第二十八章

精鋭出陣!

 

 9月23日正午―――秦家屋敷

「命媛様が『反魂』を行うために、必要な日時が特定できたわ」

 部屋に入ってきた三芽は、召集しておいた千夜たちに向かって、開口一番そう言った。

 唯でさえ広いこの屋敷の部屋を3、4室まるまる繋いだほどの広さのその部屋には、千夜、十吾、百荏、七香、そして、銘奈と三芽がいる。

 ここは、神影流六流家が集うときに使う部屋だ。屋敷のほぼ中央にある中庭に面した一室で、結界の中心であり、さらに幾重かの結界が敷かれた、術的な盗聴対策がなされた場所だ。

「あら? 壱姫ちゃんがいないわね?」

「壱姫なら・・・・まだ部屋です」

 千夜が複雑そうな表情で答えた。

「今、御堂に呼びに言ってもらってますが・・・」

 タイミング良く、というか、銘奈に頼まれて壱姫を呼びに言っていた光が戻ってきた。だが、一人だ。

「今は、一人でいたいって、部屋を出てきてくれません・・・・」

「そう・・・・。壱姫ちゃんには後で伝えるとして・・・・、術の施行の可能な日は、明々後日よ」

『明々後日!?』

 銘奈を抜かした、その場の人間の声が見事にハモッた。あまりにも急すぎる。傷は三芽が癒したとはいえ、まだ、四日前の戦闘の疲労も抜けきっていない状態だというのに。

「はっきり言って時間がなさ過ぎるわね。態勢のたてようにも、三日後じゃねェ・・・・」

 どこか人事のような三芽の言葉。

「ま、時間があっても、余裕ができるような相手じゃないから、変わらないといっちゃ変わらないわ」

 三芽は床に腰を落とし、一同を見渡した。

「・・・・三日後に、秦くんを生き返らせるために、闘うんですね?」

 この場では、一番この事件との関わりが薄い光が、確認をとるように言った。

 光は、一週間前、壱姫たちが《龍神》の力の覚醒のために、三芽とともに逢叶山に向かった日から、葦鳳の屋敷に住み込んでいる。自身の、人狼の《力》をコントロールできるようになるためである。日常下なら普通に生活できるのだが、この前の人狼と雷過たち、隗斗の配下にあると思われる者たちの襲来で、彼女の《人狼》の血が、少なからず覚醒している。

 人から半獣人となる能力は失われているようだが、感情の起伏によって瞬間的にではあるが、壱姫たちのような武道系の退魔師並の身体能力を発揮している。それに血の覚醒によって、今まではなかった月光の影響が出ないとも限らない。

 それを解消するためにも、その《力》をコントロールできるようにならなければならず、そのために銘奈の下、この屋敷で訓練をしているのだ。

「次の機会を待つことはできませんか?」

 十吾の言葉に、百荏が補足するように、言葉を続ける。

「九十九の復活を後送りにしたくはないですけど、急いて事を運んで、失敗したくないわ」

「そうは言っても、《反魂》を行うタイミングってのが掴みづらくてね。しかもそれには規則性ってのがないの。次の日にそれが可能になる場合もあれば、一年二年待たないといけない場合もあるわ。それに、意識を向けるのは、《反魂》のことだけじゃないしね」

「・・・・隗斗じゃな」

 それまで無言だった銘奈が口を開く。

 銘奈は、6年前の事件に直接が関わりがある。ある意味、三芽よりも事件に近い立場だ。

「あの男は、おそらく《鬼哭の里》で、こちらを待っておるじゃろうな」

「そうゆうこと。あの男を斃す、あるいは退けないと、《反魂》を行うのもままならないでしょうね。あいつが、自分の勢力を作ろうとしてることは知ってるでしょ?」

 人狼たちの起こした事件も、裏に隗斗がいることが判っている。

「はっきり言って、雷過さんたちだけでもキツいってのに、これ以上戦力を増強されたら厄介だわ。できるだけ早めに決着をつけたいのよ」

「しかし、正直いえば、不安じゃの・・・・。隗斗も、その配下の筆頭である、その雷過や、冷那、疾風も、強力な《力》を有しておる。今の神影流の戦力で敵うかどうか・・・・」

