「犠牲と献身」
ツヴァイさんありがとー。キリバンとってないのに、頂いたツヴァイさんのSSです。
美里 葵は、私の親友。3年生の四月なんていう、普通じゃない時期に転校してきた私に、最初に声を掛けてくれた女の子。
生徒会長で、クラス委員。当然、成績優秀。スポーツだって得意。
絵に描いたような才女だけど、嫌味がない。
彼女の美点を挙げるとすると、献身的。その一言に尽きると思う。仏頂面の矢野くんとか、ブタと蛙を合体させたような佐久間にさえ、クラスメイトとして、また、友達として接している。
だけど、逆に欠点を挙げるとすれば、自己犠牲が強すぎる、という点。
私たちに気を使いすぎるあまり、ともすれば自分を追いつめてしまう。
献身の裏返し――自己犠牲精神。
『力』が覚醒してしまったときも、いや、今でも一番、悩んで苦しんでいるのは、多分、葵。理由は、葵が弱いから。『力』の強さで言うと、葵の『力』は随一。でも、葵は、私のように前線で闘う『力』を持っていない、という点。
殴る蹴るぶっ飛ばすに関しては、私や京一くん、醍醐くんには遠く及ばない。
でも、葵には私たちの怪我を癒す『力』がある。
それが、葵の悩みの最大の原因じゃないかって、今は思っている。事件が起こる度に、私たちは『力』を持つ魔人と闘う。当然、無傷で終わるわけがない。それを葵に治して貰う。でも、また私たちは怪我をする。
私たちが血を流す。
その一点が、葵の苦しみ。
癒すことしかできない。
だから、葵は苦しむ。
だから、私は今日、葵を誘って旧校舎に来ていた。前に一度、渋谷の事件の後くらいに来たときは、板が補強されて入れなかったけど、今日は簡単に入れた。と言うのも、蹴破った不届き者がいたからだった。・・・想像するに、京一くん・・・。
もう一度、この旧校舎に入ることで、葵に『力』ってものをもう一度、考えて貰う。
それが私の考えだった。勿論、葵は了解してくれた。・・・ただし、用件は伏せておいたけど。
けど、日が悪かった・・・。頼りにしていた小蒔と醍醐くんは、インターハイ予選前の特訓でダメ。なんと、普段は部活なんてやってもない京一くんまでも、部活に出ていた。矢野くんは・・・アレはアレで、弓道部のホープらしいから、小蒔に連行された・・・。
よって、旧校舎内は私と葵だけだった。
ギシギシと床が軋む。
「確か、ここだったよね。」
私は背後の葵を振り返った。
「そうね・・・。」
と葵は周りを見渡していた。
京一くん達と一緒に、力に目覚めてしまった教室――。青い光をぼんやりと浮かべた葵が倒れていた部屋――。
「さって。無理言ってきてもらったけど・・・。何て言うかな・・・。話って、葵の『力』のことなんだけど・・・。」
ゴチャゴチャと無駄話っていうのも、私の性に合わない。
私は本題を切り出した。
「わたしの・・・『力』?」
「そう。葵、自分では、どう思ってる?自分の『力』のこと。」
「わたしは・・・。ごめんなさい。よく、わからないの・・・。」
「だよね・・・。私も、自分の『力』のこと、今一つ、わかってないんだ。何で、こんなのに目覚めたんだろうって、いつも考えてる。でも、答えが出たためしなんてないの。」
私は伏せがちだった目を葵に向けた。
「葵さ・・・その、巧く言えないけど・・・。『力』のことで悩んでるんでしょ?」
