■アネキ

柳生が復活した時の話です。ゆえに弦月、標準語。柳生があっちの言葉知ってるかどうかなぞ知ったことじゃないので、気にせず読んじゃって♪

―――そこは地獄だった――

 視界にあるもの全てが、元の形を成していなかった。砕かれ切り裂かれ潰されて。

 視界に入るものは、燃える建造物、砕け切り裂かれた地面、そして――

「ああ、あああああ・・・」

 人。

 赤い影――血溜りの中に倒れふす人。折り重なるように、倒れ付す人人人。

 見知った顔。つい数時間前まで俺と同じ生あるものだったハズ。

 だが今は――

 チャキッ・・・

 手が何かに触れる。青竜刀。

 視界に入っていなかった遺体。その得物であったろう武器。

 俺は、傍らに転がっていたそれをつかみ、そして跳んだ――男に向かって。

「――」

 そこだけはまるで何事もなかったような状態だった。まるで炎すら、その男――この村を地獄へと変えた剣鬼――を恐れているかのように。

 何も思考できないほどの怒りで放った青龍刀の一撃。

 ギィンッ!

 振り返った剣鬼の刀が横一閃、こちらの攻撃はそれだけではじかれ、俺は危うく地面にたたきつけられるところだった。

 片手片足でほとんど倒れるような姿勢で地面に降り、振り返らず地面を蹴った。

「―――!?」

 鋭い痛みと、その直後に焼けるような痛み。左肩から腰にかけて背中を切り裂かれた。だが、浅い。相手を確認する前に、自分のカンが告げた危険予測に従ったおかげだ。

「ほう?」

 痛みをこらえ、なんとか倒れることだけはこらえて間合いをとった俺を見ながら剣鬼がつぶやく。

「今の一刀で殺すハズだったのだがな」

 剣鬼は、だが意にも介さない表情で、こちらにゆっくりと歩み寄る。

「だが、それもただ生き汚いとしか言えない。貴様の死は、この場に現れたことで決まっているのだからな」

「あ・・・う・・・」

 足が動かない。青龍刀を握る手が、腕があがらない。

「どうやら村の外にいたのだろうが、駆けつけたのは失策だな。もう少し遅ければ俺を見つけることもなかったろうに」

 視線を合わせた瞬間、殺されると悟った。勝てない、強い、許せない・・そういったレベルではなく、ただ殺される、と。

「さあ、そこらに在る虫ケラとおなじものになるがいい―――」

「―――」

 その言葉が一色に染まっていた心に、違う色を作った。その色――怒り――を強引に心に塗りつけ、塗りつぶす。

「―――破ッ」

 男の剣の間合い一歩手前で、渾身の力で放った発剄は、狙いたがわず剣鬼の胸を打った。

「龍尾下せ――」

 俺はその次の瞬間には追撃を打ち込んでいた。いや、打ち込んでいたハズだった。

 ザンッ!!

「あ――」

 剣鬼は、俺の放った発剄なぞ意にも介していなかった。隙をつくりだし、そこに一撃を叩き込もうとした俺こそ隙だらけで―――今度こそ致命的な剣戟を受けていた。

 即死じゃなかった。だが幸運でもなかった。確実に死に向かう意識は、音と色を消して、すべての象形をスローモーションで見せていた。

 剣鬼が返す刀で、俺の首を落とそうとするのをただ見ているだけ。ゆっくりと――感覚の上で――倒れこむ俺の首に、血と殺気をまとう刃が振り下ろされるのを―――。

 が、死は訪れなかった。

 甲高い声とともに、光が俺を包み込んだ。

 衝撃はない。なのに、その光に阻まれ、剣鬼の刀は弾かれていた。

「――まだ死んでなかったようね、弦月。良かったわ。さすがに蘇生までは出来ないから」

 声が聞こえた。視界にあるものの色も戻っていた。

 傷を見る。傷はほとんどふさがりかけていた。

「なんとか致命からは遠ざけられたけど、動くと傷がひどくなるからおとなしくしてなさい」

「何者だ」

 剣鬼の声の色が変わった。そこでようやく気づく。

 誰かに支えられていた。見上げれば、見覚えのある顔があった。

「あんたに名乗る名はないわ」

 ポイッ

「は?」

 なにやら浮遊感&横に流れてく景色。

 放り投げられていた。もう、棒キレなんかと同じような扱いで。

 ――さっき、「おとなしくしてなさい」とかいってなかったか?

