■龍之刻(2)
12月17日 ■明日香学園中庭―――昼休み■ 「ねェねェ、聞いた? 昨日の放課後―――」 「うッ、うん。C組の子の話でしょ?」 「そうそう。何でもさァ―――」 中庭を通る通路を歩く緋勇の耳に、井戸端会議よろしく、でかい声で談話している女生徒たちの声が跳び込んでくる。 「緋勇―――」 比嘉が向こうから近づいてきていた。 「おすッ」 「やあ」 「昨日の話・・・・聞いたか? 俺も今、A組の奴から聞いたんだけどさ。昨日の放課後、野球部の奴が、体育館の裏で悲鳴が聞こえたんで見に行ったら、C組の女生徒が、血塗れで倒れていた―――って。受験ノイローゼか何かじゃないかっていわれているけど・・・。何でも、ボールペンで自分の瞳を刺したっていう話だ。駆けつけた奴の話だと、辺りには誰もいなかったそうだ」 「・・・・・・」 「何で、彼女がひとりでそんな場所にいたのか、謎だが、自分で瞳を刺したのは間違いないらしい」 「受験ノイローゼ、ねェ・・・。彼女、少なくとも俺の見た限り、そんな様子なかったよ。クラスで一番元気な娘だったしね」 「いったい、何がどうなってんだか・・・・・・・・ん? あれは、莎草・・・」 自分たちの横を通り過ぎ様とする莎草を呼びとめる。 「・・・・・・」 「よォ、悪いな、呼びとめて」 「・・・・・・」 「・・・その、さとみにアプローチしたんだって? 見かけによらず、勇気あるじゃない」 聞いているのかいないのか、莎草は話に入ろうとしない。 「さとみは、ああ見えて、女っぽい所もあるからさ、あんまり、気を悪くしないでくれよ」 「・・・・・」 「あと、さとみに限らず、女の子を脅すのは、どうかと思うなァ。やっぱり、基本は、女の子にはやさしくしないとさ―――」 「・・・・うるせェ」 「ん・・・?」 「・・・・うるせェっていったんだよォ!」 いきなり、薄い笑みを張りつかせていた莎草の表情が憤怒のものとなる。 「莎草・・・・」 「ベラベラ、ひとりで喋りやがってッ。ムカつくんだよッ、比嘉ッ」 「あ・・・悪かったよ。そんなに、怒らなくても―――」 「人形って知ってるか?」 「人形・・・?」 いきなり怒り出したとおもったら、さらにいきなり脈絡のない話を持ち出されてポカンとした比嘉が、オウム返しに聞く。 「人形だよ、に・ん・ぎょ・うッ!!」 「あ・・・あァ」 「人形ってのは、人の形って書くよな? 何で、鳥や動物の人形は、鳥形とか獣形っていわねェんだよッ!!」 「何を言ってるんだ・・・お前」 比嘉が問うが、莎草は例によって聞いておらず、ますますヒートアップしていく。 「おかしいじゃねェかッ!」 「おッ、おい・・・」 「糞みたいな汚ェ手で、俺に触るんじゃねェッ!」 「――――ッ!!」 莎草の肩に触れようとした比嘉の腕が硬直する。いや、全身がまるでコンクリートでも固められているかのように動かない。 「イイ気になるなよ・・・比嘉」 「うッ・・・腕が・・・動かない」 「そっちのお前も、俺をナメんじゃねェぞ」 「・・・・・」 一瞬、龍麻の顔から表情が消え、瞳が鋭い刃のように、怪しい光を宿す。だが、すぐに視線を莎草から外した。 「比嘉くん、少し落ちついて・・・」 「シカトすんじゃねェよッ!! 俺は、シカトされんのが、一番、ムカつくんだよッ!!」 「・・・だったら、こっちの話も少しは聞いとけよ。訳のわからないことばっか言ってる君の方がムカつくぜ」 呪い殺そうとしているかのような怒りの形相の莎草。淡々と、それでいて鋭い静かな怒りの龍麻。対照的な怒気を発している二人の間にピリピリとした空気が生じている。 「てめェ・・・ナメやがって」 「おいッ、お前ら、何やってんだ? もう授業が始まるぞ。