■妖刀(1)
「数百年の時を超え―――、今なお、なんと衰えることを知らぬ切れ味よ・・・」 月を背に立つ真紅の学生服をきた男の顔が、眼下に座る男の持つ日本刀の刀身が跳ねた月光に照らされる。 桜の花びらが舞う中、桜の根元でだらんと座っている男の傍らには、横たわり、二度と動くことの無い女性の姿があった。 「う・・・・ううッ・・・・」 「そればかりではない。その刀身は、紅の鮮血を浴び、芸術品の如き、眩耀さを増しているではないか・・・・」 「う・・・、あああッ・・・・」 男の言葉に呼応するように、赤く濡れる刀を持った男の声が、唸り声へと変わり始めた。その様子に、男は口の端を上げ、薄く笑う。 「天海よ・・・。常世の淵で、見ているがいい。貴様が護ろうとした、この街が混沌に包まれていく様を。貴様の街は、ヒトの欲望によって滅ぶのだ」 男が一歩下がると、それを追うように日本刀に男が立ちあがる。 「さあ・・・、殺すがいい・・・。くくくくッ・・・・」 「うッ・・・うおおッ・・・うおおおォォォォ!!」
■3−C教室―――放課後■ 「―――ふう。やっと、今日の授業も終わったな」 「・・・・そだね」 チャイムが鳴り終わると、醍醐が龍麻のところまでやってきた。龍麻は気だるげな様子で机の上に突っ伏していたが、とりあえず顔だけ向ける。 「どうした?」 「いや、昨日久々に姉ちゃんに稽古つけてもらってたんだけど・・・・・・・なんかハードで・・・・疲れてんの。だいたい、軽く付きあってくれっていってんのに・・・・むちゃくちゃ楽しそうに技ぶつけてくるんだ・・・・・。おかげで身体中痛いわ、周囲がボロボロで御近所から苦情が来るわで・・・・・」 疲れているというより、憑かれているような状態だ。 「そ、そうか。それで、今日は覇気がなかったわけだな・・・・。それで、龍麻。もう学校には慣れたか?」 「まァね。大分」 「そうか。それは、良かった。実はな―――」 一瞬、言葉に詰まる。 「この間の旧校舎の件もあるし、お前のことも心配してたのさ。美里も、あの時以来変わった様子は見られないし、京一と桜井もいつも通りだしな」 「そだね・・・・。なんか身体の調子が不気味なほど絶好調なこと以外は、それほど変わったわけじゃなし」 「・・・・・・・・」 「よッ、御両人」 龍麻の言葉に、醍醐がなにかを考え込んでいると、そこに、京一が割り込んでくる。なにやらニヤけた顔つきだ。 「ちょいと、相談があるんだけどよ」 「噂をすれば・・・だ」 「変わってないねェ」 二人の視線と呟きに、京一が怪訝な顔をする。 「なんだよッ。男同士で気持ちわりィなッ」 「はははッ。相談ってなんだ、京一? お前がそういう顔をしているときは、大体、ロクでもないことを思いついた時だろうがな」 「へっ、いってくれるぜ。俺はただ、そろそろ花見の季節だなァ、っと」 「・・・・・だから、何なんだ」 「舞散る花びらを見上げながら、龍麻と友情について熱き語りあいをだな―――」 「・・・・そのココロは?」 「いや、さぞかし、酒がウマいだろうなァ・・・」 「・・・・・・・」 「息があった漫才だねェ・・・」 龍麻の言葉にやや不満があったようだが、醍醐は京一の方を優先した。 「京一、お前な・・・・」 「まァまァ。相変わらず、おカタイなあ。真神の総番殿は」 「お前が柔らかすぎるんだッ。酒は、健全に肉体だけでなく、精神まで鈍らせる。京一、お前も武道家の端くれならわかるはずだ」 武道家らしいといえばらしいが、あまり高校生らしくない物言いの醍醐に、京一は不敵な笑みを向ける。 「ふふん。あいにくと、酒で鈍るほど、俺の腕は悪くないんでね」 「・・・・そういうのを屁理屈というんだぞ、京一。