■龍之刻(1)
「―――それじゃ今日はここまで。来週の水曜に試験をするから、ちゃんと復讐しておくように」 男教師の言葉に、クラス中から小さなブーイングが漏れる。 その後、型通りの挨拶がすみ、教師が出ていくと試験のことや次の授業のことで教室がざわめき立つ。 「・・・・・ん?」 そろそろ生物室へと行こうと、机の中から教科書を取り出していた龍麻は、クラスメートの男子の声に顔をあげた。視線を追ってみると、教室の入り口にもたれかかるようにして、教室内に目を向けている男子生徒が立っていた。 (誰だろ?) 「おい、あの入り口のところにいるの、A組に来た転校生じゃねェか?」 「そういえば・・・。確か莎草とかいう奴だぜ」 (ああ、転校生。どうりで見覚えがないわけだ) 「何、ウチのクラス覗いてんだ? キョロキョロして、誰か捜してんのか?」 「何か、ウチの女共の事見てるぜ・・・。何だ、あいつ・・・」 「お、女たちが気がついたぜ―――」 莎草の視線に気付いた女生徒たちがザワめきはじめた。そのうち、女生徒の一人が、ヅカヅカとした足取りで莎草に向かっていく。 「・・・・・・」 「ちょっとッ、あんた―――、何かウチのクラスに用?」 「・・・・・・」 けっこうな剣幕の女生徒の言葉に、莎草は何も答えず、その双眸を向けている。 「何じーっと、見てんのよッ」 「・・・・・・・」 「あたしたちの事、いやらしい瞳で見て―――」 「ちょッ、ちょっと、止めなよ―――」 何も答えず、どこかしらニヤけた笑みを浮かべる莎草の態度にヒートアップしていく女生徒を、友人らしい娘が止めに入る。 「だって、こいつが・・・」 「・・・・・」 「気持ち悪い奴・・・」 「・・・・・くくくッ」 くぐもった笑みを漏らし、莎草は教室を後にする。莎草の笑いと表情を受けた女生徒や、周りの生徒達は、背筋に寒いものが走っていた。嫌悪感を与える笑み。 「・・・なッ、何よ、あいつ・・・・」 「・・・・・・」 莎草にくってかかった女子はそれを振りきるかのように、気丈に振舞うが、もう一人の女生徒の方は、なにかに怯えたような表情。 「いッ、行きましょ」 慌てた手つきで必要なものを揃えた女生徒が、友人とともに教室から出ていった。早足の音が遠ざかっていく。他の生徒たちも、心無しか、暗い顔になって、後を追うように生物室へと向かった。 「ヤな雰囲気をもった奴だねェ」 一人残っていた龍麻は、誰にともなく呟き、教科書等を手に下げて教室から出た。 ―――と、視界にえらく高く積み重ねられた書類が跳び込んできた。 ドンッ。 「あッ」 「っと」 ぶつかってきたのは、女生徒だった。視界を半分くらい遮ってしまうほどに箱や書類などの教材を抱えていて、フラつくのをなんとかバランスをとって安定させようとしている。努力むなしく筒状に丸められた書類や、上部にあった何冊かの本が落ちてしまった。 「ごめんね。大丈夫?」 「うん、軽くぶつかっただけだから」 本当は本の角かなんかでぶつけたらしい顎が少し痛んでいたが、とりあえず龍麻はそう答えた。 「良かった。荷物をもってて、前が見えなくて・・・・」 キーンコーン・・・ 「―――あッ」 チャイムを耳にして、女生徒が慌てる。 「あたし、もう行かなきゃ。これ、教室まで運ばなきゃならないの」 「・・・重そうだね。手伝おっか?」 「え・・・・」 面識のない男にいわれたのが警戒心を誘ったのか、それとも軽いナンパでもされてると思ったのか、少女が一瞬ポカンとし、そして僅かに眉をひそめた。 「いいわよ。ひとりで運べるから」 「これが?」 龍麻は、少女の腕の中の荷物を引き寄せた。束になった書類の重さがズシッと腕にかかる。 「あッ―――。ありがと・・・・」 「・・・・重いや」 わりとあっさり弱音を吐く龍麻の姿に、女生徒がプッと噴き出す。 「あははッ。本当はね、結構大変だったんだ。―――ッ、早く行かなきゃ。授業が始まっちゃう。じゃ、付いて来て―――」 「あいよ」 落ちた分を拾った女生徒について、龍麻も歩き出す。 