早く、教室に入れ」 廊下の窓から、男教師が声をかけてきた。莎草の発する剣呑な雰囲気が薄れていく。 「・・・ちッ。人が来たか。まァ、いい。お前等は俺に逆らう事はできない。お前らは、俺の操り人形なんだよ」 「操り・・・人形・・・?」 「くくくッ・・・」 ひとしきり低い笑いを漏らした後、莎草は二人に背を向け、校舎の中に消えていった。途端、比嘉を縛っていた呪縛が解ける。 「くッ―――」 「大丈夫? 比嘉くん」 「あ、ああ・・・・、これは、いったい・・・・」 「・・・・さあ、ね」
■2−C教室―――放課後■ 「緋勇くん―――」 「ん?」 帰宅の準備をしていた龍麻がその声に振り向くと、さとみがすぐ側に立っていた。 「・・・・・・」 「どしたの?」 「・・・あの、ちょっと、話があるんだけど、いい?」 「もちろん」 即答。無邪気な笑顔付きで答えられ、すこし沈みがちだったさとみの表情が和む。 「ありがと・・・。知り合って間もないあなたにこんな事、相談するのは、気が引けるけど、ほかに相談できる人がいないの」 「・・・・・」 「ちょっと、一緒に来て・・・・」 龍麻は素直についていく。さとみはあたりに人影がないことを確認してから、振りかえった。 「ここでいいわ。・・・・話っていうのは、比嘉くんの事なの。午後になってから、何だか様子がおかしくて。どうしたの?―――って聞いても、あたしには関係ない・・・って」 「さっきの事か」 「緋勇くん、何かしってるのッ?」 ・ ・ ・ 龍麻が、昼休みのことをかいつまんで説明する。 「そう・・・そんな事が・・・・。緋勇くん、比嘉くんを救けてあげて―――。比嘉くん、すごく苦しんでる・・・」 「・・・・・」 「・・・・お願い・・・緋勇くん。それじゃ・・・・」 返事を待たず、さとみは緋勇から離れた。 「・・・・まあ、断る理由は、無いわな」
2−A教室。 「うぉーい、比嘉くーん」 「・・・緋勇。どうしたんだ、A組に何か用か?」 「君を捜しにきたんだけど」 「俺?」 キョトンとした顔で比嘉が自分を指差す。いつもの笑みで龍麻がコクリと頷いた。 「何だよ、いったい。改まって・・・。まさか、デートの誘いじゃないだろうな? はははッ。ははは・・・・はは・・・」 自分の台詞にバカ笑いするが、すぐに声が小さくなり、表情が沈んでいく。 「緋勇・・・。あのさ―――、いや。なんでもない・・・。そうだ、一緒に帰らないか?」 「いいよ。そのつもりで来たしさ。さ、帰ろ帰ろ」 「あッ、あァ・・・・、ありがとう・・・・」 「あん? 何が?」 不思議な顔で問う龍麻の表情に、比嘉が苦笑する。 「なんでもねーよ。それじゃ、行こうぜ―――」
■明日香学園正門前―――放課後■ 「―――ちょっと、待ってくれ、緋勇」 「ん?」 龍麻が振り向くと、今まで以上に沈んだ表情の比嘉が、長い沈黙の後、口を開いた。 「・・・・・・・・お前・・・・平気なのか? 何も・・・・感じないのか?」 「? さて、何のことだか、わかんないな」 「・・・・・俺は、この学園が怖い―――。こうやって、この場にいるのが、怖い―――」 「・・・・・」 「・・・・・明日になれば、また何かが起こる・・・きっと」 「莎草が何かすると?」 「・・・誰も、あいつに逆らえる訳がない。あいつ―――莎草に。あいつは、普通じゃない。きっと・・・また、誰か狙われる。だけど、俺たちのような普通の人間には、どうすることもできない」 「・・・・・・」 「あいつのあの瞳で睨まれた時、俺は、身体が動かなかった」 「そーみたいだね」 いつもののん気そうな表情で返す。 「・・・・あいつは―――」 「緋勇君―――」 比嘉の言葉は、突然割って入ってきた声に遮られる。 