東京魔人学園 鬼龍譚 第弐話「接触」




「さぁて・・、どこでどう接触したもんかねぇ?」

場所は内藤新宿。
道を行き交う人の中を行く当てもなくふらふらと歩くのは龍斗。
命を受け町まで降りたのは良いが・・・どうやら接触方法を考えてなかったらしい。

「むぅ〜、まずは茶屋でも行くか。」

そう決めるなり、足は自然とある方向へと向く。
そこは、前回行った蕎麦屋同様に以前行って気に入った場所の一つだった。




「らっしゃい、こちらへどうぞ。」

茶屋に入るなり、店主に席へと案内される。
座って適当に注文を言うと、了解した店の店主は奥へと引っ込んでいった。
その後ろ姿を特に見るわけでもなく何となく視界にとらえた後、すぐに目をそらし、
ふと、鬼哭村を出る前のやりとりを思い出してみた。






「怪しまれず行動するには・・・、やっぱ馴染まなきゃダメだよねぇ?」

と、「う〜ん」と言った感じで小首を傾げる龍斗。
その言葉に天戒は確かに、と頷いた。

「奴らとて自分たちの邪魔をする者が内部にいて怪しまないはずがないだろうからな。」
「なら彼奴らと同じ意思表示をしたり、行動をしなきゃならないんだよなぁ・・・。
 あ〜、もし俺の嫌いな感じのヤツがいたらどうしよ?殺しちゃうかも。」

クスッ、と少し呆れ顔で小さく笑う龍斗はなかなか物騒なことを嘆いた。
だが、それが龍斗の性格と知っている面々は別に何とも思ってはいない。
ただ、その通りだろうな、と考えるくらいだ。

「たーさん、殺すのはダメだよ?」
「わかってるよ。もしも、の話だ。」
「たんたんの事だからよ、うっかり殺っちまうんじゃねぇの?」

澳継のその言葉に、そーだなぁ、と笑って肯定する龍斗に、発言した澳継でさえ
思わず呆れ顔になってしまう。

「若、連絡方法などはどうするので?」
「うむ。それについては嵐王に一任した。
 話では特殊な「式」を使い、それで連絡をすると言うが・・・。
 そう言う俺も実物を見たわけでないのでな。
 龍、村を出る前に必ず嵐王の所に寄って行くんだぞ。」
「ん、了解。それとちょっと質問。」

肯定の次に来た質問に、なんだ?と天戒は声を返す。
返事を得て、龍斗は少し考えるような仕草の後、口を開いた。

「ん〜、あのさぁ。俺、龍閃組に潜入するでしょ?
 その期間はどれだけかハッキリと決まってないってのは了解してるんだけど、
 入中に龍閃組に「仲間になりたい」ってヤツが現れたらどうする?
 仲間にする?それとも仲間にしない?」

龍斗のその言葉に、その場にいた者が一様に考える。
確かに、龍斗が言うことが起こらないと言う場合がないとは限らない。
いや、起こる確率の方が遙かに高いであろう。
江戸を守るという使命を持つ龍閃組なのだから、同じ志を持った者が
そう名乗りでないとは限らない。
その場合、自分たち鬼道衆としては敵である龍閃組に戦力が増えるのは好ましくない
事態なのだが、潜入し、龍閃組の一員となっている龍斗が「龍閃組と共に江戸を
守りたい」と言う者をはね除けるわけにもいかないだろう。

「ふむ・・・、そうだな。
 その様な者を無下にしてはお前の立場も悪くなろう。
 お前が判断し、決めればいい。」





「とは言ってたけど・・・、実際どうなるかはわかんないな。」

意識を現実へと戻し、運ばれてきた団子を口にしつつぼやく。
ズズッ、と喉に熱いお茶を通す。
少し熱めだが、特に気にするわけでもなく湯飲みを机へと置いた。

「どうしよっかなぁ?」

はぁ、と思わず出てしまうため息。
町に降りてくるまで、頭の中からすっかり抜けていたこの問題。
出来れば今日、日が暮れるまでに接触したいと思う龍斗にとって
この考え事は忘れていた自業自得であっても、頭を悩ませるのであった。

