■緋勇沙希《その壱》
※途中から、如月視点の一人称になってるところがあります。
「あー、疲れた」 靴をいい加減に脱ぎ捨て、龍麻が部屋に上がる。沙希もそれに続いて玄関を上がり、リビングへと向かった。 「しかし、花見に来て、いきなりあんなんに巻き込まれるとはねェ」 「あんた、昔ッからトラブルに好かれてるからねェ」 上着をかけ、二人がソファーに腰を下ろす。 「・・・ん?」 龍麻の視界に、壁に建て掛けられた物があった。なにやらシートに包まれた、細長いもの。中の物は、ビミョーに反っているらしい。 そういえば、あれはここにくるまで沙希が持っていたものじゃないだろうか? と龍麻が思い出す。疲れていたせいか、たいして気にもしなかったが、中央公園に来たときはあんなものは持って居なかった。 「・・・・・・・・・・」 いやな予感を覚え、龍麻がその梱包物のところに寄った。手にしたその重さから、さらに不安が募る。 ガサガサ・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 中の物を確認した後、たっぷり一分ほど心の中で自問自答をし、ゆっくりと沙希の方に顔を向けた。沙希は、こちらのことに興味をもたず、テレビ観賞に入ってる。 「なァ、姉ちゃん・・・」 「んー? 何ー?」 「これさァ」 おそらく現場で拾って使ったのだろう、敷き物らしきシーツに入っていたのは一口の刀剣だった。しかも、さっきまでこれを持った相手と戦っていたのだ。めったなことでは動じない龍麻も、この姉の行動に関しては、そのペースは崩れてばかりである。 「村正、だよね?」 「そうよ。あのままにしておくのも危ないから、持ってきたの」 どこにそんな余裕があったのか、いつとったのか。龍麻たちは全員全く気付いていない。 「大丈夫大丈夫。精神力が強かったり、私たちみたいに抵抗力があるなら、その妖気に魅入られることもないから」 「俺が言いたいのは・・・・まあ、いいや。それで、こんなもんどうすんのさ?」 「今日みたいなことがもう起こらないとは限らないし・・・京一君にでもあげる?」 「使わないと思うよ、さすがに・・・・・」 「そうね。まあ、ちょっとアテがあるから、引き取ってもらうわ」 「・・・・・・・・こんなんマトモに買ってくれるとこ、あんの?」 「まァね」
翌日・・・ ■3−C教室―――昼休み■ 「あのドサクサで、村正を持ちかえるとは・・・」 「大胆っつーか、なんつーか・・・・、すげェなお前の姉ちゃんはよ」 「色んな意味でね・・・・」 醍醐と京一が、呆れを通り越して感心している。やっぱり誰も、沙希が村正をあの場から持ってきていたことに気付いていなかった。 「しかし、そんなもん買い取ってくれるとこあるのか?」 「そうだな・・・、あれは盗み出されたものだろう? まともなところでは、買い取るどころか、警察沙汰になるのでは・・・」 「なんか知り合いの息子さんがやってる骨董屋に売りにいくって言ってた。あの人、なんだか顔が広くてね。いったいどんな生活してりゃあ、そんな繋がりができるんだが・・・・」 「ひーちゃんって・・・、沙希さんのことになると、なんか、らしくなくなるね」 「ありゃ? 小蒔ちゃん」 イスの背もたれで身体を反らすと、天地逆さまになった視界に小蒔がいた。その後ろには美里もいる。 「らしくない?」 「うん。ひーちゃんって、いつでも自分のペースを崩さないでしょ? 闘いのときだって、場に合わないくらいマイペースだもん」 「確かに龍麻は、なんというか・・・・平常心を保つ術を持っているように見えるな。まだ十日ほどの付き合いだが、俺たちにはない冷静さがあるのは判った」 「でも、沙希さんがいると、龍麻くん・・・・。そうね、本当に普通の姉弟って感じになるわ」 「そうかもねェ・・・・」 「実際どんな人なんだ、お前の姉ちゃん」 「・・・・・・・・・・・・」 京一の言葉に、皆の視線が龍麻に集まった。