■妖刀(2)

「・・・あッ、誰か来るわ」

「お、京一と醍醐か」

 向こうもこちらを確認したらしく、早足で近づいてくる。

「よォ。ん――――? へへへ」

 京一が二人を数度見まわし、ニヤけた笑みを浮かべた。何を考えたか、想像に難しくない。

「こいつはチョット、来るのが早かったか。なァ。醍醐」

「なんでだ? ちょうどいい時間だとおもうが・・・」

「お前なァ、気を利かすとかなんとか考えられねェのかよッ」

「・・・・・・・?」

 本気で京一のいう事が理解できていない醍醐の表情に、京一が俯いた顔を手で覆う。

「かーッ、まったく。少しは雰囲気を察しろよッ」

「もう―――、京一くんッ。そんなんじゃないんだから。あッ、ほら―――。小蒔とアン子ちゃんも来たみたいよ」

 美里の指差す方から、二人が駆け寄ってくる。

「ごッめーん。遅くなった」

 息を整え、集まった面々を見渡し、ギョッとする。

「もッ、もしかして、ボクたちがビリ!?」

「うふふ。まだよ。マリア先生が来ていないわ」

 美里の言葉に、今度はアン子が、別の意味でギョッとしていた。

「もしかして、マリア先生が罰ゲーム―――な、わけないか。あーあ。せっかく京一の音痴な歌を聞いてやろうと思ってたのに」

「あのなッ、結果的に一番最後はお前らだろうがッ!! そんなに歌が好きなら、お前らが歌えっての」

「い、いや、どーせならボクたちなんかより、マリアセンセの歌の方が・・・」

「・・・・私がどうかしましたか?」

 いきなりの背後からの声に小蒔が数歩、跳び退る。

「セッ、センセー!!」

「すごい先生。時間ピッタリッ」

「フフフッ・・・。普段あんなに、みんなのコト注意してるのに、私が、遅刻するワケにはいかないでしょ。それより、歌がなんとかって―――」

「あははははッ。何でもナイですッ。さッ、みんな揃ったことだし、はやく行こッ!!」

 こめかみに汗を一筋流す小蒔がマリアの背を押す。

「・・・見事に自分の立場を誤魔化しとるな」

「まったく、あいつらしいというか、なんというか。まッ、いーや。俺たちも行こうぜッ」

「うふふ・・・。龍麻くん。私たちも行きましょう」

「そだね―――」

 ゾクッ。

「・・・・どうかしたの?」

「ん? どうした、龍麻?」

「いや、なんだか覚えのある寒気が・・・・・」

「ハァイ」

 振り向いた龍麻の目の前に、Vサインを突き出し、満面の笑みを浮かべた沙希の姿があった。

 パタッ

 龍麻が、振り向いた姿勢のまま固まって、横に倒れる。

「あら?」

「あら?じゃねーッ!」

 即座に立ちあがり、沙希と鼻っ面を合わせた。

「なんで、いんの、ここにッ」

「ヒマだったからに決まってるでしょーに」

「・・・・・なんで、俺たちの場所がわかったかと聞いてるの」

「フフフッ、あんたの後をつけたからに決まってんでしょーが。甘いわね、オーホッホッホッ!」

 相変わらずの理不尽さである。

「出た・・・・」

 こっちは京一が青ざめていた。

「なになにー、どーしたのー? ん? あれ誰?」

「っていうか、何してるの、龍麻君?」

