第二十一章

鬼と人

「なんで・・・・ここに・・・・」

 壱姫が呆然と呟く。目の前に立つ九十九は、いつもどおり気の抜けた笑みを浮かべていた。

「里帰り、で納得するか?」

「・・・・・・するわけが――――」

 ダンッ!

 壱姫が一足飛びで荷物と一緒に置いておいた守薙を手に取る。

「ないでしょォッ!!」

 足下を砕くほどの踏み込みで、九十九に向かって跳んだ。ロケットのような加速で九十九に迫り、守薙に霊気を収束させる。

「――――あれ?」

 壱姫が間の抜けた声を洩らす。九十九の姿が右方に流れていった。常人離れした跳躍力で九十九に迫った、はずが、見当違いの方向に跳んでいく。

「――――キャアアッ!」

 そのまま地面に激突。10回ほど転がってようやく止まる。

「・・・・・・・霊力の急激なレベルアップで身体能力も格段に上がってる。まだ慣れてない、しかもそんな疲れた状態で、まともに動けるわけないだろ」

 九十九が湖の側による。右手を水面にかざし、《門》を開けた。

「壱姫、俺が憎いか?」

「・・・・・・・・・・」

 起きあがったところで、いきなり問われた壱姫は、しばらく言葉を紡げなかった。九十九自身が認めているのに、まだ自分の中で認めていない部分があることに気づく。

(あいつは・・・・・あいつは、父様の仇・・・・。あの手で、あたしの大切な父様を・・・・・)

 まるで自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。

「・・・・・あたしは・・・・・・あたしは、あんたが憎いッ。父様を殺したあんたを――――殺したいッ!!」

 はっきりと言葉にすることで、壱姫は自分の心を確定づけようとしていた。

 九十九は変わらず笑みを浮かべたまま、壱姫を見ている。

「お前らなら三日で、その暴れん坊な霊気を自分のものにできるだろう。四日後にまた来るぜ」

 スゥ。

 九十九の姿が水面に、現実空間への扉に消えていく。

「ま、待ちなさいッ!」

 壱姫が湖に駆け寄る。

 パァッ

 壱姫が跳び込む寸前、湖が淡く光る。また、《門》が開いたのだ。

「・・・・・・」

 壱姫が待ち構える。他の四人もその後ろについて、一応、構えをとった。

「――――あらあら」

 場の緊迫感が和やかな声のために一気に音を立てて崩れた。バスケットにオニギリなどいろいろ食べ物を詰めた和恵が

湖から上がってきていた。

「皆、ご飯を持ってきましたよ」

「和恵さん・・・・、いいタイミング」

 三芽が肩を落としている。五人はあまりのことに、突っ伏していた。

「・・・・うふ?」

 三芽たちの様子に首を傾げながら、和恵が食事の用意を整える。シートの上に持ってきた食べ物を置いていく。

「さあ、召し上がれ」

「・・・・・・・・」

 笑顔で手招きする和恵に、ツッコみをいれることもできず、壱姫たちはシートの上に腰を降ろした。

 何を話すでもなく、しばらくモクモクと食べつづける。二日近く何も食べてないことを胃袋がようやく思い出したように。すぐに和恵の持ってきた食べ物がなくなっていった。

「・・・三芽さん」

「ん?」

 あらかた食べ物がなくなった頃に、壱姫が顔をあげ、三芽に問いかけた。

「色々聞きたいことがあるんですけど、まず最初に。なぜ、神影流の守護龍の一匹、剛龍の《力》を、三芽さんが使えたんですか?」

 千夜の《力》が暴走した時、三芽は自身から、《陰》の龍、剛龍の《力》を送り込んだ。六匹の龍神の《力》は、それぞれの一族にしか受け継がれないはずだ。

「ノーコメント」

「・・・・・・」

 予想通りの返答だった。壱姫は、和恵の方を見る。

「ごめんなさいね。私達からは、何も言えないの」

 《私達》。壱姫たちはうすうす気づいていた。神影流の人間、とくに壱姫たちより前の代の者たちは、九十九たちの何からの秘密を知っている。それを知らないのは、自分達だけだということを。