 銘奈の言葉の後、名案がおもいついたとばかりに、七香が勢い良く挙手する。

「なに? 七香ちゃん」

「私達に使った、三芽さんの術を、他の神影流の人たちに使ったら? 力の使い方に慣れる時間はないかもしれないけど、かなりの戦力の増強にはなるでしょ?」

「ダメよ」

 即答。

「な、なんで?」

 あまりにあっさりと断定されて、多少気後れした七香が問う。

「あの術は、あなたたちのような霊的な成長期にある者だからこそ、耐えられる術なのよ。霊気の急激な成長に対する柔軟な適応力が必要なの。成長期のピークを超えた、あるいはそれ以前の人に術を施せば、どうなるか分かったもんじゃないわ。最悪、死なないまでも重度の障害が残る可能性もある」

「そう、ですか・・・。って、私等そんな危険な術を施されてたの?」

「成功したでしょ?」

「その言葉、失敗する恐れもあった、って聞こえるんですけど・・・」

 千夜がこめかみに汗を浮かべて、ゾッとしている。

「じゃあ、200年前に《鬼哭の里》の人たちが退避に使った《結界の要》は、どうです? それを使えば、僕たちはなんの障害もなしに、命媛様のところにいけるんじゃないですか?」

「それも、無理。一方通行なの、それ」

 やはり首を横に振る三芽。結局は、正面からあたるしかないのだ。

「ま、とにかく、決行は《反魂》が施行可能な日の前日、明後日よ。《鬼哭の里》に乗り込むのは、私と黒杜さん、それに千夜くんたち五人」

「今のわし等では、お前達の足手まといになりかねん。後援にまわらせてもらうぞ」

「銘奈婆さま・・・・」

「6年前の、わし等の無念・・・・。それをはらしておくれ」

「・・・・ハイ」

 千夜が力強く答え、他の3人が頷く。

「あれ? でも、隗斗って、真鬼の洞から行く結界内にいる命媛って人を狙ってるんでしょ? それには三芽さんが必要なんだから、あっちから攻撃ってしてこないんじゃない?」

「雷過さんたちみたいに、あたしを操ればいいだけよ。ゴッチャになって鬼でも人間でもなくなってるあいつが呼びかけれないだけで、わたしが呼びかければ、《扉》は開くんだから」

「そうですか・・・」

 とてとて・・・。

「? あ、サチちゃん」

 軽い足音とともに、クロ助を抱えたサチが現われた。ここ数日、サチは姿を見せなかった。九十九が死んだと聞かされてから、座敷童の伝承の通り、気配は感じても姿をみることがなかった。

「・・・・・サチも連れてって」

「え?」

「サチも、みんなのお手伝いする」

「そ、そうは言っても、サチは座敷童だから、この屋敷を離れるわけにはいかないだろう?」

 千夜の言葉通り、座敷童は一度住み付いた家からは、そう簡単には離れられない性質があった。住人の陽の氣を受けて家に宿る《福気》を取り込んで、己の力とする座敷童は、逆にいえばその《福気》を受けないと《力》を維持できない。そして、座敷童は肉体より精神を、存在の拠所とする妖怪であるため、妖気の低下は、命にも関わる。

 サチは、この屋敷に定着してしまっているため、現在はこの屋敷の福気でしか《力》の補充ができない。

「ジッとして《力》をため込んでおけば、数日くらい家を離れても大丈夫・・・・」

「でも、サチが来ても、何もできないわ。相手が相手だからね、言いたくないけど、足手まといになるのがオチよ」

 言いにくいことではあったが、ハッキリと三芽は拒否した。

 サチは口を開き、何かを言おうとしたが、思いとどまり、トボトボと部屋を離れていった。

「さて、後は、あのイジケ虫だけか・・・・」

 

 

 壱姫は部屋で、ベッドの縁に背を預けて天井を見ていた。屋敷に戻ってからずっとこの様子で、ろくに食事もとってない。

「・・・・・・・」

 まるで考えることをやめているかのように、その瞳は、天井を、虚空を見つめていた。

 コンコンッ。

 ドアをノックする音に、壱姫はゆっくりと視線を落とし、ドアを見た。だが、返事はしない。する気力がないといった方が正しいかもしれない。

「壱姫ちゃん、入るね?」

 一応、ことわってから光がドアを開け部屋に入ってくる。その後ろには先程、屋敷にやってきた辰巳もいた。辰巳は、食事の乗った盆を持っている。一応女の子の部屋ということで数瞬躊躇したが、部屋に入って、中央にある背の低い机に盆を置く。

