第二十三章

200年―――(前編)

 

(・・・・・ここはどこ?)

 闇の中、壱姫の意識が浮上する。歩いている。確かに手足を動かし、地面を蹴り、前へと進んでいるはずなのに、現実感が全くない。何故なら、壱姫の意思で歩いているわけではないからだ。

(体が勝手に動いてる・・・。しゃべってるハズなのに、声が出ない―――!?)

 闇に包まれていた世界が、光に満たされる。

(・・・・・ここは)

 林道を歩いていた。見覚えのある風景。

「たくッ! あの人にも困ったものだわ」

(この声・・・・あたしの声?)

「何日も屋敷を空けるなんて・・・・・、あの人には、当主としての自覚がないわね・・・・。あたしも人のこと言えないか」

 微笑んでいた。

(・・・・これは・・・・、あたしは、誰かの体の《中》にいるの?)

(その通りよ)

(えッ!?)

 聞き覚えのある声が、自分の内側から聞こえてきた。

(驚いた?)

(み、三芽さんッ!?)

(そ。正確には三芽の精神のほんの一部なんだけどね)

(ど、どういうことです?)

 パアアッ!

 壱姫の手が、壱姫が内にいる体の左手が林道が開けた場所にある泉に向かって突き出される。湖面が光り、そしてまたもとの静寂が訪れる。

(―――ここってッ?)

(そう、九十九と私の故郷、《鬼哭の里》よ。滅びる前のね)

(滅びる前・・・・・、200年前の)

 壱姫のいる体が湖面を抜け、鏡面世界にある鬼哭の里へと足を踏み入れる。

(・・・・・ホントに・・・・滅びる前なんですね)

 壱姫の目の前には、初めてこの《鬼哭の里》にきたときに《過去見の陣》を使って見たまだ住人たちが平穏に暮していたときの風景が広がっていた。元気一杯に駆け回る子供たち、それを温かい目で見守る大人たち。

「・・・・・いたッ!」

(な、何?)

 自分のいる体の発した声に含まれる怒りに、壱姫がビックリする。視線の先には、村の子供らしい小さな男の子を抱え上げる男がいた。好き放題に伸びる赤髪のガッチリとした体格の男だ。

「黒杜さんッ!」

「―――ッ!?」

 ビクリッと体を硬直させた男が、危うく子供を落としそうになる。子供を降ろし、こちらに恐る恐る振り向いた。

(・・・・黒杜さんだ)

 神影流拳霊十三代目当主、秦黒杜がそこにいた。ちょっとひくついた笑みを浮かべ、頭を描きながらこちらに近づいてきている。

「・・・・・・・・黒杜さん」

「あ・・・いや、その」

 声量は抑えているが、先ほどより重く感じる声で名前を呼ばれ、黒杜がアタフタする。

「七日前に、六流家の集会があったのを御存知ですよね」

「そ、そうだったか?」

「知ってるハズです。なにせ、その十日前に、あたし自身が、あなたに、直接、伝えている、ハズですから」

 一言一言区切って言ってる。区切るごとに言葉が重くなっている。

「そして、当日になっても現われないあなたを、まあ、どうせこんなことだとおもってましたが、一応心配して来てみれば、屋敷の奥方から、もう十日も前から、屋敷に戻ってないと聞いて、どうせここだろうなと思ってきてみれば、案の定、あなたがここにいる」

「・・・・あー、その、な?」

「どうゆうことです?」

「・・・・すまん。毎度のことだが」

「面倒くさかったんですね」

「そーゆうことだ」

「胸を張っていわないでください」

 壱姫が内にいる体の主が、呆れたのか顔を左手で覆い、溜息をついた。

(・・・・なんだろう、この人たち)

 二人のやりとりに、壱姫も呆れていた。三芽がクスクスと笑っている。

(ウチや神影流の男どもは、揃って女には弱かったのよ)

(そーなんですか・・・・・!?)

 壱姫がハッとする。

(あたし・・・・、あたし九十九と闘ってて・・・・、そして・・・・)

(・・・・・思い出した?)

(・・・三芽さんッ! ここはどこなんですッ!? あたし、九十九を、殺・・・)

 言葉が途切れる。その先は言えなかった。

(・・・・200年前の記憶よ。それをあなたは《思い出している》の)

(200年前の記憶・・・・。どうして、あたしにそんな昔の記憶があるんですか? あたしは・・・)

(記憶と言っても、葦鳳壱姫としての記憶じゃないわ。これは200年前の、あなたが葦鳳壱姫として生まれ変わる前の姿)

(生まれ変わる前の・・・・・、前世、ですか?)

