黄龍双天
小説版の主人公達を目立たせてみました。
俺流のバトル魔人です。
カッ! 神楽の体に巻きつく金色の鱗をもった龍の口から放たれた光が地面を抉り、大気を震わせる。あやうくその光に巻き込まれそうになった俺と龍弥は緋勇の側に飛び退っていた。 「大丈夫ー? 龍紀くんに龍弥くんー?」 「なんで、あんたはそう気楽そうなんだよッ! それより、美里センセーは大丈夫なのかッ!」 「大丈夫大丈夫。ちょっとまいってるけど、すぐ気がつくよ」 龍麻の腕の中には、苦しげに呻く美里がいた。気を失っているらしく、俺と緋勇の声に反応しない。 キュンッ! 「ゲッ!?」 金色の龍が放つ光が、無数の細い筋になって降り注ぎ、地面を穿つ。 「螺旋掌!」 緋勇の放った《氣》が、四人を囲むように渦巻き、光の筋を弾く。弾いた光の筋のいくつかが、神楽の体を掠めたが、神楽は微塵も動揺せず、あまりに似つかわしくない鋭い殺気を纏って、ゆっくりと俺たちに近づいてくる。 「たく・・・・、なんでこうなるかなァ?」 緋勇の洩らした言葉は、俺の心情でもあった。
2005年1月16日(土)―――放課後。 『あッ・・・・』 「おや?」 下校しようと、玄関に向かっていた俺と龍弥、神楽が階段を上がってきた男と鉢合わせする。見れば、見覚えのある人物だ。 「また、あんたか?」 「やあ、あべこべ双子に剣道少女ちゃん」 皮肉が込めた俺の言葉に反応せず、現われた青年はそう言った。 「変な肩書きをつけるなッ」 「最近、よくこられますね、緋勇さん」 想わず跳びかかりそうになってしまった俺を抑えながら、龍弥が現われた男の名を呼んだ。 「関係者以外は基本的に立ち入り禁止なんだぞ」 「龍紀、龍麻さんはここのOBなんだから。それになんか失礼だぞ、あんた」 「うるせェな・・・・・」 俺は、緋勇が苦手だった。よく真神に現われるし、なんの仕事についてるのか知らないが、登校・下校中でも、たまに会うことがある。そのたびに、能天気とも、底が知れないともとれるこの男の行動や言動に振りまわされていた。 初めて会ったときもそうだ。いきなり呼びとめて、真神のOBだ。だから、道案内をたのまれてくれ、などと言って自分たちを強引に引きつれてった。 「龍麻さん、今日はどうしたんですか?」 「ああ、ちょっと葵と犬神先生に聞きたいことがあってね」 「犬神に?」 「あれ? 龍紀くんも犬神先生が苦手か?」 嫌そーな顔をした俺の様子に、緋勇が笑う。 「ますます似てるなァ」 「なんだァ? 誰に似てるって?」 たくッ、真神に転入してから同じようなことを言うやつが多すぎるぞ。 「気にするな。じゃ、またねー」 軽い足取で緋勇が遠ざかっていく。 「・・・・なんなんだ?」 「さあ・・・・。それに美里先生だけじゃなく、犬神先生にも用があるって言ってたね。何かあったのかな?」 「龍紀はあの二人が苦手だからね・・・・。二人で龍紀を追い詰めるような計画でも立ててるんじゃないの?」 「なんで俺が犬神と美里センセの男に追い詰められなきゃいけねェんだよッ!」 「んでも、おもしろそうだねェ」 叫んでる後ろから、そんな言葉をかけられ、俺は飛び退る。職員室に向かったはずの緋勇が、いつの間にか龍紀の背後に立っていた。 「ぜ、全然、気配を感じなかったぞ、オイ」 「気配消して忍び寄ったからね。ま、意味はないけど。それより神楽ちゃん」 「・・・・ちゃん付けで呼ぶのはやめてくださいよ、龍麻さん」 「じゃあ、俺のこと、龍麻って呼び捨ててくれる?」 「いや、それもちょっと・・・・・」 「じゃあ、神楽ちゃんだ」 「年下なんだから神楽とか桧神でいいですってば」 「俺は知り合いになった年下の女の子は「ちゃん」付けで言うことにしてんだ。