ドガガガガッ!
小学校のグランドを、数条の稲妻が薙いでいく。衝撃が大きく地面を砕き、土煙をあげる。
「うおおおッ!?」
「きゃあッ!」
九十九たちは危うくその稲妻をかわし、四方へと散らばった。
「九十九ッ」
「なんだ、七香!」
さらに襲いかかる稲妻を、動き回ることでなんとか避けながら、会話をかわす。
「あれッ、あんたの故郷にいた人でしょッ?」
「オオッ、生き残った数少ない人だッ!」
「そいつが、なんで俺たちを襲うんだッ!?」
「知るかッ―――?」
雷過が稲妻の放出を止めた。雷過は、地上10メートルの位置に浮いていた。
「――――オオオオオッ!」
長く量の多い黒髪から上空に向かって電撃が放出される。それが一つに集まり、巨大な雷球へと変じた。
「壱姫ッ、千夜ッ、七香ッ、こっちに来いッ!」
「オオオオオオッ!」
雷球が九十九たちに向かって落下を始める。グングンと速度を上げ、1ヶ所に集まった九十九たちに向かう。
ドォオンッ!!
地面に激突した雷球は大きく地面を砕き、稲妻がグラウンド中を走った。
「コオオオオ――――」
バサァ!
「―――!?」
巨大な翼が羽ばたき、土煙が吹き飛ばされる。神影流の奥義、神威さえも防ぐ銀翼で雷過の電撃を防いだ九十九の口内には、ピンポン玉くらいの光球が作られていた。
「オオオンッ!」
光球が光線に変わり、空間を薙ぐ。雷過はそれを横に跳びかわす。
バリィッ!
雷過の髪が蠢き、数条の稲妻を放つ。
「銀羽舞葉!」
九十九の翼がはためき、無数の羽が宙を舞う。稲妻がその羽に吸い込まれるように細くなっていき、九十九たちまでは届かなかった。
「ほう・・・・。鬼人の護りの力、光翼を使えるようになったのか」
「雷過さんッ、なんで、アンタが俺たちを襲うッ?」
九十九が一歩前に出る。攻撃的な気配とともに叩きつけられる言葉を、雷過は腕を組んで悠然と受けとめている。
「俺が封印から開放されたとき、アンタはまだ封印石に封じられたままだった。その後、確かめたら、封印石は破られていて、アンタの姿はどこにもなかった。今までどこにいたんだッ」
「・・・・・知りたいか?」
雷過が皮肉げな笑みを浮かべる。
「お前には、知りたくないことだと思うがな」
「何だと?」
「どうしても知りたければ、俺を倒してからにしな」
まるで身体中に帯電しているかのように、雷過の髪が電気を放出し始める。
「今の俺たちの仕事は、神影流の面々を潰し、お前を連れていくことだ」
「・・・・『俺たち』だと?」
「ああ、俺たちだ。お前のよく知ってる、な」
「・・・・・・・」
バリィッ!
一筋の放電が地面を打つ。それを合図にしたかのように、雷過が九十九たちに向かって駆け出した。
「オオオオオッ!」
「くッ・・・」
雄叫びをあげながら、突進してくる雷過に対するため、九十九たちがそれぞれ構えをとる。
バシィッ!
「は・・・・?」
矢を放とうとした七香が気の抜けた声を漏らす。迫ってきていた雷過の身体が、まるで見えない何かにぶつかったように、横に弾き飛ばされていた。
「な、なんだッ?」
雷過が身体を起こし、吹っ飛ばされた場所に目をやる。そこには何もない。しかし、その向こうに動く何かを見つけた。
「・・・・・・猫、だと?」
夜闇の中から染み出すように、五人の前に現われたのは、全身黒の毛並みの猫だった。
「クロ助ッ!?」
壱姫が驚きの声をあげる。なぜ、家の猫がここにいるのか? 今の雷過の何かにぶつかったような動きは、クロ助のせいなのか?
「と、とにかく、こっちに・・・・」
「何者だ、おまえ」
「!?」
雷過がクロ助に向かって、歩を進めている。
「オマエが、俺を弾き飛ばしたんだろう? 化け猫にしては強烈な妖気だ・・・・」
「ま、待ちなさいッ!」
壱姫が駆けだし、守薙に霊気を込める。
「待て、壱姫ッ」
「神影流剣霊―――」
ダンッ!
