転校生(2)
■3−C教室―――放課後■ 「緋勇君ッ」 「ん?」 帰ろうかと、教科書ノート類をバッグに詰めていた龍麻に向かって、カメラを持った女生徒が駆け寄ってくる。眼鏡をかけた長髪の女生徒。 「遠野さん?」 「よッ、こんちわッ。アラッ?」 アン子が周りを見渡す。 「うるさいのの姿が見えないわね・・・。剣道部にでも行ったのかしら。まッ、いいか」 あっさりその人物のことを脳裏から切り捨て、龍麻に向き直る。 「このほうが、緋勇君と話もしやすいしね。フフフッ・・・、ねェねェ、緋勇君。ものは相談だけどさァ・・・・・、一緒に帰らない?」 「ん? ああ、そうだね。俺も、一人で帰るのは、ちと寂しいし。いろいろ聞きたいこともあるからね」 「ウフフッ。アタシたちって、気が合うわね。いろいろインタビュー――じゃなかった、おハナシしながら、帰りましょッ」 なにやら不穏な言葉が出てきたような気がするが、龍麻は気にせず、頷いた。が―――。 「キャッ」 アン子を押しのけるように、三人の男生徒が龍麻を囲む。どいつもこいつも、いかにも不良です、ってくらいのカッコをしている。 「ああ、昼間の・・・・」 「転校生・・・ちょっと、面貸せや」 「チッ、チョットッ、アンタたち、待ちなさいよッ」 「なんだァ・・・」 「文句あんのか?」 不良たちがアン子にガン付けはじめる。が、アン子はひるむどころか、詰め寄ってクチを大きく開いた。 「文句あんのか?―――じゃないわよッ!! アンタたち、緋勇君をどうするつもりッ」 「ケッ」 「てめェみたいな、ブン屋にいうつもりはねェな」 「そうそう、おめェみたいな女は、男に尻尾だけ振ってりゃイイんだよ」 男たちの下卑た言葉も、アン子を後退させるにいたらない。どころか、龍麻の目には、さらに目を輝かせているように見えた。 「フンッ。アンタたちこそ、そのデカイ図体の使いみち考えたら? 今なら、ウチの部で荷物持ちぐらいになら、雇ってあげてもいいわよッ」 「なんだとォ・・・」 無視しかけていた不良たちがその言葉に、顔色を変えてアン子を睨みつける。 「へェ〜、アンタたちにもプライドなんてモンあんの?」 「・・・このアマァ」 「いっとくけど・・・、アタシの新聞部は、アンタたちみたいな、能無しに売られた喧嘩ならいつでも買ってやるわよッ。そうねェ・・・。なんなら、真神新聞の一面を飾ってあげましょうか?」 「うッ・・・」 「・・・・」 「チッ、佐久間さんッ!」 三人が親玉に、助けを求める。 龍麻が感心して拍手を送ると、なにやら勝ち誇った笑みで、Vサインをしているアン子。 「・・・しょうがねェな、おめェらは・・・。使いも満足にできねェのかよ」 のっそりと佐久間が近寄ってきた。三人は、怯えた表情で頭を下げる。 「すッ、すいませんッ!」 「佐久間、アンタ・・・」 「遠野、少し黙ってろや・・・。俺は、コイツに用があんだ」 「・・・・・・」 さすがに手下どもとは、少しは違うらしく、アン子が押し黙る。 「へッ・・・。緋勇とかいったな」 「そうだよ」 「ずいぶんと、女に囲まれて御満悦じゃねェか・・・」 「へェ・・・・」 龍麻の表情が変わる。さっきまで子供のような無邪気な笑みが、無機質な仮面を思わせる、まったく表情のない顔へと変わっていた。 「羨ましいなら、キミもどこかに転向してみたら? ただ、そんな態度ばかりしてたんじゃ、どうにもなんないだろうけどねェ」 「てめェ・・・。てめェの、その面を柿みてェに潰してやる。さいわい、あの剣道バカはいねェし―――俺たちだけで、ナシつけようじゃねェか」 「ダメよ、緋勇君。こいつは・・・」 「・・・・・・・体育館の裏まで、来いや。逃げんじゃねェぜ・・・。まァ・・・、イヤだといっても一緒に来てもらうまでだがな」