「だってよォ、三月ごとに当主が集まるなんて。お前等はいいぜ、屋敷が近いからな。でも、ここはそこから何里離れてると思ってんだ?」

「そういう決まりでしょうが。自分の甥っ子たちが可愛いのはわかりますが、退魔師としての仕事や神影流のしきたりまで人に押し付けて、遊んでてどうするんですかッ!?」

「そんなこと言ってもよォ・・・、こいつらの親父はいつも国を巡って、弱い境遇の妖怪たちを助けて回ってる。だから、俺はこいつらの父親がわりってやつをしてェんだよ」

 いつの間にか近くまできていた子供を、黒杜がさっきと同じように抱えあげる。

 6、7歳くらいの男の子だ。

(―――九十九ッ!?・・・ううん、確か・・・)

(八雲よ。私たち姉弟の末弟)

 黒杜に抱え上げられた男の子は、《過去見の陣》で見た、九十九の弟、八雲だった。

(・・・・今、甥って・・・・)

(・・・・意識を集中して、右の方に向けなさい。あなたは今、この肉体の目を通して見てるけど、そうすれば意識で視ることができるハズよ。《記憶》が潜在的に覚えてるイメージがね)

(右を・・・視る・・・・・・あッ)

 洗濯物を干す女性の姿が視えた。三十代中半くらいの女性が、黒杜と、壱姫が内にいる女性の方を笑みを浮かべながら見ている。こちらも八雲同様、見覚えがあった。

(確か・・・・九十九の)

(あたしたちの母よ。名はしずる。旧姓は秦 静)

(秦・・・・・秦家の人間!?)

(そう。そして、黒杜さんにとっては、姉になるわ。どういうことか分かるでしょ?)

(つまり・・・・三芽さんたちと黒杜さんは・・・・叔父と甥姪の関係にあるってことですか?)

 壱姫が思い出す。千夜が《力》を引き出す行の中で暴走を始め、それを三芽が神影流の《陰》の力、拳霊の守護龍《剛龍》の霊気を使って止めたことを。一族に受け継がれる龍神の《力》をなぜ三芽が使えたのかが不思議だったが、三芽たちに拳霊の血筋だったというなら納得できる。が・・・。

(驚いてるわね?)

(え、ええ・・・、だって半妖で、友好な関係だったとはいえ、退魔師の人が九十九のお父さんと結婚してたなんて・・・・)

(壱姫ちゃん・・・・)

(はい?)

(黒杜さんが、しきたりとか世間体とか家の事情とかを考慮する人間に見える?)

 意識を戻し、再び黒杜を見る。

(・・・・・おもえないです)

(そうでしょう? ま、家系ね。母さんだって、当主の座をポーンと黒杜さんに譲って、父さんのところに来たって話だし)

(・・・・・話がそれてます)

(あら? そうだったわね。どこまで話したっけ?)

(前世)

(そう、ね。あなた今誰の体の中にいるか分かる?)

(・・・・・・・)

 今までの会話から、それはすぐに推測できた。

(神影流剣霊の、この時代の当主、葦鳳 刹那)

(そう。刹那はあなたの前世の姿。あなたたちに施した陣に、ちょっと仕掛けをしてね、二つの術を使っておいたの。魂に刻まれてるこの記憶を呼び覚ますものと、三芽の精神の一部を一時的にあなたの精神と同化させておくものをね。千夜くん、百荏ちゃん、十吾くん、七香ちゃんにも同じものを施してあるわ)

(なんで、そんなものを?)

(あなたは・・・、あなたたちは、ある《記憶》を封印されてるの。九十九の使った術によってね)

(記憶・・・・、確か九十九もそんなこと言ってた・・・)

(200年前の前世の《記憶》、そして封印の解けた6年前の《記憶》。これが揃って、九十九のことがわかるわよ。壱姫ちゃんはそれが知りたいんでしょ?)

(・・・はい)

「あ・・・三芽!」

「あ、刹那じゃないッ!」

(―――!?)

 二人の意識が《外》に向けられる。《扉》である湖の方から、なにやら長旅でもしてきたような風体でこちらに近づいて来ている三芽の姿があった。

(あ、若い三芽さん)

(わたしはまだ若いわよ)

(三芽さん、声がコワイです)

 今の壱姫たちぐらいの歳の三芽だ。その後ろには、九十九たちの父、零朱がいた。

「お、帰ってきたか」

 これ幸いと刹那から離れ、零朱の方へと近づいていく黒杜。

「刹那、久しぶりね」

「ええ、三芽もね。それにしてもボロボロねェ」

「まァね。それにしても、なんでここにいるの? って、今の様子じゃいつものとおりってことか」

「そーゆうこと」

 呆れ顔を見せる二人。二人はその表情のまま顔を見合わせ、そして似た笑いを洩らした。

「しばらくこっちにいるの?」

「ううん、実はちょっと大変な仕事が近々あるの。すぐ帰らないといけない」

「・・・だったら、なんであんたが来てるのよ。他の人に頼めばいいでしょうが」

「・・・いや、ちょっと、ね」

 言いよどむ壱姫を見て、三芽が意地の悪い笑みを浮かべる。

「なんだ、結局あんたも黒杜さんと一緒じゃない。刹那も九十九たちのこと可愛がってるモンねェ」

「・・・ま、そういうこと」

(・・・・・・・・懐かしいなー)

(三芽さん、刹那って人と仲が良かったんですか?)

