第二十四章

200年〜(後編)

 

「静・・・・」

「姉貴・・・・」

 呆然とする零朱と黒杜の視界の中、ゆっくりと静が倒れた。地面が瞬く間に朱に染まっていく。

「・・・・・・」

 隗斗は静の血で濡れた刀と、地面に倒れる静を一瞥し、溜息ともとれるような小さな息を洩らした。

「零朱を跳ね除けるような勢いで、盾になりにくるとはな・・・・・・。やはり、妖怪の嫁になるような愚かな女か」

「―――――」

 歯が砕けんばかりに食いしばる黒杜。全身の筋肉が怒張し、強烈な殺気が全身から放たれている。

「無駄だ。華血は抜けん。貴様からも、大地からもな。そこで、貴様の義兄が―――」

 ガコォッ!

「な―――!?」

 黒杜がたちあがっていた。刀は抜けていない。体からも地面からも。

 華血の切先が突き立っている地面そのものが大地から離れていた。大きな土の塊を切先につけたまま、黒杜の右腿を貫いている。

「ぜああッ!」

 華血に貫かれたままの右脚での強烈な回し蹴り。

「化け物がァッ!」

 弧を描く軌道で刀を振り上げる隗斗。黒杜の蹴り足を断つつもりだ。

「てめェだろうがァッ!」

 バギンッ!!

「―――」

 霊気に覆われた蹴りが、いとも容易く刀身を砕き、隗斗の脇にたたき込まれた。骨の砕ける鈍い音とともに、隗斗の体が風に巻かれた木の葉のように勢いよく吹っ飛ぶ。

「オオォオオッッ!!!」

 まるで申し合わせていたかのように、黒杜がふっ飛ばした隗斗の進行方向に、零朱が跳び込んでいた。貫手の形をとった零朱の右手が妖気に包まれ、光を放つ。

 ズンッ!!

「がッ・・・・」

 隗斗の体がくの字に折れ、背中から零朱の右手が突き出していた。

「うぅらあああッ!!」

 零朱が右腕から爆発的に妖気を放出した。体内で放出された妖気が隗斗の体を引き千切り、真っ二つに分けた。

 大量の血を撒き散らしながら上半身下半身に分かれた隗斗が地面に叩きつけられ、動かなくなる。

 ガシャッ!

 持ち主の霊波が消えたせいか、黒杜の脚を貫いていた華血が、ひとりでに土の塊と黒杜の体から抜け、乾いた音とともに地面に落ちた。

「静・・・・」

「姉貴ッ!」

 すでに隗斗には目もくれない二人が、静を抱き起こす。

「・・・・・・・」

「静さん・・・・・」

 静の負った傷を見て、刹那は顔をそむけそうになった。傷は深く、おそらく心臓にも達している。まだ微かとはいえ、息があるのは、神影流の血筋の常人離れした生命力のためだろうか。

「・・・あなた」

「・・・静」

 宙を泳ぐ静の手を零朱が握る。夫の手の感触に安心したのか、苦痛に喘いでいた静の表情が和らいだ。

「私は・・・ここまでですね・・・」

「馬鹿者が・・・、私たちにまかせておけばよかったのに・・・」

「そうですね・・・、やはり・・・私たち拳霊の者は・・・、考えるより先に体が動いてしまうみたいです・・・」

「・・・すまん。私の《力》では、この傷は癒せない・・・。我等の真祖なら・・・・」

「いえ・・・、もう私の命は尽きます。それは・・・・わかってるでしょう?」

「・・・・・・」

 苦しげな顔で零朱が頷く。

「それなら・・・、私が逝くまで・・・、こうしていてください」

「・・・・・」

 頷くしかなかった。それだけしかできなかった。

「黒杜」

「・・・・なんだ、姉貴」

「あの子たちのこと・・・・・、見守ってくれていてありがとうね」

「・・・・俺の甥と姪だ。当たり前だろ」

「フフッ・・・、あなた」

「ああ」

「あの子たちのこと・・・・、お願いします」

「・・・ああ」

「・・・先に逝くから・・・、なるべく・・・遅く・・・来て・・・くだ・・・さ・・・い」

「―――――ッ」

 零朱が握る静の手から、完全に力が抜けた。

「静・・・・・・」

「・・・・畜生・・・・畜生・・・・畜生!」

 ドゴンッ!

