■緋勇沙希《その参》

※この話は、その大半を、寝不足で頭がハイになってるか、しこたま酒を呑んでるときにつくったものなので、ちこっとノリがいつもの違います。というか、オリキャラしか出ない・・・。

(田舎のお父さん、お母さん、そして、弟の夏樹。春香は、今、ちょっと・・・・ピンチです)

 私は、今井 春香。ある商社に勤める23歳のOLです。

 そして、今、ピンチです。なぜ、こんな状況になったのかは、ちょっと長い話になりますので、また後で。

 今、私はどこぞの裏路地の袋小路にいます。夜中の道を必死に逃げていたので、どこだかわかりません。《彼女》は、なぜか逃げようとしなかったので、無理矢理引っ張ってきました。おかげで高校時代、陸上部で長距離選手、そして卒業した後も朝のランニングだけは欠かさなかった私も、かなり疲れています。

 私たちの目の前に、15人の男がいます。街をたむろしてそうな若い男たちです。疲労と混乱でよく覚えてませんが、最初は6人だったような気がします。なにやら頭悪そうな人達でした。新宿の街を歩いていた私たちに後ろから声をかけてきたときは、ニヤニヤした顔で、下心丸だしの顔で、馬鹿そうな顔でした。

 でも、私たちの顔を・・・というより《彼女》の顔を見た瞬間、青ざめてました。数秒後、赤くなりました。《彼女》が何か言うと、さっきより青くなりました。

 そのうち一人が「ちょっと待ってろ!」と怒鳴り(ムチャクチャ腰がひけてましたが)、携帯を何件かかけてました。会話の内容が物騒だったので、逃げましょうよ、と言ったのですが、《彼女》はその気がまったくありません。

 この人達は、暇なのでしょうか? あと、よほど活動範囲が狭いのでしょうか? 瞬く間に10人以上の似たよーな男たちが集まってきました。

 私は逃げました。《彼女》の腕を掴んで、走りました。《彼女》が何か言ってたようでしたが、聞いてる余裕はありませんでした。

 今、ピンチです。袋小路に来てしまった私たち。退路を遮る15人の男たちが、ジリジリと近寄ってきてます。最初の6人は後方にいます。恐がってるようにも見えます。

「さて・・・誰から遊んでくれるの?」

 その声に私は横にいる《彼女》の顔を見ました。

 不適な笑みで、腕を組んで仁王立ちで、なんだか《彼女》は―――緋勇 沙希さんは、心底楽しそうでした。

■前日の夜■

「ふー・・・・」

 私は、今井 春香。ある商社に勤める23歳のOLです。

 唐突ですが、一ヶ月前に彼氏にフラれました。2年間つきあってきた彼が、違う女の人を好きになったそうです。泣きました。飲みました。寝込みました。彼氏と撮った一番お気に入りだった写真を、写っていたものが判らなくなるくらいにまで千切り、恨みを込めて燃やしました・・・・。ふふふ・・・うふふふふふ・・・・・・ウフフフフフフフ・・・・・。

 ・・・・・ちょっと遠い世界にいってました。

 心機一転をはかるために、引越しをしました。彼のニオイのするものは全て処分し、新しい環境での生活です。貯金がかなり寒いことになりましたが、前より職場に近いし、近くにコンビニもあるので、割といい環境です。

 休日の一日を家具やら何やらの片付けで費やしてしまいました。ちょっと夜風にあたりに玄関から外にでます。

「・・・どうも」

「え?」

 突然かけられた声に、私が顔をあげると、すぐ隣に高校生くらいの男の子が立っていました。手に持つコンビニ袋には、カップラーメンやジュースが入っています。

「新しく入居(はい)られた方ですか?」

「え、ええ」

 その子の第一印象は、暗そうな子、でした。顔を半分ほど隠すような前髪がそう見せたのでしょう。しかし、次の瞬間、その印象は吹き飛びました。

「となりの緋勇です。よろしく」

 思わず息を呑みました。とても優しげで、そして無邪気な子供のような笑み。夜風が見せてくれた、たなびく前髪の間からのぞく綺麗な漆黒の瞳。その時、私の目には、その少年の笑顔が輝いているように見えました。