壱姫が大きく跳んだ。守薙を渾身の力で振り下ろす。
「!?」
雷過の後頭部に直撃する寸前、守薙が大きく弾かれた。雷過の周囲には電撃の結界が敷かれていた。
「きゃッ」
受身もろくにとれず、壱姫が地面に叩きつけられる。
「刹那に似てはいるが・・・、腕はまだまだのようだな、剣霊の嬢ちゃん」
地面に倒れる壱姫を一瞥し、再びクロ助に向かっていく。
「さて・・・・」
雷過の右掌が電撃に包まれる。
「フギャアッ!」
「ぬぐッ!?」
クロ助から放たれた衝撃波が、雷過の巨体を弾き飛ばす。
ポテポテ。
軽い足音とともに、クロ助が壱姫たちの側に寄る。
「ここは俺にまかして、お前らはとっとと行け」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
四人が絶句してる。全員が自分の耳を疑っていた。男の声が、目の前の小さな黒猫の口から発せられたのだ。
「・・・・・ちょっと待ってくれ。今の声・・・・」
「ハハハッ!」
クロ助の身体が光に包まれる。その光が膨張し、人の形を取り出した。
「・・・・・・・ウソ」
壱姫が呆然と呟く。クロ助の姿は、三十代くらいの男のそれへと変わっていた。実践的に鍛えられたがっちりとした体躯。好き勝手な方向へと伸びるバサバサの赤髪は、炎のように風にたなびいている。
「・・・・・・クロさん」
ボーゼンとした顔で、九十九も呟く。目の前に立っているのは、もうこの時代にはいないはずの男、神影流拳霊十三代目当主、秦 黒杜だった。
「よぉ、九十九。こうやってマトモに顔会わせるのは200年くらいぶりか? ハッハッハッ!」
陽気だ。
「おいおい・・・・、なんでお前がこの時代にいるんだ? 人間はそんな長くいきられないだろう?」
九十九たちと同じような表情をしていた雷過が、こちらも久しぶりにあった知人との会話のような口調で話しかける。
「おう、雷過。お前も久しぶり――――」
トンッ
軽い音とともに、黒杜が跳んだ。
「破岩蹴!!」
岩をも砕く強烈な蹴りを繰り出す。が、壱姫と同じように電撃の結界に阻まれる。
「ゼェアアアッ!」
「ゴォッ!?」
黒杜の蹴りが電撃結界を貫き、雷過の顔面を捉える。黒杜の巨漢が地面に叩きつけられ、大きくバウンドする。
「金剛―――」
右の拳に霊気を収束させ、黒杜が雷過に再接近する。雷過は、それを迎え撃つために、同じように電撃を右拳に纏わせた。
「砕!!」
「オラァ!!」
霊気の拳と、電撃の拳がぶつかり合う。二人が鏡のように同じように吹っ飛び、衝撃が突風となって吹き荒れる。
ザザッ!
黒杜は空中で身体を捻り、九十九たちの前に着地する。
「九十九ッ、とっとと十吾たちの所に行けッ! こいつは俺が引きうけるッ!」
「あ、あのクロさん、状況が・・・・・」
「後で説明してやるよッ。とっとと―――」
ガシッ!
黒杜が九十九の首を引っつかむ。
「え?」
「行ってこ―――――――いッ!!」
「うおおおおッ!?」
まるで野球ボールでも投げるように、九十九の身体を空に向かって投げつける。
バサァ!
翼をはためかせ、なんとか態勢を立て直し、空中に浮かぶ。人に投げられたとは思えないほどの高度だ。
「クロさんッ、てめェ無茶すんなッ!」
「ハッハッハッ! 200年前より口が悪くなってるぞ。いいからとっと行け! 十吾たちのトコロにデカイ妖気があるんだッ!」
「何!?・・・・・・・・後でちゃんと説明してもらうからなッ!」
九十九が翼を動かし、南に向かって飛んでいく。
「・・・・さて、やるか。お前らも邪魔にならんように、さっさと行け。こいつの相手は俺がするからよ」
「え、あ、ハイ」
訳がわからんまま、という感じで壱姫たちもその場を後にする。
「さて・・・・・やるか?」
「いいだろう。奴らの始末は、お前を倒してからにしよう」
南区―――御堂家付近。
「・・・・・・・・」
ガラッ
十吾が瓦礫をのけて、ヨロヨロと立ち上がる。御堂家のまわりの塀に突っ込んでいた。
棍を支えにして立っている十吾の身体はすでにボロボロだった。服はところどころが千切れ、打撲や裂傷による出血で染まっている。
十吾のすぐ側には、三人の人狼が倒れている。十吾が倒した人狼たちだ。ここからは見えないが、あと四人の人狼が十吾たちによって倒されている。
「なかなかタフだな」
十吾から三メートルほど離れた場所に、一人の男が降り立つ。人ではない。人と鴉の顔を合わせたような容貌の、黒い翼をもつ妖怪、鴉天狗だ。
「あなたは・・・・鬼哭の里の・・・・・」
「私の名は疾風。今は滅びし鬼哭の里にいた。あの戦いを生き延び、今を生きている」
「そうか・・・、九十九の言っていた生き残った村人の一人か・・・・。それがなぜ、僕たちを襲うんだ」
「・・・・・・・」
ドガッ!