葵は少し悲しそうな顔をした後、コクッと頷いた。
「悪い『力』じゃないって、みんな言ってくれるけど、わたしにできるのは、怪我をしたみんなを癒してあげることだけ。直接、闘う力なんてない。みんなが怪我して、血を流して、苦しんでいるのを、ただ見ていることしかできない・・・。」
「でも、葵がいるから、私たちは闘えるのよ。葵が――」
と、私が言いかけたその時、私たちの立っている床が抜けた。
「きゃあッ!」
葵が悲鳴を上げる。
私はとっさに葵の手を掴み、身体を抱え込んだ。
そして、そのまま五点着地をする。身体を捻って着地することで、衝撃を五カ所に分散させる技術。パラシュートで着地するときに使う技術だ、と鳴瀧さんから教わっていた。
「葵、怪我は!?」
私は手の中の葵を見た。
葵はポカン、としていたけど、怪我はなさそうだった。
フゥ、と息を吐き出し、私は頭上を見上げた。
三メートルって所か、上まで。まさか、床が抜けるなんて。
「麻姫ちゃん、ここって・・・。」
葵は不安そうに辺りを見渡した。
私も視線を周囲に向けて、愕然とした。
だだっ広い空間。鍾乳洞か、洞窟の中みたい。薄暗いけど、壁にへばりついている苔みたいなのが光っていて、それが頼りない光源になっている。
「・・・まいったわね。」
私は頭を抱えた。まさか、旧校舎の下がこんなになっているなんて、思いもしなかった。しかも、葵まで巻き込んで・・・。
「出口を見つけないといけないわ。」
落ち込んでいる私に、葵は優しく微笑んでくれた。
「・・・そうね。」
私もシャキッと立ち、改めて周囲を見てみる。
だけど、私は腰から吊した巾着の異常な温度にハッとした。
ヒヒイロカネが高温を放つとき――。
『人ならざるもの』が周囲にいるときだ!
「葵!何かいる!」
私は巾着袋からヒヒイロカネを取り出し、両手に填める。高温と共に、激しく光も放っている。
その光が照らし出した先に、妙な犬がいた。それも、大群。
「何・・・?」
葵が少し怯えた目を向けていた。
「歓迎してくれている雰囲気者、ないよね・・・。」
私は葵を左手で庇いながら、右手だけで構えた。
「葵、さがっ――私から離れないで。」
退がっていて、と言いかけて、私は言い直した。囲まれている。私の周囲に付いていてくれた方が、庇いやすい。
「ガウッ!」
犬が飛びかかってきた。
「やッ!」
私はカウンター気味に掌打を叩き込んだ。
犬は吹き飛び、動かなくなった。
続けざまに、巫炎を放つ。何匹か巻き込めたけど、多勢に無勢は相変わらず。
「・・・逃げた方が得策だよね。」
私は葵の手を掴み、右手で掌底・発剄を打ち出した。
そのまま、犬の真ん中を突っ切って走る。
途中、何度か噛み付かれたけど、私はその犬を蹴飛ばして走った。
何とか逃げ切り、私と葵は岩場の影に座り込んでいた。
「何なのよ・・・。あの犬・・・。」
呼吸を整えながら、私は岩の向こうに視線を向けた。どうやら、本当に捲けたらしい。
「麻姫ちゃん、ジッとしてて。」
葵が私の足に『力』を放出した。
「・・・ありがと。ゴメンね。妙なことになっちゃって・・・。」
「ううん。わたしこそ、ごめんなさい・・・。足手まといよね・・・。」
ゆらっと葵の『力』が揺らめいた。また、彼女の悩み・・・。
「・・・実を言うと、私、葵の『力』が羨ましいよ。」