 胸がキュンと鳴りました。心臓(と書いてハート)の鼓動が速まります。顔が火照るのを感じてます。これは・・・もしかして・・・・。い、いえ。彼はどう見ても高校生ぐらい。少なくとも5つも年下。しかも未成年。いちおう社会人である私は、いくつかの恋愛経験があり(その数だけ別れがあったわけですが・・・)、出会ったばかりの、少なくとも5つも年下、しかも未成年に一目惚れするなんてことはあるわけがないわけのハズなわけで、いくら神々しいばかりに輝く笑みをもつ少年だからって一目惚れなんてするわけがないわけのハズなわけで、でも、そういえば、私のお母さんも年上女房。父さんとは7つも歳が離れている。年下好きだったお母さんが新入社員だったお父さんに猛烈にアタックをかけ、電撃的に結婚したそうだが、結婚してから25年がたった今でも新婚のままに熱々バカップル状態で娘と息子の前でベタベタベタベタベタベタベタ・・・・・。私はその両親の娘。もしかして、お母さんの年下好きの血が、今、この凄まじいまでに輝く笑顔の少年に出会ったことで覚醒したのでは!?だとすればこれは運命の出会い!?この広い大都会で、同じマンションの、しかもお隣さんとなった私たちは、惹かれ合い、歳の差という障害を乗り越え、ゴールイン!?お父さんに手をひかれヴァージンロードを歩く私。そして私の視線の先には、その輝かんばかりの笑顔で迎えてくれる彼。ああ、お父さん、お母さん、私を生んでくれてありがとう、私を育ててくれてありがとう、私は幸せになります。そう、私は幸せになるの。新しい恋人が出来る度、そうおもっていたわ。だけど・・・・だけど・・・・だけどッ!!どいつもこいつも「君を幸せにしてあげる」「俺には君しかいないんだ」「将来は白い大きな犬を飼って、穏やかに、心地よい日々を過そうね」やら何やら、チョーシのいいことぶっこいて、最後には結局私の元から去っていって、しかもその後、別の彼女と幸せそうにしやがってェェェェ・・・。

「あの〜?」

「ハッ!?」

 いけないいけない。どこか遠い世界に逝っちゃっていたみたいだわ。

 出会いでの印象が大事よ、春香! ここぞとばかりに好印象をブチ込むのよ、春香!

「わ、私は今井春―――」

 ガチャッ!

「なんだ、龍麻。帰ってたの?」

 いきなり隣の部屋の玄関のドアが開き、中から下着姿の女性が現われました。見るからに高そうな下着でした。しかも真っ赤です。さらにいえば、その下の肢体もかなりゴージャスでした。もう一つ言えば、その下着なみに顔が真っ赤です。というか、もんのすごく酒くさいです。

「あんた、また酒を・・・」

「いいからいいからッ!」

(イイイヤアアアアアアアッ!?)

 私は心の中で絶叫していました。その女性は突然、緋勇くんに抱きつきました。しかも、その豊満な胸に少年の頬を押し当てるように頭を抱き寄せたんです。しかし、恋やら何やらに飢える健康な男子なら暴走しかねないその状況にあって、緋勇くんは平然としていました。まるで、それが当たり前のことであるかのように・・・・。

「・・・・・・・・」

「ほら、入って入って。すいません、失礼します」

「え、ええ」

 ヒョイっと女性の腕から逃れた緋勇君は、その背中を押して、玄関に入っていった。

「ねェねェ、あんたダァレ〜?」

 ヒョコッと女性が顔を出しました。赤い顔で、人懐こい笑みを浮かべて聞いてきます。

「と、隣に引っ越してきた、い、今井春香といいます・・・・・」

「私は、沙希。よろしくね」

 パタン

 ドアが締まる。私は、しばらく呆然としていました。

 彼が・・・緋勇君が・・・あんな年上の女性と同棲しているなんてェェェ―――――ッ!!

