第二十九章

三様戦武

 

 9月25日(金)―――秦家屋敷

「おー、とりあえず無事だァね」

 先頭を歩いていた七香の声を聞いて、壱姫たちが安堵の溜息をつく。

森が開け、秦の屋敷が見えると、玄関には和恵が立っていた。

「いらっしゃい」

 笑顔で迎える和恵の側に五人が駆け寄る。三芽は肩にクロ助を乗せてその後をゆっくり歩いていた。

「良かったァ。秦家って、《鬼哭の里》から目と鼻の先だから、襲われてるんじゃないかと思ったんですよォ」

「あらあら。この屋敷には強力な結界が張ってあるの。大丈夫よ」

 和恵は普段通り、のほほんとした雰囲気で、軽く答える。

「でも、使い魔みたいなのは結界の外に時々でてきたけどね。気になって、花の水やりも味気なかったわ」

「いや・・・、そんなのん気な・・・・」

 拳霊の人って、どこかしらズレてるわね、などと、こちらものん気なことを考えたりする壱姫だった。

「さて、どうする? しばらく休む?」

「いえ」

「僕たちなら、全く疲れていません。不思議なくらいに」

 以前よりかなり早く道程を越えてきたというのに、疲労は全くなかった。霊気量の増大は、身体能力を並外れた高さまでレベルアップしてくれている。

「それなら、早速いきますか。和恵さん、行って来ます」

「ええ・・・・皆さん」

 のほほんとした表情から一転し、真剣な眼差しが壱姫たちに向けられる。

「息子のこと・・・・、よろしくお願いします。そして、己々の命をお大事に・・・・」

『・・・・・はい!』

 

 

 ―――山間の湖

「・・・・・・・」

 壱姫たちは、《鬼哭の里》への《門》である湖にまで辿り着いた。だが、先程から三芽は水辺に立ち、難しい顔をしている。

「・・・どうしたんですか、三芽さん」

「・・・・《門》がなくなってる」

『え?』

「やられたわねェ、まさか《鬼哭の里》に行くこと自体、できなくしてくるなんて」

「そ、それじゃあ・・・・」

 ヴゥンッ!

『!?』

 湖面が、いや、湖面に映る景色が揺れた。まるで波紋のように揺れが広がり、それが収まると、湖面に映る景色が消え、かわりに一人の男が、大きく映し出されていた。

「・・・・・・・・」

 壱姫の肩がゆれている。手には、刀の鞘が砕けるのでないかと思えるほど、力が込められていた。

「・・・・隗斗ッ」

 湖面に映し出された男の姿は、葦鳳隗斗のものだった。その瞳が壱姫たちの方を見る。

『どうかな? 今の気分は』

 頭の中に直接響くような声は、まるで知人にでも話しかけたような、気楽なものだった。

「久しぶりね、隗斗・・・・・。こんな形じゃなく、あんた自身が出てきて挨拶でもしてみたら?」

 少なくとも外面上は、三芽は冷静だった。しかし、瞳の奥に見える鋭い光が、その心の内を映し出していた。

『いやいや、まだ歓迎の準備が出来ていなくてね・・・・。君たちを招くには、邪魔なものが一つあるんだよ』

「なるほど・・・・・、九十九が復活するのが、そんなに怖いわけ?」

『・・・・・・』

「それにしても、あんた・・・・、《らしく》なってきたわね」

『・・・・どういうことだ?』

「大見得切ってる、こんな登場の仕方。自分の勢力。命媛様の妖力が溢れ出してる煉戒市じゃ、父さんの部分がうまくあやつれなくなるからって、自分は出張ってこない余裕ぶった慎重さ。三流話のラスボスにお似合いのシチュエーションが揃ってきてるじゃない」

 三芽が笑みを浮かべる。対して、最初は余裕そうだった隗斗は、徐々にけわしい表情になっていた。

『減らず口を・・・・。まあ、今の状況では、減らず口を叩くぐらいしかできんだろうがな。なにせ、《鬼哭の里》への入り口は、もうないのだからな」

「三芽さん・・・・」

 ブンッ!

「あんたも変わってないわねェ」

 三芽の掌に、妖気の塊が生まれる。額には妖気の凝縮した角が形成され、背中からは銀の翼が出現する。

「あんたの弱点、一つ教えてあげるわ」

『なに?』

「あんたは他者の《力》を見極める、確かな目を持っている。過大評価も過小評価もしない、確かな眼力よ。だけど、あんたは自分の《力》を過大評価してる。それじゃ、意味が無いってこと!」

 ドォンッ!

