武装錬金(前編)

■奥多摩山中―――

「・・・ああ、こっちでも補足した。これから向かうつもりだヨ」

『ホントに会うの? 錬金戦団のデータから得た情報だと、そうとう危険な相手なんでしょう?』

 男が手にする携帯電話には、不安そうな声が届く。それと真逆の声色で、男は楽しそうに返した。

「コイツに同行してる津村斗貴子ってのには、覚えがある。記憶に間違いがなければ、単に危険な化物には、脅されようが命運をつかまれていようが、従うような女の子じゃなかった」

『・・・』

「コイツは、あの娘が、錬金戦団を敵にまわしても付いていかなきゃならない化物だってことだ。そいつは面白いってことだナ」

 男の話相手は沈黙。いつもながらこの人の思考はときどき理解に苦しむときがあるわ、という沈黙だが。

『わかったわ。でも気をつけてね』

「ああ」

 プッ・・

 通話を切り、男が立ち上がる。男の立つ場所は、森の中の一際高い木の頂点。人の立てる支えではないはずの場所に悠然と立つ男は、夜の森の一点を見つめる。

「なに?」

『聞こえなかった?』

 携帯電話からは抑揚のない声が届く。

「いや・・・。《奴》が来ているのか?」

『ええ、ついさっき戦団から連絡が届いたの。それも、《彼》の目的はどうやら・・・』

「武藤カズキか・・・」

『ええ』

 声の主、千歳はブラボーの声のトーンが少し下がっていることに気づく。元錬金の戦士武藤カズキをヴィクターVとして再殺することが決定していた以来、その名前が出るとこの調子だ。

『・・・《彼》は以前、貴方と繋がりがあるというから一応連絡を』

「繋がりといっても、《奴》が気がむいたときに出向く程度だがな。最後にあったのは戦士・斗貴子が初任務を受けたときだったか・・」

「・・・戦団の方では、何のためにヴィクターV、武藤カズキと接触しようとしているのかまではわからなかったようだけど、貴方は《彼》の行動理由に心当たりは?』

「気になるのか?」

『少しは。《彼》の立場は特殊すぎる。情報も不確かな噂レベルのものしか入ってこない上に、それも眉唾ものにしか聞こえないものよ』

「その、不確かな眉唾ものの噂とやら。おそらく大体が真実だろうな」

『・・・』

「《奴》は、初めて出会ったときから、騒動の中心にいる男だった・・」

■数年前――北陸某所

「む・・・」

 ブラボーの足元には、いくつもの骨が無造作に転がっていた。その中には明らかに子供のものもある。

 そう。人骨、ホムンクルスの人喰いの跡だ。

「・・・すまない」

 おそくなった。そう呟き、ブラボーは目の前にある廃屋に足を踏み入れた。

 先日斃した雑魚たちの情報を総合すれば、ここにいるのはヒト型ホムンクルスが一体、そしてそいつが生み出した動植物型ホムンクルスが数体。

 ヒト型の方は、核鉄を持っているが形状・特性も聞き出せている。油断する気はないが、それほど強敵ではない。

ザッ・・・

 地下にある一室。郊外に打ち捨てられたよう建っている廃屋に、そこだけ灯りがついていた。片方が倒れている両開きの扉のをはさむように、ブラボーは、その男と対峙した。

「・・・誰だ?」

 ボロボロのソファーに座っていた男が、気だるげに顔を上げる。

「夏だってのに、妙な格好してるな・・・・そいつも武装錬金かい?」

 鋭く光を帯びた瞳がブラボーを射抜くように見つめる。

(コイツが、ヒト型ホムンクルスか・・・)

 男の手には核鉄。そして身体を包み込む尋常離れした雰囲気。

 両者の間に緊張が高まっていく。

タンッ・・

「?」

 男が核鉄をガラス張りの机の上においた。そして腰をあげる。

「・・・」

 ユラリと男が立ち上がり、その次の瞬間。

「!?」

 長身のブラボーの懐にもぐりこむように、男が身体を深く沈めるような姿勢でブラボーを見上げていた。

「ラァッ!」

ドゴッ!!

 全身を跳ね上げるように繰り出した掌打がブラボーの身体を宙へたたき上げ、そのまま天井を突き破って一階へと飛び出す。

(迅い・・!?)

(硬ぇ!?)

 互いに思わぬ攻撃と手ごたえに硬直する。

「―――雄々!!」

「両断! ブラボチョップ!!」

 ほぼ垂直に跳び繰り出される蹴り。それを同じく垂直に振り下ろされるチョップで迎え撃つ。

ガガッ!!

