第十五章

 一人+一匹=二人? 

 

 八月一日(土)―――AM8:30。

「ふぁ〜・・・・」

 マンションから出てきた九十九が、大きく口を開け、あくびを漏らす。

 ドゴッ!

「オグォ!」

「おーはよッ!・・・・どしたの?」

 声をかけた壱姫が、レンガに囲まれたゴミ捨て場に突っ込んでいる九十九を上から覗きこむ。

「お前が掌打で張ッ飛ばしたからだとおもうが?」

 なにやら逆さまの状態でビニ袋の中の九十九が、半眼で壱姫を見上げている。

「あんたボーッとしてるから、なんか物理的ショックやんないと、気づかないかもって思って」

「声だけかけろ・・・・声だけをよ」

 立ちあがり服の汚れを払う。

「・・・・・・・・・」

 壱姫が、九十九の横顔を覗きこむ。

 九十九の帰郷から半月以上がたっていた。だが、そこで知り得たことについては、まだ判然としないままだった。

 九十九には聞きたいことが山ほどあった。過去見の陣で見たこと、知ったこと。

 だけど、後ろめたさがあり、あれ以来、それを聞くことが出来ないでいた。

 十年前に封印から解けたと聞かされていたハズが、五・六年前であったことを、祖母の銘奈に何度か聞いてみた。が、その度に、勝手に持ち出した術書のことなどをもち出され、はぐらかされていた。

 結局、知ったことよりも、知らないことの方が増えたような気がする。

「ん? どした?」

「・・・・ううん、なんでも」

 とりあえず、今はこれでいいんだろう、と壱姫は思っていた。

「で、なんか用か?」

 バシィ!

 再び笑顔のまま、今度は守薙でのツッコんできた壱姫の一撃を、白刃取りで受けとめる。

「毎度毎度のことだけど、約束を忘れないでよね」

「思い出した思い出した」

 二人とも笑顔のまま、壱姫は守薙を押し込み、九十九は両手で挟み込んだ木刀を押し返している。

 通りかかった通行人は、不気味そうに遠巻きに通りすぎていった。

「千夜ン所に来た仕事を手伝うんだろ?」

「ええ、そうよ」

 守薙を袋にしまいながら、壱姫が歩き出す。その横を九十九は、欠伸を漏らしながらついていく。

「最近、多いよねェ。妖怪がらみの事件」

「多いなんてもんじゃ無ェだろ? 俺だって、昨日―――正確にゃ、今日の明け方まで明日香霊園の悪霊群除霊してたんだからな」

 三度、欠伸をもらし、大きく伸びをする。

「妖怪事件多発の影響か、なーんか、最近この街の大気にゃ、四六時中、薄い妖気が漂い始めてっし・・・。なんかの前触れかァ?」

「せっかくの夏休みなのに、このままじゃあたしの青春が、化け物とのデートで終わっちゃいそう」

「いいんじゃねェの。どうせ相手がいないんだから、化け物でも」

「神影流剣霊―――神覇斬!」

「神影流拳霊―――甲円掌!」

 刃の部分に霊気を集中した守薙の一撃を、霊気を凝縮した拳が受けとめる。衝撃で突風が巻き起こり、粉塵が舞いあがる。

 通行人たちは、歩いてきた道を戻り始めた。

「やるわね」

「ふッ・・・だてに、窓から突き落とされたり、階段を転がり落とされたり、駅を通過する特急の前に突き落とされそうになってるわけじゃないさ」

 至極物騒な出来事を口にし、九十九が壱姫から離れる。

「ま、アレね。あたしたち一介の退魔師には、依頼された仕事をこなすしかないってこと」

「難しいこと考えようにも、考えるだけの材料なんざ、ないからな」

 二人が歩き出す。

「そういや、最近、サチに会ってねェなァ。元気か?」

「うん。前よりずっと明るくなったわよ」

 

 

