■怪異(1)
■3―C教室―――放課後■ 「おいッ、緋勇―――ッ」 「・・・・あ?」 「待てよ―――。待てったらッ!」 教室から出ようとしたとこで呼びとめられ、振り向くと、京一が駆け寄ってきていた。 「へへへッ。一緒に帰ろーぜッ」 「ああ、いいよ」 「へへへッ。じゃ、はやいトコ行こうぜ。実はさ―――、この時間、学校帰りの女子高生がたむろしてる場所があんだよ。もう俺なんて、考えただけで、よだれが・・・」 京一が口元をぬぐう仕草をする。 「っと、こんなコトいってる場合じゃねェぜ。はやく行かねェと、俺のカワイイ子羊ちゃんたちがタチの悪いオオカミに喰われちまうからな。早く行こ―――どわッッ!」 「緋勇・く・んッ―――」 突然間に割り込んできた女生徒が、文字通り京一を押しのけて(京一が机の足にひっかかって転んでます)、龍麻の前に立つ。 「一緒に帰りましょッ!!」 「げッ、アン子ッ!!」 早々に復活した京一が悪態をつく。 「お前なァ・・・、いつも、いきなり出るなッ!! 心臓にわりィだろーがッ!」 「あらッ、京一。いたの?」 「いたの?―――じゃねェッ! はじめからいるだろーがッ」 「京一、あんたカルシウム足んないんじゃない? 大の男が、細かい事ウジウジいわないの」 「お前なァ・・・」 「あのォ、目の前で楽しくほっとかれると、寂しーんだけど」 『どこを見て、楽しいって!?』 同時に龍麻に突っ込んでいた。あまりの息の合い方に、龍麻が拍手を送っている。 「で、何? 遠野さん」 「・・・ま、いいや。ねぇ、緋勇くん。昨日の事だけど―――」 「昨日? ああ、佐久間くんのことか」 「―――昨日、あの後、あいつらと・・・。緋勇君―――何があったの?」 遠野が改めて龍麻を見る。どこにも怪我はしていない。 (美里ちゃんに応援呼んでもらったのが、間に合ったのかな?) 「つっかかってきた理由が、あんまりツマンないもんだったから、一発入れといた」 「え?」 「京一くんも、助けに来てくれたしね」 龍麻に笑顔を向けられるが、京一は肩を竦めただけだった。 「助けっていったって、ほとんど、お前の独壇場だっただろーが」 「あれ? 京一、あんたもいたの? 現場に」 「ああ、ま、緋勇が一発で終わらせちまったけど、な」 アン子が数瞬、ポカンとする。 「・・・・ふふふッ。あいつらには、イイ薬よ。あたし、断然、緋勇君のファンになっちゃったわ。今度、ボディーガードお願いしようかしら・・・」 「ボディーガードが必要な新聞部部員ってのも、スゴイね」 「・・・・誉めてる?」 「誉めてる」 端的に返す。一瞬だけ、龍麻の笑顔の奥に、なにやらドヨドヨしたものが見えたような気がした。 「でも、緋勇君って・・・、見掛けによらず凄いのね。あいつらだって、結構ケンカ慣れしてるはずでしょ。それを、ひとりで倒しちゃうなんて」 「あの〜、俺もいたんですけど」 「・・・・・・・」 とりあえず弱腰にツッコむが、アン子には聞こえていないようです。 (まァ・・・、沙希姉との稽古に比べれば、あの程度は、ねェ・・・・) なにやら遠い目で、まだ1ヶ月もたっていない姉との稽古を思い出す。 (よく死ななかったもんだ・・・・) 思い出というには、血生臭すぎたようである。 「よしッ。決めたわ」 なにやらイキイキとしたアン子の声に、龍麻が現実の世界に戻ってくる。 「緋勇龍麻、強さの秘密ッ!! 次の見出しは、コレよッ―――というワケで、チョット、今から取材させてね」 「なにが、というワケで、だッ。俺たちは、いそがしいんだよ。興味本位のヤジ馬に付き合ってるヒマはねェよ」 「京一くんの用事の方が、どっちかってェとヤジ馬っぽいよ?」 「・・・付き合ってるヒマはねェよ」 聞かないフリである。 「別に、京一に付き合ってくれとは、いってないわ」 「お生憎サマ。俺たち、これから、ラーメン食いに行くのッ」 「ありゃ? いつの間にそうなったの?」 龍麻がとりあえずツッコむが、すでに蚊帳の外らしい。 「あんたねェ―――、ラーメンとあたしの取材とどっちが大事だとおもってんのッ」 「ラーメンッ」 「うッ・・・」 どきっぱりに言い放つ京一の、不可思議な気迫に、なぜか押されるアン子。 