「あたし、2−Aの青葉さとみ。ブルーの青に葉っぱの葉。平仮名のさとみ。あなたは?」 「2−Cの緋勇龍麻。緋色の緋に勇気の勇、龍に植物の麻で、龍麻」 「緋勇くんか。こうやって、知り合えたのも何かの縁かもしれないし、よろしくね」 「こちらこそ。可愛い娘と知り合えて、嬉しいよ」 あっさりと、こっ恥ずかしい台詞だ。 「あははッ。上手いんだから。その手には乗らないわよ」 「そりゃ残念」 「あはは。でも、不思議ね」 さとみが龍麻の顔を覗き込むように呟いた。 「何が?」 「あなたみたいな人が、C組にいたら、気付きそうなものだけど・・・」 長く垂れた前髪がほとんど隠しているが、垣間見る瞳が綺麗な、整った顔立ちをしているのがわかる。近くを通れば、一目をひくことだろう。 「俺、あんまり前に出ないタイプだからね。目立たなかったんじゃないかな」 「教材を運ぶようにいってくれた先生に感謝しなくちゃね・・・・」 どうやら、さとみの中でかなり好感度が上がっているらしい。 「あッ、ごめんね。あたしばっかり喋っちゃって。それじゃ、ここでいいわ」 教室の前につくと、さとみがちょい苦労しながら龍麻の手から荷物をとった。 「ありがと、手伝ってくれて」 「どういたしまして。また、なんかあったら手伝うよ。女の子を助けられるなら精神的に役得だ」 「あははッ、じゃ、またね―――きゃッ」 教室に入ろうとしたさとみが、中から出てきた生徒とぶつかり、よろめいた。バランスのくずれた教材がバサバサと廊下に散乱した。 「・・・・・・」 「・・・あ、さっきの」 出てきた生徒は、先ほど龍麻のクラスを覗いていた莎草という転校生だった。 「あッ―――荷物が」 慌てて拾うさとみの姿を一瞥すると、男はその場を後にしようとする。 「ちょ・・・」 「おいッ、ちょっと待てよ―――」 龍麻が何か言う前に、別の声が莎草を呼びとめた。 「ぶつかっといてあやまりもしないのかよ?」 「比嘉くん・・・・」 どーやら現われた男生徒とさとみは知り合いらしい。まあ、さとみが向かっていた教室から出来てきたのだから、クラスメイトだろうが。 「落ちた荷物ぐらい、拾ってやってもいいんじゃないか? え? 莎草―――」 「・・・・・」 (あ、またヤな雰囲気) とりあえず何やら一人蚊帳の外にいるような状態の龍麻が、莎草のまとう雰囲気に反応する。 「あッ、比嘉くん、あたしは、大丈夫だから―――」 「・・・・・・」 もう一度、さとみを一瞥すると、今度こそ莎草はその場を後にした。何一つ言葉も口にしないまま。 「あっ、おい―――。なんだ、あいつ・・・」 「・・・・・・」 「さとみ、大丈夫か?」 「うッ、うん」 「ほら、拾うの手伝ってやるよ」 さとみと同じようにしゃがんで、教材を拾い出す、比嘉。さとみは少し照れくさそうに礼を言う。 「ありがと、比嘉くん」 「―――ん?」 ようやく、自分たちと同じように教材を拾ってる男の存在に気付く比嘉。 「あッ、そうそう―――。紹介するわ。彼、C組の緋勇龍麻くん」 「緋勇・・・? そういえば、なんとなく、見覚えがあるなァ。俺は、さとみと同じA組の比嘉焚実―――。焚実でいいよ」 「よろしく」 一瞬、比嘉がポカンとする。子供のような、あまりにも無邪気な笑顔で答えられたため、龍麻が同年代の高校生であることを一瞬忘れてしまっていた。 (すげェ笑顔・・・) (狙って作れる表情じゃないわよねェ) 「?」 二人の様子に、龍麻が首を傾げる。 「緋勇は、何て呼ばれているんだ?」 「俺? たいてい、緋勇か龍麻だけど・・・・、愛称だったらひーちゃん、かな?」 「ひーちゃん―――ね(そっちも子供みてェだな)。あ、そうそう。さとみとは、幼馴染みって奴さ」 「まッ、いわば、腐れ縁ってやつね」 「はははッ」 笑みで憎まれ口を叩くさとみの言葉に、焚実が笑った。なんだか、苦笑も混じってる気がしたが。 (幼馴染み・・・、同じクラス・・・、これで恋人だったら、一昔前の恋愛ゲームだな) とりあえず、意味のないことを考える。 「そういや・・・・、さっきの奴・・・・莎草っていったっけかな?」 「さっきの奴も、うちのクラスなんだけどな。莎草 覚っていって、三ヶ月ぐらい前に転校してきた。東京都内に住んでいたらしいんだけど、今は、どこに住んでいるか、誰も知らないって話だ」 「友達もできないみたいだしね・・・・、ちょっと、心配だわ・・・」 「まァな」 「あの雰囲気じゃ、ちと難しそうだね」 あまり言葉を飾らない性格の龍麻の言葉で、二人の表情が沈む。二人とも同じことを感じていたからだ。 「・・・・・」 「・・・・はははッ、何か湿っぽくなっちゃったけど、緋勇っていったっけ? よろしくな」 「こちらこそ」 さわやかな笑みで言う比嘉に、それ以上のさわやかな笑みで返す龍麻。 「へへへッ・・・・おっと。さとみ、早くコレもっていかないと―――」 「そうね。緋勇くん、じゃあまたね」 「今度、どっかに遊びに行こうぜ。じゃあな」 「そだね、じゃ」 手を振ってから、龍麻がふと思い出す。 「・・・・ああ、俺、授業遅刻だ」 のんびりと呟いた。
■明日香学園正門前―――放課後■ 「―――じゃあねッ」 「バイバイッ」 「じゃあな、緋勇」 「あいよ、またな」 自分を追い越していくクラスメートたちに言葉を返しながら、玄関へと向かう。 「緋勇 龍麻―――」 玄関を抜け、正門に向かっていると、中年の男が声をかけてきた。 少しウェーブのかかる肩まで伸びた髪に、口を覆う髭。ないやら渋い雰囲気をまとう男だ。 「緋勇龍麻君―――だね?」 「ええ、そうですよ」 面識のない男だったが、龍麻は笑顔で頷く。一瞬、訝しげな表情をしたが、男はすぐに薄い笑みを浮かべた。 「ははは。私とは、初対面のはずなのに、ずいぶんと友好的なんだな、君は。だが、気に入ってもらえたようで光栄だよ」 気に入る気に入らない以前に、龍麻が大抵の人間にはこの笑みを向けることは知らないようだ。 「緋勇龍麻―――。明日香学園高校在学中」 (まあ、制服着て、OBだとか教師だとかだったら、イタいよな) とりようによっては怪しさ大爆発の男を前にして、今だに龍麻はのん気だ。だが、男の次の言葉が、一瞬、龍麻から笑みを消した。 「両親とは、幼い頃、死別。以来、伯父夫婦に引き取られ、ごく平凡な学園生活とごく平凡な日常生活を送り、今日に至る」 「・・・・」 「・・・・学業・スポーツに関する成績も平凡そのもの。交友関係も平凡―――。とりたてて、他の若者と違った点は、見受けられない」 「まあ、普通の学生ですしね」 言葉にケンが感じられない。初対面の名も知らぬ男に、まるで「面白くない人物」とでも言われているかのようなのに。 「それが、どうしました?」 「それが―――、昨日までの君だ」 「・・・・意味がわかりません」 頬を掻きながら、苦笑の混じった笑みで返す。その様子に男は小さく笑いを漏らす。 「・・・・私の名前は、鳴瀧 冬吾。君の―――、君の実の父親―――緋勇 弦麻の事で話がある」 今度こそ、龍麻の顔から笑みが消えた。笑みだけではなく、表情が完全に消え、意志を宿さぬ瞳が鳴瀧と名乗った男の双眸に向けられていた。
明日香公園―――夕刻 「この辺りで、いいだろう―――」 鳴瀧は、周囲に人影がないことを確かめてから、龍麻と向き合った。すでに龍麻はいつもののほほんとした雰囲気に戻ってる。 「突然、学校まで合いに行って、迷惑だったかもしれんが、どうしても、早く君に会う必要があってね。許してくれ―――」 「ああ、いいですよ。俺も興味があってついてきたわけですし」 「ありがとう。君の寛大な心に感謝するよ」 「ダメですよ、そういう言いまわし」 「?」 「人によっちゃ、まるで馬鹿にされてるように感じるかもしれませんからね」 のほほんとした顔のまま諭され、鳴瀧が苦笑する。 「以後、気をつけるよ。本題だが―――たぶん、君の記憶の中では私に会うのは初めてだろう。