 衝撃が廃屋内を駆け巡り、朽ちかけた家具類を外へと撒き散らした。

「粉砕! ブラボラッシュ!!」

 崩れ始めた壁や天井が落ちてくる中、ブラボーの拳が壁のように男に襲い掛かる。

「――八雲!!」

 それにあわせるように、拳の弾幕を繰り出す。

ガガガガガガガガガガッ!!

 廃屋が鳴動するほどの無数の衝突音。

「―――うらァッ!!」

「!!」

 ブラボーの攻撃の隙間を抜くように、男の拳が直撃した。

 ブラボーの体が壁をぶち破り、外へと飛び出す。空中で体勢を整え、地面をすべるように着地したブラボーの周囲をシルバースキンの破片が舞っていた。

 男が弾丸、いや砲弾のように突進してくる。

「―――フン!!」

 身体を沈み込ませ、跳躍。足下を、男の拳が空を切る。

「チィッ!」

 膝と左手を地に付け、砲弾のような突進の勢いを削ぎながら着地した男が上空を見上げる。

 恐ろしく高い、高所恐怖症なら失神してしまいそうな高度から、ブラボーが落下してくるところだった。

「流星―――」

 グングンと速度を上げ、豆粒ほどにしか見えないハズの男に一直線に降下。男はそれを見確かめてから、ブラボーと同じように身体を沈み込ませた。

「オオオッ!!」

 地を蹴った男の身体が、重力を無視しているとしか思えないほどの勢いで上昇していく。

「ブラボー脚!!」

「龍星脚!!」

ゴォンッ!!

 徒手空拳のぶつかり合いとは思えない轟音が響く。

 轟音がかすれて消えた頃に、二人が地上に到達した。ブラボーは地上に着地し、男の方はぶつかり合いで体勢を崩したままなのか、廃屋に激突。そのまま屋内に飛び込んだ。

「・・・・」

ザッ・・

 しばらくの間をおいてから、男が壁にあいている穴から出てくる。服はボロボロだが、身体には大した傷は負ってないように見える。

(やっかいだな)

 明らかに何らかの武術、しかもハイレベルの使い手だ。人間を超えた身体能力を有するホムンクルスが格闘技術を修得すれば、それは脅威という他ない。

「ム・・・」

 外に出てきた男と再び対峙すると、別種の気配が現れた。

 機械の身体を持つ犬と猫。そうとしかいいようがないが、サイズは大型肉食獣のものだ。

「配下のホムンクルスか・・」

「なに?」

 ブラボーの呟きに、男が怪訝そうな顔をした。それを問う前に、犬型のホムンクルスが、ブラボーに襲い掛かる。

「フンッ!」

 ブラボーの裏拳が犬型ホムンクルスの額を打つ。動植物型には額に浮き出る章紋を頭部ごと砕き、あっさりと斃した。

ゴガッ!

「――!?」

 別の破砕音。ネコ型ホムンクルスの襲った相手は、ブラボーではなく男の方だ。

鋭く異様に長い爪が、素手である男の拳に前脚ごと撃ち砕かれていた。

『ギャウッ』

 悲鳴のような鳴き声をあげて、すばやくネコ型ホムンクルスが男から離れた。

「なんだ・・・」

 ふいに。

「俺の勘違いか。アンタ、こいつらの仲間じゃないんだな?」

 男の表情が緩んだ。

「それはこちらの台詞だな」

「しかしアンタはコイツラを随分簡単に斃せるんだな?」

 再び襲い掛かってきたネコ型ホムンクルスの爪をかわし、地面にたたきつけながら、気軽な口調で聞いてくる。

「墳ッ!」

 捻りこむように、踏み抜く。胴体を砕かれ、二つにわかれた機械体が左右に散った。

「さっきはもっとバラしてやったんだが・・・、《氣》が完全には消えない」

「・・・コイツラは半不老不死の身体をもつ。同じ錬金術の力を用いなければ、完全な破壊は不可能だ」

「なるほど」

 前身だけで襲い掛かろうとしていたホムンクルスの頭部が宙に舞った。

「だとすると、アイツもやっぱまだ生きてたわけか」

 男が蹴り飛ばしたホムンクルスの頭部が廃屋の壁に当たって、地面におちる。と、そのすぐ横には、別の男が立っていた。

「貴様ぁ・・・」

パキキッ・・

 左腕がない。顔も、右目がつぶれていて、口の右端が耳の方まで裂けている。見ればボロボロの服の下にも、傷が、いや破壊痕が見られる。

 それらの破壊痕が、音を立てて再生している。

「やつが本命か・・・」 

 ブラボーがヒト型ホムンクルスに向かって歩を進める。が、それを男が手を挙げて制した。

「俺は、俺は《力》を得たんだッ! こんなところでやられてたまるかッ!!」

 ヒト型ホムンクルスが右手を挙げた。そこには、男が廃屋の部屋においてきた核鉄が握られている。

「やれッ!」

 ヒト型ホムンクルスの号令に反応し、ネコ型ホムンクルスの頭部と前身後身が同時に男とブラボーに襲い掛かった。

「武装――」

ゴガッ!

