静かなる死闘
hiroさんから頂いた葵SS(ギャグ)です。俺はhiroさんのSSとイラストのファンだッ!
だから、遼隊長、許してッ! hiroさん、ありがとー。
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美里葵という人物がいる。
高校三年生である。女と言うには幼すぎる。少女というには大人すぎる――そんな年頃だ。
しかし、だ。
彼女はただの高校生ではない。
成績優秀である。
容姿端麗である。
完全無欠である。
生徒会長である。
人畜無害である。
疾風怒濤である。
虎視眈々である。
焼肉定食である。
なにか非常に間違った四文字熟語が混じってしまったような気がするが、あながち間違ってもいないような気もしないでもないと言うか、ほぼこじつけのような感じでもあるが――まあ良しとしておこう。
とにかく、そんな彼女なのだから、そこにいるだけで目立つ。しかも、それがまったく嫌味でないのだから、まさしく存在自体が奇跡のような女性である。
しかし、どこから見ても完璧に見えるような彼女だが、実際はそんなことはない。
彼女にも、人並みに弱点と言えるような隙間や、悩みのようなものもある。
結局のところ、美里葵も一人の人間なのだ。
とある日の放課後。職員室にて。
ちょうどその頃、蓬莱寺京一は、犬神から説教を食らい終えたところだった。
内容は、授業中に居眠りするな、このままでは卒業も危ういぞ――と、日々の素行の悪さを云々と、まあそういうことだった。
が、説教という名の騒音を右耳から左耳に流した京一には、まるで反省の色がない。終わったら終わったで、さっさと職員室を後にし、「さてさて、これから誰か誘ってラーメンでも――」といつもの四人の姿を探し始めた。
しかし、廊下を歩いていた京一の目の前に現れたのは、遠野杏子であった。
「あ、あ、あ! 京一!」
どうしたことか、アン子はかなり焦っていた。ぜえぜえと肩で息をし、髪は乱れ、眼鏡が少しずれ落ちそうになっている。
「お願い! 何も言わずにコレを持って逃げて!」
アン子はそう言い、京一に紙袋を押し付けた。
「――おい、何だよコレは。なんで俺が――って言うか、なんでそんなに慌てて――」
天地が逆転しそうなほど珍しい提案である。
「そ、そりゃいいけどよ――だからこれは――」
「何も聞かないで! ソレはどこかに隠してくれればいいから! それじゃ、後のことはヨロシク!」
そして、アン子は逃げた。
(……?)
怪訝に思ったものの、とりあえず京一はソレを見た。
厳重に包まれた紙袋だ。中には平たく厚みのある物体――どうやら本のようなものが入っているらしい。
何が入っているのか気になる。好奇心が首をもたげる。
――開けてみようか。
そう思った時だ。
――う、ふふふふ、ふふふふふふふ。
どこからか笑い声――いや、含み笑いが聞えてきたのは。
「――ヒィ!?」
そして、何故か遠くからアン子の叫び声が――
「い、イヤァァァァァァァァァァァァ……!」
それは一瞬だった。
今の悲鳴は夢なのではないかと錯覚するほどの静寂。
その廊下で、京一は背中に壮絶なまでの恐怖を感じていた。
今のは――
(今のはなんだ――!?)
心臓が早鐘のように鼓動する。
得体の知れない圧迫感が呼吸を閉め付ける。
この恐怖は、本能的なものだ。
逆らってはいけないもの。
そう、それは、言うなれば獅子と兎の関係。狩るものと、狩られるもの――原始的な恐怖。
そして、京一の恐怖をさらに増幅させるのが、その気配が――笑い声が、聞いた覚えのあるものだということだった。
「好奇心、猫を殺す……」
唐突に背中に突き刺さる声。
それも、すぐ近くから。
「聞いたことないかしら……京一君?」
肩に触れるもの。白く、美しい手――
「うふふふふ……別に今の状況とはなんの関係もないけれど、ね……?」
手は、撫でるように、肩から首筋へと伝ってゆく。
京一は動けない。それが誰であるか、確認することさえできない。
いや、確認など必要などないか。
それが誰なのか――すでにわかっている。
美里葵、その人であることなど。
「ぼっ、ぼっ、僕にナニか用でしょーか?」
かたかたと細かく震えながらも、京一はようやくそれだけを言えた。どもった上に、声が裏返っているが、そんなことはどうでもいい。
「私ね……」
物憂げな声色である。
「私……少し困っているの」
しかし、迫力のある声色でもある。
「実は……私、日記帳を無くしてしまって……」
――日記帳。
まさか、と思いつつ、手にしていた紙袋を見る。
(――これ?)
「本当にどこにいってしまったのかしら……ああ、困ったわ」
京一は、そっと首を曲げる。
見てはいけないようなものを見てしまった。
――光ってらっしゃる。
目が。
「京一君……心当たり、ない?」
目が、目が。
これが菩薩GUNか。
いや菩薩銃だ。
いやいや菩薩癌?
いやいやいや菩薩レーザー?
いやいやいやいや菩薩――菩薩――菩薩パンチ?