「・・・・・・」

「さて・・・・、一休みしたし、お腹も一杯になったわね。じゃ、行くわよ」

「え・・・・?」

 いきなり立ちあがった三芽に、五人の視線が集中する。

「じゃあ、わたしは家に戻りますね」

 和恵はマイペースに片付けをしていた。

 

 

 五人は三芽に連れられて、逢叶山を歩く。鬼哭の里への《門》となっている湖から小一時間ほど歩くと、深い森になっている場所に、一軒の小屋があった。

「ここよ」

 古ぼけた小さな小屋の前で、三芽が告げる。

「ここよ、って・・・・俺達何も聞いてないんですけど」

 先にズンズン進んでいく三芽を追うので精一杯だった壱姫達は、どこに向かっているのかも聞いていなかった。

「・・・・・もう、行の成果が出てきたわね」

「え?」

 三芽の言葉の意味がわからず、五人が疑問符を頭に浮かべる。

ぎょうが終わって一休みした後、すぐ強行軍してるのに、疲れてないでしょ」

「・・・・・あ」

 一休みしたとはいえ、体力精神力ともに著しく消耗するような術を受けたという後だというのに、全く人の手が入ってないような山中の道行きがまったく辛くなかったことを思い出す。

「人の家の前で何をさわいどるんじゃ」

 5センチほど開いた戸の置くから、低い、だがよく通る声が響いてくる。老人の声色だ。

「入るわよ」

 立て付けの悪い戸を開け、三芽が小屋の中に入っていく。五人も、オズオズとその後に続く。

「――――!?」

 中にいた人物を目にした瞬間、五人が一斉に腰を落とし、各々の法具に手を伸ばす。

「騒ぐなッ!!」

「!?―――――」

 中にいた老人の怒号に、五人が一様に金縛りにあった。術じゃなく、単なる気迫だけで、壱姫たちを竦ませてしまった。

「・・・・妖・・・怪」

 小屋の中にいたのは、人ではなかった。有体にいえば、猿と人を合わせたような風貌で、顔の真中に目が一つ、足も一本しかない。

「この人は、天影あまかげさん。見てのとおり妖怪で、一本ダタラよ。妖怪名くらいは知ってるでしょ?」

「え、ええ・・・一応」

「この人はね、妖怪鍛冶師でね。けっこう有名なのよ」

「妖怪・・・鍛冶師?」

「まんまよ。鍛冶師やってる妖怪」

「お前さん達が、神影流の後継ぎたちか・・・・・。持っとる《力》は大したものだが、それにしては面構えがしっかりしとらんの」

 天影が呆れともとれる溜息を洩らす。カチンときた者一名。

「なによッ! あたしたちが神影流の継承者じゃ、なんか不満なのッ」

「ああ、不満じゃ。ワシの造った武具を使う奴らなんじゃからの」

「・・・・・・・」

 五人が一様に不思議そうな顔で、三芽の方に視線を移す。

「・・・・で、天影さん。出来てるの?」

「ああ、とっくにの。全く、ワシが武具を造るのは、心身ともに・・・・・」

「はいはい、愚痴は森の動物たちにでもやってください」

「・・・・・・・」

「どこです?」

 にこやかな笑顔。壱姫たちは、三芽と、しかめっ面の天影との間に、永久凍土が見えたような気がした。

「ホレ、そこじゃ」

「え・・・・・・・・・・」

 三芽、絶句してる。五人が視線を追うと、小屋の隅に、無造作に置かれている物があった。

朱色の鞘に収まった日本刀。穂先を布で包まれた槍。その他にも、四つ布で包まれた物体があった。その一つは弓の形をしている。

「・・・・・ハア」

 三芽が一つ溜息をもらす。

「ワシが造ったものをどう扱おうと、ワシの勝手じゃろ?」

「ハイハイ・・・・。ほら、あんたたち」

 三芽はそれらを手に取り、ポイポイと壱姫たちに投げて寄越す。

「・・・・・これって?」

「ま、見てみなさい」

「・・・・・・・」