 黒杜の振り下ろした拳が、地面を陥没させた。すでに霊力をほぼ使い尽くし、霊気の保護のない拳から血が滲み出す。

「零朱さん・・・・、黒杜さん・・・・」

 二人の側に近寄っても刹那には、かける言葉が見つからず、凄惨な姿で、ただ表情だけは和らいでいる静を見下ろすしかなかった。

「・・・・・・!?」

 刹那が驚愕する。ふと視線を逸らした先に信じられないもの見た。いや、見つからなかった。

「零朱さん・・・・黒杜さん・・・・・」

「・・・・・刹那殿?」

「・・・・・どうした?」

 肩を震わせている刹那の指差す方向に、二人が視線を送る。

『!?』

 その先には、二人の連携で真っ二つに裂かれた隗斗の死体があるはずだった。

 だが、地面には血溜りがあるだけで、隗斗の屍はどこにも見当たらなかった。

「・・・・・あれッ!」

 血溜りから洞の入り口に、血痕が続いていた。見れば、隗斗の刀、華血もどこにも見当たらない。

「不死身か、あの野郎は・・・・」

「・・・不死の存在などいない」

 零朱が静を抱き上げ、そして黒杜にその体を預けた。

「・・・な、なにを」

「やつは私が食いとめる。お前はその隙に、皆と静の亡骸を連れてこの地より離れろ」

「なッ!?」

「これ以上は、無理だ。お前はこの七日間、全力で闘い続けた。誰よりもな。心身ともにすでに限界を超えている。これ以上やれば、死ぬぞ」

 零朱が真鬼の洞へ向かって走りだす。その後を刹那が追った。

 数瞬呆然としていた黒杜が、しっかりと静の亡骸を抱えたまま、猛ダッシュで二人に追いつく。貫かれた脚がひどく痛むはずだが、頭には伝わらなかった。

「・・・俺の姉貴を殺したヤツが、まだ生きてんだぞッ」

「・・・・・・・」

「野郎は俺が殺すッ! 刺し違えたって俺が殺―――」

「これ以上、私は家族が死ぬのを見たくはないッ!」

 立ち止まり、振り向きざまに放った零朱の言葉に、黒杜と刹那が動きを止めた。

「・・・零朱」

「お前は私の義弟だ・・・。頼む・・・・。一度でいい・・・・。兄として俺の言うことを聞いてくれ・・・・」

「・・・・・・・・」

 ィィィィィイイイイッ!

「!?」

 零朱の光角が明滅している。

「・・・・・・・・・・・・・・何ッ!・・・・わかった、すぐ行く。なんとかそこを死守してくれ」

『・・・・・?』

 一人で喋っている零朱の姿に、二人が呆然としている。

「・・・行くぞッ」

「え、ちょっと」

「おいッ、どうしたんだッ?」

 駆け出し、洞に入った零朱の後を慌てて追う。零朱は立ち止まらずに、後ろをついてくる二人に説明する。

「私たち《鬼人》は、光角からの波長で、離れていても意思の疎通が可能だ。三芽からの伝心だ」

「なんかあったのかッ?」

「・・・・今、三芽たちは《道》の前にいる。そこに向かって隗斗の気配が一直線に迫ってきているそうだ」

「なんだとッ!?」

「先に行け、と伝えたんだが、集っているもの全員が、我等がくるまで待っていると言って聞かんそうだ」

「・・・それなら、急ぐしかないですね」

 

 

「蔓ッ! 醒華ッ!」

 最深部を目指していた3人の前に、倒れている二人の姿があった。ここに入ったときよりもボロボロの風体だ。

「・・・隗斗が皆のところに向かっている。早く行ってッ!」

「おうッ」

「えッ?」

 グイッ!

