■怪異(2)

 翌日・・・

■3−C教室―――放課後■

「―――というコトで、旧校舎に向かう二人を見た人がいます。現在、旧校舎は一般生徒立ち入り禁止ですが、付近で、二人を見掛けたら、職員室まで連絡を。くれぐれも旧校舎の中には入らないように―――」

 昨日、取り壊しが予定されている旧校舎に男生徒と女生徒が1組、見掛けられたらしい。そして、その男女は、それ以来姿を現さない。

「では、これでHRを終わります」

「じゃあねー」

「バイバイ」

「おいッ。今日、どこ寄ってく?」

 クラスメートが、いつも通りの騒がしさで教室を出ていく。

「あッ、緋勇クン―――」

 龍麻もその波に乗って教室を出ようとすると、マリアがそれを呼びとめた。

「なんスか?」

「チョット、話があるから、後で職員室まで来て」

 

 

「失礼しやーす」

 ガラッ

 言われたとおり、龍麻は職員室まで足を運んだ。が、何故か職員室には誰もいない。

「おりょ?」

 しばし待つ。

 が、やはりマリアは来ない。

「・・・・仕方ねェかな」

 誰もいない職員室に生徒が一人でいるってのは、少しばかり妖しいかもしれない。そう思った龍麻が振りかえりドアを開けようとするが、その前にドアが開き、男教師が入ってきた。

「おっとッ」

 タバコを咥えた男―――生物教諭の犬神 杜人は少し驚いた顔で、慌てて足を止める。龍麻の方も、半歩後ろに後ずさっていたので、衝突は避けられていた。

「ん―――? お前は・・・緋勇 龍麻。どうした、こんな所で。マリア先生に何か用か?」

「ええ、職員室に来るように言われたんですけど。いないんですよねェ」

「彼女に呼び出された? なるほど・・・」

 なにやら含みのある笑みを浮かべる。

「まァいい・・・。マリア先生なら、じき戻って来るだろう。俺は退散するが・・・」

 そこで、犬神の笑みが消え、口調が少し重くなる。

「緋勇―――。彼女に気を許すな。美しい花は、美しいだけじゃないってことを忘れるな」

「はい?」

「・・・・・じゃあな」

 首を傾げる龍麻に、それ以上何も言わないまま、犬神が職員室を出た。しばらくそれを見送ったままの姿勢でいた龍麻は、ポツリと呟く。

「犬神先生、職員室に戻ってきたのに、なんですぐ出てったんだろ?」

 犬神の話を聞いていたのか聞いてなかったのか、龍麻がそんなことを考えていると、再び職員室のドアが開いた。

「緋勇クン、早かったのね」

 職員室の中に龍麻がいたことに少し驚いた様子のマリアだった。

「待たせてしまって、ゴメンなさい」

「いえ、そんなに待ってませんよ」

 いつもの笑顔で返す。つられたようにマリアも魅惑的な笑みを浮かべ、

「フフフッ。ありがと、緋勇クン。えェと、そうね・・・。それじゃ、とりあえずそこの椅子に座って」

 龍麻が指差された椅子に座ると、マリアもそれに向かい合うように自分の席の椅子に座る。

「緋勇クン。どう、学校は。クラスのみんなと仲良くなれた?」

「ええ、それなりに話せる人はちらほらと」

「そう―――。それは良かったわ。だんだん、もっと馴染んでいくとおもうわ。そういえば、緋勇クンは蓬莱寺クンと仲がイイようね。フフフッ」

 マリアが小さな笑いを漏らした。龍麻も笑みを浮かべるが、首を傾げてもいた。

「蓬莱寺クンは、ああいう自由奔放な性格だけど、すごくやさしいコだから、いろいろ相談するとイイわ。きっと、イイ友達になれるから」

「どっちにしろ、悪友になっちゃいそうですけどね」

「フフフッ。あと、そうね・・・・・・。そうだ、緋勇クン。アナタに、聞きたいコトがあるの―――。美里サンのコトなんだけど・・・・」

「なんスか?」

「アナタ・・・、彼女のコトどうおもう?」

「綺麗なコですね」

 ストレートに初期感想を述べた。マリアが目をパチクリさせる。

「優しそうだし、聞いた話じゃ、成績優秀スポーツ万能って話でしょ? それに生徒会長ってんだから、ある意味、天下無敵ッスね」

「・・・・おもしろい意見ありがとう。そう・・・。ゴメンなさい。ヘンなコト聞いて。別に深い意味はないの。美里サンも生徒会とかで悩みも多いだろうか

ら、緋勇クンが力になってあげて欲しいっておもっただけなの」

「俺が、ですか?」

 マリアは小さく頷き、そしてまた小さな笑いを漏らす。

「フフフッ。おかしいわね。転校生のアナタにこんなコト頼むなんて・・・。ありがとう―――。もう帰っていいわ。これから1年間、がんばりましょう」

 