御堂家の玄関のドアが吹っ飛び、中から百荏と中年の男性が飛び出してくる。百荏はなんとか受身をとり、すぐさま起きあがったが、中年男性の方は、もろに地面に叩きつけられうめいている。
「く・・・・」
百荏があやうく膝をつきそうになる。十吾同様、百荏もボロボロの風体だった。その右肩には、一本の氷柱が突き立っている。
「そっちは終わりましたか? 疾風」
ドアのなくなった玄関から、一人の女性が現われる。透き通るような白い肌と艶やかな黒髪を持つ、整った顔立ちの女性。
その女性の後ろには、御堂光を肩に担いだ人狼、我陵がいた。光は意識を失っているようで、ぐったりとしている。
塀の向こうの庭からも、二人の人狼が道に飛び出してくる。
「なんだなんだッ?」
「え・・・・・キャアアッ!」
「化け物だァ!」
破壊音を聞いて出てきたのであろう、付近の住人が、人狼たちの姿を目にし、一気にパニくる。我先と逃げ出していた。
「・・・・・え?」
「あら? 目を醒まされましたか?」
その騒ぎに意識を失っていた光が目を開け、顔を起こす。まず目に入ったのは、我陵の前に立っていた女性の顔。そして、すぐ横にあった我陵の狼面が目に入った。
「――――きゃあああッ!」
「光ッ!」
倒れていた中年男性が、我陵に向かって飛び込む。が、我陵は中年男性を、片腕を振るって弾き飛ばした。
「ぐうう・・・・娘を・・・・娘を放してくれッ」
中年男性――光の父、照明は、もう一度我陵に近づこうとするが、足を痛めたのか、すぐに倒れ込んだ。
「貴様の人狼としての力は弱い。だが、この娘は違う。この娘はもらっていくぞ」
「そんな・・・・」
「お、お父さん・・・・なんなの、コレ。どーいうコトッ!?」
パニック寸前の震える声で、父親に問う。答えたのは、照明ではなく、自分を抱えている我陵だった。
「我らは、古き狼の血を引く人狼の一族。そして、お前は、我らと同じ血を引く娘だ」
「え・・・・・・」
「お前は知らなかったようだが、お前の父は知っていたようだな」
「お父さん・・・・・」
「・・・・・・・」
照明は、黙している。が、その表情が雄弁に語っている。
「私は・・・・・」
「そうだ、お前は人間ではない。我らと同じ血を引く者、人狼だ」
「よく動くでかい口だ・・・・」
「!?」
十吾が支えにしていた棍の法具《焔楼》を握りなおし、我陵に向かって歩き出す。
「人間だとか、人狼だとかは関係ない。その子は、九十九たちの級友・・・。それを奪おうとする者は、九十九の友の一人として、この神影流棍霊、天原十吾が許さん」
「あたしも同意見ね」
百荏が肩の氷柱を抜き取り、法具《豺華》を構える。
ババッ!
我陵以外の人狼が、二人に向かって飛び出す。
「神影流扇霊―――嵐風衝!」
豺華を振るい、強烈な突風を巻き起こす。霊気を含んだその風は、人狼をまるで木の葉のように吹き飛ばした。
風は動こうとした疾風に向かい、その動きを止める。
「神影流棍霊―――」
そのスキに十吾が我陵に向かって駆ける。その間に、黒髪の女性が割って入った。
「炎崩撃ィッ!」
「氷壁」
ビシィッ!
黒髪の女性の前に突然出現した氷の壁に、十吾の炎の棍の一撃が止められる。
「崩氷」
女性の呟きとともに、氷の壁が弾けるように砕け、氷片が十吾の身体に裂傷を負わしていく。
「十吾ッ!?」
バフッ!
「!?」
疾風が百荏の風を突き破って、突進してくる。虚をつかれた百荏は、態勢を戻す間もなく、疾風に接近されてしまった。
「ヌルい風だ。我らの時代の神影流の風使いは、この程度ではなかったぞ」
ゴッ!
「がはッ」
疾風が生み出した風が半ば衝撃波となって、百荏の身体を弾き飛ばす。
「ぐッ・・・大丈夫か、百荏」
「あんまり・・・大丈夫じゃないわね」
二人は壁を背になんとか立ちあがる。しかし、傷だらけの身体はほとんど力が入らない。
「さて、あなたたちの手伝いはこれでいいでしょう。我陵、その娘をつれてこの場を去りなさい。倒れている者たちはあとで連れていきます」
「はい、ありがとうございました、冷那様」
バッ!