「どうかしたけろ?」

へ?と、突然かかった声に頭を上げてみれば、顔をのぞき込んでくる人影が。
目当たりで切り揃えられた前髪のせいで顔立ちを完璧には把握できないが、
一見して、どうやらこの茶屋の娘らしい。

「さっきからため息ばかりで・・・、どっか具合わるいだか?」

何処の方言かはわからないが、訛りのある口調で心配そうに訪ねてくる。

「あ、いや。別に具合は悪くないよ。少し考え事をしていただけだ。
 心配かけてしまったらごめん。」
「いんや、こっちこそ考え事の途中で話しかけちまってすまねぇだ。
 だけんど、具合が悪くなったら言ってくんろ?」
「あぁ、有り難う。」

二言三言、会話を交わした後、娘は「そんじゃ」と小さくお辞儀をし、
パタパタと店の奥に早足で行く。
そんな茶屋の娘の後ろ姿を見送って、龍斗はもう一度息を吐いた。

・・・まぁ、どうにでもなるか。
楽しい展開になれば、それで良いし♪

そんな考えを、頭に巡らせながら。





一通り、内藤新宿やらなんやらと歩き回って時刻はすでに夕刻。
沈む夕日に茜色の空、雲も夕日を受けて淡く色づいている。
カァカァと山で泣くカラスの声に耳を傾け、自然と時は流れていく。
穏やかに、ただ穏やかに。
民家では母親が夕飯の準備を始めるだろう。
遊んでいる子供達も家に帰ってくる頃だろう。
仕事に出ていた父親も帰ってくる頃だろう。
ただただ、夕暮れ時という時間が、穏やかに過ぎていく。

何も知らぬままに。

うわさ話や怪談だけで知っているその話。

だが、知っているのはそれだけ。

その他は、何も知らない。

見たら畏怖するであろう、恐怖するであろう。

だが、見た事のない者は、お伽草紙の中のモノと思う。

夜が来れば、現れる者。

人ならざるモノ・・・・・・名を、鬼。

夕暮れ時が過ぎて、日が沈めば現れる。

人は知らない、ただ畏怖するだけ。

鬼が、何を思うなどと言うことは、何も知らない。

そして、鬼の一人が、町にいることも・・・・知るよしはない。



「闇夜にまぎれ喰らえども、我が腹は満たぬ。
 あの憎き武者めが、我が腹を切り裂いたときより満たぬ。
 喰ろうども、喰ろうども、腹より血肉がこぼれ落ちて満たぬ。
 あぁ、憎らしや。あれは昔に死に絶えども、血筋は残っているだろう。
 あぁ、憎らしや。血筋を途絶えさせてやろう。
 あぁ、憎らしや、憎らしや。我が恨み、はらさでおくべきか・・・・・。
 ・・・・なーんてね。」

すでに日も落ち、辺りが暗がりに包まれ始めた頃。
龍斗は今日中に龍閃組と接触する、と言う予定を変更して宿を取ろうと歩いていた。
口ずさむのは、昔に聞いた鬼の話。
山奥に住む人喰らいの悪鬼が、武者に倒された後に再び復活し、怨念の言葉を吐いて
その血筋を次々と喰い殺していくという残酷な昔話。
鬼、と言う点に自分との繋がりを思うのか、最後に小さく自嘲の笑みを漏らす。
鬼なれど、人の身たるこの姿。
しかし、自分もまた鬼を名乗る者。
自分はこの鬼のようにいつかなるのだろうか?
そんな事を、小さく頭の隅で考えながら。