 黒杜が静の亡骸を刹那に抱えさせ、倒れている二人を両肩に抱える。

「ちょ、ちょっと黒杜ッ!」

「早く行ってっていってるでしょッ、私たちは置いてってください、黒杜さんッ!」

「やかましいッ、黙ってろッ! 行くぞ、二人ともッ!」

「でも、今の黒杜さんじゃ、二人を抱えていくのは・・・・。霊力もほとんどないし、脚の傷だって・・・・」

「気合でなんとでもなるッ!」

「なりませんってッ・・・・ああッ、速いし・・・」

 すでに黒杜は走りだしていた。ところどころにある鬼火だけの暗い洞窟内を、傷ついてひどく痛むはずの足で駆け抜けていく。担がれている二人がなにやら喚いていたが、すぐに小さくなっていった。

「って、どこにあるかわかってんですかッ!」

 慌てて追いかける刹那の言葉に、零朱が答えを返す。

「もうすぐだ。ここまでくれば、霊気を追うことで三芽たちの場所もわかるだろう」

 零朱が速度を上げ、あっという間に刹那を追い抜いていく。刹那もなんとかそれについていった。

 やがて、黒杜に追いつく。他の場所と違い、そこは四方が馴らされ、立方体に近い箱の中にいるような感じの部屋だ。

 3人の目の前には巨大な穴がある。地下深くまで続いていそうな大穴で、底が見えない。というより、なにか闇の塊が視界を遮っているような感じだ。

「この先に、ヤツがいるのか?」

「ああ・・・だがな」

「行くぞッ」

「きゃーッ!」

「ちょッ、待ってェ――――!」

 零朱の言葉もまたずに、黒杜がそこに跳び込んだ。抱えられたままの二人の叫びがまたも小さくなっていく。

「・・・・・」

「だ、大丈夫なんですか?」

「まあ、あいつなら霊力なしで着地できる高さだな。それにここは地下の湖の真上に繋がってる。落ちても気を失う程度ですみ

ますよ」

「・・・黒杜さん、カナヅチです」

「・・・・・・・・」

 

 

「――――父さん!」

 ババババババッ!

 五人が現場へと辿りついた。かなり広い空間の中で、巨大なドーム状の結界を張って里人と神影流の者たちを護っていたいた三芽が父親と黒杜たちの登場で安堵の息を洩らす。

 同時にびしょ濡れの黒杜、醒華、蔓がやけに心身ともに疲れているような感じに、怪訝な顔もしていた。

「来たか・・・・」

 結界の外にいる隗斗がこちらに体を向ける。引き裂いたはずの胴体は完全にくっついており、傷跡すらなかった。

 だが、ダメージは大きいらしく、その顔は青ざめており、放出されている霊気も半減しているようだった。

「―――か、母さんッ!」

「!?」

 三芽と、気を取り戻していた九十九が、刹那の抱える静の亡骸を目にし、驚愕した。母の体からは生気がまったく感じられず、体には大きな傷がある。

「・・・ふッ、その女なら、私の剣を受けて死んだよ。弟を庇ってな」

「・・・・・・ッ!」

 結界内の二人は、目を見開き口を大きく開けていたが、言葉は出なかった。あまりの怒りに体が麻痺したような状態だった。

「くくッ! 本当に愚かな女だった。実力も気勢も十分だったというのに、妖怪に魅入られ、当主の座まで捨て、あげくにあんな姿だ・・・・くくくッ!」

「・・・・馬鹿が。てめェ、今誰を相手に何を言ってるのか、わかってんのか?」

 黒杜の言葉を嘲るように、隗斗が三度、含み笑いを洩らす。

「《鬼》がこんな場所で本気を出せないことはわかってるぞ。こんな場所で暴れれば、確実に生き埋めだ」

「・・・・だから、誰に何を言ってるのか、わかってんのか、っつってんだよ?」

「? どういうことだ?」

 シュウウウ。

 結界が消えた。怪訝な表情で里人たちの方に視線を向けた隗斗の顔がこわばる。

 そこには、全身から殺気を撒き散らす二人の《鬼人》の姿があった。九十九と三芽。その瞳には、視線だけで相手を射殺せそうな怒りの色が浮かんでいた。

『ガアアアアアアアー―――ッ!!』

 二人が同時に獣のような叫びをあげ、隗斗に向かって跳んだ。一瞬で隗斗との距離をゼロにした二人は、その顔と首を掴み、そのまま壁に向かって突進する。あまりの速さと力に隗斗は防御も回避も脱出できないまま壁に叩きつけられた。

 ズズズズッ・・・・ズズンッ!