 壱姫は、言われたとおり、朱色の鞘から刀を抜き放つ。

「・・・・・――――!?」

 鞘から抜いた途端、全身に《力》が満ちてきた。

「・・・・違う・・・・。これから《力》が流れてくるんじゃない・・・・。この刀と私の《力》が一体化してる・・・・」

 見ると、他の四人も壱姫と同じように驚いている。

「それらは、お前達の霊気に同調するように鍛えてある。銘奈に持ってきてもらったお前達の髪に宿る霊気を元にしてな」

「・・・・・これって」

 壱姫がさらに驚く。壱姫の持つ刀の刀身は、淡い朱色を帯びていた。

「ヒヒイロカネ・・・・の刃」

「こっちもだよ・・・・」

 千夜が呆然と呟く。小さな副刃があるその槍も、穂先が朱色を帯びている。十吾の棍、百荏の鉄扇、七香の弓の握り部分と弦が、朱色の鋼でできている。

 《神の金属》とよばれる三つの鉱物の一つ、神鉄ヒヒイロカネだ。

「純粋なヒヒイロカネを使った、この世で唯一つ、唯一人のための法具だ。持っていけ」

「え・・・・・でも、こんな・・・・」

「貰っときなさい。壱姫ちゃん、あんたのお祖母さんが天影さんに頼み込んで、無理に造ってもらったものなのよ」

「お婆ちゃんが・・・・、何で?」

「・・・・・銘奈とは古い付き合いでな。あいつが、お前さんくらいのときからの縁じゃ・・・・・。よォ似ておる」

「・・・・・・・・」

 ちょっと複雑な心境になってみたりする壱姫だった。

「ヒヒイロカネ・・・・。もしかして、三芽さんが集めていた・・・・」

 十吾の言葉に、三芽が満足そうに頷く。

「そ。私が銘奈ばーちゃんから頼まれて集めたヒヒイロカネよ。今まで集めたヒヒイロカネのほとんどが、その武器たちに使われてるわ」

「・・・・・どうして? あたしは九十九を殺そうとしてるのよ。三芽さんの弟を殺そうとしてるのよッ?」

「そうね」

 困惑いっぱいの表情の壱姫に対して、三芽はいつも通りだ。

「なら、どうして、あたしの手助けをするの? あたし達の《力》を開放したり、あたしたちの武器をすんなり渡したりッ。まるで、九十九を殺してもいい、って言ってるみたいッ?」

「そんなわけないじゃない」

「――――」

 三日前、喫茶《月下》で味わった威圧感が甦る。表情を変えず、動かず、しかしとてつもない攻撃的な気配を放つ三芽が目の前に立っている。

 しかし、今回は前のように金縛りにあったりしなかった。それどころか、鞘に収めた刀の柄に手を伸ばすこともできた。

「・・・・・・あの子は、唯一人の私の家族よ。この世で一番大事・・・・」

「じゃあ何故ッ!?」

「・・・・・・あなたたちが強くなること。あなたたちが自分よりも強くなること。それがあの子の望みだから」

「・・・・・九十九はあたしに、あたし達に斃されたがってるっていうの」

「・・・・・正直言うとね、わからないの」

 三芽が不思議な表情をする。懐かしさと悲しみを合わせたような雨水笑み。ときどき、九十九が見せていたものと同じ笑みを壱姫に向けている。

「あなたたちを強くする。これは私にもわかるの。だけど、九十九が本当は、あなたたちに何を求めているのか・・・・。あの子の考えは、私にもわからない」

「・・・・・・」

 黙って聞いていた天影が、三芽の手から最後に残った武具を掴み取った。それを壱姫の前に出す。

「・・・・・?」

 壱姫はそれを手にとり、布を剥ぎ取った。

「・・・・・・・」

 一対の手甲。壱姫たちのものと同じヒヒイロカネの手甲だ。

「それを奴に渡すか否か・・・、剣霊の嬢ちゃんよ。それはお前さんが決めろ」

「・・・・あなたは、九十九のことを知ってるの?」

「ああ・・・、ワシもあの里におった一人じゃからの・・・・。滅びし鬼哭の里のな・・・・」

 