――ああもう、何がなんだか。
「ひ、ひとつ聞くけどよ」
京一は、それでも紙袋を握り締め、そう問うた。
「そ、そ、その日記帳――だったっけ。なんでまた無くすようなことに――?」
なんと勇気ある者であるか、蓬莱寺京一よ。今のこの彼女に質問できる者がいようとは。
今の彼は普段の劣等生などでは決してない。人として尊敬と賞賛を受け入れる権利と素質がある――そんな男だった。
「それがね……」
ふ――と困惑の表情。
「昨夜――家で寝ていたら――賊に」
「ぞ、賊?」
「部屋に侵入されて――私の日記帳を奪っていったの」
どんな賊だ。
「私、怖くって……思わずジハー……ううん、それはどうでもいいのだけれど」
ジハードか。
ジハードを放ったに違いない。
「とにかく、奪われてしまったのよ。かなり手馴れた賊だったわ……ああ、なんてこと。あの時、躊躇しないで焼いておけば――じゃなくて」
焼いて?
焼いておけば?
「あら」
と、そこで美里の目は紙袋へと移動する。
まるで、今気付いたとでも言いたげな表情だ。
「京一くん……ソレハ、ナニ?」
ここで京一の脳はフルドライブする。
ここで素直に渡せばどうなる?
引き下がってくれるだろうか。
先ほどのアン子の悲鳴――あれは制裁のそれだったに違いない。つまり、賊の正体はアン子――
他者の秘密を手に入れんと暗躍する際の行動力は評価に値するが、何もそこまで――と思わずにはいられない。ある意味、アン子は自分達よりも剛の者だ。
まあ、それは自業自得だとしても、だ。
――これを、ただ渡すだけではだめだ。
素直に渡せば、おそらく賊の協力者としての制裁が待っている。
何故だかそう思える。
――そして俺は明日を見ることすらできなくなる。ついでにラーメンも食えん身体になっちまう。そういや美味いラーメン屋、見付けたんだよなー。今度ひーちゃんとか醍醐とか誘って行こうかと思ってたのによ。そこのスープがまた絶品なんだ、これが。ありゃトリだな。鶏がらを――しかもそんじょそこいらの鶏じゃねえ。骨の隅々にまで行き渡るような栄養を与えられた至高の鶏だぜ。へへ……あれは養殖されたもんじゃねえ。俺にはわかる。きっと野生の鶏さ。飼われたケダモノにあそこまでの味はないはず。野生の名のもとに、人を襲うほどにまで狂暴化した鶏に違いねえ。きっと主食は牛だな、牛。肉食の鶏だからこそあそこまでの深い味わいをかもしだすことができるんだ。しかし――それを狩った奴は尊敬に値するぜ。きっとすげえバトルが繰り広げられたに違いねえさ。その鋭いクチバシで眼ン玉くりぬかんばかりに襲い来る鶏に、知恵と勇気だけで挑むんだ。数々のトラップを仕掛け、自らを囮にして誘いこみ――しかし鶏は賢い。そんな子供だましには引っ掛からねえ。追い詰められ、観念したように眼を閉じる狩人――そして、にやりと笑う鶏! もはやここまでかと誰もが思った瞬間! ――鶏は自分の浅はかさを後悔することになるのさ。狩人は、鶏のクチバシを手で受け止める。手のひらに突き刺さった痛みに恐怖することなく、笑うんだ。「一緒に逝こうぜ」と――そう言い残して、腹に巻いていたダイナマイトに火をつけて――! ……くそッ、男だぜ! あんた男だぜ、狩人! ラーメンの鶏がらのために死を選ぶなんざ、男の鑑だぜ! ざまあみろ、鶏め! お前なんざ、木っ端微塵だ! …………って、ちょっと待てよ、おい。木っ端微塵にしたら鶏がらにならねえじゃねえか。……じゃあ何か? 俺は騙されたのか? ――いや、それよりも――ナニ考えてんだ、俺。
「――ッはァ!?」
ここでようやく京一は覚醒した。
長く意味のない文章の割には、トリップは一瞬であった。
違うだろう。
違うだろ、自分。
考えることは、最後の最後で諦めたようなサワヤカな顔で「俺の負けだぜ」と呟く鶏と、空の彼方で親指を立てた決めポーズをかましながら笑顔になっている狩人との死闘などではない。
美里だ。
この魔人に対する手段を考えなければ。
――どうする?
まずは彼女の尊厳を損なってはならないだろう。
そして、なおかつ自分も無事で済む解答を提示しなければ。
つまりどうなんだ?
どうすればいいんだ?
俺よ、俺の脳よ。ただの味噌でないのならば、今こそ神をも超える知恵を――!
「――み、美里――」
そして彼が出した結論、そして回答は――
「――ど、どうか、ボクを好きにしてください――」
だった。
沈黙。
それは一瞬だったが、永劫とも思えた沈黙。
「京一君……」
それを経た後、美里は――微笑んだ。
「あなたって――優しい人ね」
そっと手を伸ばし、紙袋を受け取る。
そして、彼女は去っていった。
何もせず。
何も語らず。
京一は――その場でがくりと膝をついた。
――俺は救われた。
生きるということは、こんなにも素晴らしいことだったのだ――
それから一日。
アン子はすべてを忘れていた。
何も覚えていないのだ。
「え? なにそれ? あんたアタマおかしいんじゃないの? まあ、前々から気付いてたけど」
まるで普段通りなのだ。
美里葵――
彼女の真の恐ろしさは、こういった部分にあるのかもしれない。
――ところで、あの日記帳にはいったい何が書かれてあったのだろうか?