龍麻は、しばらく考え込むように天井を見上げた後、視界を戻してから、『ま、いいか』と呟く。 「まずは、基本的なことから。緋勇 沙希。1973年生まれO型。B87W59H86、ただし、これは3、4年前のデータ。好きな言葉は悠々自適。あの人見てる限り、悠々自適に過ごしてるとは思えんけど。趣味は、旅行と鍛錬。あー見えて、稽古はかかさないからなァ、あの人」 ひとしきり、息もつかずに喋ってから、ふと言葉を止める。 「・・・・質問をどうぞ。答えられることは答えるよ」 「普段はなにしてるの?」 「テレビ観賞、昼寝、雑誌読み。間食、散歩と称したブラ歩き」 「なにもしてないってことだね・・・・・」 「なにかまともにやってるっていったら、稽古ぐらいかな」 言ってから、龍麻が溜息をつく。 「あの人がきてから、日課の鍛練がどんどんキツいものになっていく・・・・・いつか、死ぬかも」 ズーンと沈む龍麻の様子に、いかに沙希が龍麻にとって天敵な存在であるかが、認識できる。 「彼氏とかはいないのか? 中身はどーでも、外見は結構なもんだしな」 「昨日聞かなかったか? 半年前にフラれて現在ソロ。今まで1ヶ月もった彼氏なし」 「別れるの早いな・・・、男運が悪いか、さもなきゃ恋愛に向いてない性格してっかか・・・」 「そーじゃねーんだよなー。友達とか恋人とかに、照れ隠しとか冗談で、軽く小突くときあるだろ?」 「まあ、な」 京一が同意すると、しばらく間を追いてから、『フッ・・・』と、溜息ともとれる小さな笑みを漏らす。 「あの人、何故かそれを、人が気絶するくらいの威力でやるんだよ。無意識で」 『・・・・・・・・・・』 四人が一斉に、その情景を思い浮かべる。なぜだか、とても納得がいったような気がした。 「外面だけで近寄ってきた人たちは、それっきり。中には頑張る人もいたみたいだけど、身体の方がガタついてきて、オジャン」 「なんていうか・・・・」 葵はそれ以上言葉を出せない。どう言えばいいのか分からないでいる。 「他に質問、ある?」 「・・・・なんで、あんなに苦手なんだ、お前」 「・・・・・・・・・」 沈黙が長かった。聞いた瞬間、龍麻の表情に、僅かだが変化があった。どういった感情が混じったのかまでは分からないが、その質問が龍麻にとって大きなものであるということは、四人とも感じることはできた。 「・・・・・・・あの人に、借りができちまった・・・・・。だから、かな?」 「借り、って?」 小蒔の言葉に、龍麻は答えなかった。四人も、それ以上、聞こうとはしなかった。 初めて、龍麻が、瞳に悲しみを浮かべたのを見てしまったから。
■北区―――如月骨董品店■ ガラッ! 「いらっしゃい」 平日のこの時間帯に、客が来るとは珍しい。僕は、手入れ途中の招き猫を置き、顔をあげる。 「あ、どうもー」 歳は二十代の中ごろだろうか。人懐こい様子で、こちらに近づいてくる。人を外見で判断するのはあまり好ましくないことではあるが、どう見ても骨董品に興味があるような人物には見えない。 「御用件は?」 「これなんだけどね」 細長い筒を僕の前に置き、その中からさらに布に包まれた物を取り出す。感じからして、日本刀だろうか? 「ん・・・・?」 予想通り、布を開くと、そこには一口の日本刀があった。だが、その刀の持つ雰囲気は、初見でおもわず鳥肌が立つほど強烈、むしろ異様といえるものだった。 「・・・・まさか、これは」 「たぶん、村正」 その女性はこともなげに言った。少し前に、新聞などを賑わせた、曰くつきの刀だ。しかも、これは展覧会の場から、消えたもの。 どういう経緯でまわってきたのかは知れないが、彼女は、この刀がどういった代物か分かっているのだろうか? 「あの・・・」 「引きとってもらいたいのよ。ここは、こういった危なっかしいモンも扱ってるでしょ?」 出所などを問いただそうとするが、それを遮るように、女性が口を開く。 