「ありゃ? 鳴瀧さん」 声のした方に目を向けると、一昨日に現われた、鳴瀧 冬吾がそこにいた。 「やァ・・・。そろそろ下校する頃だと思ってね。待たせてもらったよ」 「・・・・いい歳の男の人が、学校の周りで待ってて、怪しまれませんでした」 「・・・・少し、君と話がしたくてね」 とりあえず、龍麻の台詞は聞かなかったことにしたようだ。 「いいかな?」 「・・・えっとォ」 「緋勇、俺、ここで別れるよ。なんか、大事な用なんだろ?」 「・・・ゴメンね」 「いいって、じゃ、また・・・明日な」 一瞬、躊躇した言葉を、なんとかといった感じで口にして、比嘉は正門から出ていった。 「それじゃ、付いてきたまえ―――」
■拳武館―――支部道場■ 「君に地図を渡したこの場所は、私が校長を勤める拳武館という高校の道場のひとつだ。遠慮無く、くつろいでくれ」 「わかりました」 言いつつ、龍麻は出されたお茶をズズズと口にしている。いつでもどこでものほほんモードだ、この男は。 「・・・龍麻君。話をする前に、君の聞きたい事がある・・・・。君は、《人ならざる力》の存在を信じるかね? 我々の生きるこの日常の陰にある人知を超えた存在を―――」 「・・・・・」 龍麻の脳裏に、昨日起こった事件、そして今日の莎草が見せた《力》のことが浮かびあがる。 「俺は、もともとオカルトとか超常現象ってのが結構好きなんですけどね・・・、なんか、今日それっぽいのを見ちゃいましたよ」 「・・・・今年の初めから、猟奇的な事件が東京を中心に多発している。君が体験しているような事件がね・・・」 「・・・・まるで、俺のことを監視でもしていたかのような言い方ですね」 空になった湯呑を床に起き、鳴瀧と視線を合わせる。 「私が、この街に来たのも、そういった事件が関係している。私は、ある少年を追って、この街に来た。調査した結果―――その少年は、何らかの《力》を手に入れた可能性が高い。常人とは異なる《人ならざる力》を―――」 「・・・人を操る《力》」 「・・・・それがわかっていながら、私たちが手を出せないでいるのは、その少年の《力》に対抗する術を私たちが、もたないからだ。恐らく、武道に長けた私の部下でも斃すことはできないかもしれない。いたずらに刺激して、被害を広げるわけにはいかない」 「・・・・結局、何が言いたいんです?」 「斃す方法が見つかるまで、君も静観する事だ。腹を空かせた肉食獣がわきを通りすぎるのを待つように、息を潜めて、気配を殺して、厄災が通り過ぎるのを待つことだ。いいね―――」 「嫌です」 即答だった。 「見て見ぬ振りってのは、俺が最も嫌いな事の一つです」 いつもののん気な雰囲気。だが、瞳の光だけは、とても鋭く冷たかった。 「君は、平穏な一生を送るべきだ。それが―――君の御両親の願いなのだから」 「俺は俺です。たとえ、それが本当の父と母の願いだったとしても、俺は、嫌です」 「・・・いくら、君が弦麻の血を引いているからといっても、それだけで、倒せる相手ではない・・・・・わかるね。敵わない相手に闘いを挑むのは、勇気ではない。それは―――犬死だ」 「死ぬつもりはありません」 「・・・私のいう事がわからないようだな。よく聞きたまえ―――。武道の行きつく先は、禅と同じ境地だといわれている。精神を磨くことによって、手を合わせずとも、勝敗が決する。かの《心法の剣》と呼ばれた《無住心剣術》の真理谷円四郎も、武道の極意を悟った者同士が立ち会えば、一切の術技を排した状態になり、瞬時に勝負がつくといっている。わかるかね、龍麻君。武道の極意というのは、精神にあるといっても過言ではない。精神を制御するんだ。今は、斃せなくても、いずれ、斃せる日が来る。退く事も闘いには必要な事だと覚えておくんだ」 「そんなことはわかっています。でも、退くことができない闘いというものも、あるんじゃないですか?」 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 きっぱりと放った龍麻の言葉の後、しばらく静寂が訪れる。 「・・・もう時間も遅い。奥に休める場所がある。今日は、ここに泊まっていくといい」
