第22章

散翼

「ガアアアアッ!!」

 吠える。巨大な翼がはためき、天を覆うように銀羽が舞う。

九十九を中心に妖気の渦が吹き荒れ、地面を抉り土砂を舞い上げる。

「――――神影流剣霊」

 赤い刀身に霊気が流れ込み、同調した人と刀の霊気の光が壱姫の周囲を覆う。

「――――神影流槍霊」

「――――神影流棍霊」

「――――神影流扇霊」

「――――神影流弓霊」

 それぞれの武具から放たれる霊気が周囲の妖気を中和し、妖気の風を打ち消した。

「・・・・神影流方陣《五仙陣》か」

「ええ。あたしたちが同じフィールドで闘うかぎり、あんたの妖気による精神的な衝撃は耐えられるわ。そして、このヒヒイロカネの武具があれば、強力な妖気に覆われたあんたでも、斬れる」

 壱姫が刀の切先を九十九に向ける。

「天影の爺さんが造った武具か。それならたしかに《鬼》の鋼の身体も切り裂けるわな」

「・・・・・・・」

 壱姫の脳裏に、ここにはないもう一つのヒヒイロカネの武具が浮かびあがる。赤き鋼の手甲。

神影流拳霊の継承者に渡されるはずのヒヒイロカネの手甲。それを、壱姫は秦家に置いてきた。

九十九に、敵に武器を与えるなど、出来るわけはない。そう思いながらも、壱姫は鬼哭の里に向かうまで、悩んでいた。

「・・・・・いくぜ」

 九十九が壱姫たちに向かって歩を進める。ただ歩くだけの、まるで隙だらけの歩き方だ。

「――――神影流剣霊! 神覇流閃!」

 真横に振るった刀から、霊気が糸のような細い光となって無数に放たれた。

 千夜たちが、それを戦闘開始の合図とし、周囲に散る。

「ヌンッ!」

 ドゴッ!

 九十九が足下の地面に強烈な踏み込みを入れる。九十九の前方の地面が引っ剥がされたように持ちあがり、盾となった。

「落雷閃!」

「炎崩撃!」

 横手から、千夜と十吾がそれぞれの武具を振り下ろす。九十九は銀翼を盾にそれを受けとめ、妖気を収束した両掌を二人に向けた。

「―――!?」

 九十九が銀翼を強く動かし、槍と棍を弾く。そして、さらに後ろに跳んだ。

 ズガガッ!

 一瞬前まで九十九がいた空間を、円盤状の霊気が上から下に薙ぐ。

《落葉輪》。百荏の放った霊気を帯びた扇が、急角度の弧を描いて、九十九に向かっていた。

「フンッ!」

 背後に回っていた七香が放った矢を、九十九は容易く掴み取る。霊気の込められた矢が掌の皮膚を引き裂き、血を撒き散らした。

「――――」

 九十九を影が覆う。超人的な跳躍力で九十九の頭上から襲いかかる壱姫が、渾身の力で刀を振り下ろした。

「神覇斬!!」

「ぜああッ!」

 比類ないほどの《力》を込められた刀身と、同等の《力》をもった拳とがぶつかり合った。

 

 

「・・・・・・始まったわね」

 闘いの場から少し離れた場所にある森のそばで、三芽がヨロヨロと起きあがった。

「痛ッ・・・・」

 乱れた髪を整えようと持ち上げた右腕に鈍い痛みが走った。見ると、二の腕の中ほど、関節があるハズのない場所が曲が

っている。

 三芽は慌てた風もなく、当たり前のようにそれを左手でつかみ、まっすぐに戻した。

「本気で殴ったわね、あンのバカ」

 《鬼》の治癒力が少し衰えていることに気づき、三芽が毒づく。九十九が放った拳撃は、ガードしようとした右腕ごと三芽を吹っ飛ばし、妖気を打ち込んでいた。それが、体内に滞り、回復力を弱めている。

「―――ハッ!」

 三芽が気合とともに、九十九の妖気を体外に放出した。とたんに身体のダメージが抜けていき、折れた右腕の骨も瞬く間

にくっついた。

 数回、右腕を曲げ伸ばしし、調子を確かめる。

「さて・・・こっちも始めますか」

 三芽が後ろの森に向かって跳んだ。その身体が、まるで森と同化したかのように霞んで消えた。

 

 

「ぜああッ!」

 バシィッ!

 衝撃に九十九の拳から鮮血が散った。空中にいた壱姫は後方に弾き飛ばされる。

「十吾ッ!」

「応ッ」

 壱姫が十吾の棍の上に着地した。十吾は肩で棍を支え、その勢いを殺す。

「おりゃああッ!」

 十吾が棍を振るい、壱姫がそれに合わせて棍を蹴った。跳躍力と十吾の力でロケットのような加速で九十九に迫る。そこに千夜も横手から襲いかかった。槍の穂先に雷気に変換した霊気を込める。

「――――」

 それを見ても、九十九は動かない。

 二人に合わせて、百荏と七香も九十九の背中と脚を狙って、それぞれの霊技を繰り出していた。

「神覇斬!!」

「霊雷閃!!」

 ズギャッ!!