「緋勇君も、この京一に付き合うことないのよ」 「え・・・・、うーん、どうしよっかなァ・・・・・。そういや、昨日も遠野さんと帰る約束すっぽかしたことになるからなァ・・・」 「そうそう―――、先約はあたしなんだし、こいつに、いちいち付き合ってたらキリがないわよ。なんたって、京一に比べたら、まだ、糸の切れた凧の方がマシなんだからね」 「わかってねェな、アン子は・・・」 「なによォ」 「緋勇が、俺の誘いを断るワケねェだろ。俺と緋勇は、ふっかーい絆で結ばれてんのさ。まッ、それが判んねェよーじゃ、記者として失格なんじゃねェの?」 「京一、あんたって・・・・・・、本ッ物の馬鹿ね。・・・もういいわ、二人でラーメン屋でデートでもしてなさい」 「はははッ、残念だったな、アン子」 勝ち誇ったような京一だった。とりあえず、言い合いのネタである龍麻は、蚊帳の外。 「あーあッ、どっかにおもしろいネタ転がってないかしら・・・。生徒会の副会長の汚職は、この間、取り上げたしなァ。学校に、怪盗からの予告状とかテロリストとか来ないかしら」 「あのなァ・・・。ここは中近東じゃねェんだから」 「あッ、あんた辻斬りでもやってみない? そこらへんの不良狙ってさ」 「お前、俺を犯罪者にするつもりかッ」 「ふんッ、意気地がないわねッ」 「そういう問題じゃねェだろ・・・・」 「仲良いねェ」 『だから、誰がッ?』 とりあえず、ツッコミだけはするようである。勝手な奴等だ。 「緋勇君―――今度は、このアホのいないときに、ゆっくり話しましょッ。じゃあねッ」 「アン子、まっすぐ帰れよッ。腹いせに下級生なんて襲うんじゃねェ―――どわッ!!」 京一の顔面を抜群のコントロールで黒板消しがヒットする。 空中をクルクルまわりながら落ちてきた黒板消しをキャッチし、龍麻が視線を飛んできた方向に向けると、肩をいからせたアン子が教室から出ていくところだった。 「くッ・・・。クソッ、アイツおもいっきり投げ付けやがって・・・。当たりドコロ悪くて、死んだらどーするつもりなんだ。いてて・・・」 「まったく、お前は見てて飽きん男だよ」 アン子と入れ替わるように巨漢の男―――醍醐が寄ってきた。 「醍醐・・・。なんだ、お前。いつから、そこに・・・」 「そうだなァ・・・げッ、アン子ッ―――のあたりからか」 ほぼ最初っからである。 「お前な―――、それじゃ、助け舟くらいだせよッ」 「はははッ、悪い悪い。見ていたら、あんまりおもしろかったんでな」 「チッ、どいつもこいつも。お前、部活じゃねェのかよ。それとも、ついに格闘技オタクの部長が、部員の首でも折って、レスリング部は、廃部にでもなったか?」 「はははッ。残念ながら、まだだ」 「ふんッ」 少々嫌味を言っても軽く流されてしまい、悪態をついている。 「そうだ、京一。ちょっと、緋勇を借りていいか」 「ん・・・・・?」 いきなりの言葉に、しばし京一が醍醐を見ている。と、その顔に笑みが浮かんだ。 「はは〜ん・・・なるほどな」 「何がだ?」 「昨日の事か?」 「昨日の事?」 「あァ、昨日のことさ」 「なんの事だ?」 堂堂巡りを続けるが、京一は口の端を吊り上げるようにして笑みをつくり、木刀の入った袋の先で、醍醐の胸を軽く叩く。 「とぼけるなよ。まったく・・・ウソのつけねェヤツだな」 「・・・・・・」 「お前がそうやって、ニヤニヤしているときは、プロレス中継観ているときか、ウソついてるときしかねェだろッ」 そこまで言ってから、京一がハッとした顔をする。 「さては、お前。昨日、最初から見てやがったな・・・。大方、俺と佐久間がやり合うのを見るつもりだったんだろうが・・・・」 「・・・・・・・」 「こいつ―――緋勇の技に興味を持った・・・・」 蚊帳の外である状況に慣れて、二人の会話を聞いていた龍麻が『俺?』と自分を指差す。 「そんなトコじゃねェのか、醍醐」 「・・・・まったく、お前には驚かされるよ。それだけ、頭がキレながら、学校の成績は最悪っていうんだからな」 してやったりな顔をしていた京一が肩をカクンと下げる。 「お前なァ。ホめるか、けなすかどっちかにしろッ。それに、最悪ってなナンだ、最悪ってなァ・・・。せめて、おもわしくないとか、かんばしくないとかいえッ」 「はははッ。