The first match

初激

 師黒真人。神石《凶星まがぼし》の所持者。典型的なパワー型の《月の人》。

 父様から《凶星》を渡されたさいに(実際は死にかけてたんだから、受け取った、というわけでもないけど)、神石の意思なのか、右手の甲部分と融合。

 七香ちゃんの話では、師黒真人を所持者と認めたと同時に、死に瀕していたその身体を保護するために、より《凶星》との適合率を高めるために起きたことらしい。

『前例がない・・あるのかもしれなけいど、すくなくともワタシたちには知り得てない事例だから、なんともいえないけど・・。これだけの異物が肉体の一部となって、なんらかの拒絶反応がおこっても不思議じゃないけど・・』

 七香ちゃんが珍しく歯切れの悪い感じでそう言っていたが、今のところ彼の肉体的異常は見られない。精神的異常は・・・まあ、あのノッペラボウ――表情がないってことで、ときどき心の中でこう呼んでる――は、ある意味すでに常人とは違うよーな気がするから、まあ感じないのかなー、とか思ってる。

 彼が《凶星》の持ち主として、私と一緒に戦う――つっても、私はまだ完全に認めたわけじゃないけど――と決めてから、一度あの《女》と会ったが、戦闘にはならなかった。あの後、師黒真人の屋敷には結局現われなかったし。

「あの《女》、ね・・」

 3ヶ月ほど前に現われた《敵》。私の《聖星ひじりぼし》と、その頃はまだ父様が所有者だった《凶星》を狙ってきた《月の人》。

 正体はいまだ判らない。《力》も、それ以前にその姿さえ。いっつもコートとフードで全身覆ってるから、《女》って呼んでるのも声からだし。これで、女声女口調の男だったら笑えるな―――笑えねってば。

 その《女》にしても、まだ謎だらけだ。とくにその行動姿勢。黒白の勾玉を狙っていると明言してるわりには、行動に真剣みがまったく感じられない。

 初戦から平均2週間ぐらいのペースでこちらにちょっかいをかけてくるが、本当にちょっかい程度のものだ。

 擬似付喪神と呼んでいる家電ゴミなどの集合した人形を操って、そして私たちと一定の距離を保つような感じで二手三手、攻防をかわしてから去っていく。というのが、パターンと化してしまっている。

「はあ・・、敦彦あつひこの報告待ちかぁ」

 今はこの街にいない、もう一人の仲間の名を口に出す。敦彦は、《調査》のために出かけているのだが、そろそろ戻ってくるはずだ。

「敦彦の能力を考えたら、《調査》にもってこいなのはわかるけど・・」

 あいつ、こんなしょっちゅう学校休んで、出席日数大丈夫かな?

「ま、考えてもしかたないか。わかんないことだらけなんだし」

 そう口にしたとたん、あくびが・・。時計を見れば、もう日付はとっくに変わってる。

 ・・・寝るか。

■翌日――神耶の自室

ガンガンガンガンッ!

「うきゃああッ!??」

 金属と金属がぶつかり合う音が、耳に響く!

「な、何ッ!?」

「・・・・」

「・・・・」

 目が合った。

 エプロンを着け、右手にオタマを、左手にフライパンを装備した師黒真人と。

 つか、なんだその格好は。

「って、それ以前に、何で私の部屋に入り込んでんだ―――!!!」

 叫ぶ私を気にしたような雰囲気は微塵もなく、師黒真人は私にメモ用紙を見せた。

〈起こしにきた〉と書いてある。

「はァッ?!」

 師黒真人が天井近くに掛けてある時計を指差す。

「――ッうおッ!」

 いつもの起床時間をかなりオーバーしてる。具体的には、着替えて朝ゴハン食べて顔洗って身支度して屋敷を飛び出して可能なかぎりダッシュして校門を走り抜けないと遅刻確実なぐらいに、一切の余裕がない。

「め、目覚ましはッ!?」

 ベッドの縁においてある目覚まし時計を見る。見当たらない。

 師黒真人が今度はクローゼットの方を指差した。

「うは」

 目覚まし時計が逆さまで床に落ちている。しかも、カバーが外れて電池が飛び出していた。

〈ノックじゃ起きなかったので、七香さんに鍵かりた〉とメモ用紙。

「つーか、寝てる乙女の部屋に遠慮なしに入ってくるなーーーッ!」

〈七香さんが行けと〉と三枚目。

 あの女の差し金か―――ッ!!