俺のこと呼び捨てにしてくれるなら考えてもいいよ」 「・・・・・ちゃん付けでいいです」 「それは良かった。俺も葵以外は呼び捨てで呼ぶつもりはないから」 「じゃあ、今までの会話はなんだったんですかッ?」 「ノリ」 「それより、あんたは何をしに戻ってきたんだよ?」 二人の、というより龍麻一人の意味のない会話に疲れた俺が聞いた。 「ああ、そうだ。ちょっと気になることがあってね。神楽ちゃん」 「はい?―――うぇえッ!」 いきなり神楽の両頬に両手を添えた緋勇が、数センチの距離で神楽の目を覗き込んだ。 「お、おいッ!」 「た、龍麻さんッ!」 これには、妙な声で叫んでしまった神楽だけでなく、俺と龍弥も慌ててしまった。 「俺の目を見返して・・・・」 「えッ・・・・」 「呼吸を整えて」 「・・・・・・・」 緋勇の声に含まれる、拒否を許さない気配に、徐々に驚きが消えていった。 「・・・・・・はい、ありがと。よく分かったよ」 「・・・・え?」 妙な行動を開始したときと同様に、唐突に神楽から離れ、背を向ける。 「またねー」 『・・・・・・・・・・・・・・』 そしてそのまま3人から離れていった。後には取り残された感じの3人と、何が起こってたのか分からない他の学生たち。 「・・・・・・わかんねェ」 「そうだねえ・・・・」 「うおあッ!」 ますます、緋勇という人間がわからなくなった俺は想わず呟いた俺は、緋勇のとき同様、いきなり前置きも気配もなしに背後からかけられた声に、再び龍紀が飛び退る。今度は、俺の高校生活における鬼門といえる人物だった。 「狐森・・・・・」 狐森かごめ。真神学園オカルト研究会の部長で、俺がこの学校で一番近寄り難い生徒だ。むしろ近づきたくねェ。 「あの緋勇という男、全く底がしれないねえ」 心底おもしろい、という笑みを浮かべ、そう呟いた。 「こ、狐森さんは、緋勇さんに興味があるの?」 「興味? そうさねえ。美里先生の男で、犬神先生にも一目おかれてる」 「犬神に? あの天上天下男にか?」 「龍紀・・・あんたねェ」 「気づかないかい? 犬神先生は彼と会うと、かならず最初に小さな緊張を見せるんだよ」 『・・・・・・』 俺と龍弥も、緋勇と犬神があっているのを何度か見たことはある。だが、二人ともいつもと変わらぬ様子にしか見えなかった。 まあ、いまさらこの真神の人外魔境が、どんなことを言おうと不思議じゃないが。 「それに、『先輩』とも繋がりがあるらしいしねえ・・・・。只者じゃないことはたしかさ」 「俺には普通のにーちゃんに見えッけどな」 「ホントにそうかい? 風祭ちゃん」 「・・・・・・」 狐森の言葉に、俺は黙りこくってしまう。 「言葉に出来なくても、そういったものを感じているんじゃないのかい? 緋勇龍麻という男に」 「・・・・・あのさ、狐森さん。私も龍麻さんにはいろんな意味で興味があるけど、今日、急いでるんだ。その話、また今度じゃ駄目?」 「それは残念だねえ。まあ、いいさ」 そう言うと、さっさとその場を去っていく狐森。 「・・・・・・行こうか」 「そうだな・・・・」 一気に疲れたような顔で俺と龍紀が顔を見合わせる。 「そうそう。今日は、わたしに付き合ってもらうんだから。早くいかないと、あの店、すぐ閉まるんだよ」 「へいへい・・・・」 無駄に元気な・・・、などと思いながら、先んじて歩き出す俺。龍弥はその兄の様子に、どんなことを考えてるのがわかってしまい、苦笑したようだ。 「それにしても・・・・、狐森さんじゃないけど、龍麻さんって、不思議な人よね」 「あ? お前もかよ?」 