 戻ってきた小蒔たちが、いつもと様子が違う龍麻と、不敵な笑みを浮かべている見なれぬ女性の姿に、怪訝な表情を浮かべた。

「初めまして、諸君。私は龍麻の姉で、緋勇沙希っていいます。よろしくッ! あ、マリア先生ですねッ。お噂はかねがねッ、これからも不出来な弟をよろしくッ! あ、京一君、それに君は醍醐君? うわ、ほんと高校生とは思えないくらいイイ体格ね。今度二人でウチに遊びにいらっしゃい。お茶菓子ぐらい出すからッ! こっちの娘は桜井小蒔ちゃんよね。京一君に男女扱いされてるっていうからどんな娘かと思ったけど、可愛いじゃない。少年の元気を持った女の子って結構魅力的なのよ、ある意味才能だからねッ! おッ、こっちが美里葵ちゃんね。キャーッ、綺麗な黒髪、黒い瞳ッ、マドンナって言われるのも分かるわーッ! あんたたちも私達の部屋に遊びにいらっしゃいッ。私、たいてい暇だし、あんたたちには個人的にも話したいことがいっぱいあるのよ。んでねー、こっちに来てから色々やってんだけど、早くも飽きがきちゃったのよ。私って、飽きっぽいし、面倒くさがりなトコがあるから、街に出歩くのも2、3日続くとねー・・・。だから、今日混ぜてちょうだい、お願い。色々買い込んできたし、後でいろいろ世話もするからさァ。いい? いいよね? これでも『宴会場の女神』とまで言われた女よ、私。損はさせないわ――――――」

 京一達に口を出す隙も与えずにまくし立てていた沙希が、しゃがみ込む。なんだか、顔が青い。

「あ、あの・・・・大丈夫ですか?」

「ちょっと・・・・・酸素が足りなくなって・・・・」

「帰れよ、姉ちゃん。それに『宴会場の女神』って何だ? 言われてたのは『宴会場の破壊神』―――」

「あっ、アレ」

『え?』

 急に立ちあがった沙希が指差した方向に、皆の視線が行く。別に何もない。桜の木々とその下で騒いでいる集団がいるだけだ。

「何が・・・・・・」

 視線を戻してみると、何故か鳩尾のあたりを抱えてうずくまる龍麻と、明後日の方向を見ながら口笛を吹いている沙希の姿があった。

「さァー、花見を始めましょうー!」

『・・・・・・・・・・・・・・』

「それにしても・・・、毎年のこととはいえ、すごい人でね」

「このあたりは都庁を含め、オフィスビルが多い。それに、花見客の層もサラリーマンが覆いしな」

「どこか、イイ場所ないかなァ・・・・・・あッ」

 人の海の真っ只中で辟易していると、小蒔が弾んだ声をあげた。一角を指差す。

「あそこッ! あそこなんかイイんじゃない?」

「そうね、桜も綺麗に咲いてるし・・・。この人数でも充分座れるわね」

「それじゃあ、あそこにしましょう」

「はいはい、どいたどいたァ」

 先陣きって歩くは、沙希である。他の花見客が強いたシートとシートの間をするすると抜け、我先にとその空いた空間に辿り着いた。真ん中に仁王立ちして、まるで周囲に睨みをきかせているようである。

「・・・・・・・・」

「相変わらず元気だな、お前の姉ちゃん」

「言わないで」

「私が持ってきたビニールシートがあるから、それを敷いて、座りましょう」

 