我陵が、二人の同族とともに、その場から跳び去る。光の悲鳴がどんどん、遠ざかっていく。
「ま、待て・・・」
「貴方たちは、ここで生き終っていただきます。御容赦を――――!?」
「!?」
疾風と、氷を使う女性―――冷那が、その場から飛び退く。二人がいた場所に、さっきこの場から去ったはずの人狼たちが跳び込んできた。跳び込んできたというより、吹っ飛ばされてきたという感じだ。地面に叩きつけられ、我陵以外は気を失っている。
「まだ、その子たちには生きててもらわないと困るのよ。弟が悲しむからね」
その声に、その場に立っている者が、一斉に空を見上げる。
月を背負うように、銀光に包まれる翼を持った女性が、上空に浮かんでいた。
「三芽・・・さん」
百荏が見知ったその女性の名を呼ぶ。三芽は、笑顔を浮かべ、その声に答えるように手を振っている。
いつも髪を抑えるためにまいている布は取られ、意外に長い髪からは、淡く光る角が飛び出している。背中からは、角と同じように光を放つ翼があった。九十九の猛禽類を思わせる雄雄しい翼とは違い、白鳥などの優雅な雰囲気をもつ翼だ。
「お久しぶり、百荏ちゃんに十吾くん。光ちゃんは、この通り無事よ」
三芽は右脇に、我陵が連れ去ったハズの光を抱えていた。
「三芽さん・・・・その翼・・・・」
「光ちゃん、話は後ね」
光が目をパチクリさせている。光の家と喫茶店「月下」は、五分と離れておらず、光は数少ない御得意客の一人だった。その店のお姉さんが、いきなり翼と角を生やして現われたのだから、驚きもするだろう。
「どっかで聞いたことのある名前だとおもってたけど、辰巳って子の彼女が光ちゃんだったとはね〜、よっと」
地面に降り立った三芽が、光を降ろす。
「―――闇鎖!!」
ジャラララッ!
三芽が突き出して右掌から10センチほど離れた場所から、いきなり黒い鎖が出現し、疾風たちに向かって空中を疾走する。
「ぬうッ!?」
疾風たちは、後ろに飛び退き、空中を不規則な曲線を描きながら向かってくる鎖から遠ざかる。
「二人ともッ、その人をつれて、こっちへ!」
「は、はいッ」
言われるまま、十吾と百荏が、照明を連れて、三芽の側に寄る。
「あんたたちは、二人を連れてこの場を離れなさい。今、九十九たちがこっちに向かってるわ」
「三芽さんは?」
「あたしはこいつらを足止めしとくわ。一匹くらい、そっちに行くかもしれないから、早めに九十九と合流しなさいよ」
「大丈夫なんですか?」
「今のあんたたちよりは、なんとかなるわ。はやくッ」
「わ、わかりましたッ。いくよ、御堂さん」
「は、はいッ」
十吾が照明を担ぎ、走り出す。百荏と光もその後を追うように、駆け出した。
「逃がすかッ」
我陵が大きく跳躍し、三芽を跳び越す。
ピゥンッ!
「!?」
空中で我陵の動きが止まる。その身体には、三芽の左手から伸びる細い糸が絡みついていた。
「あたしの糸は頑丈よ」
「うおおッ!?」
我陵の身体が、細い糸によって引き戻される。そのまま地面に叩きつけられる。
「・・・・・・アナタが出てくるとは思いませんでした」
目の前でうめいている人狼を一瞥もせず、冷那が三芽に声をかける。
「人ン家の近くでバタバタやっといて、何言ってるんですかね。それにしても、私もあなたたちが出てくるとは思ってませんでしたよ。冷那さん、疾風さん」
「私たちを、一人で相手にするつもりですか? あなたは九十九ほどは闘いの才をもっていなかったでしょう」
「そうね。あの子の闘いに関する才能は、飛びぬけてる。私じゃ及びもつかない」
バッ!
疾風が、翼を羽ばたかせ、猛スピードで三芽に向かって飛ぶ。
「わかっているなら、そこを退けッ!」
一気に間合いを詰め、至近距離から右腕を振るい、真空の刃を繰り出した。
「壁ッ!」
「!?」
バシィッ!
突き出された三芽の左掌に、梵字に似た紋様が浮かび、不可視の壁を作り出して真空の刃を四散させた。
「破ッ!」
「グッ!」
今度は右手の甲に文様が浮かび、拳撃と同時に強烈な衝撃波が放ち、疾風の身体を弾き飛ばした。
「縛ッ!」
ジャラララッ!
左腕に現われた文様から放出された妖気が黒い鎖へと物質化し、腕に巻きつく。それが長さを増し、疾風の身体に絡みついた。
「でぇいッ!」
ドゴォ!
