第十三章

九十九―――鬼の血を継ぐ者

「ガアアアアア――――ッ!」

 獣のような咆哮をあげ、その大声量で大気を振るわせる。九十九の放出する妖気は周囲一帯を包み込み、絶えず壱姫たちに強力な圧力をかける。

「なんて・・・・霊圧だ」

「まるで、嵐の中にいるようよ・・・・」

 壱姫たちはなんとかその高圧の妖気の噴出に飛ばされぬように、ふんばっている。

 ズンッ

 九十九が一歩、壱姫に向かって踏み出す。一歩、そしてまた一歩、狂気の光を瞳に宿し、殺気を纏って《鬼》が近づいて来ていても、壱姫はまったく動けなかった。

 それは九十九の妖気によるものだけではない。この鬼哭の里で起こった事件。先程自らの目で見た真実が、壱姫の心を縛っていた。

「退魔・・・師は・・・殺す」

 九十九が右手を振り上げる。

「殺す!」

 鉤手のように指を曲げた右手が壱姫に向かって振り下ろされる。

 が、直前で壱姫の体が消え、それは空を切った。

 ゴォッ!

 ただ腕を振り下ろしただけだというのに、強烈な突風が生み出され、九十九の足元の地面が抉られる。

「・・・・・・・」

 ゆらりと上体をあげ、横を見やる。千夜に飛びつかれ、もつれるように倒れた壱姫がいる。

「千夜・・・・」

「なにやってんだッ! 死にたいのか!」

 千夜が荒っぽく壱姫を立たせる。

「二人とも頭を下げて!」

 七香の声に千夜が壱姫の頭を抑え、自分も姿勢を低くする。二人の頭上を何かがもの凄い勢いで超えていった。

 全壊を免れていた建物が、その何かに突っ込まれて、完全に倒壊する。

 ガラァ・・・

 木材を払いのけ、瓦礫の山と化している場所から、攻撃をかわされて家に突っ込んだ九十九が出てくる。

「チッ」

 千夜が携帯用の槍を組み立て、構えをとる。壱姫たちの側に近づいてきた七香たちも同じように武器を取りだし、九十九と対峙する。十吾は千夜と同じような携帯式の棍。百荏と七香はそれぞれの家に伝わる法具だ。

「―――コオオオオオ」

 大きく開かれた九十九の口内に、燐光が集まっていく。そして瞬く間にピンポン玉ぐらいの光球が生まれる。

オオオン!

 光球がレーザーのような光の筋となって襲いかかる。

「うおッ!?」

 五人の横を光の筋が地面を薙いでいく。一瞬後、爆発が起こり、光線に薙がれた地面が壁のように土砂となって舞い上がる。

「外した!?」

「ワザと・・・・とは、思えないわね」

 九十九は変わらず狂気と殺気を纏い、ゆっくりと壱姫たちに向かって歩を進めている。

「完全に我を忘れてるな・・・・・」

 十吾が前に出て、棍を構える。その棍には炎のように揺らめく赤みを帯びた霊気が纏われている。

「話し合いでおとなしくは・・・・ならないだろうな」

「そうね・・・・」

 千夜と百荏もそれぞれの武器を握りなおす。七香も弓の法具《星闇(せいあん)》を構える。

「まさか、久しぶりの戦闘があんた相手とはね・・・・・」

「――――オオォォオン!」

「嵐風衝!」

 再び九十九が吐き出した光線を、百荏が風の壁を展開して防ぐ。しかし、光線の威力は凄まじく、僅かに軌道を逸らすだけだった。

「くッ!」

 直撃はしなかったが、その熱波に五人が顔をしかめる。

「―――爆雷閃!」

 千夜が槍の穂先から稲妻を放つ。九十九は光線の放出を止め、横に飛び退いてそれをかわした。そして、右掌に妖気の塊を作り出す。

焔走ほむらばしり!」

 妖気の塊が炎へとかわり、炎の帯となって壱姫たちに襲いかかる。

「棍霊―――炎崩撃!」

 十吾が炎を纏った棍で炎の帯を巻き込み、さらに棍の炎を大きくする。

「蛇尾炎!」

 棍から炎の鞭が伸び、九十九の体に打ちすえられる。しかし、九十九にはまるで効いた様子がなく、その炎の鞭を掴み、引きちぎっていた。

「弓霊―――陰陽おんみょう閃!」

 七香が星闇の弦を離し、矢を放つ。

「ふんッ!」

 法具の霊気を込められた矢を、容易く弾く。しかし、次の瞬間、九十九の肩に、一本の矢が突き刺さっていた。陰陽閃は2本の矢を放ち、一本の矢を囮にするワザだ。

「グオ・・・」

 九十九が肩に刺さった矢の柄を掴む。

「その矢の霊気は、アンタの妖気に絡みついてるわ! そう簡単には・・・・・」

 ズギュッ!