「―――オホンッ」

 京一が一つ、わざとらしい咳払いをする。皆の手にはジュースの入ったコップが在り、京一の言葉を待っていた。

「それじゃあ、転校生の緋勇龍麻くんと、その姉、緋勇沙希さん、そして、この見事な桜に―――」

『かんぱーいッ!!』

「サア、少し食べるものを買ってきたから、どうぞ」

「ボクも、さっき屋台を回って買ってきたよ」

「私は、ジュースを持ってきたの。みんな、飲んでね」

「飲み物は、俺が買ってきたのもあるから、どんどん飲んでくれ」

「あ、あたしは一応、お菓子買ってきたから、どーぞ」

「・・・・・・・・・・・・・」

 皆が用意してきた飲食物を出していく中、京一がちょっと気まずそうな笑みを浮かべる。

「メインの龍麻は、抜いたとして・・・・」

「はい」

 龍麻が菓子やらペットボトルが入ったコンビニ袋を目の前に置いた。その横に、沙希が同じようにビニル袋を置く。

「・・・・・・手ぶらなのって、俺だけ?」

「きょーいちー・・・・」

 小蒔が不穏な気配を撒き散らしてにじり寄る。

「あんたって奴は―――ッ」

「あははははッ。わりィわりィ」

「フフフッ」

「面白い子ねー、京一くん。学校でも、ああなんですか? マリア先生」

「え、ええ。彼は私のクラスのムードメーカーです」

「ふふッ、あれだけ陽気を振りまいていれば、当然ね。ところで、マリア先生、おいくつ?」

「え?」

 なんの脈絡もなく振ってきた沙希の問いに、マリアが目をパチクリさせている。

「おい、姉ちゃんッ。いきなりそーゆーコト聞くか?」

「うるさいわね。私が誰に何聞いたっていいでしょう? あ、ちなみに、私は25です。勤めていた商社はちょっとしたことでクビになっちゃって、3年前からしがないフリーターです。現在彼氏いない歴4ヶ月・・・・・ううう・・・」

「あ、あの、沙希さん? 泣いてるんですか?」

「自分で言って傷ついてるなよ・・・。それにクビになったのが、ちょっとしたことで? セクハラで有名な課長ぶん殴って、その場で辞職届叩きつけてきたんじゃないか」

「うわッ、豪快」

「すごいな・・・・」

 皆が感心とも呆れともつかない視線を、沙希に向ける。

「後で聞いた話なんだけどね、その課長それ以来、女子社員に手を出さなくなったどころか、女性に大して腰が低くなったそうよ.見た目じゃ女は分からない、ってね」

 無茶苦茶楽しそうに話してる。

(確かに・・・、あの人が、達人とは思えねーよなあ)

(そんなにスゴイのか・・・?)

(街のチンピラ相手ならともかく、俺や龍麻が、手も足もでねーんだぞ・・・。お前、それがどーゆーことかわかるだろが、醍醐)

(う、うむ・・・・)

(腕前と根拠のない自信だけは、一人前な京一が、そこまでいうんなら、相当なもんなんだろうねー)

(んだと、小蒔ッ。てめェ、聞き捨てならねぇコトいってんじゃねェぞ)

「あ、話が逸れてましたね」

「あ、え、ええ。今年で31になりましたわ」

「へェ・・・・」

 沙希が意外そうな顔をする。

「そんなに、意外でしたか?」

「ええ、もっと上だと思ってました」

「―――」

 マリアの表情が、ちょっと引きつる。

「おいおい、沙希さん。若く見えるってんなら分かるけど、もっと上ってこたぁないだろ?」

「そうだよ、姉ちゃん。いくら女同士だからって、そりゃ失礼だぞ」

「あー、ごめんごめん」

「―――そうだわ、緋勇クン。犬神センセイがいってたのだけど・・・。あなた、なにか武道をやっていたの? とても・・・、強いって話を聞いたのだけど」

「・・・・まあ、やっていたってことにはなりますね。真神にくるまで。アレと、もう一人の恩師に教わりました」

 沙希を指差す。

「人を指突き付けて、アレとかいうな」

「フフフッ。やっぱりそうなのね・・・。センセイも、強い男のコは好きよ。―――でもね、緋勇クン。力が強いだけでは、本当の強さとはいわないわ。人に対するやさしさ、くじけない勇気。そういうココロの強さが放蕩の強さだと思うの」