「・・・・・・この店をどういった場所と認識しておられますか?」 僕の中で、この女性に対する警戒心が生まれていた。彼女は、この店のことを知っている。 僕は、この女性に面識はない。少なくとも、この店に訪れたことはないだろう。 「骨董品やでしょ? この刀も立派な骨董品。だから、引きとって」 にこやかに言いのける声にも、表情にも、なんら怪しい気配はない。だからこそ、怪しい。この刀―――村正のことを知っていながら、ただの骨董品として売りつけにくるだけでも、只者ではないが・・・・。 しかし、この警戒心は妙だ。彼女の言動や雰囲気に対するハッキリとした警戒心ではない。まるで僕の本能が―――《宿星》が、彼女に対して、敵対心と、そして―――恐怖を抱いているような・・・・。 「・・・・・安心していいわよ。私はまだ、あなたの―――あなたたちの敵じゃないから」 薄い笑みとともに、彼女の口からそんな言葉が紡がれた。まるで、僕の心をよんだかのように。 敵じゃない。 敵。 何に対しての。 僕の―――、いや、彼女は『僕たちの』と言った。徳川の、あるいは、僕が《宿星》に従い護るべき者の―――。 「あのさ、考え込むのは後にして、これ買うのか買わないのか、ハッキリしてくんない?」 「え?」 いつの間にか、自分の考えに没頭してしまったようだ。顔をあげると、少しイラついたような表情の女性が、村正の鞘をトントンと指で叩いていた。 「やっぱ、ダメ?」 「・・・・これがどういった経緯であなたの手にあるかは知りませんが、正規のルートのものではないでしょう」 「私が盗んだもんじゃないわよ?」 「疚しいところがないのなら、警察にでも届けるのが賢明かと・・・・」 言葉に棘があることに気付き、心の中で舌打する。僕もまだまだ修行がたりない。 「警察って苦手なのよねー。でも、こんな危なっかしいもの、放っぽりだすわけにはいかないわよねー。もし、普通の人がこんなもん偶然手にしちゃったら、大ごとだからねー。でも、一応これ、名刀ってやつだしー、処分するにも、それなりのところでやってもらった方がいいような気もするしー。でも、私、そんな知り合いいないからなー。どーしよーかなー」 「・・・・・・・」 これが独り言だというなら、ずいぶんと大きな声の独り言だ。まあ、チラチラとこちらを見ながら、口元に笑みを浮かべてる姿から、独り言などと思う者はいないだろうが。 「・・・・・・・引きとってくんない?」 「・・・・わかりました」 折れたのは僕の方だ。このまま、店の中でにこやかに脅されているというのは気が滅入るだろうし、それに、確かにこれは僕が扱った方が良さそうな代物だ。 「ありがとーねー」 それなりの代金を渡すと、彼女は意気揚揚と店の出入り口へと向かう。それを、僕は呼びとめた。なるべく穏やかな口調になるように務めて。 「何?」 「あなたの名は?」 「・・・・・」 数瞬の沈黙の後、彼女は笑った。それは、誰が見ても心奪われるような、魅力的な笑みだった。 不思議なことに、それを見た瞬間、僕の中にあった警戒心が消えていた。まるで目の前の女性が、まったく別の性質に変ったかのように。 「緋勇沙希よ。また来るかもしれないから、茶菓子でも用意しといてよ、翡翠くん」 「!? 何故、僕の名を・・・」 「あなたのお父様の知り合いよ。旅行中に一度だけ行動を共にしただけの、ではあるけどね」 彼女―――緋勇沙希は、それだけ言うと、店の扉から外へと出ていった。 僕は、しばらくの間、ただ呆然としているだけだった。
「さて、今日は疲れたし、帰ろかな? 犬神先生や、桜ヶ丘の院長先生に会いにいくのは今度にしよ♪」 沙希は、懐の財布の重さを楽しみながら、帰路についた。龍麻に、このお金のことを自慢してやろうと考えながら。 |
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