 隗斗の体が壁を砕きめり込むほどの衝撃に、空洞全体が揺れ、集まっている里人たちのすぐ側に、天井の一部が落ちてきた。

「オオオガアアアッ!」

「ガハァッ!」

 さらに数度、九十九が拳撃を隗斗にたたき込む。凄まじい衝撃音とともに、隗斗の体が壁にめり込み、姿が見えなくなっていく。

「ゴオオオアアアアッ!!」

 三芽の眼前に妖気が収束していき、巨大な光球が形成されていく。

「アアアアアッッ!!」

 三芽がその光球に拳を打ち込む。光球は瞬時に無数の光線となって、鋭角な軌道を見せながら空間を走り、隗斗に向かう。

「ガアッ!?」

 数発の光線が、慌てて避けた九十九の体を撃ち、胸と肩を貫いた。

 ドゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 壁がさらに大きく砕かれ、土砂が爆発的に広がっていく。

「ガアッ、アアアアアアッ!」

「オオオガアアアアッ!!」

 姉の攻撃に巻き込まれた九十九と、弟を攻撃に巻き込んだ姉。二人が奇声の叫びをあげる。

 二人とも、互いの存在を認識していなかった。血走り、光すら放っているような気がする瞳は、隗斗しか映っていなかった。

「ぐ・・・・はぁ・・・・」

 土砂とともに、ボロボロになった隗斗が前のめりに倒れていく。光線の破壊力と数にしては、損傷が少ない。どうやらかなりの数の光線の狙いがそれたようだ。

「潰レロオオオオッ!」

 隗斗が倒れる前に、その首を引っつかみそのまま再び壁にたたきつける。

「オオオオオッ!!」

 壁にそって駆け、隗斗の体で壁を抉っていく。

「グワアアアアアッ!」

「ガアアアッ!」

 壁を蹴り、九十九が跳ぶ。そのまま、地面に隗斗を叩きつけた。地面に無数の亀裂が走り、洞窟の破損がさらに広がる。

「クッ!」

 自分に向かってくる九十九に向け、刀を突き出す。

 ズシュウッ!

 九十九はその切先に向け、右手を突き出した。掌から入った刀身が腕の中を貫き、肘から飛び出した。

「ゴオオオオアアアッ!」

 九十九はさらに前進し、貫かれている右手を自ら押し込み、刀の鍔を掴む。狂気としか思えない九十九の行動に、隗斗の表情が強張った。

「《鬼》めェッ!」

 隗斗が無理矢理刀を振るい、九十九の腕を切り裂いた。しかし、九十九は意にも介さず、強烈な拳撃を打ち込む。

「コオオオオオッ!」

 反対側の壁まで吹っ飛ばされた隗斗に顔を向けた三芽の口内に燐光が収束し、ピンポン玉ほどの光球が生まれる。

「オオオオオンッ!!」

 光球が光線へとかわり、隗斗を襲う。隗斗はその場を飛び退き、その光線をかわした。

「オオオオオオオオオンッ!」

 隗斗を追うように連続して光線を吐き出す三芽。ますます広がっていく洞窟の損傷に、里人たちが不安がる。

「・・・・そろそろここが限界だ。二人がヤツの相手をしている間に、里人たちを我等の《母》のいる場所に送るぞ」

 零朱が里人たちの中に入る。黒杜と刹那がその後に続く。

「おいッ、あの二人放っておいていいのかッ!」

「・・・私が怒りを抑えていられるうちに、里人たちを非難させたい」

「・・・零朱さん」

(九十九の父様・・・・、苦しそう。必死に怒りを殺してる・・・・)

