第二十章

咆哮

 

 九月十ニ日(土)―――中央区退魔師協会前

「おッ?」

 協会の前で立っていた辰巳が、出てくる光の姿を認める。持っていたオレンヂジュースを一気し、クズカゴに投げ捨て、駆けよった。

「あ、辰巳くん」

「光、どうだった?」

「どうだった、って・・・・、ちょっとした身体検査と、簡単な説明を受けただけよ。それに、あとコレ」

 光が手に持った一枚の紙を辰巳に渡す。辰巳がザッとそれに目を通す。

「・・・・・どういうこと、コレ?」

「私、まだ覚醒したばかりで不安定だから、壱姫ちゃんの家でコントロールできるように訓練するんだって」

「ほー・・・・って、今日から?」

 辰巳は、文章の中に今日の日付があるのに、気づく。

「うん。今日から壱姫ちゃんの家で住み込み。これから着替えとか家からとってこないと」

 

 

 一時間後―――中央区

「しかし、なんだな。もちょっと、悩んでると思ったよ」

「え?」

 一旦家に戻った光を、自分の自転車で送ることにした辰巳が呟く。

「妖怪の子孫だってことをさ・・・・、あの時は、光、すげェショック受けてたから」

「・・・そんなことないよ。だって・・・・」

「だって?」

「辰巳くんが、私は私でしかないって・・・・教えてくれたから」

「ア、アハハハッ」

 照れてる照れてる。

「―――――!?」

「キャフッ!」

 いきなり急ブレーキをかけられ、光が辰巳の背中に顔をぶつけてしまう。

「あ、ゴメン」

「痛〜・・・・、どうしたの? 急に」

「あれ・・・・・・・」

「・・・・・・・・・あッ」

 辰巳の指差した方向に視線を向けた光が、小さく驚きの声を洩らす。

 進行方向にあった酒屋の前にある自販機のところに、一人の男が立っていた。

「・・・・・・・」

 二人が石化でもしたように硬直していると、その男もこちらに気づいた。気の抜けた笑みを浮かべ、軽く手をあげた。

「・・・・・・・・九十九」

 

 

 中央区―――某マンション

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 プシッ!

 なんとなしについてきて、何から言えばいいかわからないでいる二人の前で、九十九は買ってきたビールを開け、口をつけていた。ゴッゴッ、と喉をならし、あっという間に500ml缶一本を飲み干す。

「ぷふ〜」

「あ、あのさ、秦くん・・・・」

「九十九、お前どうしてココに?」

 なんとか、辰巳が言葉を紡ぐ。

「なんでって・・・・、ここは俺の棲み家だぜ?」

「お前、今までどこにいるかもわかんなかったからさ・・・・、もうここに戻ってこないと・・・・」

「あー・・・、まあ、しばらくは戻りづらかったな。ブラブラ歩き回ってたんだが」

 プシッ!

 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!

「―――ぷはッ!・・・あいつらも出発したみたいだし、家でゆっくり酒でも飲みてェな、と」

 プシッ!

「・・・・・・九十九、そろそろツッコんでいいか?」

「ん?」

「なんで、当たり前のように酒を呑んでる?」

「しかも、そんな無茶な飲み方・・・、身体に悪いよ?」

「俺ァ、《鬼》だぜ?」

 ゾクリッ!

 缶を置き、顔を伏せた九十九の言葉に含まれた不穏な気配に、二人は全身に氷を押しつけられたような寒気を感じた。

 しかし、すぐにいつもの気の抜けた笑みに戻り、九十九は3本目を空ける。

「鬼の血をひく俺は、酔いつぶれることも、急性アルコール中毒なんかになることもない。鬼は酒を愛し、生涯飲み続ける種族だからな」

 言いながら、四本目に手を伸ばす。が、開けようとした手が止まった。

「・・・ま、今はいくら飲んでも、酔えねえだろうがな」

「九十九・・・」

「・・・あのッ!」

『?』

「あの・・・秦くんが・・・、壱姫ちゃんの・・・その・・・お父さんを・・・・」

「・・・この前、言ったとおりさ。壱姫の父親を殺したのは・・・俺だ」

「・・・・・・・・・」

 長い沈黙が続く。

 グシャッ!