 AM10:00―――葦鳳家。

「にゃお」

「あ、クロ助」

 台所からアイスを持って出てきたサチに、葦鳳家に住みつく化け猫、クロ助が飛びつく。器用にサチの体を昇り、頭の上にチョコンと乗っかった。

「にゃ〜?」

「壱姫お姉ちゃん? お姉ちゃんはお仕事に行ったよ。どっかの大きなお屋敷に妖怪が済みついたんだって」

 サチがクロ助に返事を返す。クロ助の言葉?をサチが翻訳した時は、壱姫も銘奈もさすがに驚いていた。別に動物の言葉が知っているわけではない。なんとなく分かるだけだそうだ。

「・・・お休みなのに、お姉ちゃんも、九十九も忙しそうで、全然遊んでくんないの」

「にゃ?」

「二人についていけばいいって? 駄目だよォ、サチ、九十九たちみたいな闘う力はないんだから」

「にゃー・・・・」

「そうだね・・・・・なんだかツマんない。お家の外には長い間出られないし・・・・」

 座敷童であるサチは、一度一つの家に定着すると、その家の陽の気、福気が著しく減少するまでその家から、離れられなくなる。座敷童の霊力は、その家の福気から得ているため、あまり家を離れると、霊力が衰えてしまう。肉体よりも霊力を存在の拠り所とする妖怪の一種である座敷童にとって、それは命の危険にも関わる。

 その家の福気が減少すれば、自身との霊的な繋がりも薄れるため、その家を出て、他家から溢れ出す福気を受けて霊力を維持し、次の棲み家を探す。これが、座敷童の行動のパターンだ。

「・・・・・クロ助」

「ニャン?」

「探検しようか?」

 

 AM10:30―――葦鳳家裏。

 屋敷をぐるりと回り込み、裏手にある大蔵の前に、サチとクロ助がやってくる。ここは、葦鳳家が所有する霊具や書物が保管されてある場所だ。地下があり、そこには厳重に保管されなければならない代物があるらしい。壱姫が、過去見の陣を使用するために持ち出した、神影流の術の数々を記した古書も、そこにあったものだ。

「にゃ・・・・」

「大丈夫だよ。ちょっと覗いてみるだけだから」

 サチが木製の両開きの扉を開ける。鍵はかけられていない。

「・・・・・・・・」

 サチが精神を集中し、自分の存在を希薄にする。サチの妖力の一つで、壱姫の感覚からも逃れることのできる隠形の力だ。

「・・・・・うう」

 入り口を抜けようとすると、圧迫感が襲いかかってきた。大蔵の扉に鍵がかかっていないのは、強力な結界が張られているからだ。

 サチは自分の存在を希薄にすることで、結界に対する反応を弱め、なんとかくぐり抜ける。

「ふゥ・・・・・クロ助。入ってこられる? あれ?」

 振り向くと、クロ助の姿がなかった。

 足元にフワッとした感触があり、下を向いてみると、クロ助がサチの足に体を摺り寄せていた。クロ助の両脇を持って、目の高さまであげる。

「すごいね、クロ助。どうやって入ったの?」

「ンニャ」

「アッ」

 クロ助はサチの手から逃れ、トトトと奥へ入っていく。

 

 同時刻―――銘奈自室。

「むッ!?」

 自室で、茶を飲んでいた銘奈が、突然鋭い目つきになる。

「・・・・・・・・」

 銘奈の視線は、手に持つ湯呑に向けられていた。

「茶柱が立っとる。今日はいい一日になりそうじゃ」

 にこやかな笑みを浮かべ、茶をすする。銘奈の一服の時間は、とても平和なものだった。

 

 

「う〜ん・・・」

 ゴトンッ!