■真神学園正門■

「おッ」

「んッ?」

 声と気配に、龍麻が顔をあげると、正門の門柱の上に京一がいた。

(・・・・高いトコロが好きなんだねェ)

 聞き様によっちゃ殴られそうなことを考えてると、京一が龍麻の前に降りてきた。

「よォ。お前のこと捜してたんだぜ」

「あ、そなの?」

「ああ。教室にいねェから、もう帰ったのかとおもってたぜ。どうだ、一緒に返らねェか」

「ん? ああ、いいよ」

 笑顔で返されて、京一もつられた笑みを浮かべる。

「へへへッ、行きつけのイイ店があんだ。帰りにチョット寄ってこうぜ」

「あいよ」

「ああ、ちょい待っててくれ」

 歩き出そうとした龍麻を、京一が呼びとめる。不思議そうな顔をして京一を見ると、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

「実はな、もうひとり誘ってあんだ。誰だかわかるか? ここで待ち合わせしてんだが。まだ、来てねェようだな」

「あ」

「ん―――?」

 龍麻の視線を追い、校舎の方を見やると、大柄な男生徒がこちらに向かって歩いてきていた。

「おッ、来た来た」

「待たせたな、京一」

「なんだ、待ち人は醍醐くんか」

「・・・・よう、緋勇」

 ちょっと複雑そうな表情の醍醐。それに対する龍麻は、あくまでにこやかだった。

「やあ、醍醐くん。昨日は結構マジに入れちゃったけど、大丈夫?」

 などと言いつつ、攻撃を打ち込んだあたりをペタペタと触ったりしている。

「緋勇・・・。お前は、その・・・」

 醍醐が困惑していると、京一の呆れた声が飛んできた。

「なんだ、男同士で。気持ち悪いヤツらだな」

「ふむ―――。京一、男の嫉妬はみっともないぞ」

「なんで、俺がむさ苦しい野郎相手に嫉妬しなきゃなんねェんだよッ!」

「なんだ違うのか?」

「当たり前だろがッ!!」

 さも意外そうに言う醍醐に、京一が木刀を袋に入ったまま突きつける。後ろで龍麻がドウドウと宥めていたりもした。

「まぁ、いいさ。それにしても、腹がへったな」

「俺なんて、さっきから腹の虫が鳴りどーしだぜ」

 グギュルルルルッ!

「・・・・・・今のは腹の音か?」

「俺じゃねェよ」

 二人の視線が龍麻に集中する。龍麻はいつもの表情のまま、腹を抑えていた。

「お腹すいた」

「はははッ、そうだな。じゃあ、いつもの所にでも行くか」

「へへへッ。よっしゃァ。それじゃ、ラーメン屋に、レェ―――ッ」

『ゴ――――――ッ!!』

 京一と、小蒔の叫びが見事にハモる。

「って、こッ、小蒔ッ!」

 余りの唐突な登場に、京一が神速の早さで飛び退いた。

「お前どこから・・・・」

「さッ、桜井・・・」

「キミたちッ、葵にあれだけ釘刺されときながら・・・」

 小蒔は『困ったもんだ』とでも言いたげに頭を降り、そして二人に向けて指を突き出す。

「まだ、ラーメン、ラーメンtって。まったく、いい根性してるよ。校則じゃ下校時の寄り道全般、禁止でしょッ」

「あんだとォ。お前だって、ゴ――――ッとか今いっただろッ!!」

「べーッ。だからって、転校生に悪いコト教えるのとはワケが違うよ」

「いやだねェ、物事、悪い方悪い方に考える人間は。俺は転校したてで一人で孤独で寂しい緋勇を、励まそうとだな・・・」

「京一ィ。そんないいワケ通用するとおもってんの? そんな見え透いた手、今どき小学生でも使わないよ」

「まったくだ」

 小蒔の言葉に、醍醐が相槌を打つ。

 ちなみに、龍麻はというと、蚊帳の外状態を利用して、内ポケットにあった生徒手帳を開いて、校則を調べていたりする。

「ぐッ・・・・。醍醐ッ、お前どっちの味方なんだよッ」

「どっちの味方でもないが、ウソはいかんぞ、京一。ウソは」

「醍醐、てめェ」

「そんなコトはどーでもいいや。早くラーメン食べにいこうよ」

「へッ?」

 京一が素っ頓狂な声を漏らす。

「だ・か・ら―――、ラーメン食べに行こ。おごってくれんでしょ?」

「なんでお前みたいな男女にラーメンおごらにゃならねェんだよッ!」

 京一の言葉に、小蒔の肩眉が僅かに釣りあがる。笑顔のままで。

 そして、龍麻はその横で、『ああ、ホントだ。真神も寄り道禁止かァ』など呟き、明日香学園のことを懐かしんでいたりする。もちろん、誰もその呟きに耳を傾けている者はいない。