大体、俺たちは高校生だ。社会的、道徳的にだな―――」 「社会や道徳で、宴会ができりゃ苦労しねェよ」 「それが屁理屈だといってるんだッ!!」 やっぱり漫才だ、などといつも通り蚊帳の外で状況を楽しんでる龍麻に京一が視線を向けた。 「なんだよ。じゃあ、ひーちゃんにも聞いてみろよ」 「・・・・むう。お前は、どうなんだ龍麻。高校生が酒なんて、もっての他だとおもわんか?」 「・・・・・・・お酒」 「そんな顔をしても俺は許さんからなッ!」 表情から、龍麻がどっち寄りかが瞬時に理解できてしまい、醍醐が一喝する。 「ええ〜」 「なんだよッ、醍醐のケチッ!!」 「・・・・子供か、お前達は。ともかく・・・・、駄目なもんは、駄目ってことだ」 「けッ、石頭が」 「まったく―――」 三人の会話に、別の声が入ってきた。 「もう見てらんないよッ」 「ん―――?」 京一が視線を向けると、呆れてるのか笑ってるのか派別の難しい表情の小蒔と、美里がいつの間にか側にたっていた。 「ガキなんだから、京一は。本能のおもむくままだもんねッ」 「うふふッ・・・」 「なんだよ、ふたりとも、いたのか―――」 「さっきから、いたよッ。ボクと葵と・・・美女が二人も―――。ね、龍麻クン」 京一と醍醐が言い合ってる間に、龍麻と小蒔達はすでにお互いを確認していた。 「うん、可愛いクラスメートの女の子が二人ね」 「えへへ」 さすがに面と向かってこう返されると照れくさいらしい。小蒔と美里が少し頬を赤らめる。 「龍麻クンって優しいよね」 「龍麻・・・、俺には女は美里しか見えねえぞ」 「きょ〜いち〜・・・」 「・・・・・まあ、落ちつけ桜井」 小蒔の背に怒りの炎が灯ったところで、醍醐が仲裁に入る。いつもの光景だ。 「そうだ―――どうせなら、みんなで花見にいかないか? 中央公園も、もう満開だろう」 「・・・・そうだな。ま、それも悪かねえか」 「えっ、花見に行くの!? いいね、それ。ボクも、楽しみだなァ。中央公園は屋台もでるしね。やきとり、やきそば、お好み焼き、おでんにたこ焼き・・・・」 京一が、やっぱり、といった感じに肩を下ろし、苦笑いにも見える笑みを浮かべる。 「うんうん。花より団子って言葉は、お前のためにあるようなモンだな。いいよなァ、お気楽星人は」 「べーッ。花を見ながら、屋台の食べ歩き。これが花見の醍醐味だろ? それにキレイな桜に食欲も増すってモノさ。ねッ、葵」 「・・・・・・・・」 「葵ってば」 上の空という感じで返事をしない葵の目の前で手を振り、再度呼び掛けるとようやく葵が俯けていた顔をあげた。 「あッ・・・、えッ、えェ・・・」 「どーしたの、ボーっとして」 「うッ、ううん。なんでもないの。ちょっと考えごとをしていただけ」 「葵・・・」 「中央公園はきっと、夜桜もきれいでしょうね。みんな、どうかしら。龍麻くんの歓迎会も兼ねて」 「歓迎会ッ!?」 無理矢理話を変えられたような気がしたが、京一のこの叫びに、小蒔の頭の中からその疑問が吹っ飛んだ。 「そうそう、それだよ。そういえば、やってなかったじゃねェか、歓迎会」 なにやら急にいつも以上にテンションをあげてる京一。今の彼の心を指す言葉があるとすれば、『いい口実じゃねェか、この野郎』、だろうか。 「それじゃ、決まりね。今日は、みんなで花見よッ」 「あ、アン子ッ!!」 いきなりのご登場に、京一が少し飛び退く。今の今まで気配を感じなかったというのに、アン子は京一の背後に立っていた。 「なんでここに・・・?」 「あーら、そんなコトどーでもイイじゃない。だって、龍麻君の歓迎会だもん。あたしにも、参加する権利はあるわよ。