第二章

片鱗 咒の右腕

 葦鳳家―――稽古場。

「せいッ!」

「ちィッ!」

 槍の柄で、突いてきた壱姫の木刀を捌く。壱姫はその反動を利用し、身体を独楽のように回転させ、俺の右足に木刀を振り下ろしてきた。

 柄尻を床に落とし、槍を盾に木刀を受け止める。

「はッ!」

 壱姫が持ち手を逆手に変え、柄尻を俺の胴に打ち込んだ。

「ぐうッ!」

 身を捻り、ダメージを半減させるが、それでもかなりの衝撃を受け、後退してしまう。

「ハアアアッ!」

「―――!?」

 壱姫の持つ木刀《守薙》の刀身に、梵字に似た模様が浮かび上がる。木刀に生め込まれた霊水晶チャクラクォーツが、壱姫の霊気を受け、活性化してる。

「まッ、待てッ、壱姫!」

「セヤアッ!」

 守薙が残光を残し、空を薙ぐ。なんとか、後ろに飛び退くことで俺はその剣撃をかわしていた。

(やばいッ! 壱姫の奴、また我を忘れてるッ)

 壱姫は、身体を動かしていると他のことを考えられなくなる。朝、ロードワークに出たまま、3時間走りっぱなしなんてのなら笑い話にもなるが、稽古中にやられるとこっちはたまったもんじゃない。実践と同じになってしまうからだッ!

「ぬッ!」

 さらなる壱姫の一撃を受けた衝撃に、あやうく槍を取り落としそうになる。

「―――ハアアッ!」

 俺は手にする破魔の霊槍《雷震》に自分の霊気を送り込む。穂先の霊水晶が光を放つ。

 木刀と槍が数度交錯する。霊気の燐光が弾け、薄暗い稽古場を照らす。

「神影流剣霊―――」

 壱姫が俺に向かってダッシュを駆けた。木刀の刃にあたる部分に霊気が集中していく。

「―――神影流槍霊!」

 俺も槍の穂先に霊気を集中させる。槍の放つ霊気の光が増していく。

「神覇斬!!」

「霊雷閃!!」

 壱姫の唐竹の一撃を、雷気へと変換された霊気を纏う槍の横薙ぎで迎え撃つ。

 二つの霊技がぶつかり合い、強烈な光と衝撃が稽古場を満たした。

「きゃあッ!」

「うおッ!」

 お互いの一撃の威力に、俺と壱姫が鏡に写したように、弾き飛ばされる。ふたりとも、空中で身を翻し、なんとか着地した。

「―――あッ!」

 壱姫の瞳が驚きに見開かれた。

 やれやれ・・・・。やっと、気を取り直してくれたか。

「ご、ごめん、千夜。また、やっちゃったんだ、あたし・・・・・」

「・・・・頼むぜ。いくら実践形式だからって、こうちょくちょく神経すり減らすような稽古じゃ、疲れるからさ」

「うう〜、ホント、ゴメンッ!」

 ・・・・・ゴールデンウィーク利用して、俺たちは壱姫の家で合宿のような事を行っている。三日目の明日から、他の流派の継承者も何人か合流するはずだ。

「う〜ん、気をつけないとなァ」

「・・・・・・」

 今日の、いや、昨日から壱姫は時々イライラしているようなふしがある。まァ、その原因はわかってるんだが。

「よォ、すげェ音がしたけど、大丈夫かァ?」

 屋敷に続く扉の方から、のんきな声が聞こえてくる。イライラの原因がやってきた。

「・・・・九十九」

「千夜、なんか、すげェ状況だけど、どうしたんだ?」

 九十九の言葉どおり、燦燦な状況だった。俺と壱姫の服は、まるで何年も着ていたように至る所が擦り切れていた。霊気の膜で覆われている俺たちはそれだけですんだが、稽古場はそれどころじゃなかった。壁にかけてある木刀や棍が床にぶちまけられ、窓の格子や障子が吹き飛んでいる。壁や床、天井にも亀裂やら穴やらがあった。

「ちょっとッ、ここに顔出さないでっていってるでしょッ!」

 壱姫が木刀を近づいてきた九十九に突きつける。まるで、木刀の距離以上近寄るなといいたげだ。

「んなこと言ったってよ。俺も稽古にいれてくれよ」

「あたしはあんたなんかと稽古したくないのッ。一つ屋根の下にいるのも嫌ッ」

 えらく広い屋根の下だけどな。

「あ、そう」

 目じりを吊り上げる壱姫とは対照的に、九十九はのんびりと稽古場を見まわしている。

 ブチッ!

「・・・・・・・・・」

 何かが切れる音がしたような気がする。その音がしたような方を向けない・・・・・怖くて。

「・・・・・・・・・」

 すぐ隣で霊気が高まっていく。その霊気の中に殺気が混じっているような気がするのは気のせいだろうか?

「神影流剣霊―――」

 視界の隅に、立ち上るような霊気に包まれた木刀が見える。俺の横の気配が、一気に九十九の目前まで駆けた。

「神覇斬!」

「シィッ!」

 壱姫の繰り出した一撃を、いつの間に装備していたのか、右手の手甲で受け止めていた。神影流六武法・無手術を受け継ぐ秦家の法具だ。銘は確か、神羅かぐら

「やぁっと稽古の相手をしてくれる気になったか?」

「ええ・・・・、しばらく立てなくなるくらい、付き合ってあげるわよッ!」

 

 ドォーンッ!