 五本目を空け、握りつぶした九十九が立ち上がる。

「壱姫ン家にいく途中なんだろ? そろそろ行け」

「・・・九十九、お前これからどうするつもりだ?」

 めったにしない真剣な表情で、辰巳が聞く。

「・・・・・・・」

 九十九は、無言で部屋の隅に置いてある小さな冷蔵庫の扉を空けた。そこから数本のカップ吟醸を取り出した。

「呑む」

「そゆことじゃなくてだな・・・」

 

 

 同時刻―――逢叶山 秦家

「ゼェー、ゼェー」

「クハァ・・・」

「あらあら、またお疲れね」

 壱姫たちが地面の上でへたばっている。玄関前の花に水をやっていた和恵が近づいてきた。

「和恵さん、ヒヨッ子たちをつれてきました」

 一緒に秦家までの道なき道を歩いてきた三芽は、まるで慣れた道を軽く散歩でもしてきたかのようだ。

「おお」

 和恵の後ろから一人の男が駆け寄ってきた。40代前半くらいのがっちりした体格の男、秦家現当主、秦 醒庵(せいあん)だ。

「よく来たね、皆」

 まだ立てないでいる五人に、当たり前のように。

「じゃ、行きます。明後日あたりぐらいに食事、もってきてください。お願いします」

「ええ」

「ほらほら、さっさといくわよ」

「ど、どこに?」

 壱姫は、なんとか立ちあがり、ズンズン進もうとしてる三芽に聞く。

「鬼哭の里。あそこならどれだけ暴れても、迷惑かからないからね」

「・・・・暴れる?」

「ところで、なぜ明後日に食事、なんですか? 今日と明日は?」

 十吾の問いに、まず、どこまでもさわやかで、なおかつ奥底に何か危険なものを含んだ笑みを返す。

「どーせ食べる余裕なんてないわ。さ、行くわよー」

 三芽の明るい言葉に、どこまでも深い不安を抱く五人だった。

 秦家夫婦は、元気に歩く三芽と身体を引きずるように歩く五人を手を振って見送る。

「・・・・あなたは三芽さんに会うのは初めてでしたね? どうです?」

「いい性格をしているようだな。それに瞳の光が九十九と一緒だ。悲しみを持ち、それでも前を向こうとしている・・・・」

 

 

 秦家―――正門前

「・・・・でけェー」

 初めて葦鳳の屋敷を見た、半ば呆れたような驚きを見せる。

「壱姫ちゃんは、日本でも有数の退魔師の家の子だからね」

 自分がはじめて訪れたときと同じような反応を見せる辰巳の姿に苦笑しながら、光が門をくぐる。

 バシィ

「キャッ!」

 でかい門の下を通った瞬間、光の身体に電撃を受けたような衝撃が襲った。一瞬気が遠くなり、よろめく。

「おいッ」

 駆け寄った辰巳が光を支える。

「あ・・・ご、ごめん」

「どうしたんだ?」

「い、今・・・・」

 ポテポテ。

「ん?」

 軽い足音に、二人が顔をあげる。普通の家が3,4件入りそうな庭の上を屋敷に通じる石畳を通って、黒猫を抱えた少女が駆け寄ってきていた。

「・・・・葦鳳の妹?」

「ううん、壱姫ちゃんの家族はお祖母さんしかいないハズだもの」

 二人がそんな会話をしていると、ようやく少女が二人のもとに辿りついた。

 オカッパ頭の中学生くらいの少女に、黒猫。今はこの葦鳳家の住人である、座敷童のサチと、化け猫のクロ助だ。

「えーと・・・お姉ちゃん、ミドウ ヒカルさん?」

「え・・・ええ」

「銘奈おばあちゃんは、急な用事で今、出掛けてます。しばらく家で待ってもらってくれって言われました。だから、こっちで休んでてください」

「・・・・・・あ、はい」

「あ、お兄ちゃんは、誰ですか?」

 先行して屋敷に戻ろうとしたサチが振り向き、辰巳に尋ねる。

「え、俺? 俺は・・・・」

「この人は、私の友達よ。壱姫ちゃんの友達でもあるけど、一緒に入ってもいい?」

 光がしゃがみ込み、サチと目線を合わせてそう言った。

「・・・・・・・・いいと思います。じゃ、こっちです」

 しばらく考え込んでから笑顔で了承し、屋敷に向かって歩き出す。

 