「――――!?」

 五人が驚きに目を見開く。

 九十九の背中には、三つの霊扇が食い込み、ヒヒイロカネの扇が左肩を深く抉っていた。七香が同時に放った二本の矢は右足の膝と腿に深く突き立っている。

 千夜の突きは、義手である右腕を貫き、首に突き立つ直前で止まっていた。

「・・・・・・・・・」

 壱姫の手が微かに震えている。壱姫の繰り出した神覇斬は、真横から九十九の左胴に向かって振るわれた。

 その場から全く動かなかった九十九が盾にした左腕を切り裂き、赤き刀身は、胴に深く食い込み、多量の血を体外に放出している。

「なんだこれは?」

 まるで何事も無かったように、九十九が口を開く。

「いまのテメェ等なら、そのまま俺を貫き、胴を真っ二つにもできたろうが?」

 ブオンッ!

「うあッ!?」

 右手を無造作に振るい、槍を抜いた。

 グ・・・グググ・・・

「な・・・なに?」

 壱姫の刀が押し戻されていた。背中と脚に食い込んでいた扇と矢もひとりでに落ちていく。

「九十九の再生力に・・・・・押されてる」

 刀身が九十九の身体の再生に押し戻され、ついには、体外に弾かれた。

「・・・・・・」

 愕然としている壱姫がフラフラと九十九から離れる。常人なら即死してもおかしくない傷を、九十九の身体は瞬く間に治癒していた。

「てめェら・・・・《鬼》をまだなめてやがるなァ」

 ゴォッ!

「神影流棍霊―――」

 十吾が四人とはタイミングを外して、後方から九十九に襲いかかってきた。完全に死角からの奇襲だ。

「《鬼》の闘い方ってやつァ・・・」

「炎崩撃ィッ!!」

 ゴキキッ!

「――――!?」

 バシィッ!

 切り落とされていた九十九の左腕がまるでトカゲの尻尾のように再生し、炎に包まれる十吾の棍を受けとめていた。

 しかも、九十九は振りかえりもせず、絶対に手が届かない個所への攻撃を止めている。左肩から肘までが妙な方向へと曲がっていた。確実に骨が折れている。

「人を超えた筋力によって骨を砕きながら身体を操る。痛みは闘いの中では感じることもない」

 ミシィ・・・

 砕けた骨が音をたてて戻っていく。

「五感の鋭さを持って、どんな攻撃がどこから来るかも瞬時に知覚できる。《鬼》には死角なんてものは―――ないッ!」

 棍を十吾ごと振り上げ、そのまま地面に向かって振り下ろす。

 地面に叩きつけられる前に、十吾は棍を手放し、空中に放り出される形で九十九から離れた。

 ドゴォンッ!!

 棍をたたきつけられた地面が爆発するように砕けた。破片から逃れるために、五人はさらに距離を取る。

「・・・・・・・!?」

 土煙の中から、棍が飛び出してきた。しかし、ただ放り投げられたようで、十吾が難なくキャッチする。

「姉さんから聞いているだろう?」

 九十九の翼のはためきが土砂煙を吹き飛ばす。

「俺に・・・・《鬼》に対する闘い方を・・・・」

「・・・・・・・」

 

『九十九はね・・・、あたしたち《鬼人》の一族の中でも、最も《鬼》に近い存在だと言われていたわ』

『《鬼》に近い・・・・?』

『あたしたちが《鬼》の《力》に覚醒するのは、十代の中盤から後半あたり。中には《力》を覚醒しないまま一生を終える 祖先も少なくなかったって聞いてる。でも、あいつは・・・・例え、怒りと悲しみという大きなきっかけがあったとはいえ、 10そこそこの歳で、《鬼》へと覚醒し、一族の中でもトップクラスの実力を持っていた、わたしたちの実父、零朱と同等 の《力》を持っていた・・・・・』

 

「俺を斃す方法も・・・・・聞いているはずだ」

「・・・・ええ」

 

 『封印から解き放たれてから、あいつがどれだけの修練をつんできたかは知らない。ただ、200年前よりも《鬼》とし ての《力》を格段に上げていることは確か・・・・。今のあいつなら、《鬼》となっている限り、首を落とされても死なない かもしれないわ・・・・。だから・・・・、あいつを確実に斃すためには・・・・・・』

 

「・・・・・・・やるわよ、みんな」

 壱姫の言葉に、四人が重々しく頷く。

 

『九十九を確実に斃すためには・・・、心臓に強烈な霊気の一撃をたたき込むことよ』

『心臓を・・・・? でも、首を落としても死なない奴にですか?』

『ただ衝撃を与えればいいんじゃないの。《鬼》となっている状態の時、わたしたちの心臓には妖気の核とでもいうものが存在していてね。それを霊気で破壊すれば、全身の妖気のバランスが崩れ、肉体は崩壊するの・・・・』

 

「神影流剣霊―――神威之弐」

 ダンッ!

 壱姫が上空高く、常人離れした跳躍力で跳んだ。赤き刀身に膨大な霊気が収束していく。

(九十九の再生力を超える攻撃で隙を作り、そこにとどめの一撃を撃ち込む!)

