The person cannot understand
その者 解らず
――春。 私、摩白神耶は、守凪市にある私立藍莱高校へと入学した。 まだ将来の展望があるわけでもない私は、どこでもよかったのだが、それならと七香ちゃんが薦めてくれたのが、ここだったのだ。 七香ちゃんの知人が理事長であり、私の裏の顔の件についても便宜をはかってもらえるらしく、都合がよいようなので。 「……」 「神耶ちゃん」 「あ」 昼休み。 ぼんやりと、どこまでいっても代わり映えしない廊下を歩いていると、背後から声がかかる。振り返ると、丸レンズの眼鏡をかけた女生徒が側に駆け寄ってきていた。 「どうしたの、杏」 「今日、お弁当忘れちゃったの。学食いっしょに行こう?」 この娘は、小中と同じ学校に通った友達で、灰麻 杏。私の一番の親友といえる女の子だ。縁は続くもので、高校まで一緒、クラスも同じになってしまった。 「うん、いいよー」 気軽に頷き、並んで歩き出す。 「私、この学校選んでよかったよ」 「え?」 唐突だったかな。私の言葉に杏が目をパチクリする。 「だって、ここ学食と売店の品揃えが豊富なうえに、おいしいから♪」 「食欲魔人」 率直に言われた。 「だって、学校の決め手といえばそこでしょう?」 「いや、そんな一片の濁りもない瞳で断言しないで…」 あれ? なんだか呆れられた? そんなことを話しているうちに学食にたどり着く。中は……。 「うっわ」 「ちょっと遅かったかなー」 学生の群れでごった返していた。 とりあえず、食券を自販機で買って、カウンターに足を運ぶ。 「うどん定食とカレー」 「素直にカレーうどん定食にしないの?」 「足りないッ」 ツッコまれたので、率直に返してみる。あ、やっぱり呆れられてる。 いいの。私は燃費はいいけど、消費もはげしいのだから。 「空いてる席は、っと」 四角い盆にデンと詰まれたエネルギー源たちを持って、学食を見渡す。ちょうど、席をたつ男女が目にはいった。 「あそこ席二つあいたよ」 「うん」 対照的に、小食の杏はサラダと購買で買ったサンドイッチの2品だけがのった盆をもって、私についてくる。 「相席――させてくだ…さ…い」 4人分の椅子が添えられているテーブルには、まだ一人先客の男生徒が残っていた。サッと見た制服の校章の色で2年生だと判断した私が、ちょい猫かぶり気味の声で相席を求めるが……、だんだんと声が小さくなってしまった。 「どうしたの?」 「あ、ううん、なんでもない」 あわててテーブルに盆を置き、椅子に腰掛けると、杏も私の隣に座る。 私はチラリと、目の前の男生徒を見た。 (師黒――真人) 一週間前、あの女が繰り出してきた手勢との戦闘に巻き込んでしまった男だ。名前は師黒真人。藍莱高校2年C組。 「……」 座るときにチラリと一瞥した後、師黒真人はモクモクとカツ丼とキツネうどんを口に運んでいる。 「ん〜?」 「え、な、なに?」 杏に不振がられていた。ちょっと挙動不審だったかもしれない。 「神耶ちゃん、師黒先輩とお知り合いなの?」 「は?」 えーと、なんでアナタが師黒真人の名前を知ってますか? 「ちょ、ちょっとネ」 さすがに怪物からかばってもらった上にそのせいで死にかけてた恩人などとは紹介できまい。なんといおうか。 「……」 言葉を選んでいると、師黒真人が例の単語帳を取り出す。そこに記してある単語と短文をサササッと繋げるように見せていた。 「神耶ちゃんのお父さんの知人の息子で……、一週間ほど前に顔をあわせた、と」 単語帳による返答を見て驚かないところをみると、しゃべれないことも知ってるのか・・ 「そ、そうなの。いやー、高校の先輩だったとは驚きだったけどねー」 そう、本当に驚いた。 師黒真人が藍莱高校在籍だったと知ったのは、1週間前の事件のとき。 ・ ・ ■1週間前―― 「―――というわけで、ここまでの説明でなにか聞きたいことは?」 聞かれて師黒真人は、一枚のメモ用紙を七香ちゃんに見せた。〈さっぱり解りません〉と書かれている。 スパンッ! 七香ちゃんが手元にあったファイルケースで師黒真人の頭をハタいた。