■真神学園体育館裏■ 「オイッ、おめェら。誰か来ないか見張ってろ。終わるまで、誰も近づけんじゃねェぞ・・・」 『オスッ!』 「緋勇・・・。てめェに、この学校の流儀ってヤツを教えてやる」 「緋勇よォ、てめェもついてねェぜ。佐久間さんに、目ェつけられrちまうなんてよ・・・」 「転校してきて、いきなり入院たァ、かわいそうになァ」 手下たちが同情とも脅しともとれる言葉を投げかける。ただ、龍麻はその時、違うことを考えていた。 (なんで、不良って、何かあると『体育館裏』なんだろう? そりゃ、人気も少ないだろうけど・・・・、お約束?) 「オイオイッ―――、ちょっと転校生をからかうにsいちゃァ、度が過ぎてるぜ」 『―――――!!』 「てめェ、蓬莱寺・・・」 佐久間と不良たちが木を見上げる。一本の大きな木の枝に、京一がいた。 「足元が、こうウルさくちゃ、おちおち、部活サボッって昼寝もできねェぜ」 「てめェ、転校生に味方すんのかよッ!」 手下Aが龍麻を指差す。龍麻は、まだ『不良と体育館裏との関連性』などといった、ホントにどーでもいい事に考えを巡らせていたが・・・。 「さァね―――」 「野郎ッ・・・」 「てめェ・・・。降りてきやがれッ!!」 「蓬莱寺・・・。俺はなァ・・・、てめェも前から気に入らなかったんだよ。スカした面しやがって」 「奇遇だな、佐久間。よッ―――と」 京一が木の枝から飛び降り、龍麻と佐久間たちの間に降り立つ。 「実をいうと、俺も前からお前の不細工なツラが、気に入らなかったんだよ」 『―――――!!』 京一の言葉に、手下たちが佐久間の顔を覗き見る。今にもこめかみの血管から血が噴出しそうな表情だ。 「てめェ・・・、生きて帰れるとおもうなよ」 「フンッ。しゃーねェなァ。オイッ、緋勇ッ。俺のそばから離れんじゃねーぜッ」 京一が袋の中から木刀をとりだし、構える。 「てめェッ!」 不良の一人が京一に襲いかかった。が、京一は不良の拳をかわし、その首筋に袈裟斬りの一撃を見舞う。 「―――ッ」 ドサッ! 声もなく倒れた不良を一瞥し、京一が龍麻を見る。不敵な笑みをみせるつもりだった京一の顔が驚きに変わる。 後ろについてきているとおもってた龍麻が、最初に立っていたところから、動いていない。しかも、そこに不良の一人、いや、向こう側で見張っていた不良も来て、二人で襲いかかろうとしていたところだった。 「緋勇ッ!」 「ん?」 思案中だった龍麻が顔をあげるのと、不良二人が同時に襲いかかってくるのは、同時だった。 「おお?」 パパンッ! 龍麻の両手が、突き出された二人の拳を払い、大きく軌道をズラす。二人は大きくバランスをくずし、よろめいた。 「フッ!」 短く鋭い一呼吸。一人が脚をかけられ無様に倒れ、もう一人は背後からの肝臓打ちをくらい、倒れる途中で気を失った。 「て、てめェ―――」 ズドンッ! 起きあがりかけた不良の胸に脚を乗せた龍麻が、そのまま不良の体を地面に叩きつける。背中を思いっきり強打し、胸を圧迫された不良は、同じように気を失った。 「・・・・・こりゃ、手助けなんかいらなかったか?」 「いんや、嬉しかったよ」 佐久間に向かって歩き出した龍麻が、京一とすれ違うとき、子供のような笑みを見せた。 「・・・・へへッ」 「ハハッ・・・、さて」 龍麻が佐久間に向かう。 「く、くそォッ!」 最後に残った不良が、やけくそ気味に殴りかかってきた。龍麻はそれを掻い潜り、背後にまわってそのまま押す。 「うわっととッ!」 「そりゃ」 進路方向にいた京一が、木刀で小突く。これで、後は佐久間一人となった。 「・・・・」 「てめェ・・・・」 「一つ聞きたいんだけど、ナンでこんなことすんの?」 「・・・・てめェが気に入らないからだよッ!」 佐久間が怒声とともに殴りかかる。 「そんなで、人を傷つけられるのかァ―――」 ゴキッ! 狙い違わず佐久間の拳が、龍麻の顔にたたき込まれる。 「へへッ―――!?」 勝ち誇った佐久間の顔が歪む。拳の脇から、恐ろしく冷たい光を湛えた龍麻の瞳が覗いていた。 「―――つまんない男だねェ」 「う・・・うわあああッ!」 突発的に恐怖に襲われ、がむしゃらに拳をたたき込む。 「―――気ィ済んだ?」 龍麻の手が佐久間の拳を横にずらす。 「破ァッ!」 次の瞬間、佐久間の体が小石のように吹っ飛んだ。