「だって、なんか雰囲気がさ・・・・。ムチャクチャ温和で平凡そうなのに、ときどきフッと位が上がるっていうか、気配が違うっていうか・・・・。なんかうまくいえないけど、そんな感じしない?」 「僕もなんか他の人とは違う気がするけど・・・・」 「・・・・・・・」 歩きながら、緋勇の話題で盛り上がる二人を見ていると、なにか落ち着かない。あの《事件》が終焉を迎えるまでに会った、幾人かの男女。紫暮、壬生、藤咲・・・・。それらの人物が、時々、あの緋勇龍麻という男に重なるところがある。まるで、それぞれが緋勇の中にいるかのように。 よくわからない男。 それが、一番簡潔に緋勇を表せる言葉だった。
神楽の用事を終え、俺たちは帰路についていた。荷物持ちになっていた俺が一番後ろで色々呟いていると、神楽が勢いよく振り向いた。 「なによ、龍紀。龍弥くんは文句ひとつ言わずに持ってくれてるわよ」 「俺と持ってる荷物の量がちがうだろォが!」 龍弥は両手に紙袋を持ってるだけだが、俺は、いくつもの紙袋や箱をなんとか持っているという状態だった。 「あー、なんだって俺は、荷物持ちなんて頼まれちまったんだろうな」 「あんたはブツブツ文句ばっかりね」 「こいつはてめェが引き受けた剣道部の買物だろうがッ! なんで俺達が巻き込まれてるんだよッ!」 「たまたまあんたがそこにいたからで、龍弥くんは、兄のことを想って手伝ってくれてるからよ!」 「まっとうな理由に聞こえねェよ!」 「やめなよ、兄さん・・・、それに桧神さんも・・・・。ほら、もう着くよ」 俺たちは真神学園の正門を抜け、剣道部へと向かう。 「・・・・・龍麻さん、まだいるのかな?」 神楽が剣道場の入り口の鍵を開けているのを見ながら、龍弥が呟く。 「なんだ? お前、あいつに用でもあるのか?」 「ううん・・・・たいしたことじゃないんだけどね・・・・・」 カチャッ! 乾いた音が響き、二人が物音がした方に顔を向ける。 「神楽ッ!」 「桧神さんッ!」 半分開いたドアの前で、神楽がうずくまっている。苦しげに頭を抱えていた。 「おい、どうしたッ!」 俺は、地面に倒れかかった神楽を支える。龍弥も俺のよこで神楽の腕を取り、地面に倒れるのを防いでいた。 「な、なんだか頭がボーとして・・・・・・」 ボウッ・・・。 『・・・・・・!?』 俺と龍弥が一瞬わずかに身を引いた。一瞬、神楽と重なって《男》が見えた。 錯覚かと思ったが、龍弥も同じものを見た事に気付く。錯覚の類ではないようだ。 「お、おい、神楽・・・・・・」 ゾワッ! 総毛立つほどの悪寒が俺の背筋を駆け上った。強烈な《氣》が神楽の体から放出されていた。 だが、俺が恐怖を感じたのは、その巨大さではなく、その《氣》が以前に感じたことのあるものだったからだ。 真神に転入してきたもう一組の双子。外法という人外の術を持って己の悲願を果たそうとした《母》である姉と、その《息子》である弟。 この二人が起こした事件の結末に待っていた、神楽の《宿星》。 終わったはずの、だが、今目の前で起ころうとしている、神楽の《器》としての《宿星》。 「に、兄さん・・・・、なんで・・・・」 「わからねェ・・・・・、おい、神楽ッ!」 神楽は困惑する俺たちの間を抜け、離れていく。 「神楽、待てって―――」 バヂィッ! 自分等の声を聞こえてるふうのない神楽の腕をつかんだ瞬間、電流を流されたような痺れとともに俺の腕が弾かれた。神楽はその様子に気付 いたふうもなく、ただ前を向き歩きつづける。腕を払ったわけではなく、何らかの《力》が、俺の手を撥ね退けたのだ。 スゥ・・・・ 神楽の体が地面から離れ、数センチ宙に浮いた。