軽快なリズムと小気味いい音は、漫才コンビのツッコみを思わせる。 まあ、一般人からしてみれば根本的に荒唐無稽な話なんだし、さらにいえば、専門用語バリバリの七香ちゃんの説明で解れってのが無理ですヨ。事情を知ってる私でさえ、半分以上なにいってんだか解んないんだし。 「あーあー。七香ちゃんいいよ、私が説明するからさー」 「えー?」 ものすごく残念そうだ。 まあ、七香ちゃんの研究は、一般に公開するようなものじゃないから、語れるときに盛大に語っときたいのは分かるけどね。 「いや、気持ちはわかるけどさ。七香ちゃんの説明は普通の高校生が理解するには難解すぎるの。解る?」 「むうう…」 「では、始めますねぃ」 描きこみすぎて真っ黒になってるホワイトボードの文字群をザザザッと消して。中央に大きく『月の人』と書く。 「これは、読んで字のごとく、月に住んでいた人類の事です」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 うんうん。たとえ喋れなくても無表情でも、無音の言葉ってあるんだね。『なに言ってんだコイツ、電波?』とかいいたいんだろうなぁ。 なんか殴りたい。 「・・・信じる信じないは別として。正確にいうと、《月の人》っていうのは、月を生活圏としていた人たちの子孫のことを指します」 「この《月の人》たちの祖先が、何者かはまだ究明中。どうも極力、後の世に情報を残さないようにしていたらしくてネ。文献や資料が少なすぎるのよねー。宇宙人説・超古代文明説・異世界からの旅人説・魔法使い説いろいろこもごも」 黙ってられないのか、七香ちゃんも加わってくる。一度話し始めると、止まらなくなる性分なので、話の区切りのいいとこで割り込んでいかないと。 「んで、この月の住人たちの子孫である《月の人》、それは私や師黒真人さん、貴方であるわけですハイ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 えーと、今度の無音の言葉は『畳み掛けてくるなコイツ。つか、人を巻き込む発言はやめてくれ電波』といったところかなー。 グーで殴りたい思いっきり。 「・・・えっと、なぜそう断定できるかというと、ここで《神石》の説明に入ります。この説明に、それが含まれてますから」 私は服の胸元から、自分の《神石》を取り出した。《聖星》という名を持つ白い勾玉。 師黒真人はそれを見て、自分の右手の甲に目を向ける。今は包帯で覆われているそこには、《凶星》という名の黒い勾玉が在る。 「《神石》というのは、希少金属を用いて作られた《力》ある石のこと」 「レアメタルっていっても、普通にそこらにあるモノとは違ってね。むしろ、これが存在するといっただけで、物笑いの種になりそうな不可思議物質で作られてるの。神話とかの伝説――オカルトの類でしか聞かないような金属、ヒヒイロカネ・ミスリル・オリハルコン。ワタシはこれらを《神金属》と呼んでいるわ」 会話に入ってくる入ってくる。 「《神石》には、膨大なエネルギーと、意思が存在する」 「正確には、意思というより、AIに近いかな? エネルギーの流れそのものが回路のようなものを形成していて、そこにプログラムが刻まれているの。これを解析するのが今のワタシの研究のひとつなんだけど、もうちょっとねー」 むむ、どんどん主導権が奪われつつある。暴走するまえに説明しきらないと。 「今のところ現代科学では《神石》は操れない。《神石》に宿る《力》は、《神石》に宿る意思とコンタクトできる素養を持った人間にしか使えない」 まあ、ここに居る、自他共に認める(頭にマッドがつく類の)天才科学者様は、一つの形として、《神石》の《力》を行使しているけどネ。 「そして、その素養を持っている人は、私たちのような《月の人》のみ。月の住人と地球の住人。遺伝子とか他の要因なのかは解らないけど、その二種の人類のどこかの差異が、《神石》とのコンタクトの可不可を決めているワケ」 「ワタシの研究では、神耶ちゃんの身体から採取したサンプル――」 「はい七香ちゃんストーップ。