■天敵襲来

■新宿駅西口■

ザシャッ!

「着いたわねッ」

 なにやら、効果音を引っさげて、女性が一人、通行人の迷惑かえりみず仁王立ちしている。なにやら中身が詰まったバッグを二つ、華奢な身体で軽々と肩に担いでいる姿は少し違和感を覚えなくもないが、見た感じ、結構な美人だ。 

「うーん、人が多いわねェ」

「おネエさん、おヒマ?」

「あん?」

 えらく軽い口調で声をかけられ、女性が振り向くと、数人の若者がニヤけた笑いを浮かべて立っていた。そして、女性を囲むように動く。

「おネエさん、観光?」

「じゃあ、俺たちがイイとこ紹介するよォ」

「・・・そうね。私、行きたいところがあるの。ここに書いてある住所まで案内してくれる?」

「へいへい、お安い御用ッスよ」

 女性が差し出したメモをナンパ軍団の一人が、よくも見ずに胸ポケットにしまった。

「さ、こっちッスよ、こっち」

「俺たちがエスコートしますんで」

「ありがと」

 女性が押されるように男たちに連れられていく。

「おいおい・・・」

 さっきまで女性と男たちがいた場所に、学生服を着た男が立った。表通りから横道へと連れ立っていく一団がその視線に先にある。

「・・・イヤイヤってわけでもなさそうだけど・・・・でも、観光みたいだしなァ。でも、そのわりにゃ、堂々としてたよなァ・・・・」

 数瞬迷い、少年が一団を追って駆け出した。

「ま、緋勇にゃ、後で謝るとして。あいつのことだから、少しくらい時間に遅れても怒んねェだろ」

 一団の後を追い、少年―――京一は、路地裏へと入った。しばらく早足に歩くと、人通りのほとんどない場所で、一団が止まっている。女性と男たちが、何か言い合っていた。

「やっと案内じゃないって気付いたのか?」

 足を速め、木刀を取り出す。

「・・・・なんだ?」

 近づいてみると、予想していた状況と違うことがわかる。女性の方は冷静そのものの表情で、男たちの方ががなりたてている。逆じゃないだろうか、普通は。

「おい、てめェら―――」

 一番近くにいた男の肩に手を伸ばそうとした瞬間、京一の横を男たちの一人が吹っ飛んでいった。

「・・・・へ?」

 京一の視線の先には、掌を突き出した女性の姿が見える。

「あんた等ねェ、田舎モンだと思ってナメてんじゃないわよ」

 流れるような動きで、一歩後ろに下がり、僅かに腰をおとして構えをとる。

(ん?)

 一瞬、女性に龍麻の姿が重なった。構えが龍麻のものと、ほとんど一緒だ。

「て、てめェ―――」

 殴りかかってきた男の腕を掻い潜り、鋭い掌打が顎をかち上げる。空中で気を失い、そのまま崩れるように地面に倒れた。

「ああッ、サトシッ!?」

「この野郎ッ!」

 残りの男たち四人が、一斉に襲いかかる。

「私は女だ。野郎ってのは失礼でしょう」

 最初に跳んできた拳を僅かに身体をずらしかわし、すれ違い様に後頭部に裏拳。一瞬の間も置かず、鋭い踏み込みで右の肘頂を次の男の鳩尾にたたき込み、さらに殴りかかってきた三人目の拳を平手で捌く。捌いた左腕と交差するように伸びた右掌が、男の胸にたたき込まれる。

「うわッ」

 四人目が後ずさる。が、後ろを向いて逃げ出す前に、女性が懐に入った。

「やッ!」

 天を突くような蹴りが、男をふっ飛ばす。

(龍星脚・・・・、やっぱり緋勇の関係者か?)

 蹴りを放った姿勢で固まっていた女が、ゆっくりと姿勢を戻し、足下で倒れている男たちを見下ろす。と、視線を京一に向けた。

「後は、あんただけね」

「へ?」

 ドンッ!

 長く鋭い踏み込みで間合いを縮めてきた女の掌打を、木刀を盾にして受けとめる。キョトンとした表情をしたと思ったら、次にムッとした顔になる。

「止めるなんて、ナマイキッ!」

「ちょッ、ちょっと待てッ、アンタ、緋ゆ―――」

 京一が言い終わるのを待たず―――というより最初から聞いてない様子で、女性が攻撃を仕掛けてくる。

「せェッ! はッ! うりゃッ!」

「うッ!」

 三連撃の最後の一撃を肩に受け、京一がよろめく。

「あら、ホントに結構やるわね。これだけ打って倒せなかったの、久しぶりよ」

「痛痛ッ・・・、いや、だから、アンタ―――」

「破ッ!」

「ぬあッ!?」

 いきなり放たれた発剄を間一髪でかわした京一が、勢い余って道脇に置いてあったポリバケツに突っ込んだ。中身は入ってなかったので、ゴミまみれになるのは避けられたが。

「うわッ、ほんとナマイキッ! 頭悪そーな連中とツルんでるくせに、私の発剄までかわせるなんてッ! マジでナマイキよ、あんたッ!」

「ああッ、さっきからなんかゴチャゴチャと訳わかんねェことをッ。あんた、緋勇の―――」

「次、ちょっと本気出していくかんねッ!」

 やはり京一の話などまるで聞いてないようで、ズビシッと指を突きつける。

「だからッ、俺の話を―――」

 トンッ

 気付いた時には、女性の右手が京一の胸に押しつけられていた。

「あ―――」

「破ッ!」

 衝撃が背中まで突き抜ける。一瞬、京一の身体が跳ね、そのまま膝を折り、前のめりに倒れ込む。

(速ェ・・・)

