第九章

次なる予感

 

「んじゃー、二人ともついてきてー」

「おい、ちょっと待て」

 九十九が、壱姫と百荏を引きつれて別室へ移動しようとした七香を引き止める。

「なに?」

「女性陣はわかったが、俺達男性陣は何のために呼んだんだ?」

「・・・・・なんとなく」

「・・・・・・・」

「ギャラリーは多いほうがいいじゃない」

 プシュゥ

 それだけ言い残し、七香は隣の部屋へと入っていった。

「なんというか・・・・・いい性格してやがんな」

 ガラス越しに三人の姿を眺め、九十九が呟く。

「嬉しいんだろ? こいつの完成はあいつの夢だったからな」

「なんだ、千夜? おまえ、こいつらのこと知ってたのか?」

「七香がこのロボットたちを作っていたことは、僕たち全員が知ってるよ。新参者の九十九だけさ、知らないのは」

「新参者ってな・・・・・」

 ヴ・・・・ゥウン・・・・

 低い振動音が響く。見ると、隣室では壱姫たちが自然体で霊気を高めていた。手や頭に巻かれたバンドのコードから霊気が抽出される。

 それが、九十九たちにはどういったものか皆目見当がつかない機械を通して、ロボットたちに送られていく。

「始まったな・・・・・・」

《霊子力稼動機関正常作動・・・・・・出力六〇%まで上昇。稼動まで後、十秒》

《出力一〇〇%。霊子力注入完了》

 ドームの中に合成音が響く。

《壱番から伍番までのチャクラクオーツにエネルギー伝達》

 ゾク・・・・

「―――!?」

「今のは・・・・」

 台座の前にいた三人の体に悪寒が走る。

《専用アストラルアームとのユニゾンユニット正常作動》

「・・・・なんだ、コレは」

 三人の足元、ドームの床に何かがうごめいていた。

「文字・・・か?」

 蟻のように床をうごめくものは、とても小さな漢字に近い文字だった。数千数万という数の文字がドームの床を中央に向かて集まっていく。

《霊子力インダクションコード正常作動》

『ちょ、ちょっとッ! それ、何?』

 隣室の七香がスピーカーを通して、こちらに話し掛けてくる。

 霊気の放出で消耗しているため、顔色が少し青ざめている。ガラス越しにこちらを見ている他の二人も同じような顔色だ。

「わからんッ。いつのまにか、床一面に現れていた」

言霊ことだまだッ」

「なに?」

 九十九の言葉に五人の目が集まる。

「人間が使う意味の言霊とは違う・・・・〈力〉ある文字の集合体。妖怪だよッ!」

『妖怪・・・・・って、ちょっと待って! なんで、私の家に妖怪がいるのよッ』

「半妖でいいなら、ここにいるぞ」

 九十九が気楽な調子で自分を指差す。

『私の家にだって、壱姫ちゃんの家並みの結界は敷いてるのよッ』

 とりあえず、九十九の言葉を無視する七香。

「・・・おいッ、七香。さっきの、遺跡から出てきたっていう箱。あれ、今どこにあるッ?」

『え・・・・? 第三研究室に運んでるはずだけど・・・・・・』

「調べろッ」

『う、うん』

 七香が部屋に取り付けられてある電話を取り、第三研究室に繋げる。

『・・・・・・・・・・・・駄目。繋がらない』

「・・・・・こいつだ。封印されていたのは」

「封印されていたんだろ?」

「あれは、かなり古いものだったからね。なにかのはずみで簡単に解封されてしまうくらい、効力が弱まっていたのかもしれない」

「そんなところだろうぜ」

『九十九、そいつッ!』

 壱姫の声に、三人が振り向く。床を蠢いていた文字の妖怪、言霊が、宙に浮かびはじめた。そして、ゆっくりとした動きで、台座に座るロボットたちに近づいていく。

「・・・・もしかして、ロボットたちにとり憑くつもりか」

「九十九、こいつらにそんな能力はあるのか?」

「わからん。妖怪連中の中でも、こいつは特異な存在だからな。俺も、話に聞いたことがあるだけだ。だが・・・・・いい予感はしないな」

「ああ」

 千夜が携帯式の槍を取り出す。十吾も、同じような携帯式の棍を取り出す。

『あたしたちもすぐ行くッ!』

「ヘトヘトな奴が来たって、足手まといだッ」

『・・・・・・・』

「せえあッ」

 千夜が電撃を纏った槍を振るう。

「―――!?」

 千夜の槍は水を斬ったように、何の抵抗も無くすり抜けていった。

(無数の小さな文字の集合体・・・。ただ斬る叩くだけではダメージは与えられない)

