第十二章

狂鬼

「葦鳳・・・隗斗・・・」

 九十九の父、零朱の口が紡いだ名を聞いた壱姫が呆然と呟く。

「壱姫の一族が・・・・・九十九の里を・・・・・・」

「・・・・・一体、どういうことなの? なんで、こんなところで葦鳳の名が出てくるのッ!」

 七香が誰とも無く問うた。だが、それに答えられるものはいない。

「・・・・・そんなハズないよ」

「壱姫?」

「・・・・・あたしのご先祖様が、相手が妖怪だからって、理由もなく襲ったりなんか・・・・するはずないよ」

 目の前では、再び戦闘が始まっていた。霊刀を持つ侍、妖怪を滅ぼすために造られた鏃をつけた弓矢を構える者たち。里の大人たちは、真祖から受け継いだ力によって、それに対抗する。刃が閃き、残光を残す矢が雨のように降り、妖怪たちの放つ炎や冷気、雷が宙を薙ぐ。

『ガアアアッ!』

『神影流剣霊―――神覇斬!』

 半ば物質化するほどに凝縮された妖気を拳に纏い、隗斗に叩き込む零朱。それを神影流の技で迎え打つ隗斗。

 対極に位置する二つの気が反発しあい、周囲に衝撃が広がる。

『ゼエエアッ!』

 零朱が強烈な蹴りを繰り出す。隗斗は刀を戻し、柄でそれを受けとめる。しかし、蹴りの威力に弾かれ、大きく後退した。

 ザザッ!

 侍たちが隗斗たちと入れ替わるように、零朱に向かう。

『悪鬼零朱ッ!』

『覚悟ッ!』

 侍たちが霊気を纏う刀を振り下ろす。

 バギンッ!

『――――!?』

 空中に刃が飛び交った。細いプラスチック棒を鉄の塊にでも打ち込んだように、零朱に斬り込んだ霊刀が全て容易く折れていた。服の数カ所に切れ込みが入っただけで、零朱の肉体は、かすり傷すら負っていない。

『邪魔だ』

 低く呟き、右腕を振るう。無造作に横に振るわれたその腕に、数人の侍が木の葉のように吹っ飛ばされた。

『天と地の狭間 昼と夜の境 陰と陽が生まれし混沌 我が身を扉とし顕現せよ 我は真なる鬼の血と肉と魂を継ぐ者也』

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 大地と大気が零朱の放つ《力》に共鳴し、悲鳴をあげているかのように鳴動する。

『・・・・・神影流剣霊―――』

 隗斗が腰の高さで刀の切っ先を零朱に向け、左手を刃の中ほどに添える。

「・・・・あの構えッ!?」

神威之壱かむいのいち―――神龍鋒閃しんりゅうほうせんッ!!』

 零朱に向けて駆け出した隗斗の刀の刃が、最高出力で高められた霊気が凝縮した影響で、強く輝く。抑えきれず放出され

た霊気が隗斗を包み込み、まるで一本の光の槍が零朱に向かって突き出されたような光景を見せた。

『ガアアアッ!!』

 零朱は、周囲に影響を及ぼすほどの《力》を両手に収束し、向かい来る光の槍に向かって駆け出した。

『――――!?』

 ドンッ!!

 光の槍と化した隗斗を、予想もしない方向から攻撃が加えられた。

 ぞくぞくと鏡面空間に入り込んできた侍たちを薙ぎ払い、陽炎のように空気を揺らめかす空圧の刃が湖の方向から飛来し、隗斗の背中を打った。

『ぐッ――!』

 高圧の霊気を纏っていたため、さしたるダメージは追わなかったが、態勢を大きくくずされ、神影流の奥義、神威の技を解くことになる。

『誰だッ!?』

 隗斗は、着地と同時に、攻撃の来た方向を鋭く睨む。空圧の刃によってモーゼの十戒のごとく、二つに割れた侍たちの間か

ら、一人の女性が進み出てきた。

「・・・壱姫」

 七香が呆然としたまま呟く。現れたのは壱姫と同じ顔をした若い女だった。隗斗と同じような軽装の鎧を着込み、手には、壱姫が持つものと同じ、神木の霊気の核となる部分から造られた神木刀守薙が握られている。