黒鎖に引き落とされ、疾風の身体が塀を砕き、地面に叩きつけられる。
ジャラランッ。
鎖が元の長さに戻り、再び三芽の腕に巻きつく。
「九十九が《技》の才能に富んでいたように、私が《術》の才能に富んでいたことを忘れたんですか? 私も開封されてから、ただ遊んでいたわけじゃないのよ」
「・・・なるほど、《術》を瞬時に発動させる《呪紋》か」
「ええ、200年前のあの戦いのときには、まだ完成してなかったんですけどね・・・」
ブウウウンッ
三芽の身体に、無数の紋様が浮かび上がる。身体中に浮かんだその紋様は、ネイティブなどがする戦いの化粧のようにも見えた。
「今の私なら、あんたたち二人でも十分に相手できるわよ」
「そのようですね・・・・・。我陵、あなたは逃げた四人を追いなさい」
「で、ですが・・・・」
「この場の戦いに、あなたは邪魔です」
冷那が冷たく言い放つ。
「・・・・わかりました」
我陵が、三芽を遠巻くように、横手の家の屋根に飛び移る。
「逃がさないわよッ!」
再び黒鎖を出現させ、我陵に向かって伸ばす。
「砕雹」
冷那が呟きとともに、氷の飛礫を無数に放つ。
「くッ!」
三芽が引き戻した鎖が渦を描き、氷の飛礫を弾く。
「裂ッ!」
頭上に飛んでいた疾風が、さきほどより巨大な真空の刃を撃ち出す。
「鏡ッ!」
バシィ!
三芽の紋様の一つが発動し、真空の刃を疾風に向かって反射した。
「フンッ!」
疾風が手に握る錫杖を振るい、自分に向かって跳ね返された攻撃を跳ね除ける。
(・・・・・やっぱり、一人も逃がさずに、ってのは無理だったか)
我陵の気配が、十吾たちの逃げていった方向に消えていくのを感じながら、三芽は二人と対峙する。
(早く九十九たちと合流してよね)
「はあッ、はあッ!」
「くッ・・・・」
百荏が壁に倒れかかり、照明を背負っている十吾が、ガクリと膝をつく。
「だ、大丈夫ですかッ! えっと・・・・・」
先行してしまった光が戻ってくる。二人の名前を呼ぼうとしたが、逃げることに夢中で、二人が誰なのかを聞くのを忘れていたことに気づく。
「天原 十吾・・・・。九十九たちの知り合いだ」
「私は、凪草 百荏」
光の様子に気づき、二人が弱弱しい声で自分の名を告げる。疾風と冷那に痛めつけられた身体で逃げてきたのだ。常人ならとっくに気絶しているほどの痛みと疲弊感が身体中を支配している。
「九十九? あ、壱姫ちゃんの友達の・・・・」
「ううッ」
十吾に背負われたままの照明が身体の痛みに呻く。
「お父さんッ!」
「・・・すまん、光。父さん、いままでお前に黙っていたことがあるんだ・・・」
「・・・さっき、あの狼のお化けが言ってたこと」
「・・・ああ。父さんは、人狼という妖怪を先祖に持っているんだ。そして・・・、お前にもその血は流れている・・・」
「・・・」
「牙狼族、ですか?」
十吾が、九十九から聞いた人狼の種族名を口にする。光の父親は、一瞬驚いた表情になり、やがてコクンと頷いた。
「どうして、それを?」
「僕たちは、その牙狼族が何かをたくらんでいることを知って、この二日間、行動していました」
「やはり、ここ数日起きていた、通り魔事件は、奴らの仕業だったんですか・・・」
「ええ・・・、どうやら、情報が間違っていたようで、彼女の・・・ボーイフレンドの方に行ってましたが・・・」
「辰巳くんのッ!?」
自分の彼氏の事が話に出、光が驚いている。
「僕たちが君に目を向けたのは、九十九が彼から感じた人狼の匂いがきっかけなんだ。てっきり、彼が人狼の血族だと思っていたんだが、どうやら見当が違っていたらしいな・・・・・」
「・・・私が・・・妖怪の仲間・・・・」
「光・・・」
ザッ!