「はァ? 同棲?」

 翌日の私は、茫然自失でした。仕事も何やってたのか、わかりません。なにやら、課長に怒られてたような気がします。そういえば、自分のお茶を課長の薄い頭にぶちまけてたような・・・・。

 まあ、それはともかく、傷心のままマンションに帰ってくると、バッタリと、あの沙希さんという女性と会いました。もちろん昨日のような姿じゃなく、ちゃんとしたよそ行きの姿でした。

 私は、真実を確かめるために、遠まわしに緋勇くんとのことを聞くことにしました。

「沙希さん、緋勇くんと同棲してるんですかッ?」

「・・・・・直球な質問ねェ、っていうか・・・・はァ? 同棲?」

 沙希さんは、怪訝そうに片眉をあげて、首を傾げます。

「一緒に住んでるんでしょ?」

「・・・・・・・・私ね、緋勇沙希っていうの」

「それは、昨日聞きま・・・・・緋勇?」

 沙希さんが頷きました。緋勇くんと同じ苗字・・・・・ということは、

「まさか、姉さん女房ッ!?」

「フツーに姉よ姉! 姉弟よキョ・ウ・ダ・イ!」

「え・・・お姉さん?」

「そうよ」

「姉弟で、同棲を・・・・そんな乱れた関係なんて・・・」

「そっちに話をもってくなッ。ついでに同棲じゃなくて同居!」

 とりあえず、私が正気に戻るまであと2、3回の掛け合いが必要でした。沙希さんは最後にこう呟きました。

「家族以外で、わたしにこんなにツッコませたのは、あんたが初めてよ・・・・」

       □

       □

「さて、呑みにでもいきますか」

「へ?」

 部屋に通されてから正気に戻って、お茶の入った湯のみを片手に私が羞恥に落ち込んでいると、そんな言葉が聞こえてきました。

「あんた、付き合いなさい」

「な、なんで・・・」

 『なんで、私も?』と聞いたつもりでしたが、沙希さんはそう認識してないようです。

「この部屋で呑むと、あの子が五月蝿いのよ」

 そう言って、沙希さんは仕事から帰ってきたばかりの私の腕に自分の腕を絡め、そのまま引っ張って行きます。必死に抵抗してるんですが、どういう訳か、沙希さんは軽い荷物を引きづってるかのようにそのままマンションを離れ、タクシーを止めようとしています。

「大丈夫。今夜は私のおごりだから」

「そういう話ではなくてですね」

 タクシーに乗り込む沙希さんの腕からなんとか逃れ、なんと言い逃れようかと考えてる私に、沙希さんは、

「龍麻のいろんな話聞かせてあげるわよ?」

「お供させていただきます」

 私はすでにタクシーに乗り込んでいました。

       □

       □

 ・・・・・一時間後

「でねッ、その課長が一つ下のメグちゃんのお尻に手を伸ばしたのよ」

「ふんふんッ」

「わたし、そこでプッツンときちゃってね。その腕掴んでひねりあげて呻いたところを放り投げてフラフラと立ちあがったところを顔面に――――」

 沙希さんが右の拳を左の掌にぶつけました。小気味いい音が店内に響きました。

「キャハハハハッ!」

 私の笑い声も店内に響きます。ちなみに、この一人称は、《私の中の冷静な私》の言葉ですのでご理解を。

「笑えるでしょッ、アハハアハハハハッ!!」

「笑えますよォッ、キャハハッ!!」

 ああ、店員さんと隣のお客さんが、ものすごく嫌な顔してますね。どうして、沙希さんの武勇譚の話で盛り上がってるんでしょう? 最初は龍麻くんの性格とか好物とか、小さい頃の話に聞き入ってたはずなのに。

「さあッ、かんぱーいッ!」

「もう十回目ですけど、まあいいかッ! カンパーイッ!!」

 大ジョッキが軽くぶつかり合い、沙希さんと私は一気にそれを空けます。

「―――ぷはァッ!」

「ぷはァ! 沙希さん強いですねェェ」

「あんたもねッ! フフフッ!」

「あはははッ!」

 店内に二人の笑い声が響きます。うら若い女性の、酒の場での醜態に、二人以外の客と店員が、もンのすごい嫌そうな顔になりました。

 ひとしきり店内の気分を下げ、それにも気づかぬ陽気な私たちは店を出て、これまた道行く人たちの迷惑も顧みずに大声と大きなモーションで、歩いて行きます。そろそろ部屋に帰ってベッドに倒れこんどかないと、明日の出勤がえらいことになりそうですが、今の私にはそんなことは遥か地平線の彼方です。