俺は、良い友達をもったよ」 「ふんッ。やかましいッ」 「まァ、そこまで判ってるなら話が早い―――緋勇、そういう事なんだ」 「は?」 話は聞いていたが、意味を把握していなかった龍麻が、気の抜けた顔をする。対して醍醐はしごく真面目だった。 「すまんが、ちょっと、俺に付き合ってくれないか?」 「うん、いいよ。どこ行くの?」 「いッ、いや・・・。そういった意味じゃなくてんだな・・・」 まるで、どこかに遊びにいくかのような雰囲気をかもし出す龍麻に、醍醐が慌てると、京一が助け舟を出していた。 「醍醐、イイじゃねェか。いつでもOKッて事に変わりはねェだろ」 「おッ、俺はだな・・・」 「あーッ、ゴチャゴチャと男のクセにうるせェなッ。いちいち、相手にお伺いたてるようなコトじゃねェだろッ。緋勇。お前もおとなしく醍醐についてきゃイイんだよ」 龍麻が頷くのを確認し、再び醍醐の方を向く京一。 「醍醐―――ッ。緋勇をドコに吊れてくつもりなんだ?」 「あッ、あァ・・・。レスリング部の部室だが・・・」 「よしッ、行くぜ、緋勇ッ」 「あいよー」 思いっきし早足で教室を出ていく京一に、その後をトコトコとついていく龍麻。醍醐は数瞬ポカンとしていたが、自分がおいてけぼりくってることに気付く。 「おッ、おいッ。京一ッ。おいッ―――――」
■レスリング部―――部室■ ガララ・・・ 「ここも、相変わらずだな・・・ん―――?」 授業が終わって結構たつのに、部員が一人もいないことに気付く。 「他の部員はどうしたんだよ」 「うむ・・・。昨日の夜、佐久間と他校生が歌舞伎町でモメてな」 「昨日っていや、緋勇と―――」 「ああ、その帰りさ」 「ちッ、あのバカ野郎ッ」 京一が舌打する。ようするに龍麻に惨敗したウサ晴らしだ。 「その件で、空いての学校とPTAから学校に苦情が来たらしくてな。処分はまだ出てないが、自主謹慎の意味も込めて、しばらく休部さ」 「んなの、しらばっくれちまえばイイじゃねェかよ」 「ははは。そうもいくまい」 「まったく―――、お前はカタすぎるぜ」 「そういうな、京一。それよりも―――お前、いつまでここにいるつもりなんだ?」 「かァ―――ッ」 不思議そうに言った醍醐の言葉に、京一が奇声に近い叫びを漏らす。 「そこが、カテェってんだよッ。いいじゃねェか、別に」 「まったく、お前って奴は・・・・。仕方ない。行けといって行く男じゃないか」 「ふんッ」 「その代わり―――、手を出すなよ」 「誰が頼まれて、猛獣の闘いにチョッカイ出すかよ」 「・・・・・」 ふくれっ面の京一は、醍醐の顔を覗き見ると、一転して皮肉げな笑みを浮かべた。 「それよりも、お前・・・微笑ってんな?」 「あァ、強いヤツを眼にすると自然に顔が緩んでくる。緋勇――――」 二人の視線が龍麻に集中する。いや、集中するハズだった。 『・・・・・・・・・』 二人が顔をあげ、部室の一角を見る。リングやらトレーニング機材をもの珍しそうに見学してる龍麻がそこにいた。 「・・・・・餓鬼じゃねェんだからさ?」 京一が龍麻の首根っこを捕まえて引っ張ってきた。 「コホン・・・・。緋勇。悪いが、お前が何といおうと俺と、闘ってもらうぞッ!!」 「ん? いいよ」 承諾。
設置してあるリングの上に、二人が立つ。京一はリングの外で観戦の構えだ。 「よしッ・・・行くぞッ!」 醍醐が叫ぶように唱えるのと同時に、龍麻は動いていた。リングの角から角、醍醐に向かって駆け、一瞬で間合いをゼロにする。 「くッ――」 ズドンッ!! ポストに着けられている衝撃吸収剤が、鉄球でも叩きつけられたような音を響かせる。 龍麻の拳が、ロープ沿いに飛び退いた醍醐の体をかすめ、クッションに突き立っていた。 「ふッ!」 短く鋭い呼吸とともに、リングの上を滑るような動きで、再び醍醐との距離を縮める。 「でやああッ!」 醍醐がそれをミドルキックで迎え撃つ。が、龍麻はそれを掻い潜り、醍醐の横手へと移動していた。 「破ァッ!!」 「ぐおッ・・・」 がら空きになっていた右胴に、発剄を打ち込む。醍醐はとっさに右腕でそれを受けたが、その巨体が大きく弾き飛ばされていた。 「くッ・・・」 なんとか倒れることだけは免れたが、右腕に激痛としびれが残っている。 