 

「へー、サチちゃん、座敷童なんだ?」

「そうです。九十九に連れられてこの家に来ました」

 

 いつもサチとクロ助が日向ぼっこをしている縁側。そこで3人は談話していた。

 サチは、相手が壱姫と九十九の親友ということで、安心して自分のことも話せている。

「ふーむ・・・・、200年前ねェ・・・・。説明受けてもまだ実感がわかないなァ」

「そうね・・・・。秦くんが200年も昔の半妖なんて、ね」

 二人は、四日前の事件の後、九十九の説明も聞いていた。200年前に自らを封印して、現代に開放されたこと。妖怪の中でも有数の《力》を持つ《鬼》の血をひく一族だということ。

「・・・・・・・・・」

「ん? どしたの、サチちゃん」

 辰巳は、サチが急に表情を暗くしたことに気づき、声をかける。

「・・・サチは座敷童なのに、壱姫お姉ちゃんたちを幸せにできないでいます。壱姫お姉ちゃんと九十九を結ぶ縁が、サチの《力》より大きいから・・・・・・」

「にゃ?」

 サチの膝の上でゴロゴロ寝入っていたクロ助が、自分の額に落ちてきた水滴に驚き、上を見上げる。

 サチが泣いていた。

「サチちゃん・・・・・」

 光はサチの肩に触れかけた手を引っ込める。なんと言葉をかけていいかわからないでいた。

「にゃお」

 クロ助がサチの小さな胸に前足をかけ、サチの目元の涙を舐めとる。

「クロ助、くすぐったいよォ」

「にゃお〜」

 笑顔に戻ったサチと、クロ助の姿に、二人はフッとおだやかな気持になった。

「・・・・・こいつ、慰めてやってんのかな?」

「そう、みたいね」

「すごいな、その猫」

「あはは、クロ助はね、黒杜っていう人に変身できるんだよ」

「・・・・え?」

 サチの言葉の意味がわからず、聞き返す。サチはクロ助を目の高さまで持ち上げながら、話を続けた。

「クロ助ってね、この家に二十年以上住んでて、化け猫になってるんだけどね。クロ助の中に、黒杜っていう人が住んでるの」

「???」

「クロ助に聞いてみたら、その人、お日様の下だと、大抵ずっと眠ってるんだって。銘奈おばあちゃんが、黒杜っていう人は、《夜の眷属》に近い存在になってるって言ってた」

「・・・・・・・ま、ここならそういう不思議なことがあっても不思議じゃなくなるのかもな」

「また、そんな簡単に・・・・・・」

 いつもながらの辰巳の尋常じゃないあっさりとした性格に、光は苦笑した。

 

 

 逢叶山―――鬼哭の里

「さあ、ついたわよー」

「ゼェェ―、ゼェェ―」

 門となっている湖を抜け、鬼哭の里についた元気な三芽と、引き続きくたばっている神影流五人組。

「じゃ、ちょっと準備するから休んでなさい」

 そう言って、三芽は五人から少し離れた。

「・・・・・・・・・」

 目を閉じ、精神を集中する。服で見えないが、身体にいくつかの《呪紋》が浮かびあがる。

「―――フンッ!」

 ドゴンッ!

 地響きとともに、初めて壱姫たちが訪れたときに九十九が放った《百鬼夜行》によってできたクレータが消え、広い平地となった。荒れ果てた大地の中で、三芽が立っている場所を中心に、50メートル四方ほどが平坦な地面となっている。

「―――ハッ」

 バシッ!