(ええ。親友だったわ。でも、もう逢えなくなったけどね・・・・・)

(・・・・・!?)

 視界が暗転する。聞こえていた三芽や刹那、黒杜たちの会話が途絶えた。

(――――これは!?)

 壱姫の声が震える。場が一転し、戦場の様相へと変わっていた。

(あの時の・・・・)

 《過去見の陣》によって知った《鬼哭の里》の滅んだ戦いの様相。それが再び壱姫の目の前で行われていた。

 森の中らしく、周りを木々で囲まれている。木々を盾にするように霊刀を持った侍たちが、近づいて来ていた。

「神影流剣霊神威之弐!」

 刹那の持つ神木刀《守薙》が霊気の光に包まれ、太陽のように輝く。

「月下霊章!!」

 刹那の放った三日月状の巨大な霊気の刃が地面を砕き、侍達ごと土砂と木々を吹き飛ばす。

「・・・・・たくッ!」

 じりじりと近づいてくる侍達を牽制しながら刹那が毒づく。

「こんなのを相手にしてても、埒があかないッ!」

「刹那ッ!」

 ズドンッ!

 稲妻が地面を走り、侍達の体を撃つ。体を一瞬撥ねさせ、侍達が地面に倒れていく。森を抜けて槍を持った男が駆け寄ってきた。

たける!」

(千夜!)

 刹那と壱姫が同時に叫ぶ。

(じゃなくって、千夜の御先祖さま・・・・)

(そう。そして、千夜君の前世の姿でもあるの)

(千夜の前世・・・・。じゃあ、やっぱり十吾たちも?)

(ええ。棍霊の清蔵清蔵せいぞう、扇霊の醒華、弓霊のかずらは、十吾君、百荏ちゃん、七香ちゃんの前世の姿よ。ま、前世の姿とはいえ、ここまで似ているのは尋常じゃないでしょう? )

(は、はい。それにほとんど同じ時期に同じ神影流の一族として転生するなんて、出来すぎてます)

(生から死への道のりが《人生》。死から生への道のりが《転生》。それを操ることができる存在がいるの。あなたたちは、じゃなくて、刹那たちは、その存在の《力》によって現世へと・・・・、九十九が目覚める時代へと転生したの)

(転生を・・・・操ることができる存在。この時代の当主たちはなんで―――!?)

 場が再び闇に包まれていることに気づく。

(ここから先の《記憶》・・・・、見るのは辛いわよ)

(どういうこと・・・です?)

(・・・・・・・)

 再び刹那の目を通しての風景が広がる。そこも見覚えのある場所だった。

 円筒形の台座のような形をした大きな岩山の側に刹那は立っている。《真鬼の洞》と呼ばれていた場所だ。

地面には数え切れないほどの侍や退魔師らしき者が倒れている。そして、刹那の前に立っているのは、多くの侍と退魔師を率いて《鬼哭の里》にやってきた神影流剣霊の男、葦鳳 隗斗だった。

 見れば、黒杜を除く他の神影流の当主たちも、その場にいた。満身創痍としか言えない状態で、隗斗を囲んでいる。

 対する隗斗は、着けている鎧はボロボロになっているが、体には傷一つなく、疲労もそれほどないように見える。だが、それは壱姫に不自然なものを感じさせた。

(・・・・・あれだけ鎧に損傷を受けてるのに、身体に傷一つないのはおかしいんじゃないですか?)

(・・・・・壱姫ちゃん。外道法って知ってる?)

(外道法、ですか? 邪術などのことをそう呼びますが・・・・アッ!?)

