから派手な駆け音が聞こえてきた。それは、どんどん大きくなっている。

 バタンッ!

「龍麻――――ッ!!」

 いきなり玄関のドアが勢いよく開き、ブロンド髪の少女が視界に飛び込んできた。その狭間から覗く青色の瞳は、龍麻に一直線に向いている。

「おっとォ・・・・・」

 いきなり飛び込んできた少女を受けとめ、よろめく。なんとか踏みとどまり、その少女を下ろす。

「・・・・・・・マリィ?」

「そうだヨ、龍麻ッ」

 龍麻は珍しく目を見開いて驚いている。目の前にいる少女は、五年前にかけがえのない仲間であり、大切な妹のような存在だった少女とは、かなり印象が変わっていた。

 まだあどけなさは残すが、顔立ちや口元などが、大人っぽくなってる。それよりも目に見えて変わったのが、身長だ。昔は腰を落として視線を同じにしていたというのに、今は少し目線を落とすくらいで済む。美里と同じくらいだろうか。

「・・・・・でかくなったなァッ」

「キャッ!」

 龍麻は『でかくなった』マリィを、子供にするように抱え上げた。

「にゃ〜」

「おッ?」

 足元から聞こえた猫の鳴き声に気づき、龍麻がマリィを降ろす。下を見てみると、黒猫が龍麻の足首に身を摺り寄せていた。

「メフィスト、お前も久しぶり―――」

「にゃあ」

「にゃお〜」

 ゾロゾロゾロ。

 メフィストを持ち上げようとした龍麻の手が止まる。その手には、さらに2匹の猫が身を寄せてきた。しかも、そのうちの一匹は、メフィストそっくりの白猫だった。

「メフィストが3匹・・・・・」

「違うヨ、龍麻。メフィストは・・・・」

 ポテッ。

 龍麻の頭に、軽い重みが乗っかってきた。それを持ち上げ、目の高さまで降ろすと、他の3匹よりも一際大きい黒猫だった。

「そっか、お前がメフィストか」

「龍麻がいない間に家族が増えたんだヨ。これがこの子たちのママ」

 いつのまにか、マリィの肩に白猫が乗っかっていた。

「はは、やるなァ、メフィスト」

「龍麻」

 玄関の方から、とても聞きなれた声がかけられた。目の前に持ち上げているメフィストを降ろすと、視線の先に美里がいた。

「よッ、来たぜ」

 メフィストを右腕で抱えるように持ち替え、左手を軽くあげる。

「うふふふ、驚いた?」

「ああ、こりゃ大家族だ」

 龍麻の腕を駆け上り、肩に乗っかったメフィストの首のあたりを掻いてやる。メフィストはゴロゴロと気持よさそうな顔で低い鳴き声をもらした。

 

 

 二日前―――。

『ねェ、龍麻。髪伸ばすの?』

『え? いや、別に伸ばそーと思って伸ばしてんじゃないし。そうだな、暑くなる前に、切りに行くか』

『じゃあ、私が切ってあげようか?』

『葵が?』

『ええ。家に一通り道具揃ってるし、私、ときどきマリィの髪をセットしたりもしてたのよ』

『へ〜・・・、そーいえばマリィ、元気にしてる?』

『ええ、とても元気。じゃあ、今度の休みに私の家に来てくれるかしら。・・・・・・・驚くわよ』

 

 