 あとで、龍麻くんに聞いた話ですが、そろそろ沙希さんはヤバかったそうです。これ以上呑ますと、『記憶から消したいんですがね・・・』と龍麻くんが遠い目をして呟くようなことが起こるところだったそうです。

 しかし、今現在の私はそんなことは知らず、「さ、次の店よーッ!」と叫んでる、この異様に頼り甲斐のありそうな女性についていくだけでした。

 そんな時でした。後ろから男の声がかかったのは。

「オネーサンたち、おヒマでーすかー?」

「ボクたちと遊びませんかー?」

 まず私が振り向きました。そこで一気に酔いがひいていきました。私たちの後ろには、見るからに軽く、そして危なそうな男たちが6人、ニヤニヤとしながら立っていました。そして、私たちを囲み、逃げ場をふせごうとしています。

「こんな夜に女だけじゃつまんないでしょ?」

「俺たちと素敵な夜を、どっかの暗いトコロですごしましょうよー」

「あ〜ん?」

 そこでようやく沙希さんが振りかえりました。次の瞬間、場が凍りつきました。もともとどうしようかと混乱する頭で考えていた私に次いで、その6人の男たちの動きも固まっていました。

「あ、あんたは・・・・」

「新宿駅で会った・・・・」

「あの化け物女・・・・」

「だーれが化け物よォ」

 沙希さんがジロリと男たちを睨むと、男たちの顔色がサァっと青ざめていきました。

「・・・・・・・ん?」

 沙希さんが男たちの顔を見まわします。そして、十秒ほど夜空を眺めてから、パンッと手を合わせました。

「ああ、あん時の馬鹿どもだ」

「ば、馬鹿だとォ」

「お、俺は人に馬鹿扱いされるのが一番嫌いなんだよォッ!」

 じゃあ、馬鹿なことしなけりゃいいのに、と思いますが、聞きゃしないでしょう、こういう人たちは。

「ゆ、ゆるせねぇッ!」

「じゃあ―――どうするの?」

 沙希さんの様子が一変しました。さっきまでは羽目をはずしすぎた酔っ払い女だったのに、今は、瞳に危険な光を宿す迫力の凄まじい女性になってます。

「う・・・・」

 挑発されて顔を赤くしていた男たちの顔色が再び青ざめてます。

「ちょ、ちょっと待ってろッ!」

 男たちは私たちから少し離れ、なにやら話あってます。『ここまで言われて、黙ってられるか』とか『だけど、勝てねェだろ俺たちだけじゃ』とか『あの人も呼んどけよ、他のヤツ等がやられても、あの人がいれば間違いねェ』とか、勇ましいんだか情け無いんだかわかんない声が丸聞こえですが。 

 そのうち、男たちが携帯をとりだしました。聞こえていた会話から仲間を呼ぼうとしてることがわかってたので、私は、

「今のうちに逃げましょうよッ」

「なんで?」

 心底不思議そうな顔でした。

「なんで、って・・・」

「面白そうじゃない。あんなのでも数がいれば楽しめるかもしれないでしょ?」

「なにを楽しむっていうんですかッ!?」

 一刻も早くこの場を逃げ出したい私とは正反対に、沙希さんは、それはもう楽しそうな顔です。そして、同性の私から見ても魅惑的に感じる笑みを浮かべ、こう言いました。

「テメェの分も知らん馬鹿な男に地獄を見せるのよ」

 その言葉の色が魅惑的な笑みをあいまって、私の背に冷たいものが走りました。

 そして、20分ほどすると、ワラワラと男たちが集まってきました。それぞれ個性を出してるつもりで、結局他の人と大差ないファッションになってる男たちが私たちを見てます。

「集まったわねェ。さあ、誰から―――」

 私の中で何かが切れました。次の瞬間、沙希さんの腕を掴んで走り出していました。

 今度は虚をつかれたのか、沙希さんはキョトンとした顔で私と速度を会わせて足を動かしていました。背後からは男たちの声が聞こえますが、振り向きません、振り向けません。余裕ありません。

 もう何分走ったかわかりませんが、そのうち私たちは人通りのすくない、灯りも少ない路地に入ってました。前から迫ってくる壁に気づいたときには遅く、私たちは袋小路に入っていました。