「ど〜お? いくら、私がイイ女だからって、遥々旅してきた―――まあ、そんなに離れてないし、電車に揺られてきただけだけど―――まあ、そんなこんなな私をいきなり、襲おうなんざ、一億兆年早いわよ・・・・・・って、あんた今、緋勇って言わなかった?」

 地面に放っておいた荷物を担いで表に戻ろうとした女性が、再び京一のところに駆け寄り、片手で京一を引っ張り起こす。

(俺…70kgあるんですけど・・・・)

 気ィ失いかけてる京一には、まともに答える余力はない。

「・・・・・あれ、そういや、こいつら最初六人だけだったよね・・・・。もしかして、巻き添え?」

「・・・・・・・」

「あ、こらッ、気ィ失うんじゃないよッ。ていッ!」

「おうッ!?」

 京一の頬に思いっきり平手を叩きこまれる。逆に意識が遠のきかけた。

「あんた、もしかして、龍麻の関係者?」

「・・・・そりゃ、俺の台詞だよ」

 頭を振り、意識をハッキリさせた京一が、半眼で呟く。女性の方は気にした風もなく、笑顔だ。

「ああ、そういや、それ龍麻の学校の制服ね。私は、龍麻の姉の緋勇 沙希」

「緋勇の、姉ちゃん・・・・・」

「そ。あんた、龍麻の住んでるトコ知ってる?」

「え? あ、ああ、これから行くとこだけど・・・・」

「そりゃ、好都合」

 

■龍麻のマンション■

 ゾクッ

「・・・・・・・・」

 ソファーで転寝していた龍麻が、いきなり背筋を走った悪寒に目を覚ます。

「なんだ・・・・? あ、もうこんな時間だ。蓬莱寺、遅ェなァ」

 今日、京一が訪れるはずが、まだ来ない。

 ピンポーンッ!

「おッ、来たか?」

 小走りで玄関に向かい、ドアを開けた。予想通り、京一がドアの向こうに立っていた。

「遅かったね、蓬莱寺」

「ああ・・・・。緋勇、もう一人いるんだが・・・」

「ん?」

「ハァイッ」

 京一の横から、沙希が割り込んできた。

「久しぶりね、弟ッ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 パタン。

 無言で龍麻がドアを閉めた。

「せェあッ!」

 沙希のたたき込んだ蹴りがドアを打ち破る。半端に残った蝶番に繋がったドアをさらに蹴飛ばし、沙希が中に入る。なぜかそれに付き従うように、おずおずと京一がそれに続く。

「なんのつもりかしら、弟」

「なんでいるんですかね、姉」

 顔はこれ以上ないくらい魅力的な笑みだが、沙希の瞳にはとても危険な光が宿っていた。

 対して、龍麻の方も笑みを浮かべている。だが、それは絶望的な敵を前にしたときの、諦めの笑みだ。

「ちょっとバイトをクビになっちゃってね。ヒマになっちゃったから来たわ。しばらくやっかいになるわよ」

「嫌だ」

 バシッ!

 一瞬で接近した沙希の拳を、龍麻が受け止める。

「何でよッ?」

「自分の胸に聞いてみッ」

「心当たりが多すぎて、一つに絞れないわよッ」

「だったら充分だろうがッ」

 リビングに続く狭く短い廊下で、二人が打ち合っている。まるで型の練習でもしているかのように、互いの攻撃を見事に捌きかわしているが、それがかなり本気な威力がこめられていることを感じ、傍観に徹している京一の背筋が寒くなる。

「あんたが私に逆らうなんて―――」

 パンッ

 掌打を放った龍麻の右腕が撥ね上げられる。完全にがら空きとなった右の脇に、懐にもぐり込んだ沙希の手の甲が叩きつけられる。

「がはッ!」

「―――100億兆年早い」

 沙希が構えをとくと同時に、龍麻が地面に倒れ込んだ。完全に気を失っている。

「緋勇を赤子同然かよ・・・・」

「あら? 京一くん、上がんないの?」

 龍麻を引きずってリビングに向かおうとした沙希が振り向く。京一はビクッとなり、そそくさとドアの壊れた玄関から一歩外に出た。

「いえ、今日のところは帰らせて頂きます。それでは」

「あら、そ? んじゃ、また今度でも遊びに来てやってね」

「はい、それでは」

 逃げるようにその場を後にした京一が、階段を駆け下りる。

「あの、のほほん緋勇があれだけ心を乱されるとは・・・・・・ありゃぁ、緋勇の天敵だな。いくら美人でも、さすがにビビるぞ、ありゃ」

 これが、沙希と京一達のファーストコンタクト。龍麻が、ある意味最も恐れる女性の登場が、自分たちにどれだけ、あらゆる意味でどんな影響を与えることになるのか・・・・・。それを京一達が知るのは、まだ後のことになるそーな。

りたーん 【妖刀】へ