『刹那さん・・・・』

 零朱が少し驚いた顔で、女性の名を呼んだ。

『・・・・零朱殿、すみません。兄者の愚行を止めることができませんでした』

『・・・・・・』

 壱姫とうりふたつの女性、刹那の言葉を聞いた零朱が、何かホッとしたような表情になる。

『刹那・・・・・貴様、どういうつもりだ?』

『それはこちらの台詞です、兄者。兄者こそ、幕府と手を組み、罪無き者たちをこのような軍勢で襲いかかるとは、どういうことですッ?』

 刹那が鋭い視線を隗斗に叩きつける。刹那の怒りに反応した守薙が青白い霊気を放出し始めた。

『私はただ、殿からの命に従っているだけだ』

『ふざけないでいただきたい・・・。この地に住まう者たちが人の世に災いをもたらすため、侵攻の準備をしているなどとデタラメを殿に吹き込んだのは、兄者でしょうッ』

『・・・・・・・』

『そして、城の侍と、他の退魔師たちとともに、この地へとやってきた。この軍勢の頭として』

 刹那が守薙を隗斗に向ける。

『これ以上の暴挙は、この葦鳳家当主、葦鳳 刹那が許しません』

『フッ・・・当主か。私より劣るお前が、止められるのか? 私と、この軍勢を―――』

 ドォンッッ!!

『なッ―――』

 突然、里の一角に巨大な炎の柱が立った。そして、続けて雷が屋根越しに天に昇るのが見える。

『兄者たちの暴挙を止めに来たのは、私一人では、ありません。腕魏、凪草、天原、卯月、そして秦。六流家の当主とその配下の者たちがここに来ています』

『・・・・・・・・・』

 隗斗の体から猛烈な勢いで、霊気が噴出す。

『・・・・・さすがは、神影流数百年の歴史の中で最強と称される男だな。人の身でこれほどの《力》を使えるとは』

『ええ・・・・。だけど、その才ゆえに増長し、心を鍛えなかったため、当主の座を私に奪われた・・・・。おそらく、今回の襲撃は

そのことに関わっています』

『・・・・・・来るッ!』

 ダンッ!