「ああ・・・」

 振り向くと、男たちが追いついてました。日頃の鍛えが足りないのでしょう。一様に息切れしてます。

「て、てめェら・・・」

「な、ナメやがって・・・」

 息を整えた男たちが、ジリジリと近寄ってきます。ただ、あの最初の六人だけは後方で不安そうな顔をしているのが目につきましたが。

「さて・・・」

 沙希さんが仁王立ちしてます。腕を組んで胸を逸らして、まるで男たちを見下ろしているかのような頼もしい姿でした。

「誰から遊んでくれるの?」

「威勢のいいネーチャンじゃねェか。あんまり粋がってると、そこらへんの暗がりに連れ込んで―――」

 ゴッ!

 近づいてきた男に沙希さんは足払い。両足ごと綺麗にすくわれた男は、これまた綺麗に半回転し、頭をアスファルトに打ち付けてました。

『・・・・・・・・・・』

 呆気にとられ、私と男たちが、沈黙してしまった男を見下ろしていると、沙希さんがいつのまにか男たちのど真ん中に立っていました。

「楽しませてね♪」

 それからは、沙希さんの一人舞台でした。沙希さんの拳が掌が蹴りが男たちを面白いように薙ぎ倒して行きます。十数人の男たちが一斉に襲いかかり、しかし、私の目には神懸り的としか思えない動きでその中を動き回り、そして人の波をすり抜ける度に、男が一人二人と地面に壁にと叩きつけられていきます。

 そして、沙希さんが立ち止まり、男たちがあらかた地面に倒れるまで、一分とかかっていませんでした。

「・・・・・つまんない」

 始まるまでは楽しそうだった沙希さんは、今度はブスッとした顔で最後に残った一人を見下ろしています。その男は腰が抜けたかのように、折り重なるように倒れている仲間たちから少し離れたところに座り込んでいました。もしかしたら、ほんとに腰が抜けてたのかもしれません。

「さ、どうしてほしい? 一発で気持ちいい世界に突入できるけどその後一ヶ月ほど苦しまなきゃいけない一撃と、今夜一番地獄を見るけど三日くらいで完治する一撃の二つ、選ばせてあげるわよ」

「ひ、ひいいいッ!」

「逃がすわけ――――」

 地面を這って逃げようとした男と、それを追おうとした沙希さんの動きが止まりました。

「・・・・・・ああッ」

 男がすごくうれしそうな声を出してます。まるで地獄の底で、天から垂れる蜘蛛の糸を見つけたような感じです。

「凶津さんッ!」

「・・・・・・・・・・・」

 いつのまにか、一人の男が立っていました。私は、思わずゴクリと生唾を飲み込んでいました。正直、今地面に倒れている十数人の男に追い詰められたときより、恐ろしい思いになってます。

 街灯の照らされて男の姿は、私には異様に見えました。特に、顔とスキンヘッドの頭に刻まれたタトゥーが、その男の黒い心を映しているかのように見えました。

 けれど、私が恐れたのは、その外見ではなく、その男の放つ雰囲気でした。あきらかに倒れている男たちとは違う、一般人が決して纏えない気配のようなものが私の身体を震わせました。

「こいつらをノしたのは、あんたなのか?」

「そうよ」

 沙希さんは、どこまで堂々としていていました。

「クククッ・・・、あんたみたいな女が、これだけのことをやれるのか?」

「これくらいの奴らなら、あと十倍いても、結果は同じね」

 あと150人くらいは軽いと言っているわけですが、なんだか本当にそうなりそうです。

「あんたがボスみたいね・・・・」

 ヒュッ!

 凶津という男がいきなり蹴りを放っていました。しかし、沙希さんは、慌てたふうもなく、半歩後ろに下がり、それをかわしていました。

 そこから数回、男の攻撃が続きました。しかし、沙希さんは全てをかわし捌きます。素人の私の目から見ても、沙希さんの方が数段、実力が上なのがハッキリとわかります。

「なかなか鋭いわね。それに素質もありそう。でも・・・」

 ドムッ!

「ぐッ・・・」

 男の胸に一撃、私の目には沙希さんの腕が消えたように見える一撃が叩き込まれ、男がよろめきました。

「技が荒すぎるわ」

「・・・・そうかい」

 バッ!