「月下霊章ッ!」

 振り下ろされた刀身から放出された霊気が、巨大な三日月の形をとり、九十九に迫る。

 九十九は、横に跳び紙一重でかわすが、地面に激突した月下霊章が地面を砕き、土砂を撒き散らす。

「チッ―――!?」

 土砂煙に捲き込まれ、視界を失った九十九の感覚が、前方に巨大な霊気の高まりを捉える。

「千夜か!?」

「神影流槍霊神威之弐!!」

 土砂煙に視線を向けていた千夜が、槍を逆手に持ち柄尻を天に向かって掲げる。

怒雷烈架どらいれっか!!」

 穂先を地面に深く突き立てる。細い電撃を放出しながら地面が隆起し、まるで巨大なモグラが地中を突き進んでいるかのように、土砂煙に向かって地面が盛り上がっていく。

「―――!?」

 土砂煙の中の九十九が、こちらに向かって突き進んでくる霊気に、初めて表情を変えた。

「なんだ、このでけェ霊気はッ!?」

 地面の隆起が九十九の足下に達する。

 ズガァァンッ!!

 足下の地面がくだけ、巨大な稲妻が土砂煙を吹き飛ばし、天に向かって噴出した。その巨大な稲妻の柱に、九十九の身体がとらわれる。

「ぐ・・・・あああああ―――!!」

 予想していなかった威力に、九十九が苦悶の声を上げる。

(こいつは、雷過さん並だッ。なるほど・・・・雷龍と神龍の《力》かッ!?)

 千夜の《力》が、二つの龍神の《力》によるものだと気づく。

「・・・・・神影流剣霊!」

 壱姫が剣に霊気を収束させる。続けざまに攻撃するため、他の3人もそれぞれ神威のための溜めに入る。

「――――ガアアアアアッ!」

 九十九が左手に妖気を凝縮させ、足下、稲妻が噴出す地点にたたき込む。

「な―――!?」

 千夜が驚愕する。絶えず九十九へと送っていた電撃が九十九の拳に押し戻され、さらに地面を大きく隆起させた。地面の中を稲妻が逆流し、今度は千夜の足下、槍を突き立てた部分から噴出した。

「くッ」

 自分の放った雷撃に身体を焼かれそうになり、慌てて後ろに跳び退る。

「でェあッ!!」

 九十九はそのまま拳に凝縮させた妖気を炸裂させ、その爆発力で空中高くに跳んだ。

『天と地の狭間 昼と夜の境 陰と陽が生まれし混沌 虚となりて漂いし意思無き者たちを呼び寄せよ』

 九十九が空中で、天に向かって左手を掲げる。周囲へと放出していた妖気が、一瞬にして消えた。

「百鬼夜行!?」

 

『わたしたちの奥の手、百鬼夜行は、周囲にある自然の《力》を集め、自らの妖気と融合して鬼蟲へと変える。鬼蟲の体内には、凝縮された《力》があり、それが炸裂し、あの破壊力を生むの』

『私たちが百鬼夜行を使う前に、気配が完全に消えるのは、自分の身体を《器》にするため。自然の《力》を自在に操つるためには、一度自分の存在を空虚にし、膨大なその《力》を通さないといけないの』

 

 五人の脳裏に、三芽から受けた説明の言葉が思い浮かぶ。

「百荏ッ! 七香ッ!」

 千夜の声に、百荏と七香が反応し、急激に霊力を高める。

「神影流扇霊神威之壱!」

「神影流弓霊神威之壱!」

 地上で神威を放つため霊気を目一杯高めている二人の姿を目にした九十九が、口元に薄い笑みを浮かべる。

『百の鬼蟲共よ! 寄りて針となれ! 集いて槍となれ! 天割き地砕く破邪神滅の剣となれ!!』

 貫き手の形をとった左手に、自然の《力》が収束していく。あきらかに、以前放った百鬼夜行とは様相が違う。

「百鬼夜行じゃないのッ!?」

「早く撃てェ!」

 百荏と七香のヒヒイロカネの法具に、最高出力で高められた霊気が収束する。

「風龍麟花!!」

「我龍攻突!!」

 百荏が投げたヒヒイロカネの扇と五枚の霊扇が、螺旋を描き、竜巻を生み出す。

 七香が放ったヒヒイロカネ製に鏃をつけた矢の霊気が、龍の形をなして九十九に向かって突き進む。

「―――天剣絶刀てんけんぜっとう!!」

 九十九が《力》を収束した左手を、空を切り裂くように振り下ろす。瞬間、巨大な光の刃が九十九の下方に出現し、迫ってきた百荏と七香の神威と激突した。

「――――!?」

 二人の神威、竜巻の槍と龍の矢が、それこそ薄紙を切ったかのように、容易く切り裂かれた。

 光の刃は、そのまま急速に落下し、大地へと突き立つ。

 

 ズゴォンッ!!

 

 九十九の放った《力》が弾け、大爆発を起こす。壱姫たちは法具を前方に掲げ、瞬時にして強固な霊気の防御壁を作り出す。千夜は、法具を手放している百荏の前に立ち、防御壁を形成する。

 ズドンッ!

