第四章

鬼姫(後半)

 ゴツッ!

「おうッ!」

 洞窟内を先頭で歩く壱姫が、低くなっていた天井に頭をぶつける。

「痛てて・・・・、ねー、十吾。もちょっと鬼火強くできない?」

 壱姫に問われ、十吾が顔を上げる。その手の上には、小さな火が浮かんでいた。

「これ以上強くすると熱がまわりに影響を与えるので僕以外は鬼火から離れて歩くことになるからそれでは意味がない」

「一息での説明ありがとう・・・・・」

「目ェ、悪いなオマエ」

 天井の低くなったところを、背を曲げて通りぬけ、九十九が壱姫の横に並ぶ。

「・・・・・妖怪のアンタの視力と比べないでよ」

 キツい視線とともに言って、先に進み出す壱姫。九十九は苦笑して、その後をついていく。

「ふ〜ん・・・、相変わらず妖怪嫌いなのね、壱姫」

「そうだな」

「まあ、退魔師で、妖怪好きってのもいないけど・・・・・」

「あいつはな・・・・親を殺されてるからな」

「こら〜、遅いぞーッ! 十吾が来ないと何にも見えなうあッ!?」

「見えないならズンズン進むなよ」

「ええい、うるさいッ! なんでついてきてんのよッ」

「いいじゃん」

 鬼火の光の届いてない闇の中から、二人の声が響いてくる。

「・・・・・仲いいんじゃない?」

「ま、少し慣れたんだろ。どれだけ邪険にしてもついてくるからな、アイツ」

「それにしても、どうやらココは自然の洞窟じゃないようだな」

「そうね」

 百荏が壁をなぞる。どうも人の手で馴らされているように思える。

「俺達の先祖が水妖封印の為に用意したか、あるいは、他の理由で作られたこの洞窟を利用したか・・・」

「そんなところね・・・っと、二人とも、ちょっと早いわよッ」

 先行している壱姫たちは、すでに鬼火の光の届かないところに進んでいた。

「おーいッ、早く来いってばあうッ!」

「・・・・・お前な」

 

 ボウッ!

「・・・・ここは?」

 天井近くに浮かんだ鬼火の光を強くすると、一行は開けた空間にいることがわかった。壱姫たちの目の前には、ちょっとした泉がある。

「退魔師協会の情報では、ここは、先に突入した退魔師たちが妖怪と遭遇した場所のはずだ」

「つまり、先に来てた奴が逃げ出した場所ってわけね・・・ハクションッ」

 泉の側で水の中を覗き込んでる壱姫がクシャミを漏らす。。その壱姫はズブ濡れだった。例によって先行していると、何かに躓き、受身をとろうとすると、水の中・・・だったというわけだ。

「だからズンズン進むなっていったろが」

「うるさいわねェ・・・・。で、どうすんの、これから?」

 壱姫が周りを見渡す。鬼火が照らすのは岩と土の壁、水面ばかりで奥に続くような通路はない。

「これは・・・・お約束通り、水の中ってところか?」

「九十九・・・・、なんだそのお約束ってのは?」

「でも、ここまで一方通行だったし、案外九十九のいうとおり、この中しか捜す場所がないわね」

「でも、結構深そうだよ。誰が行くの?」

 壱姫が四人を見渡す。そして、一通り四人を見た後、視線を九十九に移す。それに会わせて千夜たちも九十九に視線を向ける。

「・・・・・・俺?」

「アンタ、普通の人間より水中で息が続くっていってたわよね?」

「そりゃ、10分ぐらいなら・・・・・」

「じゃ、お願いね」

 にっこりと同意を求める。だが、目は強制していた。「とっとと行け」と。

 ドッボーンッ!