「・・・・・・・」

「壱姫ちゃん、ご飯、ちゃんと食べないとダメだよ・・・・」

「・・・」

「・・・壱姫ちゃん」

「つくッチのこと、千夜から聞いたよ」

 辰巳の言葉に、壱姫が僅かに反応する。それまで無反応だった壱姫が、僅かに肩を揺らした。

「その・・・・、自分でつくッチを手にかけちまったことで、すげェ悲しいことは分かるけど・・・」

「辰巳くんッ!?」

 直球的な辰巳の言葉に、光が息を呑む。辰巳は一度、渋面になったが、思いきったように口を開いた。

「多分、何を言ったって今の葦鳳にゃ慰めになんないだろうから、慰めの言葉なんか言わない。とりあえず、今は飯くって、体力をつけろよ。明後日には、また闘いなんだろ?」

「・・・・・・・」

 壱姫が顔をあげ、二人を見つめる。その瞳には光がなく、感情がなくなってしまったのではないかと思えた。

「・・・・・・明後日のその・・・何とかってやつを倒して、ハンゴンとかいうのを使えば、つくッチは生きかえるんだろ? だったら、哀しんでる暇なんてないハズだろッ?」

 多少、語気が強くなっていくのを感じ、辰巳が言葉を切る。ちなみに、三芽たちは、この二人にはその《反魂》も、100%成功するとは限らないことは告げていない。これ以上、余計な心配を増やす必要はないのだ。

「・・・・・・それだけじゃ、ないの」

「え?」

 瞳に僅かに意思の光が戻ったと思うと、壱姫がなんとか聞き取れるぐらいの小声で、そう言った。

「確かに・・・・、哀しいけど・・・・・・、それだけじゃないの・・・・・。あたしは・・・・、九十九が生きかえるのが怖いの」

 壱姫の言葉に、二人は再び『えッ?』と聞き返し、視線を合わせた後、壱姫の次の言葉を待つ。

「・・・九十九が生きかえるのが嫌じゃない。絶対に・・・、《反魂》を行ってもらうよ・・・・。でも、あたしは、九十九が生き返るのが怖い・・・・」

 自分の胸を抱くように、交差した腕で肩を掴む。

「あたしは・・・、九十九を殺しちゃったんだよ? それだけじゃない・・・・。九十九はずっと、私を・・・私達を護るために側にいたのに・・・・。ずっとあいつを否定してたの・・・・・」

「でも・・・・、それは最初の頃だけでしょ?」

 神影流と九十九の関わりも、二人は知っていた。そして、6年前、九十九と壱姫たちの間で何がおこったのかも。

「それも、秦くん自身が壱姫ちゃん達の記憶を封じていたからでしょ?」

 壱姫たちは九十九によって記憶を封印された。だが、父を失ったときのショックは強く、封印された後も壱姫には『妖怪が父を殺した』という漠然としたイメージが残ってしまい、それが妖怪への憎悪を引き起こし、半妖である九十九にキツくあたる原因になっていた。

 記憶が戻った今、それは壱姫にとって後悔しようもないと感じるほど、重い傷を心に負わせていた。

「記憶がどうとかは、関係ない・・・。あたしは、九十九の心を傷つけて・・・・、そして今度は命まで奪っちゃったよ・・・」

 壱姫は涙を流していた。大粒の涙が瞳から零れ落ち、頬を伝わって落ちた雫が抱え込んでる膝をぬらす。

「あたしは生きかえった九十九に、どんな顔をして会えばいいの? どんな言葉をかければいいの? どんな気持を持てばいいの?」

 それは、辰巳たちにというより、自分に向けた言葉に聞こえた。

「怖いの・・・・。怖いのよ。九十九が生き返った後に、あたしがどうすればいいのか分からなくて・・・」

「だったら、何も考えないでいいんじゃないか?」

「・・・・え?」

「どうすればいいか分からないとき、物事に自分なりの優先順位をつけて、それを実行していけばいい。俺はいつもそうしてるし、多分、つくッチもそうだったんだろうさ」

 辰巳は、三芽たちに聞いた話を思い出す。九十九が6年間、壱姫たちの前に現われなかったのは、現代の一般常識をたたき込むためでも、神影流拳霊の技を習得するためでもなかった。それなら、別に壱姫たちの前に現われない理由にはならないだろう。