(・・・本当は、私たちのように怒りに身を任せて、あいつをぶちのめしたかったでしょうね・・・・)

 零朱がこの空間の丁度中心にあたる場所に膝をつき、地面に手を置く。

『母たる者 真なる鬼 迎え入れよ』

 零朱の呟きとともに、地響きが起きる。次いで、地面が隆起し、地中から巨大な柱が二本5mほどの間隔を空けて現われた。二本の柱は同調するように震え、自分たちの間に光の壁を発生させた。

「これが《道》の扉だ。ここを抜け、空間の歪み突っ切る《道》を抜けた先に―――――」

 振り向いた零朱の言葉が止まる。その視線の先に、奇妙なものを見た。

「なんだ、アレは・・・・」

「あれも・・・・陰之法なの・・・・?」

 零朱の視線を追った武たちも、その表情を困惑に変えた。

 隗斗の姿が変わっていた。両腕が崩れていた。いや、正確に言えば別の姿になったというべきか。

 両腕が無数の梵字に似た模様とも文字ともとれるエネルギーの粒に変わっていた。

(あれは・・・・)

 壱姫は、隗斗の姿に似たものを見たことがあった。

 七香が作り出した三体のロボット、黒鉄、鴉、ランスロット。それにとりついた《言霊》という妖怪にそっくりだった。

(神影流陰之法の中でも特に禁忌とされていた呪法《霊印合逢》。九十九と千夜くん、十吾くんが戦ったという《言霊》という妖怪は、その術の失敗体。隗斗が、その術を完成させるために実験した妖怪のなれの果てよ)

(・・・九十九は、《言霊》のことをよく知らないと言ってました・・・。三芽さんは知ってる・・・・)

(事情があってね・・・。九十九はあえてそう言ったのよ)

「なんなの・・・・」

 三芽と九十九も、隗斗の奇妙な変化を目にし、正気を取り戻していた。

「・・・・何かヤバイわ。九十九、下がってッ!」

「う、うんッ!」

 姉の言葉に従い、九十九が後ろに跳んだ。次いで三芽も里人たちの所まで戻る。

「ふッ・・・・」

 バアッ!

 模様群が広がり、津波のように里人たちに襲いかかった。

「結界をッ!」

 三芽たちがドーム状の結界を張り、模様群を止める。

 ジジジッ!

 模様群が徐々に結界に食い込み、内側に侵入しようとしていた。

「結界を浸食して、突き破るつもりッ!?」

 バヂィッ!

 模様群が結界を抜けて、里人たちに降り注ぐ。

「ウワアアアッ!」

「イヤアアッ!」

 里人たちが悲鳴を上げる。模様群は、神影流の者たちや、雷過、冷那といった実力者を避け、非戦闘員の里人たちにとりつき、体内に侵入していた。

「――――――」

 里人たちが声にならない悲鳴をあげる。その体が変化していた。縮小し、体内に侵入した模様へと変わっていった。

「・・・・・・なんてことを・・・・」

 梵字に似たその模様は、とり込んだ里人の嘆きを映すかのように、鈍く明滅していた。

 ギュンッ!

 模様群が隗斗のもとに戻り、再び腕の形をとった。

「くくくっ!」

 隗斗の体から霊気が放出される。完全に回復し、以前よりも強力になった感じさえする。

「里人たちをとり込んで・・・・」

「回復したっていうのか・・・・・」

「その《力》で、我等の《母》の力もとり込むつもりか・・・・・・・」

「そういうことだ・・・。まあ、大きな《力》を持つ者には、ちょっとした手順を踏まなければならぬがな・・・。クズどもの《力》だけでは、たいした効果は得られぬようだ。次は、お前を取り込んでみようか?」

「・・・ヤツは、私が食いとめる。お前たちは先に行けッ!」

 零朱が飛び出し、隗斗に向かって駆け出す。

「父さんッ!」

 ブンッ!