最後に会ったのは、君がまだ、言葉もしゃべれないくらい、幼い頃だったからね。失礼だが―――二・三質問をさせてくれ」 鳴瀧は、龍麻に出生の場所、誕生日や血液型などを聞いてきた。龍麻は、それに正直に答えている。 「やはり・・・、間違いはないようだな。その瞳とその雰囲気―――、君の両親である弦麻と迦代さんの面影がある・・・」 「はあ・・・」 どう答えればいいのか考えていると、鳴瀧は懐かしげな、そして少しだけ寂しげな瞳を龍麻に向けていた。 「ずいぶんと・・・大きくなったな」 「そですか? まあ、赤ん坊のころしか知らないじゃ、そりゃそうでしょうけどね」 「ふ・・・、面白い男だ、君は。・・・・ずっと、私は、敢えて、君とは関わりをもたなかった。何故だかわかるかね?」 鳴瀧の問に、龍麻は首を横に振る。 「・・・それが―――、弦麻の遺言だったからだ・・・」 そう呟き、鳴瀧が遠くを見ているような目をした。 「・・・・父は、鳴瀧さんの友人だったんですか?」 龍麻の声が、鳴瀧の意識を記憶から呼び戻す。 「・・・すまん。少し昔を思い出していた・・・・。君は、両親の事を何も知らないんだったな」 「ええ、何も。ウチの連中は何も教えてくれませんしね。俺も、話してくれるまで無理に聞こうとはおもってませんでしたし」 「どうしてだね? 君の両親のことだろう」 「だって、言わないってことは、言いたくないか、言えない事情があるかでしょ? ウチの家族は、そういうことになると絶対口を開きませんからね」 「・・・・私の口からは、何もいえないが、いずれ、知る事もあるだろう。いずれ・・・・。あァ―――だが、ひとつだけ教えておこう。昔―――、君が産まれるずっと前、君の父親と私は、表裏一体からなる古武道を習っていた」 「古武道? 父さんや沙希姉が使うやつかな?」 「沙希さんか・・・。そうだ、彼女等の使うものもそれだ。とても・・・、歴史が古いものでね。無手の技を極め、その継承者は、素手で岩をも砕いたという弦麻が表の―――陽の技を、私が裏の―――陰の技を習っていた。お互い、違う師についていたが、いわば、同門の徒だった訳だ。特に、緋勇家は、先祖代々、陽の技を伝承する家系でね。つまり、君の身体には、その血が連綿と流れている」 「へえ、ウチの父さんのやってるのって、そんなにスゴイもんだったんですか」 岩を砕くだの陰陽の技だの、怪しげな台詞に、龍麻はただ単純に感心して聞いていた。鳴瀧の肩が少し落ちたような気がする。龍麻の言動に拍子抜けしたのかもしれない。 「フッ・・・まァいい。・・・君は弦麻が何故―――、いや・・・」 「?」 言いかけてやめた鳴瀧の様子に、龍麻が首をかしげる。 「そういえば―――、最近、君の周りで奇妙な事はなかったか?」 「奇妙なこと?」 龍麻は記憶を探ってみたが、《奇妙な事》など思い浮かばなかった。少し奇妙な男なら、いたが。 「心当たりがないなら、それでもいい。私が君に会いに来たのは、忠告をするためだ」 鳴瀧の表情が、少し厳しいものになる。 「異変というものは、平穏な日常の中から、いつでも、現世の世界に、這い出てこようとしている・・・・。君が望むと望まないとにかかわりなく、それは、やってくる―――。そのことは、深い因縁―――因果によって定められている事だ」 「・・・・?」 「私のいっている意味は、まだ、わからないかもしれないが、覚えておくんだ。私の掴んだ情報が正しければ、ここ数日の内に、この町で《何か》が起こるだろう。私の方でも、それに対処するために動いているが・・・・。いずれにせよ、くれぐれも、気をぬかないことだ。ここ一・二ヶ月の間に、君に近づいてきた者にも注意するんだ」 「それは、俺がその《何か》に関わっているってことですか?」 「それは、わからん。関わるかもしれんし、すでに巻き込まれているかもしれない。まったく関わりのないまま、過ごせるかもしれない」 「・・・・ま、いいか。わかりました。気をつけます」 まるで、世間話で軽く注意されたかのように、あっさりとした返事を返す。 「うむ・・・」 鳴瀧が一枚のメモ容姿を龍麻に渡す。そこには簡単な地図がかいてあった。 「なにかあったら、ここを尋ねるといい。私の道場がある。仕事で、近い内に海外に旅立つが、しばらくは、そこに滞在している。また会おう」