 言葉よりも早く。ネコ型ホムンクルスの三つに分かれた身体が粉みじんに砕かれ、ヒト型ホムンクルスの右手が宙を舞っていた。

 ネコ型の方はブラボーの拳の弾幕によって、ヒト型の方は、男の神速のダッシュからの手刀によって。

「なッ・・・」

パシッ!

 愕然とするヒト型ホムンクルスの目の前で、飛ばされた手の中から飛び出した核鉄を男が掴み取る。

「・・・お前か、あの獣の化物どもかは知らないがな」

「な、なに?」

「お前らが喰った人たちの中には、俺が前にこの街に来たときに世話になった人たちがいたんだ・・・」

 男の顔から表情が消えた。まるで精巧な仮面でもつけたかのような顔で、瞳だけが強く鋭く光っている。

「その中に女の子がいただろう? あの子はいい子だったんだ・・・」

「し、知るかッ! 貴様を喰らって回復したら次はあそこの男を――」

ドギャッ!!

 口を耳まで裂いて男に喰らいつこうとしたヒト型ホムンクルスの顔が、身体が上空に弾き上げられた。

 核鉄を握ったままでの突き上げるような掌打。ヒト型ホムンクルスの下顎は完全に砕け、首も衝撃で半ば千切れかかっている。

「こうだったかな?」

 男が核鉄を掲げる。

 闘争本能によって唯一無二の武器へと変じる核鉄。掌握 決意 そして咆哮によってそれは形を成す。

ダンッ!

 男が上空高くまで叩き上げたヒト型ホムンクルスに向かって跳んだ。

「―――武装錬金!!」

「やつは、初めて核鉄を持ったその場で武装錬金は発動させ、ホムンクルスを斃した。その後のことは大体知っているだろう?」

『ええ。《彼》のもつ独自の情報網をつかって、日本国内での戦団の行動を支援してもらうことを交換条件として、核鉄を譲渡。時には《彼》自身がホムンクルス殲滅に協力することもあるらしいわね』

「ああ、何度か共闘したこともある。その情報網と機動力は日本国内においては戦団のそれよりも遥かにレベルが高い」

『《彼》とは何者なの?』

「・・・何かの目的があるらしいが、詳しくは知らん。だが、さっきの問いには答えられるがな」

『・・・・』

「《奴》が現れた理由は、十中八九、武藤カズキ――ヴィクターVと闘うことだ」

■同刻――奥多摩山中

(そろそろ、目的地のことをカズキたちに話す頃合かな・・?)

 寝袋の中で、斗貴子は思案していた。

 忍びに忍んで、時間をかけて向かう先はニュートンアップル女学院。カズキをヴィクター化した《黒い核鉄》を発見した場所。

 これまでは何とか錬金戦団の追っ手の目を掻い潜れたが、そろそろそれもキツくなってくる。

(あの二人も、もっと仲良くしてくれれば少しは気が楽になるんだがな・・)

 カズキと剛太はいまだに打ち解けてない。訂正。剛太がカズキに打ち解けようとしていない。カズキが握手を求めて、剛太がそれを拒む様子を何度みたことか。

(程ほどに安心していられるのは明日が最後だろう。二人には明日、現状の確認と気を引き締める意味合いも込めて、話をしよう)

 そこまで思案して、斗貴子は眠ることにした。

(ん・・?)

 なにかの違和感。

「―――!?」

 それまで感じなかったわずかな気配。すぐ側に何者かが在る―――。

ザザッ!