「ふーん。そういうコトいうんだ」

「とーぜんだッ」

 なぜか、勝ち誇ったように胸を逸らす京一。小蒔は、クルリと校舎の方を向き、

「すゥ――――――、いぬがみせんせ―――ッ!! ほうらいじがですね―――ッ!!」

「どわ―――ッ!!」

 これ以上無いくらい慌てる京一が、後ろから小蒔の口を両手で塞いだ。

「もごもご・・・」

「ばッ、ばか野郎ッ!! なんてコト口走りやがんだ、お前はッ」

「もごご?」

「なんでもクソもあるかッ。俺は、先月の卒業敷きで暴れた一件から、目ェつけられてんだよッ」

「モゴモゴモゴモッ」

「なに? そんなの自業自得じゃないか、って? あいつらが逆恨みしてるだけで、俺は、れっきとした被害者だッ」

「京一ッ。いいかげん桜井から離れろッ!」

「おっと」

 京一は、ようやく小蒔がジタバタしてる理由を理解し、パッと手を離す。瞬間、おもいっきり小蒔が空気を吸い込む。

「ぶはァ――――。京一ィ。ボクのコト殺す気?」

「なにいってんだッ。お前が先に――――」

「すッ――――」

「わァ―――」

 京一が大慌てて小蒔の前に回りこむ。

「チョット待てッ。わかったッ、おごるッ。おごらせていただきますッ」

「やったーッ。じゃ、早く行こ」

 スパーンと切り替えて、笑顔になる。

「わッ、わかったよ。たくッ、タチの悪い女だぜ」

 パタン。

 龍麻が生徒手帳を畳み、元の位置に収める。

「んじゃ、行こうか」

(醍醐。お前も半分だせよ)

(はははッ。わかってるって)

 

■ラーメン屋前■

「あッ、そうそう。そういえばさ―――」

 ラーメン屋が見えた頃、先行するように前を歩いていた小蒔が、三人の方に身体を向けた。

「さっき、帰りがけにアン子から聞いたんだけど、知ってる? 旧校舎の噂・・・」

「行方不明のことだろ?」

「ブー、はずれ」

「違うのか?」

 自分もそうだと思っていた醍醐が、意がいそうな顔で聞いた。

「旧校舎にでる幽霊の話だよ」

「ゆッ、幽霊!?」

「そォ。なんでも夜になると赤い光が見えるとか・・・。人影が窓越しに見えたとか」

「・・・・・・・・・」

 誰も気付かなかったが、醍醐はちょっと青ざめていた。

「目撃した人の話を集めればキリがないよ」

「今どき、幽霊ねェ・・・」

 ガラッ。

「へい、らっしゃい」

 入り口の戸を開けて入ってきた四人に、店主の景気のいい声が浴びせられる。

 四人は、テーブルに思い思いに座り、話しを続けていた。

「だいたい、幽霊ッてなぁ、夏にでるモンだろ? あッ、俺、味噌ラーメンね」

「へいッ」

「なァ、緋勇」

「うーん、まあ、そかもね」

「そうだよなぁ」

「あのねェ、ボクだって聞いた話なんだから。あッ、ボクは塩バターね」

「俺は、カルビラーメン大盛を」

「緋勇クンは、なんにする?」

「醤油はないのか・・・。んじゃ、とんこつラーメン」

「あいよッ。味噌おまちッ」

 店主が注文を受けながら、最初に頼んだ京一のラーメンを持ってきた。

「おッ、相変わらずはえーぜ」

 早速京一はラーメンに箸をつける。

「桜井―――。続きを話してくれ」

「うッ、うん」

 よほど腹がすいていたのか、京一のラーメンを凝視していた小蒔が慌てて顔をあげる。

「その噂を聞きつけて、面白半分で旧校舎に入る生徒もいるって」

「なッ、中にか!? あッ、あそこは確か、柵があって立入禁止になってるはずだろ? そんなに簡単に進入できるとはおもえんが・・・」

「へい、おまち」

 残りのラーメンが机に並べられる。

「あーッ、お腹空いたァ。いっただきまーす」

「ひゃつぐぁ、にゅげびじがんぁぶっで、ひっでだぜ」

 京一がどっかの宇宙語を喋ってる。

「きったないなぁ。食べながらしゃべんなッ!!」

「う゛ろじゃひばぁ!!」

「うわァッ!バカ、知るがとんだだろ!!」

 制服に汁が飛び散ってないかと小蒔が大暴れしてる間に、京一は口の中のものを飲み込んでいた」

「抜け道があるんだってよ」

「抜け道?」

「剣道部のヤツがいってたぜ」

「あッ、そういえばアン子も同じ事いってたッ。そうそう、アン子ったら幽霊をスクープすんだって。ナンか、すんごい張りきってたけど。大丈夫かなァ・・・」

「大丈夫、大丈夫。アレは、殺しても死なねーよ」

 本気で心配してないよーな口調だ。

「第一、幽霊って話自体、眉唾もんだぜ」

「うッ、うむ。京一のいうとおりだ」

 なぜか背筋を伸ばして腕組しながら相槌をうつ。なにやら冷や汗のようなものがこめかみにあるよーだ。

「・・・・・? 醍醐クン、顔色悪いよ」

「そッ、そうか? それに、幽霊の正体みたり枯れ尾花、っていうだろ」

 ガラァッ!