 気合とともに放った妖気が地面に五つの大きな円を刻み込む。円は三芽を中心としてちょうど五角形を描くように等間隔に描かれている。

 スゥ・・・

 三芽が右手の甲に《呪紋》を一つ映し出し、空中で指をせわしなく移動させる。指先の軌跡に淡い妖気が残光となって残る。その残光は、文字とも模様ともつかぬ形をしていた。そして、残光は円の一つに近づいていき、地面に貼りついていく。

「・・・・・・これ、なにかの陣を描いているの?」

 壱姫が信じられないといった表情で、誰にとなくそう聞いた。千夜が同じような表情で答える。

「あ、ああ・・・・、こんなやり方で陣を描くのは、初めてみる」

「しかも、なんだか凄く複雑そうな陣ね・・・・・」

 七香が言ったとおり、三芽が作ろうとしているのは無数の陣をくみ合わせたものらしく、一つを完成させるだけでも十数時間を要しそうなものだった。それを三芽は、数十倍という速度で作り出そうとしていた。

             ・

             ・

             ・

「―――――フゥ」

 一時間ほどたっただろうか。額の汗を拭う三芽の周囲には、大きな円を基礎とした極端に複雑な陣が五つ完成していた。

「さ、神影流の継承者さんたち。この陣の中に入ってちょうだい」

「は、はい」

「あ、壱姫ちゃんはそっち。千夜くんは一番こっちのよ。百荏ちゃんは・・・・・」

 それぞれの立つ陣を指示し、五人がそこに立ったことを確認をはじめてから、一度深呼吸をつく。

「・・・・・壱姫ちゃん、神影流の守護龍を述べよ」

「え?」

「述べよッ」

「あ、はい。神影流の守護龍・・・、神龍しんりゅう煉龍れんりゅう風龍ふりゅう雷龍らいりゅう我龍がりゅう剛龍ごうりゅう

「そう。神影流六武法の歴史は遥か昔、この六匹の龍神たちから《力》を与えられたことから始まった。いくつかの時代を経て、剣術・無手術・槍術・棍術・扇術・弓術に分かれ、神影流六武法と名乗るようになった。これで、いいわね?」

「は、はい」

「その神影流を継ぐ者たちは、六匹の龍神の《力》をも受け継ぐため、生まれながらにして強力な退魔師としての資質を持つことになる。そして、極まれにではあるけど、この龍神の《力》をとても強く引き出せる者もいたの。たとえば、神影流拳霊十三代目当主、秦黒杜とかね」

 壱姫たちがよく知っている男を引き合いに出す。

「あの人が・・・・」

「ええ。そして、そのときの代の当主たちは、同じように強力な龍神の《力》の使い手となったわ」

「なった?」

「どうゆうことですか?」

 五人の反応に、三芽は意味ありげな笑みを浮かべる。

「私が今作り出した、その陣。それが答えよ」

 三芽の言葉に、五人は足下の陣を見下ろす。基礎となっている直径四メートルほどの円の上に様様な文字とも模様ともとれる残光によって構成された図形が描かれている。

「200年前、私が生み出したその陣で、その代の当主たちは、自分たちの《力》を引き出し、神影流の歴史の中で、最も強いとされたわ」

「・・・・それじゃあ、この陣は・・・・」

「そう。この陣は、霊力を強化するための陣を、特殊・限定化した神影流の龍神の《力》を無理矢理引き出すための陣よ」

 ブンッ!

 陣が強く輝き出した。

「・・・・・・・・・!?」

 五人が驚く。陣の光に覆われたと思うと、次の瞬間、身体の内側から何かが爆発的な勢いで噴出そうとしている感覚が起こっていた。

「これからあなたたちの《力》が限界まで解放される。個人差は出るけど、200年前の神影流当主たちと同レベル《力》を持った退魔師になれるはずよ。ただし・・・・・・」

「た、ただし・・・・・」

 どんどん強くなる内なる《力》に不安を感じた壱姫たちは、三芽の言葉の先を聞きたいような聞きたくないような、といった気分になっていた。

「そのために、あなたたちの本能の部分にあるリミッターを一度外して、龍神の《力》を暴走させてるの。その暴走を自分の意思力で抑え込まないといけないわけ。ちなみに・・・・、200年前は、全員がこの行を終えるまでに二日かかったわ」

「う・・・うああああああッ!」

「グゥゥウウッ!」

 まるで自分の身体が宙に飛んでいきそうなほどの《力》の高まりに、五人は悲鳴をあげ、苦悶の表情を浮かべる。

「・・・・この陣は、私の術士としての全ての知を持ってつくってる。あなたたちの負担を和らげるために術も最大限組み込んであるわ。後は・・・あなたたち次第」

 五人からあふれ出た霊気が、上空へと立ち上る。

 

 

 煉戒市中央区―――某マンション

「・・・・・・・・」

 アルコール類のビンや缶が散乱している部屋で、九十九は遠い地で急激に強くなった《氣》を感じた。

「・・・・・始まったか」

 レベルは桁違いだが、その氣が、壱姫たちのものだと気づき、九十九は再び、呑み始めた。

 

 

 二日後―――朝。

「うぅあああああああッ!!」

 バシュゥッ!!