 渋々ながら、九十九が泉の中に潜る。水面に見える影はすぐに消えていった。

「壱姫、服を乾かせ。風邪をひく」

 十吾が棍を地面に突き立て、術で熱を持たせる。

「ありがと、十吾」

 壱姫は棍の側にしゃがみ込み、暖かい空気を浴びる。

「壱姫〜。あんたちょっと、ヒドいんじゃない?」

「な、なによ・・・・・」

「そりゃ、あんたが妖怪嫌いなのは知ってるけどね」

「そうよ・・・・妖怪はあたしの父様を・・・・だから、あたしがアイツを嫌ったって―――」

「それでは人間に殺された人の家族は皆、人間全部を憎まなくてはならないな」

 呟くように言った十吾の言葉に、壱姫の動きが止まる。

「そうだろう?」

「そ、それは・・・・」

「壱姫」

 千夜が腰を落とし、壱姫と視線の高さを合わせる。

「妖怪にだって善い奴はいる。無害で大人しくて、人に笑顔をもたらしてくれる奴だっているんだ」

「千夜・・・」

「俺たちは退魔師。人に仇なす妖怪を討つのが俺たちの重要な仕事だ。だが、それと同じくらい、いや、それよりももっと、

大切な仕事だってあるだろ?」

「・・・・・・・」

 肩に手が置かれる。見上げると、百荏がすぐ側に立っていた。

「人と妖怪、二つの存在が争うことなく暮していけるように、その間にある掛け橋になる。それも私たちの仕事よ。そうやって仏頂面ばかりしてたら、どんな善い妖怪も、逃げてっちゃうわ」

「・・・・・でも」

 ドオンッ!

「―――なんだッ!?」

 突然の衝撃音に振り向くと、泉に大きな水柱が立っていた。さらに数度、爆発するように水面が弾ける。

 四つ目の水柱がたった直後、泉のほぼ中央から、白い帯のようなものが飛び出した。

「あれは、九十九の右手の呪符帯!?」

 帯の先端が数瞬で手の形に変わった。五本の指が天井に食い込む。

 水面が弾け、呪符帯に引っ張られた九十九が水面下から飛び出す。そして、鋭い視線を壱姫たちに向けた。

「泉から離れろォッ!」

 九十九が叫ぶと同時に、水面が盛り上がり、巨大な水柱となった。それが、弧を描き、凄まじい勢いで壱姫たちに向かい、落ちてくる。

 四人は、四方に散って、それを避けた。水柱は轟音とともに地面に突き立ち、岩肌を砕く。

「―――!?」

 地面に広がった水が、まるで意思を持っているかのように四人に向かって伸びていく。そして、槍のように細い水柱となって襲いかかってきた。

「せやッ!」

 壱姫は守薙を振るい、水槍を砕く。他の三人もそれぞれの武器で、水槍を防いでいた。

「千夜ッ、泉に一撃ぶち込めッ!」

「応ッ!」

 雷震を構え、千夜が体内の霊気を活性化させる。高められた霊気が雷属性へと変化し、槍に流し込まれた。

「神影流槍霊―――爆雷閃!」

 突き出した槍の穂先から稲妻のような電撃が放出される。

 ザパッ!