それさっき長々と説明して、この人きっぱり解らないって答えてたから、私が説明してんでしょーが」 再びホワイトボードにツラツラとやたら画数の多い漢字やら、英語じゃないとしかわからない言語の羅列を書こうとしていたので、とりあえず止める。 七香ちゃんがションボリと元の位置にもどるのを見ずに、私は説明を続けよう。師黒真人の様子からして(って言っても反応がまったく見られないので聞いているかどうかもわからんが)、ほんとに説明する意味があるのかわからんけど。 「貴方の右手の《神石》は《凶星》。私のは《聖星》。この二つは《神石》の中でも、一番最初に造られたとされるもので、私の家に代々伝わってきたものです」 「まあ、護り手というところね。内包されているエネルギーはとんでもないし、神耶ちゃんの家に一緒に保管されていた書物には、世界とおなじくらいの価値の至宝みたいな大風呂敷な評価があったしさ」 「この《神石》が特別であるためか、これと適合できる《月の人》は、この二つの勾玉の元の持ち主である月の住人の子孫である私たちか・・・、あなたのようにごく一握り、なにかの要因で適合できる素養をもっている《月の人》だけ・・・」 師黒真人は、その素養を持っていたから、ここにいる。でなければ、たとえ此処の進んだ技術をもってしても、助からなかったハズだ。 「・・・えっと、元は私と父様が使っていたけど、怪我をした貴方は、その《凶星》とのコンタクトがとれる素養があったみたい。だから、貴方にその《凶星》を渡したんだけど・・・」 師黒真人の右手に在る《凶星》は、半ば手の甲に融合している。包帯をとれば、手の甲に埋め込まれているのが解るはずだ。 「どうやら真人くんとの相性がバツグンだったらしくてね。《凶星》の意思が働いて、より適合率を高めるために、肉体とのリンクを強めたみたい。いや、《神石》の研究を始めて、もう10年近くたつけど、こんなの初めてだわ。あ、忘れてた――」 ガツッ! 「〜〜〜ッ」 ファイルケースがッ!? 縦にッ!? 七香ちゃんがファイルケースの硬い部分で私の頭をたたいていた。ものすっごい痛いんですけどぉぉ。 「神耶ちゃん。真人くんに言うことは?」 うッ・・・。 言いにくいんで後回しにしようと思ってたのに・・・。 「えっと・・・ごめんなさい」 「じゃないでしょ」 ガスッ! 角ッ!? ファイルケースの角ッ!? もっとも硬い部分がッ、あたる面積が極細になった分、威力が収束された攻撃が脳天にッ!? 「・・・・?」 師黒真人は無表情のままだが、疑問符を浮かべているのだけは雰囲気でわかる。 「いつも言ってるでしょうに。こういうときは謝罪じゃなくて感謝」 「う〜」 再び師黒真人と向き合って、 「かばってくれてありがとうございました・・ッ」 すこし憮然に一気に言った。 師黒真人の表情がわずかに、ほんの少し、眉が片方数ミリ動いただけだが変わった。 「・・・・・・・」 単語帳をペラペラめくってる。 お手製らしきその単語帳のどこに何が書いてあるのか、だいたい把握しているらしい師黒真人は、中程で開いた後2ページめくっただけで目的の文を見つけ、こちらに向けた。 〈どういたしまして〉 「あ、はい」 調子がくるう。素でそう返してくるし、無表情だし、喋らない(喋れない)し。 「ん、コミュニケーションは大事よね。これからはパートナーになるわけだし」 「ハッ!?」 素っ頓狂な声を出して、バッと振り向いてしまう。七香ちゃん、なんつった今ッ。 「ん? いや、永智さん、いなくなっちゃったでしょ?」 「う」 私の父様、摩白永智はいつのまにか、姿をけしていた。しばらく戻らないというメモだけを残して。 「《凶星》だって、真人クンに所有権が移行してるようなもんだし、必然的にそうなるわいね」 「どういう必然よッ」 「じゃあ運命と書いてディスティニーなのよシードなの」 「それっぽくランクアップするなあと横文字にしなくてええわッてかシードってなんだッ!?」 一文で三つもツッコミいれさすなッ。 と、頭を抱えていた私の肩を、トントンとたたかれる。