 七香を覆っていた霊気の柱が、その身体に吸い込まれるように消えていく。

「ふぅ・・・・ふぅ・・・・」

「ご苦労さん」

 百荏がねぎらいの言葉をかける。壱姫、十吾、百荏は、すでに《力》の獲得に成功していた。陣をかけられてから、35時間。一睡もせずに、ただただ自らの《力》を抑えるだけの、無限にも思える時間だった。

「・・・・・・・」

 陣の光が消えていく中で、七香は、まだ一つ残っている霊気の柱を見た。千夜の陣だ。

「・・・・・・・・」

 三芽が厳しい表情で、千夜を見ていた。十吾が一番最初に行を終えたあたりから、ずっとこの様子だ。

「・・・千夜の・・・・陣・・・・、なんだか最初より光が強くなってない?」

 七香がそう言った瞬間、千夜の陣に変化が起きた。

「う・・・・アアアアッ!」

 天に向かってまっすぐ伸びていた光の柱が、大きくうねり出す。

 

 キシャアアアア――――!!

 

「!?」

 光の柱が膨張し、一匹の龍の姿をとりだす。全身に雷を纏った龍。

 神影流槍霊の守護龍、雷龍だ。

「千夜くんの《力》が、本格的に暴走しはじめてる」

「な、なんでッ? あたしたちは、ここまではなんなかったわよッ?」

「・・・・・・予想はしてたのよ。千夜くんにこの陣を使ったら、《こう》なるんじゃないか、って」

 ズズズズズズ・・・

「壱姫っ、見て!」

 百荏の言葉に、壱姫が視線を上空の龍に戻す。

「――――」

 雷龍に絡みつくように、もう一匹の龍が具現化しようとしていた。神々しい光を纏う龍。

 神影流剣霊の守護龍―――神龍。

「あなたと千夜くんは、従兄妹。あなたの叔母である華奈(かな)さんが、千夜くんのお母さん。つまり、彼は雷龍だけではなく、剣霊の守護龍、神龍の《力》も秘めていたの。それが、この陣の影響で表面化したんだわ」

 上空で絡み合う2匹の龍があげる咆哮が、大地を揺らす。

「このままじゃ、体力がつきるのが先か、精神がおかしくなるかが先か・・・ね。意識がとんじゃってる」

 千夜の瞳に、意識の光がない。

 ザッ!

 三芽が千夜に向かって歩き出す。壱姫たちもそれについていく。

「どうするんですか?」

「彼の《力》と反発する《力》を送り込んで、一時的に圧力を弱めるわ。その間に《力》を抑えてもらうしか方法はないわね」

「反発する《力》?」

 三芽が陣の中に踏み込み、右手を千夜の眉間に、左手を千夜の下腹部あたりに当てる。

「神影流の継承者さん達。知ってるかしら、こういう話。神影流拳霊の守護龍《剛龍》は、他の5匹の龍神とは異質な存在であったということを」

「え?」

「神影流の5匹の龍神と違い、剛龍は獣の身体を持っていた。つまり、龍(ロン)ではなく、竜(ドラゴン)に近い種族だったらしいわ。そして、壱姫ちゃんたちの守護龍たちが神霊、つまり神仏に近い存在であったのに対し、剛龍とよばれる龍神は、魔の《力》を持っていた。5匹の龍神を《陽》とするなら、剛龍は、神影流の《陰》の《力》といえるの」

 壱姫たちも、剛龍が他と異質であることだけは知っていた。神影流の屋敷に一つずつある、龍神たちを描いた大きな絵。そこに一匹だけ、蛇体を持つほかの5匹の龍とは違う、龍が存在していた。

 大きな翼を持ち、巨大な体躯の四速の獣。三芽の言ったとおり、西洋の伝説にあるドラゴンに近い姿をしていた。

 三芽の身体から、霊気が立ち上る。それは上空へと広がり、一つの形をとり始めた。

「つまり剛龍は、妖怪妖魔に近い存在。あなたたちの龍神の《力》と相反する《力》!」

 

 ゴォアアアア―――!!