「ココロの・・・強さ・・・」

 マリアの言葉に、龍麻が反応する。心の強さ。顔も覚えていない父と、その父を知る男の言葉が、反芻される。

「これから先―――、アナタが、大切なものを護りたいのなら・・・」

「はははッ。あんまりケンカばっかりすんなってコトさ、なッ、ひーちゃんッ」

 首根っこガッチリと固めて、京一が高らかに笑う。

「痛ェって、京一。それに、いきなりあだ名で呼ぶか、おい」

「ひーちゃん、か。ボクもそう呼んでいい?」

「いーよいーよ、小蒔ちゃん。どうとでも呼んで」

「うふふ、小蒔ったら」

「やれやれ・・・」

「ウフフッ・・・、蓬莱寺クンにも、当てはまるから、きもにめいじておいてね」

「へーいッ」

「面白い子達ねー、ホント」

 場がすっかり和む。ムードメーカーたる本領が発揮されたというわけだ。

「心配ないですよ、マリア先生。私たち家族は、この子がウチに来てから17年、世間様に恥じないよう、いい男に育ててきたつもりですから」

「・・・・え?」

「ウチにきてから・・・って」

「ああ、俺、養子でね。本来なら、姉ちゃんは、従姉妹ってことになるな」

「この子がウチにきたときはビックリしたわよー。なんたって、まだ1度も顔を見たことがなかった従兄弟が、弟になるってんだから」

 むちゃくちゃ普通に話しているが、いきなり過ぎて他の五人は、ポカーンとしていた。あまりにあっけらかんとしたムードなので、その程度ですんでいるが、普通なら空気が重くなりそうな話題だ。

「ん? どうしたの、みんな。ほらほら、せっかくの花見よ。ほら、見てみなさい」

 先の視線をつられて、皆が顔をあげる。風に舞う桜の花びらが夜空の闇に浮かびあがっていた。

「―――そういえば、今年の桜は、去年よりまた一段と見事だな」

「あッ、花びらがコップの中に・・・」

「美里ちゃんの髪にも・・・・。風流だねェ・・・」

「本当に綺麗な桜。なんだか・・・、吸い込まれそう―――」

「待て、姉ちゃんッ!」

 和んだ場の空気が、龍麻の叫びに近い声に切り裂かれた。

「なによ?」

「あんたの手の中にあるものはなんだ?」

 龍麻が沙希の持っているものを指差す。沙希が自前で持ってきたらしいガラス製のコップには、泡立つ液体が満たされていた。

「炭酸入り麦茶」

「麦酒というもんだろう?」

「ビールともいうわね」

「飲むな」

「なんで?」

「一昨年のご町内の忘年会の後、もう人前では飲まないって約束したろ?」

「こんな時に飲まないのは、嘘ってもんでしょう? ねェ、先生。あ、まだありますから、どうです?」

「え、ええ?」

「生徒の目の前で、先生に同意を求めた上に酒を勧めるな」

「私は、この空気で酒を呑みたいの」

「・・・・・京一、醍醐。姉ちゃんを止める。手伝ってくれ」

「お、おいおい」

「どうしたというんだ、龍麻?」

 切羽詰った龍麻の様子に戸惑う二人。龍麻は沙希と向かい合ったまま振りかえらずに答えた。

「一昨年、町内会の忘年会の席、父さんは珍しく体調を崩し療養、母さんは仕事が終わらず欠席。なぜか『お目付役』とか言われて借り出された俺の目の前で、姉ちゃんは変貌した。酒乱の上、脱ぎ上戸。しかも酒のせいで力加減なんてものはなく、暴れまくった。なぜか連動するようにあばれるお隣の村方さんと、町長の息子、圭吾さんとともに、下着姿で町内を破壊してまわり、いつもは止めに入っているらしい父さんが不在の中、俺が姉ちゃんを止めるのに、どれだけの骨を折ったか・・・・。それ以降、姉ちゃんは宴会には呼ばれず、あの騒ぎは伝説となり、そしてこう呼ばれた・・・。『宴会場の破壊神』と・・・・・。ちなみに、宴会場となった俺ン家の道場は、半壊したよ・・・・・・・」

『・・・・・・・・・・』

「ふ・・・、あんたに私を止められて?」

「止めるさ・・・・、あんたが酒に狂った後のことを考えれば――――」

 キャアァァァァ―――ッ!!

 ウワアアァァァァッ!!