 壱姫が思い出す。鬼哭の里で見た過去の映像の中で、刹那がその言葉を口にしていたことを。

(神影流の外道法―――陰之法・・・・・)

 壱姫達の流派が神影流と名乗る前に、名もなき退魔術として受け継がれる時期があった。その時代は、今のような世を護る任ではなく、ただ己の《力》を高めるものとして技を磨いていた時期でもあった。

 その時代の中で神影流の前身となった退魔術は、いくつもの外道法を生み出していた。技と呼ぶには忌まわしく、術と呼ぶには呪わしい人の道を外す技と術。

「神影流槍霊!」

 槍霊の男、武が隗斗に向かって跳んだ。上段に構えた槍が雷気に包まれる。

「落雷閃!」

「ぜぇあッ!」

 脳天に向かって振り下ろされる唐竹の一撃を、霊刀で受けとめる隗斗。だが、雷は槍の穂先と刀身の衝突点で弾け、隗斗の身体を撃つ。

「神影流棍霊―――炎崩撃!」

「神影流扇霊―――斬鉄扇!」

 清蔵、醒華がそこに飛び込む。それぞれの法具に霊気を収束し、隗斗に向かって振るった。

 ギィンッ!

 隗斗は雷のダメージなど全く受けていないかのような動きで、武の槍を弾き、二人の攻撃を避けた。

「くッ!」

 だが、その動きを読んだかのように放たれた蔓の矢を避け、大きく態勢を崩した。

「神影流剣霊―――」

 隗斗の目前に、刹那が跳び込んだ。

「神覇斬ッ!!」

 霊気を刃の部分に収束した守薙が、隗斗の胴を薙ぎ、その体を大きく吹っ飛ばす。

(完全に入った―――)

 ザシャッ!

 そのまま地面に激突すると思った隗斗が、空中で身を捻り、難なく着地する。やはり肉体にダメージは見うけられない。

(刹那の話では、隗斗はこの戦いの数ヶ月前に突然、《力》を増したらしいの。私が神影流の当主たちに、あの《術》を施したときは、刹那たちとそれほど大差なかったのに・・・・、不自然なほど突然に、それまで最強と呼ばれていた黒杜さんの《力》に匹敵するほどに・・・・)

(外道法によって・・・・自分の《力》を引き上げたんですか?)

(そんな生半可な話じゃないわ・・・・・。あの男は、外道法という言葉が示すとおり、人の道を踏む外し、人という存在であることを捨てたの・・・・・)

(人という存在であることを捨てた・・・?)

(この戦いで明らかになった、隗斗の《力》の強さ・・・。人の身を捨て、妖の存在へと転じる《術》・・・。それが神影流陰之法の中で、最も禁忌とされていた《術》の一つよ)

(自分の身体を・・・妖怪のものへと転じさせたの・・・。なんてことを・・・)

(禁忌のものとして、いずこかに封印されていたハズの陰之法を記した書を見つけ出し、自らの身を人外のものへと変えてまで、《力》を求めた理由・・・・。その根本にあるのは、あの人の存在)

「神影流拳霊―――神威之壱!」

「――――神影流剣霊神威之壱!」

 自分の背後にある森から感じた霊気の高まりに合わせ、隗斗が神威の態勢に入る。

 ドンッ!

 森から霊気を纏った黒杜が飛び出した。その霊気が龍の姿へと変じる。

「剛龍轟咆!!」

「神龍鋒閃!!」

 隗斗も槍と化した霊気をまとい、黒杜に向かって跳んだ。

 霊気が形を成す龍と槍がぶつかり合う。

 ゴォンッ!

 強烈な轟音と衝撃が周囲を支配し、拮抗する力によって両者の身体が宙を舞った。が、二人とも何事もなかったかのように着地する。

「黒杜・・・・」

「・・・・・・・・」

 二人は対峙し、構えをとったままピクリとも動かない。

(隗斗は唯々、己の《力》を磨き、頂点に立つことにしか興味がなかった。その執念とも言える想いは、やがて善悪の区別さえなくし、生まれながらにして龍神の《力》を強く引き出すことができた黒杜さんへの憎悪を生み出すきっかけともなった。私の《術》が完成したとき、隗斗は誰よりも、龍神の《力》を解放するこの術を受けることを望んでいたわ。だけど、それでも彼は、黒杜さんの《力》に追いつけなかった)

(そして、禁忌とされている陰之法に手をつけた・・・・・・)

「ぜええッ!」

 凝縮した霊気を拳に纏い、矢継ぎ早に拳撃を繰り出す黒杜。隗斗は同じように霊気を霊刀に凝縮させ、それを弾いている。

「くッ!」

「ぜぇああッ!!」

 攻撃を合間をつくように振るってきた隗斗の剣撃を、地面の上を滑るようなバックステップでかわした黒杜が強烈な回し蹴りを繰り出した。

 ガッ!