翌日早朝―――明日香学園二階廊下。 「緋勇くん―――」 後ろからかけられた声に、龍麻が振り向くとさとみが駆け寄ってきていた。 「おはよッ」 「おはよ」 「昨日は荷物運ぶの手伝ってKる得て、ありがと」 「おやすいごようだよ」 「うんッ―――、ホントに助かったわ。あッ、そうだ」 さとみが拍手を一つ打つ。 「こうやって、今日も会えたんだし、良かったら友達への第一歩として、今日の放課後、比嘉くんも誘って、お茶でもしない?」 「お茶?」 「駅前に、おいしい紅茶のお店が―――っと・・・」 さとみがキョロキョロとあたりを見渡す。 「あぶないあぶない。(あまり、大声でいう事じゃないわね―――。うちの学校、放課後の寄り道は、禁止だから。放課後に、C組に迎えに行くから待ってて)」 「わかった。比嘉くんには、君からでいいね?」 「うん。あッ―――、もう、戻らないと。じゃ、また後でね。緋勇くん―――」 「うん、じゃあ―――」 手を振って、さとみを見送ると、後ろから男子が声をかけてきた。 「―――ん? 今のさとみか?」 「おはよ、比嘉くん」 「おすッ、緋勇―――。さては、さとみに気に入られたな?」 「そう見えた?」 「まッ、仲良くしてやってくれよ。あいつ、ああ見えても、意外と奥手だからさ」 「・・・・・・・」 なにやら不思議なものでも見ているかのような龍麻の視線に、比嘉が半歩ほど後ずさる。 「な、なんだよ?」 「ホントにいいの? 青葉さんと仲良くして? 君を差し置くくらいで」 「お、おいおい。俺とさとみは、腐れ縁みたいなもんだっていったろ? なに飛躍してるんだよ」 「ふ〜ん・・・・」 「・・・おッ、そうだ。放課後、喫茶店でも、寄ってかないか? 俺と君の友情の証に・・・さ。何なら、さとみも誘って―――」 「離してくださいッ!!」 「ん・・・?」 いきなり耳に飛び込んできた叫びに、二人が会話を中断し、声のした方に視線を向ける。見れば、女生徒が、二人の男生徒に腕を掴まれていた。 「あれは、緋勇のクラスの女子じゃないか・・・?」 「うん、里野さんだ」 龍麻が里野と、その腕を掴んでいる男生徒に向かう。比嘉もその横をついてきた。 「いいから、来いよ。莎草さんが、呼んでんだよ」 「きゃッ。止めて―――」 動こうとしない里野の様子にごうを煮やした男生徒が、無理矢理腕を引っ張っていこうとする。 「ちッ、何で誰も助けてやらないんだ?」 比嘉が足早に、駆けつける。 「おいッ!!」 「・・・・?」 「何やってんだよ、嫌がっているじゃないか」 「比嘉くんっ。それに、緋勇くんも・・・・」 「どしたの? 里野さん」 「この人が・・・・」 「比嘉・・・」 「その手を離せよ・・・」 「・・・・・」 「離せって―――」 ドンッ! 比嘉が、つき跳ねるように男生徒を押しのけ、里野を引き寄せる。 「ちッ」 「まったく何やってんだよ」 「・・・・・・・」 「まァ、昔から嫌よ嫌よも好きの内とは、いうけどさ―――」 「比嘉くん、それオヤジの台詞・・・」 「茶化すな、緋勇。こういう場合は、ちょっとまずいんじゃないの?」 「莎草さんが、連れて来いっていってるんだ・・・」 男生徒は、まるで怯えたような口調でそう言った。比嘉は、怪訝な顔をしながら聞き返す。 「莎草が・・・?」 「来い―――ッ!!」 「きゃッ!」 バシッ! もう一方の男生徒が女生徒の腕を掴もうとしたが、龍麻がその腕を跳ね除けた。 「野郎・・・」 「・・・・・」 バランスを崩して倒れかけた男生徒が、気の抜けた表情をしている龍麻を睨む。 「ちょっと、待てって」 「どけ、比嘉―――」 「どけといわれて、どける訳ないだろ? どうしたんだよ、一体。