「予定は狂ったけど・・・まぁ良いか。明日のんびりと行動を起こせばいいわけだし。」

クスリと、笑みを漏らしながら、龍斗は手頃な旅籠へと足を踏み入れた。




・・・・夢を見た。
昔の夢。小さい頃の夢。
それはまるでお伽草紙のような。
本をめくるのは自分。
登場人物は、幼い自分と育ての親。
場所は、前に住んでいた山奥。

『龍斗、今日からお前に武術を教える。』
『ぶじゅつ?』
『そうだ。きっとお前の役に立つ。お前が成長した時にきっと役に立つ。
 大きくなったら江戸に行くと良い。お前を必要とする者達がいるはずだ。
 お前もまた、その者達を必要とするだろう。
 その時、この武術はきっと役に立つ。』
『ふぅん・・・。そのぶじゅつって、強いの?』
『あぁ強い。この武術は陽の技と陰の技があってな、俺がお前に教えるのは陽の技だ。
 陰の技は・・・、お前が江戸に行くならば、そこでそれを見ることも出来よう。』
『む〜、よくわかんないけど、とにかく、その陽の技ってのをやるんだね?』
『あぁ。辛い修行になるが、頑張れるな?』
『うん!俺、頑張る!』




・・・物語から覚めて、瞼を開ければ、見えるのは見慣れない天井。
少し古ぼけてしみのある、旅籠の天井から目をそらし、布団から身を起こす。
ふと、自分の頬が自然に緩んでいる事に気づいた。

「・・・雷父さん、元気かなぁ?」

思うのは、遠くにいる己を育ててくれた人のこと。
自分の子のように、優しく、厳しく育ててくれたその人。
暖かなその人を思うだけで、頬が緩む。

「これが、家族に対する感情、ってやつなのかな。」

少し自嘲気味な笑みを浮かべていた。
自分の本当の親は、自分が生まれてすぐに両親とも他界しているから。
母は自分を生んで。父は生まれて一年後に病死・・・らしい。
顔も覚えていない親のことは、育ての親に聞いたことくらいしか知らない。
なんでも父親の親友だったらしい自分の育ての親は、よく父と母の話を聞かせてくれた。
懐かしむように、いつも笑って話してくれた。

「・・・なんだか目、覚めちゃったな。」

ゴシッ、と目をこすり身を完全に起こして窓を覗く。
軽い木の音を立てて開けた窓からは、夜独特の風が吹いてくる。
旅籠について特にすることもなく、すぐに床についたので一睡して起きた今の時間は
まだ旅人が徘徊する時間帯。
外を除けば、まだ店の明かりも煌々としている。
きっと吉原の方などまだまだこれから、と言った感じであろう。

「目ぇ覚めちゃったし・・・。ちょっと散歩にでも行くか。」





何処に行くわけでもなく、ただ散歩をしているだけ。
吉原の方に行ってみようとも思ったが特に興味はない。
ただ、夜の内藤新宿を見て回るだけだった。

「むー・・、どうするかなぁ?」

中途半端に目覚めたせいか、眠気は一向に襲っては来ない。
寝た時間も寝た時間なのだが、起きた時間も起きた時間。
すっかり起きてしまった体を夜道へと引っ張り出し、散歩はまだまだ続く。

「酒でも飲んで来るかな。」

そう思い立ったら行動ははやい。
どこか酒の飲めそうなところを探し、店にはいるとすぐに酒を注文した。
運ばれてきたそれを口に含み、少し上機嫌になっていると、
ふと、少し離れた席に座っている男達の会話が耳に入った。


「なぁなぁ、知ってるか?」
「あぁ?何をだ?」
「ほら、幽霊が出るって言う古寺の話だよ。」
「知ってる知ってる。人魂とかが見れるってヤツだろ?」
「そうなんだけどよ、何でも鬼まで出たらしいぞ。」
「へぇ〜、あの古寺になぁ。」
「それによ、白い服の女の幽霊までいるって話だぜ。」
「そいつは知らなかった。でもまぁ、最近は変なもんが多いなぁ。」
「そうだな。ま、お互い気をつけようぜ?」
「ははっ、そうだな。鬼にとって喰われないようにしねぇとなぁ?」