そのまま地面を滑るように剣道場から離れていく。 「兄さん、あっちには・・・・」 「確か・・・、石碑があったはずだ」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ! 俺たちが神楽を追おうとした途端、大地が大きく揺れた。 「じ、地震ッ!?」 「・・・・ますますもって、あの時とおなじじゃねェか・・・・・アッ!」 地震に気をとられている間に、神楽の姿を見失っていた。 「チッ!」 「おーい」 大地の鳴動が収まり、神楽の向かったと思われる方に向かおうとした途端、背後からのん気な声がかけられた。 「あ、あんた・・・・」 「や」 現われた人物は短く声をかけ、手を軽くあげる。 「ひ、緋勇さん・・・・」 これ以上ないくらいの緊急事態が起こっていると思われるときに、あれほど大きな地震があった後、それでもまるで平常どおりの様子で現われた 緋勇に、俺と龍弥は数瞬ポカンとしてしまった。 「どしたの? もう帰ったと思ったけど・・・・。まさか、神楽ちゃんも一緒だったとかいわないよね?」 この男には珍しい、不安そうな表情に再びポカンとしたが、今度はすぐに立ち直った。 「そうだッ、こんなとこでこんなやつとのん気に話してる場合じゃねェ!」 「そ、そうだねッ、早く桧神さんを追わないと!」 俺立ちはその場を駆けだし、石碑がある場所へと向かった。
「龍麻、いきなり飛び出して・・・・何かあったの?」 「・・・・・ちょっと予定が狂った。すぐに行かないといけなくなったよ」
真神学園―――石碑前。 『・・・・・・・・・・』 龍弥が絶句している。俺もだ。 5年前に取り壊されたという旧校舎の跡にたてられた石碑が真っ二つに割れ、その下から現われた穴から瘴気のようなものが溢れ出していた。 「・・・・・なんだこれ?」 「さあ・・・・。なんとなく魔界への入り口って感じがしないでもないけど・・・・」 「まあ、そうとも言えるな」 冗談交じりの龍弥の言葉に返答を返したのは、すぐ背後まで追ってきていた緋勇だった。 「緋勇さん・・・・」 「それに、美里センセー・・・・」 緋勇の後ろには、美里センセーが立っている。その表情は不安とか戸惑いとかをいっしょくたにしたようなものだった。 「神楽ちゃんは、ここに入っちゃったらしいね。急がなきゃいけないな・・・・。ほら、行くよ、二人とも」 「え・・・」 「お、おい・・・・」 わけのわからないまま龍麻に押されていく俺と龍紀。非常時ではあるが、その様子に、美里が小さく笑みを洩らした。
龍麻を先頭に、何十年も前に作られたと思われる階段を降りると、広い空洞に出た。 『・・・・・・・・・』 「驚いた? 自分たちの学校の地下にこんな場所があるなんてって」 「え、ええ・・・・、緋勇さんはここのことを知ってたんですか?」 「まあね、俺が現役のころは、よく来たから」 「よく来たって・・・・、どういうことなんだッ!?」 そろそろこの理解不能の状況にガマンできなくなってきた俺が、緋勇に詰めよって説明を求める。 「・・・ま、上に戻ったときに教えるよ。今は、神楽ちゃんを追わなきゃ」 そう言って、緋勇が歩調を速める。一瞬、不機嫌そうな顔をしてしまったが、神楽を追うことに異存もなにもないので、気を切り替えてその後を追った。俺たちは、緋勇の先導で地下五階ほどまで来た。 「・・・・・なあ、龍麻さんよ」 「なに? 龍紀くん」 「ここ、どこまで続いてんだ?」 「さあね。数百階か・・・・数千階か・・・・、もしかしたら底無しかもしれない」 「私たちの同級生だった女の子の話だと、ここは特殊な空間になってるらしいの」 「特殊な空間?」 