鵬鳴高校──放課後。
「転校生?」
「ああ、結局、今日は来なかったがな」
「何それ?」
従兄の千夜の言葉に、あたしは首を傾げる。今日転入してくるはずの転校生が来なかった?
「最初は、遅刻だって話だったが、結局今日は来なかった、というわけだが」
「・・・・転校生が初日からサボり?」
だとしたら、ものすごく豪胆な奴だなァ。でも、バカだな。
「まァ、いくらなんでも明日には来るだろ」
「ふーん・・・・。ま、いいか。それより、今日、私ン家に来るんでしょ?」
「ああ、婆様に呼ばれてるからな。ついでに、久しぶりに稽古でもつけてもらうか」
「そういや、あたしもしばらく稽古つけてもらってないなァ」
あたしのお婆ちゃん、葦鳳 銘奈は、現役の頃は、関東随一の退魔師と呼ばれていたそうだ。破邪の技、神影流六武法の内、剣術の使い手で、その腕は、齢八十を過ぎた今も、健在だ。現役の退魔師である、あたしや千夜が二人がかりでも、逆に痛い目にあう。
「そういや、壱姫。お前、今日も遅刻しただろ?」
「え? ああ、そうなのよ。ロードワークでたまま、3時間も走り込んじゃって。家に戻ってシャワー浴びてたら、もう8時よ。参ったわ」
「相変わらず体動かすと、他のことすっかり忘れる奴だな」
「なによ。それじゃ、あたしが馬鹿みたいじゃない」
(そうじゃないってのか?)
「・・・・・今、心の中で肯定したわね?」
千夜がギクリとする。分かりやすい奴・・・・・・稽古の時に仕返ししてやる。
「お前、今、あとで仕返ししてやるとか思ってるだろ?」
今度は、千夜があたしの心を読んだような言葉を口にする。
「お前、そういう事考えてる時、守薙を握り締める癖があるからな」
言われてあたしは、細長い袋に収めた守薙を持つ手を緩めた。
守薙とは、あたしの使う木刀のこと。なんでも、神木の霊気の核となる部分から作られたらしく、魔に対する絶大な威力を有している。あたしが16になったときに、お婆ちゃんから譲り受けたものだ。
「それにしても、お前の家に行くの久しぶりだな」
あたしの家の門が見えた頃に、千夜が言った。確かに、千夜が家にくるのは、お婆ちゃんに稽古をつけてもらう時か、一族召集の時ぐらいだ。2ヶ月ぶりぐらいだろうか。
「やっぱ、稽古やめようかな? 婆様、遠慮ないから―――」
千夜の言葉が止まる。門をくぐると、いきなり、強烈なプレッシャーを感じた。しかも、これは・・・・。
「妖気・・・か?」
「間違いないけど・・・・・じゃあ、私ン家に妖怪が入り込んでるってことッ!?」
あたしは、家の玄関までの間にある庭を見渡す。
あたしの家は、非常識なほど、広い。家の正面の庭だけで、一般的な家が3、4件ぐらいスッポリ入る。
あたしの家は、退魔師としての家系では、日本でも有数の名家らしく、ものすごく昔から、それこそ、歴史の教科書に出てくるくらいの有名どころだ。
今でも、それはかわらず、でーんと、家を構えるぐらい。別に自慢しているわけでもないし、今はそれどころじゃない。
「・・・・・やっぱり、屋敷の方から妖気を感じるな」
「でも、どうして? 結界には、綻びはないよ」
さっきいったように、あたしの家の家系は、日本有数の退魔師の家系。それこそ何百年も魑魅魍魎と戦ってきた。故に、妖怪連中から恨みまくられている。あたしも、何度か一族に恨みを持つ妖怪に襲われたことがある。隣の千夜もだ。
そういった敵からの攻撃を防ぐために、あたしの家には、常に攻壁(攻撃型守備結界)が仕掛けられている。並みの魑魅魍魎の類なら、結界を破るどころか、逆にしっぺ返しをくうはずだ。
と、なると、今家の敷地内にいるのは、この結界を破れるくらいの強力な妖怪ということになる。だが、攻壁結界に少しの綻びもつけずに、進入するなんて不可能だ。
「・・・・・あれこれ考えるのは後ね」
あたしは、袋から神木刀、守薙を取り出す。千夜も、4つに折ってある携帯用の槍を取り出す。
千夜は、神影流六武法を継承する六つの分家のうちの1つ、槍術を受け継ぐ腕魏の男だ。雷震という、破魔の霊槍を受け継いでいるはずだが、さすがに馬鹿長い武器を常時持ち歩くの色々な意味でキツいらしく、普段は持ち運びできるよう、四つに畳める仕組みを加えた霊槍を携帯している。
あたしたちは、屋敷に近づき、グルっとまわって、裏口の方から中に進入する。なんか、自分ン家なのに気づかれないように進入してるってのは、妙な気分だ。
「・・・・・・」
霊感を働かせ、妖気の基を探る。どうやら、屋敷に隣接してる稽古場に、《それ》はいるようだ。
「!?」
稽古場への扉の前に来たところで、いきなり、妖気がパッタリと途絶えた。まるで、中にいる存在がそこから突然、消えたように。
でも、中からは、かすかに気配を感じる。しばらく考え込み、決心する。
「いくよ・・・」
「応・・・」
ガラッ!