 とっさに戻した霊刀の柄でかろうじてそれを受けとめたが、凄まじい威力に弾かれるように大きく後退させられる。

「どうしたァッ、隗斗ッ! その程度かァ!」

「ぬかせッ!」

 向かってくる黒杜との距離を保つように、後ろに跳び、霊刀に目に見えるほどの霊気を収束していく。

「神影流剣霊神威之弐!」

「この間合いでその技が通用―――」

 黒杜は、今自分が隗斗と《真鬼の洞》の入り口を結ぶ線の間に入っていることに気づく。隗斗が本気で技を放てば、中にいる鬼哭の里の住人たちに被害が及ぶ。

 見れば、隗斗はニヤリと不快感を与えるような笑みを浮かべていた。

「月下霊章!!」

「オオオオッ!!」

 攻撃のために溜めた霊気を両手に収束させ、隗斗の放った三日月状の巨大な霊気刃を挟み込むように打ち込んだ。

「なッ!?」

 刹那たちの表情が驚きのまま固まった。黒杜は隗斗の放った神威を真剣白刃取りでもするかのように両手で挟み込んで止めていた。

「黒杜さん・・・・あんたって人は・・・・」

 凄まじい光景だが、同時にムチャクチャ阿呆らしい光景でもあった。

「おおおおおおおッ!!」

 ジャジャジャッ!

 さすがに威力を完全に殺すことはできず、黒杜の身体が後方へと押されていく。

「あいかわらず無茶な男だ・・・・」

 隗斗が黒杜に迫る。

「神影流剣霊神威之壱―――」

「チィッ!」

 身動きが取れない黒杜を狙う隗斗を止めるために、他の当主たちも動く。

 キュアッ!

『!?』

 刹那達の間を縫うように、一筋、光が疾り、神龍鋒閃を発動した隗斗を撃つ。

「グッ!」

 強力な霊気の膜に覆われていたため隗斗にダメージはない。しかし、強烈な一撃のため態勢がくずれ、神威は止められた。

(今の、九十九が使ってた・・・・)

 《鬼》になったときの九十九が放っていたビームのような攻撃だ。

「零朱かッ!?」

 ザザッ!

 木々を薙ぎ倒すような勢いで、九十九を抱えた零朱が森から飛び出してきた。さらに、別の方向から雪女の冷那を抱えた三芽と、疾風を抱えた雷過が真鬼の洞の前に駆け込んできた。冷那と疾風は、かなりのダメージを負っているようで、ぐったりと頭を垂れている。

「ぬぅおおおッ!」

 黒杜が霊気刃を投げ飛ばす。霊気刃は棚状の岩山を削り、空へと消えていった。

「チッ!」

 さすがに不利を感じたのか、隗斗が黒杜たちから離れ、森の中に姿を消した。

「おい、九十九はどうしたッ!?」

 黒杜が零朱に近づき、抱えられている九十九を見下ろす。外傷はない様子で、眠っている。安らかな寝顔、とは決していえない。脂汗を流し、時々うめくようにくぐもった声を洩らしている。

「まだ身体が成熟していないというのに、《力》を覚醒させたんだ。しかも七日間、ほとんど闘いつづけて、《力》を使い果たしてしまっている」

「・・・九十九くん。すごい熱だわ」

 刹那が九十九の額に触れる。体温が上がっており、おそらく人間なら生きているはずのない高温だ。

「さすがに戦力がガタ落ちだな。こちらの主戦力のうち3人が戦闘不能、僕たちもこの有様だ」

 十吾の先祖、清蔵がいやに落ち着いて状況を分析している。九十九、冷那、疾風はダメージ大。刹那たち神影流の当主たちや、三芽や雷過たち、残りの主戦力も浅いとはいえないダメージを負っている。

 まともに戦えそうなのは、零朱と黒杜ぐらいだった。

「黒杜は元気そうね。零朱さんはともかく、一応、普通の人間のあんたが何で?」

 蔓が『一応』に力を込めて問うた。黒杜は笑顔でこう返す。

「根性」

「あっそ」

 あまり答えになってない答えに、はじめからまともな答えを期待してない蔓は、そのまま流した。

「あ、母さんッ」

 三芽の声に、一同が振り向く。九十九たちの母、静が真鬼の洞から出てきた。

 黒杜と似たような格好で、黒を基調とした戦闘衣に法具手甲を着けている。こちらも他の者たちに負けず劣らずボロボロの風体だ。

「さて、そろそろ覚悟の決め時か?」

 近づいてくる敵の気勢を感じ、槍を肩にした武が不敵な笑みを浮かべる。

「冗談ッ。これからが本番さねェ」

 拳を握り、関節を鳴らす黒杜は本当に楽しそうな笑みを浮かべていた。

「・・・・・いや、そろそろ終わりにしよう」

『え?』

 今度は零朱に視線が集まる。

「これより、里人たちとあなたたち神影流の当主及びその部下の方々を、この地より逃がす。これ以上の戦闘はムリだろう」

「ちょ、ちょっと、父さんッ!?」

「あなた、どういうことですかッ?」

「逃がすったって、ここは造られた空間だ。《扉》を抜けるしか《外》にでる方法はねェんだぞ。だが、あそこは・・・・」

 黒杜の言葉に頷き、零朱が言葉を続ける。

「あそこは完全に封鎖されている。私たち《力》有するものなら、突破できるかもしれないが、里人たちを連れていくにはツラいだろう・・・・。だが、この里には、もう一つ《道》があるぞ」

