■武総錬金(中篇)

「はぁ、はぁ・・・」

 十分距離をとるだけを走り、三人が足を止める。

「なんなんだ、奴は・・・」

 キャプテン・ブラボーと同等の身体能力。武装錬金のものではない力。そしてまだ特性のわからない武装錬金。

「再殺部隊でもないというのに私たちを襲う・・・」

「・・・あたってるかどうかはわかんないスけど、心当たりならあります」

 その発言に、二人の視線が剛太に集中する。

「斗貴子先輩もきいたことないですか? 錬金術とは異なる超常の力を使う男の噂・・・」

「・・・・・あ」

 思い当たった。戦団のことを知らないカズキは蚊帳の外だが。

「え? なに?」

「・・・錬金戦団の協力者の一人に、様々な噂をもつ男がいるんだ。日本国内において、様々な方面に太いパイプを持っているらしい。戦士長にスカウトされた点はカズキと同じだな」

「・・・ブラボーが」

 カズキの声のトーンが少し落ちる。海豚海岸での敗北の時が脳裏に浮かぶ。

「・・・まだ二十代半ばだというその男の噂のなかで、とくに異彩をはなつものがある。それは、『錬金術とは異なる超常の力』」

「それが・・・さっきの見えない攻撃・・・?」

「名前も聞いていたはずなんだけどな・・・たしか・・・・―――」

 記憶の棚からそれを引っ張り出そうとした剛太が、その間の沈黙の間に、違和感を感じた。

「斗貴子先輩」

「ああ・・・」

「うん・・・なにかおかしい」

 斗貴子が頷き、カズキがまわりを見渡していった。あるのは、木々と、それらと風がつむぎ出すかすかな音。そう、それだけがあった。

「・・・・静すぎる」

 生き物の気配がまったくしない。ここにある生命は、カズキたちと、まわりにある木々のみであるかのように。

ここはすでに異界〜・・あるのは静寂を友とする物言わぬ木々のみ〜

『!?』

 声が響いた。三人が周囲を見渡すが、だが、どこにも人影は見当たらない。

ズ・・・ズズズ・・・

「あ、アレ!?」

 カズキが一点を指差す。カズキの正面にある木の幹の中程あたり。そこに夜闇のなかでも判るほど、黒い黒い――漆黒の点が浮かび上がり、それが広がっていく。

点が円と呼べるほどに大きくなったあたりで、輪郭がくずれ、それが人一人覆えるほどの布であることがわかる。そして、

バサッ

「ウフフフ〜」

 人一人の重量を支えられるようには見えない細い枝の上に、その人影がフワリと降り立つ。どこか間延びした笑い声は、女のものだ。

 胸の辺りにある銀色の飾りがなければ、夜の闇に完全にまぎれてしまいそうな黒いマントとフードで身体を覆ってしまっていた。その姿は、どこか占い師でも想像させてしまう。

「あの男の仲間か」

 スタンパイモードにシフトしていたバルスカを、ふたたび展開。今にも飛び出しそうだ。

「今日のミサは〜ただの傍観者〜。あなたたちの〜邪魔をする気は〜」

「言動が鈍い!」

 ピリピリしているところにイライラが加わり、唯でさえ沸点の低い斗貴子が、案の定飛び出した。

 バルスカで跳躍。弧をえがくように、マント姿の女に向かって飛び込む。

バッ!