 零朱の手に、一本の剣が出現する。なだらかな曲線を描く両刃の剣。

(魔神器・・・・)

 壱姫はその剣に見覚えがあった。三種の神器と対を成す強力な霊法具。

「セェアアッ!」

「オオオオッ!」

 華血と魔神器の剣がぶつかり合う。衝突の余波が地面を抉り、空間を震わせた。

「その剣は《人》が《妖怪》と戦うために生み出されたものだッ。貴様ではその《力》を十分に発揮できんようだなッ!」

「クッ!」

 ギィンッ!

 隗斗の剣撃に撥ねあげられた剣が、宙を舞う。さらに一歩踏み込んだ隗斗の剣が、零朱の胸を切り裂く。

 半歩後ろに下がり、なんとか直撃を避けたが、それでも無視できるほど浅い傷ではない。

「くッ!」

 傷の治りが遅い。《鬼人》の再生力がうまく働いていないようだ。

「これも・・・・外道法か」

「さすがだな。本来なら、その傷は一生塞がらず、ジワジワと死に至らしめるものだ」

「・・・・・・・」

「やはり、貴様はいらん。その《門》の向こうにいる存在をとり込めば、私の《力》は頂点に立つッ!」

 ズンッ!

 間合いを一瞬にして縮めた隗斗の華血が零朱の胴を貫いた。

 しかし、表情を歪めたのは零朱ではなく、隗斗のほうだった。零朱はまるで「これを待っていた」といわんばかりの笑みを浮かべ、刀身と柄を握る隗斗の右手を掴む。

『古の神器と対なす剣よ 我を礎とし我が敵を封滅せよッ!』

 零朱の背後に突き立った魔神器の剣が光を放ち、地面に光の筋で描かれた陣が敷かれる。

 足下の地面が崩れ、瓦礫が二人を覆っていく。

「貴様ッ! 自らを《柱》として私を封じるつもりかァッ!」

 魔神器と、零朱自らを基礎とした強力な封印が展開されていることに気づき、零朱が驚愕する。

 ズシュウッ!

 華血を零朱の体から抜き、その場から飛び退く。しかし、封印は止まらなかった。瓦礫が体に張りつき、一体化していく。

「―――悲願の達成を目の前にして、こんなところで、こんなことで止められてたまるかァッ!」

 バヂィィッ!!

 隗斗が膨大な質量の霊気を放出し、封印を跳ね除けていく。

「クッ・・・、消耗している私の《力》では・・・・・・!?」

 零朱の両隣に、三芽と九十九が並んだ。そして背後には疾風、雷過、冷那が立つ。

「父さん、格好つけすぎよ」

「俺も一緒にやるよ、父さん」

「お前たち・・・・、皆も」

 後ろを振り向くと、疾風たちも二人と同じような表情だ。

「この後に及んで一人で背負い込むの卑怯ですよ」

「俺たちも混ぜろ、零朱」

「共に・・・・」

「・・・・・・・わかったッ!」

 六人の《力》が共鳴し、一つの《力》へと融合していく。

「き、貴様等ァァァっ!」

 隗斗の悲鳴が響き渡る。魔神器の光が強まり、封印が急速に完成に向かった。

「零朱ッ!」

「――――ハアッ!」

 駆け出そうとした黒杜たちに、零朱の放った妖気の渦が襲いかかる。木の葉のように飛ばされた神影流の人間と、残りの里人たちが、《門》に吸い込まれていく。

「零朱―――ッ!」

「三芽ッ! 九十九くん―――ッ!」

 最後に、黒杜と刹那の叫びが木霊し、《門》が再び地中に沈んでいく。 場が静かになった。

 

 動くものがいなくなった空洞には、一本の巨大な岩柱と、そして寄りそうに立つ六つの岩柱があるだけだった。

 

 

 とてつもなく広い空洞の中のようだ。壁、床、天井が全て岩に囲まれていて、煉戒市がすっぽり入りそうなほど広い。

 どこにも外に通じる穴などはなさそうだが、壁自体が淡く光っていて、光源となっている。

(ここは・・・・・、アレはなんですか!?)