 地面を砕くほどの踏み込みで、隗斗が宙高く跳んだ。

『神影流剣霊神威之弐!』

 隗斗の霊気が刀にまとわりつき、巨大な刃を形成する。

『ガアアア―――ッ!』

 右手に妖気を収束し、零朱が隗斗に向かって跳ぶ。

『―――月下霊章げっかれいしょう!!』

 隗斗が刀を振るい、霊気が三日月状の刃となって零朱に襲いかかる。零朱は、それを退避も防御も行わず、真正面から、その霊気の刃に右の拳を叩きつけた。

『グアッ!』

 隗斗の放った三日月状の刃が四散し、零朱の右腕が肘のあたりまで砕ける。零朱は失った右手をまるで気にもせず、左手手に妖気を収束させ、隗斗に向かって放つ。

『くッ!』

 隗斗は空中で体を捻り、零朱の放った妖気の塊を避ける。そのまま二人とも、地面に降り立った。

 零朱の右腕は、その時にはすでに出血が止まっている。傷口が盛り上がり、腕の再生が始まった。

『初めて見るよ・・・・。どれほどの傷も意に介さず、攻めることだけを考える。それが鬼の闘い方だったな』

『その通りだ。私たちは普通の人間じゃあないからね』

 零朱がそう言った時には、右腕の再生は終わっていた。

『普通の人間・・・・? お前たちは人間ではなく、妖怪だろう』

『兄者!』

 前に出ようとした刹那を、零朱が止める。その視線の先には湖のまわりに数え切れないほどいる侍や退魔師たちの姿があった。

『・・・・・・・』

『零朱殿。一旦、真鬼の洞まで下がりましょう。他の者たちも里の方々を連れてそこに行く手筈になっています』

 刹那の言葉に、零朱が頷く。

『逃がすか!』

 隗斗が侍たちを引き連れて、二人に向かって駆け出す。

『退くぞッ、雷過らいか!』

 零朱は離れた場所で闘っている雷使いの男に、声をかけ、右手を振り上げた。

『おおおおおおッ!』

 妖気を収束した拳を大地に叩きつける。妖気が大地に広がり、広範囲で大きな隆起が起こった。

『くッ!』

 隗斗が超人的な跳躍力で後ろに跳び退り、地面の隆起の被害を免れる。逃げ遅れた侍達は隆起した地面に挟みこまれ、動きがとれなくなった。

『・・・・・・・』

 隗斗が隆起した地面に上がる。すでにその場には、零朱と刹那、そして、他の里の住人たちの姿は見えなくなっていた。

『速いな・・・・・。態勢を立てなおし、やつらが向かった先、真鬼の洞へと向かう!』

 侍達に号令を送り、隆起した地面から降りる。

『・・・・・・・』

 降りる前にチラリと肩越しに隆起した地面の向こう側を見た。そこには、最初の霊矢による攻撃によって倒された八雲が横たわっていた。

「・・・・・・・・・・・・」

 静かになった過去の風景を呆然と眺めている五人。

「・・・・・・一体、どういうことなんだ?」

 最初に口を開いたのは千夜だった。それは他の四人が思っていることでもある。

「・・・・・九十九の里を襲ったのは、葦鳳の者と、そいつに唆された侍と退魔師たち・・・・。そして、その軍勢から里を守ろうとしているのも、同じく神影流の当主たち・・・・・ってわけよね」

「ああ・・・・・それに、あの壱姫によく似た女性。おそらく壱姫の先祖なのだろうが・・・・・あそこまで似ていると、なにか偶然とは考えにくいな」

「・・・・・・・・」

「壱姫?」

 話に入ってこない壱姫に、千夜が声をかける。が、やはり反応は返ってこない。

「・・・・・壱姫、ショックなのは分かるが・・・・」

 ヴ・・・ヴヴ・・・・。

 突然、風景が歪みはじめた。まるでテレビの画面にノイズが走っているように、過去の幻影が歪んでいる。

「な、なんだ?」

「これは・・・・過去見の陣が、何かに反応しているの・・・・・・・!?」

 百荏が壱姫の肩越しに、さっきまでそこにいなかった者を目にし、目を見開いた。千夜たちもそれに気づき、同じような表情になる。

 最後にようやく我に返った壱姫が、後ろを振り向く。

「・・・・・・・九十九」

 そこには、いつのまにか陣に入ってきていた九十九が立っていた。過去見の陣の中にいる者は、意識に直接幻影を送りこまれているため、陣に入らない限り、誰が近づいてきているのかが、わからないのだ。

「・・・・・・・なんだ?」

 呆けたような表情の九十九が呟く。在りし日の里の姿。それをゆっくりと見渡していると、一点で視線が止まった。

 地面に横たわる数人の子供。そこには彼の弟である、八雲もいた。

「・・・・・八雲・・・・・なんで、ここに?」

 フラフラと陣の中央に倒れている八雲に近づく。

「・・・・・・・・」

「つ、九十九・・・・・・」

 ヴヴヴ・・・・。

「!?」

 幻影の乱れが一気に大きくなり、そして、別の風景が現れた。

 円筒形の台座のような岩山の側。そこには大きな口をあける洞窟があり、その前に、里の住人とおぼしき者たちが数十人集まっていた。そこには零朱と刹那、そしてまだ小さい九十九の姿もあった。

 九十九は、一人の女性の側で、呆然と立っていた。女性は三十代後半ぐらいで、目に涙をためている。

「・・・・母さん」

 九十九がその幻影の女性に向かって呟く。

「九十九の・・・・お母さん?」

「・・・・・・そうか。大地の残留思念から引き出した記憶から、九十九自身の記憶の投影に切り替わってるんだ」

 十吾の言葉に、七香が頷く。

「そうね。大地に残された残留思念は200年の月日でだいぶ薄れているでしょうけど、九十九にしてみれば、まだ10年・・・、いや五・六年前ぐらいの記憶だからね。陣が強く残っている九十九の記憶の方を選んでるんだわ」