何で、莎草の言いなりになってんだよ? あいつに何か、借りでもあるのか?」 「あいつは・・・、怖ろしい奴だ」 「はァ・・・?」 「あいつには・・・、あいつには、誰も逆らえない」 「・・・・・?」 「いずれ、お前にもわかるさ・・・。あいつの怖ろしさが―――」 「・・・・何をいいたいのかわからないが、とにかく、彼女は、こっちに返してもらうぜ」 「ちッ」 舌打し、男生徒たちが、その場を後にする。 「行っちゃったよ・・・・。何だ、あいつら」 「あ・・・ありがとう、二人ともッ」 「あァ。大丈夫だった?」 「えェ」 「どうしたんだ?」 「・・・わからない。何かいきなり、一緒に来いっていわれて・・・。怖かった・・・」 「そうか・・・」 「・・・・・・」 「二人とも、そろそろ授業始まっけど?」 何やら沈鬱と困惑の混ざった二人の雰囲気を、いきなり龍麻ののん気な雰囲気が打ち消していた。 廊下の時計を見ると、確かに授業まで間がない。 「ホントにありがと」 「ん・・・あァ」 「それじゃ―――」 里野は慌てて、その場を駆け出した。授業に遅れそうだということもあるだろうが、それよりもこの場を早く去りたいという気持ちが強いだろう。 「・・・・ん?」 廊下の向こうで、細身の男生徒がこちらを見ていた。 「莎草・・・?」 比嘉と視線が会うと、莎草は背を向け、教室とは反対方向に歩き始めた。 「あいつ・・・、何を見てたんだ?」 キンコーンカンコーン・・・ 「おッ―――、じゃ、また後でな。緋勇―――」 「あいよォ」
体育館裏―――放課後。 「―――連れてきました」 「いッ、痛い・・・、離してよッ!」 無理矢理男生徒に連れてこられた女生徒が、莎草の前に突き出される。朝、教室を覗いていた莎草に詰め寄ったC組の女生徒だ。 「・・・・・」 「なッ、何よォ・・・、あんたたち―――」 「くそッ・・・女っていうのはどいつもこいつも、俺の神経を逆撫でする」 「あ・・・あんた、確かA組の転校生でしょ? あたしに、何の用なのよッ!!」 「俺が、怒ってるのは当然だと思わないか? 逆さに撫でられりゃ、試験じゃなくても、気持ちが悪いだろ? 撫でるなら、ちゃんと撫でろ、ちゃんと―――」 問に答えず、訳のわからない発言をする莎草に、女生徒は一瞬不気味なものを見る目をしたが、すぐに持ち前の気丈さを発揮し、くってかかる。 「バカな事いってないで、放しなさいよッ!!」 「・・・・言葉に気をつけろよ。俺は今、虫の居所が悪い」 「・・・・・・・」 莎草の奇妙な迫力に、女生徒が押し黙る。 「お前・・・、昨日、俺のことを気持ち悪いといったな?」 「え・・・?」 「俺の視線が嫌らしい―――とも」 「あッ、あんたが、あたしたちの事、じーっと見てるのが悪いんでしょッ!!」 「悪い・・・?」 「・・・・・」 「そうか・・・・悪いのか? それじゃ、裁判をやらなきゃならないな。お前のいっている事が正しいのかどうか・・・」 「何いってんの、あんた・・・。頭おかしいんじゃないの?」 女生徒の言っていることが聞こえているのかいないのか、莎草はつらつらと言葉を並べ始める。 「被告―――莎草 覚が、女生徒Aを見たことに対して、有罪だと思う者」 莎草がその場にいる男生徒たちを見まわす。怯えたように視線を外すだけで、挙手するものはいない。 「では、判決を言い渡す。被告は、無罪―――」 「ばっかじゃないの? 下らないッ!! あんたたちの、アホな裁判ごっごに付き合っていられるほど、あたしはヒマじゃないの。帰らせてもらうわよッ」 「それでは、原告に判決を言い渡す―――」 やはり、莎草は女生徒の言葉を聞いておらず、台詞を続けている。 「はァ? 何であたしが裁かれなきゃならないのよッ」 「・・・純粋な少年の心を傷つけた罪は重い。あれを、原告に渡せ―――」 「はい・・・」 「・・・・・・? ボールペン?」 男生徒の一人が、震える手で女生徒に渡したものは、一本の、何の変哲もないポールペンだった。 「判決を言い渡す。原告を有罪とし、眼球串刺しの刑に処す―――」