 てゆうか、アンタも素直に従うなーーーッ!!

〈飯が冷める〉三枚目の裏側。

「・・・・・・」

 さっきからササッとメモ用紙見せてるけど、もしかして私の言動予測ずみか?

「・・・わかった。すぐ行くから・・・ってかさ」

 開けっ放しにドアから出て行こうとした師黒真人がこちらを向く。

 かわいらしい白猫の絵がプリントされたエプロンは、ときたま七香ちゃんが使ってるやつだな・・・。背の低い七香ちゃんにはピッタリなんだが、この大男にはアンバランス。

「なんなのその格好」

〈七香さんに聞いてくれ〉ピッと一枚のメモ用紙を見せて、去っていく。

 私は10秒ほどボーとドアのほうを向いていたが、すぐに今の状況を思い出して、あわて始めた。

まどかさんがね、ぎっくり腰になっちゃったのよ」

 三日に二日は徹夜そのままに研究してるか、爆睡してるかどちかの七香ちゃんは、今日は珍しく朝食をとりにテーブルについていた。

「料理長さんが?」

 手早く朝ごはんを摂取しつつ、聞き返す。

 料理長――浅野円さんは、私たちや屋敷の使用人さんたち、それにほとんど地下施設にこもってる研究員さんたちのゴハンを作ってくれているコックさんたちのリーダーだ。

 なかなか恰幅と気の良いオバさんである。

「料理の腕もいいし、コックたちの仕切りが上手い人だけど、その分、そうなっちゃうと厨房のペースが狂っちゃってね。とりあえず人員を増やすことで穴を埋めることになって」

 七香ちゃんが、食べ終わった後の食器をもって厨房の方へ歩いていく師黒真人の背に視線を向ける。

「真人クンに手伝ってもらったの。なかなか年季の入ったっぽい手際だったよン」

「・・・一人暮らしみたいなもんだったからかナ」

 七香ちゃんからの情報だと、師黒真人の姉はほとんど家に居ないらしく、あの屋敷で一人住んでいたようなもんだったらしい。

「そ、料理してる姿なんて見たことない、神耶ちゃんとは大違いねー」

「ぐッ・・」

 痛いところを。

「ごちそうさまッ」

「・・・」

「うおッ!?」

 立ち上がったら目の前に師黒真人――の胸。見上げると、あっちは私を見下ろしてる。

「な、なに?」

 見下ろすな見下ろすな。そのノッペラボウで見下ろされると、なんだろう、何もしてないのに不安になってくるのですヨ。

「・・・」

 師黒真人は、テーブルの上、私が朝ごはんをとってたところに、なにか置いた。

「・・・弁当?」

 コクリと。

 大き目のハンカチに包まれた弁当だ。三段くらいか?

「あたしの?」

 コクリと。

「なんで?」

 答えず、視線を七香ちゃんに移す。

「あー、そうだった。神耶ちゃん好きなものしか食べないでしょ?」

 まあ、その通りですが。それが?

「バランス悪いから、自分の作るついでに、神耶ちゃんのも作ってあげたらと、真人クンに進言を」

「ねぇ七香ちゃん」

 私は七香ちゃんに鼻っ面に自分の鼻っ面がくっつきそうになるぐらいにじり寄ってみる。

「なんか妙なこと考えてな〜い?」

 口元笑って目は笑わず、といった顔だろうな今の私。

「べっつに〜」

 対して七香ちゃんは、あきらかに面白がってるという顔でそっぽを向く。

「ときに神耶ちゃん。時間いいの〜?」

「むッ」

 食堂の時計を見上げれば、余裕はさらになくなってる。

「これ、おねがいします!」

 食器類を所定の位置に置くと、置くのコックさんたちの返答もきかずに、食堂を走り出る。

 最小限のやることやって、玄関から飛び出し走り始めたが、間に合うかどうかはかなり微妙だ。

チリリンッ!

「む?」

 後ろから、ちょっと懐かしめのベルの音がぁってキャアっ!

ヒョイッ

 身体が浮いたと思った次の瞬間、自転車の後ろに腰掛けさせられていた。

「し、師黒真人ッ?」

 先日、自宅から持ってきた愛用の自転車(ママチャリ)だ。

〈いい加減、フルネームで呼ぶのはよしてくれ〉と自転車をこいだまま、器用にメモ用紙に速書き。

「し、師黒さん・・・なんか響きが妙な感じがするから真人さんでいい?」

 コクリと。

「降ろして」

〈なんで?〉とメモ用紙。

「恥ずいからッ」

 あああああ、視線がッ、通行中の皆様の視線がッ。

 そろそろ同じ屋敷に住んでるって噂になりだしてるのに、これじゃそれに拍車かけてるようなもんだぁあぁッ!