ズシンッ! 『何故じゃ―――!』 山間の暗闇の中に老人の叫びが響く。 『何故、三山国王の岩戸を閉じたのじゃ!! あの中には、まだあやつが・・・」 一人の老人が、集団の中から前に歩み出た。 『全ては、あの方が申し出された事・・・・。御自ら、あの《凶星の者》を守護神の岩戸へと誘い出し、《力》を半減させたところでこの岩戸を閉じよ―――と』 『・・・・・・』 『それは、我ら客家の者の意思でもございます』 『餓鬼が―――、己の身を挺して、やつを封じる気だったかよ』 スキンヘッドの老人が岩戸の前で、肩を震わせている。 『弦麻・・・』 『弦麻殿は、その身に代えてこの地を救ってくださった。我ら、客家封龍の者は永劫―――、弦麻殿の御名と、この岩戸を護り、伝えてゆきましょう。それが・・・、我が一族に受け継がれる《宿星》でもあるのですから』 『・・・・・』 『あの糞餓鬼め、おれらには何もいわずに逝きおって。残された者の想いも少しは考えねェかッ』 『・・・・わしらだけではない』 ヒゲをたくわえた老人が、視線を落とす。老人の視線の先には、山間に見える小さな村があった。 『あの子にも、もう何も残されていない・・・。父親の背中も、母親のぬくもりも・・・。この世界の継続と引き換えに、あの幼子は―――、全てを失ってしもうた・・・』 『・・・・・』 『道心よ・・・。お主はこれからどうするんじゃ?』 『そうだな―――。俺はもう少し大陸に残ろうかとおもう』 『そうか・・・。ならばわしは、一足先に日本へ帰るとするかの。この幼子を連れてな―――』 『龍山、おめェ、その子をどうするつもりだ? あの娘の子ということは、恐らくその子にも・・・』 『・・・・・・わしは・・・、この子には平穏な人生を送って欲しいとおもう。あの娘と、弦麻が命を賭して護った―――、ふたりの大切な、忘れ形見じゃからな・・・。あの二人も、それを望んでおろうよ』 『・・・そうかもしれねェな。だが、この子を結ぶ縁が―――、天地を巡る底深き因果の輪が―――、決してその子を見逃してはくれねェだろうよ』 『・・・・それでも―――、せめて、その刻が訪れるまでは、平凡な人として、平穏な暮しを送らせてやりたいのじゃ』 『・・・・・』 『宿命の星が――――、再び天に姿を現す、その時までは――――』
■拳武館客間―――深夜■ 「・・・・・・・・夢・・・?」 布団をめくり、上体を起こした龍麻がボーとした表情で呟く。何かの夢を見ていたような気がするが、ぼやけたイメージが浮かんでこない。 「・・・・・」 布団から這い出て立ちあがった龍麻は、人の気配を感じて道場に向かった。 「眠れないのかね?」 先客は鳴瀧だった。 「なんだか、目が冴えて・・・。鳴瀧さんは?」 「私も仕事があってね・・・。今夜は徹夜になりそうだ」 「そうですか」 「・・・・・龍麻君。君は、強くなりたいという願望はあるかね?」 「・・・・ありますよ」 「何のために? 強くなってどうする?」 「多分、他人を護りたいんじゃないですかね? そのためには、まず強くないと・・・」 「他人を・・・? そんな本気で考えているのか?」 鳴瀧の口調の変化に呼応するように、龍麻の表情も変った。 