「《道》?」

「父さんッ! まさかッ!?」

「真鬼の洞の最深部には、私たちの真祖が眠る場所に通じる《扉》がある。そこは空間を超えてゆく《道》の先にあるため、うまく行けば、この地から脱出できるハズだ」

 零朱の言葉に、一同が衝撃を受けている。中でも三芽と静は混乱ともいえる表情だ。

「でも、あそこは私たちの一族にしか・・・・・」

「あなたの一族の聖域ではないですか。あなたの一族の《母》が眠る場所・・・」

「聖域って・・・・、そんなトコに連れてこうってのかッ!?」

「いまはそんなことを言ってる場合ではないだろう? この里の者や、それを救いにきてくれたお前たちをむざむざあのような者たちに殺されては、それこそ私は御先祖に申し訳がたたん」

 驚き慌てる一同に対し、当たり前のように答える零朱。

「さあ、早く中へ。敵は待っては―――」

 ヒュヒュンッ!

 風切音とともに、無数の矢が雨のように降り注ぐ。

「待ってはくれん!」

 一瞬にして、零朱の姿が《鬼》へと変じ、その翼のはためきが突風を巻き起こした。強烈な風に巻かれ、矢が吹飛ばされる。

 声を張り上げながら侍たちが森の中から駆け出してきた。

「静ッ、九十九を中へッ!」

 零朱が放った九十九を、静が慌てて抱きとめる。一瞬躊躇したが、一度頷き真鬼の洞へ向かって駆け出した。

「オオオオンッ!」

 零朱の口内に光が収束され、次の瞬間、光線となって地面を薙いだ。土砂煙が壁のように巻き起こり、侍たちの足を止める。

「オラアアッ!」

 土砂の壁を突き抜け、黒杜が侍たちの中へ飛び込む。即座に繰り出した後ろ回し蹴りが数人をまとめて吹っ飛ばし、続けざまに放った拳撃に吹っ飛ばされた侍が後方の数人を巻き込んで地面に叩きつけられる。

「なんでもいいから、お前等さっさと行けッ! こっちは俺がくいとめておくッ!」

「早々に切上げて、お前もくるんだぞ、黒杜ッ!」

「ああ、分かって―――」

 森の奥から迫ってくる霊気の塊を感じ、黒杜がそちらに視線を向ける。最後に真鬼の洞に入ろうとしていた零朱と刹那も足を止め、黒杜の視線を追った。

「霊気・・・・・いや、妖気も混じっている・・・・・。まるで、零朱たちのような・・・・・・・・・・。って、あいつかよ」

 木々の向こうから現われた隗斗の姿に、黒杜が舌打ちする。だが、さきほどまでの零朱とは明らかに様相が違う。

 身に待とう気配が、一変していた。肉体を妖怪のものへと転化してはいたが、それでもまだ人間である部分が強かったのか、霊気を主体としていたはずが、今はその両方を強く感じられる。

「何やったか知らんが、ずいぶんと雰囲気かわっ―――」

 ゥンッ!

「!?」

 一瞬にして隗斗が、黒杜の目前に迫っていた。収束した霊気の光に覆われる霊刀が黒杜の首に襲いかかる。

「チィッ!」

 手甲《神羅》で霊刀の腹をたたき上げるように、その一撃を防ぐ。

「―――なッ!?」

 黒杜の視界が回転する。勢いを殺したハズが、剣撃の威力に大きく吹っ飛ばされていた。

 ドシャァッ!

 木を数本薙ぎ倒しながら、森の奥へと消えていった。数秒後、森の暗闇の奥から、地響きのような音が響く。

「黒杜ッ!」

「黒杜さんッ!」

 ゴォオッ!!