「!?」

ギキキキィイッ!!

「おおっとぉ!?」

 猛速で、いつものペースで歩いても十分間に合うあたりまで来た(途中、併走した車のドライバーが驚いてた)あたりで、師黒真人がいきなりブレーキをかけた。

 横滑りしながら、道路に黒い線を2本ひきつつ自転車が止まる。

「・・・・・」

「な、なに?」

 師黒真人・・真人が、通行人を――というより、周囲をまんべんなく見ている。自転車から降りた私もその視線を追ってみるが、なにもない。

「どしたの?」

〈妙な視線が向けられていた気がする〉とメモを。

 つうかさ・・・

「視線ならさっきから、今もおもいっきり向けられてるでしょうが・・・」

 遠巻きに登校中の生徒たちが囲んでなにか話している。指差すなソコッ。

「・・・」

ヒョイッ

「あ――」

 だから、私はいいってばーーーッ!

「あ」

 目が合った。今、生徒たちの囲いを抜けてこちらに声を掛けようとした私の親友、杏と。

「あーーーーー」

 すさまじいスタートダッシュで私の友達の姿は小さくなり、そして曲がり角で消えた。

 あの目パチクリした唖然とした顔が、かなりの間脳裏にやきついておりました。

「お、師黒ー、おは・・よ・・」

キィィィッ!

 知り合いらしい2年生が、煙をあげながら駐輪場の前で自転車を止めた師黒真人を見てる。

「・・・」

 シュタッ、といった感じで、その男子生徒に向かって手を挙げてる。が、その男子生徒の視線は、師黒真人ではなく私に向いていた。

「・・・」

 男子生徒がチョイチョイと師黒真人を手招きする。

 私から少し離れたところで、ヒソヒソ話を始めていた。丸聞こえではあったけど。

「あの子、噂になってる一年のだよな? やっぱお前ら付き合ってんのか?」

 噂・・・。学内での有名人、師黒真人にはいままで女ッ気がなかったのに、いきなり一年女子を落として、しかも同棲までしているという噂がものの数日で広まっていた。

 まあ、その噂の相手というのは私なんだけどサ。

 どうも、同じことを聞かれ慣れたのか。師黒真人はメモ用紙ではなく、単語帳を使って説明しているようだった。

 私の方も初日あたりほどではないにしても、ときどき質問攻めにあう。用意しておいた説明を何度繰り返させられたことか。

「・・・」

 シュタッといった感じで手を挙げ、師黒真人は友人と一緒に校舎に入っていった。

「さて、と・・・」

 だいぶ早くついてしまった。とりあえず教室にいくかな。

 ああ・・・。二人乗りを見られたことに対する言い訳も考えておかないと・・・。

■1年A組――午前

「・・・・であるからしてーー」

 数学教師のセリフを聞き流しつつ、私は窓の外を見ていた。眼下のグラウンドでは2年生がクラス2組の合同体育授業でサッカーの試合をしている。

 片方のクラスは2−C。師黒真人のクラスだ。キーパーらしく、グローブをつけてゴール前に立っていた。

 先生にバレないようにしながらそれを観戦していると、さすがにパワー型の《月の人》である師黒真人の身体能力の高さが目立った。

 相手が撃ってくるシュートは片っ端からキャッチして、すかさず投げたボールは敵陣深く、しかも味方のところにピンポイントだ。

 一度、敵のシュートと師黒真人のキャッチが同時になったときは、地面にガッチリ固定されたボールを蹴ったように、相手の方が自分のけりの威力に空中に跳ね飛ばされてて、笑うのをこらえるのに必死でした。

