Battlefield
戦場
粉砕されたコンクリ片がバラバラと落ちてくる。 「・・・真人」 神耶さんが呆然と呟いてる。 「・・・って、ちょっと」 こ、殺しちゃったの? 「今日は貴方たちの性能を試すだけっていったでしょうッ?」 「イエス マスター。まだ肩慣らしの段階ですよ」 「それに・・・、真人殿はまだ健在ですよ」 粉塵の向こうにいるクレスと、背後に控えてるミカヅキの言葉に、私と神耶さんがハッとする。 ギチィッ! 粉塵が晴れ、クレスの足下が見えてきた。 「真人ッ!」 ほぼ腰の辺りまで埋まった真人さんが、クロスさせた両腕でクレスの三日月斧を受け止めていた。 「・・・」 「あたしの渾身の一撃を受けきるとはねぇ・・・。それがアンタの《力》かい?」 三日月斧を受け止めている真人さんの両腕が淡い光を帯びている。 あのコートは、たしかに防御力に優れたものだけど、クレスの一撃に耐え切れるものじゃない。 「・・・そうか。彼の《強化》は自身のみでなく、装備にも及ぶ性質をもつもの」 「武器をより鋭く、防具はより硬く、そして自身はより強く、ですか。単純、ゆえに厄介な能力ですね」 「はーい、そこー。暢気に分析してんじゃ――ねぇッ!」 ドシュッ! 神耶さんが放った閃光がコンクリ床を切り裂く。屋上の端っこがズレて、轟音を上げて落ちていった。 トンッ 「あぶないですね」 私を抱えたミカヅキが、一つもあぶなっかしそうでない声で呟きながら着地する。 「うおッ!?」 さらに追撃をかけようとした神耶さんがその声に振りむく。見れば、クレスが宙を舞っていた。 「ととッ!」 空中で身体をひねり、床に激突直前で体勢をたてなおしたクレスが着地する。 「・・・」 パワー重視のクレスを押し飛ばした真人さんが立ち上がり、自分の両腕を見ている。 「もしかして、あの能力に気づいてなかったとか、ですか?」 「・・・」 返答はないけど、神耶さんの様子からして、今気づいたのだろう。 「・・・」 ズズズッ! 両腕を覆っていたエネルギーが右拳に収束してるッ。 「・・・マスター」 「え?」 「許可を、いただけますか?」 クレスが右手で持っていた三日月斧を両手もちに変える。 「・・・いいわ。やってみなさい」 「――」 視界の端で神耶さんが右掌にエネルギーを凝縮しているのが見える。 「ミカヅキッ!」 「御意」 シュンッ! 「!?」 神耶さんがその場から飛びのく。 ミカヅキは私の側から、瞬時に神耶さんの目の前に移動していた。 刀の切っ先を神耶さんに向け、けん制する。 「動かないでください」 「・・・真人」 右掌のエネルギー弾をどうすることもできず、神耶さんが歯噛みしてる。まだ剣を交えてないとはいえ、ミカヅキの強さの一端は見えているのだろう。 「オオオオオッ!」 「・・・」 クレスは雄たけびを、真人さんは無言のままに、両者、斧と拳にエネルギーを収束させている。 擬似付喪神クレス・ミカヅキにはいくつかの能力がそれぞれに付加されて生みだされた。 今クレスが行っているのはその一つ。おそらくは真人さんの能力と酷似したもの。エネルギーの収束による攻撃力の《強化》。 そして、技の着弾と同時にエネルギ−を爆発的に開放させる《獅子吼》という能力技。 「・・・」 「フゥゥゥッ」 エネルギーの収束により赤く染まる三日月斧を水平に構えたクレスは、少しずつ横に移動するとともに、ジリジリと真人さんとの距離を詰めていっている。 対する真人さんは、無言無表情のまま、クレスを正面に捉え続けている。 「・・・」 空手の正拳突きのように、腰の高さに拳を握り、左掌を照準をあわせるかのようにクレスに向けている。 と、その左手が裏返され、まるで手招きするようにクイクイッと指を数度内側に曲げていた。まるで昔の大物アクションスターのようだ。 そして、全身のバネをおしこめるように、わずかに腰を下げ力を溜める。 「・・・ハッ」 クレスが短く息を吐くように笑った。 その挑発は、クレスの琴線に触れたようだ。横移動をやめ、同じように腰を落とし、やや前かがみ、獲物にとびかかる直前の肉食獣のような姿勢をとる。 「――オオオアアアッ!!」 