 なにやらしどろもどろになってる醍醐に集まっていた視線が、店の入り口に注がれた。なにやら、真神の制服をきた女の子が、息を荒くして店内を見まわしている。

「ハァハァハァ・・・・」

「アン子!?」

 小蒔の声に反応し、女生徒―――アン子が四人に近づいてきた。

「ほら、なッ。噂をすればだ」

「ハァハァハァ、あ・・・あ・・・。ハァハァ・・・み、みず・・・ハァハァ」

 よほど疲れていたのか、テーブルの上のコップを引っつかむと、勢いよく飲み干しのかかった。

「あ――――――ッ!! お前、そりゃ俺の水だッ!」

 ゴクゴクゴクッ

「俺の水――――ッ」

「水一杯で騒ぐなッ」

「はァはァはァ、み、美里ちゃんを捜してッ!!」

「えッ?」

 小蒔がキョトンとする。今だ騒いでいた京一と、それを抑えていた醍醐も、ピタリと動きを止めた。

「み、美里ちゃんが・・・美里ちゃんが・・・」

「遠野ッ。美里がどうしたッ!?」

「アン子、落ち着いて話してよッ! 葵がどうしたのさッ?」

 小蒔がアン子の肩を掴み、真正面から叫んだ。ハッとしたような表情をした後、アン子が口を開く。

「あたし・・・。どうしても旧校舎の取材したくて・・・。それで、美里ちゃんに頼んで職員室でカギもらって・・・。旧校舎まで一緒に行ったの。けど、中に入って、取材してたら赤い光が追いかけて来てッ」

「赤い光?」

「あたし、美里ちゃんと一緒に逃げたんだけど・・・。気がついたらはぐれて・・・」

 トンッ。

 龍麻がどんぶりを置いた音に、一瞬四人が黙り込んだ。

「それで・・・・俺たちのところに」

 龍麻の言葉に、アン子が勢いよく頷く。

「お願いッ、美里ちゃん探してッ! あなたたちしかいないのよ。頼りになるの・・・」

「あのなァ、俺たちゃ普通の高校生なんだから。そんな事いわれてもなァ」

「京一ッ」

「なるほど、事情は判った。このまま見過ごすわけにはいかんだろ・・・。京一っ。一緒に学校に戻るぞッ。緋勇ッ、お前も来るよな?」

「もちろんッ。ラーメンも全部食ったし」

「もう食べたのッ?」

 小蒔が龍麻のドンブリを見る。汁一滴、ネギ一切れも残ってない。

「ま、まあ・・・頼りにしてるぞッ」

「うんッ」

「さァッ、行くぞッ」

「さっすが、やっぱり頼りになるわッ」

「しゃーねェ」

 アン子は少しはいつもの調子に戻り、「やれやれ」と京一は、脇にあいてあった木刀に手を伸ばす。

「ボクも行くよッ!」

「だめだッ」

 予想していたかのように―――実際予想していたのだろう―――小蒔の言葉に即答する醍醐。

「桜井。お前は家に帰れ」

「イ・ヤ・だ・よ。もし追い返すんなら黙ってついてくまでさ」

「・・・仕方がないな」

 醍醐は諦めた。小蒔が言い出したらきかない性格なのは知ってるし、なにより時間に余裕がなさそうだった。

「遠野ッ、案内しろッ!」

「うんっ、わかったわ」

 

■真神学園旧校舎■

「うわァー、なんかスゴイなぁ」

「うむ。かろうじて、建ってるってかんじだな」

「なんてったって、戦火をくぐり抜けてきた建物だからね。建てられたのが、第二次大戦の頃だから―――、ざっと、60年近く経つわ」

 下調べはバッチリらしく、アン子が説明役をかってでる。

「ふむ」

「そんなことよりも―――こっちよ。この板を外して・・・・」

「?」

 アン子がゴゾゴソと何かをやっている。と、いきなり壁にポッカリ穴が空いている部分が露になった。

「よいしょっと・・・、ここから、中に入れるわ」

「こんなトコロに穴が・・・」

「こりゃあ、せんせーも判らんねェハズだぜ」

「・・・・行きましょ」

「うッ、うむ・・・・」

 醍醐が生唾を飲み込み、デカイ身体を折りたたむようにして穴から旧校舎に侵入する。その後をアン子、小蒔が入り、京一がその後に続こうとし、ふと後ろを振り向く。龍麻が穴から視線を外し、新校舎のある方を向いていた。

「どうした、緋勇?」

「ん〜? なんでもないよ、行こ行こ」

 