 サチが床にある扉を顔を真っ赤にしながら引き開ける。埃まみれになりながらようやく探し出した、地下への入り口だ。

「ん〜」

 サチが扉の向こうを覗きこむ。大蔵の入り口から差し込む光はここまでは届かず、真っ暗だ。

 用意しておいたライトをつけると、1メートル四方の穴の中には急な階段があった。

「いくよ、クロ助」

「にゃ」

 サチが恐る恐る階段を降りていき、クロ助は気楽な足取りでその後をついていく。

「ひゃ〜・・・・、なんだか怖いなァ」

「にゃお?」

「なんだか幽霊でも出そうだね。・・・・サチもおんなじようなものだけど」

「にゃっ」

「え? 早くしないと、みんなに気づかれるって? 大丈夫だよ。おばあちゃんは今日一日家の中にいるはずだし、お姉ちゃんたちも、まだ戻ってこないだろうし・・・・・・。お姉ちゃんたち、怪我とかしてないかな?」

 

 同時刻―――。

「あたし今日はクラスの友達とプールに行くハズだったのよ神覇斬!」

「俺なんか海だぞ夏だ海だ太陽だ金剛砕!」

 改築工事で取り潰した小さな祠を取り潰したことで、そこに封じられていた無数の妖怪が屋敷に住みついていた。その駆除を依頼された千夜の助っ人を頼まれた壱姫と九十九は、後ろ向きな気持で張りきっていた。

「・・・・・妖怪に八つ当たりしてるようにしか見えないぞ、おまえら」

 二人が取りこぼした妖怪を相手にしながら、千夜は一つため息をついていた。

 

 

 それほど長くない階段を降りきり、あたりをライトで照らしてみると、そこは二十畳ほどの大きな地下倉になっていた。

 おそらく、どれもが貴重なものであろう、霊気、妖気を纏った武器や壷、石などといったものがところ狭しとならべられ、壁に沿って並んでいる十を超える大きな棚には、ぎっしりと本が並べられていた。

「ふあ〜・・・・・すっごい・・・・」

 サチは壁にようにならべられたその法具をキョロキョロと眺めていた。クロ助はあまり興味がないようで、人と同じサイズの仏像の上にチョコンと乗っかっている。

(あの小さな入り口から、どうやって、こんな大きなモノ運んできたんだろう?)

 どー考えても、土台の部分で地上部分と地下を繋ぐ階段の入り口にひっかかりそうな、クロ助の乗っている仏像を見て、サチがそんなコトを考えた。数秒後には、その考えを忘れ、あたりの法具を眺めて歩き始める。

「・・・・・・・あれ?」

 ほとんど理解できない術や技、文章が載っている古書をとっかえひっかえして読んでいると、ふと、かたわらに異質な霊気を感じた。

 古書を棚に戻し、霊気を感じた方を見ると、一番左にある棚の向こうからのものだった。棚と壁の間には、人一人分ほどの隙間があり、そこからかすかに霊気が漏れている。

 ライトで照らしてみると、ちょうど長方形の形に色が違う場所がある。

「・・・・・あっ、と」

 色の違う部分を触っていると、その部分が奥にずれた。さらに力を込め、押すと、色の違う部分がしずかに開き、その向こう側に、さらに通路があるのがわかった。

「隠し扉・・・・? なにがあるんだろ」

 

  我が元へ――――

 

「えッ?」

 突然、声が、頭の中に直接飛び込んでくるような《声》が響く。

 

  我が元へ――――

 

「な・・・・何・・・・・?」

 

  我が元へ――――

 

「・・・・・・・・」

 三度、その声が頭の中に響くと、サチの意識が深く沈んだ。焦点のあわない瞳で、隠し扉の向こうにある通路を覗く。

 

  我が元へ――――

 

 四度、《声》が響き、それに操られているかのように、サチが通路へと入っていく。ライトの光がゆらゆらと前方を照らし、フラフラとした足取りで、サチが通路を進んでいった。

 

「・・・・・・にゃ?」

 仏像の頭の上で、いつの間にかウトウトしていたクロ助が、ハッと顔をあげた。光のなくなった地下倉でも、クロ助の瞳はその中の状況を見て取っていた。

 サチがいない。キョロキョロとあたりを見まわし、10秒ほどかけて、そのことを確かめる。

 仏像の頭の上から飛び降り、視界を遮るモノだらけの地下倉を歩きまわる。ハタッとクロ助の足が止まった。サチの入っていった通路への扉が目前に見えた。

「・・・・・・ニャッ!」

 小さな黒い体がその扉をくぐり、暗闇の通路を駆けていった。

 