「な、なにッ!? 見てッ、向こうの方から人が逃げてくるッ!!」

 なにやら大地がゴゴゴゴッと鳴動しそうなほどの緊張感が、悲鳴に切り裂かれ、新たな緊張が走る中、アン子が指差した方は、かなりの騒ぎになっていた。

「なんだよ。変質者でも暴れてんのか?」

「そんな感じじゃないな・・・。そう遠くはなさそうだ。龍麻、俺たちで様子を見てくるか」

「ああ」

「こういう時、お前は頼りになるな」

「姉ちゃんを酒から遠ざけるチャンスだ、っていう考えも少しはあるんだけどね」

「そ、そうか。よし、行こう」

「ちょっと、待ってよッ。ボクたちも一緒に行くよッ」

 小蒔の言葉に、醍醐が顔を手で覆う。大体予想はしていただろうが・・・。

「だって、もしかしたら・・・」

「桜井ちゃん・・・」

「その可能性も、あるな」

 京一が頷く。五人の中で何かがざわめいていた。数日前、旧校舎で感じた感覚が甦ってくる。

「しゃーがねェ、俺達も行ってみっか」

「もしかして・・・、大スクープのチャンスかもッ」

 こっちは不安など微塵も感じさせない笑みを浮かべ、カメラなどを用意しつつ。

「安易な奴だな、お前は。少しは警戒しろっての」

「行くのなら、私も一緒に行きます」

 マリアの言葉に、今度こそ、醍醐たちがギョッとする。

「そんなッ・・・、先生、危険です」

「いいえ。だからこそ一緒に行きます」

「で、でも・・・」

「私は、みんなの保護者です」

 その一言で、小蒔が口をつぐんだ。正論だ。

「わかりました・・・。行くぞッ、みんな」

 

 

「・・・・・うッ。この匂いは・・・」

 シートやら飲食物やらがぶちまけられたように散乱する場所、逃げ惑う花見客の姿が見えなくなった場所で、京一が口と鼻を手で覆った。

「間違いないな。・・・・血の匂いだ」

「――――!! みッ、見て。あの人・・・・」

 小蒔が指差した方には、一人の男が立っていた。ヨロヨロのスーツを着た、一見なんの変哲もない平凡なサラリーマン風の男。ただ、もう一見すれば、すぐさま異様な光景になる。その手に握られた一本の、日本刀。そして、その刀身に滲む紅い流れ。