■真神学園旧校舎内■

「うわッ、カビ臭い。ゲホゲホッ。それにスゴイほこり」

 さすがに閉鎖された旧校舎の中は、錆びやホコリの宝庫となっていた。一歩進むごに、ライトの光を遮るように漂うチリが濃さを増す。

「小蒔。男なんだから、それぐらいガマンしろッ」

「なんだとォッ」

 掴みかかってきた小蒔の右手をヒョイッとよけ、京一が龍麻の前にまわって小蒔の進路を遮った。

「気をつけて。なにが出てくるかわからないからね」

「男が四人も居るんだ。別に怖いこたぁねーさッ」

「京一ッ! 男は全部で三人だろッ」

「だって、お前、付いてるじゃねェかッ」

「何がだよッ!!」

「ナニがだよーん」

「なんだと―――ッ!」

 龍麻を中心にして、バターになった虎の話のように、京一と小蒔がえっらい大人気無い追いかけっこを始めた。

「お前ら、少し静にしろッ」

(へへへッ、怒られてやんの)

(お前もだろがッ)

「まったく・・・。あっ、そうだ。ねェ、醍醐君」

「どッ、どうした、遠野」

 また追いかけっこを始めそうになった二人を止めに行こうとした途端、後ろから呼ばれた醍醐がバッと振り向く。一瞬、目をパチクリさせたが、それ以上気にはしなかったらしく、アン子が口を開く。

「あのね、ミサちゃんから聞いた話なんだけど」

「うッ、裏密から?」

 その名を聞いただけで、醍醐の声が裏返っていた。

「えェ、旧校舎の話」

「ふむ・・・。裏密なら、旧校舎の事をいろいろ知ってても不思議じゃないな」

「この校舎、もともとは陸軍の訓練学校なんだって」

「陸軍の訓練学校? そういえば、俺も聞いたことがあるな。何でも実験用の地下施設があったとか」

「そうそう。でも意外ね、醍醐君がそんな事知ってるなんて」

「ああ。もう死んでしまったが、俺のじいさんが軍人でな。親父からも、この学校のことはよく聞かされてたからな」

「ふーん」

 醍醐が一度顎に手をやり、天井を見やる。どうやら何かを思い出したようだ。

「この校舎の地下へ行ける梯子が1階の奥にあるそうだ」

 小蒔との追いかけっこに飽きたのか、京一が話に入ってきた。

「へー、面白そうだな。行ってみようぜッ」

「京一っ! 葵はどーすんだよッ」

「あッ、そーいやそーだったな。いやァ、わりィわりィ」

「まったく、もう・・・」

「はははッ。まあ、行った所で、梯子も、もうないさ。だいぶ昔の話だからな」

「でも、学校の地下に広がる謎の洞窟なんて、ロマンがあるじゃない」

 まるで、今度はそれをネタにでもしようという口調だな。

 そうツッコもうとした龍麻に、京一が耳打ちしてきた。

(おい、緋勇。今度、誰か誘って行ってみようぜッ)

(なんで?)

(意外と、お宝が眠ってるかも、しれねーしなッ)

