第三十章

氷火風雷――鬼と龍

 

『―――雪櫻ゆざくら

 ボウッ!

 疾風と冷那の妖気が膨張し、突風と雪となって爆発的に広がっていく。風と雪の力が強烈な吹雪を生み出した。

「むッ!」

 十吾が、棍を地面に突き立て、炎を纏わりつかせる。

螺旋燼らせんじん!」

 二人を囲むように、地面に円を描く炎が走る。そして、渦を巻くように炎の壁が柱のような形に噴き出し、吹雪を遮る。

「・・・・・・手応えがないな」

 炎の壁の内側で、十吾が怪訝な顔をする。

「十吾、アッツい・・・・」

 炎に耐性をもつ十吾はともかく、この炎の壁の内部温度に、百荏がいきなり弱音を吐く。

「解くぞ」

 棍を引き抜くと、炎の壁が崩れ、散っていく。

「わぷッ」

「これは・・・」

 吹雪はまだ続いていた。百荏が、乱れバサバサとたなびく髪を押さえる。

「・・・・結界を張ったわけか」

 周囲が真っ白で視界がまるでない。十吾のすぐとなりにいる百荏の姿まで霞んでしまいそうだ。

「雪女の里なんかに張ってある結界に、風の力を上乗せしたようなもんかしら?」

「そんなところだろうな・・・。しかし、参った」

「そうね。あの二人の妖気に包まれた格好だわ」

 周囲のすべての雪と風が、冷那と疾風の妖気を帯びていた。これでは、疾風と冷那の妖気を察知するのが、かなり難しくなっていた。

「視覚、霊感、どちらも封じられたか・・・・」

「三芽さんか七香なら、なんとかなったかもしれないけどねェ」

 ふたりはお互い背を向けるように立ち、周囲に注意をはらう。

「―――暴炎凱!」

「―――風甲装!」

 二人は自分の身体に、それぞれ炎と風を纏う。身体に叩きつけられる風と雪の影響が半減する。

「・・・・やな気分だな。殺気を全方位から浴びているようなもんだ」

「来るわね―――とッ!」

 法具《豺華》を振り、風の防御壁を展開する。直後、無数のツララが鋭い切先を壁に突き付けてきた。

 ツララが砕け、風の壁が四散する。

「いくわよッ!」

 もう一方の手には緋色の鉄扇。神鉄ヒヒイロカネより造られた、強力な法具。

「神影流扇霊―――嵐風衝!」

 ツララの飛んで来た方向に見当をつけ、緋扇を振るう。

 ゴォウッ!

 強烈な突風が吹雪を吹き飛ばし、その向こう側にいた冷那と疾風の姿をあらわにする。

「破ッ!」

 疾風は錫杖を前に突き出し、自分と後ろにいる冷那の周りに風の壁を形成する。直後、百荏の風が襲いかかってきた。

「神影流棍霊―――神威之壱」

「!?」

 風の壁の向こうから、急激に高まった十吾の霊気が届いてきた。

「冷那!」

「氷より為れ 我が僕」

 冷那の横手に、冷気と雪が収束していく。瞬く間にそこには巨大な狼が現われていた。雪のように白い毛並みを持つ巨大な狼。

「―――煉龍喉牙!!」

「―――氷狼爪牙ひろうそうが

 ヒヒイロガネの棍から龍を形作る巨大な炎の帯が放出される。対して、冷那の作り出した巨狼がその炎の龍に向かって、疾空する。

 巨大な龍の顎が、巨大な狼の爪が、両陣の中央でぶつかり合う。その直後、轟音とともに、相反する二つの《力》のぶつかり合いが生んだ衝撃が、大地と空を覆った。

「炎と氷は・・・」

「互角ですね」

 相棒が張る風の結界の中で、十吾と冷那は同様の手応えを感じる。

「それなら次は、風と風ね」

 嵐風衝の風が消え、風景が元の吹雪に戻る。

「十吾・・・・、この邪魔な吹雪、消せる?」

「・・・・やってみよう」

 棍を地面に突き立て、呪言を唱え始める。

(最大級の炎属の結界を張り・・・・・、双方の結界の干渉によって無力化する!)