ねェー、龍麻君」 「うん」 即答快諾。 「そうこなくっちゃ。ありがと、龍麻君。お礼に、新聞部の新聞あげちゃうわッ!」 ポンッと真神新聞を渡す。 「龍麻ッ。嫌なら嫌とハッキリしっていいんだぞ」 「アンタには聞いてないわよッ!! とにかく、花見に、歓迎会!! 行かない手はないでしょ」 「ったく、しょーがねェなァ。おまえがいると、またなんかロクでもないことがおきそうだぜ」 「あらッ、失礼しちゃうわ。有能なジャーナリストは己が本能の赴くままに行動するの。あたしが事件を起こしてるんじゃなくて、事件の法があたしを求めてやってくるのよッ」 「本能が赴くままってところは、京一と一緒だね。だから気が合うのかな、京一とアン子ちゃん」 「なんで、俺とアン子が!」 「なんで、あたしと京一が!」 ふたりして異口同音な叫び。 「チッ。やってらんねェぜ、まったく」 「・・・ま、いいわ。そーゆーわけで、あたしも同行するわね」 「うふふッ・・・・」 「どうせなら、人数が多いほうが絶対盛り上がるよッ」 「・・・まあ、そうだけどな。ところで、龍麻」 「ん?」 「お前の歓迎会なんだから、もちろん来るよな」 「うん、当然!」 なにやら満面の笑みだ。かなり嬉しいようである。 「うれしいねェ。そうこなくちゃな」 「やった! 決まりだねッ。よーしッ、今日は盛り上がるぞォ!」 「・・・・アルコールは抜きだがな」 醍醐の言葉に笑いが巻き起こる。京一だけは渋い顔。 「しつけーぞ、醍醐。ったく、保護者ヅラ、すんなよなッ」 「なんとでもいえ。お前のあきらめの悪さを俺はよーく知ってるからな。ジュースに混ぜてでも持って来かねん」 「かーッ。信用ねえのッ」 「あッ、だったら先生も呼べばいいじゃない」 「な―――ッ!」 アン子の言葉に、今度は絶句する京一。かなり予想外だったらしい。 「マリア先生なら、きっと行ってくれるわよ」 「なるほどな。まさか先生の前で酒は飲めまい」 「そ、それはそうだがよ・・・・」 「何よ、京一。アンタ、なんか都合でも悪い事あんの?」 「いッ、いや。別に・・・。だけど、せっかくの花見が教師の引率で、かよッ。ちょっと、制約多いんじゃねェか? なぁ、龍麻?」 「え? なにが」 ニコニコ。 無茶苦茶無邪気な笑顔だ。 「ナニがうれしいんだ、お前。もしかして、マリア先生が来んのが、うれしーッてんじゃねェだろうな」 「そだよ」 あっけらかんと言って来る龍麻に、ガクーンと京一が項垂れる。 「まったく。お前に聞いた俺がバカだったよ」 「はいはい。もう決まりッ! みんなでマリア先生を呼びに行きましょ」 「アン子ッ、なんでお前が仕切るんだッ」 「アンタがグダグダいってるからよッ。さッ、行きましょ、みんな」 「うむ。そうするか。それでいいな、京一」 「しゃあねェ・・・、マリア先生も巻き込んで、どんちゃん騒ぎと行くかッ」 「ただし、お酒はダメだからね」 「しつこいんだよッ!!」 「ハイハイ。それじゃ、はやく行こッ」 ドンッ! 教室を出ようとした小蒔が、入ってきた男生徒にぶつかってしまう。 「わッ! いてててッ・・・・。どこ見て歩いてんだよ・・・・・」 「あッ・・・・」 「佐久間・・・・」 現われたのは佐久間だった。無言のまま、一同を見ている。 「あんた、いつ退院したの?」 「・・・・・・」 佐久間は黙したままだ。 「まァ、何にせよ良かった。部の方は、身体が慣れるまで休んでもかまわんぞ。見学しててもかまわんが、じッとしてられんだろうからなァ」 醍醐の言葉を聞いているのかいないのか、佐久間は黙って醍醐を見ている。 「そうだッ。なんなら、イメージトレーニングを始めるのも―――」 「俺に近寄んじゃねェ!!」 