「てめぇええええッ!!」

 零朱と三芽が叫んだ次の瞬間に、吹っ飛んだときの数倍の木々を薙ぎ倒しながら、黒杜が森から飛び出してきていた。身体を覆う霊気が光を放ち、まるで彗星のように隗斗に向かって突き進む黒杜の表情は、《鬼》もかくやというほどの怒りの形相だった。

「なッ!」

 今度は隗斗が驚く番だった。まさか間を置かずに突っ込んでくるとは思っていなかったようだ。

「金剛砕ィッ!!」

 全身の霊気が一瞬にして、右の拳に収束する。膨大な霊気が一点に収束した拳は太陽のように輝き、あたりの闇を打ち消した。

 隗斗は同じように霊気を収束した刀でそれを受けとめる。しかし、神威並の威力をもつのではないかと思えるほどの拳撃に、後方へ大きく弾き飛ばされた。

(・・・・・なんです、アレ)

 刹那を通して見ている壱姫が驚きと呆れをいっしょにしたような口調で三芽に問いかける。

(なんというか、黒杜さん、キレると《鬼》のように強いから・・・・)

 あまりといえばあまりにムチャクチャな黒杜の様子に、現場にいた三芽も呆れている。

「この短い間にッ!」

「クッ!」

「何しやがったしらねェがッ!」

「!?」

 怒鳴りながら怒涛の攻撃を繰り出す黒杜に対し、防戦にまわっていた隗斗の霊刀が弾かれ、宙を舞った。

「その程度で――――」

 黒杜の身体から龍神《轟龍》の霊気が発生し、両腕に収束する。

「俺に勝てると思うなァッ!!」

 突き出した両掌から霊気が放出され、巨大な八匹の龍へと変じた。神影流拳霊神威之弐――八龍喉覇

 霊気の龍が木々を砕き、地面を抉る。二人の闘いで足が止まっていた侍もろとも、隗斗を湖の方向へと吹き飛ばしていった。

「フー―ッ! フ――ッ!」

 獣のように威嚇ともとれる荒い息を吐きながら、黒杜は自分の技で道が開けた森の奥を見ている。

 しばらくすると、まだ土煙がおさまらないその道の向こうから人影が現われた。

「・・・・丈夫にも、なったみたいだな」

 ザシャッ!

 まったく歩調の乱れていない足取で、隗斗がもどってきた。鎧は完全に吹き飛び、服もボロボロだが、やはり身体には何のダメージも負っていない。

「ふざけた野郎だ。今のは全力でぶっ放したんだぞ」

「いや、効いたよ。さっきの私ならそのまま死んでいたかもしれんよ。事実ついさっきまで動けなかった」

「さっきってな・・・・、俺は今てめェをふっ飛ばしたんだぞ。それとも、零朱みてェにすぐに治癒したってェのか? お前の治癒力はそこまで・・・・・」

「・・・・フッ」

「――――なにがおかしいんだ、てめェッ!」

 再び怒りの形相を見せ、霊気が蒸気機関のように勢いよく放出されている。

「神影流陰之法―――霊印合逢りょういんごうおう。私がこの《体》になった理由の一つだ」

「?・・・なんの話だ」

「さすがにアレでは特有の《力》までは手に出来なかったが、これだけの《力》は手に入った。《血》の成すところだな」

「だから―――何の話だってんだよォッ!!」

 足下を砕くほどの踏み込みの後、黒杜が隗斗に向かって跳んだ。一瞬で間合いを縮め、轟音をひっさげたかかと落としを繰り出す。隗斗は2歩分ほど後ろに跳び、その軌道から身を外した。

 ゴバッ!

 空気を震わすような蹴りが空を切り、地面に叩きつけられる。脛の中ほどまで地面にめり込んだ。普通の人間なら逆に足が折れてるほどの勢いだ。

「だああッ!」

 なにやら理不尽な怒りでも物にぶつけているかのような声とともに、めり込んだ足を振り上げる。土砂が舞いあがり、隗斗の視界を覆う。

「!?」

 視覚だけでなく、五感と霊感全てから、黒杜の気配が消えた。

(土砂に霊気をまぶして、私の霊感からも気配を消したかッ!?)

 再び手にした霊刀を振るい、その衝撃で土砂を斬り飛ばす。だが、土砂の向こう側には黒杜の姿はない。

「上かッ!」

 月光を遮って出来た影を追って、上空へ視線をあげ、迫ってくる黒杜に向かって霊刀を振るう。2メートルまで迫っていた影が真っ二つに切り裂かれる。

「ちィッ!」

 隗斗が舌打する。真っ二つになったのは、人の背丈ほどの高さで折れている木の幹だった。黒杜が土砂にまぎれて手頃な倒木を放っていたのだ。

「―――ぜあああッ!」

 二つに切り裂かれた木の間を抜くように、黒杜の蹴りが隗斗の胸に飛び込む。

 ガシッ!