「なに、ボソボソ話してんだよッ。行くよッ」

「うむ、美里を早く捜さないとな。

 五人が、薄闇の中を慎重に歩を進める。

「遠野、美里とはぐれた場所は、どこらへんなんだ?」

「この先よ・・・・・。更衣室と保健室があって、その先で、赤い光が―――」

「なんかの見間違いじゃねェの? それらしいもんはねェぜ」

 ぞんざいにあたりを見渡す京一が入ってくる。

「でも・・・」

「もう少し奥まで捜してみよう」

「あッ、ちょっと待って」

 先行しようとした醍醐を呼び止め、アン子が五歩ほど前に小走りで離れた。しゃがみ込み、何かを拾う。

「これ、逃げる時にあたしが落とした御札だわ」

「なんで、御札なんてもってくんだよッ」

「だって、地縛霊とかいたら危ないじゃない」

「・・・・・・・・」

「この奥だわ。赤い光に襲われたのは。行って見ましょ」

「あっ、ああ・・・」

 カララ・・・

 存外静かな音で、扉が開く。教室らしきところに五人が入り、中を見渡した。特に目立つものはなさそうだ。

「美里ちゃんどこ行ったのかしら」

「葵・・・・・」

「もう一度、戻って捜してみましょうか?」

「ちょっと待て、遠野・・・」

「・・・・・・・・?」

 再び廊下に出ようとしたアン子が、振り向く。四人が教室の一点に視線を向けていた。

「あれ・・・・。ねぇ・・・何か・・・光が・・・・ほら」

 教室の後ろ。五人と、雑に並べられた机と椅子を挟むようにして、淡く青白い光が見えた。

「遠野・・・。お前が見たって光はあれか?」

「違うわ、赤くて小さい光だった。それがすっごくたくさん・・・」

「あの光・・・」

「おいっ、誰か倒れてるぜ」

「えッ?」

 その言葉に、四人が京一のところに移動した。確かに死角だった場所に誰かが倒れていた。

「あれは・・・、美里ちゃんじゃない?」

「葵―――――ッ」

 小蒔が真っ先に動いた。すぐ他の四人も続く。

「なんだ、この光は・・・」

 小蒔の足が止まり、ついで京一の呟きが、やけに教室の中に響いた。

「美里が・・・光ってるのか?」

「そのようね・・・」

「葵・・・・・・・」

 先ほどの光の源は、床に倒れている葵だった。身体の輪郭がゆれているかのように、淡い青光の流れが葵の身体を覆っている。

「・・・・」

「あ、緋勇・・・」

「・・・・・意識はないみたいだけど、大丈夫。ただ気を失ってるだけみたいだ」

 龍麻が葵の上体を起こしてやる。

「あッ、消えてく」

 まるでそれが合図だったかのように、葵の身体を覆っていた光が霞むように消えた。

「葵ッ!」

 小蒔が駆けより、葵の手を握る。

「葵ッ、葵ッ!!」

「とにかく、外に連れだそう」

「ん・・・・」

 微かな呟きに、五人の視線が葵に集まった。

「あ、気がついたみたいだよ」

「葵ッ!」

「う・・・ん・・・」

 葵がうっすらと目を開ける。ぼうっとした瞳が、龍麻の瞳と向かい合った。

「緋勇・・・くん・・・?」

「大丈夫?」

「葵ッ、大丈夫? どっか痛いトコない?」

「小蒔・・・」

「よっと・・・」

 龍麻が葵を助け起こす。少しフラついたので、横から小蒔が支えてやった。

「なんにせよ、美里が見つかって良かった」

「そうだな―――。後は、はやいトコ、この薄気味悪い場所とおさらばするだけだ」

「みんな、ありがと。美里ちゃん、ごめんね」

 ペコリと頭を下げる。

「うふふふッ。そんな・・・・あやまらないで」

 二人笑いあってから、美里がみんなを見まわす。

「ありがとう・・・。捜しに来てくれて」

「へへへッ。無事で良かった」

「ふふふッ。わたし・・・気を失ってたのね」

「うッ、うん・・・」

「あの時、赤い光が迫ってきて、逃げられないっておもった時、突然、目の前が真っ白になって、それから意識が遠くなって・・・」

「それなんだけど、美里ちゃんが気を失っているとき―――」

 ギチギチギチッ

「アン子ッ。その話は、また後だ」

 アン子の言葉を、京一の押し殺した声が遮る。

「――――?」

 アン子と美里が顔をあげると、いつのまにか龍麻、京一、醍醐が、女性陣を囲むように立っていた。

「どうやら、赤い光の正体が確かめられそうだな」

 ギチギチギチッ

「・・・囲まれたみたいだねェ」

 あくまでペースの崩れない口調。龍麻の、龍麻たちの視線は、教室の天上隅、そこかしかにあらわれた小さな赤い光に向けられていた。

「遠野ッ。美里を連れて行けッ。ここは、俺たちに任せろッ」

「うッ、うん」

「桜井、お前も―――」

「ボクも残るッ」

「なッ――――」

 間髪いれずどころか、言葉も終わらないうちにきっぱり言いきった小蒔に、醍醐が数瞬絶句した。見れば、小蒔はすでに自分の弓を用意しているではないか。

「ふざけるなッ! 俺たちに任せて、お前も行けッ」

「イ・ヤ・だ。ボクも一緒にいるよ。だって・・・」

「醍醐ッ、来るぜッ!!」

「四の五の言ってる場合じゃなさそーだよォ」

 キシッ!

 龍麻が手早く、用意していた手甲を腕に装着する。京一も木刀を構え、暗闇の奥からのプレッシャーを感じていた。

「くッ・・・遠野、はやく行けッ!」

「わかったわ。後で、話しを聞かせてもらうんだから無理しないでよねッ」

「あァ―――」

 二人が教室の外に出たのを確認して、醍醐が二人と並ぶ。小蒔は三人の背後に立ち、弓を構える。

 数瞬の沈黙の後、なにかが暗闇から飛び出してきた。

「行くぞ、緋勇ッ!」

「あいよ!」

 バササッ!

「破ッ!」

「剣掌・発剄!」

 掌と木刀から発せられた氣が、闇の向こうから飛来した、無数の赤い光を弾き飛ばす。

「――――蝙蝠?」

 自分の足下に落ちた物体を一瞥し、龍麻がつぶやく。言葉通り、蝙蝠だ。夕闇の中に見るものと比べれば、かなり大きいが。

 キィッ!

 キィキィィッ!

「クソッ! 数が多いッ!」

 醍醐の強烈な回し蹴りで、蝙蝠が数匹床に落ちる。しかし、闇の奥の赤い光―――蝙蝠の双眸の数は減った気がしない。

「ああ〜、チョロチョロと狙いにくいッ!」

「醍醐ッ! 小蒔ちゃんのガードしててッ! 京一は、そっちのわりかし固まってる奴等ぶっ飛ばしといてッ!」

「お、応ッ!」

「剣掌・・・旋ッ!」

「円空破ッ!」

 京一と龍麻の剄が、飛びかかってきた無数の蝙蝠を蹴散らす。

「醍醐君ッ!?」

「くッ」

 醍醐の左腕に数匹食いついた。右手で払いのけるが、制服が切り裂かれ、腕にいくつもの裂傷を追っている。

 バササッ!