 女のマントが広がり、斗貴子の視界を黒に染める。

 斗貴子はそれにかまわず、バルスカの四刃を女のいた方向へと突きいれた。

「捉った!」

 四刃全てから手ごたえが伝わる。

「・・・・・・」

「―――え?」

 黒塗りの世界がもとにもどると、そこには肩越しにこちらを見つめる2つの視線。斗貴子は、カズキと剛太の背後にいた。

 カズキと剛太、そしてマント姿の女も元の位置から動いていない。そしてバルスカの刃が食い込んでいたのは、地面だった。

 女のマントが斗貴子を包み込んだかと思うと、先ほどとは逆に、マントが縮み点と化し、そして消えた。

 カズキたちが驚く間もなく、背後から4つの音。音もなく背後に再出現していた黒い点が広がると、そこには地面にバルスカを突き刺している斗貴子がいたというわけだが・・。

「黒外套マントの武装錬金〜―――『ゲート オブ バビロン』〜。亜空間を作り出して〜、異界を形成したり〜、今みたいに〜、空間跳躍したりできるのよ〜」

 間延びした口調はいぜん続いてるので、いまいち緊張感にかけそうだが、3人の表情は引き締まる。

「だから〜、ミサは闘う気は〜全然ないの〜。貴方たちの相手は〜――」

ゴゥッ!

 強烈な殺気を背後から浴びせられて、三人が飛び退りながら背後へと振り返る。

「俺だな」

 森の木々の闇の中から、拳法着の男が現われる。

「じゃあね〜」

 ミサという女が、その特性を使って消える。三人はもうミサのことを気にしていない。

 目の前の男が放つ圧倒的なプレッシャーが目を離させない。

「・・・・・」

 わずかに口の端を挙げた、小さな笑みを浮かべ、カズキを見る。

突撃槍ランスの武装錬金『サンライトハートプラス

「ッ?」

「特性は内臓された生体エネルギーによる穂先の長大化。戦況によってパワー・サイズを調整できる、だったな」

 男がカズキのサンライトハートプラスの特性を口に出す。

「こっちはそちらの武装錬金の特性を知っている。これじゃあ不公平だよな?」

 両足を広げわずかに腰を落とす。そして顔と胸を護るように両腕を交差させた。

「来い。俺の武装錬金の特性、見せてやる」

「―――なめるなッ!!」

 斗貴子が跳んだ。

ガガガガガガガッ!!

 木々を使った連続跳躍によって、男の周囲を高速で飛び跳ねる。

(高速移動によるかく乱・・か。だが・・・)

ギンッ!

 男の鋭い視線と、今まさに男に強襲をしかけようとした斗貴子の視線がかち合う。

(タイミングを読まれたッ!?)

 だが、斗貴子は躊躇せずそのまま男に向かって木の幹から跳躍した。四刃が四方から斬撃と刺突を繰り出す。

 男はそれに合わせて、唯一露出している顔を腕で覆う。

(こちらの攻撃を読んでおいてかわさない。やはり防御系の武装錬金―――)

バシィッ!!

 バルスカの四刃が触れた瞬間、男の武装錬金のその部分から衝撃が発せられた。刃が弾かれ、余波が斗貴子の身体を再び宙に弾き戻す。

「かはッ」

 衝撃で一瞬ぼやけた視界で、男が拳を握るのが見えた。

「斗貴子さんッ!」

「斗貴子先輩ッ!」

 重なるカズキと剛太の声。

 石突ドラゴンヘッドからエネルギーを噴出し、ランスを突き出すカズキ。スカイウォーカーモードの高速移動から、モータギアを装着したままの回し蹴りを繰り出す剛太。

 男は右腕で蹴りを受け止め、ランスの突撃チャージを左掌で払い受け流す。

「グアッ!」

 再び放出された衝撃に、モーターギアごと蹴り足を弾き飛ばされ、剛太が地面にたたきつけられる。

「斗貴子さんッ! 剛太ッ!」

 捌かれたランスを横薙ぎに振り払う。半ば自分から倒れこむように体勢を低くしてそれをかわした男が、右手の拳を握った。

ボウッ!

『!?』

 男の右手に炎が宿る。

「巫炎」

 掌を打ち込む。インパクトの次瞬、その炎が爆発的に広がった。

「―――む?」

 炎の向こう、逆三角の光が見える。

 カズキが二人を背に、サンライトハートプラスを横に広く展開してエネルギーの盾で炎を防いでいた。

キィイイイッ!!