「あ・・・・三芽さん」

 おそらく村のある方向にある森から、一人の女性が飛び出した。知っている姿よりも少し若いが、九十九の姉、三芽だ。

『父さん、あいつらこっちに向かってるよ』

『そうか・・・・・刹那さん、隗斗殿はなぜ、このようなことを?』

『・・・・・・兄者がその心根から当主として認められなかったことはご存知ですね?』

『ええ・・・・・』

『兄者は《力》を求めています。悪しき妖怪から人々を護り、良き妖怪を迎え入れよ。神影流の創始のこの言葉を忘れ、己の《力》を高めるために・・・・己のためだけに妖怪を殺してきました。神影流の本分を大きく外れた兄者は、葦鳳の次期当主から除外されたことから、己の力をさらに高め、大爺様たちに自分の力を認めさせるつもりです』

『・・・・・・まさか、隗斗殿の狙いは』

『そうです。この真鬼の洞の奥深くにある《力》を狙って、兄者は今回の騒動を起こしたのです』

 刹那の言葉に、数瞬零朱が言葉を失う。

『・・・・・・・しかし、あれは人に・・・・・いや、私達鬼の末裔にも容易く扱えるような代物ではありません』

『・・・・・できるかもしれないのです。神影流の陰之法―――つまり外道法を使えば』

『・・・・・・・・・』

 ザザザッ!

 複数の影が森から飛び出し、零朱たちの前に降り立った。

「――――!?」

「こ、これって・・・・」

 現れた者たちを目にし、千夜たちが目を見開く。五人の男女。刹那が着けているいるものに似た軽装の鎧に身を包んだその者たちは、千夜たちがよく知っている顔。鏡をみればそこにいる顔だった。

「わ、私達にそっくり・・・・」

「そっくりなんてもんじゃない・・・・・。僕たちそのものだな」

 現われた五人の男女。そのうち四人は、千夜、百荏、十吾、七香とうりふたつの顔をしていた。

「あれも、俺たちの祖先だろうな・・・・・神影流の法具を持ってる」

 腕魏の雷震、凪草の豺華さいか、天原の焔楼えんろう、卯月の星闇せいあん。そして、秦家の当主と思われる、赤毛の男が左腕につけている神羅。壱姫に似た刹那という女が持つ神木刀守薙。槍、扇、棍、弓、手甲、木刀。神影流を継ぐ者たちが代々振るってきた強力な法具がここに揃っている。