 三芽の投げつけた妖気の塊が水面で破裂し、隗斗の姿をかき消す。衝撃で大きく揺れた湖面が静寂を取り戻すと、隗斗の姿はなく、元通り逆さの風景が湖面に現われた。

「さて、と・・・・」

 《門》がなくなった今、どうすればいいのか聞こうとした壱姫たちの動きが固まる。五人の視線は、三芽がリュックの中から取り出したものに注がれていた。

「三芽さん・・・・、それ、なんですか?」

 とりあえず、千夜が代表して聞く。三芽の手には、赤ん坊の頭ぐらいの大きさの《ハニワ》があった。それも、ただの丸い穴で表された目と口、丸い頭、筒のような身体、指のない腕が上と下に向いている。まるで漫画に出てくるようなハニワだ。

「これ? 私の術の媒介用に作ったものよ。《呪紋》って、術の高速起動と行程簡略だけを目的としてるから、反動で消耗率が高いのよ。普段は気にしないんだけど、反魂は大儀式だからネ・・・。少しでも霊力を温存しないと」

「・・・・・・・なぜ、ハニワ?」

「趣味よ」

 間違い無く、この人、九十九のお姉さんだ。

 とりあえず、五人はそう思うだけで精一杯だった。

「・・・・・穿つ者よ」

 言葉とともに、三芽の身体に刻まれた《呪紋》がいくつか起動し、妖気の光がハニワに注がれる。

 ゥンッ!

 三芽がハニワを投げると、その形状がいきなり激化した。まるで粘土細工のように細長く伸びたと思ったら、次の瞬間には質量が増化し、巨大な槍のような形状に変化した。

「破ッ!」

 槍が落ち、水面に突き立つ。水面に巨大な穴が空き、向こう側に『空』が見えた。

「・・・・・これって」

「一度開いた《門》は、そう簡単には完全には消えないのよ。《歪み》が生じてるから、そこを無理矢理こじ開けただけ」 

 簡単に言ってるが、これほど容易くできることではない。そもそも空間に穴をあけること自体、人間にはとてつもなく困難なことである。

「さ、行くわよ」

 水辺まで広がっていた《穴》から、三芽が《鬼哭の里》へと跳び込む。クロ助もその後に続いた。

「・・・・・・行こう、皆!」

 壱姫の言葉に、四人が頷く。

 

 

「・・・・・連中、里に入ってきたぞ」

 鬼火の淡い光の中、玉座のような大きな椅子に座している隗斗に向かって、使い魔が持ってきた情報を雷過が告げた。隗斗は一瞬、怪訝そうな顔をしたが、すぐにもとの表情に戻り、立ちあがる。

「ならば・・・、雷過、疾風、冷那。他の妖怪どもとともに、奴等を仕留めろ」

『・・・・・・・』

 闇の中で、気配が二つ動く。その気配が石の壁や天井で囲われたこの空間から消えると、雷過も表へと向かう。

「ああ、そうだ。三芽と刹那・・・、壱姫だったな。あの二人は、殺すな」

「フンッ・・・・、自分の手で、か」

「なにか言いたいことでもあるのか?」

「いや・・・、俺達がお前に逆らえんことは、貴様自身が一番しっているだろう」

 怒りが混じる言葉の後、雷過の気配もこの空間から消えた。

「なんとか進入してくるうとはおもっていたが。・・・・・よもや、三芽の《力》がこれほどのものとは、な。おもしろい・・・・」

 

 

「これは?」

 壱姫が三芽に渡された小さな布袋の中に、カプセル錠のようなものが入ってるのを確認し、聞いた。同じ袋を渡された他の四人も同じような表情で、三芽に視線を向ける。

「雷過さんたちにかけられてる術を解呪するためのものよ。もしあの3人と闘って、倒せたらそれを呑ませて」

「術?」

「妖怪ってのは、総じて、群れるのを嫌う傾向があるわ。まあ、種族にもよるけどね。特に大妖と呼ばれる妖怪、それに継ぐ強力な《力》を有した妖怪は、一族を持ちながら個体で行動することも多いわ。そんな妖怪たちが、何故、隗斗なんて外道で胡散臭い奴にしたがっているのか・・・・」

 三芽はそこで言葉を止める。壱姫たちの言葉を待っているのだ。

「・・・操られている?」

「正解。この前、疾風さんたちと戦ったとき、あの二人と人狼達にかけられている術を解析したわ」

「一回闘っただけで分かるもんなんですか?」

「術や呪は、突き詰めて見れば、《力》有る方程式の塊にすぎないのよ? それを《視る》ことができれば、どんなものかは分かるわ。そのための《呪紋》だって、あるわよ。で、解析した結果、人狼と雷過さんたちには、特殊な操心術がかけられてたわ。多分、外道書から得た術ね」