 カズキの背後からモーターギアが飛び出した。弧を描き、右上から首筋に、左下から右脇に襲い掛かる。

 触れるか否かの一寸の見切りでそれをかわし、後方へと飛び退る。

「今のが・・・貴様の武装錬金の特性か」

「炎の方は違うがな。攻撃を察知して衝撃エネルギーに変じる表層と、防御に優れた層をもつ反応装甲リアクティブアーマー ――これが俺の武装錬金『逆鱗』の特性だ」

 斗貴子たちの攻撃を受けた箇所が、黒ずんだ色に変わっている。それは、縁から少しずつもとの色に戻っていっていた。

「だけど、防御力に関してはそれほど強力でもないんじゃないのか?」

 剛太の言葉に、男が片眉を上げる。

「ほう、その根拠は?」

「あんたは武藤の攻撃をいちども正面から受けようとしていない」

「なるほど。そのとおりだ」

 あっさりと。まだ言葉を続けようとした剛太がつんのめるほど素直に肯定した。

「防御に関していえば、ブラボーのシルバースキンとは比べ物にならんほど下位の特性だ。武藤カズキのランスのパワーを真正面からうければ、ダメージはこちらのほうが上だろうな。だが」

 男が構えをとる。

「君らの攻撃は俺には届かない」

「・・・・・」

 対峙しているだけで、汗が噴出してくるほど強いプレッシャー。キャプテンブラボー並の体術に、得体の知れぬ技、そして武装錬金。間違いなく強敵だ。

「そもそもなんで、あんたが俺たちを襲うんだ。噂じゃあんたは戦団の人間じゃないし、しかもそれほど協力的だってわけじゃないハズ」

「じゃあ、戦士・剛太。なぜ君は武藤カズキと行動をともにする」

「何・・・? ていうか、あのバカなんかどうなってもいいが、先輩のためにここにいるんだッ」

「うわ、ひど」

「んじゃ、戦士・斗貴子。君は?」

「貴様に理由を言う必要はない。私は私の意志で、カズキと共にあると決めているだけだ」

 男の視線を弾き返すかのような鋭い眼光とともに、キッパリと言い放つ。数瞬の間の後、男はなにかに満足したかのように微笑み、頷いた。

「なるほど、なんとなく君に感じたイメージどおりの言葉だ・・・って、なんか彼落ち込んでるけど、何?」

 男の言葉に振り向くと、剛太が真っ黒い影を纏うような雰囲気でガックリと膝を折っている。

「どうした、剛太?」

「腹でもいたいのか、剛太?」

 海豚海岸でのことを思い出していたわけだが、二人が察するわけもなく。

「ま、それはいいとして。武藤カズキ」

「?」

「君はなぜ、生きている?」

 さきほどまでの斗貴子たちへの質問と同質の口調。だが、それにはとてつもなく鋭い刃となって心に食い込んでくる。

「貴――様ッ!!」

スッ・・・

 鋭い殺気を撒き散らし、いまにも男に向かって跳躍しようとした斗貴子を、カズとの右腕が制する。

「君は、ホムンクルスに殺されたときに黒い核鉄をつぶされた心臓の代用としたことで、100年前の大戦士ヴィクターと同様の存在に成りかけている」

「ああ」

「このままいけば、5週間、たったの一月ちょいで君の人としての生は終わり、在るだけで死を撒き散らす化物ヴィクターとなる」

「そうだ」

ズズズズッ!

 男から感じるプレッシャーがさらに大きくなる。

「どんな望みを持って行動を起こしたか知らないが、あのブラボーが、自分の手で育てた戦士を殺すと決めたんだ。か細い蜘蛛の糸のごとくの一縷の望みだろう」

「そうかもしれない」

「―――君はなぜ生きている」

「―――決めたんだ」

 伏せがちだった顔が上がる。真正面から男に視線を返す。

「行って帰ってくるって、決めたんだ」

「・・・・」

 その眼光はどこまでも力強く。

「諦めないと決めたッ!」

 その強い意思に順じて、ランスの光は強く強く。

皆の、あの笑顔を諦めないと決めたんだッ!!