 しかし、あの男はこれまでずっと、ああやって異能力(といっても超常能力ってわけでもないが)を隠さずに生活してきたのだろうか。

 周囲にばれないレベルの《能力》発動で視力を強化してみていたが、筋力だけではなく、反応速度まで人のものじゃない。

 PKの距離からのシュートを、見てから動いて片手でキャッチしてみせる人間なんてこの世にいるのかな、と思う。

 これはちょっと確かめとく必要があるかなー・・。

■2年C組――昼休み

「・・・・」

 師黒真人がこちらを見上げている。次いで、周囲を見渡した。

「まあ、その反応は当然だろうけど」

「でさぁ、あの摩白・・神耶だっけ?」

 私と、師黒真人の前の席に前後逆に座っていた男生徒の声が重なった。

 ふむ、話の内容も気になるところだが、今はこっちの用件のほうが先だ。

「今、私には《人払い》がかかってるから、周りの人には私の存在を認識できないの」

 《人払い》は、結界の外の人間に結界内の事象を感知させず、結界内に入ることができないという指令を意識に打ち込む力場だ。

 今は私の周囲に張り巡らせてある。いわば個人用のステルス機能。

「ちょっと屋上に来てくれない? 聞きたいこととかあるから」

「・・・」

 私から視線を外し、しばらくなにかを考えていたようだが、師黒真人は頷いた。

「あ、どうした?」

 一口もつけずに再び蓋をかぶせた弁当をハンカチに包んでいる師黒真人に、その級友が怪訝な顔をする。

〈用事があったのを思い出した〉とメモ用紙を見せ、師黒真人が席を立つ。

「んじゃ、行きましょ」

 私は師黒真人に先行するように教室から出る。

「師黒君が・・・」

「もしかして・・・」

「噂の子と・・・」

 えーと・・・、背後から大人数がついてくる気配がするんですが。

「屋上にいくみたいだな・・・」

「二人でお昼、しかも屋上・・」

「うわ、ベタだな」

 聞こえてる聞こえてる。物見高いなこの学校の人間は・・。

「・・・」

 気づいてるだろうに、振り返ることもせずに師黒真人は私の後ろについて歩く。

 それだけ、コイツが目立つ存在だってことか・・・。

「人気者だね」

「・・・」

 視線をこちらに向けただけで、反応しない。まあ、今私はここに居ない状態なんだから、されても困るけどね。

「屋上に出たら、すぐにドアを閉めて。真人さんにも《人払い》をかけるから」

 小さく頷く。

 階段をあがりきった師黒真人が、屋上へのドアのノブをまわし、開けた。

 ――んなことする必要ないですよ〜――

『!?』

 屋上へ出た瞬間、私の、多分師黒真人の頭の中にも、『声』が響いた。

 そして――

――『異界構築』――  

 瞬時にして。そこは違っていた。

 目の前に広がるのは、見慣れた屋上のコンクリ床。そして青空。

 だが、そこにあるのは作られた『世界』。精巧にして等寸大のジオラマ。

「なに・・コレ」

 私は落下防止の小高いフェンスに駆け寄る。再び絶句。

 校舎とグランドを囲む塀の外は白かった。ただただ白い。雲が動かない青空と、ただ白いだけの大地がどこまでも続いていた。

 と、師黒真人が私の肩をたたいた。

「な、何?」

〈人の気配がしない〉

 メモ用紙の内容を見て、あたりを見渡し、そして耳を澄まし、感覚を鋭敏に強化した。

「ホントだ・・・」

 屋上にも足下の教室にもグラウンドにも、人の姿も声も気配も、まったく無い。

 人だけじゃない。鳥の鳴き声もしない。たぶん、生きてるものは何もいない。

「ここは、生きてるものが居ない。私たち以外は・・・」

 私の横で師黒真人が首を振った。

「え?」

「・・・」

 師黒真人の視線を追う。

 私たちが屋上へと出たドア。それが存在する方形のコンクリ小屋。

 そしてその上に、あの《女》がいた。

「!?」

 いつもどおりフードを目深にかぶり、ローブで身体を覆う姿。口元だけがわずかに見て取れる。

「こんにちは」

「こんにちはじゃ――」

 叫びかけた私の声を遮るように、眼前に師黒真人の右腕があった。

ゾクリッ

 真横から伝わる気配に、背中に冷たいものが走った。

「・・・」

 横目で見た師黒真人は、いつもどおりの無表情で、《女》を見上げている。