「ぐうううッ!」

「ああああッ!」

 三芽の施した術によって桁違いに霊力が高まっているというのに、それでも防御壁は軋み、今にも引き千切られそうだ。

「ぐ・・・だ、駄目ッ!」

 ピシッ!

「・・・・・・・・」

 壱姫が目を開く。しばらく呆然としていたが、ハタと自分が地面に倒れていることに気づく。

「・・・・・うッ」

 立ちあがろうとすると、全身に鈍い痛みが走った。なんとか立ちあがり、身体を見下ろす。とりあえず四肢を失うなどの重大な損傷はなさそうだ。

「・・・・・・!?」

 壱姫が絶句した。九十九の放った光の刃が落下したと思われる場所に目を移すと、そこに巨大な亀裂が走っていた。一番大きく口を開けているところで、5メートルほどだろうか。

 駆け寄り、亀裂を覗いてみるが、大地は相当深く切り裂かれたらしく、底が暗く見えない。

「すごい・・・・《力》だな」

 フラフラと千夜が壱姫の側に寄った。見れば、他の3人も、無事とは言えないが、皆立ちあがっている。二つの龍神の《力》を有する千夜と、千夜に護られた百荏は比較的軽傷のようだ。

 ブアッ!

 亀裂の向こう側、壱姫たちと対するように、九十九が降り立った。

「・・・どうやら、今の技、あんたにも大きな負担をかけるみたいね」

「ああ、まだ完成してるとはいえないな」

 九十九の左腕は、おそらく《天剣絶刀》の影響だろう、大きな損傷を受けていた。特に肘から先はほとんど原型をとどめておらず、しかも、致死傷すらも瞬く間に癒す《鬼》の再生力がうまく働いていないようだった。

「・・・大体のお前等の《力》は判った。あとは、お前等に俺を斃せるだけの《力》があるのかを確かめるだけだ」

 九十九の身体から猛烈な勢いで妖気が放出される。再生力が高まったのか、左腕も急速に癒されている。

「――――来な」

 巨大な銀翼を大きく開き、大地に根ざしたかのようなどっしりとした構えをとる。迎え撃つつもりだ。

「壱姫・・・・俺が仕掛けるから・・・・とどめを頼む」

「・・・・・うん」

「・・・・・十吾ッ、百荏ッ、七香ッ! 九十九の動きを封じてくれッ」

『応ッ!』

 百荏が霊扇を振るい、九十九を中心に巨大な風の渦を作り出す。縦横無尽に駆け巡る風に、動きを封じられる。

 そこへ、十吾が棍から炎を放つ。風の渦に炎が捲き込まれ、炎風の渦へと化した。

「グウウアアアガアアア――――!!」

 九十九が全身から妖気を放出し、体を焼こうとする炎風を徐々に押しのけていく。

 トスッ!

「!?」

 九十九を囲むように四本の矢が地面に突き立った。四本の矢を撃ち出した七香は、それらに霊気を送り込んでいる。

「神影流弓霊―――四方重陣しほうじゅうじん!」

 ズンッ!

「ぐッ!」 

 陣が発動し、まるで自重が数十倍に増えたように、身体が動かなくなる。

「よしッ、離れろッ」

 千夜の言葉に従い、四人が大きく退く。

「――――天の怒りを表す光よ」

 千夜が槍を天に向かって突き出す。天空に黒い雲が生まれ、それは瞬く間に巨大な雷雲へと成長した。

「我が元へ!」

 ガガガガッ!!

 雷雲の底面を走った稲妻が輪を作り、そこから数乗の巨大な稲妻が落ちた。それは全て、千夜の槍へと集まっていく。

「ぬうううう―――!」

 十数本の稲妻を受け、千夜の槍は、主をも飲み込むほどの巨大な雷球を纏っていた。

「――――ガアアアアアッ!」

 九十九が気合とともに妖気を放出した。嵐となって吹き荒れた妖気は、炎風を蹴散らし、結界を砕く。

「九十九ッ! 雷龍と神龍の神鳴る力ッ、受けろォッ!!」

 ズドンッ!

 上空の雷雲からさらに無数の稲妻が落ち、天と地を繋ぐ柱と化した。巨大な雷撃の檻となり、千夜と九十九を囲む。

「おおッ、来いッ!!」

 活性化した妖気が銀翼をさらに巨大化させる。

神雷しんらい龍覇鳴閃りゅうはめいせんッ!!」

 千夜が槍の穂先を九十九に向け、跳んだ。身体を包み込む雷球が巨大な龍の形をとり、巨大な顎を大きく開いた。

 ダンッ!

 迫る巨大な雷龍を飛び越え、そのまま上空へと逃れる。

「逃すかァッ!!」

 雷龍の顎の中で槍を大きく振るう。雷龍が千夜から離れ、上空の九十九へと猛速で迫る。

「チィッ!」

 巨大な翼を動かし、大きく位置を変える。しかし、雷龍は自らの意思を持っているかのように、巨大な雷の蛇体を弧を描かせながら九十九を追い詰める。

「しつけェッ・・・・!?」

 小さな痺れとともに、静電気のような小さな火花が九十九の身体を覆っていた。

「雷龍の余波が俺の身体にまとわりついている・・・・ハッ!?」

「神影流槍霊―――雷龍之鬣らいりゅうのたてがみ

 一番近くの3本の稲妻の柱が急激に太くなっていく。数瞬後、その柱等は、雷球へと変じた。

「しまッ―――」

 ゴォンッ!