師黒真人が立ち上がり、私たちの側に寄っていた。 メモ紙を私に見せる。〈なんの話?〉と書かれていた。 「あーと、そのぉ〜」 「君に《敵》と闘って欲しいのよ」 言いよどむ私を押しのけて、あっさりと七香ちゃんが言っちゃった。 「神耶ちゃん達が闘ってたのをみたでしょ?」 コクリと。師黒真人が頷く。 「そこにいた《女》は、あなたたちと同じ《月の人》。至宝といわれる《聖星》《凶星》を手中に収めようとする者たち」 「・・・・・」 「なんの目的で、その黒白の勾玉を得ようとしているのかは、わからない。神耶ちゃんたちはこの二つの《神石》の守り人として、ずっとその《女》から、《星》を護ってるわけね」 「・・・・」 「な、なに?」 師黒真人がこっちを見てる。見続けてる。見たおしてる。 「・・・・」 サラサラと。速記並に速いペン使いで、メモ紙に字を連ねた。 「・・・・うん、そうよ。君に手伝って欲しいの」 なにが嬉しいのか、メモを覗き込んだ七香ちゃんが満面の笑顔で言った。 コクリと。師黒真人が了承の意ととれる頷きを。 「って、ちょっとッ」 サラサラ。 〈ダメか?〉 「当たり前。いくら《月の人》とはいえ、一般人でしょアナタッ。何でそんな簡単に頷いちゃうわけッ? さっき・・・私のせいで死にかけたんだから、それくらい解るでしょうにッ!」 「・・・・」 師黒真人は私たちから視線を外し、数秒思考する。思考してるように見える。喋れないから、黙ってても思考してるのか何も考えてないのかわからないけど。 そして5秒ほど静止したあと、再びサラサラとメモ紙にペンを走らせた。 〈解った。ならば勝手にやる〉 「うぉいッ!?」 思わず平手を突き出して、空中にツッコみを入れてしまった。 「よし、では今日から君は、守木市の平和維持組織の一員だッ師黒隊員ッ!」 嵐の海原でも背負ってそうな勢いで無闇矢鱈に高らかに告げる七香隊長殿。背筋を伸ばし『いえっさー』とでも言ってそうな雰囲気で敬礼の姿勢をとる師黒真人隊員。 無口無表情だが、反応はノリがいいな非常にコイツ。 〈では帰ります〉 メモを見せて、ボロボロの制服を手にとって手術着のまま部屋を出る師黒真人。 いろんな意味で『待てぃッ!』 ハモりながら、師黒真人の右肩左肩をつかむ私たち。 「人の話を聞いてなかったのかアンタはッその右手の《凶星》がどんだけ大事で重要で危険なものか解ってんのッ持ってたら狙われるの襲われるの奪われるのッそもそも私はアンタがパートナーだって認めてねーわよッこっちはさっき巻き込んだのだけでいっぱいっぱいで気が重いっちゅうねん保護されなさい保・護・だ・け・されてなさいッッ」 〈同時に話されたら解りません〉 剣幕に若干引き気味に見える。 〈あと、君はテンパると怪しげな訛りみたいなのが混じるんだな〉 聞き分けてるじゃねーか。 〈とりあえず家にいる猫の世話しなきゃならないので、帰りたいのです〉 「む」 猫と聞いて、じゃなくて見て、七香ちゃんが反応する。 「可愛い猫?」 〈見た目は普通に可愛いかと。でも真っ黒です〉 「不吉な色とかあたしには関係ないわ。可愛いのね♪」 この人はすごい猫好きである。ここは地下で、地上には七香ちゃん家である屋敷があるのだが、広い庭を中心に多数の猫が闊歩する猫屋敷でもある。 ついでに七香ちゃんの部屋は、二十代中盤の部屋とは思えないほど、ネコグッズで埋め尽くされたファンシーなものだ。七香ちゃんは寝るときは、ビジュアル的にベッドに横たわるのではなく、ネコのぬいぐるみに埋め尽くされて寝ている。 〈わりと素っ気無いです〉 「いいじゃないいいじゃない♪ ネコはやっぱりお澄まし一匹狼よ♪」 「お澄まし一匹狼ってなに? つーかネコに狼はないんでないかなー」 「ツンデレー♪」 「それも違うんじゃないかなー・・・」 ダメだこの人。ダメな人だ。 〈ツンはともかく、デレはかなり薄いかと〉 アンタも律儀に(変な方向に)返さなくていいから。 「ま、とりあえずそういう事情じゃ無理に引き止めるわけにもいかないわね。とりあえず着替えをとりに行くってことで、ネコと一緒に戻ってきて♪ つうか私が送るわ♪」 ネコがメインだなどうみても。 