「特殊な?」

 オウム返しの十吾の言葉に、三芽が軽く頷く。

「敗北感。《力》の上下関係、つまり勝者と敗者。相手を打ち倒すことで与える敗北感を媒介として、あの《術》を施せば、相手は術者の命令に逆らえなくなる。たとえ、それがどんな憎い相手でも、憎い仇が手の届くところにいようと、雷過さんたちは、その者の下僕となる・・・・。恐ろしく強力な術よ」

「それで、あの人たちは、僕達に襲いかかってきたんですね・・・・・」

「おかしいと思ってたんだよなァ。経緯から考えて、隗斗に従うわけがないんだから、さ」

 千夜がそう呟いて、あらためて手にある袋を見下ろす。

「それで、これを呑ませれば、その《術》は解けるんですね? なんだか、拍子抜けするなァ」

 ただのカプセル剤にしか見えない解呪薬を見て、千夜がそう呟く。

「千夜くん、それ一個精製するだけで、どれだけの労力と時間がかかってると思う? ただ呑ませるだけじゃだめよ。その相手に勝ってからじゃないと。もう一度、敗北を与えておかないと、プログラムがまったく働いてくれないの」

「三芽さんの自慢の《術》で、手っ取り早く、なんとかならないんの?」

 三芽は「ダメダメ」と呟き、手を振る。

「さっきも言ったけど、術や呪は、式の塊でしかない。それを形成するために方程式がいり、それを解除するためにも、また方程式がいる。いくら私でも、ありとあらゆる術をパッパと片付けれはしないわよ」

「そですか・・・・。あの三人と闘い勝たなきゃならない」

 五人は雷過達の《力》を、特に十吾と百荏は、身体で味わっている。

 あの時は、まだ三芽の《術》を受ける前だったし、現在の五人の《力》は、その時の比ではない。だが、それでも強敵であることには変わらなかった。

「んじゃ、そろそろ行きます―――」

 ザザザザッ!

 森から、いくつもの妖気と気配を感じ、五人が各々の武器を手に取る。

「・・・・・・今、出てきたって感じね。どうやら、私達がこんなに早く《鬼哭の里》に進入できるとは思ってなかったみたい」

 コトッ

 三芽は五人を下がらせ、ハニワを地面に置いた。

「何するんですか?」

「余計な時間と消耗はさけないとね」

 三芽の両手に、妖気が物質化して出来た《鎖》と《糸》が現われる。それは目の前に置いてあるハニワに絡みついた。

「―――――おおおッ!」

 翼と角の輝きが増したかと思うと、ハニワに絡みついた《鎖》と《糸》が急激に伸び、空へと舞いあがった。そして、5m程伸びる度に、《鎖》と《糸》がまるで枝分かれするように増えていった。

 《鬼哭の里》を覆わんばかりに増えていく《鎖》と《糸》はまるで何かに引かれるように、空から森へと緩急の弧を描きながら落ちていく。

『・・・・・・・・・』

 風にのって、遠くから悲鳴のようなものが聞こえてきた。

「良しッ」

「・・・・捕縛、したのか?」

「この森に、どれだけいるかも分からない妖怪を?」

「そう、みたいよ?」

「すごい、ッていうかムチャクチャだね、どうも」

「・・・・ま、まあ、これで、楽に―――」

 唖然としながら呟く五人が、再び武器を構え、周囲に視線を巡らす。

「・・・・さすがに、あの人たちには効かないわよねェ」

 三芽が頭上を見上げる。擬似空間である《鬼哭の里》の上空に、厚く黒い雲が広がっていた。

「水と風を操り、雲を発生させ・・・・・、そしてそれに、あの人の《力》を乗せて――――」

 カッ!

 壱姫たちの真上から、一本の巨大な稲妻が落ちた。膨大な妖気によって生み出された電光の筋が、地面を爆砕し、土砂煙が爆発するように広がる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・