 雷球へと変じた、さらに次の瞬間、再び稲妻へと戻り、九十九の身体を撃つ。

 九十九は、それをかわそうとしていたが、体にまとわりついてた雷気が、稲妻を誘導していた。

「がはッ!」

 シャアアアア―――!!

 一瞬気を失い、方向感覚を失った九十九を、雷龍の巨大な顎が捉えた。

「がはあああああッ!!」

 普通なら一瞬で灰にされそうな電撃を受け、九十九が絶叫する。

「・・・・・・」

 巨大な雷龍が舞う稲妻の檻の中心で、千夜が槍を掲げる。

「―――神雷・軍龍轟臨ぐんりゅうごうりん

 稲妻の柱が全て、巨大な雷龍へと変化した。そして、九十九を咥え、上空高くまで上昇した雷龍に向かって舞いあがる。

(これで終わってくれ・・・・。そうすれば、壱姫はお前を殺さなくてすむ!)

 千夜が心中で九十九に向かって絶叫する。

 壱姫と千夜は、神影流の継承者達の中では一番近しい者だった。従兄妹であった二人は、小さい頃から共にあることが多かった。まるで本当の兄妹のように同じ時間を過ごしていた。

 だからこそ、壱姫には悲しい想いをさせたくなかった。

(九十九、たとえ仇であろうと、お前が死ねば壱姫は必ず悲しむ。ならば、その悲しみを少しでも和らげたい。あいつの手をお前の血で染める前に、俺がお前を殺す!)

 シャギャアアアアーーーッ!!

 無数の雷龍が融合し、さらに巨大な一匹の雷龍を生み出した。そして、地上に向かって九十九を咥えたまま落下する。

 ズドォンッ・・・・!!

 巨大な雷龍はそのまま大地に激突し、今日一番の土砂煙を巻き上げた。

 四人は、土砂煙と爆風に巻き込まれないように、霊気の防御壁を形成してやり過ごす。

「・・・・・・・・」

 爆風がおさまり、霊気の防御壁を解くが、土煙で視界がほとんど無い。

「・・・・・・!?」

 土煙の中から、千夜が現われる。フラフラと四人に近づく千夜の体は、二つの龍神の《力》を発動した反動でズタボロで、立って歩いているのが不思議なくらいの重傷を負っていた。

「千夜ッ」

 倒れかかった千夜を壱姫が支える。

「つ、九十九は・・・どうなった・・・・」

「・・・・・・・」

 五人がいまだ視界を遮る土煙の向こうに意識をやった。

 ブアアッ!

 突風が巻き起こり、土煙を吹き飛ばしていく。晴れていく土煙の狭間に、淡く銀光を放つ巨大な翼が閃く。

「駄目・・・だったか」

「・・・・・千夜をお願い」

 ダッ!

「壱姫!」

「壱姫ちゃん!」

 千夜を3人に預け、壱姫が駆け出す。全身の痛みも忘れ、膨大な霊気を刀身に収束し、土煙に跳び込んだ。

「神影流剣霊神威之壱!」

 収束、凝縮された霊気が光となって放出され、壱姫の身体を包み込む。壱姫が霊気の槍となって土煙の中を突き進む。

(―――九十九ッ!)

 九十九の姿を捉える。巨大なクレーターの中心に、生きているのが不思議なほどズタズタになった身体でうなだれるように立っていた。

「―――神龍鋒閃ッ!!」

「ゴオオアアアアアア―――!!」

 咆哮とともに身体を起こした九十九が、妖気を収束した両手を霊気槍の先端にぶつける。

「ぐぅうううッ!」

「ガアアアアッ!!」

 《力》のぶつかり合いの衝撃に、クレーターがさらに大きく抉れる。《力》が拮抗し、進退しない激突となった。

「・・・・九十九の《力》が低下している」

「やっぱり千夜のあの大技で、深くダメージを負っているわね」

「それに、あの様子じゃ、《力》を維持するのはムリよ・・・・」

 七香の言葉通り、《力》のせめぎ合いの中で、九十九の身体は徐々に傷の度合いを増していた。千夜の技によって全身に重度の火傷を負っているというのに、全身に傷が開き、鮮血を撒き散らす。血は高圧の霊気の中で散り散り霧散し、蒸発していった。

「―――まだだァ!」

「!?」

 ブシャアアッ!