 壱姫―――刹那の視線は空洞の中心、天井と地面をつなぐ巨大な石柱に向けられていた。壱姫が驚いているのは、その石柱に《人》が―――いや、人外の存在があったからだ。石柱に体を埋め込まれた白髪の美女。

 石柱に下半身と腕の半分を完全に生め込ませた姿は現実感がなく、まるで彫刻のように思わせたが、見開かれている目の輝きは生ある者の存在を周囲に認めさせた。

 なにより壱姫を驚かせているのは、その女性の額にある一本の《角》だった。淡く輝く一本の光角。

(鬼人・・・・)

(違うわ)

(え・・・・だって)

(真祖よ。この世に生れ落ち、2000年余りの刻(時)を生きた《最初の鬼》・・・・この世で唯一つの存在、真の《鬼》。私達鬼人の《力》の源。鬼人の母たる存在よ)

(鬼人の母・・・・・)

「・・・・・あんたが、零朱たちの《母》か」

 どうにも物怖じしない性格の黒杜が、一番に切り出した。

『そのとおりです。拳霊の当主よ・・・・』

 紡ぎ出される声には、妙な威圧感があった。だが、奇妙なことに安らぎを覚える声でもあった。

 《母》。その言葉が感覚として感じられたような気がした。

「・・・・俺のことを知ってるのか?」

『葦鳳 刹那。腕魏 武。凪草 醒華。天原 清蔵。卯月 蔓。そして、その配下の者たち。全て知っています。そして、今、鬼哭の里で何が起こり、何が終わったのかも・・・・』

 ブゥゥゥンッ!

 刹那たちのすぐ側に、光の柱が出現する。

「これは・・・?」

『この場を封じている結界の《柱》です。その《柱》の中を通り、あなたたちは葦鳳の屋敷へと戻れるでしょう』

「あたしの屋敷に・・・・。どういうことですッ?」

『実感はないでしょうが、あなたたちは、今、あなたたちが生まれ育った土地の真下にいるのですよ。我の《力》を封じるための大結界は、あなたたちの屋敷に張られた結界を《要》として、形成されているのです』

「・・・・・知らなかった」

『我の《力》は、あまりにも強大です。それ故に、あなたがたの先祖に我を封じるようにお願いしたのです』

「自分自身で・・・・自らを封印しろ、と・・・・?」

『・・・・あなたがたに、余計な気苦労を押し付けることにならぬように、その場にいた者以外には洩らさぬようにも頼みました』

「・・・零朱さんたちがどうなったか、分かりますか?」

『・・・我が血に連なる者たち、そしてその同胞たちは、あの男を封じ、自らもその《柱》となりました。それでも、それはいつか破られるでしょう。それほど、あの男の《力》に対する怨念に近い欲は強い・・・』

 《母》の言葉に、皆が少なからず衝撃を受ける。零朱たちがその身を張ってまで封印した隗斗が、いつか甦るのだ。

「そ、それは、いつですかッ!」

『・・・少なくとも、あなたがたが死した後・・・、春を数百巡った頃のことです』

「・・・そんなッ! あたしたちは何もできないんですかッ!」

「やつらは、俺たちを逃がしてくれたんだッ! こいつは俺たち神影流が起こした厄介事だったってのにッ!」

『・・・一つ手がないこともありません。我の《力》を使えば、あなたがたは彼等の目覚める時期に転生を果たすことができます。今と同じ、神影流の者として・・・・・』

「転生・・・」

「うまく行けば、あなたがたの《記憶》も魂から引き出せるかもしれません」

「・・・・・・」

 刹那が他の神影流の当主たちに目配せする。醒華たちは、しばらくの思考の後、はっきりと頷いた。

 ただ、黒杜だけは、刹那を見ずに、《母》の女を見つめていた。

「・・・俺は、この手で、自分自身の拳で、ヤツをぶちのめしたい。転生は、全くの別人になるってことだ。たとえ、再び神影流の者として生まれ変わったとしても、俺はそれでは納得できねェッ!」