 山吹色のエネルギーは、まるで太陽のように場を照らした。

「よく吼えたッ!」

 男が笑みを浮かべる。

「だが、意思だけじゃ運命を変えることなんてできない。それが出来るのは、その意思を力に変えられる者だけ。俺はそれを見極めるために来たッ!」

「見極めるだと!?」

 斗貴子がカズキと並ぶ。

「勝手なことを、と思うだろうが、付き合ってもらう。カズキくんの未来が悪い方向へとすすめば、どこで俺の友達ダチの命が奪われるかわからないんでね」

「くッ・・・」

 威圧感だけで後ろに下がりそうになるほどの高圧的な殺気。

「俺は悪にでもなる、なんてカッコイイことは言わない。俺は昔から俺の護りたいものだけを護ってきた。君が宿星のままに進むしかない弱い人間なら、化物になる前に、殺すッ!」

スッ・・・

 右掌をカズキたちに向ける。

「とりあえず二つ、まだ言ってないことがあった。一つ、今この場から君たちが逃げおおせることはない。この場は異界となっているからな」

「イカイ?」

 オウム返しに聞いたカズキの言葉に頷く。

「ミサちゃんのゲートオブバビロンの特性と、俺の《力》を併せて創り出した隔絶世界に、おれたちはシフトしている。もう気づいてるだろう? ここが俺たちと木々たちしかいない場所だってことを」

「・・・」

「そして、もう一つ。俺の武装錬金の特性。こいつは、攻撃だけでなく・・・俺の意思一つで発動する」

ドンッ!!

 爆ぜた。衝撃が男の右手から放出され、木々をなぎ倒し、地面をえぐる。

「くっ!?」

 先ほどとは比べ物にならないほどの強力な衝撃波に、十分距離をとっていた三人が弾かれるように後方に飛ばされる。

 男が前傾姿勢をとる。低く低く、ほとんど地面に胸をつけるような体勢だ。

「行くぞ」

ボッ!!

 カズキたちに向かって跳躍。その瞬間、男の足元の地面が爆ぜる。

 地面を蹴ると同時に特性を靴底で発動。その反動をもって、いままでとは倍する速さでカズキたちに迫った。

ガッ!

 その速さにカウンターをとることは出来ずに、一歩前に出たカズキがなんとかランスを盾に、男が繰り出してきた掌打を受け止める。

「ぬんッ!」

「ウワッ!?」

 エネルギーの刃の中に浮くパーツをつかみ、カズキの身体ごと放り投げた。

『うおおおッ!』

 そこに、拳にモーターギアを装着した剛太と、それと同時に上空から斗貴子が襲い掛かる。

 男は、後ろでも、左右でもなく、さらに鋭く前へと踏み込んだ。

「な」

「に!?」

 モーターギアの一撃を掻い潜るように交わした男の姿が、剛太の影へと斗貴子の視界から消える。

「ハッ!」

 剛太の胸に肩をつけた男が気合を発したと同時に、剛太の身体が弾かれるように飛ばされた。その先にいた斗貴子は、交差させたバルスカの刃の腹で剛太を受け止め、アームの動きで衝撃を吸収する。

ズンッ!

 男が半歩、地面に足がめり込むほどの踏み込みを入れた。右の拳は腰の高さに。左の掌は、照準をあわせるかのように剛太たちに向けられている。

(さっきの不可視の攻撃――!?)

 剛太が青ざめる。二人とも空中にいるこの状況では交わしきれない。剛太の影にいる斗貴子は、男の行動に気づいてさえいない。

「―――」

 と、男が上体をそらし、踏み込みの足を戻していた。

ドガッ!

 『サンライトハートプラス』の光が男の視界を覆う。投げ飛ばされた先の木の枝から放たれたカズキの攻撃を察知していなければ、背後からの致命打になりかねないそれを前に、男は皮肉気な笑みを浮かべていた。

「アマいアマい」

 のけぞり、上下逆になった視界にいるカズキに向かって、チッチッと指を左右に振る。そして、そのままの体勢でランスに蹴りを入れ、衝撃を起こす。

 再びランスごとカズキの身体が引っ張られるように飛ばされ、なんとか斗貴子たちの側に着地した。

「円空破」

 男が身体を鋭く半転させながら左腕を振るう。

ゴバッ!