 九十九の身体から一際多量の鮮血が噴出す。しかし、九十九の《力》は勢いを増し、徐々に壱姫の《力》を圧倒し始めた。

「その程度じゃ、俺は斃せないぜッ! お前の親父さんの仇である俺をなァッ!」

「ぐッ・・・・うあああああ――――ッ!」

 両者の《力》がさらに増大し、その影響が広がっていく。

「――――あんな状態でッ!?」

 四人が驚愕する。せめぎ合いの中で、九十九の傷が治癒していく。

「なんてふざけた再生能力・・・・」

「どうするの?」

「どうしようにも僕達にはどうしようもないさ。あの状況では、下手に介入すると、逆に壱姫の氣が乱れる」

「そうね――――!?」

 四人の背筋に悪寒が走る。離れた場所から、とてつもなく大きな妖気の波動が届いた。

「―――あれッ!」

 百荏が上空の一点を指差す。距離にして50m余り。そこに、《銀の翼》と《光の角》を持った男が浮かんでいた。

「お、《鬼》!?」

 驚愕と困惑がない交ぜになった表情の四人を一瞥し、男が両手を天に向かって突き出した。

 膨大な量の《力》が放出され、それが無数の《蟲》に変じる。

「百鬼夜行!?」

 男の周囲に浮かぶ《蟲》。それは、九十九と三芽が以前この鬼哭の里で見せた、自然の《力》を凝縮した鬼蟲(おにこ)だ。

 

 

「しまったッ!」

 森の中を駆け回っていた三芽が、上空に現われた男の姿に驚愕する。

「今からじゃ、百鬼夜行は間に合わないッ。こっちが見つける前に、こんなタイミングで仕掛けてくるなんて―――」

 三芽の身体中に呪紋が浮かびあがり、空間を突き破って現われた無数の黒い鎖が、彼女の周囲で螺旋を描く。

 

 

「チィッ! やっぱり後手に回っちまったかッ!」

 さらに森の中の違う場所、三芽と同じように駆け回っていた男が、上空に現われた存在を睨みつける。

「神影流拳霊―――神威之弐!!」

 男の全身を霊気が覆う。霊気を高めている間も、男―――神影流拳霊十三代当主 秦 黒杜の視線は上空の翼の男に向けられていた。

 

 

「――――あの二人を狙ってる!」

「壱姫ちゃんッ!」

「九十九ッ、逃げろォッ!」

 四人が、壱姫と、敵であることを忘れて九十九に呼びかける。しかし、壱姫は技に集中するあまり、その声は耳に届いていなかった。

(―――チィッ!)

 九十九は気づいていた。強烈な殺意と《力》が自分たちに向けられていることに。

(どうするッ! 壱姫はもう止められない。無理に押しきれば、これだけの《力》のせめぎ合いだ。停滞してる俺と壱姫の《力》のほとんどが、壱姫に向かって逆流する!)

 数瞬だけ迷い、そして状況に合わない、気の抜けた笑みを口元に浮かべた。

(なら・・・・、できることは一つか)

 ヒュンッ! ヒュヒュンッ!

 鬼蟲たちが二人に向かって進軍を開始した。その数は数百。九十九たちが見せたときの数倍の数だ。それが、猛速で二人に迫る。

「我流鬼道術―――」

 ジャラララララララァッ!!

 翼を羽ばたかせ、森の中から三芽が飛び出した。

「崩鎖壊陣!!」

 三芽の回りで螺旋を描いていた無数の黒鎖が、不規則な動きを見せながら、空中を駆け巡り、鬼蟲群に突っ込んでいく。

 

 ドドドドドドドオンッ!!!

 

 黒鎖に貫かれた鬼蟲たちが、凶悪な爆発を起こし、空を閃光で満たす。

 しかし、黒鎖と爆発を掻い潜り、多くの鬼蟲たちが突き進んでくる。

 バッ!

 三芽から離れた場所で、さらにもう一人飛び出した。

「く、黒杜さんッ!?」

 まったく予想していない黒杜の登場に、四人が今までと違う驚きを見せる。

「八龍喉覇八龍喉覇はちりゅうこうは!!」

 突き出した両手から放出された霊気が、八匹の龍へと変じ、鬼蟲群に襲いかかる。

 龍たちが鬼蟲たちを喰らいながら、駆け巡った。

「――――クソッ!」

 だが、鬼蟲たちの爆発に霊気の身体を削られ、すぐに霧散してしまった。

「駄目よッ! 半分ぐらいしか落としてないッ!」

 かなりの数が三芽と黒杜の攻撃により落とされていたが、それでも、九十九たちの放つものの二倍以上の数の鬼蟲が、九十九と壱姫に襲いかかる。

 

 ドスッ!

 

『――――え?』

 少しでも鬼蟲の数を減らそうと霊技を繰り出そうとした千夜、十吾、百荏、七香、そして今だに鬼蟲の接近に気づいていなかった壱姫が、気の抜けた声を洩らす。

 突然、妖気を込めた両手をバッと左右に開いた九十九の胸を、壱姫の刀の刃が貫いていた。収束されていた霊気が放出され、刃が突き出した九十九の背中が弾け、すでに全身の血が抜けたのではないかと思えるほど、大量の血が噴出した。

「ガアアアッ!!」

 確実に心臓に達し貫いた刀を眼中に置かず、刀身の根元まで貫いたため密着した壱姫の身体をさらに抱き寄せ、銀翼を広げ、自分たちを包み込んだ。

 次の瞬間、鬼蟲たちが九十九たちを包む銀翼にとりつき、連鎖的に爆発を起こす。

「―――――――!!」

 叫ぶ千夜たちの声は、爆音にかき消され、自らにも聞こえなかった。

         ・

         ・

         ・

「・・・・・・・・」

(あれ? なんだろう?)