「・・・・・・・」

 上空の雲の中から、三つの人影―――人外の者が現われる。

 鴉の頭に、修験者のような格好をした人の身体を持つ翼人―――鴉天狗の疾風。

 雪と氷が全てを覆う隠れ里に住まう雪の妖―――雪女の冷那。

 雷を待とう獣、雷獣を屠り、そしてその呪を受けた元退魔師―――雷獣の雷過。

 《鬼哭の里》において、五本の指にはいる強者が地上に向かって、ゆっくりと降りてくる。

「・・・・今ので終わったと思うか?」

「それはないでしょう・・・、彼等の《力》は、以前我々と相対したときとは別人と考えていたほうがいいでしょう」

「《力》の大きさだけならば、200年前の、刹那たちと同等・・・です」

 疾風は若若しいハッキリとした、冷那は落ち着いた様子で、それぞれ言葉を返す。

「そうだな」

 土砂煙の中で、高まる複数の霊気を感じながら、雷過が口の端を上げ笑みを作る。

「神影流弓霊神威之壱―――我龍攻突!!」

 矢を核に、霊気で身体を形成された龍が、土砂煙を突き破って雷過達に襲いかかった。

「ヌンッ!」

 雷雲から数乗の稲妻が落ち、それが雷過の右手に収束する。そして、先程のものと同等の稲妻がその右手から放たれた。

 ドォンッ!

 龍と稲妻がぶつかりあい、衝撃を残して相殺される。

『!?』

 稲妻と相殺したはずの矢の龍が、再び雷過たちに襲いかかった。すんでのところで大きく場を離れた3人の間を龍が抜け、空へと消えていく。

「・・・・・雷過さんの雷を跳ね除けたのか・・・・」

「違うな」

 雷過が疾風の言葉を否定する。

「陰陽閃だ」

「・・・・二本の矢を同時に放って、片方を目くらましに使う、あの技ですか」

「なるほど・・・・、最初から神威を二つ同時に放っていたわけですね」

 3人が眼下に視線を向ける。六人と一匹が無傷で立っている。中央で弓を持った七香が、不敵な笑みを浮かべ見上げていた。

「神影流の・・・、刹那達の子孫。まさか、私達自身がその行動を阻む障害になろうとは思ってもいませんでした」

 見る者によっては、その種族名の示すとおり、氷を思わせる無表情で通してきた冷那が、少し哀しそうな光を瞳に宿す。

「それでも、俺達は奴等を本気で打ちのめす。俺たちの心と身体はすでに別物だ」

「それでは、参りましょうか・・・・」

 風と冷気と雷が、それぞれの身体に纏われる。地上の壱姫たちも気勢を高める。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・

『?』

 突然感じた小さな地響きに、一同、壱姫たちも雷過たちも怪訝な表情になる。

 ズドンッ!

『――――!?』

 強烈な衝撃とともに、大地が割れた。壱姫たちが立っている場所を中心に、巨大な亀裂が三方に走った。

「うわわッ!」

「七香ッ!?」

 亀裂の中心にあたる位置に立っていた七香がバランスを崩し、足を踏み外したところを壱姫がなんとか腕を掴んで落下を阻止する。片方の手で亀裂の端を掴み、七香が下を見る。亀裂の底が見えない。

「・・・・・!?」

 亀裂の奥から、寒気がするほどのエネルギーが昇ってくるのを感じ、壱姫が七香を慌てて引っ張り上げる。

 ズアッ!

 不可視のエネルギーが亀裂から溢れ、壁となって噴出した。

「・・・見!」

 三芽が呪紋の一つを発動し、そのエネルギー壁を《視》た。

「・・・・・・こりゃ、すごいわ。この擬似空間を支えるエネルギーを利用した、超高密度のエネルギーの流れよ、コレ」

「どういうことですか?」

「こういうことよ」

 立ちあがった七香が、拳大の石を広い、エネルギー壁に向かって放った。

 パキャッ!

 石が一瞬で粉々に砕け、エネルギー壁の中を昇っていく。

「こりゃ、私でも突っ切るのは辛いわ。行けないこともないけど、かなりのダメージね」

「分断、された・・・」

「そうだね、百荏ちゃんたちから引き離されたみたい・・・・」

 エネルギー壁の向こうに、3人の姿が見える。

「やれやれ・・・・、俺一人か」

 三グル―プに分断された中で、単独になってしまった千夜が苦笑する。《壁》の向こうで、壱姫たちと、百荏たちがジュスチャーで会話している。どうやら声も阻まれているようだ。

「・・・・・さて、この壁がこの空間の端まで続いているとして」

「ああ、《真鬼の洞》に行けるのは、壱姫達のいる区画だけだな」

 さて、どうしたものか、と十吾が考えていると、亀裂の中心、ちょうど七香が立っていたあたりに、影が現われる。

「・・・・・・」

『ちょっとした、げぇむをしようか』

 影は隗斗の姿をとり、そう言った。まだ横文字になれてないのか、ゲームという言葉のアクセントが少しおかしい。

 着ている服までエネルギーの影響を受けていないところをみると、幻影のようだ。

『この三つにわけた大地。真鬼の洞へと行けるのは、そこの3人だけだ』

 隗斗が壱姫たちを指差す。

『それでは不公平だろう。だから、残りのところにも、それぞれ一つ、真鬼の洞への《道》を容易しておいた』

「それを使って、あんたのところまで来いってことね。あんた、ますます三流っぽいわよ」

「・・・・・まあ、いい。そういうことだ。ただ、邪魔は入るから、そのつもりでやれ」

 ゥンッ!