 傷を負った醍醐に狙いをつけたのか、無数の蝙蝠たちが雨のように飛びかかってくる。

「破ッ!」

 そこへ龍麻が剄を打ち込んだ。まるで砲弾でも打ち込まれたかのように、蝙蝠が弾かれ、群れの中に空いた空間が生まれる。

「剣掌―――」

 そのスペースへと京一が飛び込む。鋭く振るった木刀からは、強烈な剄が放出された。

「発剄ッ!!」

 醍醐へと襲いかかった蝙蝠たちをあらかたフッ飛ばした京一が醍醐の側に降り立つ。龍麻も駆けより、小蒔を囲むような陣をとった。

「――――ん?」

 蝙蝠たちの攻撃がピタリと止んだ。頭上を飛びまわり、赤く光る目で、四人を見下ろしている。

「ありゃ〜、一斉にかかってくるつもりだァね」

「呑気な声だすんじゃねェよ・・・。さすがに、この数で一斉にかかってこられちゃ、さばけるかわかんねェぞ」

「一番デカイ奴・・・・」

「は?」

「一番でかい蝙蝠がね、統制をとってるみたいなんだよ」

「なんで、そんなことがわかるんだよ?」

「・・・・・なんとなく」

『・・・・・・・・』

 あっけらかんと言う龍麻に、三人が少し肩を落とす。

「そいつを倒せば、あとは一気に決めれるとおもうんだよねェ。なにかあいつらの注意を引けるものがあればいいけど・・・・」

「さがしてるヒマはなさそうだな」

「奴等・・・来るぜ」

 肌に感じるプレッシャーが強くなる。じりじりと双方の間の空気が張り詰めてきた。

「・・・・・・」

 なにかが切れたような感覚の直後、蝙蝠たちが黒い波となって襲いかかった。

 ガラッ!

「みんなッ!」

「―――葵ッ!」

 小蒔が叫ぶ。アン子と一緒に逃げたはずの葵が、突然開かれた扉から飛び込んできた。

「――――京一ッ!」

「よっしゃァッ!」

 予想外の葵の出現に戸惑ったのか、蝙蝠たちの動きが鈍った。その一瞬の隙を二人は見逃さない。

「キィエエエッ!」

 龍麻の指し示した方向へと青眼の構えから振り下ろされた木刀が、真空破を巻き起こし、京一の前方の蝙蝠たちを薙ぎ払った。

 京一の技が刻んだ床の筋をなぞるように、驚異的な瞬発力で飛び出した龍麻が駆ける。

「はあッ!!」

 周囲を取り囲みはじめた蝙蝠たちを、遠心力をかけて放った発剄で弾き散らし、大きく跳んだ。そして、数匹の蝙蝠に護られるようのしている、一際大きな蝙蝠に向けた掌を突き出す。

「破ッ!!」

『ギギィッ!』

 壁となった蝙蝠たちを蹴散らし、龍麻の放った剄が、大蝙蝠の身体を打ち抜いた。

「―――よしッ!」

 京一が拳を握り、小さくガッツポーズを作る。大蝙蝠が落ちると同時に、他の蝙蝠たちの動きがあわただしくなった。混乱しているようだ。

「あとは、蹴散らすのみだッ!」

「行くぜッ―――」

        ・

        ・

        ・

「みんな・・・、大丈夫?」

「葵―――、なんで、戻って・・・」

「ごめんね・・・、小蒔。私・・・、みんなのことが心配で・・・。アン子ちゃんには、先生を呼びに行ってもらって・・・」

「美里、お前・・・」

「葵・・・」

「・・・醍醐くん、腕・・・」

「ん? ああ、これか・・・・・美里?」

 醍醐が蝙蝠の牙によって刻まれた傷を見せると、美里がその腕に触れた。

『――――』

 四人が目を見開く。美里の手が淡い光に包まれたかと思うと、醍醐の腕の傷が、みるみるうちに塞がっていく。5秒も立たずに、醍醐の傷は、完全に消えてしまった。

「美里・・・この《力》は・・・」

「・・・・・わからない。ただ、こうすれば良い、って思っただけ・・・・・・・」

「葵?」

 いきなり表情の険しくなった葵の様子に、小蒔が不安がる。と、葵の身体が、先ほど倒れていたときと同様、青白い光に包まれていた。

「熱い・・・体が・・・・」

「葵ッ!」

「一体どうしたっていうんだ。これは―――」

「醍醐ッ、ともかく表へ出ようぜ。ここは、チョット普通じゃねェッ」

「ああ」

「醍醐クン・・・」

「ん―――」

「これ・・・コウモリなの?」

 小蒔が指差す先には、先ほどまで自分たちに襲いかかってきていたコウモリたちが床に転がっている。

「・・・・・・」

「スゴイ牙と爪だよ・・・」

「本来、コウモリっていうのは、多少の差はあれ、昆虫や木の実を食べる生き物だと聞いた事がある。中には、小動物の血を吸う種もいるそうだが・・・」

「にしたって、こんな風に人を襲って喰べようとするなんて・・・」

「尋常じゃないよね。しかも、この大きさ・・・、このあたりに生息しているものだとは思えないなァ」

 龍麻がしゃがみ込み、足下に落ちていたコウモリを拾いあげる。ピクリとも動かない。

(・・・・・これは・・・バラの香り・・・・。香水・・・?)