(なんだか・・・・・温かい)

(えっと・・・・・あたし、どうしたんだろう? 気を失ってたの?)

 自分が目を閉じていることに気づき、ゆっくりと瞼を広げていく。

 目の前には、頭から血を流している九十九の顔があった。いつもの、いつも自分に見せていた気の抜けた、だけど瞳に優しい光を宿した笑みだ。

 壱姫は気づく。九十九のこの表情を見たときに、時々感じていた不思議な感覚。脳裏に浮かぶ漠然としたイメージが、今までで一番強く形をとっていた。

 今の九十九と同じ笑みを見せる、幼き頃の九十九の姿がそこにあった。

「・・・・・九十九」

「動かなくていい」

 九十九の言葉通り、壱姫が身体を動かそうとしなかった。意識が飛んで、九十九と闘っていたことを忘れているらしい。

「防ぎきれなくてな・・・、危うかった。俺の《命》をお前に分けといた。残りカスみたいなモンだが、お前の生命力が戻るまで命を繋いでおいてくれるよ」

「《命》を分けた・・・・。残りカス・・・・。どういう・・・こと?」

 九十九の言葉の意味が判らなかった。

 ふと気づく。全身にダメージを負っていたハズなのに、どこも痛くない。それどころか身体が軽く感じられた。戦う前よりも身体の調子がいいように感じられた。

「あ、千夜・・・・・どうしたの?」

 首だけ動かし、まわりを見てみると、すぐ側に千夜たちがいた。だが、その表情は驚愕と困惑に満ちていた。

しばし、その様子を呆然と眺めていた壱姫が、徐々に状況と九十九と闘っていたことを思い出す。そして、記憶の最後に、九十九の心臓を突き刺していたことも。

「――――!?」

 壱姫が愕然とする。壱姫の右手は今だ刀の柄を握っていた。そしてその刀身は、九十九の胸を貫いている。

「あ・・・・あああ・・・・」

 壱姫の驚愕の理由はそれだけじゃなかった。九十九に密着した状態の上、全身の感覚が半分マヒしているようだったので

 気づかなかったが、九十九の身体は、胸の半分が――――無くなっていた。

 首筋から脇の中ほどを抉ったように、腕ごと右胸が無くなっていた。見ると、左足も膝から先が無い。

 そんな状態で笑みを浮かべている九十九は、バランスを崩すこともなく壱姫を支えていた。

 トンッ

「あ・・・・」

 九十九が壱姫の身体を千夜たちの方に押し出す。

「・・・・・・・・・」

 九十九が上空を見やる。百鬼夜行を放った男はまだ、そこに浮いていて、降りてくる気配がない。

「・・・・痛ッ!」

「な、なんだ・・・?」

 壱姫たちが、突然の頭痛に呻く。そして、脳裏に漠然としたイメージが浮かび、それが徐々に明確なものになっていた。

 ヴンッ!

「!?」

 九十九が壱姫たちに向かって左手を突き出すと、五人の額に梵字に似た模様が浮かび上がる。それとともに、形になりかけていたイメージが薄れていく。

「俺がかけた術が解けかかってるな・・・・・」

「術って・・・・九十九ッ!?」

 なんの事かと問おうとした壱姫が驚きに声をあげた。九十九の身体が徐々に塵に変わっている。

 

『《鬼》となっている状態の時、わたしたちの心臓には妖気の核とでもいうものが存在していてね。それを霊気で破壊すれば、全身の妖気のバランスが崩れ、肉体は崩壊するの・・・』

 