「佐久間・・・・」 場が一瞬凍りつく。 まだ教室に残っていた他の生徒達も、何事かと龍麻達に視線を向けていた。 「てめェ! なんだそのいい方はッ!!」 「緋勇・・・・」 「なんだと・・・・」 くってかかろうとする京一を無視し、佐久間が龍麻に近づいた。龍麻は正面に立った佐久間に、いつも通りの様子で向かい合う。 「緋勇・・・。俺ともう一度、闘え・・・・」 「佐久間くん・・・・」 葵が心配そうな顔で、龍麻と佐久間を交互に見てる。佐久間は葵を一瞥し、そのまま何もいわないまま、龍麻の方に向き直った。 「やるのか、やらねェのか、どっちなんだ・・・」 「やんない」 場に似合わないほど、あっけらかんと否と答える。その様子が癇に障ったのか、佐久間の表情がさらに険しくなった。 「逃げんのか、てめェ・・・」 「バーカッ。てめェとやったところで、龍麻が勝つに決まってんだろ」 「なんだとォ・・・」 京一と佐久間の間に剣呑な空気が流れる。 「止めろ、二人ともッ。私闘なら、俺が許さんぞ」 「・・・・・・・そうやって、親分風吹かしてられんのも、今の内だぜ。緋勇の次には、醍醐―――てめェをやってやる・・・・」 「・・・・・・・・」 「いつも、俺の前ばかり歩きやがって・・・・・」 「佐久間・・・・」 「けッ」 「おいッ、佐久間ッ」 醍醐の制止も聞かず、佐久間は教室を出ていった。それを見送った醍醐の肩が、わずかに落ちる。 「ますます、卑屈になってやがんな、あのアホ。醍醐も龍麻も、気にすんなって。どーせ、ひとりじゃなんにもできやしねェよ」 「あッ、あァ・・・・」 「さァて、さっさと花見でも行ってどんちゃん騒ぎしよーぜッ。ほらほら―――」
■3階廊下■ 「あ、そうだ・・・。どうせなら、ミサちゃんも誘おうよ」 ビシッ! 小蒔の発言に、京一と醍醐が石化した。 「そうねえ、今ならまだ霊研にいると思うわ」 それにかまわず、話を続けようとすると、京一が振りかえる。 「お前ら、余計なこというなッ。なッ、醍醐」 「う・・・うーむ・・・」 言葉を選ぼうとしているが、あきらかに嫌そうだ。そんなに嫌か、お前等。 「あら、龍麻君の歓迎会なのよ。アンタたちの好き嫌いで人選して欲しくないわねッ。ねッ、龍麻君。ミサちゃんも呼んでいいでしょ?」 「うん、いいよ。一緒にいる友達はたくさんの方がいいっしょ」 「そうそう。ミサちゃんだって『一応』友達なんだし」 「アン子・・・・。一応ってのはちょっと失礼かも」 「えッ? あッ、あははははッ。やーねェ、桜井ちゃん。気のせいよ、気のせい」 「お前も、人のこといえねェな・・・。とにかく、あいつがいると妙な寒気がするんだよなァ」 「うむ・・・」 「まったく、男のクセに意気地がないわねッ」 「もう、いいよ。京一と醍醐クンが臆病だってことはよくわかったからさッ」 「うッ・・・・・・・」 小蒔のセリフには堪えたらしく、醍醐が脂汗のようなものを浮かべながら答える。 「俺は別に、そういうわけでは・・・・・」 「じゃ、みんあでミサちゃんを呼びに行こ?」 「う、うむ・・・・」 醍醐の表情は、複雑だった。 「くそーッ。この裏切り者どもッ!!」 「京一くんも、そういわないで。みんなで行きましょう」 「大勢の方が盛り上がるよ。ミサちゃんの雰囲気も含めてさ」 「・・・・・・・わかったよ」 美里と龍麻の言葉に、ようやく折れた。 「なんか、今日の俺ってツイてねえぜ・・・」