「というわけで、驚いたよ」

「龍麻、『というわけで』ってナニ?」

「回想だ。それはさておき」

 マリィの何気ない質問をさっと流す。

「じゃあ、上がって。用意はもう出来てるから」

「ああ」

 美里に促されて、龍麻が玄関をくぐる。その後ろをマリィと五匹の猫がついていった。

「・・・・・親父さん達は?」

 龍麻が、家の中に他に人間の気配がないことに気づく。

「二人とも日帰りの旅行に行っちゃった。その・・・・・気遣ってくれたみたいなの」

「あはは・・・・そっか」

「・・・・・・マリィ、お邪魔かナ?」

 照れる美里と、苦笑ともとれる笑みを浮かべる龍麻を交互に見て、マリィが呟く。

「それじゃ、マリィ二階(うえ)にいるネー」

 美里が何か言おうとしたが、その前にマリィはメフィストたちを引き連れて、階段を駆け上がっていった。

 二人は取り残されたように、ポツンと立っている。

「・・・・・・・」

「・・・・・んじゃ、葵。ヨロシク」

「え、ええ。じゃあ、こっちに来て」

 気を取り戻した葵が、龍麻をバスルームまで連れていく。水気を取ったタイル床の上に新聞紙を敷き詰められ、椅子が置いてある。椅子の背にはマント状のビニル地の布がかけられてあり、椅子の上には整髪の道具がいくつか置いてあった。

「龍麻、上着だけ脱いでくれる?」

「ああ」

 龍麻は服の裾を握り、脱ぎにかかる。と、その襟から頭が抜けると、龍麻の動きが止まった。

 どうやら、下に着ていたTシャツも一緒に握ってしまったらしく、上着と一緒に脱いでいた。

「あ・・・・・・」

 美里が息を呑む。左肩から右胴に抜けるように、龍麻の胸の上を1本の長い古傷が走っていた。

 別に、美里はこの傷をはじめて見たわけではない。そこに、その傷がある理由は知っている。

 美里がショックを受けたのは、その傷を見ると、否応無しに「あの時」の情景が脳裏に浮かんでしまうからだ。

「・・・・・・」

「ん? どうした葵?」

 Tシャツを着なおした龍麻が、ボーとしている美里に問う。

「う、ううん、なんでもないの。さ、座って」

 ハッとした美里は、心の中の動揺を察知させまいと、表情を元に戻した。

 シャキシャキ・・・。

「・・・・・・・・」

 髪をまとめている紐を解き、霧吹きでぬらした後、美里は慣れた手つきで、床屋の真似事に入った。ハサミはよく手入れがされてあるらしく、髪に引っかかることもない。

 他愛のない会話をしながら十五分ほど作業を続けていると、五年前の龍麻の髪型とほぼ同じになっていた。後は櫛とハサミで、少しずつ荒くなっているところを整えるだけだ。

「・・・・・ねェ、龍麻」

「・・・・・・・」

「その・・・・・胸の傷・・・・やっぱり消えてないのね」

 カクンッ。

「――――ッ!?」

 美里が慌ててハサミを持つ右手を引く。急に龍麻が頭を傾げたため、あやうく、ハサミの先で突いてしまうところだった。

「た、龍麻、何を・・・・・・龍麻?」

 呼びかけに答えないことを怪訝に思い、美里が背後から龍麻の横顔を見る。

「スゥ・・・・スゥ・・・・」

 龍麻は穏やかな表情で目を閉じ、規則正しい呼吸をしていた。

 つまり、寝ていた。

「・・・・・・・うふふ」

 美里はゆっくりと龍麻の頭を元の位置に戻し、そこから動かないことを確認すると、再び作業に戻った。

(あなたのその傷・・・・。とても悲しい思い出だけど・・・・・、でもとても大切な思い出なのよね・・・・)

 

 

 一九九八年 十二月二十日(日)

 新宿区―――中央公園

「ちくしょおッ! どうなってんだこりゃあッ!」

 京一が目の前の『霧』に向かって怒鳴っていた。

 道心の張った中央公園の方陣を破り進入してきた《鬼》たちを撃退した後、龍麻の姿が、その『霧』の中に溶け込むように消えてからすでに3分がたっていた。

「一体なんなんや、この霧は・・・・」

「わからん・・・・・、だがこの氣は・・・・」

 劉と醍醐も苛ただしい思いを抑えきれず、苦い顔つきになっている。『霧』は、まるで白い壁のように『向う側』と『こちら側』を別けていた。

「くそッ! ひーちゃんッ!」

 京一が、霧の中に突っ込む。

 ザザッ!

