「ただいまー」
「た、ただいま・・・・です」
九十九を背負った三芽が景気よく玄関を空け、中に入る。その後ろをおずおずと壱姫たちが入っていく。
「おかえりなさい。三芽さん、それに壱姫ちゃんたちも、大変だったでしょう?」
和恵がにこやかな笑みで出迎える。
すでに日は落ち、空には星がチラホラと出てきていた。壱姫たちは我を失った九十九との戦闘の後、休憩したまま寝入ってしまい、今まで鬼哭の里にいた。
「和恵さん、九十九寝かせるから、布団用意してくれません?」
「もう用意してありますよ。二階に上がってすぐの部屋。そこが九十九の部屋だから」
「ありがとうございます」
三芽は今だ気を失ったままの九十九を背負い、玄関の正面にある階段を上っていく。
「・・・・・あれ? 和恵様、さっき、大変だったでしょう・・・・って、言ってましたよね。なんで、私達のこと・・・・・?」
「ああ、あなた達のことは猿爺に聞いてましたから」
「猿爺に?」
「ええ、九十九が暴れていたところを見ていたらしく、それを私に伝えて自分の森に帰っていかれましたよ」
「・・・・・・・・」
見てたんなら助けてくれてもいいだろうに・・・・と、壱姫たちは思っていた。
「疲れているでしょう? お風呂に入ってお休みなさい」
「・・・・・あ、明日学校」
「この山を降りるだけでも、五時間はかかりますよ? それぞれの家には連絡しておきました。今晩はこの家でゆっくりしていってくださいな」
にっこりと微笑み、1度頭を下げてから二階へと上がっていく。
「・・・・・ま、しょうがないか」
「サボリは、仕事柄しょっちゅうやってるから、それほど気にはならないしな」
「それに疲れちゃってるのは、ホントだしね」
七香がダーッとうなだれる。
「三芽さんだっけ? あの人、ひとりだけ元気よねェ」
「あ、そっか。七香は初めて会ったんだっけ?」
「私、合宿に参加してなかったもの・・・・・・。鬼の血を引く人達・・・・か」
「・・・・・・あそこまですごい《力》を持ってるとはな・・・・。三芽さんが来ていなければ、僕たちは、あそこでやられていただろうね」
「・・・・・・・」
五人の、特に壱姫の表情が沈む。
「・・・・・とっとと休もうぜ。風呂にでも入って、な?」
「あー、生きかえるぅ」
温泉につかった百荏が伸びをして、呟く。
「百荏ちゃん、そういうの婆くさいわよ」
「うるさいわねェ・・・・壱姫は?」
百荏が辺りを見まわす。そういえば壱姫の姿がない。
「後で入るって」
「ふーん・・・・じゃ、遠慮なく」
目の前に浮かぶ盆から、銚子と猪口を手に取る。
「・・・・・全然懲りてないね」
「・・・・・・・」
壱姫は、山道を歩いていた。和恵から借りた懐中電灯を手に、木々に月明かりを隠された道をゆっくりと歩いている。
今日起こったこと、そして知ったこと。
九十九の故郷、鬼哭の里。200年前に滅んだ里。
200年前に起こった事件。
多くの侍と退魔師を引き連れて里を蹂躙しにやってきた、神影流剣霊、葦鳳隗斗。
《鬼》の凄まじい力によってそれに対抗する里の長、九十九の父、零朱。
駆けつけた神影流剣霊の当主、刹那。そして、拳霊、槍霊、棍霊、扇霊、弓霊の当主たち。
そして・・・・・、
「九十九の・・・・・弟さん・・・・・・」
最初の攻撃によって命を落とした九十九の弟、八雲。そして、目にはしていないが、隗斗によって死んだ、九十九の母。
「・・・・・・うッ・・・・うう」
壱姫の頬に涙が伝う。
止めど無く溢れ出す涙を拭うこともせず、うつむき加減に歩を進めていく。
「・・・・・・・」
壱姫の眼前の光景が、木々の壁から、開けた場所に移った。山間に広がる湖。鬼哭の里に繋がる《扉》の湖だ。
「・・・・・・・入れないかな?」
壱姫が湖の水面をのぞきこむ。月明かりに照らされた水面に、壱姫の顔が映っている。
「・・・・・・・」
壱姫が、九十九がやってみせたように、掌を湖に向けた。
「・・・・なーんて、都合よく・・・・」
パア・・・。
湖面が一瞬光る。
「え・・・・・」