「・・・・・・・」

 クロ助が通路に入った頃、当の本人であるサチは、淡い光に照らされた小部屋に足を踏み入れていた。

「・・・・・あれ?」

 ふいに意識を取り戻し、キョロキョロとクロ助と同じようにあたりを見渡す。

 頭が朦朧としており、記憶があやふやになっていた。いつの間にこんな場所に来ていたのか覚えていない。

 三メートル四方ほどのほぼ正方形の部屋。まだ地下のハズなのに、ライトをつけなくても、部屋の様子を見て取れた。といっても、周囲の確認は五秒ほどで済んだ。この部屋にあるものはたった一つで、光源もそのたった一つのモノだったからだ。

「刀・・・・?」

 部屋の真中に、一本の日本刀が突き立っていた。その刀身が青白い光を放ち、石壁に囲まれた部屋を照らしている。

「・・・・・凄い霊気・・・・」

 日本刀から放たれる霊気に、サチが半歩後ずさる。

 

  我を解き放て――――

 

「ま、また・・・・・」

 

  我に贄を――――

 

「い・・・・イヤ・・・・・」

 

  我に血と肉の味を与えよ――――

 

「・・・・・・・・・」

 再び瞳に光を無くしたサチが、フラフラと日本刀に近づく。小さな両手で日本刀の柄を握り、上に引いた。

 意外なほど軽く、床から日本刀は抜き出された。

 

   その小さき手で我に贄を与えよ――――

 

「フギャ――――!!」

 バシィッ!

 甲高い鳴き声とともに、強烈な衝撃波が起こり、サチの手にあった日本刀が弾かれた。

「・・・・・・・」

 サチはまるで糸の切れた操り人形のように、ガックリと地面に倒れ込む。

 チャキ・・・・・

 壁の隅に飛んでいた日本刀が、宙に浮かんでいた。一メートル半ほど浮かび上がると、溢れだす霊気が、もやのように視覚化し、やがてそれは人の形をとっていた。

 瞬く間に霊気が、霊体のような半透明の体をした男に変じ、霊気を放つ本体である日本刀を右手に握った。

『我の邪魔をするものは誰だ?』

 40歳前後といった感じの髭を生やした剣士となった日本刀が、部屋の入り口に目を向ける。

 トテトテ。

 軽い足音とともに、黒猫が部屋にはいってきた。サチを追ってきたクロ助だ。

『畜生が我に歯向かうか?』

 霊体の剣士がクロ助に近寄る。強力な霊気を放つ日本刀を振り上げ、無造作にクロ助に向って振り下ろした。

 ギィン!

 クロ助の体から霊気が溢れ、壁となって襲いかかる刃を弾く。剣士は驚愕の表情を浮かべ、数歩後ずさる。

「長き眠りの中で退屈だったろう、妖刀華血かげつ。主の目覚めに呼応し、目を醒ましたか?」

 クロ助の口から、男の声が発せられた。

『貴様は・・・・・』

 霊体の剣士がさらに驚愕する。

「おとなしく寝ていればいいものを・・・・・・」

 クロ助の体が宙に浮かび、光に包まれる。光は徐々に大きくなり、やがて、妖刀華血のように、人の形を取り始めた。

『貴様は――――!?』

 光が薄れ、クロ助がいた場所に、一人の男が現われた。炎のような赤いざんばら髪。がっちりとした体躯の三十代くらいの男が、皮肉げな笑みを浮かべ、床に倒れたサチをかばうように立っている。

「へッ、神影流拳霊十三代目当主、秦 黒杜くろと―――推参」

 名乗りあげた男は、剣士との間合いを一瞬で縮め、右の拳打を打ち込む。

「金剛砕!」

『おおおッ!?』

 霊体が弾け、散り散りに吹き飛ぶ。

「―――っと!」

 空中を疾走してきた妖刀華血を、横に飛びすさり、危なげなくかわす。

 壁に突き立つ寸前に空中で静止した華血のもとに、飛び散った霊体片が集まり、元の剣士の姿に戻った。

『お・・・・おどろかせおって。知っているぞ。貴様ら拳霊の一族は、我のような肉体を持たぬ者に対する技を得意としておらぬそうだなッ』

 霊体が黒杜に向って疾走し、袈裟切りの一撃を繰り出す。

「ふッ」

 体を斜めに倒し、その一撃をかわす。そのまま地面を滑るように移動し、霊体の背後についた。

『―――死ねェ!』

 振り向き様に、黒杜の首筋に向けて刃を振り下ろす。

 バシィッ!