焼却炉の横に置いてあるゴミ袋の山に突っ込み、ゴミ屑を撒き散らす。 「・・・ふーッ」 息を一つ吐き、口元に滲んだ血を拭う。 「ヒューッ」 京一が龍麻の強さに、半ば感心していると、佐久間がヨロヨロと起きあがってきていた。体を引きずるように龍麻に向かっている。 「くッ・・・」 「もう、やめときな・・・。これ以上やるってんなら俺も容赦しないぜ」 京一が龍麻の横に並ぶ。 「うるせェ・・・。ぶっ・・・殺して・・・、や・・・るッ」 「・・・・・」 二人が佐久間に背を向ける。 「ま・・・・まちやがれ・・・。クソッ・・・」 「そこまでだ、佐久間ッ」 いきなり、別の男の声が割り込んできた。その聞き覚えのある声に、京一が振りかえる。 「醍醐―――!!」 巨漢の男が、歩み寄ってくる。その後ろには、美里がついてきていた。 「そのぐらいでやめとけ、佐久間・・・・・」 「佐久間くん・・・」 「みさ・・・・と・・・・」 「もう止めて、佐久間くん・・・・」 「クッ、クソ・・・・」 「佐久間くん・・・・・・・・」 「うぅ・・・・・」 「今やめれば、私刑の事は目をつぶってやろう」 「クッ・・・・」 「佐久間ッ」 「わ・・・わかった」 醍醐の一喝が決めてとなって、ようやく佐久間が折れる。 「そうそう、良いコは聞き分けがイイのに限るぜ」 「て、てめえッ・・・」 「よさないかッ!! 京一ッ、お前も佐久間を挑発するなッ」 「へいへいッ」 「まったく・・・、俺が、学校にいない時に、問題を起こしてくれるな」 「ふんッ。そういや、今日は姿がみえなかったな。トレーニングジムに篭りっきりだったのさ」 「格闘技オタクが・・・」 「ははは」 男が豪快に笑う。 (・・・・・・・・・・・・・・・番長?) またも、龍麻が関係ないことを考えていると、醍醐が自分のほうを向いた。 「転校生―――、緋勇とかいったか。レスリング部の部員がいいがかりをつけたようであやまるよ。―――すまん」 「うんにゃ、こっちも手ェ出したし、なにより・・・・」 龍麻が周りを見渡す。地面に倒れてる複数の不良に、今は壁に寄りかかってうめいている佐久間。 「俺たちはピンピンしてるし」 「いや、先に喧嘩を売ったのはこっちだからな。だが・・・、そういってもらえると助かるよ。俺は、醍醐 雄矢。お前と同じC組の生徒だ。レスリング部の部長をしている。よろしく」 「うん、よろしく」 「あァ、こっちこそ。それにしても・・・、俺が駆けつけたからいいようなものの、キミもあんまり粋がらないことだ」 「う〜ん、そだね。目立つのも考えモンだァね」 「まァまァ。いいじゃねェか、醍醐」 「お前なァ・・・」 あっけらかんと言う京一に、醍醐が呆れている。 「それにしても、よくここがわかったな」 「あァ、それなんだが・・・」 醍醐が美里の方を見て、意味ありげな笑みを浮かべる。 「美里に感謝するんだな。彼女が、真っ先に俺に知らせてくれたんだ」 「あ・・・あの、私・・・」 「あの慌て方は、尋常じゃなかったぜ―――。『緋勇くんが危ない』ってな」 「もうッ、醍醐くん」 「はははははッ、まァ、いらぬ心配だったみたいだな・・・」 「ん? ああ・・・、それなりに強いつもりだからね」 「それにしても、凄い技だな。昔、古武道で似たような技を見たことがあるが・・・」 「醍醐―――、お前も手合わせてしてみるか?」 「さァ・・・な」 「ふんッ」 「まァ、いずれにせよ、よく来たな。我が真神―――」 醍醐がふいに言葉を切る。 「いや・・・、もうひとつの呼び方を教えておいた方がいいかな」 「もう一つの呼び方?」 龍麻がオウム返しに聞くと、醍醐はしばらくためらうように押し黙り、そして口を開いた。 「・・・・・誰がいいだしたかは知らんが、いつの頃からか、この真神学園はこう呼ばれている・・・・」 ふいに風が吹いた。生温かい、心をざわつかせる、風。 「――――魔人学園と」 |
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