慌ててさっきと同じように湖面を覗きこむ。そこには壱姫の顔は映っていない
「・・・・・・・」
湖のすぐ側でしゃがみ込み、手を水面にいれる。手には水中の感触はなかった。
「九十九!?」
風呂から上がった千夜が、廊下を歩いている九十九の姿を目にし、思わず叫んでしまう。後ろにいる十吾も、目を見開いている。
「おう」
「あ・・・・おう」
あんなことが会った後だというのに、いつも通り気の抜けた笑顔で軽く手をあげた九十九に、ちょっと放心したように返事を返す千夜。
「忘れモンがあるから、行ってくる」
「え・・・・あ、おい」
九十九は降りかえらずに、玄関から外に出ていった。
「・・・・・・・」
「・・・・・よくわからないな。彼は」
十吾は頭を掻きながら、呆れたように呟いた。
「・・・・・・はあ」
再び鬼哭の里に足を踏み入れた壱姫は月明かりに照らされたその現状を見て、ため息をつく。
すでに建っている家は無く、九十九の放った百鬼夜行は里を囲む森にまで影響を及ぼしていた。特に、壱姫たちがいた場
所は、クレーターだらけの荒野と化している。
「・・・・・・」
『あなたに、罪はないわ。それでもあの子に謝罪したいと思ってるなら、ちゃんと言葉で謝りなさいッ! ちゃんと、あの子の意思があるときに、向かい合って頭を下げなさい! 壱姫ッ! 今は、ただ剣をとりなさい!』
「・・・・・どうやって、謝ればいいのよ・・・・・・。あれ?」
視界の隅に何か光るものが見えた。
里の広場だった場所からそれほど離れていない場所に、一本の剣が落ちていた。滑らかな曲線を描く刃を持つ両刃の剣。
「なんで、こんなところに・・・・」
土砂に半分埋まっている剣を拾い上げる。一瞬、なにかの模造刀かなにかと思うほど、軽かった。
「・・・・・・すごい」
手に持つ剣からは、にじみ出るように、強力な霊気が感じられた。葦鳳の法具、守薙の霊力を凌ぐほどの霊武具であることは確かだった。
「・・・・・」
ズキンッ!
「!・・・・なに?」
頭に痛みが走り、一瞬脳裏に何かが浮かび上がった。だが、漠然としたイメージのまま、霞んでいき、消えていった。まるで遠い昔の記憶のように、漠然としたイメージのまま。
「・・・・・・・これ、もしかしたら九十九が何か知ってるかも」
壱姫は剣を手に、湖に向かった。
湖の端に手を置き、湖へと飛び込む。《扉》を通り、現実の空間へと戻った。
「!?」
「・・・・・よぉ」
湖から上がり、顔をあげたところで、予想もしなかった人物に声をかけられ、壱姫が目を見開いていた。
「つ・・・・九十九」
目の前には、休んでいるハズの九十九が立っていた。
「忘れモンを取りにきた」
九十九が、壱姫の手から剣を取った。
「・・・・・その剣?」
「これか? こいつは三種の神器、八尺瓊曲玉、八咫鏡、天叢雲剣と対を成す魔神器だ」
「マジンギ?」
「ああ、三種の神器と同じ、勾玉、鏡、剣の三つの強力な霊器物。そのうちの一つ、剣は俺たち鬼の血をひく者が護っていた」
「・・・・・・・・」
「こいつを核として、封印を張ってたんだがな、それが破れちまってた。ま、それが今回の里帰りの目的な・・・・・どした?」
俯いて、話を聞いてないらしい壱姫の顔を覗きこむ。壱姫は目に涙をためている。
「・・・・・・ご・・・ごめ・・・・ごめんなさ・・・い・・・・・・ごめん・・・なさ・・・い・・・・」
しゃくりあげながら、途切れ途切れに謝罪を始めた。
「・・・・・・・」
「あた・・・・し・・・・あたし・・・・今まで・・・・九十九にヒドイこと・・・・・言ってたのに・・・・・。九十九・・・・は、あた・・・あたしの父さんを・・・・・殺した妖怪じゃないのに・・・・・・憎・・・いって・・・・仇だって・・・・・。ホントは・・・・・あた・・・しが・・・・あたしが、九十九の・・・・九十九の弟さん・・・・たちを・・・・殺した奴の・・・・・」
クシャ。
「・・・・・・・?」
九十九が壱姫の頭に手を乗せ、髪を撫でる。
「すまねェな」
「え?」
「お前たちを危険な目に会わせちまった。しかも・・・・・俺自身が・・・・」