 が、すぐに戻ってきた。いや、戻された。

「またかよッ!」

 『霧』に突っ込んだ途端、周囲が白一色に変わり、まるで粘液質の水の中にいるかのような不快感が来る。その後は、前に進もうが右に進もうが、必ず元の場所に戻ってしまうのだ。どうしても、この霧の向うにいるはずの龍麻のもとに辿りつけない。

「・・・・・・イヤッ!?」

「葵ッ?」

 いきなり美里が胸を抑え、うずくまった。小蒔が駆け寄ると、美里の青ざめた顔色に驚く。

「どうした、美里ッ」

 京一達も駆け寄る。美里は額に脂汗を滲ませ、細かに震えていた。

「・・・・・・わからない。判らないけど・・・・龍麻の声がしたの」

「アニキのッ?」

「龍麻の・・・・龍麻の心が・・・・私の中に流れ込んでくる・・・・。これは怒り・・・憎しみ・・・悲しみ・・・、それに、恐怖」

「・・・・・おいッ!」

 京一の声に、五人が顔を上げ、京一の視線を追う。濁りきった水のように視界を奪っていた『霧』が、薄らいでいる。

「・・・・行くぞッ!」

「お、おうッ!」

 六人が薄らぎ始めた霧の中に駆け込む。先程のような不快感も、元の場所に戻ることもなかったが、まだ数メートルほどの視界しかない。

京一たちはお互いの姿が見えなくならない程度に散らばり、龍麻の姿を捜す。

「ひーちゃんッ、返事しろーッ!」

「龍麻・・・・龍麻――――きゃッ!?」

 美里が何かにつまずき、倒れ込んだ。

「痛・・・・・どうしたの、みんな?」

 京一、小蒔、醍醐、劉。四人それぞれが美里を見ていた。まるで性格の違う四人。だが、その瞳には一つの感情しかなかった。

 ――――絶望――――。

 ピチャッ。

「こ・・・れは・・・・」

 美里が地面についていた両手を上げる。赤い液体で両手が紅に染まっている。見ると、自分の制服にもベッタリと赤い染みがついていた。

「・・・・・・・・」

 美里は、四人の視線が自分に向いてないことに気づく。その視線を追い、ゆっくりと顔を自分の背後に向けていった。

「見るなッ、美里ッ!」

 醍醐の制止の声は、一瞬遅かった。はやくても関係はなかっただろう。美里はその時、何も聞こえていなかった。ただ、後ろを見る、という衝動だけがあった。

「―――――――――」

 美里は目を見開き、口を大きく開けたが、声は出なかった。

 赤い影―――血溜まりの中に、龍麻がうつ伏せの状態で倒れていた。

「た・・・つま・・・・」

 震える手で龍麻を揺さぶる。反応は無い。

「龍麻・・・・・」

 美里が龍麻の身体を抱き起こす。完全に力の抜けた身体はとても重く、美里はヨロけ、龍麻と一緒に再び倒れ込んだ。

駆け寄った京一達が二人の身体を支える。

「こいつは・・・・・」

 龍麻の身体には、左肩から右胴に抜ける深い刀傷が刻まれていた。そこから溢れ出す大量の血が、龍麻を支える美里と京一の制服を赤く染めていく。

「・・・・・ひゅー・・・・ひゅー・・・・」

「―――ッ! 龍麻」

 美里が身体を起こし、龍麻の口元に耳を寄せる。小さな穴をそよ風が抜けるような僅かなものだが、確かに呼吸をしている。

「生きてる・・・・・、お願い・・・・」

 美里の身体から光が溢れ、それが龍麻の身体に注ぎ込まれる。致命傷としか思えない深い傷が、時間を逆行しているかのように、塞がっていく。

「・・・・・・・どうして?」

 美里の目から涙が溢れ出す。傷は癒えた。だが、龍麻の意識は戻らない。劉も龍麻の側にひざをつき、二人で再び癒しを行うが、やはり龍麻の目は開かず、呼吸は徐々に細くなり、身体を支える腕に伝わる鼓動は、今にも途絶えそうだ。