「・・・・・いったい、どういうことなんだ?」

 千夜が髪を掻き毟る。里を襲った侍と退魔師たちを束ねる隗斗という葦鳳家の男。その暴挙を防ぎに来た、自分たちに似た過去の神影流の当主たち。

 頭の中が訳がわからなくなっている。

「・・・・・・・」

 チラリと九十九の顔を覗いてみるが、呆然と里の住人たちを見ていて。こちらには全く気を向けていない。

『零朱、奴ら、湖のまわりを完全に包囲してるぞ』

 赤髪の男が、肩をすくめる。

『あれじゃ、俺達や、お前はともかく、闘いに向いてない里人たちは、突破できないな』

『それに、《扉》をぬけたところで、待ち伏せが待ってるかもしれない』

 零朱の言葉に、場の雰囲気が沈む。

『・・・・・・こちらの戦力は、十数名。数の上で不利ですね』

 十吾似の男がさして困ったような顔をせずに、そう言った。

『・・・・・となると、どこかに結界を敷いて、里人たちを避難させないと』

『それなら、洞がいいだろう』

 空から鴉天狗、疾風が舞い降りてきた。

『やつら、すぐにここに着くぞ。ここを包囲するように近づいている』

『口論している暇はなさそうだな。よし、アンタたちは洞の中に入ってくれッ』

 赤髪の男が里人を誘導しはじめる。

『おらッ、ちゃきちゃき動くッ。そこッ、男の子なら泣くなッ。爺さん、そっちじゃねェッ』

 場に似合わない景気のよさに押され、里人たちが困惑しながらも指示通りに動いている。

『相変わらず、やたらに明るいなあいつは・・・・・』

 呆れ顔で嘆息しているのは、千夜似の男。

『―――!?』

『疾風!』

醒華せいか!』

 零朱と赤髪の男が、それぞれの仲間の名を叫ぶ。

『わかってる!』

『扇霊―――嵐風衝!』

 鴉天狗の疾風が手に持つ錫杖を突き出し、醒華と呼ばれた凪草の女性が扇の法具、豺華を振るう。醒華たちと、まだ避難していない里人たちを囲むように、風が巻き出した。

 次の瞬間、森から矢が無数に放たれた。が、全ての矢は、醒華と疾風が作り出した風の壁に逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいく。

『さーて、おっぱじめ・・・・・・おいッ、九十九!』

 いきなり、森から現われた侍たちに向かって走りだした九十九に、赤髪の男が慌てふためく。

『九十九くんッ』

『九十九ッ!』

 刹那と三芽が九十九を引き戻そうと飛び出す。が、九十九の動きはそれを上回り、一瞬で侍たちの前まで迫っていた。

『うわああああああ―――――!』

 全身から溢れ出した妖気が額に集まっていく。そして、一瞬後には、それは光り輝く角へと変じた。

 ドォンンッッ!

 無造作に振るった腕が膨大な質量の妖気を放出する。地面に叩きつけられた妖気は光へと変じ、大爆発を起こした。

「――――――」

 巻き起こる爆風の影響は受けないが、眩い爆光に壱姫たちがとっさに目を腕でかばう。

「・・・・・・・・・・」

 壱姫たちはおそるおそる目をあけ、状況を確認する。

「――――あれ?」

 状況が一変していた。というより、元にもどっていた。過去の闘いと年月によって朽ちた里。もう誰も住まう者のいない場所。

「・・・・・過去見の陣の効力が無くなってる?」

 見れば、足元で輝きを放っていた陣が力を失っていた。

「里・・・・八雲・・・・」

「あッ・・・・」

 ボーッとしていた壱姫が、呟くような九十九の声に、ハッとする。

「つ、九十九・・・・・ゴメン! あたし、どうしても九十九の村がどうなったのか見たくてッ・・・・。でも、あたしたち、あたしの先祖がこの里に軍勢を引き込んだなんて・・・・・・・・九十九?」

 壱姫の言葉に反応せずに、九十九は下を向いているだけだ。

「・・・・・魔・・・・・・雲・・・・・・した・・・・」

「九十九? どうしたんだ・・・・・・!?」

 九十九の肩に手を置こうとした千夜が飛び退る。後の四人も同じだ。

 ブツブツとうつむいて何かを呟いている九十九の体から、強烈な圧迫感が放たれていた。それはやがて、切るような鋭い殺気へと変わっていった。

「退魔師・・・・・・里を襲った退魔師・・・・・八雲を殺した退魔師・・・・・」

「つ、九十九・・・・」

 ゆらりと顔をあげ、壱姫へと目を向ける。いつもの気の抜けたような笑顔は欠片もなく、ただ無表情に見つめている。

「里を襲わせたのは隗斗・・・・・・神影流の男・・・・・剣霊の技の男・・・・・」

 九十九が一歩、壱姫に近づく。

「里人を殺させ・・・・・・八雲を殺させ・・・・・・・母を殺した男!」

「――――!!」

 その言葉に壱姫たちは心に衝撃を受けた。

「あの男は・・・・・九十九の母親を・・・・」

「・・・・・・・あの男と近しい気配(・・・・」

 九十九の体から妖気が立ち上り、それが額へと集まっていく。そして、細長く伸び、半ば実体化したエネルギーの角へと変じた。

「退魔師は仇・・・・・・退魔師は討つ・・・・・・退魔師を・・・・・殺す!」

 すでに瞳には正気の光はなく、そこにはただ憎悪の炎がともるだけだった。

 

 

   第13章へ続く          戻る?