龍麻は一瞬の間の後、さらに追撃をかけた。またも一瞬で間合いを詰め、掌打を打ち込む。醍醐がそれを左腕で受けとめると、龍麻はさらに懐にもぐり込み、体のバネをフルに使い、ほぼ真下から天に向かって突き出すような蹴りを繰り出す。 「がッ!」 腕と胸の間をすり抜けるように伸びた蹴りは、醍醐の顎に狙い違わずたたき込まれ、僅かにその巨体を浮かす。 「――――おおおッ!」 「!?」 決定的な一撃を打ち込もうとしていた龍麻が、突如飛びかかってきた醍醐につかまる。腕ごと胴を羽交い締めされ、吊り上げられた。 「かはッ!」 龍麻の背が反る。 「決まったな・・・・。技の威力は同等でも、地力は醍醐のほうが圧倒的に上だ」 体格差は如何ともしがたいものだ。どう見ても、龍麻が醍醐のパワーから逃れることは出来そうにない。 「―――――」 「?」 龍麻の放つ気配が変わった。と、同時に、醍醐の腕が僅かに開いていた。 「な・・・・」 ふんばりもきかない態勢で、龍麻の腕が、醍醐の絞めをこじ開けていた。醍醐はさらに力を込めるが、龍麻の力は徐々に、そして確実に醍醐の腕力を上回ってきている。 練氣法・羅刹。特異な呼吸法により龍麻の氣が活性化し、筋力に大きな影響を及ぼしていた。 「ぜあッ!」 空いた隙間から膝が飛び出し、醍醐の顎をかち上げた。さらに醍醐の腕が緩んだところを、膝で醍醐の胸を押し、後ろへと跳ね飛ぶ。 「くッ!」 醍醐が龍麻に反撃させないために、間髪いれず攻撃をしかける。しかし、体の捻りを加えた強烈な回し蹴りは空を切り、龍麻の姿が視界から消えていた。 ゾクリ 「――――!?」 脇腹に手の感触を感じ、背筋に悪寒が走った。 「破ァッ!」 「ぐおッ!」 ハンマーでも打ち込まれたような衝撃。醍醐の巨体が弾けるように飛ばされ、ロープでバウンドする。 ギュンッ! 龍麻はすでに、醍醐の懐に飛び込んでいた。 「せやッ!」 顎を突き上げる衝撃。リングから天井へと変わった視界。視界の端にはまっすぐに天に向けて伸ばされた龍麻の脚が見えた。 「・・・・・・・・」 ゆっくりと、醍醐は倒れていった。
「・・・・・・おい、醍醐」 「・・・・・・・」 京一の声に醍醐が瞼を開く。暗闇が、部室の天井へと変わった。 「醍醐、生きてるか」 「あァ・・・」 醍醐は天井を見つめたまま答える。 「どうだ、気分は?」 「・・・・・・・」 「しっかし、見事にやられたな」 「あァ・・・」 視線を数度周りに向けるが、龍麻の姿はない。おぼろげに京一が龍麻を先に帰らせていたことを思い出す。 「しかも、醍醐 雄矢ともあろう男が一介の転校生にだぜ。他の連中が知ったら大変なことになるだろうな」 「ははは・・・、そういうな、京一。真っ向から、勝負して負けたんだ。・・・仕方あるまい」 「ナンだよ。ずいぶんと殊勝じゃねェか」 「―――らしくないか?」 痛む体をなんとか起こし、薄く笑みを浮かべながら聞く。 「まッ、お前の気持ちがわからねェでもねェし、なッ」 「・・・・・・緋勇 龍麻か・・・・。何処であんな技、覚えたんだ?」 「さァ―――な。だけど、ありゃあ本物だぜ」 「あァ・・・。今まで闘ってきたどの相手とも違う・・・。どうだ、お前も・・・」 「バカ野郎―――ッ、俺なんてモノの一分も保たねェよ。それにまだ、高校生活だって《えんじょい》してェしな」 「はははッ、喰えない男だ。心にも無い事を・・・・」 「ふんッ」 京一がそっぽを向く。もう一度薄く笑みを浮かべ、醍醐がヨロヨロと立った。 「よ―――ッと。痛ててッ」 「おらッ、肩貸すぜッ」 「不思議だな・・・」 「ナニがだよ?」 醍醐の腕を肩にまわした京一の方が不思議そうに聞き返す。醍醐は目を閉じていた。 「いい気分だ。まるで、憑き物が抜け落ちたような―――」 「ナンだそりゃ?」 「・・・・久しぶりに・・・、いい・・・気分だ」 「おい、こらッ、醍醐ッ、シャキッと立て。おいッ!!」 京一が悲鳴をあげる。醍醐は笑みのまま、意識を遠のけてしまっていた。 まるで、安らぎの中で寝入ってしまったように。 |
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