「――――!?」

 鏃の周囲の肉ごと、九十九が矢を引きぬいた。血が溢れ出す傷を意にも介さず、矢を放り捨てる。

 傷は瞬く間に出血が治まり、塞がっていく。数秒後には傷跡すら消えていた。

「・・・・・・・まいったな」

「生半可な攻撃じゃ、正気にもどすどころか、何のダメージも与えれそうにないわね」

「なんとか戦闘不能にしてからでないと、どうにもできそうにないな」

 千夜たちが戦闘態勢をとる。が、壱姫だけは神木刀、守薙を下げたままだ。

「・・・・壱姫」

「・・・・・・・」

 千夜が呼びかけるが、壱姫からの応答はない。とりあえず取り出した守薙を下げて、九十九を見ているだけだ。

「壱姫!」

 すぐ横で大声で呼ばれ、ようやく壱姫が顔を千夜に向ける。

「気持もわかるが、今は目の前の―――《敵》に集中しろ」

「敵・・・・・・」

 壱姫が再び九十九に目をやる。九十九は、今は近づくこともせず、ただこちらを見ている。

「・・・・・あたしは九十九の仇なんだよッ! 九十九の家族や周りの人たちを殺した奴と同じ一族なんだよッ!」

「・・・・・壱姫」

「九十九はあたしの敵じゃないッ! あたしは・・・・・あたしは九十九に剣なんて向けられないよッ!」

 壱姫の手から守薙が滑り落ち、乾いた音を響かせる。

「・・・・・・・天と地の狭間 昼と夜の境 陰と陽が生まれし混沌 虚となりて漂いし意思無き者たちを呼び寄せよ」

「―――?」

 あたりを埋め尽くしていた九十九の妖気が消えた。それだけじゃない。目の前にいるはずの九十九の気配も完全に無くなっていた。 目前の九十九の姿がまるで何かの幻影をみているかのように、視覚以外の感覚が、九十九の存在を捉えない。

 しかし、それもほんの数瞬のことだった。すぐに、圧倒的な《力》の高まりが九十九を中心に起こった。

 九十九が空に向かって両手を突き出す。

「オオオオオオッ!」

 煙のように湧き上がる《力》が里の上空で収束し、無数のエネルギー球へと変わっていく。

「百の鬼蟲おにこ共よ 我が意思によりてよろずの屍を塵と化せ」

 エネルギーの塊が形をとりはじめた。虫。一言でいえばそうだが、さらに一言付け加えるなら、醜悪な虫。節くれだった体はまるで臓器と融合しているように蠢き、巨大な顎からは緑色の唾液を垂れ流している。まだエネルギー体と物質との間にあるようで、ときどき体の一部が不定形な霧のように変わる。

「・・・・・・やばいぞ」

 千夜が、汗を額に滲ませて呟く。

「陰陽師の使う式神と似たようなものなんだろうが・・・・・あいつら一体一体が、とてつもなく強力な妖魔だ」

「こんな短期間に無理矢理造ったとは思えないぐらいのね・・・・・。あれを使役させたら、私達は勝機どころか、命を確実に失うわ」

 千夜たちがそれぞれの武器に霊気を込める。

「・・・・・・・」

 やはり壱姫だけは動こうとしない。千夜はそれを一瞥し、九十九に視線を戻した。

「十吾、百荏、七香・・・・・神威の同時攻撃だ。それぐらいやらないと、今のアイツは止まらないと思う」

「・・・・・わかった」

 四人が、霊気の圧力を高め、それぞれの武器に注いでいく。武器に埋め込まれている霊武具の力の源である霊水晶が輝き始めた。

「神影流槍霊―――神威之壱」

「神影流棍霊―――神威之壱」

「神影流扇霊―――神威之壱」

「神影流弓霊―――神威之壱」

 千夜が槍を肩に担ぐ構えで、十吾が棍を左手を逆手に持つ構えで、それぞれ九十九に向かって飛び出す。

 百荏が法具豺華を右手に、予備の霊扇を五つ左手に持ち、両腕を胸の前で交差させる構えをとる。

 七香が法具星闇を横に倒した構えで、特殊な鍛鉄でつくられた鏃をつけた矢をつがえる。

 ダンッ!