「あの刀・・・。血が―――」

「気をつけろ」

 醍醐が美里たちを後ろに下がらせる。

「おいッ、オッさん!!」

「うゥッ・・・」

「ん―――?」

 男と京一たちの距離が数歩近づく。そして、さらに気付くことがあった。

「くくくくくッ・・・」

「・・・・・・」

「ケケケケッ」

「てめェ・・・」

 醍醐と京一の顔に怒りの色が浮かぶ。そして、龍麻の気の抜けたような表情は、面のような、なんの表情も浮かべないものになっていた。

「お前たち、退がってろ」

「うッ、うんッ」

「ハァ―――、ハァ―――ッ」

「てめえ・・・・、その刀で人を斬りやがったな?」

「ハァ―――、ハァ―――ッ」

 相手は答えない。いや、言葉が通じているのかさえ怪しい。それほどまで、衣服を血に染めている男の瞳は、常軌を逸した光を放っていた。

「あなたたちッ。退がってなさいッ!!」

「な―――ッ、先生ッ!!」

 京一たちがギョッとした。マリアが男と京一達の間に飛び出していたのだ。

「先生、退がってて下さいッ」

「私には、あなたたちを守る義務がありますッ。危険なマネをさせるわけにはいきませッ」

「だけど、せんせ―――ッ」

「ヒャハ―――ッ!!」

「せんせー、危ねェッ!」

 京一、龍麻がその瞬発力をいかし、マリアの背後から飛びかかろうとしていた男の進路を遮る。

「遠野ッ、先生を連れて後ろに退がってろッ」

「オッケーッ」

 半ば無理矢理後ろに引っ張り戻した醍醐の言葉に頷き、アン子がマリアの腕を引っ張る。その二人をさらに守るように、葵と小蒔が前にでる。

「ダメよッ、ワタシは―――」

「俺たちにとって、あなたは、大切な先生だ。そうだろう? 龍麻?」

「ああ。先生、俺たち、これから1年間、面倒見てもらわなきゃいけないんですからね。怪我なんかさせられないでしょ?」

「緋勇クン・・・、みんな・・・・・・。ありがとう、みんな。でも・・・」

「はいはい、マリア先生。ここは、あの子たちにまかせておいて」

「沙希サン・・・・」

「あんな変質者、あの子達の敵じゃないですって。そうでしょ?」

「そういうコトッ。行くぜ、ひーちゃんッ!」

「あいよッ!」

 龍麻、京一、醍醐が、男を囲むように展開する。その後ろで、小蒔が弓に矢を番えた。旧校舎の一件以来、小蒔は常に弓を所持するようにしていたのが、役立っていた。

「ハァアアァッ!」

 男が、一番手近にいた京一に刀を振るう。相手の間合いを見切り、その一撃をかわした京一は、間を置かずに自分の間合いへとつめる。

「てやぁッ!」

「げふっ!?」

 重い胴一閃。男はその威力に吹っ飛び、木の幹に激突した。

「ちッ!」

 京一が舌打する。男はまるで効いた様子もなく、奇怪な唸り声とともに再び襲いかかってきた。

「うるァッ」

 刀の腹に木刀を添えるような動きで、男の一撃を受け流す。

「でやああッ!」

 男がバランスを崩したところに醍醐が強烈な拳撃を振り下ろした。だが、やはり効いた様子がない。地面に叩きつけられた男は、何事もなかったように立ちあがり、狂気に満ちた瞳を京一たちに向ける。

「完全に妖刀に魅入られてるみたいねェ。身体の感覚がぶっ飛んでるみたい」

 完全に傍観モードの沙希。横ではマリアが心配そうな表情だ。

「あら?」

 不意に周囲に気配を感じ、沙希があたりを見渡す。

『ぐるるる・・・』

 龍麻たちを囲むように、大勢の犬が現われる。野良犬のようだが、明らかに様子がおかしい。双眸の光が、刀を持った男と同質のものだ。

「な、なんだッ!?」

「うざってぇッ!」

 犬たちが醍醐たちに襲いかかる。

「!?」

 襲いかかってきた二匹の犬を剣による発剄で振り払った京一の視界に、刀を振り上げた男の姿が跳び込んできた。

「ヒャハハ―――!!」

「ちィッ!」

 ギリギリでかわし、数歩飛び退る。しかし、男は貧相な外見からは想像もできない動きで、京一との間合いを詰める。

「くッ!」

 男が怒涛の連続攻撃で京一を攻めたてる。技も何もない、完全な素人剣法だが、肌を掠める剣撃から感じられる威力はゾッとするものがある。

「キシャア――ッ!」

「うざってェって―――言ってんだよッ!!」

 木刀の柄尻で男の手の甲を打ち、剣筋を逸らす。そして間髪いれずに、その顔面に横薙ぎの一撃を見舞う。

「美里ッ、小蒔ちゃんッ! 姉ちゃんのところまで退がってッ!」

 男に向かって駆けながら、龍麻が叫ぶ。氣を纏った矢を放とうとしていた小蒔が驚いたような顔をした。

「えッ?」

「今は、そこが一番安全だッ」

 ブンッ!