地を砕くような脚力でクレスが駆け出す。 「・・・」 雄たけびをあげながらあの巨大な三日月斧を手に突進するクレスの迫力は並じゃない。端で見ている私が萎縮してしまいそうになるぐらいだ。 だけど真人さんは、その気勢を受けてなお、無表情。一秒後には到達する剛にして凶なる刃を待ち受ける。 「オオオオオッ!!」 「・・・ッ!」 最後の一歩、大きく踏み込み、真人さんの左胴をなぎ払うように三日月斧を振るう。 対した真人さんは、クレスにあわせる様に同じく踏み出す。そして、上半身を大きく前に出し、身体を大きく捻った。 身体を大きく倒し、その捻りを乗せた、ほとんどアッパーに近い右フックをクレスの三日月斧に叩き込む。 ドガンッ!! 「!?」 肌に感じる両者の一撃に込められたエネルギーはほぼ同等。だが、一直線の力は、横から加えられる力に弱い。 横一文字に振るわれたクレスの一撃が、その真下から叩き込まれた真人さんの一撃に両腕ごと弾き上げられる。 ギュバッ! 真人さんが捻りの勢いのままに身体を回転させながら、上体を起こした。右手をエネルギーが弧を描く残光を残す。 そして、もう一つ、同じように半円の奇跡を残すエネルギーの光。 エネルギーを収束させた左拳の裏拳がクレスの顔面を狙う。 「――」 場を静寂が支配する。 真人さんの左拳はクレスの顔面に叩き込まれる寸前で止められていた。打ち跳ねあげられた三日月斧を引き戻し、柄を盾にして受け止めている。 「――オオオッ!」 「――ッ!」 腕と柄の押し合いが始まる。 ズシャッ! お互いの身体を支える足が床にめり込む。 「――なぜ、気を緩めた?」 クレスが問う。て、なんのこと? 「あのタイミング・・、あたしの防御は間に合わなかったハズ。だがアンタはその一瞬、気勢を緩めたろう」 「・・・」 答えない。そもそも、あの状態ではさすがに言葉を発さない真人さんにはこたえられないんだろう。 「お・・・」 え? 「おんな・・の子は・・・」 「――ッ!」 これでようやく二度目となる真人さんの言葉。それを耳にした瞬間、クレスの形相がけわしくなる。 そして、咆哮。斧をそのまま振り切り落とした。 ドゴッ! 三日月斧が床に食い込む。 「・・・」 一瞬の差で飛びのきかわした真人さんは、それ以上言葉を紡がず、クレスと対峙する。 「女の姿をしているから、躊躇したってわけかい?」 「・・・」 「・・・この姿は、唯の映し身。もし、この姿に相手の油断を誘う目的がもたらされたものだとしても」 三日月斧の刃の切っ先が真人さんに向けられる。 「あたしはクレセントアクスの化身クレス。戦うために鍛み出された武器たるアタシにそれは侮辱ッ!」 「・・・」 真人さんが数瞬沈黙。そしてコクリと、軽く頷いた。 ドンッ! 半歩踏み出す。それは強烈な震脚となって床を大きく揺さぶった。 「な、ら、ば・・」 これまでとは、違う。変わらず無表情な、だが纏う気配は、さきほど私にみせた殺気に近い攻撃的なプレッシャー。 「アナ・・タを・・斃・・そう」 「ハッ、そうこなくてはネッ」 三日月斧を頭上で振り回し、そして肩にかつぐような構えをとるクレス。三日月の刃は込められたエネルギーによって赤熱していく。 踏み出し半身に構えた真人さんは、さきほどまでより前傾姿勢をとった。その右拳には《凶星》のエネルギーが収束していく。 「真人が、あんなに喋ってる・・」 心底驚いてるといった顔の神耶さん。 あれで喋ってるうちに入るのなら、普段はホントに言葉を発さないんだろうな。 それにしても斃すと吐くとは、思ってたよりなかなか物騒な人だ。 「静なる御仁かと思っていましたが、激しき動を内包した静心でしたか」 「そうね・・・あッ?」 ビギンッ! 『!?』 視界がずれた。真人さんとクレス、そして私たち。まるで両陣をわけるかのように床が・・・校舎が割れていた。見れば、視界にあるグラウンドにも動揺の亀裂が走っている。 「なにこれ・・」 「世界が崩壊してるんですよ」 「え?」 神耶さんが私の言葉に目を見開いた。 「この《星冠》の力でこの世界を形成しているわけですが、まだこの能力は未完成なんです。存在が不確かなため、《世界》からの排除がおこなわれる。