 

 三日後―――9月18日(金)

 逢叶山―――秦の屋敷

「・・・・・・」

 そろそろ日付が変わる頃、壱姫は屋敷の離れにある道場で一人、静かに瞑想していた。

 開け放たれた入り口からの風に揺れている燭台のロウソクの火が、壱姫を照らす。

「・・・・・・・」

「わッ!」

「うひょあッ!?」

 いきなり背後からの大声に、妙な声をあげながら飛びあがる。

 急激に動悸が激しくなった心臓を抑えるように手を胸に当てながら振り返ると、和恵が立っていた。

「あらあら」

「なななな、なんですか?」

「精神集中がなってないわね。瞑想しているつもりで、考え事なんてしてるから、私なんかの気配も捉えられなくなるのですよ」

「・・・・・・・・」

「九十九と闘うこと、ためらってるのね?」

「・・・・・・・・」

 壱姫はしばらく複雑そうな表情で和恵の顔を見ていた。いつも通り、小さな時に初めて会ったときから変わらない優しい笑みで、壱姫の瞳を見つめ返している。

「・・・・あたしは明日、九十九と闘います」

「ええ」

「あいつは、あたしの父様の仇です」

「そうみたいね」

「この剣で・・・・」

 壱姫は朱色の鞘に収められた刀を手に取る。ヒヒイロカネで鍛えた刃を持つ刀。

「あたしは明日、あいつを殺すかもしれません」

「・・・・・・九十九とあなた達が闘うのは、あの子が自分で選んだ道です。そうなっても、致し方ないことです」

「・・・なんとも思わないんですか? 血が繋がってないとはいえ、九十九は―――」

「九十九は私達の子です」

 少し寂しそうな笑みで、和恵が答える。

「あの子が死ぬようなことがあったら、私は悲しみに暮れるでしょうね・・・・・」

「じゃあ、なんでッ! なんで止めないんですかッ!」

「先程言ったとおり、明日の闘いはあの子自身が選んだ道。その闘いの先にどんな悲しい結末が予想できたとしても、私はそれを止める気はありません」

 静かに、だが確かに強い意思を込めたその言葉に、壱姫は絶句している。

 なぜ、ここまで意を決めれるのだろう。自分はまだわずかに迷っているというのに、母親である和恵は、ハッキリと九十九の死をも覚悟している。

「・・・・さあ、もう寝なさい。今日までほとんど睡眠をとらずに、修練を続けていたのでしょう?」

「・・・・はい」

 

 

 9月19日(土)―――鬼哭の里

 湖の側―――九十九は、自身が放った《力》によって焦土と化した平地に立っていた。

 連日の壱姫たちの修練によって、再び荒地となった大地も、三芽の術によって平らに整地されている。

「・・・・・来たか」

 《門》からの気配に九十九が振り返ると、ちょうど壱姫たちが湖から上がってきたところだ。

「九十九・・・・・・」

 壱姫の刀の鞘を握る手に力が入る。

 

 

 ――・・・でも、まッ、我慢してくれ。どっちにしろ、明日から嫌でも顔を合わせることがあるだろうからな――

 ――お前に嫌われるのが嫌だったんだよ!――

 ――退魔師は仇・・・・・・退魔師は討つ・・・・・・退魔師を・・・・・殺す!――

 ――良・・・・かっ・・・・た・・――

 ――・・・だけど、俺は、お前たちと一緒にいたい――

 

 今まで九十九が自分に対して言ってきたことが、脳裏に浮かびあがってくる。

(あたしは・・・・・・あんたのことを気に入り出してた。大事な仲間だと思えていた・・・・・・だけど―――)

 

   『そうさ。お前の親父さんを殺した妖怪ってのは―――』

 

(だけど、あたしの父様を殺したのは――――――)

 

   『――――俺だ』

 

 壱姫の身体から霊気が煙のように立ち昇る。

 スラァッ!