 男の袈裟切りを掻い潜るようにしてかわし、突進力を乗せたボディーブローを打ち込む。

「いらっしゃい」

 近寄ってきた二人に、沙希が場にそぐわない笑みを向ける。どう返していいかわからず、二人は複雑な表情だ。

『ゥゥゥ〜』

『グルルゥ・・・』

 二人の移動に刺激されてか、今まで京一たちを攻めたてていた犬の数体が沙希たちに向かって駆け出した。

「―――寄るな」

 沙希がそう呟いた瞬間、場が硬直した。龍麻が、京一が、醍醐たちが、そして男と犬たちが一瞬にして、行動を停止した。

 全員が、ある感情に身体が縛られ、動くことすら出来なくなっていた。

 恐怖。

 沙希が発している殺気に似た気配が、肉体に危険信号を灯し、筋肉を硬直させていた。

「都会に在るとはいえ、獣なら相手の強さを見定めなさい」

 場を満たしていた沙希の気配がフッとやわらぐ。

『キュゥ〜ン・・・』

『キャンキャンッ』

 先ほどまでとは打って変った情けない鳴き声とともに、犬たちが逃げ出す。

「おらー、ちゃっちゃと終わらせちゃなさいよー」

「・・・・相変わらず無茶苦茶だよ、あの人は」

 頭を抱えたい気分で、龍麻が歩き出す。無造作とも言える歩き方で近づく龍麻に、男が跳びかかった。

「ヒャハ―――ッ!!」

 スゥ・・・

 刀身が空を切った。龍麻はゆっくりと男の横に動いている。

「?―――しゃッ!」

 さらに数度、男が刀を振るうが、龍麻にはかすりもしない。

「すごい・・・、ひーちゃん、まるで相手の攻撃がどこから来るのか、分かってるみたい」

「あれは、各務っていう体さばきでね。太刀筋を見切る動作を身体に覚え込ませてるの。あの程度の技量なら、龍麻は意識しないでかわせるわ」

「沙希さんが、おしえたんですか?」

「教えたっていうよりは、叩き込んだって感じね。いきなり真剣使ってたから、さすがにあいつも最初は生傷が絶えなかったわよ」

『・・・・・・・・・・』

 葵たちの顔がちょっと青ざめる。

「ふッ!」

 鋭い踏み込みで男の懐に飛び込んだ龍麻が、柄に拳を叩きつけ、唐竹の一撃を止める。そしてがら空きになった胴に掌を押しつけ、そのまま炎氣へと昇華した氣をぶち込む。

「巫炎!」

「ぎゃふッ!」

 龍麻の掌から放たれた炎氣とともに吹っ飛ばされた男は数度地面に叩きつけられ、仰向けに倒れた。

「!?」

 手に刀が握られていないことに気付き、男が慌てて身体を起こす。が、間髪いれず接近していた龍麻が、男の胸を踏みつけ、背中を地面に叩きつけた。

「せェあッ!」

 そして拳を真下に落とし、男の鳩尾のあたりに強烈な一撃を加える。妖刀を手放し、その支配が弱まっていた男は、そのまま白目をむき、気絶した。

「・・・・ふーッ」

 しばらくそのままの態勢で固まっていた龍麻が、男が完全に戦闘不能になったことを確認してから、身体を起こす。

「終わった、かな?」

「とりあえず―――、これで当分は動けまい」

「うッ、うん・・・」

 今にも男が跳びあがるのではないかと、小蒔がちょっと男から遠ざかる。

「それにしても―――、俺たちのこの《力》はいったい・・・?」

「・・・・・・・」

 どんどん身体の動きがよくなるのが分かる。氣の扱い方も以前とは比べ物にならないほど容易になってきていた。武道を修めているとはいえ、龍麻や京一とは違い、《氣》という力の使い方など知らなかった小蒔でさえだ。そして、今も犬につけられた傷を癒してまわる葵の《治癒》。

