■電話

■龍麻のマンション■

「・・・・・ああ、姉ちゃん? 俺」

『・・・・あんたねェ』

 受話器の向こうの女性は、一つ嘆息した後、呆れたような声を発する。

『あんたが東京に行ってから、どれくらいたったとおもってるの?』

「ん〜・・・、2、3週間?」

『そーよ。その間、一個も連絡がないってーのはどーゆー事?』

「ああ、忘れてた」

 いけしゃあしゃあと答える。

「あれ? もしかして心配してた?」

『いや、全然』

 即答で本気の声でした。

『父さんがずっとヒネたままなのよ・・・父さーん、龍麻よー!』

「・・・・・・」

『・・・・・・・出ないってさ。まだしばらくは、ヒネたままね』

「よろしく」

『はいはい。で、そっちは、どう? 確か今日が初登校でしょ?』

「ああ、一悶着あったよ」

『・・・・・あんたって、ホント厄介事から好かれてるみたいね・・・・』

 とりあえず、少しげんなりしながら、沙希が龍麻の話を聞いていた。

『へェ・・・、やっぱまだいんのね、そーゆー不良って』

「ああ、それに結構、個性的な人も多いよ。なんか部活サボってばっかいそうな腕のたつ剣道部部長に、堅物そうな番長のレスリング部部長に、なんか元気のいい男子みたいな女の子。こっちは弓道部部長だったかな?」

『なんか・・・、濃いわね』

「そう?」

『それより、何か届いてなかった?』

「あ? ああ、これね」

 龍麻の手元には、一対の手甲があった。帰ってきたら郵送されていた箱の中に入っていたものだ。

「これのことで電話したんだけど。何、これ?」

『・・・・弦麻さんが、中国に行く前まで使ってた手甲だってさ』

「ふーん、そっか」

『・・・・えらく、あっさりしてるわねェ』

「そォ? ま、なんとなく、そんな気がしてたからさ」

 受話器を肩と頬に挟んで、手早く右の手甲を装着した。不思議と手に馴染む。

「俺の本当の父さんは、なんで、こいつを残したんだろうね?」

『さあ。それ鉄製の部分があるから、日本出るときひっかかるのが面倒くさかったんじゃない? あんたの父さんなんだし』

「ああ、そうかもね」

『一応皮肉もいれといたんだから、あっさりと納得しないでよ・・・・・』

「ハハッ・・・、ああ、そうだ。言い忘れてたけどね、うちのクラスに生徒会長がいるんだよ」

『ふ〜ん』

「キレイな子だったよ」

『・・・・・・・・・・』

 ちょっとした間があいた。

『女の子?』

「うん、綺麗な黒髪の、優しそうな瞳をした女の子。さっき言った元気な女子にからかわれて、すぐに赤くなる純情な子。なんとなく、瞳の奥に不思議な光を秘めた、とても綺麗な―――お姫様のような女の子」

『・・・・・・・・あんたって、いつも唐突よねー』

「なにが?」

 聞き返すと、受話器の向こうから、押し殺したような笑いが聞こえてくる。

『惚れたんでしょ? その娘に』

「さァね」

『ま、出掛け前に言ったこと、現実になるのを楽しみにしてるわよ』

「? ああ、彼女を連れてくるっての? じゃあ、そっちも俺の言ったこと」

『東京まで追いかけられて、殴られるのがいやなら、それ以上言うな・・・・・』

 ちょっと受話器から怨嗟の声が届いたので、いわれた通り言葉を切る。

「ま、元気にやってるからさ」

『はいはい。こっちもヒマになったら、見物がてらそっちに行くつもりだから、そんときはヨロシク』

「ああ、じゃ、切るね」

 チン・・・・。

 受話器を置き、着けていた手甲を外し、箱の中に戻す。

「ん?」

 箱に敷き詰められた布の端から、何かが飛び出している。布に隠されるようにしまわれていたそれは、二枚の写真だった。

「・・・・・・・・」

 一枚は、龍麻と家族の写真。そして、もう一枚は、古いセピア色の写真だった。

 そこに写るのは、箱の中の手甲と同じ物を手にさげた男と、それに寄り添うように立っている古風な感じのする女性。

「・・・・・・そっか、これが俺の――――」

 龍麻の笑顔に、一筋の涙が伝った。二つの家族に見守られながら――――。

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