 稲妻が水面に到達する直前、巨大な影が水面下から宙に飛び出した。

 千夜の技は泉の水を大量に吹き飛ばし、水に電気を帯電させる。

「神影流拳霊―――金剛砕!」

「うおおッ!」

 天井を蹴り飛び降りた九十九と、自ら飛び出した巨大な影が交錯する。

 空中で姿勢を変え、地面に降り立つ。

「ちィ・・・」

「九十九、その左腕・・・・」

 千夜が九十九の左腕につけられた手甲を指差す。水とは違う、油のようなもので鈍く光っていた。

「あいつの体、こいつで纏われていて殴っても滑っちまう」

 九十九が前方に目を向ける。泉の側に、明らかに人間とは違う存在がこちらを見下ろしていた。。

 人面蛇体の妖怪。十吾のいっていた妖怪のようだ。

「我が名は尾禅びぜん。神影流の使い手どもよ。我が恨み、貴様らで晴らさせてもらおう」

 尾禅と名乗った妖怪が、口を裂けんばかりに大きく開く。そこから強烈な勢いで水の塊が吐き出された。

「うおッ!」

「!?」

 水塊の進路にいた九十九と十吾が横に飛び退きかわす。

「十吾ッ。こいつの弱点とかはッ?」

 壱姫が尾禅を牽制するように守薙を構え、十吾に問う。だが、十吾はすまなそうな顔で首を横に振った。

「すまん。文献の保存状態がわるくて、お前たちに話したことしか分かっていないんだ」

「そうかよッ!」

 九十九が右手を尾禅に向かって突き出す。

「我が声に答え 名と力を示せ!」

《我は霊陣!》

 九十九の右手が数本の帯にバラけ、空間内に広がる。

「我が前に枝なる力を示せ!」

《我が力は縛陣!》

 呪符帯が意思を持っているかのように動き、尾禅の体を絡めとる。

「やれェッ!」

 九十九の叫びに、壱姫が尾禅に向かって駆け出す。

「神影流剣霊―――!?」

 尾禅の体が一瞬で水に変じた。呪符帯による戒めから抜け出し、地を張っていく。

「金剛砕!」

 意思を持つ水に、九十九が霊気を収束した拳を打ち込む。岩とともに水が砕けた。

 しかし、飛び散った水は、空中で踊り、一点に集まっていく。数秒で、下の人面蛇体の姿へと戻った。

「剛破撃!」

 十吾が尾禅の脳天に霊気を込めた棍を打ち込んだ。

「!?」

 棍は、尾禅の体の表面に張られた油に滑り、地面に叩きつけられた。

「無駄だッ!」

 異様に長い尾禅の腕が十吾の顔をわし掴む。

「があ・・・・」

 吊り上げられ、万力のような握力に十吾が呻く。

「まずは一人・・・・」

「暴炎凱!」

 叫びとともに、十吾の体が炎に包まれる。

「何ッ!?」

 炎が体の油に引火し、右腕が炎に包まれる。慌てて水を操り、尾禅が右腕の炎を消した。

「いい油だな。よく燃えるとおもったよ」

 十吾が炎に包まれたまま薄く笑みを浮かべる。その炎は十吾の体、それどころか服にすら何の影響も及ぼしていない。

「く・・・・・はあああッ!」

 ザパパアァッ!

 泉の水が弾け、空中に飛び散った飛沫が集まり、十数個の水球になる。

「なんだ・・・?」

 ギュイイイインッ!

 水球が高速回転を始め、円盤状に形を変えていく。

「―――行け」

 尾禅の命に答え、水円が九十九たちに襲いかかる。

「せいッ!」

「ハアッ!」

 一直線に向かってくる水円を避け、かわしきれないものを各々の武器で弾く。だが、高速で回転する水円の威力に、数歩分、弾き跳ばされる。

「死ねッ!」

 水円が壁を抉りながらUターンし、後方から九十九たちに襲いかかる。

「神影流扇霊―――」

 百荏が胸の前で、腕を交差させる。その手には十本の扇が畳まれた状態で指間に握られていた。

「あいつ、どこにあんだけ扇持ってんだ?」

 九十九が場違いなツッコミをいれるが、百荏には聞こえなかったようだ。十本の扇を器用に全て広げる。

「落葉輪!」

 交差させていた腕を素早く広げ、上方に向けて全ての扇を投げ放つ。鋭く回転する扇は円状の霊気を纏って、天井ちかくから急速に落下した。

 パアアンッ!

 「面」の部分に扇を打ち込まれた水円が一瞬で弾けて飛沫へと戻る。残った数個の水円を、九十九たちは難なくかわした。

「あーいうのって、上下からの攻撃に弱いのよね」

「く・・・・!?」

 再度、水を操ろうとした尾禅が頭上を見上げる。暴炎凱で全身を炎で覆った十吾が、上空から棍を振り下ろしていた。

 裂けきれず、両腕で棍を受け止める尾禅。だが、強烈な炎を浴び、全身火達磨になってしまう。

「ぎゃああああッ!」

 炎の苦痛に尾禅がもがく。泉の水が重力に逆らって盛り上がり、尾禅の体に被さり、炎を消していく。

「ぐううう・・・」

「神影流拳霊―――」

「!?」

「金剛砕!」

 後ろから忍び寄っていた九十九が、霊気を込めた拳を尾禅に叩きつける。体の液体化も間に合わずに、尾禅はその攻撃をまともに受け、岩壁まで吹っ飛ばされた。

「くッ・・・」

「ご自慢の油も、あれだけ派手に燃やされた後じゃ、全身にいきわたるまで時間がかかるみたいだな」

 拳の打ち込まれた左わき腹を手で押さえている尾禅の前に、九十九が立つ。

「しかし、本当にあんたが江戸時代にここらへんの海で暴れまわったっていう水妖か? この程度の力じゃ、牛鬼たちを使役

していたなんて信じられないぜ」

「・・・・・・クックックッ。貴様ら、私の能力のことをしらないんだったな?」

「・・・・?」

 どう見ても劣勢のはずの尾禅の笑みに、九十九が怪訝な表情になる。

「見せてやろう。これが私の力だ」

 尾禅の体が液体化していく。しかし、先ほどのものとは違っていた。

「これは・・・」

 九十九が1歩後ずさる。尾禅の体は、毒々しい赤色の液体に変わり始めていた。そして、その液体の量がどんどん増しているようだった。

 それを見た九十九が振り返り、壱姫たちの方に向かって駆け出す。

「戻れェッ!」

 九十九が叫ぶ。何が起こっているのかは理解できないが、九十九の様子から危険が迫っていることだけは分かり、壱姫たちが入り口へと続く道に向かって駆け出す。

 ドオンッ!