■オカルト研究会部室■ 「紅き王冠に害なす剣・・・鮮血を求める兇剣の暗示だね〜。あっちは、方角が悪いね〜」 「そんなァ・・・。せっかうのお花見なのに」 ビクビクする男二人を引きずってやってきた龍麻たちだが、ミサには断られた。彼女の占いによると、凶事が待っているらしい。 「それじゃあ、ミサちゃんは行けないのね?」 「悪いけど〜、そういうことで〜」 「残念だわ・・・」 「ちょっと待って、そういえば・・・」 アン子がミサの言葉から思い出したことを皆に話す。それは、日本大刀剣展という展示会に集められた刀のうちの一口。 ある夜に、不可解にも忽然と消えてしまい、いまだ発見されずにいる日本刀のことだ。 「で、ここからは、あくまで伝承と推測の域を出ないんだけどね・・・・」 日光の華厳の滝、その滝壷の奥にあった祠の下に埋められていたというその刀は、こう推測されていた。江戸時代に、徳川家に数々の悲惨な死をもたらし妖かしの刀とされ、そのほとんどが処分された刀のうち、封印という形で後世の残された刀の一口なのでは、と。 「妖刀ねェ」 「ふふふッ。その妖刀、なんて呼ばれてたか知ってる?」 「まさか、お前―――」 興味無さげだった京一が、アン子の言わんとしていることに気付き、さすがに顔つきが険しくなる。 「そう。その妖刀は、こう呼ばれていたわ。村正――――ってね」 「その妖刀・・・村正が中央公園に?」 美里の問いに、アン子が肩をすくめる。 「―――かどうかは、わからないわ」 「なんだァ。驚かさないでよ」 「―――だったら、面白いなァっておもっただけ。へへへッ」 いつもの表情に戻ったアン子の言葉に、力が抜けたように面々が溜息を吐く。緊張していた場の空気が戻ってきた。 「でも・・・、ミサちゃんの話も気になるわ。龍麻くん・・・龍麻くんは、気にならない?」 「ん? そだね、気になるっちゃあ気になるけど・・・。大丈夫じゃないかな?」 「・・・そうね。きっと、平気よね」 「そうそう。どう考えたって中央公園にゃ結ぶつかねえよ。あんまし気にしないこった」 「うふふふふ〜。信じる信じないもみんなの勝手〜。じゃあ、気をつけてね〜」
■真神学園正門前■ ミサに見送られ、オカルト部を後にした龍麻たちは、マリアを花見に来ることを約束させ、いったん解散、現地集合することにした。 「え〜と、それじゃ中央公園に6時だよねッ。で、遅れてきた人は、罰ゲーム」 小蒔の発言に皆がギョッとする。 「エーッ、踊るの? 歌うの?」 「もちろん、両方ッ」 「マジかよ、小蒔・・・」 「まあ、お前が一番可能性が高いからな」 醍醐の発言に京一がむくれる。 「なんでだよォ」 「つまり、人混みの中で、余計な者を捜してないで、早く来い、って事よ」 「ふんッ、勝手にいってろッ。じゃあ、後でな」 「おう」 「うんっ、バイバイ」 「遅れないよーに、後でね」 「みんな、後で・・・さようなら」 それぞれ帰路についた四人を見送り、残った葵が、龍麻を見る。なにやら龍麻はにこやかな笑顔で葵を見ていた。 「待ち合わせしよっか?」 「え?」 「だから、少し早めに会おう。先に待ってるから、美里も急いで来てみてよ。いいよね?」 「もう・・・強引ね。うふふ・・・。それじゃ、私も龍麻くんに合わせてくるわ。遅れないでね」 「あいよ」
■龍麻のマンション■ 「ただいまー」 「あら、お帰り」 リビングでポテチをパクつきながらテレビと雑誌に目を向ける、ヒマな二十代沙希には目もくれず、荷物を放り投げた龍麻が再び、早足で玄関に向かう。 「ちょっと待ちなさい」 玄関のドアのノブに手をかけたところで、龍麻の動きがとまった。後ろから首を鷲づかみにされている。 「そんなに慌ててどこ行くの?」 ソファーに深深と座っていたハズの沙希が、何時の間にか龍麻の背後に立っていた。 「・・・・相変わらず面妖な素早さだな、姉ちゃん」 「人を妖怪みたいに言わないでよ。なんかあるんでしょ? 