「あ、そだ。ご家族にはどう説明しよーか?」 「・・・」 サラサラ。 〈両親いません。家族は姉だけで、今は出張中です〉 『・・・・・・・・・・・』 ちょっと、空気が、重かった。 「あ、そ、そうでしたか」 ちょっとバツが悪そうに敬語になってしまう七香ちゃんだが、気にしてないといった感じに、師黒真人はコクリと頷いた。 「あー、そだ。とりあえず携帯の番号とか教えてくれないかな」 再びコクリと。単語帳をめくりだした。 私は不意に目線を落とし、師黒真人が傍らに置いた制服――元制服のぼろ布を見た。 「・・・・・・・ぇぅッ」 つい、そんな声が漏れてしまう。 「ん?」 師黒真人の携帯番号をメモっていた七香ちゃんが、顔をあげてこちらをみている気配がした。 私の視線の先には、元制服のボロ布――の襟元あたりの部分に、糸数本でかろうじてぶらさがっている、高校の校章を模したボタン。 見覚えが、とてもありました。 「あー、真人くん? ちょいと聞きますが君の通ってる学校は?」 師黒真人は、単語帳をペラペラとめくり、七香ちゃんに見せた。 「あー」 オチがみえましたです。 そして七香ちゃんは、ニンマリといやらしい笑みをうかべてるよ、この人。 「……まさか」 いやな予感。 「私立藍莱高校」 私、摩白神耶は、今年から高校生です。 「神耶ちゃんが来週から通うことになる高校だねぃ。先輩だったよ、神耶ちゃん♪」 ・ ・ 「……」 「神耶ちゃん?」 「お?」 ああ、いけないいけない。回想にふけってた。 「あれ?」 目の前にいたはずの師黒真人がいない。 「師黒さんなら、食べ終わってもう行っちゃったよ」 「あ、ああ、そう」 一言もなしかい。って、そういやしゃべれないんだった。 「…で」 食事を開始しながら、杏に聞く。 「師黒さんのこと? ううん、直接あったこととかはないよ。でも、けっこう有名人らしいから…。しらなかった?」 「う、うん」 あの男はこの学校ではかなりの有名人だったらしい。 障害者ではあるが、成績優秀・スポーツ万能・性格もいたって善良で面倒見がよく、そのうえ、190cmというあの高身長。 なるほど。目立たないわけがないか。 そのうえ、高い身体能力を有しているというのに、どこの体育会系部活動には参加せず、文科系の読書クラブに入ってる。 なんでも運動会系の勧誘が毎日のようにあるらしい。 「ふむ…」 私は箸をおいた。 「ごちそうさまでした」 「はやっ」 いつものことなのに驚く杏の前にはまだ半分も片付いてない食事がおかれていた。 ■ ■放課後――藍莱高校図書室 「あ、いた」 師黒真人が図書委員もやっていると聞き、学食の側にある施設にやってくる。ここは、古い二階建ての施設で、一階は図書室、二階はパソコン実習室などがあるトコロだ。 少し立て付けのわるくなってるドアをあけて図書室に踏み込むと、すぐ横にある狭いカウンターの中で、師黒真人が文庫本を読んでいた。 「……」 顔を上げ、こちらを一瞥すると、再び文庫本に目を落とす。 「って、ちょっと」 放課後になったらすぐ七香ちゃんトコにいくって言ってあったでしょーがッ。なにブッチしようとしてるのよッ。 「……」 とりあえず、何人かの人目がある中でそう怒鳴ることもできないので、小声で告げると、チンッとカウンターにおいてる鈴を鳴らした。此処に図書委員がいないときに、鳴らすものだ。 すぐに、総数ン万冊の本が並ぶ棚と棚の間から図書委員らしき女生徒が現われた。 「師黒君、どうしたの?」 三年生か。ずいぶん親しい雰囲気からして、図書委員同士として付き合いが長い人なのかもしれない。この男、1年のときも同じ図書委員だったらしいし。 「うん、いいわよ。そもそも今日は代理で、師黒くんの当番の日じゃないしね」 早退する旨を伝えたらしく、その女生徒はこころよく頷いてくれていた。 「……彼女?」 興味津々といった雰囲気で私を見た後、こんなことまで言ってくれた。 「バッ、ち、違います」 「あら?」 心底不思議そうに。 「師黒君が、こんな親しげそうにしてるから、もしかしたら、と思ったんだけど」 「親しげッ?」 