「え?」
私の言葉に、葵が顔を上げた。
「私の『力』なんて、結局は人を傷つけるしかできないんだから。唐栖くんの時だって、嵯峨野くんの時だって、殴って蹴って・・・。それしかできなかった。」
私は頭を振った。悩んでいる葵の力になろうなんて、思い上がりもいいところだった。私の方が、悩んでいる。
「・・・葵だから話すけど、私が『力』に目覚めちゃったのって、二年の冬だったんだ。」
私は覚悟を決めて話し始めた。正直、あまり人に言うような話じゃない。
「和歌山の、明日香学園って所に通ってたんだけど、二年の時、転校してきた莎草って男の子と出会ってさ。その子、『力』を持ってたんだ。『力』を使って、やりたい放題。私の友達だった二人とか、私の兄さんとか巻き込まれてね・・・。」
葵は黙って私の顔を見ていた。
「で、友達の一人、青葉さとみって子がさらわれちゃって。私、無茶だったけど、助けに行ったんだ。そこで、『力』に目覚めちゃった。」
「・・・それで、青葉さんってどうなったの?」
「助けたよ。莎草は、自分の『力』に呑まれて、鬼になったんだ・・・。その莎草を、殺して、ね。」
私の意外な言葉に、葵は息を呑んだようだ。そりゃ、そうでしょうよ。鬼になったからって、私は人を殺しました。衝撃の告白だ。
「正直、私が平気な顔して学校に来ていること自体、変なんだ。」
私は何を話しているのか判らなくなった。
『力』について葵に考えてもらうはずが、いつのまにか、私の懺悔になっていた。
「何を言ったって、結局、私は・・・人殺しなんだ・・・!」
私は背にしている岩に拳を叩き付けた。ガスッと嫌な音がして、私の拳から血が流れた。
「・・・ゴメン。葵の悩みをちょっとでも解消できるかと思ってたけど、余計に心配かけちゃうよね・・・。軽蔑してくれていいから・・・。」
私は頭を背後の岩に押しつけた。・・・もう、明日から学校も辞めよう・・・。結局、私は人殺し。学校なんて、来るところじゃないんだ・・・。
「麻姫ちゃん・・・。」
葵は私の右手を取ると、そっちにも『力』を放出した。
「軽蔑なんて、できないわ。麻姫ちゃん、優しすぎるから。助けるために、仕方がなかったんでしょう?それでも、麻姫ちゃんは苦しんでる。なら、莎草くんだって、もう許してくれているわ。」
「わからないよ、そんなの・・・。きっと、今日のコレだって、莎草が呼んでるんだ・・・。こっちへ来いって。」
私は目の前が真っ暗になった。
その私の頬を、葵の平手が打っていた。
「・・・ごめんなさい。だけど、自棄になったらダメ。呼んでなんていないわ。これは、ただの事故。しっかりして。」
葵は私の肩を掴んでいた。
私は頭のもやが晴れるのを感じた。多分、一過性。でも、それで十分だった。
「・・・そうだよね。今は、ここから出ることの方が肝心だったね。」
傷は全部塞がったのか、身体に力が戻っていた。
「・・・ゴメン。私の愚痴だったね。」
立ち上がりながら、私は苦笑いした。
だけど葵は首を振って、
「ううん。いいの。」
「でも、それが葵の一番の『力』だよ。そんな葵がいるから、私は闘える。」
私はニッと笑った。
葵も、クスッと笑った。
と同時に、私が今まで背もたれにしていた岩が砕けた。
視界いっぱいに、私の五割増くらいある鬼がいた。って、犬の次は鬼!?