 だが、その身体が発する気配は、いままで感じたこともないものに。

「・・・」

 《女》もそれを感じたようだ。いや、視線を向けられ、この気配を真正面から受けているのだ。私より強くそれを感じているかもしれない。

 怒り、とも取れない。その気配は、暗く、重く、静かだ。まるで、深海に沈んだ自分を連想させるような鉛のような重い気配。

「せ・・せい・・と、たち・・は・・・」

 二度目。かすれるような声で、そう言葉を紡いだ。

「なんですって・・」

 さすがにこの距離では聞こえない。

「生徒たちは?って聞いたの?」

 コクリと頷く。

「私が聞くから」

 やはり、これは怒りだ。

 燃え盛る火のような激しさはない。だが、師黒真人は初めて、肌で感じられるほどの感情をむき出しにしていた。

「ここは何なのッ!? ここの生徒たちはどこに消えたのよッ!」

「・・・ここは異界。コレの《力》で構築した途絶空間」

 《女》がローブから露出した右腕には、ブレスレットのようにリング状のソレがあった。

「―――《神石》!?」

「そう」

 貴金属、というよりは貴石というほうが似合うそのリングは、遠目にも私や師黒真人が持つ《神石》の勾玉と同じ感じを受ける。

「名は《星冠》。私の《神石》よ」

「・・・」

「安心して。現実の世界には影響を及ぼさないモノだから」

 あ。

 うわ、プシューって風船から空気が抜ける感じで、師黒真人の雰囲気がもどっていってるー。

「・・・で、こんな大仰なモン用意して、どうしたいわけ?」

「もちろん、あなたたちと戦うためですヨ♪」

「―――」

 私の右掌に、ソフトボール大の光球が生まれた。間をおかず、それを《女》に向かって射出する。

ドゴンッ!

 私の《力》を収束した《砕弾》が《女》の足下に着弾。次の瞬間、炸裂した《力》が《女》の立っていた方形のコンクリ小屋と、その上にあった給水塔を裂き弾いた。

タンッ

 《女》が、軽い音とともに、屋上に着地する。

「ついには私の昼間の生活にまで支障をきたしやがったかこの人でなし!」

「ええ、ちょっと心苦しいですのですが」

 《女》が師黒真人に目を向ける。

「そちらの戦力も増え、神耶さんも《力》の使い方に慣れてきたころだし、少々ホンキを出してもいい頃合かな、と」

 《女》が右腕を天にむけて突き出す。

「と、いうわけで。まずは師黒真人さんの力量を――」

ゥンッ!

「量らせていただきます」

 擬似付喪神。

 家電ゴミをムリクリくっつけて人型にしたような屑鉄人形が三体、師黒真人の周囲に現われていた。

「・・・」

 師黒真人は自分の倍する体長の屑鉄人形たちを見上げ、そして制服のポケットから何かを取り出した。

『ゴルゴルゴルウゥッ!!』

『ガアアアアッ!!』

 屑鉄人形たちが巨大な鉄の拳を振り上げ、そして師黒真人に向けて振り下ろす。

 だが、師黒真人はいつもの無表情のまま、一体の屑鉄人形の攻撃を掻い潜るように避ける。そして、両脛ですべるような体勢で、その屑鉄人形の脚の間から、囲いを抜け出していた。

「わッ!?」

 その体勢から、バネ仕掛けのように跳ね、跳ぶ退り、私に向かって何かを投げていた。あわてながら受け取ったそれは、菱型の白い薄板と、それにセロテープでつけてあるメモ用紙。

「・・・」

 メモ用紙には〈ニューバージョンよん♪〉と、見覚えのある文字が。

「・・まあ、助かる」

 脳裏に、Vサインをしつつ満面の笑みで白い歯を光らせる、童顔眼鏡の白衣の少女風のビジョンが。

 しかしまた随分と小型になったもんだネ。前のはB5サイズだったのに、これは掌に収まるぐらいの面積しかない。

 再び襲い掛かってきた屑鉄人形の攻撃をかわしている師黒真人の手には、私と同じ形の、そして対照的に黒い薄板があった。

「いくわよ」

 コクリと。私は首にさげてある《聖星》を起動させ、そして人差し指を薄板の上で走らせた。

 薄板が一瞬でバラけ、無数の帯となって私を包み込む。

 次の瞬間には、白いコートを纏った私の姿があった。

ドゴッ!

 屋上に鈍い音が響く。

 私のに似たデザインの黒いコート姿となった師黒真人の鉄拳が、屑鉄人形の右腕を砕いていた。

「・・・ッ!」

 さらに身体をコマのように鋭く回転させ、屑鉄人形の胴体に裏拳を叩き込む。

ゴガッ!