「ええ、本気です」 「そんな事が、本当にできると・・・・。それでは、もし―――、もし、仮にだ・・・。君の親友でもいい、大切な人が、今回の事件に巻き込まれたらどうするね? 事件を引き起こしている者と闘うかね? 相手に勝てないとわかっているとして・・・だ」 「闘います」 即答だった。これまでにないほどの意思のこもった表情と声で、即座に答えていた。 「・・・誰かを護るために、自分の命を賭けるなんて、馬鹿げているッ」 いきなり、鳴瀧の声色が怒声に近いものになる。今までの落ちつきのある表情が仮面だったかのように、激しい感情の渦がありありと浮かびあがっていた。 「誰かを―――何かを護るために死ぬなんて、愚かな行為だ・・・。後に残された者の気持ちも考えてみろ。その者たちの想いを―――。《お前》は、それを、どうやって、受けとめてやれるんだッ。お前は―――――」 「・・・・鳴瀧さん」 「・・・・・・・」 「俺は、緋勇 龍麻です」 「・・・・・すまない・・・・不思議だな。君と話をしていると、まるで弦麻と話をしているようだよ。ひどく懐かしい気にさせられる・・・」 「・・・・少し、複雑な気分ですね。顔も覚えていない父と似ているって言われるのは・・・」 いつもの笑顔でそう言った龍麻の雰囲気に包まれるように、鳴瀧は、場の空気が少し和らいだような気がした。 「・・・・私は、君には平穏な暮らしをして欲しいと思っている。それが―――私が、弦麻と迦代さんから託された、願いなんだ。何かを護ろうとすれば、それが、かけがえのないものであるほど、人は、大きな代償を支払わなければならない。君には、そういう生き方をして欲しいとは思わない」 「・・・・・・人が何を言おうと、俺は俺です。生き方を人に決めてもらおうとは思っていません」 「・・・明日も学校だ。少しでも、休んでおくんだ」
1997年12月18日 ■明日香学園校庭―――早朝■ 「おはよう」 「おーっすッ」 「おはよーッ」 「ねェねぇ、昨日さ―――」 友人たちと談話しながら登校する生徒たちの中に、龍麻はいた。家には帰らず、鳴瀧の道場から直通だ。 (ま、ウチに心配するような人間はいないしな) おそらく、今日帰っても、誰も何も言わないだろう。ウチは呆れるほど放任主義の家族だ。 「緋勇くん―――」 家族のことを思い出し、苦笑に近い笑みをこぼしていると、背後から駆け寄ってくる軽い足音とともに、聞き覚えのある声がかけられた。 「おはよッ」 「うぃッス」 思ったとおり、さとみが横に並んできた。 「昨日、あれから、比嘉くんに会いに行ってくれたんだって?」 「用事が出来ちゃって、すぐに別れちゃったけどね・・」 「ううん・・・、ありがとう」 「どういたしまして」 龍麻が無邪気な子供のような笑みで答える。それにつられるように、さとみも笑みを浮かべた。 「やさしいのね、緋勇くんって」 「・・・・大切な人を助けるのは、気分がいいことだよ。たった三日前に出会ったとしても、君も、比嘉くんも、俺の大切な人だ」 「・・・うん。・・・あッ」 「どしたの?」 「あれ、比嘉くんじゃない?」 さとみが指差した方向を見ると、確かに比嘉がいた。登校する生徒たちの流れに逆らって、正門へと向かっている。 「学校から出て、どこに行くのかしら? ちょっと、行ってみましょう―――」