「・・・・元気じゃのう」

 銘奈は、稽古場から聞こえてくる轟音にビックリしている黒猫のクロ助(葦鳳家に住みつく化け猫。齢二十歳)を宥め、日向の縁側で茶をすすっている。稽古場がボロボロになるのは、今までの壱姫の稽古で慣れっこになっていた。

 

「・・・・ねェ、この音なんだと思う?」

「・・・・壱姫だろ」

 正門をくぐった2人の男女が、稽古場から聞こえてくる轟音に立ち尽くしている。端正な顔立ちをした長身の男は荷物を抱えなおし、玄関へと向かう。少し目つきのキツい女性の方は、手にもつ扇で口元を隠し、一つため息をつく。

「まったく、あのじゃじゃ馬は・・・・」

 呟き、男の後を追う。

 

「せええッ!」

「しィッ!」

 壱姫の袈裟切りの一撃を左手で支えた手甲で受け止める。

「神影流拳霊!」

 神羅の霊水晶が光を放つ。壱姫が飛びのき、九十九と距離をとった。

「爆霊衝!」

 突き出した拳から、集中させた霊気を波動として解き放つ。

「せいッ!」

 壱姫も同じように霊気を木刀を放ち、九十九の技を無効化する。

「!?」

 技を出した直後にダッシュしていた九十九が目前に迫っていた。

「せえッ!」

 横薙ぎの一撃で迎え撃つ壱姫。だが、目前の九十九の姿が消え、剣撃は空を薙いだ。

 九十九は前に倒れ込み、壱姫の横薙ぎをかわしていた。そして、ブレイクダンスのように頭を支点に回転し、真上に蹴りを突きあげる。

「くゥッ!」

 身体をのけぞるように跳びあがる壱姫。九十九の蹴りが胸をかすめる。

着地した壱姫が木刀を横薙ぎする。態勢を立て直した九十九は後ろに飛び退き、それをかわす。

「神影流剣霊―――!」

 切っ先を九十九に向け、腰にためるように構えた守薙が強い霊気を帯びる。・・・・って、馬鹿ッ、こんなところでそんな技使うなァッ!

「神覇流閃―――!」

 突き出した木刀の切っ先から針のように細められた無数の霊気弾が放出される。残光を残し、霊気針が九十九に向かう。

「我が声に答え 名と力を示せッ!」

 九十九が迫る霊気弾群に向けて、右手を突き出した。

《我は霊陣!》

 九十九の右手が声を発した!?

 シュルルッ!

 九十九の右手が一瞬で帯のようにバラけた。その帯は意思を持っているかのように動き、前方に魔方陣を形成する。その魔方陣が壱姫の技を跳ね返した――――うわっ!

 跳ね返った壱姫の技が俺の方に向かってきた。慌てて横にさける。

 バチィ!

 俺の後方で、壱姫の放った霊気が弾ける音がした。振り向くと、扇を手にもった女性が、霊気針の向かった稽古場の入り口に立っていた。

「危ないわね」

 おそらく霊気を込めた扇で、壱姫の流閃を打ち消したんだろう。女性の持つ扇には、煙のような霊気が放たれていた。

「稽古で神影流の技を使うのなら、結界の中でやるんだな」

 女性の後ろから、長身の男が現れた。その男は、手に棍を持っていた。

 二人の持つ扇と棍には見覚えがある。それ以前に、この男女のことは知っている。

百依ももえッ! 十吾とうごッ!」

 凪草なぎぐさ 百依。私立西山高校3年。神影流六武法・扇術の使い手。

 天原あまはら 十吾。県立前葉学園高等部2年。神影流六武法・棍術の使い手。

 ふたりとも俺たちと同じ神影流六武法を受け継ぐ一族だ。

「久しぶり、壱姫、千夜。それに、そっちが秦家の九十九ね。あたしは凪草百依」

「はじめまして、天原十吾だ・・・・その腕は・・・呪符かい?」

 帯状になっていた腕が螺旋を描き、縮まっていく。数秒後には元通り右腕にもどっていた。

「ああ、かばねの応用で造った義手だ。子供ン頃、闘いの最中にやられちまってな」

 感触を確かめるように数度右手を閉じたり開いたりする。とても、義手とは思えない。繰り屍は、呪符と霊木から作られる

人間そっくりのゴーレムのことだ。それを応用すれば確かに九十九のような自在に動かせる義手を作ることも可能だろうか

もしれないが・・・・・。

「すごいわねェ、コレ」

「ああ、ここまで精巧なモノは見たことがない」

 二人のいうとおりだ。俺と壱姫も、今まで九十九の右腕が義手だなんて夢にも思わなかった。

「ん? そういやあんたたちが来るのって、明日じゃなかったけ?」

「そうだ。合流は明日からだったはずじゃ・・・・」

「ああ、そうだったんだがな・・・・」

「仕事の依頼が入ってね。ちょうどイイ機会だから、若い者で行ってこいって、婆様連中がね・・・・」

「つまり、合宿ついでに仕事をしてこいって事?」

 壱姫の言葉に、百依が頷く。

「・・・・依頼内容を見る限りでは、それほど危険な仕事じゃない。早速行こうか」

 

「・・・・・おお、茶柱がたっとるぞ、クロ助」

「ナオ〜」

 今日も平和だった。そう思う銘奈の膝の上で、黒猫が日向の下で幸せそうに寝に入っていた。

 

第三章へ続く。

 

もどろう。