 木の葉でカモフラージュした布を剥ぎ取り、人一人なんとか入り込める穴に据えた寝袋から、斗貴子が外に飛び出した。

「―――」

「・・・ああ、すまん。おどろかせたか?」

 斗貴子が、テントのすぐ側にいた男と対峙して、数秒。男は、なんのこともなくそんな言葉を吐いた。

「どうした、斗貴子さんッ!?」

「うおッ!?」

 数拍おくれて外に飛び出したカズキと剛太が、テントのすぐ側に立っていた男の姿を見て驚く。

 三人が三人とも、こんなすぐ側まで人が近づいていたことに気づかなかった。

「しかし何だ? サバイバルごっこか?」

 再殺部隊の奇襲に備えて三人は設置したテントでは眠らずに、さきほどのように縦長の穴の中で睡眠をとっていた。テントは囮だ。

「斗貴子さん、誰?」

 カズキが斗貴子に耳打ちする。

「わからない。剛太は・・」

「海豚海岸では見てません。それで再殺部隊じゃない、とは言い切れないですけど」

 先んじて、斗貴子に言葉を返す剛太。

 斗貴子が、男を見つめる。歳は二十代前半といったところか。中肉中背、とくに特徴といった特徴は見当たらない。やや長めの前髪が影になって月明かりでは表情がよく見て取れないが、柔和そうな笑みを口元に浮かべている。

 ただ、首にかけられた紐に通る白と黒の勾玉が、月明かりを受け異様な存在感を放っていた。

「―――ん?」

 斗貴子が不意に、その笑顔に見覚えがあることに気づいた。数年前、どこかで―――。

「―――!!?」

 脳裏に、戦士長C・ブラボーと、その横にいる男の姿が浮かぶ。その直後に斗貴子が後ろに跳んだ。

『えッ!?』

「カズキッ、剛太ッ。下がれッ! 再殺部隊だッ」

 叫びながら核鉄を取り出す。遅れて左右に散った二人も習うように各々の核鉄を取り出し、掲げた。

『武装錬金!!』

 突撃槍ランスの武装錬金――『サンライトハートプラス

 処刑鎌デスサイズの武装錬金――『ヴァルキリースカート』

 戦輪チャクラムの武装錬金――『モーターギア』

 それぞれの武装錬金を展開した3人の中で最も早く行動を起こしたのは、斗貴子だった。

 バルスカを使用しての高度への跳躍から、男の頭上へ降下。

「おいおい」

 男があきれたような声を口にし、わずかに腰を落とす。そこへ、バルスカの四刃が襲い掛かった。

「なに!?」

 ほぼ同時に襲い掛かった四刃を、地面の上をすべるようなステップでかわされた。

「逃がすかッ!」

 バルスカで地面を跳ね、男を追撃する。

「ちょっと待て。俺は戦団とは――」

内臓はらわたを――」

 聞いてない。月光に鈍く光る死神の鎌がうなりをあげる。

「ブチまけろ!!」

「聞けっての!」

ガギィッ!!

『なッ!』

 斗貴子と、左右に展開して波状攻撃をかけようとしていたカズキと剛太の動きが止まる。

 男は四刃のうち2本をつかみ、それを強引に引いて、残りの二本と刃を合わせて止めていた。いくら斗貴子のバルスカが武装錬金の中ではパワー不足の部類とはいえ、そうたやすくできることではない。

「斗貴子さんッ!」

「斗貴子先輩ッ!」

「あー、もう」

 二人が左右から飛び込んでくるのを見て取り、男が眉をゆがめる。刃を押し上げるようにして、斗貴子の身体を剛太の方へほうり出し、自身はカズキの方へと跳ぶ。

「ウオオオッ!!」

 突き出されたサンライトハートプラスが内臓エネルギーを開放、複数のパーツに分かれ、長大なランスとなって、男に襲い掛かる。

スイ・・・

「!?」

 左肩を狙った穂先を、まるで邪魔な小物をどかすかのような動作で、男はそれをさばいていた。そして、そこから長く速い踏み込み。

トンッ

 一瞬で間合いを零にされ、胸に男の手が触れる。

「破ッ!」

「―――」

 密着状態の右掌が、カズキの胸を撃つ。すさまじい衝撃に息が一瞬止まった。

「カズキッ!」

 再び斗貴子が飛び込んでいた。バルスカの切っ先を男に向けて後方上空から襲い掛かる。

「――!?」

 かすかな風きり音。

(左右から、戦士・剛太のモーターギアか)

 見れば、両手を左右に広げた姿勢の剛太が視界に入る。

(戦士・斗貴子の攻撃と同時に着弾しそうだな・・・)

 背後にはカズキの気配。すでに男の攻撃から立ち直っている。

「いい連携だ。急増トリオにしてはな。だがな――――」

ダンッ!