 千夜と十吾が飛び出す。

風龍鱗花ふりゅうりんか!!」

我龍攻突がりゅうこうとつ!!」

 百荏の放った豺華と五つの霊扇が螺旋を描き、小型の竜巻のような風の槍となり、七香の放った矢が霊気を龍の形へと変え、千夜たちの間を抜けて、九十九に襲いかかる。

 九十九は両腕を掲げた姿勢のまま、避けようともしない。

 ドォンッ!

 爆音と爆風。大量の土砂が巻きあがり、余波で九十九の背後にあった半壊の家々が吹き飛ぶ。

雷龍爪砕らいりゅうそうさい!!」

煉龍喉牙れんりゅうこうが!!」

 土煙の向こうにいるハズの九十九に向かって、槍と棍が振るわれる。

 千夜の槍からは龍の爪を模したような五条の巨大な稲妻が、十吾の棍からは龍の形をとった巨大な炎の帯びが放出された。

 ―――ゴォオンッ!!

 先程のものよりも大きな爆発。自分たちの放った奥義の余波に、千夜と十吾の体が木の葉のように吹っ飛ばされる。

「グッ!」

 受身もろくにとれず、地面に叩きつけられた千夜と十吾がヨロヨロと立ち上がる。

 四人の奥義が叩き込まれた場所には、まだ土砂煙が漂い、小さな火が宙を舞っている。

「・・・・・・・・」

「やりすぎ、かな?」

「さあな。だが、これでどうにかなってなけりゃ、俺達には――――」

 ブオッ!

 突然、土砂煙の中から、巨大な翼のようなものが広がった。銀色に淡く光る巨大な翼。それはちょうど、九十九の立っていたあたりを中心に広がっているように見える。

「・・・・・・」

 翼の巻き起こした風で土砂煙が散らされ、そこにいる存在の姿がハッキリと見てとれた。

 九十九が、千夜たちが攻撃をしかける前の態勢のままで、立っている。その背には、一対の翼があった。翼先から翼先までが五メートルはありそうな銀の翼。

 千夜たちはその翼に自分たちの霊気がまとわりついているのを感じる。

「・・・・・あの翼で、僕たちの神威を全部防いだのか・・・・」

「ハハ・・・・どうしたのかな、私」

 七香の口が笑みの形で固まっている。目には涙が溜まり、足はガクガクと震え、立っているのが不思議だった。

「ぜ、全然、動けないよ・・・・・」

「僕もだ・・・・・。体全体が恐怖している。細胞一つ一つが絶望しているといった感じかな」

「もう・・・・・駄目みたいだな。俺たち」

 千夜がそう呟いた後、九十九が蟲たちを使役する言葉を口にし、掲げた腕を振り下ろした。

百鬼夜行ひゃっきやぎょう

 ゴッ!

 空中に停滞していた蟲たちが、一斉に、高速で壱姫たちに迫る。壱姫たちは、自分たちの死が避けられないものと自覚し、目を閉じる。

「―――――!?」

 周囲の音が消えた。まるで何も無い世界にいるように、周囲の気配が一切消えていた。

 五人が目を空けると、周囲の様相が一変していた。里に無数の巨大なクレーターが出来、家々は完全に消し飛んでいる。自分たちがいる場所以外は、すべて強力な爆発に抉られたような状態だ。