 十吾の身体を覆う暴炎凱の炎が、勢いを増す。体内の炎氣が天井知らずに活性化を始めた。

「炎爆結界!!」

 フッ!

「なに!?」

「これは・・・・」

 十吾たちを真上から攻撃しようとしていた疾風と冷那の動きが止まる。周囲の風景を覆い尽くしていた吹雪が、一瞬で消えた。

「神影流扇霊―――神威之弐」

 百荏の周囲に風が渦巻く。そして、風は緋扇と豺華に収束し、凝縮された風の《力》の塊となる。

「狙いは、私か・・・」

 疾風が錫杖を下方に向け、百荏と同じように風の《力》を凝縮していく。

「―――顎斧双牙がくふそうが!!」

 腕を交差させるように振るった二つの扇が、それぞれ五条の風の弾丸を作り出す。それは、龍の口に並ぶ牙のように弧を描き、左右から疾風に襲いかかる。

「墳ッ!」

 水平に構えた疾風の錫杖から小さな風の《力》の塊が放出される。そして、周囲の風をとり込み、急激に大きくなり、人一人余裕で包み込めるほどに成長する。

「―――風魂かざだま!!」

 疾風の気合とともに、さらに風の《力》の塊が膨張し、十条の風の弾丸を受けとめる。

 バシュッ!

「!?」

「ぬッ?」

 風の弾丸と、風魂が同時に消滅する。

「こっちも、《力》は同等かしら?」

「長くなりそうだね、この闘い」

「とりあえず、ああやって上から見下ろされるのって、嫌な気分じゃない?」

「・・・・そうだね」

 十吾が薄く笑みを浮かべる。百荏をとりまく風の感じから、彼女の次の行動を予想していた。

「神影流扇霊―――飛翔陣!」

 ボッ!

 百荏の足もとの地面が弾けた。百荏の《力》によって凝縮された《風》が一気に開放されたのだ。

「なに!」

「!?」

 上空の二人が驚愕する。開放した風を伴って、百荏が一直線に二人に向かっていた。

「螺旋輪!」

 どこから取り出したのか、両手に持った8つの霊扇を放る。回転する扇に帯びた霊気が円盤状の光となって、二人に襲いかかる。

「ちぃ!」

「氷壁」

 それぞれ錫杖と氷の壁で、百荏の攻撃を弾く。百荏は、その二人の間を抜け、さらに高度へと飛翔していた。

「嵐風衝!」

 そして、また手品のように右手に緋扇を握り、強烈な突風を生み出す。

「くッ!」

 疾風が風の膜で防ぐが、その防御膜ごと地面へと押し落とす。

「でぇあッ!」

「ぬッ!」

 ギィンッ!

 棍と錫杖がぶつかり合う。タイミングを合わせて跳び込んだ十吾が振り下ろした棍の重い一撃を、両手で構えた錫杖で疾風が防いでいた。

「どうかな、現代の神影流の風使いはッ!」

「ああ、見違えたよッ!」

 棍を弾き、錫杖を横一閃に払う。地面に突き立てた棍でそれを受けとめ、そのまま力任せに棍を上に振り上げた。

「ぬおッ」

 錫杖に引っ張られるように、疾風の右腕が撥ね上げられる。

「炎崩撃ィッ!」

 ドゴォンッ!

 炎を纏った棍が地面を砕く。疾風は紙一重でそれをかわし、上空へと逃げていた。

「暴炎凱―――爆翔陣!!」

 ドォンッ!

 十吾の身体を覆った炎の一部、足下の部分が爆発的に膨張する。まるでロケット噴射のように、その勢いで跳躍した。

 ギィンッ!

「制空権が、常にあなたたちにあるとは思わないことだ!」

「ぬおおッ!」

 棍と錫杖が火花を散らし、幾度となくぶつかり合う。得物の腕も、ほぼ互角だ。

「落葉扇!」

「砕雹」

 弧を描いて頭上から襲いかかる霊扇。散弾のように撃ち出される氷の飛礫。

 百荏と冷那は、それぞれ己の右手に跳び、お互いの攻撃をかわす。

「気扇刃!」

「氷壁」

 百荏の放った空圧の刃が、冷那の生み出した氷の壁に巨大な亀裂を刻む。

「崩氷」

 氷の壁が砕け、飛礫となって百荏に襲いかかる。

「―――」

 一瞬で飛礫の軌道を見切り、緩やかで流れるような動きで全てをかわす。

 ギュンッ!