■明日香公園■ 「たしか、こっちの方へ来たんだけど・・・・」 「いないねェ・・・。見失ったかな?」 「青葉―――」 「きゃッ」 ふいに三人の男たちが二人を囲むような形で姿を現した。龍麻が男たちを見まわすと、C組の女子を莎草の元に連れていこうとしていた男子も混じっていることに気付いた。 「あなたたち、うちのクラスの・・・」 「一緒に来い、青葉」 「なッ、なんで―――」 「莎草さんがお呼びだ・・・」 「え・・・?」 「いいから、来いッ!」 男の一人がさとみの腕を掴んだ。 「ちょッ、ちょっと放してよッ!」 「大人しくしろッ!!」 ドンッ! 「うわッ!?」 「緋勇くん・・・」 龍麻が男を突き飛ばし、さとみを背後に隠すように立つ。 「どけッ。邪魔するとお前も痛い目に会うぞ」 「・・・・女の子一人に、三人で囲んで無理矢理連れてこうとしてるような奴らが、何言ってんだ。君ら、自分がどんな情けねェことしてるか、分かってるか?」 「野郎・・・ナメやがってッ」 「・・・少し、痛めつけておくか」 「馬鹿な奴だぜ・・・。へっへっへ・・・」 ザッ! 「へ?」 龍麻の前に立っていた男が、間の抜けた声を漏らす。龍麻が鋭い踏み込みで、横手に飛び込んでいた。 「がッ!?」 裏拳気味に振るわれた拳を側頭部に受け、地面に倒れ込む。 「・・・・」 「て、てめェッ!」 「俺は喧嘩って、あんま好きじゃないけど・・・・、かかってくる奴には、容赦しないよ?」 振り向いた龍麻の顔に表情はなかった。無機質な仮面を思わせる、無表情な顔。だが、瞳にだけは、鋭い刃のような妖しい光が宿っていた。 龍麻の放つ威圧感に押され、一瞬躊躇したが、男たちは、怒声をあげながら、龍麻に殴りかかる。 だが、龍麻は右前方に大きく踏み込み、片方に蹴りを打ち込んだ。わき腹に回し蹴りを受けた男は、もう一方の男の前に倒れ込む。 「―――!?」 それが邪魔になってつんのめった男の懐に龍麻がもぐり込んだ。そして、ほぼ真上にある顎に、右掌を叩きこむ。身体がわずかに浮いた後、男は仰向けに倒れ込んだ。 「緋勇くん・・・・」 いきなり目の当たりにしてしまった龍麻の強さに、さとみが呆然とする。三人を相手にして、まるで余裕だ。 「ふむ・・・、前に喧嘩したときより強くなってんな、俺。姉ちゃんのシゴキも無駄じゃなかったか・・・」 「くッ、こいつ強ェ・・・」 「うゥ・・・」 なんとか立ちあがった男たちは、二人を遠巻きに囲む。だが、誰もそれ以上近づけない。 「緋勇―――。さとみ―――」 「比嘉くんッ!!」 現われた比嘉が、二人に駆け寄った。とりあえず目だった怪我が無いことにホッとする。 「大丈夫か?」 「比嘉くん、この人たち・・・」 「あァ・・・・」 「こいつは、丁度いい・・・」 男たちがザワめく。声の主が、男たちとは反対の方向から現われた。 「くくくッ」 「さの・・・くさ」 「莎草くん・・・」 「おいッ、青葉を連れてこい」 「はい―――」 「え・・・?」 莎草に気をとられた隙に、男生徒の一人が、さとみの腕を掴み、引っ張っていた。 「やッ、止めろッ、莎草ッ!」 「・・・・」 「野郎ッ!!」 「おっと、ふたりとも、動くんじゃねェ! 動けば・・・わかってるよな? くくくッ・・・」 「莎草ァ・・・」 「・・・・・・」 二人の動きが止まる。龍麻も昨日の莎草の《力》は見た。比嘉は身をもって知っている。 あの能力を使われれば、二人に勝ち目なんてない。さとみがその能力で人質とされることも考えられる。 「やれッ―――」 「あッ、あぶないッ!」 さとみが叫んだ瞬間、龍麻は後頭部に強い衝撃を受けた。視界の端で、同じように男たちの攻撃を受けた比嘉が倒れ込んでいる。 「うッ!!」 「けッ!」 男たちが先ほどのお返しとばかり、地面に倒れた龍麻と比嘉に攻撃を加えている。 「比嘉くんッ! 緋勇君ッ!!」 「くッ・・・くそッ!!」 「ぐ・・・」 ガスッ! |
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