「オグッ!?」

 地面にたたき付けられると同時に見えたものは、斬られたときに手からすべり落ちた青龍刀を持って駆ける女の後ろ姿と、それを向かえ撃つ剣鬼の姿。

 光が二閃。日本刀と青龍刀の残光が重なる。

 響く剣戟の衝突音。

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 今の自分ではどれだけ氣を練ろうと生み出せないであろう威力を、一息で四つ打ち合わせた二人は、同時に間合いをとって対峙する。

「つっ・・・さすがに強いわね」

 その女性がこの村に訪れたのはいつのことだったか。そのときの女性は、今の自分とそう変わらない歳だったハズだ。そのときでさえ、女性の強さは尋常じゃなかった。そして、数年に一度、フラッとこの村に現れる度に、その強さに磨きがかかっていた。

 最後に訪れたとき、女性の強さはすでに神域に達していたとしか思えなかった。そう――この村を地獄に変えたあの剣鬼と同じように。

「乱れ緋牡丹!!」

 幾重も重なる剣鬼の剣戟。自分が相手なら、その技の名のとおり、赤い花を散らしていただろうその死の刃を、女性は青龍刀で受け流し、流れるような体捌きでかわす。

「―――!」

 が、剣の腕は剣鬼の方が上だった。剣による攻防では、剣鬼に勝てない。そんなことは判っていた。

 青龍刀が宙に舞い、わき腹を日本刀の切っ先が裂いた。

「ぐっ」

 致命傷に程遠いが、その一撃で女性は体勢を崩し、武器はその手から離れた。

「終わりだッ!」

 剣鬼が刀を振り上げる。剣鬼の間合い、おそらく後ろに跳んだところで、その追撃からは逃れられない。

「なッ――」

 驚愕。それは男だけ。俺は、多分それを狙っているのだとわかっていた。

 剣技でかなわないのはわかっていた。なぜなら、俺はあの人が剣を使っているところなぞ、一度も見たことなかったから。

 ギュバッ!

 地面をえぐる音。左足を支点に回転し、剣鬼の懐へ。背中が剣鬼の胸に密着していた。

 振り上げた日本刀の間合いの内、そしてその人――緋勇 沙希が本来の間合い。

「―――破ッ!!」

 ズド、ンッ!!

 人が繰り出す技のものとは思えない衝撃音。掌ではなく肩打ちに近い形で打ち込まれる発剄。

が、それを受けてさえなお――

「鬼剄!!」

「―――セイッ!」

 バシィッ!

 死角から襲い掛かる氣の刃を、それでも見切りはじき落とす。家をなぎ払うほどの威を片腕で防ぐ緋勇沙希。おそらくそれと同等の威力をもって氣を叩き込まれた剣鬼。

 両者が再び対峙している。さすがに無傷ではない。だが、余力は十二分としか見えない。

「なるほど。得物をもって無手術が本命であることを隠していたか」

「そゆことよ」

 まるで感情が篭ってない声。だが、剣鬼の方は知らないが、それが緋勇沙希にとって、強く怒りを感じている状態なのは知っていた。

「久しぶりに皆に会えると思ってたのに・・・。間に合わなかった・・・」

 異様なまでに陽気なこの女性は、ひとたび怒りや悲しみを覚えるとひどく静かになる。こちらからでは見えないが、顔をのぞけば、まるで仮面のようにひどく感情が欠落した表情になっているだろう。

「ふっ・・・。さすがに封印を解いたばかりでは《力》が出し切れぬな」

「・・・退く気? 今カタを着けとけば、いろいろ精神衛生上都合がよろしい私にとっては、そんことさせる気さらさらないんだけど」

「フン。多少てこずるかもしれんが、貴様の《力》は見切っておるわ。もはや不意打ちも通じん。少々、慎重になっているだけのこと。死に急ぎたいというのなら、それでもかまわ――」

 ゴゴゴゴゴゴッ!

『―――!?』

 大地が鳴動している。いや、それは錯覚だ。これは大地から流れだしたモノを感覚が察知したから。

「この地では・・・、いえ、今この時では、どんなところでもこれ以上は無理。だけど、十数年の封印によって《力》の半減しているアナタなら、これでもなんとか斃せると思うけど?」

 氣だ。渦巻くように緋勇沙希の身体を覆っている黄金の燐光。それは、内ではなく外から注ぎいれた氣。

「貴様、《黄龍の――いや、違う。これは――」

 ダンッ!

 駆けた。いや、跳んだ。残光を残して宙を駆け、その右腕に氣が収束する。

「チィッ!」

「―――麒麟戟!!」

 太陽をその身に宿したかのように輝くほどの氣の奔流。それを右掌に収束し、そして振り下ろす。

 瞬間、まぶたを閉じてすら瞳に感じるほどの光とともに、衝撃が走った。

 ド・・・・・ズン!!