「?・・・」
十吾と百荏が自分たちに背を向けるように立ちあがったのを見て、二人が怪訝な顔をする。
「・・・!?」
二人の間から見えた光景に、光が驚愕する。さっき、自分を連れ去ろうとしていた人狼が、通りの向こうに立っていた。
「あの女は、疾風様たちの相手をしている。もう、助けは来ないぞ」
「・・・御堂さん、お父さんを連れて逃げてください。こいつは僕たちが食いとめます」
「え・・・」
「今の私たちじゃ、こいつに勝てるかわかんないから、できるだけ遠くにね。そうすれば、こっちに向かっているっていう九十九たちが見つけてくれるハズよ」
二人が、足を引きずるように、前に歩を進める。
「・・・・・なぜ、そうまでしてその娘を助けようとする? その者は我らと同じ血を引く者。お前たち退魔師の敵だろう?」
我陵の言葉に、普段ほとんど表情を動かさない十吾が、口元に小さく笑みを浮かべた。
「僕たちの敵は、君のような乱暴者だけさ。それに、さっきも言っただろう?」
十吾の棍に、炎のように揺らめく朱色の霊気が纏われる。
「彼女は壱姫たちの級友だ。彼女に何かあれば、壱姫たちは悲しむ。僕たちが戦う理由は、それだけで十分さ」
「そういうことよ」
光は、この場を逃げるかどうか、迷っていた。自分には戦う力は無い。それに自分の父親を早く安全な場所に連れていきたい。でも、彼らは自分のために傷つき、そして素人の自分でも敗北の色が濃いとわかる闘いに挑もうとしている。
「―――ああ!?」
十吾が棍の一撃を防がれ、我陵の腕撃に吹っ飛ばされていた。続けて霊気を纏った扇で我陵を斬ろうとした百荏の攻撃もかわされ、同じように殴り飛ばされる。
「クククッ・・・・」
塀に叩きつけられ、地面にへたり込んだ十吾を、我陵が掴みあげる。逆の手には鋭く伸びた爪が月光を受けて光を放っていた。
「これで・・・・・最後だッ!」
「だ、駄目ェェ!」
我陵が十吾の喉に爪を突き付けるのを見て、光が駆け出した。何か考えがあったわけじゃない。ほとんど頭の中は真っ白だった。
「!?」
次の瞬間、人狼の姿が目前にあった。我陵が目を丸くしている。自分も同じような表情をしているだろう、と、なぜか冷静に光は思っていた。
光は金メダリストのランナーも真っ青なダッシュ力で、我陵との間合いを一瞬でゼロにしていた。そのまま何も考えずに、というより、自分が思っていたより遥かに速く我陵に接近していたため、とっさに両腕を突き出していた。
「ぐおッ!?」
想像だにしない光の腕力に、我陵が吹っ飛ばされる。
「・・・・・え?」
遥か彼方まで吹っ飛んだ我陵を身ながら、光がキョトンとしている。
「・・・・・驚いたな」
十吾が棍を支えにして立ちあがろうとするが、すぐに倒れ込む。
「だ、大丈夫ですか」
「ああ、それより、早くこの場から―――」
バッ!
十吾と百荏が、ボロボロの状態からは想像もできないような瞬発力で、光を抱くように身体を覆う。
その次の瞬間、道路を砕き、電柱をバラバラに折るほどの衝撃が、《咆哮》とともに3人を襲った。
「――――ぐぅ!」
光が小さく呻き、地面に倒れる。
「・・・・・えッ!?」
何かがのしかかってることに気づき、光が目を開けると、目の前に百荏の顔があった。そして、自分の首に左腕を置くように倒れている十吾の姿が見える。
「あ・・・ああ・・・・」
「大した奴らだ。その傷で、お前をかばうとはな・・・・」
「ひッ・・・」
「ひ、光・・・」
這うように照明が光のもとに寄ってきて、娘を抱えるように後ろに引っ張る。
「・・・・お前は邪魔だな」
十吾たちを跨ぎ越して、照明に向かって手を伸ばす。
ズンッ!
「ぐッ・・・・貴様・・・・」
背中に走った痛みに、我陵が長い首を捻り、背後に視線を向けると、背中に斬り込まれた扇が見えた。
「ハァッ! ハァッ!」
百荏が膝をつき、法具《豺華》を放った姿勢で固まっている。やがて、その姿勢のまま前のめりに倒れ込んだ。
「も・・・・駄目だわ」
「・・・・・・うっとおしいぞッ!」
シャアアアアアアッ!!
百荏に向かって鉤爪を振り下ろそうとした我陵の動きが止まる。地面を走る何かが近づいてくる音が耳に飛び込んできた。
10メートルほど離れた十字路の角から聞こえてくる。
「うわッ、危ねェッ!」
続いて、慌てふためく辰巳の声が響く。
「なんだ――――」
バンッ!
横手から響いた音に、我陵が顔をあげる。
「神影流剣霊―――」
満月を背に、守薙を掲げた壱姫が我陵に向かって急降下してきた。そのすぐ側を割れた瓦が何枚か浮いている。どうやら、十字路の影から家の屋根に飛び、我陵に向かって飛び込んだようだ。
「神覇斬!!」
ドゴンッ!
「オグォ!」
守薙の刃にあたる部分に霊気を込めた一撃が、我陵の上半身を地面にめり込ませるほどの勢いで叩き落す。
ザザザァ!
勢いを殺せず、数メートル滑走して止まる。
「ふー・・・・ちょっとッ、十吾ッ、百荏ッ・・・・・大丈夫?」
壱姫が二人の側に駆け寄る。
「あんまり・・・・大丈夫じゃないわね・・・・」
「それより・・・・なぜ、彼がここに?」
壱姫が十吾の視線を追う。そこには、光を助け起こす辰巳の姿があった。
「ああ、途中まで九十九に捕まって空飛んでたんだけどね、途中で・・・・まあ、色々あって、走ることになったのよ。そしたら、後ろから辰巳くんが自転車で追っかけてきててね。その自転車借りようとしたら、『一緒に連れてくなら貸してやる!』って・・・時間も無かったから、後ろに乗っけてここまできちゃった。あ、そういえば九十九いないわね? さきに行ってるはずなのに」
「・・・・・」
十吾が一つ溜息をつく。呆れているのかもしれない。
「大丈夫か、光?」
「・・・うん」
「そうか・・・良かったァ。なんかゴタゴタがあるみたいだから、心配してたんだ。何があったんだ?」
「・・・・・それは」
ガバッ!