明日香公園―――夕刻 「―――すっかり、遅くなっちゃったな」 「まったく、比嘉くんがいけないんだからねッ。宿題なんて忘れて、先生に呼び出されるから」 さとみは御立腹だった。 「だけどさ―――、たかが、宿題忘れたぐらいで、説教もなにもないと思わない? 小学生じゃないんだから」 「小学生は、注意されたら守ろうとするものね。毎回毎回、宿題忘れるなんて、怒られて当然でしょ?」 「うッ・・・それは・・・・」 (昔ッから、こうだったんだろうなァ) 前を歩く二人の様子に、龍麻が薄く笑みを浮かべると、なにやら恨みがましい目で比嘉が視線を向けている。 「なんだよォ」 「別にィ。ま、自業自得なんだから、しっかり叱られてなさい」 「緋勇は、俺の味方だと思ってたのに・・・・」 「そういうのは、同じ境遇の人に頼みなさい。俺は、優良生徒なんだから」 「ほんと、本人に自覚がないのが、一番の問題よね。先生に同情するわ」 「・・・・・・」 二人にやり込められて、比嘉がなにやらヘコんでる。 「さァて、それじゃ、お茶でもして帰りましょうか?」 「おッ、おォ―――いいねェ」 「もちろん、比嘉くんのお・ご・り・で」 「マジかよ・・・」 話題が逸れたとおもったら、いきなり逆襲をくらって比嘉が肩を落とす。益々含んだ笑みを漏らす龍麻をジッとみたりしていた。 「とーぜん。終わるの、待っててあげたんだから」 「うゥ・・・。今月、金ないのに・・・」 「あははッ。さッ、行きましょ。緋勇くん―――」 さとみがふたりを引き連れるように先行して歩き出す。が、ふと何かを思い出したように立ち止まり、二人の方に向いた。 「あッ、そういえば―――」 「なッ、何だよッ。そんな高いものは、奢れないからな」 「あははッ、そうじゃなくて。・・・比嘉くんって莎草くんと話をした事ある?」 「いや・・・すれ違いぎわに放したぐらいかな?」 「俺は、面識もほとんどないよ」 問われる前に、視線を合わしてから即答する龍麻。 「そォ・・・」 「何かあったのか?」 比嘉に促され、さとみが昼間あったことを二人に聞かせた。 いきなり莎草がさとみに「俺の女になれ」と言ったらしいのだ。莎草のことを全然知らないさとみは、比嘉なら、何か知っているんじゃないかとおもったらしい。 「なるほどねェ・・・」 「・・・・・」 「しかし、物好きがいたもんだな。絶対、尻に敷かれそうだ」 「そうだねェ。もう、半分ほど尻に敷かれてそうなのもいるしねェ」 「誰のことだよ・・・・」 「さァ?」 いけしゃあしゃあと、肩を竦め龍麻はそっぽを向く。その顔ははたから見ても、笑うのをガマンしているようだった。 「もう、二人ともッ」 「はははッ。でッ、何か答えたのか?」 「うッ、うん・・・。あんまり、莎草くんの事、知らないから、オッケーはできないけど、ごめんね・・・って」 「玉砕か・・・。まッ、仕方ないな」 「でも、そしたら・・・」 「・・・・?」 「そしたら、すごい形相で睨みつけられて―――」 「・・・・・・・」 「『俺から逃げられると思ってるのか―――』って」 「なんだそれ?」 「分からない・・・・。でも、すごい怖かった」 比嘉が、今日、莎草がC組の女生徒を連れて来いと、男生徒に命令したらしいことを思い出していた。 「・・・どういうつもりなんだ、莎草の奴」 「・・・・・・」 「明日にでも、俺が話してみるよ」 「でも・・・・」 「いったい、さとみのどこが気に入ったのか、興味があるしな」 それまで怯えた表情だったさとみの顔が、一気に赤くなる。 「どういう意味よ」 「ははははッ」 「もう・・・」 比嘉の笑い声につられるように、さとみも笑みをこぼした。龍麻も二人の様子に、薄い笑みを浮かべる。 「それじゃ、早く行こうぜッ」 |
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