 十吾が棍に炎の霊気を宿らせる。

「炎衝撃ッ!」

 棍の炎が前方に膨張する。 

 ≪氷雪≫

 言霊の文字の集まりの一部が光り、その文字を浮かび上がらせた。

 突然発生した氷と雪の混じった突風が、十吾の炎を無効化する。

「くっ・・・」

「こいつが、言霊の能力か・・・・」 

 ザザザッ・・・

 文字の群れが勢いを増した。無数の文字が、ロボット達にまとわりつく。

「とり憑くつもりだッ!」

 それを見た三人が、それぞれ三体のロボットに向かって駆け出す。それぞれの武器、拳、槍、棍には出力最大で霊気が込められている。

『ちょ、ちょっとッ、壊さないでよッ!』

「非常事態ッ」

 ダンッ!

 三人がロボットに向かって跳ぶ。

 ヴンッ!

 三体のロボットの各部に光が走った。

『起動したッ!?』

「金剛砕!」

「炎崩撃!」

「落雷閃!」

 九十九が黒鉄、十吾が鴉、千夜がランスロットに一撃を叩き込む。

 ガキィン!

『―――!?』

 三体のロボットが各々の武器で、九十九たちの攻撃を受けとめていた。

《我―――現身を手にいれた》

 三体のロボットが同時に同じ『声』を発した。

《我―――《力》を手に入れた》

 ロボットたちが台座から降りる。滑らか過ぎて人間味がないが、それでも機械とは思えない自然な動きだ。

《我―――復讐の時》

 ロボットの顔が同時に上がる。

《退魔師―――滅す》

 ランスロットが動いた。巨大なランスを九十九に向かって突き落とす。

「っと!」

 九十九は後ろに飛びのき、それをかわした。

 ドゴォ!

 目標を失ったランスが地面を砕く。

「!?」

 ランスロットの背後から、鴉が飛び出した。千夜に向かって忍刀を振るう。

「ちッ!」

 槍の柄でそれを受けとめ、押し返す。距離がわずかに離れたところを、槍を横薙ぎに振るうが、一瞬早く、鴉は槍の軌道から離れた。

(七香のいった通り、なかなか速いなッ)

「千夜、上!」

「!」

 九十九の声に、千夜が横に跳んだ。一瞬前までいた場所に白刃が閃く。

 死角から攻撃してきた黒鉄が後ろに跳ぶ。それぞれが座っていた台座の前に三体が立った。

 九十九たちも一旦、集まり、ロボットたちと対峙する。

『三人とも気をつけて! 計算より能力が高いわ。おそらく、言霊の力が上乗せされてるのよッ』

「それより、こいつら、そっちでどうにかならないのかッ?」

 千夜の問いに、七香が首を横に振る。

『こっちの操作を受けつけないのッ。完全に外部からの情報が遮断されてるのよッ』

「来るぞッ」

 三体のロボットが一斉に向かってくる。

「我が声に答え 名と力を示せッ!」

《我は霊陣!》

 九十九の右腕がバラけ、呪符帯がドーム内に広がる。

 一瞬、黒鉄たちの動きが鈍った。

「我が前に枝なる力を示せ!」

《我が力は縛陣!》 

 呪符帯が意思を持っているかのように動き、ロボットたちに向かう。

 と、前衛にいた黒鉄が動きを止めた。

 ≪烈風≫

 黒鉄の胸に浮かび上がった文字から、突風が発生した。呪符帯が押し戻される。

「火炎礫!」

 十吾が棍を振るい、十個の炎の玉を撃ち出す。

 ドドドンッ!

 ランスロットがその炎の玉をものともせず、十吾に向かって突進する。巨大なランス「ジャスティス」を振りかぶる。棍棒を振るうように十吾に向かって振り下ろした。

「くっ!」

 棍を斜めにして受けとめ、力をそらしランスを流す。

「ぜああッ!」

 ランスロットの一撃を利用し、体をコマのように回転させ、ランスロットの右脇腹に棍を突き入れる。

 鈍い音とともにランスロットの体が大きく弾かれるが、大したダメージはないようで、すんなりと着地した。

「神影流拳霊―――」

 そこに九十九が飛び込んでいた。拳には霊気が収束されている。

「金ごッ!?」

 九十九の視界が一瞬真っ白になる。次の瞬間には、視界が元にもどり、目の前に、鉄の拳が見えた。

 ランスロットがランスを突き出す。九十九は崩れた姿勢をさらに自分で崩し、地面に倒れ込んでそれをかわした。

「九十九ッ」

 千夜が飛び込み、槍を突き出す。ランスロットは、後ろに飛び退いてかわし、そのスキに九十九も間合いをとった。

 ギュウウウン!