 胴がはじけるように砕け、上半身がフェンスを超えてグラウンドへと落ちていった。

「うひゃー」

 初めてまともに戦闘してるとこみたけど、やっぱパワー型は派手だなー。

「む」

 私の上空で空間が揺らぐ。

 さらに三体の屑鉄人形が、今度は私の周囲へと降りてきた。

「なにがホンキかっての!」

 《聖星》起動とともに張っていた力場フィールドを外に向かって拡散放射。屑鉄人形をまとめて吹っ飛ばした。

「ワンパターンだっての!」

 指先にピンポン球サイズの力場を形成。指向性を持たせてエネルギーを開放。

「《瞬閃》!」

 右手を振りながら放った閃光が、二対の屑鉄人形の身体を二つに切り裂いた。

「とうッ!」

 再び結界状の力場を形成。

 性質変化。《聖星》から得られるエネルギーの波長をコントロールし、《能力》を変化させ、斥力を発せさせて跳ね飛んだ。

ブォンッ!

 屑鉄人形の長大な腕が足下で唸りをあげていた。

『ガアッ!?』

 屑鉄人形が私を見上げた。だが、見えたのは私じゃないだろう。

「・・・ッ!」

 組んだ両手を振り上げた師黒真人。その両手には《凶星》からのエネルギーに包まれ、光を放っていた。

ゴガッ!!

 振り下ろされた両手が、屑鉄人形の上半身のほとんどを砕き散らす。

「終わりッと」

「最短記録ですねー」

 手ごまを秒殺されときながら、《女》はのんきに拍手なんぞしている。

「では、本打ち登場といきましょう」

 《女》が右手を振るう。その頭上に空間の揺らぎが生じていた。

「お出でなさい、我が双刃よ」

ズガガッ!!

 コンクリ床を砕き、二つの存在が突き立っていた。

 一つは刀。炎のように揺らぐ刃紋をもつ美しき殺人の刃、日本刀。

 一つは斧。優美な三日月の姿持つ破壊の刃、クレセントアックス。

「起きなさい。ミカヅキ、クレス」

カッ!

 二つの武器を光が包んだ。

 あまりの光量に私は腕で顔を覆ってしまう。

「擬似付喪神とは」

 光の向こうから《女》の声が届く。

「自らに向けられ染み込んだ人の想いを核とした《意思》を形成するに到った古き器物《付喪神》という存在を解析し、人為的にその現象を引き起こす技術。ただ今まで使ってきた屑鉄人形は、無数の屑鉄を寄り合わせ、《意思》を濃くした上で作り出したもの」

 光が和らいでいく。その光の中に《女》は立ち、そしてその傍ら、左右にまるで《女》を護っているかのような二つの人影が在った。

「擬似付喪神として操られるようになるとはいえ、それは粗雑な《意思》しかもたぬ文字通り人形。《力》もかなり質の悪いものだったけど・・・。でもね」

 深い紺の髪を無造作に束ね、陣羽織をシンプルにしたような装衣の小柄な女の子。その手には刀身に吸い込まれるような光をたたえた刃を持つ日本刀。

 銀の髪の狭間から覗く鋭い光を宿す瞳を見せ、口元には不適な笑みを浮かべる背丈の高い女性。決して太いとはいえない右腕が無造作に持ち上げるは、月の影といえるシルエットを持つ巨大な斧。

「この子たちは、それらとは次元の違う存在。幾星霜を超えて存在してきた刃に、本当の意味での《擬似付喪神》の技術と《人化》の技式を組み込んだ私の双刃よ」

「ていうか! なんで女の子の姿なのよ!」

 ビシィッと。

「え、いや、それは・・」

 あ、うろたえた。

「なんというか・・、まあ、技術者の意向というか、趣味というか・・・」

「趣味かッ!?」

「あ、いや、私との主従リンクを繋げた副作用だと言ってましたが・・・、どう考えてもあの人の嗜好が反映されてるようにしか、あ、いや、それはどうでもいいことでしょう!?」

「いーや、そこんとこはハッキリさせときたい! 小一時間ばかり問い詰めたいッ」

「断固拒否です! とりあえずクレスッ」

 背の高い方の女性、クレスとかいう擬似付喪神、でいいのか知らんが、そいつに目配せし、私たちを指差す。

「軽く相手してあげてッ!」

「はいな、マスター」

ダンッ!

 三日月斧の女性が床を蹴り、大きく跳躍した。

 巨大な武器を持ったままとは思えない軽々しさで宙に身を投げ出し、そのまま私たちに向かって落下してくる。

ゴバッ!