コンコンッ。 「なあ・・・、さっきから何やってんだ?」 壁に沿って歩き、岩肌を叩いている緋勇に、俺が問うた。この階に来てから、この男はずっとこの行為を続けている。 「ん・・・・、ちょっとね・・・」 コォーンッ・・・。 壁を叩く音が、いきなり変わる。緋勇はその箇所に右手を添えた。 「―――破ァッ!」 地面を砕かんばかりの踏み込み。その衝撃とともに《氣》が螺旋を描いて緋勇の体内を駆け昇り、右の掌に収束され、放出する。 空間内を震わせる轟音とともに、壁の一部が砕け散り、その向こう側に通路が現われた。 「い、今の・・・・発剄か・・・・?」 「しかも、岩の壁を粉々・・・・。僕たちより数段強い剄だよ、兄さん」 「あ、ああ、そうだな・・・(なんだッ? なんなんだッ!? 前から正体のつかめねェやつだとは思ってたが、益々もって訳がわからねェッ!?)」 理解不能状態がさらに悪化しはじめた俺たちをよそに、緋勇は通路へと足を踏み入れる。 「ここは、すぐに入り口が塞がれるからな・・・・、なにしてんの?」 「二人とも、あなたの《力》を初めて見たからおどろいてるのよ」 なにをやっても当たり前のことのように振舞う緋勇に少し呆れながら、説明する美里。まだ唖然とした状況から抜け出せていない俺たちの姿を見、美里が龍麻に耳打ちする。 (やっぱり、龍紀くんたちには外で待っててもらったほうがいいわ。彼等が強いのは分かるけど、私は先生で、彼等は私の生徒なの。危険なことに巻き込むのは・・・・・) (マリア先生みたいだな、葵) (茶化さないでッ) (葵が誰かに連れ去られたり、九角のところに行ったりしたとき、俺はどうした? 葵が一番知ってるだろ?) (・・・・・・・・・) (あの二人も一緒だよ。龍紀くんも、龍弥くんも、神楽ちゃんのことが大切だ。この状況で彼等に、『外で待ってろ』なんて言っても、無駄無駄) (それは・・・・・そうかもしれないけど) 「おーい、二人とも、さっさと行かないと神楽ちゃんに追いつけないよ」 「え・・・」 「桧神さん・・・・こっちに行ったんですか?」 「ああ、そう離れてない。走りゃあすぐに追いつけそうだ」
緩急のある坂になってる通路を抜けると、三人は再び広い空洞に出た。さきほどまでのところとほとんど同じようなもので、地下だというのに壁が淡く発行していて光源になっている。 「一体なんなんだ、ここは?」 「こんな造りになってて、地盤とかは大丈夫なのかな?」 「お二人さん、お客さんが来たよ」 『客?』 グルルル・・・。 獣の唸り声のようなものを聞き、俺と龍弥が振り向くと、信じられないものが視界にいた。 ごつごつとした岩のような肌。体の2倍くらい広そうな翼。人の5、6倍くらいの重量がありそうな体躯。それを支える太い後ろ足。人の頭を人かじり出来そうな大きく、そして鋭い牙が並ぶ口。 《竜》。それが俺たちの目の前にいた。 「な、な、な・・・・」 シュウー! ゴアアアッ! いつのまにか、《竜》たちに囲まれている。赤い肌のものが三体、青い肌をしたものが二体。 「へェ〜・・・、こんな浅い階にこいつらがいるとはね・・・・・」 いい加減、こいつののん気さには呆れを通り越して、怒りすら覚えてきたが、今はそんなこと言ってる場合じゃねェ。 「お、おい・・・・」 「緋勇さん・・・・、こ、これ・・・」 「見ての通り、《竜》だよ。正確には、大いなる《龍》の影だけどね」 ゴルルルッ! 一番近くにいた《竜》が、緋勇の頭めがけて、口を大きく開けた頭部を振り下ろす。 「―――五月蝿い」 俺は自分の目を疑った。