 急激に速度をあげ、一瞬で冷那との距離を詰める。霊気を帯び、鋭い刃となった緋扇を袈裟斬りの形で振り下ろす。

 ギャリッ!

 緋扇は、冷那の右手に覆った氷の刃に止められていた。

「見事な動きです。まるで川ですね。緩やかに、そして荒荒しく、常に形を変えていく」

「お褒めにあずかり、光栄よ!」

 

 

 ドガガガガガッ!

「ぬおお!?」

 雷が地面を砕き、木々を薙ぎ払う。千夜が、横っ飛びでかわし、神鉄ヒヒイロカネの刃を持つ槍に、雷氣をこめる。

「爆雷閃!」

 穂先から稲妻が放たれ、突進してきた雷過の身体を撃つ。

「ぐッ!」

 衝撃に後ろに弾き飛ばされるが、巨体を猫のように空中で捻り、難なく着地する。

「おらァ!」

 雷過が右手から数条の雷を放ち、それを収束させる。巨大な雷球が形成され、千夜に襲いかかる。

「―――落雷閃!」

 千夜は真正面から、その雷球を迎え撃った。天から降り注ぐ稲妻を連想させるような、振り下ろし。

 巨大な雷球が、その一撃で弾け、周囲に無数の電撃が走る。

「・・・・ふう」

 直撃を避けたとはいえ、近距離にいたはずの千夜はまったくダメージを負っていない。

 二人とも強力な雷使いである。どちらも電撃に対し強い耐性をもっているため、このレベルの技や余波では、まったくの無傷だ。

「ラチあかない。なんとか神威を放つタイミングを掴まないとな」

「うおおおおッ!」

 雷過の放った雷球が無数の稲妻となって降り注ぐ。

「ぜぇあッ!」

 槍の一撃で、自分の頭上に落ちてきた稲妻を弾き、雷過へと撃ち返す。

「ちッ!」

 雷過は自分に向かってきた稲妻を右腕で受けとめる。身体を覆う漆黒の獣毛が、稲妻を吸収した。

「神影流槍霊―――神威之壱!」

 電撃が槍を包み込む。千夜の雷氣が天井知らずに活性化する。

「雷龍爪砕!!」

 五つの稲妻が、龍の爪と化して雷過に襲いかかる。

「ぬおおおおおおッ!?」

 ズガォンッ!

 地面を抉った神威の雷が、土砂ごと雷過を吹き飛ばす。雷過の厚い胸板に大きな傷が刻まれる。

「どうだッ―――!?」

 ゴロゴロゴロッ・・・

 千夜が天を仰ぎ見る。いつの間にか厚い黒雲が空を覆っている。

「やば―――」

 ドォンッ!

 巨大な稲妻が黒雲からまっすぐ千夜に向かって落ちた。大技を放った後だった千夜は避けることができない。

「こっちの台詞だ」

 傷口からあふれ出る血の量がみるみる減っていく。雷過も《鬼人》ほどではないが、かなりの治癒力を持っている。

「さすがに今の一撃は効いたろう?」

「そりゃ、どうかな」

 土煙が晴れると、千夜が槍を突き上げた姿勢で立っていた。

 槍は、電撃に包まれて辺りを照らしている。

「俺の雷を・・・・、吸収したか」

「ぜああッ!」

 鋭い踏み込みとともに、緋色の槍を振り下ろす。

 コンッ!