 

「―――――!!」

 壱姫たちが驚愕していた。三芽の霊気が上空で竜の形を成していた。

「・・・・・・剛龍」

 鬼哭の里の上空では、神龍と雷龍が、剛龍と対峙しているかのような状態だった。

「壱姫ちゃん、私の服の内ポケットに時計があるわ。それを取って」

「え・・・は、はい」

 言われたとおり、壱姫が三芽の上着から時計を取り出す。年代物の懐中時計だ。

「5分たっても、私が戻ってこなかったら、千夜くんから引き離して」

「戻って・・・・?」

「これから千夜くんに私の霊気を打ち込む。同時に私の精神と千夜くんの繋げて、彼の意識をたたき起こしてくるわ」

 カッ!

「・・・・・・・三芽さん?」

 まったく動かなくなった三芽の顔を覗き込む。三芽の目の焦点が合ってない。

「壱姫ちゃん、もう彼の精神とのリンクが終わってるわ」

「うわァッ!」

 突然、千夜が女言葉で喋りだし、驚いた四人が後ずさる。

「そんなに驚かなくても・・・・、私よ、私、三芽」

「三芽・・・さん?」

「・・・・・ん、これなら大丈夫そう。そんなに深いところまで意識落ち込んでないわ」

 ガクンッ!

 千夜(三芽)の身体から一瞬力を抜き、肩を落とした。

「――――うおおおおおおおおッ!!」

 ゴォッ!

「キャアアッ!」

「うおおッ!」

 雄叫びをあげた千夜から、強烈な勢いで霊気が放出される。いきなり大嵐の中に放り込まれたような状態になり、壱姫たちが吹き飛ばされる。

「――――プハッ!」

 一緒に飛ばされた大量の土砂に埋もれた壱姫が、泥や土を振り払い立ち上がる。周りを見てみると、他の3人も同じように立ちあがっているところだった。

「・・・・・千夜はッ?」

 千夜は、さっきと同じような態勢のまま、顔だけあげてこちらを見ていた。弱弱しく右の拳をあげ、親指を立てる。

「良かった・・・・・、あれ?」

 三芽の姿が見当たらない。一番千夜の近くにいたハズだ。

 ヒュルルル。

「ん?」

 妙な音が上空から近づいてくる。

「!?」

 見上げた壱姫が目を見開いた。自分に向かって三芽が落ちてきていた。

「うおっとォ!」

 おもわず身を翻してかわしてしまう。三芽は大きな音をたてて、地面に激突した。

「・・・・・・・・」

「あの・・・・三芽さん?」

「ちょっとォ!」

 ばね仕掛けの人形のようにうつ伏せに倒れていた三芽が立ち上がり、グワシッ、と壱姫の両肩を掴む。

「なんでよけるのよッ。受けとめてくれてもいいじゃないッ」

「いや、あの、いきなりだったんで」

「・・・・・・ま、いいわ」

 あまりよろしくないといった白い目で一度睨んでから、壱姫から離れる。

「さて・・・・これで全員ね」

 一度、全員を見まわす。皆、一様に疲労困憊の体だが、霊気は高いレベルで充実してるのがわかる。

「全員、終わったみたいだな」

『――――!?』

 聞きなれた声が、湖の方から響いてきた。

「・・・・・・あら、来たの?」

 四人が硬直してる中、三芽だけは当たり前のように、現われた男に声をかける。

「ありがと、姉さん。でも、まだ終わってないよ」

「ええ。後は、あなたの《力》にどれだけ近づいたか、確かめるだけね―――九十九」

 現われたのは、正真正銘の壱姫の父の仇となってしまった、九十九だった。

 

 

      第二十一章に続く。

 

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