最近、ダラーとした生活にも飽きてきちゃってさァ」 「ヒマなら、バイトでも何でもしろよ。居候」 ゴンッ! 「〜〜〜〜〜」 頭を抱えてうずくまった龍麻が声にならない悲鳴をあげる。その後ろには拳に怒りマークを浮かばせた沙希が仁王立ち。 「人をごく潰しみたいにいうな。家賃半分負担するっていってんだから、いいじゃない」 「・・・・家にいたときから聞きたかったんだけど、あんた、すぐバイトクビになるわりには金銭的に潤ってるけど、なんで?」 「ヒ・ミ・ツ」 「・・・・・・・」 「んで、どこ行くの?」 「花見だよ。んじゃッ」 トンッ。 龍麻が共通廊下から、外に飛び出した。3階の高さからの落下を電柱を蹴ることで減速し、そのまま何事も無かったように歩道に降り立つ。 「・・・・・・・フフ」 驚いて腰を抜かした老人に謝りながら、マンションの前から離れていく龍麻を見下ろし、沙希は薄く笑っていた。
■新宿中央公園■ 「龍麻くん・・・」 「お?」 呼びかけに振り向くと、美里がこちらに向かって歩いてきていた。龍麻の方も小走りで美里に近づく。 「早かったのね。まだ誰も来ていないの?」 「うん」 「・・・・・・・」 「・・・どうかした?」 「・・・ねェ、龍麻くん・・・。私・・・、龍麻くんに聞いてもらいたいことがあるの」 「うん、いいよ。俺もそのつもりだったし」 「え?」 美里が俯いていた顔をあげる。龍麻はいつもの無邪気な笑みを浮かべ、美里を見ていた。 「なーんか、最近悩んでるみたいだったしさ。話し相手にでもなれりゃ、と思ってね」 「・・・・ありがとう、龍麻くん。ほうとうに・・・聞いていてくれるだけでもいいの。・・・・この前の旧校舎のこと―――、覚えてる? 私が気を失って・・・、それで・・・・・・・」 「俺達が助けに行ったときの事だろ?」 美里が頷き、遠い目をする。 「・・・あの日―――。あの旧校舎の出来事から、私の中で何かが変わった・・・。それは、私の心に呼びかけてくる暖かい気持ち・・・。優しさ・・・慈しみ・・・。心地良い温もり・・・。でも――――」 美里が不安を胸の内から出さぬようにしているかのように、自分の身体を抱くように腕を組む。その手は僅かに震えていた。 「ときどき、私が私じゃなくなっていくような気がして・・・・、元の私が消えていくようで・・・。別の私に変っていったら、どうなってしまうのか・・・、このまま・・・・、このまま、みんなのこと忘れていってしまうじゃないかって」 「美里・・・・」 「怖いの・・・とても・・・・・・。どうしていいか、わからなくて・・・、この《力》は一体何なのか分からなくて―――。龍麻くん・・・私・・・私・・・・あッ・・・」 肩に龍麻の手が置かれたと気付いた次の瞬間、葵はその手に引っ張られ、身体を龍麻の胸に預ける格好になった。そのまま龍麻は腕を葵の背に回し、その細い身体を抱きしめる。 「・・・・・・・・・」 「大丈夫だって。君はいなくなったりしない。俺の腕の中にいる」 「龍麻くん・・・・」 「ほら、美里葵は、ここにいる。君は、確かに、ここにいるよ」 「・・・・・・あ」 龍麻の言葉に、停止し掛けていた思考が回転を始める。いきなり気恥ずかしさに顔が赤くなり、龍麻の胸を腕で押した。 「いや・・・、離して・・・」 「はいはい、っと」 龍麻はすぐに葵を解放する。葵とは対照的に、表情に照れがなく、どことなくイタズラっぽい笑みを浮かべていた。 「・・・・・・・・」 「ちったァ気は楽になった?」 「ごめんなさい・・・・、変な話して・・・」 「いえいえ」 |
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