「この馬鹿野郎、さっさと起きやがれッ!」

 京一までが目に涙を溜め、龍麻に向かって叫んでいた。醍醐が美里と劉の間に割って入り、龍麻の身体を抱え上げる。

「くそッ! はやく龍麻を病院にッ、桜ヶ丘に―――――」

 駆け出そうとした醍醐の動きが止まる。まるで腰を抜かしたように、カクンと巨体がさがり、龍麻の身体を地面に降ろした。

「醍醐・・・クン・・・・、どうしたの・・・・・・どうしたのよッ!」

 小蒔が醍醐の身体を揺さぶる。全員がパニック寸前の状態だった。

「龍麻の・・・・呼吸が・・・・」

「・・・・・・・」

 京一が震える手で、龍麻の首筋、頚動脈のあたりに触れる。

「脈が・・・・・・・無い・・・。心臓が、止まった・・・・・・・」

「―――――――いやあああッ!」

 美里が絶叫し、龍麻の身体を抱き起こす。その態勢で、美里は癒しの力を龍麻の身体に注ぎ込む。

「昨日約束したじゃないッ、どこにも行かないって約束したばかりじゃないッ! お願いッ! お願いよッ、龍麻――――ッ!」

 トクンッ・・・・

「――――え?」

 トクンッ・・・・

「龍麻・・・・・」

「葵・・・・ひーちゃんはッ!?」

「・・・・・・・心臓が・・・・動き始めた」

「――――よっしゃあッ!」

 京一が歓喜の声をあげる。醍醐が我知らず握り締めていた拳の力を抜いた。

「よかった・・・・・」

「おっと」

 倒れかけた美里を、小蒔が支える。

「葵・・・大丈夫?」

「えェ・・・・」

 弱弱しく言葉を返す。葵の顔色は真っ青で、全身にまるで力が入らなかった。普通なら一瞬で深いダメージを癒す《力》を絶えず放出したいたのだ。体力は著しく消耗している。

「馬鹿もんがッ」

 いきなりの背後からの怒鳴り声に、全員が身をすくめる。見ると、いつのまにか道心が寄ってきていた。

「嬢ちゃんの《力》でなんとか息を吹き返したが、まだ龍麻が助かったわけじゃねェんだッ。さっさと病院へ連れていかんかッ」

 道心の言葉に、京一達が我にかえる。龍麻の呼吸は、まだ絶え絶えしく、心臓の鼓動も弱弱しい。見ると、塞いだはずの傷口から、再び血が溢れはじめていた。

「醍醐ッ!」

「おうッ!」

 醍醐が龍麻を背中に担ぎ、中央公園の外に向かって駆け出した。

「とまれェッ!」

 一足先に道路に出た京一が、こちらに向かってきていたタクシーの前に飛び出す。タクシーの運転手はギョッとした表情になり、ブレーキを強く踏んだ。

「ばッ、馬鹿野―――」

 ガチャッ!

 すんでのところで急停止に成功した運転手が罵声をあげるまえに、京一が後部座席のドアを開ける。そこに龍麻を抱えた醍醐が駆け込んだ。すぐさま京一が飛び込むように助手席に座る。