 そして、壱姫たちのまわりは、青白い光の半球があった。すぐ側に作られた穴は、その青白い光に遮られたようにそこで途絶えている。

「結・・・界?」

「そうよ」

 壱姫の言葉に答えたのは、聞き覚えのある、この場所にいないハズの女性のものだった。振り向くと、記憶にある女性が、そこに立っていた。

「お久しぶり、神影流の継承者さん達」

 峰(みね) 三芽。九十九の姉が、額に九十九のものと同じ、半ばエネルギーの角を生やして、五人の背後にいつの間にか立っていた。

 三芽が指を鳴らすと、壱姫たちのまわりに張られていた結界が解ける。

「三芽さん・・・・・どうしてここに?」

「・・・・その話は後にしましょ」

 フンッ

 微かな風切り音とともに、一瞬で三芽が壱姫の横に移動した。

「キャッ!」

 三芽が壱姫を抱き、横に飛ぶ。すぐ側まで接近していた九十九の拳が地面に突き立ち、大地を隆起させる。

「姉の顔も忘れちゃったみたいね――――この弟は!」

 しなやかに伸びた三芽の脚が、九十九の側頭にまともにヒットする。小石を蹴ったかのように、九十九の体が吹っ飛び、十数メートル先まで転がっていった。

「・・・・・もう一度、さっきの技を使うわ。あたしも同じ技で対抗するから、アンタたちもさっきと同じように、一斉に神威で攻撃して!」

「で、でも、あいつの翼に阻まれて、全然効きませんよ!?」

 千夜の言葉に、三芽が首を横に振る。

「百鬼夜行は、私たち鬼の血を引く一族にもキツい技よ。あの翼はこの角と同じで、《力》が半具現化したものだから、百鬼夜行使用後の妖気の低下に伴って、防御力も落ちるわ」

「わ、わかりました」

「・・・・・・壱姫ちゃん、守薙を」

「・・・・・・嫌です」

「・・・・・・・」

 壱姫は、三芽が顎で指した守薙を見ようともしない。

「・・・・・あの子と同じ悲しみを持つ私から、一つ言わせてもらうわ」

「・・・・・・」

「・・・・・あの子に殺されても、あの子の悲しみが消えることはないわ。逆に意識を取り戻したときに、悲しみを増やすだけ」

「・・・・・・」

 三芽の言葉に、壱姫が僅かに反応する。畳みかけるように、三芽が言葉を続けた。

「あなたに、罪はないわ。それでもあの子に謝罪したいと思ってるなら、ちゃんと言葉で謝りなさいッ! ちゃんと、あの子の意思があるときに、向かい合って頭を下げなさい! 壱姫ッ!

 叫びに近い声で名を呼ばれ、壱姫が顔を上げる。目じりに涙をため、だが、その瞳にはもう迷いはない。

今は、ただ剣をとりなさい!

・・・・・・はいッ

 壱姫は涙をためた目で三芽を見据え、頭を下げる。そして、傍らにある神木刀、守薙を握り締めた。

 倒れていた九十九が置きあがり、六人と対峙する。

『天と地の狭間 昼と夜の境 陰と陽が生まれし混沌 虚となりて漂いし意思無き者たちを呼び寄せよ』

 九十九と三芽が同時に詠唱を始め、二人の気配が一切消えた。そして、先ほどと同じように、凄まじい《力》が二人から立ち昇る。

「いくぞ・・・・・。いいな、壱姫」

「・・・・・・うんッ」

 千夜の問いに、壱姫がハッキリと頷く。

『百の鬼蟲共よ 我が意思によりて万の屍を塵と化せ』

 里の上空に、先ほどの倍する数の蟲たちが出現する。

『―――百鬼夜行!』

 二人が、空に向かって掲げた両腕を振り下ろす。二百の蟲たちが、それぞれの相手に向かって高速で飛来し、二人のほぼ中央でぶつかり合った。

 蟲たちの体が弾け、体内に凝縮されていた《力》が、強力―――凶悪な爆発を起こす。余波が地面を抉り、壱姫たちに襲いかかる。

「ハッ!」

 三芽が腕を振るい、自分と壱姫たちの周囲に結界を張り、余波を通り過ごす。

「今よッ!」

 指を鳴らし三芽が結界を解くと、壱姫と千夜、十吾が飛び出した。そして、その直後に百荏と七香が神影流の奥義、神威を発動させる。

「風龍鱗花!!」

「我龍攻突!!」

 竜巻の槍と、龍の矢が九十九に襲いかかる。

 九十九の銀の翼が、その体を包むようにたたみ込まれる。

 ドンッ!