『!?』

 黒杜が刃を両手で挟み込み、首を切り落とす寸前で止めていた。

「神影流拳霊―――」

 掌の間で霊気が収束していく。

「轟波掌!」

 収束した霊気が掌の間で弾ける。一点に強烈な霊気の衝撃を受けた華血が中ほどで折れ、弾かれるように飛んだ。

『なッ・・・・・』

 刀身を半分失った華血を握る霊体の剣士が、ヨロヨロと後ずさる。その体の輪郭はすでにぼけだしていた。

「本体を失えば、その体を維持できないだろう? さて、大人しくしてなかった罰だ・・・・」

 黒杜の目が鋭く細められる。殺気というには生ぬるい気配が狭い地下部屋に充満した。

「欠片も残さず消えろ」

 黒杜が両の拳を腰のあたりに置く。その拳に霊気が収束する。

「神影流拳霊―――砲砂爆!」

 突き出した両掌から粒状の霊気が放出され、霊体を吹き飛ばし、二つに分かれた日本刀を粉々に砕く。

『おおおぉぉぉぉ――――・・・・・・』

 断末魔の咆哮が小さくなっていく。本体である華血が折れ、存在の拠り所をうしなった霊体は、元にもどることも出来ず、空中に四散して、消えていった。

「・・・・・・ふう」

 一つ息を漏らし、振りかえる。地面に倒れているサチの体を抱き上げる。

「久しぶりに人に戻るのも疲れるもんだな」

 サチを抱えたまま、地下倉へと続く通路に戻る。

「いつまで、俺はこの生活を続けなけりゃいけないのかねェ」

 一つ愚痴ともとれる言葉を吐き、腕の中のサチを見下ろす。規則正しく息をしているサチの顔をしばらく覗き、フッと小さく笑みを浮かべる。

「ま、猫の生活も悪かないわな」

 

 

 PM5:30―――葦鳳家。

「あ、お姉ちゃん、おかえりなさい」

「ただいま〜」

 ぐったりした壱姫を、クロ助を頭に乗せたサチが出迎える。

「ん? どしたの、サチ」

「なにが?」

「えらく上機嫌みたいじゃない」

 壱姫のいうとおり、サチはいつも以上に明るい笑顔を振り撒いている。

「不思議な夢を見たんだ」

「夢?」

「うん」

 頭の上に乗っているクロ助を持ち上げ、胸の位置におろす。

「クロ助がね、男の人に変身して、サチを助けてくれたんだ。とってもカッコよかったんだよッ」

「へぇ〜、あんた、サチのナイト様になったの?」

 壱姫がクロ助の首根っこを掴み、目の高さまで持ち上げた。

「ナオ〜」

「・・・なんだって?」

「クロ助は、いつもここで皆を護ってるんだって」

 クロ助の言葉をサチが通訳する。

「ナマいってくれるわね、こいつは」

 疲れているせいか、ちと弱弱しい笑みを浮かべた後、クロ助をサチに返す。

「あたし、疲れたからシャワー浴びて、もう寝るね。ご飯いらないから」

「うん、お休みー」

 ちょっと弱弱しい足取りで屋敷に向う壱姫を、手を振って見送る。

「さて、サチたちはお夕食作るの手伝ってこよ」

「にゃう」

 トテトテと軽い足取りで、サチも屋敷に向う。

「クロ助。夢の中みたいに、ずっとサチを助けてねッ」

「にゃッ」

 ずっとこの家に住んでいる化け猫は、大きく頷いていた。

 

 

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