横を見ると、龍弥もおそらく俺と同じだろう表情を浮かべ、愕然としている。 緋勇は無造作に伸ばした手で《竜》の頭を掴み、そのまま地面に叩きつけた。堅い地面に《竜》の頭が完全にめり込む。 数倍の体重差がある、しかも人じゃないものをいとも容易く叩き伏せていた。 「・・・・ここの最下層には《龍脈》の終点、龍穴がある」 『!?』 愕然としている俺たちに向かって発した緋勇の言葉に、俺と龍弥はハッとして息を呑んだ。脳裏に、真神にいたもう一組の双子の姉弟の顔が走り抜ける。 「数ヶ月前、この地を通る《龍脈》が、ごく短期的に活性化した・・・・。まるで誰かが強制的に《龍脈》を起こし、そして誰かがそれを鎮めたみたいに」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 俺と龍紀が黙り込む。こいつ、なんでそれを知ってるんだッ? あのことは、俺と龍紀、そして九桐しかしらないはずだ。美里センセーにも詳しいことは話してないぞ。 詳しい説明を求めなかった美里センセーの様子に、怪訝な思いはしていたけど・・・・。 グルルウッ! シャギャアアッ! 《竜》たちが囲いを徐々に狭め始める。 「・・・・五月蝿いっての」 緋勇の気配が変わった。まるで周囲の空気が一気に下がったかのような悪寒が走る。 それを感じたのは俺だけではないらしく、《竜》たちも先程までとは違う、怯えた鳴き声で後ろに下がっていく。 「行こう」 緋勇が走り出す。遠巻きにこちらを見ている《竜》たちを一瞥し、俺たちもその後を追った。 「《龍脈》の急激で短期的な活性化。それがいろんなところに《歪み》を生み出した」 「歪み・・・・、なんだそりゃ?」 「超自然的現象。幽霊とか光る物体とか・・・・、まあ、オカルトなことが多少起こりやすくなってたのさ。大抵は、すぐに収まった。一部を残してね」 「一部って・・・なんですか?」 「いろいろある。んでも、その中で最悪なのは、残留思念の具現化さ」 「残留思念の・・・」 「・・・・具現化?」 「人の強烈な《念》は、ときに空中に投影され、まるで幽霊のように残るときがある。それが残留思念なんだけど、普通はただの思念の塊であって、なんの害もないんだ。だけど《龍脈》の影響を受け、これらがまるで実体を持っているかのように、この世に干渉するようになってきた」 ザザッ! 俺たちはさらに地下に降り、ふたたび開けた場所に出たとき、一斉に足を止めた。 「神楽ッ!」 「桧神さんッ!」 空洞のほぼ中央に、神楽の姿を認め、俺と龍弥が同時にその名を呼んだ。 「・・・・・・・」 宙に浮かんだままの神楽がゆっくりと体ごと、俺たちの方を見た。いつもの明るい笑みはなく、ただ無表情に四人を見つめる瞳がそこにある。 しかし、次の瞬間その瞳は僅かに、だが確実に変わった。憤怒、憎悪、そういったものが含まれる切るような殺気。 「雫馬は、もういねェのになんで・・・・・」 神楽の纏う《氣》が目に見えるほど強くなり、金色の輝きを放つ。 「まだいるんだよ・・・。正確には、いたんだ、って過去形になるハズなんだけどね。大いなる大地の《氣》の流れを我が物とし、自分の野望を果たそうとするやつがね・・・・。そして、《龍脈》の《力》に惹かれ、この地で漂っていた《奴》は、絶好の《器》が近づいていたのに気付いた」 「まさか・・・・」 「桧神さんッ!?」 「そう。彼女の《器》としての《宿星》を感じ取り、それまでに取り込んだ諸々の《念》とともに、彼女にとり憑いたんだろうね」 金色の《氣》が螺旋を描くように神楽にまとわり憑き、そして一つの形をとった。 『―――《黄龍》』 |