「劉ッ、お前は他のタクシー捕まえて、美里たちを連れてきてくれッ」

「わかった。アニキをはやくッ」

「おいッ、桜ヶ丘中央病院だッ。はやくッ!」

「な、なんなんだ、君たちは・・・。そっちの子は・・・・け、怪我してるじゃないかッ! ああ、シートに血が・・・・」

「ンなもんは判ってんだよッ! さっさと車を出しやがれッ!」

 京一が拳をドアに叩きつける。強烈な衝撃にドアが少しひしゃげ、ガラスに数本のヒビが入る。

「は、ハイッ!」

 中年の運転手は、自分の息子ほどの年頃の男の形相に怯え、顔をひきつらせながらアクセルを踏んだ。

 

 翌日――――早朝。

■桜ヶ丘中央病院。

「お前達」

 太陽が顔を出した頃、この病院のヌシ、もとい院長のたか子が龍麻の病室に入ってきた。個室になっているその病室には、美里、京一、醍醐、小蒔が龍麻の側にいる。病室の外の廊下には、雨紋や裏密、連絡を受けた仲間たちが全員集まっていた。昨日知り合ったばかりの御門、芙蓉、そして秋月マサキまでが、すぐにこの桜ヶ丘中央病院に駆け込んできたていた。

 皆、一睡もしておらず、目の下にクマを浮かべていた。

「たか子センセー・・・・」

「もう、朝だよ。今日は学校だろう? 早く帰りな」

「でも・・・・・・」

「その坊やは、まだ当分は起きないよ。手術はうまくいったんだ。心配いらないよ」

「・・・・・・・・」

「それとも、わしの腕を信用してないのかい?」

「いえ・・・・・・、でも、龍麻の側にいたいんです」

「たか子センセー。頼むから、ひーちゃんの側にいさせてくれ」

「・・・・・・・フゥ」

 たか子が溜息をつく。

「しょうがないね。だったら外にいな。寝ているすぐ側で、お前達の陰鬱な氣を受けてたんじゃ、目覚めるもんも目覚めないよ」

「・・・・・・・・わかりました」

 四人が立ちあがり、病室の入り口に向かう。

「・・・・・・・・み・・・・・んな・・・」

『――――ッ!?』

 そのか細い声を、美里達は聞き逃さなかった。全員が一斉に振り向く。

「龍麻ッ!」

「ひーちゃんッ!」

 京一たちが、うっすらと目をあけた龍麻のベッドのまわりに集まる。その声を聴き付けた他の仲間達も、病室へとなだれ込むように入ってきた。広めの個室が、すぐに手狭になる。

「・・・・おどろいたね」

 たか子も驚きに目を見開いている。

「・・・・・・・・・」

 ゆっくりと、ベッドを囲む仲間達を見まわした後、龍麻が口を開く。だが、声が出てこない。

 当然だ。あれほどの傷を受け、九死に一生を得たばかりの状態だ。半日で目覚めたのが奇跡的なことなのだ。

「なに・・・龍麻?」

「どうした? まだ、どこか痛むのかッ?」

「・・・・・・おは・・・・よう」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 その言葉に、仲間達は沈黙した。長く、長く。

 最初にその硬直から脱したのは、京一だ。

「―――この大馬鹿野郎ッ! 第一声がそれかよッ!」

「そうだぜッ、俺たちがどれだけ心配したとおもってやがるッ!」

 雪乃も京一にまけず劣らずの怒鳴り声だ。

「京一ッ!」

「姉様ッ、声が大きすぎますッ」

 小蒔、雛乃の二人にたしなめられた二人が、口を手で覆う。

「おっと・・・すまねェ」

「龍麻先輩、大丈夫ですか?」

「諸羽くん・・・・・さやかちゃんも・・・・・心配かけたみたいだね」

「そんな・・・・とんでもないですッ。あなたが無事だっただけで・・・・・」

「そうですよッ。先輩が無事だっただけで、僕もみなさんも、十分ですよッ」

「こんな時まで、他人に気を使う心配はない。ふたりの言うとおり、今は君が無事だっただけで十分だよ」

「・・・・・無事、なの・・・・かな? この状態・・・・・」

 如月の言葉に苦笑を浮かべた龍麻が、身体を起こそうとシーツの中で動く。だが、胸に激痛が走り、小さく呻く。

「御無理をなさらないでください」

 芙蓉が龍麻のシーツをかけなおす。

「へッ、らしくねェな。病院の湿気たベッドなんざ、あんたにゃ似合ねェよ」

(まったく・・・・・、素直に言えないのですかね?)