「葵、逃げて!」
私は葵を突き飛ばして、鬼の胸に掌打を叩き込んだ。とてもじゃないけど、頭まで手が届かない。
「ダメ!逃げるのなら、麻姫ちゃんも一緒!」
珍しく葵が大声を出したけど、戦闘力のない葵を庇いながらじゃ、二人とも殺される。
「葵を庇いながらなんて闘えないの!」
思わず、本音が出た・・・。
葵の目が見開かれ、僅かな間をおいて落ち込んだ。
やばい・・・。
フォローしようとしたけど、私の身体は鬼に吹き飛ばされていた。隙だらけだった。
地面に叩き付けられ、慌てて起きる。
途端、私は喉の奥から何かが溢れてくるのを感じた。
「けほッ!」
胃液じゃなかった。口の中一杯に広がる鉄の味。
――吐血だった。
「麻姫ちゃん!」
葵が駆け寄ってくる。
「・・・ゴメン。口ばっかりだった・・・。また、傷つけちゃったね・・・。」
「しゃべらないで。」
葵が私に『力』を浴びせる。私なんて、見捨てて逃げればいいのに・・・。自分の浅慮と、嘘吐きぶりに腹が立った。
「ダメだよ・・・。向こう、見逃してくれないよ・・・。」
私は震える手で鬼を指さした。
鬼はゆっくり、私たちの方に歩いてきている。私は動けない。葵は闘う『力』を持っていない。
絶体絶命。
「麻姫ちゃん、動ける?」
葵は私を立たせ、肩に私の腕を回した。
「・・・一人なら逃げ切れるから・・・。私は置いて逃げるのよ、葵。」
「ダメ!」
葵は頭を振った。
「うがああああッ!」
その私たちに、鬼が追いついた。
「このッ!」
私は葵を振り解いて振り返り、龍星脚を放った。
まだ鬼を吹き飛ばすだけの力は残っていたけど、その一発が限界みたいだった。
私は膝をついた。
肩で息をする。葵の『力』で少しは回復したようだけど、「死んでない」以上じゃなかった。致命傷になりかねない傷じゃあ、かすり傷みたいに一瞬で全快、まではいかないらしい。
「葵、早く逃げて!」
私が頭だけで振り返り、葵を見た。
けど、葵は私の言葉を無視して私の隣に来た。
「逃げるのなら、麻姫ちゃんも一緒。」
「斃す手段がないのよ!」
私は思わず怒鳴った。こういう時の頑固さは承知ずみだけど、ここまでくると異常じゃないかと思えてくる。
「手段なら、あるわ。」
葵は私にもう一度、『力』を浴びせた。
身体に少し力が戻る。
「思いだして。」
私はハッとした。
破邪顕正・黄龍菩薩陣!
だけど、あれは葵も鬼の間合いに入らなきゃならない。
危険すぎる。
「信じてるからね。」
と、葵は鬼に向かって走った。
信じてるからね――。
葵の言葉が、私の頭を打った。
私は、本当の意味で葵を理解なんてしてなかった。
戦闘力がないけど、怪我を治せるから。
そんな理由で、葵の『力』が無力じゃないと思っていた。
けど、違う。
葵の本当の『力』――。
それは、自己犠牲と献身――。人間を信じる力。
それが、他者に『力』を与える――!
鬼の腕が振り上げにれ、葵に向かって振り下ろされる。
「このォッ!」
私は鬼の腕を蹴り払った。
「・・・いくよ。」
着地と同時に、両手に力を入れる。
「はい。私の力、あなたに預けます。」
葵の両目が輝き、私の両手に力が宿る。
「破邪顕正ッ黄龍菩薩陣ッ!」
私と葵、二人の力が鬼を貫いた。
光に飲み込まれ、鬼は一瞬にして消滅した。
「・・・やった。」
私は座り込んだ。
再び、葵が私の怪我を診る。
「ありがとう。結局、葵を傷つけるしかできなかったのに・・・。」
私は申し訳ない顔をしていた。
けど、葵はポケットからハンカチを取り出すと、私の口の周りに付いていた血を拭ってくれた。
「麻姫ちゃんも、『力』で悩んでるんだって思ったら、少しは楽になれたから。」
と、チョロッと舌を出した。
その顔を見て、私は笑った。
葵の意外な顔。
葵も、笑った。
そう。『力』が何のためにあるのかなんて、誰にもわからない。それで悩むなんて、ナンセンスだ。でも悩んでしまうのなら、同じ悩みのある者同士、悩みを共有してしまえばいい。根本的な解決じゃないのだろうけど、それで十分だ。
葵の意外な顔と一緒に、私は、そういう考えを手に入れた。