顔を赤らめた、酒に酔った男達の会話。
会話を聞いて、クスッ、と小さく笑みが漏れる。

鬼、ね?大方、下忍の誰かだろうなぁ・・・。

と、そこである事が頭をよぎった。
それは、町に降りたまま帰ってこなかった下忍の事。
ここである考えを思いつく。

下忍が帰ってこなかった理由が、そこに行けばわかるかもしれない、と言う考え。

「なぁ、ちょっと良いか?」

龍斗は先ほどまで古寺の話をしていた男達に声をかけた。





店を出て向かうのは男達から聞いた場所。
それは、鬼が出たという古寺。

「行けば、なんかわかるかな。」

下忍達は決して弱くはない。
むしろ、そこら辺にいる武士達より強いだろう。
なのに帰ってこなかった。
それはつまり、そこら辺にいる武士達より強い存在に任務を邪魔された可能性が
高いと言うこと。
その条件に当てはまるのは・・・・龍閃組。

「会えるか会えないか・・・、五分五分って所かな?」

龍斗にはある確信があった。
これから、楽しいことに会えるという確信が。
龍閃組に会える・・・と言う確信ではないが、楽しいことに出会えるという確信。
龍斗は己が楽しいと思える事については敏感だ。
だから、これから何かが起こると言う確信はあった。
何かが・・・、自分が楽しめることが起こるという、その確信が。



「ぎ、ぎゃーっ!!」

聞こえてきたのは男の叫び声。
まるで恐怖の対象をその目でとらえてしまったような、その声が響き渡った。
聞こえてきた声の大きさからして、場所は近い。
聞こえてきたそれに、直感と言うべきモノが体を走る。

「行くか。」

この叫び声が始まり。
きっとそうだろう。
自分の、楽しいことの始まり。
・・・さぁ、楽しもう?





「ひいぃぃッ!お、お助けぇッ!」

情けない声を上げて地を這い蹲る男。
男は、幕府で少し位の高い役職に就く者のお付きの者であった。
・・・「であった」なのだ。
過去形。即ち、すでに違うと言うこと。
それを証明しているのは血の海に無惨にも転がる男の躯。
それが、今這い蹲って助けを懇願する男の付いていた者であった。

「幕府の狗めが。」

男を見下ろすのは鬼の面を着けた忍び装束を纏う男。
片手には血に塗れた一降りの刀・・・・。
その後ろには、同じような格好をした男達が三人ほど立っていた。

「ひいッ・・・・・!!」

振り下ろされる刃。
それが体を切り裂くのならば、新たな血の海がもう一つ出来上がるだろう。
ゴトリと、鼓動を止めた体が転がるだろう。
その光景が容易に想像できるこの時。
・・・だが、その光景はいつまで経っても訪れはしなかった。


キィン────ッ!


鉄と鉄が合わさることによって生み出されたその音。
男へと振り下ろされようとしていた刃は、もう一つの刃によって防がれていた。

「むぅっ!?」

急な刀同士の合わせによって生じた手の痺れをもう片方の手で押さえ、
鬼面の男は後ろへ飛び退く。
鬼面の男は、自らの刃を止めた刃を持つ者を睨みつける。
止めた刃を持つ者・・・、片手にその刀を持ち不敵に笑うその男。
男の横には大柄な僧。その後ろには長髪の少女と活発そうな少女の姿。
この者達・・・その名を龍閃組と言う。

「へへっ・・・、懲りずにまた来たのか?鬼道衆。」

不敵に笑う剣士は、鬼面の男を見て、そう言い放つ。
鬼道衆・・・鬼面をかぶる者達の総称。
それは、江戸を騒がす鬼達。



そこに、もう一人「鬼」が走り来た。
しかしそれは、鬼面など被ってはおらず、その姿は普通の青年。
鬼面の者達は、その姿を見て少しだけ動揺する。
龍閃組は、誰が来たのかとその方向を見る。
そこに来たのは・・・・

「・・・なにやってんの?」

緋勇龍斗。
鬼ながら龍の中へと入り込む命を受けた者である。





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