 再び、男が沙希さんを攻めます。数手、さきほどと同じような動きを二人が見せた後、いきなり流れがかわりました。

「!?」

 沙希さんが、男の突き出した手を払おうとした瞬間、後ろに跳んでいました。私の横にまで下がった沙希さんの表情はとても鋭いものにかわっています。

「・・・カンがいいな」

「私の目は特別製なのよ。ずいぶんと面白い《モノ》を持ってるようね」

「・・・あんたも《力》の持ち主ってわけか」

「・・・・・・」

「えッ!?」

 沙希さんがいきなり私を引き寄せ、肩に担ぎ上げました。

「なら、あんたは私の相手じゃないわ。これでサヨナラね」

「―――逃がすかよ!」

 沙希さんの肩越しに、男が突っ込んでくるのが見えました。

「見逃がしてあげる、の間違いよ!」

 沙希さんは足下に倒れてる男に手を伸ばし、頭に巻いていたバンダナを掴み取りました。

 バシッ!

「何ッ!?」

 沙希さんが腕を振るうと、そのバンダナが、男の突き出した手に巻き付いていました。そして、そのまま身体を回転させるようにして腕を思いっきり振るい、男を袋小路の奥へと投げ飛ばしていました。

「くッ!」

 私が最後に見たのは、よろめき、壁に手をついて勢いを止めていた男の姿でした。沙希さんは私を抱えたままで、凄いダッシュをかましていました。もと陸上部の私でも見たことのないような、スタートダッシュでした。

 沙希さんは、道の角を曲がると、いきなり塀を飛び越えてどこの誰のものとも知らない家の庭に降り立ち、駆け抜けていました。男が追いかけてきていたとしても、この時点で見失って、呆気にとられたでしょう。私という荷物を抱えたままで沙希さんは音も無く、そういった行動をとっているのですから。

 しばらくしてから、元のとおりに戻った沙希さんは、ようやく私を降ろしてくれました。人一人を抱えて飛び出してきた沙希さんの姿に、周囲の目が集中しましたが、それに気にした風もなく、平然とタクシーを止めようとしています。

「・・・・・ん?」

 ふと足下をみると、妙なものが落ちていました。さっき、沙希さんが男を投げ飛ばすのに使ったバンダナです。妙な、というのは、そのバンダナの大半に石がはりついていたことです。

「・・・・これって」

 拾い上げて見てから、妙な加減が増えました。それは石が張り付いているのではなく、まるで、バンダナそのものが石に変わっていたかのようでした。

            □

            □

「・・・・ふー、すっかり酔いがさめちゃったわ」

 タクシーから降り、マンションに入るとき、それまで黙っていた、というより黙り込んだ私に、何も声をかけようとしなかった沙希さんが、呟くように言いました。

「あの・・・・」

「春香ちゃん、世の中にはね、《常識》っていうのが通じない世界があるの」

「・・・・今日みたいに?」

「そう。そして、その世界に、あなたは踏み込んじゃいけない。そこでは、あなたはただの獲物だから」

「・・・・・・・・聞くな、ってことですよね。・・・・もしかして、龍麻くんも?」

 ふと頭に浮かんだことを口にすると、沙希さんは頷きました。次いで、沙希さんは笑みを浮かべました。さっき、男たちに見せた魅惑的かつ危険な笑み、ではなく、龍麻くんが見せてくれたような、無邪気な笑みです。

「でも、気のいいお隣さんがいるのは、いいことよ。これから、私と龍麻と仲良くしてね」

「え・・・あ、はいっ!」

「ただ・・・ね」

「えッ」

 歩き出して数歩で、沙希さんが立ち止まり、私も次の言葉を待ちました。

「あの子にはね、もう気になるこがいるの。私もその子のことは気に入ってるの」

「は、はぁ・・・」

「でも、あんたも気に入ったからねェ・・・・それでも、恋人に立候補するなら、条件は厳しいけど、手伝ってあげてもいいわよ」

「・・・・・どんな、条件ですか?」

 沙希さんは、とても魅力的な笑みを浮かべ、こう言いました。

「私に勝てたら♪」

りたーん