 刀身を左手で支え、剣の腹でその蹴りを受け止める。

「―――」

 意表をついた黒杜の攻撃を受けとめたハズの隗斗のほうが怪訝な表情を浮かべた。黒杜の蹴りは明らかに本気で放ったものではなかった。

 見れば、さきほどのお返しとばかりに、黒杜が皮肉げな笑みを浮かべていた。

 ガッ!

 もう一方の脚で霊刀の峰を蹴り上げる。柄を握る右手と、刀身を支える左手とともに、霊刀が撥ね上げられる。

「神影流拳霊―――」

 霊気が右足に収束される。宙に体を浮かせたままでの三連蹴撃。

「破岩蹴ッ!」

 ドゴッ!

「ガハッ!」

 今度こそ、隗斗の胸に黒杜の蹴りが打ち込まれる。地面の上を滑走するように吹っ飛ばされ、一本の木に激突してようやく止まった。ミシミシと音を立てて木が傾き、轟音とともに地面に倒れる。

 ヒャンヒュンッ!

 宙を舞っていた霊刀が、黒杜の背後で地面に突き立つ。

「神影流拳霊神威之弐―――」

 追撃をかけるために両手に龍神の《力》を収束していく。

「・・・・・行け」

 ドスッ!

「――――」

 隗斗に向かって跳ぼうとしていた黒杜の動きが止まる。視線を下げると、一本の刀が右腿を貫き、そのまま地面に切先を食い込ませていた。まるで地面と同化しているかのように、ビクとも動かない。

「惜しいな。華血のことを知っていたら、もっと慎重になったろうに」

「・・・・邪な意思を持つ刀の付喪神、妖刀華血か・・・・」

 隗斗がユラリと体を起こし、手近にあった刀を手に取る。おそらく二人の攻防で吹っ飛んでいった侍のものだろう。

「・・・・・お前は、尋常じゃない《力》だけでなく、唐突な行動力も持っている。これ以上なにかされる前に・・・・」

 刀に霊気を込め、天に浮かぶ月に突き付けるように振り上げる。

「・・・・来な。その刀ぶんどって、テメェの喉に突きたててやる」

「・・・・・ふッ」

 ズンッ!

「―――あ・・・・ぐ」

 ズシュッ。

 隗斗の手にした刀が、黒杜の左腿を貫いた。苦悶の表情を浮かべる黒杜を前に、満足そうな笑みを浮かべた隗斗は、刀を引き抜き、再び天に向かって掲げる。

「この程度の霊気もふせげんほどに《力》をすりへらしていたか。平気な顔をしていたが、やはり限界だったようだな。いかに強がろうと、尋常ならざる《力》を持とうと、貴様はやはり人間だったのだ」

「・・・・ヘッ」

 この後に及んでも不敵な笑みを浮かべる黒杜の表情を目にし、隗斗の顔が引きつる。

「なんだ? なにか言い残すことでもあるのか?」

「今の物言い、まるで妖怪の体を得た自分がより高等なモノになったように聞こえたんでね。あんまり陳腐なんで思わず笑っちまっただけさ」

「なんだと・・・・」

「てめェは、俺に勝ったと思ってるだろう? だが、てめェはもう負けてンだよ。人を捨てた時点でなぁ。てめェは『人間のままじゃ勝てません。だから人を捨てました』って、そう言ってんだよォッ。笑えるねェッ、ハーッハッハァッ!」

「―――――」

 怒りのために、青白い顔色になった隗斗が刀を両手持ちに構え、膨大な量の霊気を流し込む。

「くそッ!」

 黒杜があまりに激しく動いていて、闘いに入れずにいた零朱が駆け出す。それに続くように、刹那も動いた。

「!?」

 だが、零朱と刹那の間を抜け、二人に向かって跳ぶ影があった。

「死ねェッ!」

 隗斗が怒りのまま刀を振り下ろす。が、それは黒杜の狙っていた瞬間でもあった。

(てめェの腕の一本も道連れにしなきゃ気がおさまらねェんだよッ!)

 右手に溜めていた霊気を開放し、拳に纏う。隗斗の刀を持つ手、右腕を砕くために、残る《力》をかき集めた、正真正銘最後の一撃だ。

 しかし、その思惑は実行されなかった。

『―――――!?』

 二人が、いや零朱を含めた3人が驚愕する。血飛沫が舞い、刀は人の肉に食い込んでいた。だが、それは黒杜の体ではなかった。

「あ・・・・姉貴・・・・」

「貴様・・・静ッ!」

 零朱に先んじて飛び出していた静が、二人の間に割って入っていた。そしてそのまま、黒杜に向かって振り下ろされた隗斗の剣撃を手甲を盾に受けとめる。

 肩にまっすぐ入った剣撃は、胸の中ほどまで食い込んでいた。

 

   第二十四章へ続く・・・。

 

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