 見ると、液体化した尾禅が、爆発的な勢いでその質量を増し、空間を満たしていく。

 鬼火を灯した十吾を先頭に、五人が狭い洞窟へと駆け込む。

「―――チィ!」

 振り向くと、地響きを立てながら赤い液体が迫ってきていた。どう見ても、こちらのスピードより速い。

「我が声に答え 名と力を示せ!」

《我は霊陣!》

 立ち止まった九十九の右腕がバラけ、蜘蛛の巣のように洞窟の縦横いっぱいに魔法陣をかたどった呪符帯が張られる。

「九十九ッ?」

 壱姫がそれに気づき、立ち止まる。他の三人も少し先にいったところで足を止めた。

「来るッ!」

 赤い液体が霊陣にぶつかる。凄まじい衝撃が九十九に襲いかかる。

「ぐぅ・・・・何してるッ、早く行けッ!」

「で、でも・・・・・・九十九ッ、呪符帯が!?」

「なにッ?」

 シュウウウ・・・・。

 霊陣を張っている呪符帯のところどころが、黒く変色し始めていた。

『ハハハハハハハッ!』

「尾禅ッ!」

 霊陣の向こう側の液体がうねり、尾禅の顔が浮かび上がった。

『これが私の本当の力だ。全てを腐らすこの毒の体がなッ』

 呪符帯の変色がどんどん広がっていく。

「くッ!?」

 霊陣に生じた小さな綻びから、僅かな量の毒液が噴出す。九十九の肩にそれがかかり、ブスブスと服に穴を空けた。

(ダメだッ、今から入り口に走っても到底間に合わねェ)

 九十九が壱姫の方を一瞥する。

(壱姫にゃますます嫌われるかもしれねェが・・・・・やるしかないか)

『―――ぐ、ぐおおおッ』

「?」

 九十九がある覚悟を決めた次の瞬間、尾禅が呻き声をあげていた。

『み、三芽様ッ。なにをッ!?』

「み・・・つめ?」

 聞き覚え、というより聞き慣れた名を耳にし、九十九が呆然としていると、尾禅の体が毒々しい赤から、透明なそれへとかわっていった。そしてその中に人影らしきものが見えた。

「まさか・・・・あの毒液の中を進んできたのッ?」

「馬鹿な・・・」

 五人が驚いていると、その人影が声を発した。少しハスキーだが、女性の声だ。

『天と地の狭間 昼と夜の境へと滅せ――――』

『ギィァアアアアア―――――――!!』

 断末魔の叫びとともに、通路を満たしていた尾禅の体が一瞬で、あっけなく消滅した。

 九十九は霊陣を解き、右腕へと戻す。九十九の義手は少し、肌の質感を失い、ところどころが黒くすすけていた。

「・・・・・・・・」

 コッコッコッ・・・・。

 五人が呆然としていると、人影が鬼火の光の中へと入ってきた。

「―――!?」

 壱姫たちはこれ以上ないくらいおどろいていた。

 現れたのは、20代前半くらいの女性だった。少しツリ目気味だが、男を魅了するには十分な妖艶さをもった黒髪の女性。

 だが、驚いたのはそんなことではない。

 その女性の額には、淡い光を放つがあった。強烈な妖気を放つ角が。

「こ・・・この人、もしかして・・・・・・」

 壱姫が、九十九の方を見る。九十九はさきほどから呆然としたままだ。

「フフッ、私の名は三芽。よろしくね、神影流六武法継承者の皆さん。それに・・・・」

 三芽と名乗った女性が、九十九に目を向け、微笑む。それを見て、九十九もつられたように、気の抜けた笑みを浮かべた。

「久しぶりね、九十九」

「ああ、久しぶり・・・・姉さん」

 

   

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