 朱色の刀身を持つヒヒイロカネの刀。鞘から抜かれた刀身に、膨大な量の霊気が収束していく。

「―――九十九ッ!」

「・・・・・・」

 顔を伏せた壱姫が、九十九の名を呼ぶ。九十九は、気の抜けた笑みのまま、壱姫の言葉を待った。

「最後に一度だけ聞くわ・・・・。なぜ、あたしたちが《力》を手に入れた後の闘いを望んだのッ!」

「・・・・・・・」

「答えなさいッ! あんたの実力なら、前のあたしたちなんか相手にもならないでしょうッ!?」

「・・・・・・」

 シュゥゥゥ・・・・

 九十九の姿が変わる。妖気が収束し、額に淡く輝く一本の角。服の背部をスリ抜けて飛び出した一対の巨大な銀の翼。

 《鬼》。

 その血をひく九十九のもう一つの姿。

「てめェ達は強くならなきゃならないんだ。俺に勝てるぐらいにな・・・・・・。そうでなきゃ、ダメなんだ」

「・・・・・意味がわからない。答えになってないッ!」

「いいさ、意味がわからなくても・・・・・。てめェ等は一生それを知る必要はない。いや・・・・、知っちゃいけないんだ」

「・・・・・だったら・・・・・あたしは・・・・・あんたを―――」

 あたしの父様を殺したあんたを―――

「退魔師として、危険な妖怪であるあんたを――――滅する!」

 壱姫が戦闘態勢をとる。他の四人もそれにならうように、構えをとった。

「九十九―――、ここに至っては、俺達も手加減するつもりはない。本気でいくぞ」

 退魔師としての顔になった千夜が九十九に告げる。他の3人も同じように、心を決めていた。

 九十九を、同じ神影流の仲間を、凶悪な妖怪として退魔することを。

「・・・・・手加減?」

『――――――!?』

 強烈な威圧感。2ヶ月前、ここ鬼哭の里で受けたものとは桁違いの、《本気》の九十九の殺気だ。

「手加減するつもりだったのか? 本気の俺に?」

 ゆっくりと壱姫たちに向かって歩を進める。一歩近づくごとに、プレッシャーが強くなる。以前の壱姫たちだったら、これだけで戦意喪失していたかもしれない。

「・・・・・姉さん」

 近づきながら、壱姫たちの後ろに控える三芽に声をかける。

「姉さんは、どうするんだ。観戦? それとも壱姫たちに手を貸すかい?」

「そうね・・・・。今のあんたを見ていたら、不安になってきたわ」

「へェ・・・・」

「私の考える《最悪の終結》にならないためにも・・・、私はこの子たちに手を貸すわ」

 ブアッ!

 壱姫たちの背後から強烈な妖気の渦が発生する。三芽も九十九同様、《鬼》の姿へと変じた。

「そうか・・・・・」

 ドンッ!

「―――ッ!?」

 突然、九十九が真横に妖気の塊を撃ち出した。5メートルほど離れた場所に着弾し、小さな爆発が起こる。

「・・・・・・・」

 それだけだ。九十九は、右手を横に突き出した態勢で止まっている。

「なにを―――!?」

 壱姫たちが驚愕する。九十九の身体が霞むように消えていった。

「この闘いに姉さんは不用だよ」

「――――」

 三芽の背筋に悪寒が走った。聞きなれた弟の声は、すぐ背後から聞こえた。

(猿爺の《影身》―――)

 

 ゴッ!!

 

 壱姫たちが振り向いた瞬間、五人の間を何かが猛スピードで抜けていった。続けて背後、九十九がいた方向から派手な激突音が響いてくる。

「・・・・・・・」

 壱姫たちは絶句している。三芽がいたはずの場所に、右拳を突き出した態勢の九十九が立っていた。

 影身―――残像と気配を残し、相手の死角へと一瞬で移動する技術を使い、6人の背後にまわっていたのだ。

「さて・・・」

 三芽を殴り飛ばしたらしい九十九は、表情一つ変えず告げる。その表情は、壱姫たちが今まで見たことがないほどの、冷え切ったものだった。

「―――始めようか」

 

 

   第22章へ続く。

 

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