 あきらかに尋常ならざる《力》―――。

「あんたたち・・・」

「アン子・・・」

「遠野、このことは、誰にもいうな」

「・・・・・・・」

「アン子ちゃん・・・、お願い」

「てめェ。まさか、友達を売るようなマネすんじゃねェだろうなッ」

「ふんッ。馬鹿にしないでくれるッ」

 京一がつっかかると、アン子はいつものとおりにそれに抗した。

「あたしが、そんな事するとおもう?」

「アン子ォ」

 小蒔が素直に感動している。今のもアン子に抱きつきそうだ。

「すまん、遠野」

「どうりで、この前の旧校舎の時からおかしいとおもってたのよ。まッ、いいわ。貸しにしとくから」

「ちッ、しっかりしてやがる」

「でかい、借りになりそうだね」

「先生―――、先生もお願いします。このことは―――」

 醍醐がマリアにも口止めを頼むが、マリアはちょっと呆然としていた。半分ほど理解できていないようすだ。

「アナタたちは、いったい・・・」

「俺たちにも判らないんです。何故、こんな《力》が使えるのか。俺たちは――――」

「・・・・わかりました」

 マリアが頷き、醍醐の言葉が終わらぬうちに答えた。

 その表情は、いつもの教師のものに戻っている。

「今日のコトは、ここだけの秘密にしておきましょう。いずれ・・・・、何か判る時がくるでしょう。その時まで、このコトは誰にもいわないでおきます」

「すいません・・・・」

「フフフッ。アナタが、そんな顔をしてどうするの?」

 頭を垂れる醍醐の肩に、マリアの手が置かれる。顔をあげると目の前には、マリアの魅力的な笑みがあった。

「もっと、胸を張りなさい。醍醐クン・・・、《力》というのはね・・・それを使う者がいるから存在するの。気をしっかりもって、自分を見失わなければ、きっと道は開けるはず。アナタたちは、自分の信じた道を歩みなさい。ワタシは、真神の生徒であるアナタたちを信じています」

「マリア先生・・・」

「フフフ・・・」

「センセー・・・・」

「小蒔・・・。お前に、落ち込んだ姿は、似合わねェぞ」

 いつも通りのチャチャに、小蒔の顔が瞬間的に真っ赤になる。

「なんだとォ」

「うふふッ・・・」

「はははッ・・・・」

 ファンファンファンファンッ!!

 けたたましいパトランプの音に、皆の笑い声が止まる。

「ちょっと、みんなッ。パトカー来たわよ」

「この状況は、やばいね。悪いことしたわけじゃないけど、後が大変そうだ。逃げようか?」

 龍麻の意見に、異論を唱えるものはいない。さすがに犯人扱いされることはないだろうが、事情聴取は受けるだろう。そうしたら、説明が大変だ。

「はやいトコずらかろうぜ」

「でも、この人・・・」

 少し離れた場所に倒れる男を指差す。

「放っとけ放っとけ、後は、けーさつがやってくれるさ」

「で・・・でも・・・・」

「えーっと、写真、写真」

 パシャッ、パシャッ!

 戸惑う葵の横で、アン子が矢継ぎ早にカメラのシャッターを押す。被写体は、もちろん、倒れてる男に、荒された周囲の状況だ。

「遠野―――、まさかお前・・・・、それ真神新聞に載せるんじゃないだろーなッ」

「あったりまえじゃないッ!」

 胸張って答えるアン子。その口調には微塵のためらいもない。

「あッ、安心して。みんなの事は書かないから」

「でッ、でも遠野サン・・・・、少し校内新聞としては――――」

「先生ッ!」

「ハッ、ハイ・・・」

 アン子の不可思議な迫力に、マリアもおもわず言葉を止める。

「読者は常に、刺激を求めているんですッ!! 我々記者は、ペン一本でその期待に応えなければならないんですッ。たとえ、この身が戦火に晒されよーとも――――、って、何担ぎあげてんのよ龍麻ッ!」

 アン子が自分の言葉に没頭している間に、龍麻は軽々とその身体を担ぎあげていた。

「早く行こうよ。京一、醍醐、手伝って」

「お、おう」

「おら、おとなしくしてろアン子ッ」

「キャーッ、どこ触ってんのよーッ。お金取るわよーッ!」

「いッ、痛てッ。こら、遠野。おとなしくしろッ!!」

「あーあ、せっかくいい気分で酒が呑めるとおもってたのにー。このまま他の宴会場になだれ込もうかしら?」

「そこな居候、手間かけさせることばっか言ってるなッ!」

 ギャーギャー騒ぎながら、一行がその場を後にした。

 遅れてやってきた警官隊は、その状況を見て、首を傾げていたという。

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