 自分の性格をはるか彼方に置いて、心の中で呟く御門。

「芙蓉ちゃん・・・・・君にも・・・・・心配かけたみたいだね」

 式神の芙蓉には、そういう感情はない、という考えは、最初から龍麻の頭にない。

「・・・・いいえ。こんな気持をわたくしに教えてくださったのは、あなた様です。・・・・いまは、ご自愛なさってください」

「ありがと・・・・・。あと、祇孔くん。もちょっと・・・・優しくね」

「ハッハッハッハッ・・・・って、これでも心配してんだぜ?」

「わかってる・・・・・・」

 仲間達が、次々と龍麻の無事を喜び、声をかけていく。

「でも・・・・・・本当によかった」

 美里が溢れだした涙を指で拭う。

「葵・・・・・・」

「こらッ、お前達ッ」

 仲間で一杯の病室に、たか子の声が響く。

「先生・・・・・傷に・・・・響く」

 さすがにこの状態でたか子の大声量を受けるとキツいらしい。

「おっとすまないねェ・・・・。ほら、相手は重傷人なんだ。帰った帰った」

「・・・・・・先生・・・・すみません。もう・・・・ちょっとだけ・・・・」

「何?」

「なんだか・・・・・このままだと悪い夢・・・・・見るような気がして・・・」

「・・・・・わかったよ」

 たか子は苦笑を浮かべながら、病室から出ていった。

「みんな・・・・もう少しだけ・・・・ここにいて・・・・くれるかな?」

 無論、龍麻のこの言葉に否を唱える者はいない。

「龍麻・・・・大丈夫、皆ここにいるから・・・・。だから、安心して、眠って」

「・・・・・うん」

 美里の言葉に小さく頷き、その数秒後には、龍麻は小さな寝息を洩らし、眠りに落ちていった。仲間たちの柔らかな《氣》を受けていたせいか、龍麻は、その日、夢も見ずに眠っていた。

 

 

「・・・・・・葵?」

「え・・・・」

 どうやら、《あの時》のことを思い出しているうちに、手が止まっていたらしい。眠りから覚めた龍麻の呼びかけに美里がハッとする。

「どうしたの、ボーッとして?」

「ううん、なんでもないの」

 気を取り直して、作業を開始する。

「・・・・・ちょっと、昔のことをね・・・・思い出してたの」

「昔の?」

「うん・・・・・・」

 美里はハサミと櫛を起き、背後から龍麻を抱きしめた。

「葵、髪がつくよ?」

「いいの・・・・・しばらくこうしていていい?」

「ん〜・・・・別にいいよ。いいけど・・・・」

「けど・・・・?」

「妹さんと、猫五匹が覗いてる」

「え?」

 横を見ると、ドアの隙間から、マリィとメフィストたちの目がこちらを見ていた。

「マ、マリィッ!?」

「アハハッ! 行こっ」

 ダダダダ・・・・・。

 マリィたちの駆け音が遠ざかっていく。

「もう・・・・」

「ハハハッ」

「・・・・・うふふ。さあ、もうすぐ終わりよ。その後、夕食を用意してるから、一緒に食べてくれる?」

「ああ。久しぶりに葵の手料理かァ・・・・」

「うふふ・・・・・」

 

 ――――あなたの胸の傷。それは私達にとても悲しい記憶を植えつけた――――

 ――――でも、同時に、あなたがかけがえのない人であることをもう一度教えてくれた思い出にもなった――――

 ――――私の大切なあなたへの想いを確かなものにしてくれた忌まわしく、そして大切な思い出の―――