 幻影がかすんで消える。壱姫たちが上空を見るが、雷過たちの姿は消えていた。

「・・・・さて」

 三芽の掌に黒いモヤが現われる。そのモヤは風を無視して、空中で形をとった。

「な?」

 黒いモヤが「な」の文字の形をとる。そして次々と形を変え、文を形成していった。

「なるべくこうせんをさけ、ごうりゅうをいそげ。まあ、むずかしいとおもうけど・・・・・。なるべく交戦を避け、合流を急げ。難しいと思うけど、か」

「千夜、死ぬんじゃないわよ」

 声は届かなくても、何を言っているのかは通じたらしく、千夜が親指を立てた拳を百荏に向け、走り出した。十吾が壱姫と七香に目を向けると、二人が頷き、何かを言った。おそらく、百荏と同じようなことだろうと思い、同じように頷く。そして、百荏とともに、隗斗の幻影が消えた頃から感じている、妙な霊気に向かって走り出す。

「さて、こっちも行くわよ。とっとと合流して、とっとと隗斗をぶち倒して、とっとと九十九を黄泉返らせるわよ」

『はいッ』

 

 

 ザザザッ!

 槍をひっかけないように注意しながら、千夜が木々の間や、茂みを突っ走る。

「里の他は・・・・、たしかほとんどが森だったな」

 開放された記憶と三芽の術によって得た《鬼哭の里》の地理を思い出しながら、《道》のものと思われる妙な霊気に向かって、風のように森の中を駆けていく。

「――――!?」

 急激に足を止めた千夜が槍の穂先を地面に突き立てる。

 バシィッ!

 木々の間を縫うように、一筋の雷が千夜に襲いかかる。雷は千夜の前に立てられた槍に直撃し、地面へと流される。

「・・・・・あんたか」

「考え様によっては、おもしろい組み合わせだな」

 森の奥から巨大な影が現われる。巨体を覆うような量の多い黒髪、虎に似た顔、そして纏わりつく小さな雷。

「雷過・・・・、《鬼哭の里》で、九十九の父に次ぐ実力者が相手か・・・・。しかも俺と同種の《力》を操るあんたが、だ」

「・・・・フッ」

 

 

 ビキビキビキッ!

 川を渡ろうとした十吾と百荏が、一気に跳躍し対岸に渡った。直後、極寒の風が吹き荒れ、川の一部が瞬時に氷つく。

「気扇刃!」

 不可視の刃―――自然界では発生し得ない、凶悪な裁断力をもつカマイタチが迫っていることに気付いた三芽が、同じように真空の刃を作りだし、相殺する。

「火炎礫!」

 次いで、森の中からマシンガンの弾のように、無数に打ち込まれた氷の飛礫を、十吾が火炎の飛礫を放ち、こちらも相殺する。

 誰が襲いかかってきたかは、明白だ。

「・・・・・人狼のときの借りは、かえさないとな」

「そうね」

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 壱姫と七香が硬直したように動かない。三芽もけわしい表情になり、二人と同じ場所を見ている。

「意外だったか?」

 3人の視線の先にいる男は、楽しそうに笑みを浮かべている。

 動きを制限しないような軽装の鎧。腰にさしてある一本の刀。全身からは、妖気がにじみ出ている。

 ギシィ!

 壱姫が歯が砕けんばかりに噛み締め、ヒヒイロカネの刀の柄に手を添える。七香は、弦に矢をあてがった状態で、壱姫の少し後方で男の動きを伺っていた。

「わたしの挑発にのって自ら出撃とは、思ってた以上に大人気ないわねアンタ・・・」

 三芽は精神を集中し、全身に呪紋を浮かびあがらせる。彼女の肩に乗っていたクロ助は、少し後方に跳びのいて、黒杜へと変じるために光の繭へと姿を変えた。

「一人多いが・・・・、ここに我が憎き者達が集っているわけだ。さあ―――死合おうか」

「隗斗ォォッ!」

 ギィンッ!!

 同時に抜き放ち、抜刀術で打ち合った壱姫と隗斗の剣撃は、鬼哭の里に甲高い衝撃音を響かせていた。

 

 

    第三十章へと続く・・・・。

 

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