「――――!?」

 神威の力は四散したが、九十九の翼も千切れ飛び、空中に消えていった。

「雷龍爪砕!!」

「煉龍喉牙!!」

 そこに、千夜と十吾の神威が叩き込まれる。

「グオオオオオオーーーーーッ!!」

 咆哮をあげながら、雷と炎に包まれた九十九が吹っ飛ばされる。

「神影流剣霊―――神威之壱」

「!!」

 吹っ飛ばされる九十九に、体を高圧の霊気に包み込んだ壱姫が追いついた。巨大な光の槍と化し、上方から九十九に迫る。

神龍鋒閃!!

ウオオオオオッッ!

 体を包み込んでいた霊気が守薙に収束し、壱姫がそれを突き出した。九十九は体を雷と炎に痛めつけれ続けているのも構わず、両腕でそれを受けとめる。

 バチッ!

 神威の威力に、九十九の両腕が弾かれる。

「オオオオオオオオオ―――――ッ!」

「でああああ――――ッ!!」

 守薙を胸に叩き込まれ、放出された霊気の塊に押された九十九がさらに強く吹き飛ばされる。しばらく姿勢をそのままに飛んでいた九十九の体が、地面に叩きつけられ、キリモミに回転した後、さらにもう一度地面に叩きつけれて、止まった。

「ハァッ! ハァッ!」

 肉体と霊力を酷使する神威を立て続けに撃った千夜たちが、荒い息で座り込む。比較的疲労の軽い壱姫は、しばらく息を整え、そして、九十九のところに駆け寄る。

「・・・・・・・」

 五メートルほどまで近づいたところで歩みを緩め、ゆっくりと九十九に近づく。九十九は、千夜たち以上に荒い息をしたまま、倒れ込んでいる。

 あの攻撃を受けて、まだ意識が残っていることに少なからず驚愕しながら、壱姫がさらに九十九に近づく。

「・・・・・つく―――!?」

 2メートルほどまで近づいたところで、いきなり九十九が飛び起きた。

「―――!?」

「壱姫!?」

 千夜たちが疲れきった体を無理矢理立たせ、壱姫に向かって駆け出すが、どう考えても間に合わない。弓を構えた七香も、まったく腕に力が入らず、弦を引くこともできないでいる。

「・・・・・・・壱・・・・姫」

「!? 九十九!」

 自分の名を呼ばれたことに驚愕する。

「良・・・・かっ・・・・た・・・・」

 角が薄れ、消えていった。そして、九十九の体から力が抜け、前のめりに倒れる。

「九十九!?」

 壱姫が駆け寄り、九十九の体を抱くように支える。

「・・・・・・・・」

「九十九・・・・」

 九十九はすでに気を失っていた。力の抜けきった体からは、先程までの狂気と殺気は微塵も感じられない。

「・・・・・・なんとか、なったわね」

「三芽さん」

 振り向くと、体を引きずるように近づいていた三芽がいた。その後ろには、千夜たちもいる。

「凄く・・・・消耗してるみたいですね」

「言ったでしょ? あの技は、私達の頑丈な体でも、かなりキツいの・・・・・。でも、九十九がもし本気で百鬼夜行を放てたなら、こんなものじゃ済まなかったでしょうね」

「? どういうことです」

 十吾の問いに、三芽が振り向く。

「九十九は我を失っていた。そのため、膨大な《力》を使うあの技は完全には放てなかったのよ。我を失っていた九十九は、パワー全開に《力》を使えても、技や術の精度はかなり落ちているわ。《力》の収束度、コントロール。そのレベルが低いから、私の技で対抗できたの。最初に使ったときもそう。本来なら、私の結界なんか、無いも同然。あんたたちは跡形もなく、吹き飛んでいたはずよ」

「・・・・・・・」

 三芽の言葉に、千夜たちが生唾を飲み込む。

「・・・・ま、とにかく、休みましょう。私がここにいる理由も、後で話すわ。今はただ休みたい・・・・・」

 そう言って、地面に直に寝ッ転がった三芽は、十秒もしないうちに、規則正しい寝息をたてはじめた。

「・・・・・・・俺達も休もうか」

「ええ・・・・・」

 地面に座り込んだ壱姫が、横たえた九十九を見る。

「・・・・・後で謝るからね。ちゃんと聞いてよ、九十九」

 そう呟き、三芽と同じように地面に体を預ける。

 意識が闇に落ちるのまで、そう長くはかからなかった。

 

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