すいません。私にはどう見たらそうとれるのか判りません。この人、表情まったく動いてないですYO? ■ 『あれ? 師黒、なんだその娘?』 『師黒くん、一年生に粉かけてるの?』 『真人ー、今度その子経由で女紹介しろよー。一人ダケ裏切リナンテシナイヨネ?』 『師黒君、君なら心配いらないと思うが、歳相応の節度はまもってくれよ』 ■ 校門を出るまでずっとこんな調子だった。教師までそんな反応はどうだろうと正直おもうが。 会話によるコミュニケーションが一方通行な上、ほとんど表情が変わらない難儀な男だと思ってたが、存外、交友関係は良好・広範囲のようである。 「……」 でも、やっぱりこれは近くに置いときたくないなー、と思う。だって、こっちが話さない限り、無言の時間が続くのだからネ。 「……」 といっても、話さなければならないことはあったのだ。 話さなければいけないというか、聞きたいことというか。 師黒真人は神石《凶星》と適合できる素質のおかげで命を拾えたが、それによって今後、確実に《敵》に狙われる立場に立たせてしまった。 その上で、この男は、私の手助けをしてくれるらしい。 その理由を聞くことなく、一週間が過ぎてしまった。この男とは、検査などで七香ちゃんの屋敷にいるときに何度も会っているというのに。 「あ、のさ…」 「?」 学校を出て10分。ようやく切り出せたのは、七香ちゃんの屋敷まであと半分というとこだった。先行していた師黒真人が足をとめ、こちらに振り向く。 「……なんで、一緒に闘ってくれる気になったのかなーって」 「……」 まあ、返答が返ってくるとも思わなかったが。 「や…く…そ…く」 「ほえッ?」 返って来たよ。しかもアノ単語帳でなく、途切れ途切れに直接言葉で。 「しゃ、喋れるじゃないッ!?」 ちょっとパニくる私を前にして、すばやいペン使いでメモ紙になにか書いている。 〈ほんの少し。一言が精一杯〉 んー、確かに一文字一文字、必死に搾り出したような声だったが。 「……それで、や、く、そ、く――約束?」 師黒真人はコクリと頷く。が、それ以上は説明もなにもないまま、歩き出した。 「……もしもーし、なんかもう話する気がないならいいんですけどー。とりあえず一緒に行くつもりがあるなら歩調あわせてくんないッスかー」 歩幅がまるで違うんですから。 とりあえず、私に合わせて歩き出した師黒真人といっしょに七香ちゃんの家に向かう。 この一週間で判ったことだが、この男は話し好きの人間にとっては、聞き上手なのかもしれない。たとえしゃべれなくても、耳を傾け、頷く、首を振るなどでちゃんと反応してくれるのだ。 しかし、よくわからん男であるな、師黒真人。 ほぼ完全な無口で――付き合いの浅い私には表情が読み取れず――でも、学校では人気もので――この男なりの理由があるみたいだが、私を助けてくれるらしくて。 ゥンッ・・・ 「―――ッ」 私の身体に緊張がはしる。 空気が一変した。一瞬、景色の色が反転したような錯覚さえ覚えた。 私は周りをすばやく見渡す。 人が、いない。 「《人払いの結界》、か」 人の意識に、この場に近寄らないという指令を滑り込ませる力場。たとえ爆発がおころうと、今、この場でおこった現象は、力場の外の人間の意識には届かない。 「・・・」 師黒真人が顔を上げる。その視線を追うと、 「こんにちは、神耶さん。そして、まだ名もしらない《星》の持ち主さん」 はたしてそこには。 優雅に、舞踏会にでもいるかのようにお辞儀をする《女》が立っていた。 |
説明文が続き、真っ白になってる部分がおおいです今回。 ■師黒真人 設定:しゃべれません。ってことにしたら、ずいぶんと動かしにくいキャラになってたことに気づきました。意思疎通に単語帳とメモを使わなきゃならないので、めんどくさい。 ■摩白神耶 この回で、ツッコミキャラとして確定付けられました。
■久しぶりに小説を書き出して思ったこと。自分のイメージを文として形成する才。言葉遊び(ちょっと違うか?)が上手い人って素直に尊敬できるなって、しみじみ思います。 |