『・・・・・・・・』

「俺はな、昔一度だけ、あんたのことを零朱から聞いたことがある。そして、一つの秘術のこともな・・・」

『それも知っております。あなたと、そして零朱がまだ小さかった頃のことでしょう? だが、あれは、あなたがたが《外道法》とよぶものと同種の《力》ですよ? それに、運が悪ければ・・・・』

「げ、外道法ッ!?」

 その言葉に、刹那たちが驚く。しかし、黒杜は平然と言ってのけた。

「かまわねェ」

「く、黒杜さんッ!?」

『わかりました・・・・。私はあなたのこともずっと見ていました。小さい頃から、他人の言う事をちっとも聞かず、自らの意思を貫き通してきた。大人になっても、ただの聞かん坊のままのあなたには、何を言っても無駄でしょう?』

「へへッ、分かってるじゃねェか。さすがは、《母》だ」

 《母》の女と、黒杜が笑い出す。対照的な笑みだが、不思議と絵になった。

『行きますよ・・・・・・』

 《母》の女の白髪が伸び、黒杜の体を覆っていく。

「く、黒杜さん・・・・・」

「刹那・・・、妻と子には、うまく言っといてくれ・・・・」

「言っといてくれ、って・・・・」

 完全に黒杜を覆い、繭のようになった髪が徐々に散り散りになっていき、やがて全てが塵となって消えていった。

 黒杜の姿はどこにもなく、宙に浮かぶ霊気の塊があるだけだった。

『彼の肉体、魂を変換しました。その霊気の塊は、彼自身です。これから彼は、様様な獣と同化し、時代を渡っていくことになります』

「・・・・・・」

『転生に頼らず、人が長き時代の中、自らの肉体を維持する方法は、私の《力》では、これしかないのです』

「・・・・・・・」

『あなた方はどうします。転生の件、やりますか?』

「・・・・・やります。黒杜さんほどのやり方はとれないけど・・・、あたしたちも彼らを助けたい。あの男を・・・・我が兄を止めてみせますッ!」

『・・・・・・分かりました』

 ズズズズッ!

 柱に生め込まれていた右腕を引っ張り出し、指先に《力》を集める。小さな球となった五つの光が、刹那たちの胸に飛び込み、体内に侵入した。

「う・・・・・?」

『終わりましたよ』

「こ、これだけ?」

 もっと仰々しいものを想像していた刹那たちが拍子抜けしている。

『あなたたちの魂に我の意思を打ち込みました。我は、ここで封印を見ています。時がくれば、我の意思と呼応して、あなた方は転生を果たすでしょう』

 フィィイイインッ!

 光の柱が輝きを増す。

『さあ、行きなさい』

「・・・・・・」

 神影流配下の者たち、そして、数人の里人たちが柱の中に入り、そして、地中を駆け上がっていく。最後に残った五人が、《母》の女に呼びとめられ、振り向いた。

『・・・刹那、武、醒華、清蔵、蔓』

「・・・はい」

『・・・我の名は、命媛みょうえ。覚えておいてください・・・。遥か刻(とき)を超えた、いつかの日に会いましょうね』

 そう言って、命媛が笑った。その微笑みは《母》にふさわしい、慈愛に満ちたものだった。

 

 

(・・・・・・・・・・・)

 再び暗闇に包まれた。

(・・・・これが200年前に起きた、鬼哭の里を滅ぼした闘いの終焉。そして、これからは貴方自身、葦鳳壱姫という女の子が封じられた《記憶》)

(あたしの・・・・《記憶》)

(ここからは、壱姫ちゃん一人の《旅》よ)

(三芽さん・・・・・?)

 三芽の声が遠ざかっていく。

(壱姫ちゃん・・・・・、これから見ることは、貴方にとってとても苦しいことよ。私は、そのことであなたの心が潰れないよう、祈ってるわ)

 その言葉を最後に、三芽の声は、精神の一部は、完全にその気配を消す。

 

 そして、光が壱姫の意識を支配した。

 

 

     第二十五章へ・・・・。

 

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