 瞬間、男とカズキ達の間の地面が爆ぜた。

『―――ッ―――ッ!?』

 声もなく、その衝撃に土砂ごと三人は吹っ飛ばされる。

 なんとか倒れ伏すことはなく三人とも膝をつきながら着地するが、眼前にある光景に絶句する。

 男とカズキ達の間の地面が大きく、巨大な隕石でも降って来たのかといいたくなるほどに深く大きく抉られていた。

 これが、武装錬金ではなく、ヒト単体の力であるというなら、もはや超常たる技術にたいする冒涜といえるかもしれない。

「さて、どうする? なかなかの戦力差だと思うが、どう対抗する? あ、なんなら作戦タイムでも設けようか?」

 と、言うが早いか、男が地面を蹴り、カズキたちから大きく離れる。

「・・・・」

 呆然とそれを見送った三人。斗貴子が一言。

「ふざけた男だ」

「ま、まあ、とりあえず本気でタイムをくれたみたいですね。どうします先輩?」

「・・・」

 男から気を逸らさずに思案に入る。

 あの武装錬金は斗貴子のバルスカや、剛太のモーターギアではダメージを負わせられるまでには至らない。カズキのサンライトハートプラスのように一点に強力な一撃を収束させた攻撃なら、男が認めたように衝撃ごと貫ける可能性が高い。

 だが、男の防御は武装錬金ではなく、自身の体術に重きが置かれているようだ。これまでの攻防で、まともにヒットしたのは、わざと斗貴子に撃たせたもののみ。あとはこともなげにかわされている。

 三人同時に相手にし、それだけのことをやってのけた上に、体力を消費させているようにも見えない。

 基本性能の次元が違う。

「ならば、勝機を得るためにまず、隙をつくらないといけない」

 そして、カズキの突撃チャージか、あるいは唯一防御の薄い頭部への攻撃に懸ける。

「ん、もういいのか?」

 三人が戦闘態勢をとったのを見て取り、男がカズキたちの方に向き直った。

「―――いくぞッ!」

 斗貴子の号令とともに、三人がいっせいに動く。

 カズキがランスを手に男に向かって駆ける。斗貴子はその頭上で、木々を足場にバルスカによる跳躍移動で、同じく男のいる方向に向かった。

 剛太だけが、二人とは別方向へと動き、木々を盾にするように移動していた。

「コンビネーションで俺の隙をつくつもりだろうが・・・さて、どんな作戦かね?」

 口調は平坦に、ただ発する気配は攻撃的に。男は半身に構えて迎撃に備える。

「おおおおおッ!」

 と、カズキが急停止し、サンライトハートを大きく振りかぶった。

「!?」

 カズキがサンライトハートプラスの横薙ぎを繰り出す。10m近い長さにまで伸びた穂先が、木々をなぎ払いながら、地面すれすれの高さで、男に迫った。

「ちぃッ」

 左右前後どこにも逃げ場はない。あるのは上のみ。至極当然の結果として、男は地面を蹴り、カズキの攻撃から逃れる。

ガガガガガガガガガッ!!

 木々を足場として、高速跳躍を繰り返しながら斗貴子が宙空の男に迫る。それを予測していた男は、冷静に斗貴子の動きをよみながら――

キィィイイーーッ!

 自分に迫る二つの風きり音をとらえていた。

(モータギアかッ)

 木々の狭間を抜けて、左右から頭部を狙う軌道でモーターギアが男に迫る。

(足場のない空中に飛ばし、さらにコイツで注意を逸らして戦士・斗貴子が必殺の一撃―――って寸法だろうが、アマいッ!)

 男は斗貴子の動きから微塵も気を逸らさないままに、挟み撃ちに来たモーターギアを上体をそらしただけでかわした。

 相手を見失ったモーターギアは、男の目前で衝突し――

「――ッ!?」

 その片方が衝突によって軌道を大きく変え、男の顔面へと襲い掛かった!

ギャリィッ!