 本当のところは、壱姫たちの記憶の封印が九十九との接触によって、解除されてしまうことを恐れたのだ。九十九はそれほど《術》が得意ではない。《術》が完全に定着するまでどれくらいかかるかわからない。

 だが、九十九は壱姫たちに会いたかった。まわりの者が、よく6年も待ったものだと感心するほどだったそうだ。

 悩んだ末が、真実を隠すために、色々な嘘で固めた設定を持って、壱姫たちの側に身をおくことだった。本当ならば、ずっと会わずにいれば、記憶の封印が解かれる可能性は、かなり低いものだっただろうが、それでも九十九は、まず第一に壱姫たちと会いたい、ということを優先させた。

「物事に優先順位を・・・、自分のもっともしたいことを・・・・、実行する」

「ああ・・・・、そんで、葦鳳が今、一番しなけりゃならないこと・・・・、一番したいことはなんだ?」

「・・・・・・・」

「壱姫ちゃん・・・、秦くんに会ったとき、どんな顔をすればいいか分からなくて怖い、っていうのはさ・・・、その恐れの裏に、秦君に会いたい、っていう強い思いがあるからじゃないの?」

「・・・・・あたしは・・・・。あたしが今一番したいこと・・・・」

 

 

 二日後早朝―――秦家屋敷前

「・・・・・・」

 正門前に、銘奈が立っている。何かを待っているかのように、じっとたたずんでいる。

 そして、待っているものは、申し合わせたかのように、数分後、銘奈のまわりに集っていた。

 神影流槍霊―――腕魏 千夜。

 神影流扇霊―――凪草 百荏。

 神影流棍霊―――天原 十吾。

 神影流弓霊―――卯月 七香。

 剣霊、拳霊を除く、神影流六武法の継承者たちが集まった。そして、そこには二つの人外の者もいる。

 神影流拳霊十三代目当主―――秦 黒杜。今は、クロ助の姿、意識もそのクロ助の中で眠っている。太陽が差す間は、人の姿に戻るために、少なからず霊気を消耗するため、現地につくまで、この姿である。

 そして、《鬼哭の里》の生き残り、今現在、《鬼姫》命媛の血をひく唯一の《鬼人》―――峰 三芽。

「後は・・・・、壱姫ちゃんだけね」

「あいつのことは、辰巳たちに任せました。多分大丈夫でしょう」

 千夜の言葉に、一瞬だけ三芽がキョトンとする。そして、すぐ口元に苦笑を浮かべた。

「ずいぶん信頼してるわね」

「・・・・辰巳は、ある意味、俺達より常識外れのところがありますからね。御堂も普通の《友達》としては、俺よりも濃いつきあいです。適任でしょう」

「あ・・・、来たわよ」

 百荏の言葉に、一同が振り向く。正門と屋敷を繋ぐ石畳の上を、ゆっくりと壱姫がこちらに向かっていた。その横には、光もいる。

 しっかりとした足取り。左手にある神鉄ヒヒイロカネの刀は、朱色の鞘に収められているが、主の強い気配に呼応し、鞘内からその存在感を放っていた。

 やがて、一同の側に来た壱姫は伏せがちだった顔を上げた。

「・・・・・・ふっきれた?」

 今度は苦笑ではない、薄い笑みを浮かべ、三芽が問う。

「はいッ」

 張りのある、意思ある声。

「悩んでいるより、あたしの今一番しなくちゃいけないこと・・・・・、一番したいことに専念することにしました。その後のことは、

そん時に考えますッ」

「・・・よしッ」

「・・・・・・あの、壱姫ちゃん」

「え?」

 いよいよ出発というときに、光が壱姫に声をかけてきた。

「あのね・・・壱姫ちゃん、私に嘘ついたことなかったよね?」

「? う、うん」

「じゃあ、約束してッ。無事に帰ってくるって。九十九くんといっしょにここに、皆無事に帰ってくるって」

「・・・・・」

 壱姫はしばし呆然としていた。

 ハッとしたようにしっかりと光と視線を合わせ、笑みを浮かべる。

 そして、約束した。

「・・・・・うんッ、帰ってくるよ。九十九を連れて――――必ず、帰ってくるよッ!」

 

 

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