扉を開け、すぐさま中に飛び込む。そして、左右に跳んだ。
「やあ」
道場の中には、一人の男が立っていた。そして、あっさりと知人にあったかように、軽く手をあげて挨拶する。
予想外のことに、しばらくあたしたちは唖然としていた。強力な妖怪がいると、気を張って跳び込んでみれば、なんだか、わけのわからない男がひとり。
歳はあたしたちとおなじぐらいだろうか? ちょっと口元が皮肉げだが、人のよさそうな笑みを浮かべている。それに、着ているのは、あたしたちと同じ鵬鳴高校の制服だ。胸の校章のワッペンの色で、あたしたちと同じ2年生だということもわかる。
「・・・・・・・」
「う〜ん、おもいっきり臨戦態勢だねェ」
あたしたちが、構えを解かないでいると、のんびりとした声を出した。こっちがバカみたいに思えて、なんだかムカつく。
「あんた・・・・何者? 今の妖気、あんたのでしょ?」
「ん? ああ、そうだよ」
あっさりと認める。
「どうやって、ここに入った」
今度は千夜が問うた。結界のことだ。それは、あたしも聞きたいことだった。
「ん〜、いれてもらったよ。銘奈ばあちゃんに」
「お婆ちゃんにッ?」
ちょっと混乱。なんで、お婆ちゃんが、妖怪を家の中に入れるの? 嘘・・・だったら、なんでそんな嘘をつくの?
「お前たち、武器をお下げ」
「!?」
突然、後ろから声がかけられ、あたしたちが振り向く。何時の間にかそこには、あたしの祖母、銘奈が立っていた。
「婆様!? いつのまに・・・」
「未熟者が。お前たちが、屋敷の中をソロ〜と歩いている後ろをついてっとったわい」
「ソロ〜とって・・・・・」
「未熟未熟。カッカッカッカッ!」
さも面白そうに笑ってる。
「相変わらず、悪趣味だな。婆ちゃん」
「カッカッカ。お主こそ相変わらず口が悪いのう、九十九や」
「あの〜・・・・、お婆ちゃん? ちょっと説明してほしいんだけど・・・・」
「ん? なんじゃ?」
「こいつ、誰?」
あたしは、九十九と呼ばれた男を指差す。男はニッコニコしながら、こっちを見てる。
「こやつは、秦 九十九。神影流六武法を継ぐ我ら一族の一派、秦家の者じゃ」
「え・・・・・、でも秦家って、あたしたちと同い年っていなかったはずじゃ」
「それに、婆様。こいつ、さっき妖気を放ってましたよッ。妖怪の類なんじゃ・・・・」
「ああ、そうじゃ」
お婆ちゃんがあっさりと肯定する。
「正確には、妖怪の血を引いておる、ということじゃ。数多ある妖怪の種族の中でも、特に恐れられる、鬼のな」
「鬼ッ! 鬼って、もうとっくの昔に滅んだ種族じゃないですかッ!」
「そうらしいな。200年前にも、正真正銘の鬼ってのは噂にも聞かなかった」
「200年前・・・・」
「別に俺が200歳ってわけじゃないぞ」
九十九は、あたしの聞きたかったことを先読みしたように、答えた。
「こやつはの、十年前まで、封じられておったんじゃ」
「封印!? じゃあやっぱりこいつ・・・・」
あたしは、守薙の切っ先を九十九に向けた。封印されてたってことは、昔に悪さしてたってことじゃないッ。
「おっと、別に俺は悪性の妖怪じゃないぜ。封印つったって、自分でかけたものだしな」
「自分で・・・・? どうゆうコト?」
「話すから・・・、こいつを下げてくれ」
九十九が目の前に突きつけられた守薙を軽く押す。
「・・・・・・・」
「そっちの奴もな」
千夜もあたしと同じように、槍を構えていた。
「・・・・200年前、俺がいた村が襲われた。その村は、俺みたいな半妖半人の隠れ里でな。人からも妖怪からも忌み嫌わていた俺たちは、そこで平和に暮していた。だが、その村ができてから100年くらいたったとき、幾百人もの侍と退魔師たちが攻めこんできた。なんで、俺の村が襲われたかは・・・・・・・わからない」