 三芽の言葉が浮かぶ。壱姫は確実に九十九の心臓を貫いた。これ以上ないくらいの霊気の《力》で。

「《鬼》となって、闘った鬼人は、敗北の時一握りの塵となる・・・・。気にするな」

 壱姫たちの額の模様が淡く輝き出す。

「前回の記憶の封印は、俺の死によって解かれる。その前に、お前等の俺に関する記憶を消す」

「・・・・・・なんなの?」

「こいつは、俺の《死》をキーにした強力な封印だ。お前等はこれから先、俺を思い出すことはない。俺がいたということさえ忘れられる」

「一体なんなのよッ!」

 壱姫が絶叫する。しかし、九十九は笑みを浮かべるだけで、その質問に答えない。

「後のことは、銘奈ばーちゃんたちに任せてある。ちょっと予定が狂ったが・・・・まあ、こんな終わり方も悪くねェや」

 模様が強く輝き、それとともに、壱姫たちの頭の中に、九十九と共にいた記憶が次々と映し出される。そしてそれらは、急速にぼやけて、薄れていった。

 記憶が、封印されはじめていた。

「ま、待ってッ! 駄目ッ!」

 困惑した思考のまま、壱姫たちは九十九の術に抗おうとした。だが、術の力は一方的で、それを受けつけない。

「――――!?」

 九十九の笑みが消えた。壱姫たちの額の模様がフッと消えた。消えかかっていた記憶が戻ってくる。

「・・・姉さんッ」

 壱姫たちが九十九の視線を追う。そこには、いつの間にか三芽が立っていた。九十九と同じように、腕を壱姫たちに向けて。

「あんたの術、キャンセルさせてもらったわ」

 悲しみの光を帯びた瞳を九十九に向ける。

「・・・納得してくれたんじゃなかったのか? 最悪の場合、俺がこうすることを」

「・・・納得するわけないでしょう? この子たちには知る権利がある。そして、知る義務があるのよ」

「・・・・・・・・」

 何かを諦めたかのように、九十九が小さく息を吐く。身体の崩壊は、すでに全身に回っており、振れればすぐに塵と化してしまいそうだった。

「・・・・恨むぜ、姉さん」

「それで結構よ。大事な弟が死んだことさえ、同じくらいに大事な子達が忘れてしまうよりはマシ」

「・・・・・・・」

「九十九ッ!」

 壱姫が九十九に駆け寄る。だが、その足は、次第にゆっくりとなっていった。

 九十九に寂しそうな笑みを向けられ、近寄りがたい気配を纏われて、壱姫は九十九に触れられなかった。

「・・・・・壱姫」

 九十九から壱姫に近づき、左手で頬に触れた。それでも壱姫は動けず、少し上方にある九十九の瞳を見つめることしかできなかった。

「お前たちの《力》、予想以上だった。特に千夜のはな。これなら大丈夫だ」

「九十九・・・・・」

 思考が混乱し、千夜たちも声をかけられずにいる。九十九は視線を壱姫に戻す。壱姫は涙を流していた。

 九十九との決着という自分の判断が間違っていた。

 何故かは判らないが今だ漠然としたイメージのままでいる《記憶》からようやくそれが分かった。

 九十九は、壱姫の涙を指で拭い、困ったように苦笑を浮かべた。

「悲しまないでくれ、壱姫・・・・・」

 九十九が一歩、後ろに下がる。その身体が、まるで陶磁器のように、ひび割れた。

「・・・・さよならだ」

「待っ―――」

 バファッ。

 壱姫が腕を伸ばし、九十九に触れようとした瞬間、その身体が全て、塵と化した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 壱姫たちは動かなかった。九十九だった塵が宙を舞い、地に落ちて小さな山になるまで、ただその光景を眺めていた。

「・・・・・・九十九」

 壱姫が、その塵の山の側に膝をつく。

「いや・・・・いや・・・・・イヤッ・・・・・イヤアアアアアアーーーーーーッ!!」

 壱姫が絶叫する。

「・・・・・・・」

「結局・・・・こうなっちまったか」

「黒杜さん・・・・」

 三芽が、場に現われた黒杜の姿に気づく。その声は沈んでいた。

 三芽が視線を上げ、翼の男がいた空を見上げる。しかし、男の姿はすでに無かった。

「消えちまったよ。奴は、《扉》を通らずに、こっちに進入してきやがった」

「・・・・あいつが一番邪魔だったのは、単体で自分に匹敵する《力》を持っている九十九。あいつなら、九十九が壱姫ちゃんを護るためにどんな行動に出るか、わかってたのよね・・・・。結局、闘いが終わってみれば、あいつの思うとおり、か・・・・」

「・・・・・・三芽さんッ」

 壱姫が顔をあげ、涙でグシャグシャの顔を三芽に向ける。

「一体・・・・一体、どうなってるんですかッ!?」

「・・・・・まだ、記憶が戻ってない。不完全な術とはいえ、六年間も封じられてた記憶だから、当然か・・・・・・」

「なんなんですかッ、その記憶っていう――――」

 さらに問いただそうとした壱姫の意識が暗闇に落ちていく。視界が完全に閉じる前に見たのは、自分に向けられた三芽の手だった。

「み、三芽さん、一体―――」

「今はおやすみなさい」

 続けて三芽が、千夜たちに《術》をかける。瞬く間に千夜たちの意識は闇に落ちていった。

三芽たちの前には、地面に倒れ規則ただしい寝息を立てる壱姫たちの姿がある。三芽は一番近くにいた壱姫の側にしゃがみ込んだ。

「疲れたでしょう? 今は静かに、お休み・・・。あなたたちが目を醒ましたとき、九十九が封じた《記憶》は、戻ってるんでしょうね・・・」

 寂しげな笑みを浮かべ、三芽が立ちあがる。そして、懐から赤い水晶のような薄い石を取り出した。

「・・・・・・」

 三芽がその石に氣を流し込むと、九十九の崩壊した身体・・・・地面に積もり、小さな山となっている塵が吸い込まれていった。

「それで、九十九の魂と身体は封じられたのか?」

「ええ・・・・。後は、これを《あの方》のトコロに持っていくだけ」

「本当に・・・・・やるのか?」

 黒杜が複雑そうな顔をした。

「・・・うまく行けば、丸く収まるんだから、止めないでね―――叔父さん・・・・

 

 

    第23章へ続く・・・

 

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