今日は、いまの状態でどこまで保つかの実験でもあったわけですが」 「――て、ちょっと! それヤバいんじゃないのよッ!?」 「ああ、大丈夫ですって。ここが崩壊しても元の場所に放り出されるだけですから」 ていうか、神耶さん。驚きすぎて普通に私に声かけてますね。 「あ、そうなの・・・。ハッ」 あ、気づいた。あわてて離れてく。 「――いくよッ!」 崩壊を始めた校舎を気にも留めず、クレスが獣じみた凶悪な笑みとともに駆け出す。 「・・・ッ!」 一瞬の後に、真人さんもクレスに向かって跳びだした。 「おお――りゃあッ!!」 剛刃一閃。三日月斧が真人さんの脳天めがけて振り下ろされる。 ドゴッ!! ほとんど爆発じみた勢いで、コンクリ床が砕けた。 「ちぃッ!」 クレスの舌打ち。もうもうと巻き起こる土砂煙の中にいるクレス、その頭上に三日月斧をかわして跳びあがった真人さんがいた。 ダンッ! 身体をひねりながらクレスを飛び越えた真人さんは、その背後で身体を低くしながら着地する。 その体勢はすでに攻撃一歩手前。全身のバネを押し込め、ほぼ胸を床につけるような前傾体勢。 獲物を捕捉した肉食獣のようなその姿が、弾丸のようにクレスにむかって跳躍する。 「――オオオオッ!!」 クレスが咆哮。刃がほとんど埋もれていた三日月斧を、さらに力任せに振るった。 足下の床を爆ぜながら、三日月斧が飛び出してくる。 「ッ!」 まるでそれを読んでいたかのような真人さんの動き。足下から三日月斧が飛び出して来る直前に、身体を半身にするように斜めに一歩踏み込む。 「―――ッ!!」 攻撃をかわした姿勢が、そのまま攻撃態勢になっていた。身体全体を捻り、力をためた右の拳撃を開放する。 ガォンッ!! 全身を竜巻のように回転させるような攻撃始動。捻りの力を収束させた拳がクレスに叩き込まれた。 「―――ッ!?」 エネルギーの収束により桁違いの破壊力をこめられた拳撃が、クレスの身体を文字通り殴り飛ばす。 振り下ろすような拳撃をうちこまれたクレスは、たたきつけられたコンクリ床を大きく砕きながら、宙へと跳ね上げられた。 「―――グッ!」 再び床にたたきつけられる直前、クレスは体勢を立て直して、着地していた。 まるでそれにタイミングを合わせたかのように、《世界》の崩壊が最終段階に入った。地平までつづく白い大地が霞むように消えていき、校舎とグラウンドがそれに巻き込まれていく。 「・・・」 「・・・」 真人さんと私たちの側から離れた神耶さん。そして三日月斧を支えに立っているクレスの側に寄った私とミカヅキ。 「今日はここまでのようですね」 私たちの背後に《孔》が開く。このまま待っていても現実世界に戻されるが、この姿のまま学校の屋上にでるわけにもいかないしね。 「師黒真人ッ!」 「・・・」 クレスと真人さんの視線が交わる。火でも噴出しそうなギラギラとした瞳のクレスと、遠めにはどちらをみてるかもわかりづらい糸目で無表情にそれをうける真人さん。 実に対照的だ。 「・・今度は邪魔の入らぬ場所、時で・・」 「・・・」 真人さんは答えない。そしてクレスも返事をきかぬままで、《孔》へと踏み込んだ。 「それでは、これてに」 「またね、神耶さん、真人さん」 「ちょ、ちょっと待ちな――」 私の背後で《孔》が閉じると、神耶さんの声が途切れた。 「・・・」 白いレンガでできた通路に私たちはいる。 ここは、さきほどまでいた《世界》とおなじように《星冠》で生み出した空間。 入口、出口を距離を関係なく結ぶ、これもさきほどと同じ《異界構築》の能力。 「――おかえりなさい」 通路の反対側の《孔》から出るとすぐにそんな声がかかった。 場所はただっ広い上に、見事になにもない立方体の部屋。その中央に転移してきた私たちを、痩せぎす長身の男が出迎える。 「今戻りました、紫村さん」 「どうでしたか? 彼らの様子は」 「それなりに、ですね」 「それなりに、ですか。フムフム」 コクコクと相槌を打つ。 「もっと明確におしえていただきたいのですけどね」 「少し待っていてください。今は・・」 「くッ・・」 クレスが片ひざをつく。 「だいぶひどい?」 