 乾いた音とともに、雷過の横にあった木の幹が斜めに切り落とされた。

「おおおッ!」

 宙を飛んでかわした雷過は、そのまま千夜めがけて疾空し、電撃に包まれた拳を振り下ろす。

「ひゅうッ」

 左足を軸に180度回転し、軸ずらしでその攻撃をかわした千夜は、槍を一瞬手放し、穂先に近い部分を逆手に握る。

「せあッ!」

 横手にある雷過の首筋めがけて、雷につつまれる槍をナイフのように突き出す。

 寸でのところでかわした雷過の黒い獣毛が数本、宙に散った。

「オアアッ!」

 雄叫びとともに、雷過の丸太のような腕が振るわれる。接近していた千夜はかわしきれず、思いっきり吹っ飛ばされた。

「おおおおおおおッ!」

 雷過の黒毛から、幾筋もの電撃が放出され、千夜の身体を打つ。強烈な衝撃が千夜の身体のさらに飛ばし、木々が薙ぎ払われた。

「―――天の怒りを表す光よ 我が元へ!」

 空中で身をひねり、両足と左手で地面を滑走した千夜に向かって、黒雲から無数の稲妻が落ちる。そのすべてが、千夜の右手の緋槍に収束した。

「オオオオオオッ!」

 雷過が吠え、それに呼応したかのように黒雲がその巨体に巨大な稲妻を落とした。

 両者が、己の身を包み込み霞ませるほどの電撃に包まれる。

「―――神雷・龍覇鳴閃!!」

「―――獣雷覇!」

 二人が、互いに向かって跳び込んだ。

 千夜を包む雷撃が、巨大な龍へと変じ、雷過を包む雷は、まるで獅子のように形を成す。

「ゼェアアアアアッ!!」

「オオオオオオッ!!」

 バヂィッ!

 二人を包み込む雷が、爆発したかのように膨張し弾ける。二人のその衝撃で、後方に飛ばされた。

 ザザザッ!

 双方、地面を滑走するように着地し、長い間合いで対峙する。二人の服はところどころが焦げ、ブスブスと煙を吹いていた。

 あの雷の中にいて、それだけで済んでいるのが不思議なことではあるが。

「面白いッ! 貴様、神龍と雷龍の《力》を操るか!」

「ああ、剣霊次期継承者の従兄妹だよッ!」

 場違いなほどの楽しげな雰囲気を纏い、二人が再び己の身体を雷で包み、駆け出した。

 空の黒雲は、その二人の闘争心に煽られたかのように、さらに広く厚くどんよりと広がっていた。

 

 

「神影流剣霊―――神覇斬!」

 ギィンッ!

 初撃を受けとめられた壱姫が跳躍し、刃に霊気を収束させた唐竹の一撃を繰り出す。その剣撃を刀で受けた隗斗が、そのまま空中にいる壱姫の身体を押し返す。

「くッ!」

 大きく後ろに弾かれ、壱姫が身体をひねり地面に降り立つ。

「―――!」

 隗斗が目前に迫っていた。全身に殺気と妖気を纏い、地面の上を滑らせるように切っ先を下げて猛速で迫っている。

「金剛砕ィッ!!」

 霊気を凝縮させた拳が、隗斗の脳天に振り下ろされる。

 ドゴォッ!

 横に飛び退いた隗斗の頬をかすめ、当たり所を失った拳が地面に突き立ち隆起させる。

「報告を聞いたときはまさかとは思っていたが・・・、貴様もこの時代までくたばり損なっていたか、黒杜」

「おう、俺の性格は知ってるだろう。てめェの面に、ありったけの技をぶち込むまで、零朱たちのところに行くわけに―――」

 地面を砕くほどの脚力で、風のように隗斗へと迫る。

「我流鬼道術―――」

「三芽ッ、テメェは手をだすなッ」

「!?」

 振り向かずに叫んだ黒杜の言葉に、三芽の動きが止まり、物質化しかけた妖気が散る。

「砲砂爆!!」

「銘霊衝(めいれいしょう)!」

 妖気を打ち込みながら刻んだ筋から、壁のように妖気が噴出し、黒杜の粒状の霊気を弾き返す。

「お前は少しでも《力》を消耗させるなッ!」

 隗斗に向かって、黒杜が跳躍する。

「破岩蹴!」

 霊気の壁をぶち破った黒杜の蹴りを、隗斗は刀の鍔で受けとめ、左の掌の上に妖気を凝縮する。

「ムッ!」

「神影流剣霊―――神威之弐!」

「神影流弓霊―――神威之壱!」

 隗斗を囲むように展開していた壱姫と七香が、それぞれのヒヒイロカネの法具に《龍神》の霊気を収束している。

「神影流拳霊―――神威之弐!」

 鍔を蹴り押し、その勢いで隗斗から離れた黒杜が、《剛龍》の霊気を両手に凝縮させる。

「月下霊章!!」

「我龍攻突!!」

 三日月状の巨大な霊気刃と、巨大な龍を形作る霊気に包まれた矢が、横手と後方から隗斗を襲う。

「・・・ふ」

 ドォォンッ!!