わからない。そういったときの九十九の表情が、深い悲しみの色を帯びたような気がした。
「真祖(祖先となった妖怪)の血がかなり薄まっていたとはいえ、村人には、上位の妖怪の血を引いた者も多かった。人と交わり、子を成せる妖怪は、鬼や龍といった妖怪の上位種が多いからな。俺たちは七日七晩戦い続けた」
先程までののんびりした雰囲気は消えていた。少し渋面になり、身体が微かに震えている。
「・・・・・結局、俺たちは追い詰められた。個々の実力が上回っていても、次々に戦力が投入されては力も尽きるってもんだ。八日目の朝を迎えたとき、俺以外には、父さんと姉さん、それに数人の村人しか残っていなかった。俺たちは自分たちの身を守るため、自らを封印石に封じ込めた」
「自分たちで・・・・・自分たちを封印したの?」
封印石は、幾重にも封界(封印結界)が張られた巨石で、物理的な力では破壊できないといわれている。強力な封印を施せば、確かに身を護れる。だけど、そんなことをすれば、封印の効果が切れるまで、数十年、数百年、下手をすれば永遠に封印されたままになってしまう。
「襲ってきた奴らは、俺たちを一人も生かすつもりはなかったからな。選択の余地はなかった」
「そして、時が流れ、十年前、我が一族の者が偶然、こやつの封印を解いてしまった」
お婆ちゃんが、話を続ける。
その話を要約すると、九十九の村に起こった事件の顛末を聞いた一族は、同じ退魔師として九十九に謝罪した。そして、若い子供のいなかった秦家に、九十九を養子として迎えることになった。今まで、あたしたちに九十九のことが知らされなかったのは、九十九が現在の一般常識をたたき込み、秦家の受け継ぐ神影流六武法・無手術を習得するまで、互いの顔合わせを待ったということだった。
「そういうわけだ。分かった?」
「・・・・・・・」
あたしは渋々、守薙を下げた。それに習うかのように、千夜も槍を下ろす。
でも、あたしは認めてない。だって、あたしは・・・・・・・。
「・・・・・・あたしは認めないわよ。あんたがあたしと同じ一族なんて」
「壱姫・・・・」
「・・・・・・なんでだ?」
九十九が聞いてくる。あたしは、自分の心が怒りに満たされているのがわかった。
「だって・・・・・、だって、あたしの父さんは・・・・・父さんは、妖怪に殺されたんだからッ!」
「・・・・・知ってるよ」
「それなら・・・・あたしの言いたいことはわかるでしょ・・・? たとえ、ほんの僅かでも・・・・あんたが、妖怪の血を引いているなら・・・・・、あたしにとっては、憎い敵と同じなのよッ・・・・」
「・・・・・・・そうか」
九十九はそう呟きながら笑った。あまりに弱弱しく心に突き刺さるような悲しみを宿した笑みだった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・でも、まッ、我慢してくれ」
いきなりニコッと笑う。その表情の早変わりに、あたしは怒りを忘れて唖然としてしまった。
「どっちにしろ、明日から嫌でも顔を合わせることがあるだろうからな」
そう言って、九十九は自分の服をよく見せるように、腕を広げた。そういえば、気になってたの。
・・・・・なんで、コイツ、鵬鳴高校の制服来てるの?
「・・・・・・まさか」
千夜がなにか思い至ったようだ。
「へへへ・・・・」
「もしかして・・・・・今日来るはずだった転校生って・・・・」
「・・・・嘘でしょ?」
「県立鵬鳴高校普通科2年D組。1981年6月12日生まれ。双子座。これからよろしくなッ!」
ニッコニコしながら告げる九十九。あたしは自分の血の気が一気に引いていく音が聞こえてくるようだった。
「・・・・・・・・嘘でしょ〜〜〜〜〜〜ッ!」
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