 黒鉄が撃ち出した右腕がワイヤーに引っ張られて、元の位置に戻る。

「ロケットパンチってか? 七香もいい趣味してやがんな」

「どうする? なかなかいいコンビネーションだぞ」

「・・・・もうちょっと確かめたいことがある。行くぜッ」

 九十九が飛び出した。二人も左右に展開する。ロボットたちはランスロットを前衛として九十九に向かって駆け出した。

「神影流拳霊―――爆霊衝!」

 九十九が突き出した左手から無数の霊気の飛礫が撃ち出される。しかし、さきほどの十吾の炎の玉とおなじように、ランスロットは意にも介さず前進する。

「千夜ッ、こいつ頼むッ!」

 突き出されたランスを跳んでかわし、そのままランスロットを跳び越す。

 ランスロットはその背中に向けてランスを振るう。

「ゼエイ!」

 ギギン!

 九十九とランスロットの間に割り込んだ千夜の槍が巨大な白いランスを弾く。

「っと!」

 千夜の背後で着地した九十九が半歩さがる。鼻先を鴉の忍刀の切っ先がかすめた。

 鴉の頭上を飛び越え、殿にいた黒鉄が霊刀露払いを振り下ろす。

「しッ!」

 バシィッ!

 霊刀を両手ではさみ込み、止める。そのまま霊刀を振るい、黒鉄ごと投げ飛ばした。だが、 空中で難なく態勢を立て直し、床の上を滑るように着地する。

「十吾!」

 九十九が黒鉄に向かって駆け出す。

 ギィン!

 九十九の背後に迫った鴉の忍刀の一撃を、横手から飛び出した棍が受けとめる。

「僕はこいつの相手だね?」

 十吾が鴉の前に立つ。

「来いやッ、クズ鉄!」

『!――こら、九十九ッ! 私の傑作になんてことを!』

 七香の場違いな叫びを無視しつつ、黒鉄の横薙ぎの一撃を左足を1歩戻すことで、紙一重でかわす。

 黒鉄は弧を描く軌跡で刀を上段に持っていき、そのまま振り下ろす。

「甲円掌!」

 霊気が両手に凝縮され、球状の光になる。その光が黒鉄の刀を受けとめた。

 そこから三度、拳と刀をぶつけ合い、同時に間合いをとる。

「せええッ!」

 一瞬で間合いをつめた九十九が右の回し蹴りを繰り出した。が、黒鉄は左腕でそれを受けとめる。

 ドズッ・・・

 黒鉄の突き出した刀の切っ先が、とっさに十字に組んだ九十九の両腕を貫き、額に僅かにふれる。

『つく―――』

 叫びかけた壱姫の声が止まる。

 バラアアアアアッ!

 九十九の右手がバラけ、呪符帯がドーム内に広がった。

『!』

 動きの止まったロボットたちの懐に、千夜と十吾が飛び込む。

「落雷閃!」

「炎崩撃!」

 雷を纏った槍の振り下ろしが、避けようとした鴉の左腕を切り落とし、炎を纏った棍の横薙ぎが、ランスロットの左脇腹の部分を砕く。

「―――破岩蹴!」

 呪符帯にまぎれて繰り出した九十九の蹴りが黒鉄の胸に叩き込まれる。鎧のような装甲を砕かれ、黒鉄が壁に叩きつけられた。

 黒鉄を蹴り飛ばした拍子に、左腕を貫いていた刀が抜け、九十九が一旦下がり、二人の側に戻った。

「・・・・判ったか?」

「ああ、大体は・・・・」

 二人が頷く。

「じゃあ、俺がきっかけをつくるから・・・・・一撃でヤれ」

「おうッ」

 三人が構えをとる。

≪裂刃≫

 ランスロットの胸に、文字が浮かび、周囲の空気が渦巻く。次の瞬間突風となって九十九たちに襲いかかった。

「我が声に答え 名と力を示せ!」

《我は霊陣!》

 九十九の右手の呪符が前方に壁を作り、突風をそらす。地面にY字の亀裂が走る。

 ダンッ!

 黒鉄たちがこちらに向かって、飛び出す。体の一部が砕かれているが、支障はないようだ。

「我が前に枝なる力を示せ!」

《我が力は隠陣!》

 ゥン!