「えッ!?」
瓦礫を飛び散らし、我陵が立ちあがった。頭部から血を流していたが、月光を浴び最大限になっている治癒力がみるみる間に傷をふさいでいく。
(五体満足の神影流が一人増えたかッ。ここは娘をつれて逃げるッ)
我陵が光に向かって駆け出す。
「光ッ!」
辰巳が光と我陵の間に割って入った。
「―――――」
ブオンッ!
「なにッ!?」
辰巳を弾き飛ばそうとした我陵の腕が空を切る。振り仰ぐと、辰巳を抱きかかえた光が、横手にあった家の屋根に飛び移っていた。
「―――?」
光の肩越しに、空に光の点が見えた。それはどんどん大きくなっていく。こちらに近づいてきているのだ。
そしてすぐそれが何かが判明した。
「デェェェェェェァアアアアアアアアッ!!!」
淡く光る角と翼。《鬼》の姿の九十九が、こちらに向かって猛スピードで突っ込んできた。
ドゴォォォンッッ!!
地面を大きく砕く勢いで蹴りを撃ち込む。我陵は、すんでのところでそれをかわし、大きく飛び退いていた。
九十九は土ぼこりの中心に立ちあがる。
「ちょっと、九十九ッ。あんたどこ行ってたのよッ」
「すまん。でかい妖気に気をとられて、こっちを素通りしちまうところだった。それにしても・・・・・」
壱姫に支えられるように立っている百荏の姿が目に入る。そのすぐ側には、塀にもたれかかる十吾の姿。
「くッ・・・・」
「どこに行く?」
逃げに入ろうと九十九たちに背を向けた我陵が、九十九に肩を掴まれる。振りかえる瞬間まで、九十九は我陵から数メートル離れた場所に、しかもこちらを見ずに突っ立っていたハズなのに。
「ルァアッ!」
九十九が我陵の身体を地面に叩きつける。強烈な衝撃に、我陵の身体が大きく跳ねた。
「オラァッ!」
宙に浮かんだ我陵を、蹴り上げる。
「うおおおッ!?」
我陵は、民家の屋根よりも高く蹴り上げられた。九十九は右手に妖気を集め、目に見えるほど凝縮させた塊を作り出す。
「――――逝け」
妖気の塊を、空の我陵に向かって投げる。
ゴォオンッッ!!
「なんだッ!?」
黒杜の頭上に浮いていた雷過が、爆音のした方に目を向けた。
「神影流拳霊――――」
「!?」
視線をそらした隙をつき、黒杜が雷過に向かって跳びあがっていた。その身体があふれ出る膨大な霊気に包まれる。
「神威之壱―――剛龍轟咆ォ!!」
身体を包む霊気を大きく口を開く龍の形に変じ、雷過に向かって突っ込む。
「ヌオオオッ!」
ズギャッ!!
慌てて、その攻撃をさける雷過、しかし避けきれず、大きく弾かれる。
「くッ!」
一瞬、電撃を纏い攻撃の構えをとるが、身体のダメージを考え、その場から飛び去っていく。
黒杜は、高度から落下したとは思えないほど軽い音とともに着地した。
「・・・・・ありゃ、九十九の攻撃だな。ケリついたかな?」
「!?」
「これは!」
雷過と同じように、爆音に気をとられた疾風と冷那の隙をつき、三芽が大技を発動させる。
ジャララララララァァァ!!
まるで空間を突き破ったかのように、三芽の周囲から無数の黒鎖が出現し、四方八方に不規則な動きを見せながら伸びていく。それは二人を囲むように動き、さらに伸びていく。
「我流鬼道術――――崩鎖壊陣!!!」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!
無数の黒鎖が二人の身体を叩きつけられる。絶えまず身体を打つ鎖の攻撃に、二人は声も上げられずに、めった打ちにされていく。
ジャララァッ!
数秒の間に数え切れないほど二人の身体を打った鎖が縮んでいき、やがて、出現したときと同じように、空間に消えていく。
「・・・・・・」
二人が地面に向かって落下していく。と、疾風が突然翼を羽ばたかせ、冷那を抱えた。
「おおおッ!」
三芽の行動を制するように、三芽が動く前に、周囲に強烈な突風を生み出す。
「くッ・・・・・・」
突風が収まるころには、二人の姿はどこにも見当たらなかった。
「・・・・・九十九」
三芽が爆煙の見える方向に目を向けた。
妖気塊は我陵の身体に当たった瞬間弾け、大爆発を起こした。我陵の身体がさらに高くまで撥ね上げられ、そして落下してくる。
ドシャッ!