 目を開ければ、視界に写るもの全てが変わっていた。大きく隆起した地面、それに飲み込まれるように完全に倒壊した建造物。なにより目を奪うのは、緋勇沙希が立っている場所。

 大きく陥没している地面は、見ようによっては、なにかの蹄に跡に見えなくもなかった。

「・・・・逃げられたか」

 さして残念そうでもないその呟きを聞いて、そして――出血のせいだろう――意識が消えた。

■新宿中央公園

「・・・・なんや、夢かいな?」

 劉は、あたりを見回し数秒ボーとしたあとそう結論した。いつものとおり、木陰で昼寝していたのだ。

「・・・・昼にまであない夢みるとはなぁ・・・あいつがおるこの東京にきてるせいやろな・・」

 いや、もしかしたらあの小悪魔のような笑みで大魔王のようなことをしでかす、あの人がいるせいかも、と劉は身を震わせた。

 あの人が村に来たのは数えるほどしかない。が、初日からまるで生まれたときから村に住んでいたかのように馴染んでいた。いや、あっちが馴染んだというより、強引に自分のペースに巻き込んでいたというか。

 しかも何が気に障ったのか、あるいは気に入られていたのか、劉はよくちょっかいをかけられていた。たまに意識ごと吹っ飛ばされたことがあるし――龍麻がいれば、「ああ、そんなのこっちは毎日さぁ」と、全てを諦めた敗北者の笑みを浮かべることだろう。

 年上の女性が苦手。それを決定的というか、さらに上のレベルになったのは、間違いなくあの天上天下唯我独尊な人物のせいだろう。

「しぇーんゆえ〜〜♪」

「そうそう、こない弾むような声で毎日わいのところに―――」

 カキンッ

 空気が凍った。風景の色が反転したような錯覚さえ覚える。

 振り返れない。いや、振り返りたくない。

 とゆうか全速力で逃げ出したい。大阪あたりまで。望むままに飛べるなら地球の反対側まで。

「こっち向きなさ〜い。まさか、逃げようなんて思ってないわよねぇ?」

 あくまで穏やかな口調。しかし、今の劉にとって、それは地獄のそこから聞こえ来る呼び声であった。

 ギギギギッ。

 まるでなかば石化したかのような動きで首をねじるように振り向く。

「お久しぶりね、しぇーんゆえー♪ そしてグッバイ♪」

 振り向いた先にあるのは、満面の笑み、決して笑ってない瞳、そして振り上げられ、あまつさえ視認さえできるほどの氣をまとっている拳。

「うおわッ!?」

 ドズンッ!

 飛びのいた。もう死に物狂い、神懸りと自分でも思えるほどの反射行動で。そして、一瞬前まで自分が腰を下ろしていた場所に手首まで埋まった拳を見て青ざめる。

 引き抜いた拳は、無傷。

「よけるな」

「アホいいなッ! そないなもんくらったら、死んでまうわッ!」

「・・・・・・」

 殺人しようとしか思えない攻撃を繰り出した女性――緋勇沙希が、目をパチクリさせてる。

「な、なんや・・・?」

「なんでまた、関西弁なんて習ってるのよ、アンタは」

 どうやら劉の日本語のことでビックリしてたようだ。が、それもささいなこと。

「さて、とりあえず初撃はかわされたし、弁明を聞こうかしら」

「な、なんのことや? わい、アネキに謝るようなことあったかいなぁ・・」

 ピシッ。

 こめかみに力が入った音が聞こえたよーな。

「ほほぉ・・、東京にいながら私に挨拶にも来なかった弟分の言葉とはおもえないわねぇ」

「い、いや、わい、アネキが東京におるなんて知らんかったし・・・」

 ギャアギャアッ

 あ、公園中の鳥が飛んで逃げていった。

「それは嘘よねぇ? だって、道元さんに挨拶しにきたときアンタのこと聞いてるし」

 ついには生き物の気配がまったくなくなった。

「まさか、あの爺ちゃんが私のことをアンタに告げてないなんてことないわよねぇ?」

 植物さえ気配を断っているかのような静寂。響くのは沙希の声のみ。

「とゆうか、アンタ―――――」

ニ ゲ テ タ ネ?

 ――――あ、死んだ。

 劉はにこやかに、やっぱり目が笑ってない沙希が、怒りマークの浮いた拳を振り上げる様を眺めながら、本気でそう思っていた。

もどる?