 耳障りな金属同士のこすれあう音が響く。

 男はモーターギアを額の鉢がねで受け、その回転方向にあわせて鋭く首を捻り、衝撃を受け流しながら、さらにその軌道を変えていた。

「―――脳漿を」

 いまだに男は無傷。しかし、他の二人からわずかに離れた場所に居た剛太は、小さくガッツポーズをとる。

 予想外の攻撃の対処によって、男の姿勢を崩れた。そこに襲い掛かるのは、月光をともす死神の四刃。

「ぶちまけろッ!!」

 男の後方上空から高速で跳び込む斗貴子。バルスカの四刃は、よどみなく速く正確に男の後頭部へと切っ先を――

ガキッ!

『なッ――!?』

 三人が驚愕に凍った。斗貴子の身体が空中で、あと刹那の後には男の頭部に死神の刃を振り下ろしていた、その瞬簡に完全に動きを止めていた。

 ―――止められていた。

「惜しい惜しい」

 男の鉢がねと肩部、武装錬金の飾り布が伸び、木々を支えにするように巻きつき、さらにそこから伸びた先端部が、斗貴子のバルスカのアーム部分を絡めとっていた。

 四方からのピンと張る飾り布に、斗貴子はまるで動けないように固定されている。バルスカには、木々を切り裂く鋭さはあっても、木々を引き折るだけのパワーはない。

「もちろん、この飾り布にも『逆鱗』の特性はしっかりと付与されている」

バギャッ!

「クッ!?」

 同時に起こる4つの衝撃が、バルスカのアームをたたき折る。飾り布が瞬時にもとの長さに縮み、さらに、今度は斗貴子自身の身体を拘束した。

「グウッ」

 地面に着地すると同時に、男は飾り布を再び引き戻し、制服の襟をつかんで斗貴子の身体を宙吊りにする。

「斗貴子さんッ!」

 飛び出そうとするカズキと、さらにその背後でモーターギアを放とうとする剛太を、男は盾にするように斗貴子の身体をそちらに向け、動きを制する。

「く、そ・・・」

 バルスカを失い、いまだに飾り布の拘束が解かれていない斗貴子は、身動き一つとれない。男は、戦いの場でなかったら友好的とさえ取れる笑みを浮かべていた。

「さっき俺が使った火の技・・・、巫炎というんだが、これを俺の武装錬金の特性と併用したらどうなると思う?」

「な、に・・・?」

 斗貴子が、その答えを得る前に、男はその手を離し、飾り布の拘束を解いた。

 斗貴子の制服をつかんでいた手とは逆、右掌には、先ほど見せた炎が宿る。

「―――紅蓮腕」

 カズキたちが飛び出す暇もなく、斗貴子は地面に降り立つ間もなく、男が振るった右掌は、『逆鱗』の衝撃を喰って無差別無慈悲な赤い牙と爪を撒き散らす。

ドゴォンッ!!

 森の一角を完全に更地に変えるほどの爆炎が起こった。地をえぐり、木々が砕け飛ぶ。

「斗貴子さんッ!!」

「斗貴子先輩ッ!!」

 爆炎の余波に飛ばされたカズキと剛太が跳ね起き、駆け出す。

「おっと」

『!?』

 月を背に、男が頭上から降下してくる。

 カズキはサンライトハートの穂先を地面にたたきつけ、剛太はモーターギアを足にセットする。

 伸縮と高速移動によって左右に回避する二人。だが、男はタンッと軽い着地をして二人をみやるだけだ。

「剛太ッ! 斗貴子さんをッ!」

「わかってるよッ!」

 そのまま剛太は森を駆け抜け、男から離れた。カズキは男をけん制しようとするが、その動きが止まる。

 男はすでに剛太に目もくれず、カズキと対峙していた。

「さて、一騎打ちとなったな。とりあえず名乗ろう」

 場に会わない和やかな笑みを見せ、男は軽く会釈する。

「俺は緋勇 龍麻。もう言わなくても判りきったことだが、あえて宣言しとく。俺は君たちの―――」

 首から下がる、二つの勾玉が月明かりを受けておぼろげな光を湛える。そして人懐こそうな笑みを崩さないままに言い切った。

「―――敵だ」

もどる?