 二人の神威が大量の土砂を巻き上げ、木々を薙ぎ倒すほどの衝撃を周囲に放出する。

「八龍喉覇!!」

 黒杜が両手を突き出し、八匹の霊気龍を作り出す。まだ土砂煙が収まらぬ中にその八竜が飛び込んだ。

 ゴバッ!

 土砂煙を吹き飛ばし、さらに地面を岩塊に変えて砕き飛ばした。

「拳霊、剣霊、弓霊の神威三連弾だッ! いくらテメェでもこいつにゃ―――」

 バファ!

 岩塊と土砂煙を跳ね除けながら、隗斗が飛び出した。背に巨大な銀翼、額に淡く輝く光角を形成して。

「!?」

 ロケットのような加速で隗斗が七香に迫っていた。その左掌には半ば物質化した妖気の塊が浮かぶ。

「来んなァ!」

 叫びながら、恐ろしい速度で矢を番えた。矢の先には、1mも離れていない隗斗の顔がある。

 一瞬の躊躇もなく、矢を放つ。が、隗斗はわずかに顔を横に傾げただけでかわしていた。

「―――」

 数十センチの距離から放たれた矢をかわすという行為にギョッとする間もなく、七香の腹部に妖気塊が押し当てられる。

 ドンッ!

 妖気塊が密着状態で炸裂した。指向性をもったその衝撃が全て七香に加えられる。

「七香―――!」

「七香ちゃんッ!」

 七香の身体が小石のように吹っ飛び、森の中へと消えた。次いで衝撃音が響く。

「ちぃッ!」

 黒杜が隗斗を牽制するように、その前に立つ。

「七香をッ」

「はいッ」

 壱姫と三芽が駆け出す。

「どこに行くのかな?」

 隗斗が翼をはためかせる。無数の銀羽が宙を舞った。

『!?』

 銀羽がその形を変え、無数の妖気の刃となった。

「銀羽閃舞」

 妖気刃が不規則な起動を描き、二人に迫る。

「セェエエエイッ!」

 三芽の前に出た壱姫が、閃光のごとき連撃で、妖気刃を弾き返す。

「ぐッ!?」

 壱姫の剣を掻い潜った最後の妖気刃が、壱姫の太ももに突き刺さる。

「壱姫ッ!」

「どこを見ている?」

「ちィッ!」

 壱姫に気をとられた一瞬をつかれて、黒杜は隗斗に接近された。

 ザシュッ!

 隗斗の刀の切先が、黒杜の胸を切り裂く。致命的なものではなかったが、無視できるほど浅い傷じゃない。

 だが、黒杜はそれを意に介さず、強烈な蹴撃を繰り出す。

 バシィッ!

 隗斗と黒杜の間に割り込んだ銀翼が、その蹴りを受けとめる。

「便利な翼だ。《鬼》の強大な妖気を圧縮した銀羽の集合体。剣も矢も、そして霊技も通さぬ」

「・・・・そいつは、私の父のものよ・・・・」

 三芽の気配が変わる。まるで抜き身の刀のような攻撃的で鋭い殺気。

「だが、今は私のものだ。この葦鳳 隗斗のな・・・・」

「三芽、よせッ!」

「三芽さんッ」

 ゴォウッ!

 三芽の身体から妖気が溢れ出す。妖気の一部は黒鎖へと変じ、螺旋を描くように三芽の周りを舞った。

「許せないのよ・・・。あんたが私の父さんの《力》を持っているのを・・・・。あんたが私の大切な友達の兄であることを・・・」

 全身に《呪紋》が浮かび、三芽は完全に戦闘態勢に入っていた。すでに周囲の声は聞こえていない。

「あんたが・・・・あんたが、あの子たちを哀しませてることがァッ!」

 

 

 

   三十一章へ続く・・・・。

 

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