「そッ・・・・そんなコトッ! だって、あれはあたしが!」
「・・・・・・銘奈ばあちゃんが、お前たちをここに連れてけッて言った時から、多分こうなるんじゃないかと思ってたんだ」
九十九が手を戻し、腰に下げていた皮製の鞘に、魔神器の剣を収めた。
「そういや、お前、自分ン家の倉から術書黙って持ち出したんだって?」
「え・・・・その、それは・・・」
「姉さん、それで銘奈ばあちゃんに呼び出されて、慌てて俺たちを追いかけたらしいぜ」
「そう・・・・・なの・・・・。え? 三芽さんって、おばあちゃんと面識あったの?」
「面識って言うより・・・・・頼まれてヒヒイロガネ集めてるって言ってたろ?」
「え・・・うん」
「それ、銘奈ばあちゃんなんだ」
「?・・・・・え?」
「ヒヒイロガネは退魔師にとってどんな貴金属よりも貴重な鉱石だ。姉さんの存在を知った銘奈ばあちゃんが、鬼の鋭い感覚がヒヒイロガネの発する微弱の波動をとらえられることから、その発掘、発見を依頼してたみたいなんだ」
「・・・・・・・」
祖母が、九十九だけでなく、姉の三芽とも繋がりをもっていることに驚いている。と、いつのまにか話がすりかわってることに気づく。
「あ、あの・・・・・九十九・・・・」
「ん?」
「そ、その・・・・・・えと・・・・・ゴメンッ!」
「・・・・・・」
九十九が目をパチクリする。
「・・・・・クク・・・・・アハハッ・・・・・アハハハハハッ!」
「・・・・・・・」
いきなり笑い出した九十九に、今度は壱姫がパチクリする。
「ハハ・・・・ハハハッ・・・・、さっきはらしくなく泣きながら謝ってたとおもったら・・・・ヒヒッ・・・・えらくあっさりしたモンになっちまったなァ」
「・・・だってェ」
「ククッ・・・・・なァ、壱姫」
「な、なに?」
シュウウウウ・・・・・。
「!?」
九十九の体から妖気が漂いはじめる。
しかし、昼間とは違い、静かに、小さく滲み出してくるような《気》の変化だ。
額に妖気の光が灯り、角となって伸びる。そして、背中に同質の光が灯り、それが大きく長く伸びていく。
「・・・・・・銀の翼」
九十九は、昼間のときと同じ、額の一本角と、淡く銀光を放つ一対の巨大な翼を備えた、《鬼》の姿へと変わっていた。
「・・・・・・これが」
「・・・・・・」
「これが、俺だ」
いつもの気の抜けた笑顔。だけど、僅かに悲しみに似た光を帯びた瞳を壱姫に向け、呟く。
「人とは違う姿・・・・・人とは違う力・・・・・。退魔師が滅ぼすべき存在だ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・だけど、俺は、お前たちと一緒にいたい」
「九十九・・・・・」
「壱姫、千夜、十吾、百荏、七香・・・・。お前たちは、俺の一番大好きな人間だ」
九十九が一歩、壱姫に近づく。
「俺は、お前たちと一緒にいていいか?」
「・・・・・あたしは・・・・」
再び涙が溜まりだした瞳を、しっかりと九十九に向ける。
「あたしは・・・・・まだ、九十九と一緒にいたい・・・・・」
「・・・・・ありがとう」
九十九が壱姫を抱き寄せる。壱姫は涙に濡れる顔を九十九の胸にうずめた。
「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
「いいって・・・・もう。俺がお前の仇じゃないように、お前も俺の仇じゃないんだから」
「うん・・・・・うんッ・・・・、ありがとう」
「・・・・・・・」
バサァッ!
九十九の翼が数度羽ばたき、銀の羽根が宙を舞う。
「帰ろうぜ」
「え・・・・えェッ!」
翼が大きく羽ばたき、九十九と、九十九に抱き抱えられた壱姫の体が宙に浮かんだ。翼が羽ばたく度に、高く高く空に昇っていく。
「・・・帰ろう」
「・・・うん」
二人が夜の空を、秦の屋敷に向かって飛んでいく。
淡く輝く翼が通りすぎた空には、銀の羽根が数枚舞っていた。
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