 男が跳んだ。サンライトハート・バルスカ・モーターギアが男の身体を掠める。

「ちったァ―――」

 木々より高く高く、驚異的な跳躍を見せた男が今度は高速度で落ちてくる。

「話を聞けェッ!」

 その速度と放つ気勢に、三人が跳び退った。

「龍神翔!!」

 地面に着弾したその蹴りが地面を大きく割った。

「なッ・・・」

 その威力に三人が唖然とする。

 男は大きく隆起した地面の中央に立ち、服についたほこりを手で払っている。

「たくッ。最初にあったときに随分攻撃的な気配をもった女の子だなとはおもったが、ここまでとはな・・」

 皮肉げな笑みを浮かべ、斗貴子に視線を送る。

「斗貴子さん、知り合い?」

 斗貴子の側によっていたカズキが聞く。

「初任務を受けたときに戦士長といた男だ。今、錬金戦団で私たちを追っているのならば、十中八九、再殺部隊のハズ」

「期待にそえずにスマンが、その認識にはチト誤りがあるな。俺はたしかに錬金戦団とつながりがあるが、組織に属しているわけじゃない」

「なに?」

 斗貴子が怪訝な表情をする。

「ちょっとした興味本位な理由で、君らに会いにきた」

「じゃあ、俺たちと戦いにきたわけじゃないのか?」

 カズキの言葉に、今度は男がちょっと困った顔をする。

「いや、そういうわけでもないんだ」

『――!?』

 男の手にはいつの間にか核鉄が握られていた。

「――させるな、カズキッ!」

「ウオオオッ!!」

 サンライトハートのエネルギーが増大し、穂先が急激に伸びる。

「大味だ」

ギャリッ!

 核鉄の表面で滑らせるように穂先を捌く。そのまま展開。

「武装錬金!!」

 核鉄が展開。質量を増し、持ち手固有の形状へと変わる。

 一瞬後には、拳法着に似た青色のスーツとなって男の身を包んでいた。

武闘装束バトルドレスの武装錬金――『逆鱗』」

 拳法着・マフラー・手甲・足甲。頭部にも鉢がねに似た軽装甲。その鉢がねと肩部から下がる飾り布が風にゆられている。

「斗貴子さん・・」

「・・・・」

 男と三人は、対峙したまましばらく動かない。カズキたちは、能力不明の相手に警戒しているのだが、男の方は、三人の出方を待っている様子だ。

(着装タイプの武装錬金には、防御重視型が多い・・。が、実際に特性を確認しなければ埒があかないか・・・)

「どうした? こないのか?」

ザッ・・

 男が歩き出す。カズキたちに対して何の警戒もしていないかのような足取りだ。

「なら、こっちから―――いくぞッ!」

 歩から跳へ。一瞬でトップスピードに達するような跳躍で、飛ぶように三人に迫る。

「ウオオオッ!」

 いち早くそれに反応したのはカズキだ。カウンターをとる形で、突撃チャージを仕掛ける。

タタンッ!

 地面と、サンライトハートを踏み台にした2段跳びで、男がカズキたちの頭上へと跳んだ。

「掌底――」

 空中で男が構えをとる。軽く握った拳を腰のあたりにため、照準でもあわせるかのように左掌をカズキたちにむける。

「――発剄!!」

ドゥ!

 突き出された右掌がゆがんだ。

 否。ゆがんで見えたのは、男とカズキたちの間の空間。見えない何かが、男の掌から放たれていた。

「なッ――!?」

ドゴッ!!

 地面がくぼんだと思った次の瞬間、三人の足元の地面が大きく砕けた。

「ウワァッ!」

「くッ!」

 隆起する地面に弾かれる形で、三人の身体が飛ばされる。

「――あれが奴の武装錬金の特性かッ!?」

 バルスカを木の幹につきたてて木々や地面との激突を避けた斗貴子が目を見張る。さきほどの蹴りよりも大きく砕かれ隆起した土塊の上に立つ男は、悠然とこちらを見下ろしている。

「現代科学で説明できない事象が、全て錬金術によるものだとは思わないことだな。今のは、武装錬金による超常の力・・・・ではなく、俺自身が会得した技術・・だ」

「今のが・・貴様自身がもつ能力だと・・?」

「ああ。体内を血のように巡る《氣》を操るわざ。それが俺の古武術ちからだ」

(・・・剛太、一度距離をおくぞ。相手の力が未知数すぎる)

 斗貴子が近くにいた剛太に小声で告げる。剛太はそれに頷き、自身の武装錬金モーターギアを放った。

ザザザザザザザザザザッ!!

「むッ?」

 男の周囲を囲むように疾ったモータ−ギアが木の葉を舞い上げる。

「目くらましか」

 男の鋭敏な感覚が、視界を覆う木の葉の壁の向こうにあった気配が遠ざかるのを捉える。モーターギアの鋭い回転音もそれを追うように小さくなっていった。

「距離を置くのか、それとも逃げるのか・・。どちらにせよ、ここはもう異界だ。逃げられやしないし、邪魔も入らんよ」

中篇へ。

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