 龍麻の嗅覚が、獣臭の中に僅かに混じる別種の臭いを感じ取る。それは、つい最近、どこかで嗅いだことがあるようなものだ。

「あァ・・・、そうだな。普通じゃない・・・」

「何か良くないコトの前兆じゃなきゃいいケド・・・」

「・・・・・・・」

 龍麻の頭の中を、師・鳴瀧の言っていたことがよぎる。

(・・・・何かが・・・、《人ならざる力》が関係している何かが始まろうとしてるのか?)

「・・・・・」

「醍醐・・・クン?」

 小蒔の声が、龍麻の思考を中断させる。

「くッ・・・。どうやら、おかしいのは美里だけじゃないらしい。俺の身体も・・・・」

  ―――目覚めよ―――

「―――ッ!!」

 ―――目覚めよ―――

「こいつは―――」

 ―――目覚めよ―――

 醍醐の身体が、美里と同じように、光に包まれていく。それに呼応したかのように、小蒔、京一、そして龍麻の身体も、同じ光に包まれていった。

(―――そうか・・・、皆も・・・)

 龍麻の驚きが、自分たちのそれとは別種のものだとは、誰も思わなかった。皆、自分に起きていることがわからずに、それどころではなかった。

「この氣は、いったい―――」

 ――――目覚めよ――――

 幾度目かの頭の中に響く呼び声。そして、龍麻たちの意識は暗闇の中へと沈んでいった。

 

 

「う・・・」

「いててて・・・」

「二人とも、起きた?」

 龍麻の声で目を覚ました後、自分たちが固い地面の上に寝ているのに、気付き、京一が身体を起こす。横では、醍醐も同じように頭を振りながら立ちあがろうとしていた。

「ここは・・・・」

「ん・・・?」

「うーん・・・」

「桜井ッ」

「小蒔、だいじょうぶ?」

 駆け寄った醍醐と、先に意識を回復していた葵が、小蒔を立ちあがらせてやる。

「葵・・・」

「どうやら、みんな無事か・・・」

「俺たちはいったい・・・」

「ここって、旧校舎の前だよね」

 小蒔が見上げる先には、旧校舎がそびえたっている。全員あの中で意識を失っていたハズだ。

「あ・・・ああ」

「なんだろう。急にめまいがして、氣が遠くなって・・・」

「・・・・・・」

 今度は全員が旧校舎を見上げた。全員が全員、意識を失っていたのに、どうして外に倒れていたのだろう。

「ちッ、いったいぜんたいどーなってやがんだッ」

「美里、身体はなんともないか?」

「ええ・・・、大丈夫。ありがとう、みんな」

「えへへッ」

「ふむ・・・。コウモリといい、俺たちを包んだ青い光といい―――、この旧校舎には何があるというんだ・・・」

「さァね。ロクなもんじゃなさそうだけどさ」

「・・・・・」

 不安そうな醍醐と葵とは対照的に、龍麻は気軽にそういいながら伸びをする。地面の上に寝ていたせいか、身体のアチコチがギシギシと軋む。

「まぁ、いいじゃねェか。美里も無事だったしよ」

 同じように気軽な京一の言葉に、醍醐の顔が少し緩んだ。

「・・・・・・そうだな」

「そうそうッ」

「なんか安心したら、お腹減っちゃった」

「おれは、人暴れしたんで、同じく」

 小蒔と龍麻が、お腹を抑える。不安感に包まれていた場は、今では完全にのどかなものになってしまっていた。

「まったく、おめェ等は―――」

「なんだよッ」

「はははッ、桜井らしいな。じゃあ、何か食ってくとするか」

「そうだねッ。いこー、いこーッ」

「ふふふッ・・・、小蒔ったら」

「腹減ったぞー」

「緋勇くんまで・・・うふふッ」

 異口同音で嬉しそうな声をあげる二人を見て、とりあえず不安はぬぐいさられたようで、葵の表情もいつもの微笑みを浮かべていた。

「よっしゃッ、そうと決まりゃ早くいこーぜッ」

「あッ、待ってよ、京一ッ!」

 まるで、鬼ごっこでも始めたかのように、二人が駆け出す。他の三人は、あきれたり、微笑んだりしながらも、その後についていく。

 

 ――――目覚めよ――――

 

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