「いえ、動けぬほどでは・・。ちょいと気が抜けただけですよ、マスター」 ふぅ、と一息ついてクレスが立ち上がる。 「異常ですね」 ミカヅキがボツリと。 「そうだね。あれは異常だ」 クレスが同意した。で、なんのことヨ? 「師黒真人殿。拝見した資料によれば、つい最近までは諸々の事情も知らない一般人であったとなっています」 「ええ」 常人離れした身体能力は昔からあったようだが、《月の人》としての能力は、神耶さんと行動を共にするようになってから得ているハズ。 「だが、真人殿の戦いぶり。昨日今日戦い方を覚え、命を落としかねない戦いを初めて迎えたとは思えないものでした」 「ふむ・・・」 ミカヅキの言葉に私たちの輪の外で話を聞いていた男――紫村晋一郎さんが会話に入ってきた。 「それは、ただ単に戦闘のセンスがずば抜けて高い、ということではないのですね?」 「・・はい。確かに才覚は高いのでしょうが、訓練なしであの動きはできません。自身と相手の状況を分析し瞬時に適した次の一手を打ち出す。それは経験からしか導き出せないものです」 「直接、戟を交えた感想ですがね」 クレスに視線が集中する。 「師黒真人はアタシたちとおなじような匂いを感じました。戦うために鍛まれたアタシたちとね」 クレスとミカヅキは、擬似付喪神としての意思を人の形に具現化した存在。純粋に刀と三日月斧を振るうために存在する者。 《月の人》の遺産技術を持って造りだされた、戦闘特化として存在する者。 「一つの可能性としては・・・その師黒真人という少年は、《月の人》としてだけではなく、ミカヅキ、クレスと同じように、《月の人》の技術をその身に受け継いだものである、ということかな」 クックック・・、と押し殺したような笑いを漏らす紫村さん。 この人とはそれなりに長い付き合いだが・・・、やっぱり慣れないな。 「妖怪妖魔とよばれてきた者に多い《月の人》ということだね。師黒真人の情報を集めてるときに、ある文献を見つけたんだ」 「文献?」 そういえば真人さんの情報収集まだ続けてたんだっけか。 「この街の古い古い言い伝えさ。まだこの地が深い森であったころに、戦から逃れてきた民草をすくった《天狗》のね」 再び笑いを漏らす。 スッ・・ 紫村さんの背後に、一人の男が立つ。 神耶さんたちの前に出るときの私のように、部屋の中だというのに着ているパーカーのフードを目深にかぶって目元が良く見えない。 ただ、直感として、その男が好きになれない者だと思った。 チラリと見えた瞳。 明らかに常軌を逸した光が宿ったそれを見た瞬間に。 「その男・・、我らと同じモノですか」 ミカヅキが聞くと、紫村さんが口の両端を曲げあげるような笑みを見せる。 「神耶さんにお手伝いしていただいた代物でネ。キミたちと違い、元になるものの在り方が異なるから少し手間取ったよ」 ミカヅキは常と変わらぬ態度だが、クレスの方は横目でみても明らかなほど嫌悪を顕にしていた。 この二人は、私とリンクしている関係もあって、性格の一部が似通ったものになってると聞いている。 感じたんだろう。私のものと同じ不快感が。 「少々、その少年に対する興味が増しました。もう少し本腰を入れて調査することにしましょう」 そう言って、紫村さんは私たちに背を向けて部屋の出入り口に向かう。男は私たちに一瞥してから、その後を追って部屋を出て行った。 「・・・・」 「マスター。言っていいですか?」 「なに?」 「アタシ、あの男嫌いですヨ」 「拙者も同意見ですね」 それは、あのパーカーの男のことなのか、それとも紫村さんのことなのか。 まあ、答えはどちらでも同じだ。 「さすがに気が合うわね我が双刃」 あの人の指示でここに居るのでなければ、口をきくのもいやなくらいには、 「私も嫌いよ、あんなの」
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ようやく本格的に真人がバトルった回。正直やりすぎた。しばらくはパワーバランスは謎の女の方に傾いているように書いてくつもりだったのに、自分で書いててなんだが真人が思った以上に強くなってしまった・・・。 ■異界 ■《強化》 |