 振り下ろされた斧が足下のコンクリートを砕き、衝撃が周囲を隆起させる。

「・・・ッ」

「なんつー威力・・」

 私たちは左右に跳んで攻撃を避けたが、私はその威力に目を見張った。

「アハハハハッ!」

 三日月斧の女性が高笑い。心底楽しいって感じだ。

「さあさあッ! ビビッてないでかかってお出でよッ! このクレスの初陣なんだ、派手にいこうじゃないハハハハッハハ―――」

ガッゴンッ

「あ」

「あ」

「あ」

 私と《女》と、そして当の本人の声が重なった。

 斧の女性の足下が崩れ、そのままその姿かポッカリ空いた穴へと消えていた。

『・・・・・』

 私は唖然とし、《女》は呆然とし、師黒真人は頬を掻いて、日本刀の少女はヤレヤレといった感じに首を振っていた。

「拙者が行きましょうか?」

 日本刀の少女が《女》に問うが、首を振ってる。

「・・・・ッ!?」

 師黒真人の足下が盛り上がる。

 空中へと跳びあがると、爆発するようにコンクリ床が隆起し、中心から三日月の斧が、次いでその使い手が飛び出してきた。

「アハハハハッ、真っ二つになりなぁッ!」

 上空の師黒真人に迫ったクレスが、その巨大な刃を振り上げる。狙いは、右の脇腹。避けられない!?

ガッ!

「むッ!?」

 師黒真人が放った前蹴りが、斧の柄を打ち斬撃を止めていた。

「――オウリャァッ!!」

 あの馬鹿力ッ、一度止められた状態から振りぬきやがってる!

 放り投げられた師黒真人は、そのままフェンスを越えてグラウンドに向かって――

ガッ!

 空中で身体を捻りフェンスをつかんだ師黒真人が、そのままさらに半回転して、その上に降りたっていた。

「いいねぇッ!」

「・・・ッ」

 すでにクレスが師黒真人に迫っていた。

 肩に担ぐような体勢で斧を構え、そして振り上げ渾身の力で振り下ろす。

「・・・ッ!」

ガシャゴッ!

 フェンスがひしゃげ潰され、そして師黒真人の姿は、

「真人ッ!?」

 腕をクロスさせて斧を受け止め、そして、フェンスごとコンクリートの床にたたきつけられ、粉塵の向こうへと姿を消していた。

RETURN

あとがきのようなもの

◇ミカヅキ・クレス

 またもやオリ小説二作目候補百鬼夜行続編からネタをもってきてます。百鬼夜行の続編は戦隊モノの要素をいれようかと思っていて、屑鉄人形をいわゆる戦闘員、武装や道具の擬似付喪神をいわゆる怪人、あるいは幹部クラスに見立てて話を進めていくつもりでした。
 今回出てきたミカヅキとクレス。ミカヅキの方はほぼ百鬼夜行用の設定ほぼそのままですが(日本刀は公表未公表とわずコペの小説によく出てきます)、クレスの方は今回の登場シーンまで設定が固まっておらず、素体となる武器もミカヅキとは対照的な超重武器、あるいは長得物ということしか考えてませんでした。出すことに決めてからは、ちょっとマニアックな本屋で見つけた
「萌え萌え武器辞典」で良さ気なものを見繕ってました。この本、非常に頭の痛いタイトルですが、この前リンク繋いだ葉月秋さんのサイトで紹介されてたので買ってみたのです。どんな武器かの参考になります。
 クレイモア、野太刀、偃月刀、サイズ、バトルアックス、パルチザン、ハルバード、ランスなど大型武器、さらに飛び道具のブーメラン、チャクラムなども候補にあがったのですが、斧という破壊力にプラス優美さというのが決めてとなって、クレセントアックスに決定。
 ちなみにクレスというのはクレセント(三日月)を縮めたもので、これに伴って、閃鳴(せんめい)という名前だった日本刀の擬似付喪神も、ミカヅキに改名しての登場となりました。

◇コート

 よく考えてみたら、このコートの下になってる学生服ってどうなってるんだろう? まったく考えてなかったですが、3話目の挿絵のコート装着神耶を見る限り、スカートをはいてるはずの下半身に無理が生じてる。・・・まあ、気にしない方向で。

◇キャラ

 そして相変わらず♀キャラしかいません! この回のラストあたりで登場予定だった雄キャラは舞台の関係上、介入できないことに後半で気づいた!