 壱姫たちと、黒鉄たちの目の前で、九十九たちの姿が突然霞むように消えた。

《―――――!?》

 ロボットたちが戸惑ったように動きを止める。

 ズギャッ!

 千夜と十吾が空間から染み出すように突然現れた。そして、千夜の槍が鴉の首筋に、十吾の棍がランスロットの脇腹、装甲の砕けた部分に突き入れられていた。

「剛雷!」

「爆炎!」

 鴉とランスロットが内側から、電撃と炎を叩き込まれる。体内の機器がすべてショートし、とり憑いている言霊が焼き尽くされ、二体が煙をあげて、床に倒れる。

「神影流拳霊―――」

 黒鉄の背後に九十九の姿が現れる。今まで九十九の体を保護色のように隠していた呪符帯が右腕の形に戻った。

砲砂爆ほうさばく!」

 振り向き様に刀を振るう黒鉄の剣撃よりも速く、九十九の霊技が叩き込まれる。突き出した両手から放出された砂のように細かい無数の霊気の粒が黒鉄の鋼の体を貫き、言霊ごと砕いていく。

「・・・・・・ふゥ〜」

 九十九が構えをとき、深くため息をつく。三人の前には、黒焦げになった鴉とランスロット、そして黒鉄だった破片が床に落ちていた。

 ヴゥン。

 扉が開き、壱姫たちが入ってくる。

「九十九、腕・・・・大丈夫なの?」

「ん? ああ、これね」

 九十九は左腕の血をぬぐい、壱姫の前に出した。刀傷からはもう血があふれてこない。

「血が・・・もう止まってるのッ?」

「無駄に頑丈なんでね。これくらいならすぐ跡も消えるさ」

「・・・・そう」

「あれ? 心配してくれたの?」

「ば、馬鹿いわないでよッ」

 少し意地の悪い笑みを浮かべる九十九。壱姫は少し顔を赤くさせながら、九十九から離れる。

「あんたを神影流の一員としては認めたけど、個人的に嫌いなことにはかわりないんだからねッ」

「はいはい・・・・ん?」

 見ると、七香がなんかガックリとうなだれてる。

「私の長年の研究の成果が・・・・」

「いーじゃん、どーせ、欠陥品なんだから」

「なんですってェ!」

 鴉を上回るような速さで九十九の襟を掴み上げる。慎重さがあるので、そんなに苦しくはない。

「あーたーしーの傑作のどこが欠陥品だってェッ!」

「見てれば気づいたろう?」

「う・・・・」

 七香が九十九の襟から手を離す。九十九のいった通り、七香自身、黒鉄たちに欠点があったことに気づいていた。

「・・・・・あの言霊って妖怪、とり憑いたはいいけど、この子たちの能力の限界に振り回されたわね」

「ああ」

「この子たち、反射行動がとれなかったんだわ。だから、九十九がデータにない行動、つまり、符の義手を発動させたとき、動きが一瞬完全に止まってしまった。私たちみたいに鍛えられた人間なら、回避とかするのに、この子たちはそれができなかった。今の技術じゃ、そこが限界ね」

「まあ、がっかりするな」

 十吾が七香の肩に手を置く。

「こいつらだって、現代のロボットたちを軽く超える能力をもっていた。お前があきらめなければ、そのうち、お前の理想通りのロボットも作れるようになるさ」

「・・・・・そうだねッ! 人間あきらめないことが大切よッ」

「早いな、立ち直るの」

「いつもの事よ、あの子のそういうところは」

 百荏が扇の裏で含み笑いを漏らす。

「さてッ、それじゃあ、私はさっそく研究に戻るわッ・・・・と、第三研究所の人たちの様子見てこなきゃ」

 七香はすでに九十九たちのことは眼中にないらしく、とっとと部屋から出ていった。

「・・・・・俺たちもいくか」

「そうね」

 九十九たちも、七香の後を追って部屋を出た。

      ・

      ・

      ・

《あれ・・・・が・・・・我・・・の・・・主の・・・・・敵・・・・・》

 鴉の残骸から僅かな数の言霊が浮かびあがった。肉体である文字は消えかかり、今にも消滅しそうだ。

《貴・・・様らの・・・・行く末・・・・に・・・・・呪い・・・・あ・・・・・・・れ・・・・・・》

 シュウウウ・・・・

 その言葉を最後に、妖怪言霊は完全に消滅した。

 後には、物言わぬ三つの影だけがそこにあった・・・・・。

 

 

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