我陵は、一度大きく跳ね、九十九のすぐ足元に倒れる。
「・・・・・・・」
意識が無く、身体を痙攣させている我陵を一瞥し、屋根の上の二人に目を向ける。
トンッ!
軽く跳び、羽を羽ばたかせて、二人のすぐ側に降り立つ。
「うわッ!」
「きゃッ」
二人が小さく悲鳴をあげる。突然九十九に担がれ、道路まで運ばれた。
「・・・・・・」
「辰巳、御堂に言う事はあるか?」
「え・・・・」
九十九に問われ、辰巳が一瞬、キョトンとした顔になる。
「・・・・えっと、さっきのジャンプ力・・・・なんだったの?」
「・・・・・・・・・私・・・・妖怪なの」
「え?」
光の言葉に、辰巳がさらにキョトンとする。
「お父さんから聞いたの・・・。そこに倒れている狼男の人と、同じ血を引いてるんだって・・・」
「・・・・・でも、光は光なんだろ?」
「えッ・・・・」
今度は光がキョトンとする番だった。てっきり拒絶されるだろうと思ってたら、この言葉だ。
「あいつみたいにヒドいことしないんだろ?」
「う、うん・・・・・」
「だったら、いいじゃん。光は光なんだから」
「・・・・・・・・」
「こいつにはいらん心配だよ。そーゆう単純な男なんだから」
「んだとォッ! 俺のどこが単純なんだよッ」
「そーゆうところだ」
辰巳がうってきた軽いパンチを、九十九が受けとめる。
「・・・・・そーいや、お前も?」
「ああ、俺も同じように妖怪の血を引いてる」
九十九が背の翼を一度バタつかせる。
「うーん・・・・・なかなかカッコいいじゃん」
「・・・・・ホント、単純なやつだよ、お前」
九十九がいつもの気の抜けた笑みで、辰巳の肩を叩く。
「・・・御堂に渡すものがあるだろ。この際だ、今渡しちまえ」
「え・・・・ああ、そうだな。それもいいかもな」
辰巳が光の方に向き直る。
「?」
「光、これ・・・・ちょっと早いけど、誕生日プレゼント」
辰巳が、小さな木箱を、光の手に乗せる。
「誕生日・・・・プレゼント?」
「ああ、開けてみて」
「う、うん」
木箱の蓋を開け、中に入っていたものを取り出す。ヒヒイロカネを含む石から精製された護法の石。それをはめこまれたリングが、光の手の中にある。
「綺麗・・・・・・ありがとう、辰巳くん」
「いやァ・・・・ハハハッ」
「やれやれ・・・・・さて・・・我陵連れてさっさと・・・・・・」
九十九の動きが止まる。その場にいた者たちが同じ方向を見ると、我陵が立ちあがっていた。
「しぶてェな・・・・」
スッ・・・
我陵がどこに持っていたのか、野球ボール大の紫色の玉を持っていた。
「くくッ・・・・、秦 九十九よ。これが・・・・なんだか、わかるか?」
「・・・・・大地に記録された過去の光景を保存した玉、か? 神影流の《過去見の陣》の簡易版みたいな・・・」
「ああ・・・・、俺は、お前のよく知っている男から・・・・もし、俺が負けることがあるなら、これを神影流の・・・・特に、その剣霊の娘に見せるように言われている」
「なに?」
グシャッ!
我陵が、玉を握り潰す。玉は粉のようになって崩れ、それが宙に浮かびある光景を形作っていった。
「―――――!!?」
壱姫が守薙を手からおとした。我陵の頭上に映し出された光景は、壱姫に、そして他の者たちに衝撃を受けさせるに、十分すぎるものだった。
「・・・・・と・・・・父さん」
舞い散る血飛沫、そして、胸に突き立つ両刃の剣。映像の中には、小さな子供に剣で胸を貫かれている男の姿があった。そして、その男は、壱姫の記憶にある父、葦鳳 刀路(とうじ)だった。
「葦鳳 壱姫よ・・・・。一つだけ言っておく・・・・・。これは・・・・六年前に起こった・・・・真実だ」
我陵は力尽き、倒れる。そして息を引き取ったが、壱姫たちはそれにまるで気がついていない。さらに衝撃を与える要因が映像の中にあった。
「九十九・・・・・・あれは一体何なの・・・・」
映像が崩れはじめ、やがて掻き消えた。しかし、壱姫の脳裏には、その映像が焼き付いて消えない。
「何なの・・・・」
「・・・・・・・・」
再度問われても、九十九は黙して語らない。
「一体・・・・・何なのよォッ!!」
壱姫の父、刀路を両刃の剣で貫いていた11、2歳くらいの子供。それは、鬼哭の里で見た過去の記憶の中にいた、幼き頃の九十九だった。
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