第七章

童の声、霊姫の心

前半〜、一人称:壱姫

「ほれ」

「・・・・?」

 お婆ちゃんが、あたしに何かを差し出す。受け取り、広げてみると、子供用の服だった

なんか、見覚えがあるんだけど・・・・」

「お前が、昔着とった服じゃ」

「・・・・? こんなの、何に・・・・、あ、なるほど」

 廊下の端、縁側に続く角に、サチという名の座敷童の姿が見えた。今は、こちらを伺うように、顔を半分出してるだけだが、確か、服がボロボロになってたハズだ。

「寸法も多分、ピッタリのはずじゃ。餓鬼のときのおまえとソックリじゃからの」

「・・・・・ちょっと、コッチにきなさいッ」

 サチを手招きするが、彼女はビクッと小動物のように、角の影に隠れてしまった。

「・・・・・・」

 トコトコと廊下を歩き、角の向こうを見てみる。と、ちょうど、顔を出そうとしていたサチと視線がぶつかった。

「!」

 サチは脱兎のごとく逃げ出す。

「ちょっと、待ちなさいよッ!」

 なんだか、ムッとしてしまい、あたしはサチを追いかけ始めた。

 あたしの家は、広い。非常識なほど広い。故に廊下も、長く迷路のように縦横に走っている。

「けっこーッ、早いッ、わねッ」

 その家の中を、追いかけっこ、といえないぐらい、双方とも必死になって走っている。

 早い・・・・。なんで、あんな小さな子が、あんな早く走れるのッ。あたしは、陸上部の短距離のエース、久保内さんに、体育祭で競り勝ったほどの脚力の持ち主なのよッ!

「待ちなさいってのッ!」

 速度を上げ、サチの服に手を伸ばす。と、彼女が十字になっている廊下を左に曲がった。

 あたしは、勢い余ってまっすぐ進んでしまう。いつもワックスをかけたようにピカピカの廊下。足を滑らしそうになりながらも、あたしは急制動をかけ、十字路に引き返す。

「!?」

 あたしがサチの姿を見失ってから、3秒とたっていない。なのに、サチの姿がどこにも見当たらなかった。

 サチの曲がった廊下に面している部屋に近づいてみる。

「―――?」

 何かが横をすり抜けたような感覚があった。だが、横を見ても何もない。

 と、視界の端に動くものがあった。振り返ってみると、さっきの十字路を曲がっていくサチの後姿があった。

「ど、どういうことッ?」

 少し混乱しながらサチの後を追う。いくらなんでも、横を通りすぎる前に、サチの姿を確認できたはずだ。

「!?」

 まただ。サチのすぐ後に角を曲がったハズなのに、どこにも彼女の姿が見当たらない。

 後ろを振り返る。先ほどとまったく同じ光景。サチの姿が廊下の角に消えていくところだ。

 またしばらく追いかけっこが続き、あたしもさすがに息が切れてきた。いくら体力があっても、ほとんど全力疾走で、迷路のような廊下を走ってたんじゃ、体が持たない。

「・・・・・・座敷童か」

 もしかしたら、これが彼女の妖力なのかも知れない。誰知らず家の中に住みつくオカッパ頭の子供の妖怪。そういえば、サチは、あたしとほぼ同じ速度で走っているというのに、まるで足音をたてていなかった。

 つまり、サチ、座敷童は、「隠行」の力に長けた妖怪なんだ。

 ザッ!

 あたしは縁側に出たとこで立ち止まる。また、サチの姿が消えた。

「・・・・・・」

 姿を隠せても、妖気は隠せないはず。あたしは意識を集中させ、霊感を働かせる。

「・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

 ・・・まるで妖気が感じられない。まさか、妖気そのものまで隠してしまえるのでは?

 あたしは慌ててあたりを見渡した。だが、サチの姿は、影も形も、それこそ気配まで消えてしまっていた。

「・・・鬼ごっこは、あたしの負け。はァ〜・・・次はかくれんぼか」

「ナオ〜」

「ん?」

 どこかでクロ助が鳴いてる。と、庭に目をやってみると、クロ助が何もないところに向かって走っているところだった。

「何やってるの、クロ助?」

 いつも日向でゴロゴロ寝てるクロ助が、元気に庭をかけ回ってる。まるで、あたしについて歩いているような動きだ。

 ん・・・・? 何かについていってる・・・・・。

「・・・・・・こらっ、サチッ!」

 あたしはいきなりクロ助の前方に向かって叫んでみた。

『!!』

 空間がいきなりボヤけた。あたしはそのボヤけた空間に向かって飛び込む。

「捕まえたよッ!」

 あたしの腕の中に、サチの姿が、空間から染み出すように現れた。光を屈折させるのか、あたしの感覚に錯覚を起こさせていたのか、どういう妖力かは判らないが、サチはこうやって、あたしを撒いていたのだ。

「あう・・・! あわ・・・!」

 サチはあたしの腕から逃れようと、ジタバタしてる。どんな穏行の力を持ってても、こうやって掴まれば、彼女は見た目通りの非力な女の子のようだ。

「ううぅ〜!」

 胴に回るあたしの腕を必死になって解こうとしているが、ビクともしない。あたし、そんなに力いれてないんだけど。

 さすがに、こんな様子だと、妖怪に対する嫌悪感も出てこない。

「なーんで、逃げるのよ」

 あたしが聞くと、観念したのか、サチが大人しくなる。

「・・・・・・・・人間、怖い」

「え・・・?」

「・・・・人間、サチを捕まえる。捕まえて閉じ込める。ずっとずっと閉じ込める。だから、人間怖い」

「・・・・・」

「仲間も掴まった。皆掴まった。サチたち、暗い想いしかない家、住めない」

 呟くような小さな声で話すサチの言葉が、大きな痛みとなって、あたしの心に響く。

「サチ、死ぬのイヤ・・・・。暗い想いの家、長くいたら死んじゃう・・・・」

「・・・・・ねェ、サチ。あたしの家、嫌い?」

 多分、今のあたしはとんでもなく優しい声をしていたと思う。

 サチは、一瞬、キョトンとして、そして、辺りを見回した。

「ここ・・・、温かい。すごく、暖かい想いの家」

 ビクビクとしていたサチの表情が和んだ。自然とあたしの顔も笑みになる。

「服・・・ボロボロだよ。着替えよ」

「・・・うん」

「あたし、壱姫。難しい方の「いち」に、お姫様の姫」

「イツキ・・・うん、覚えたよ」

「サチは、名前、なんて書くの?」

「・・・サチ、名前もってなかった。江戸で、九十九に助けてもらった時、つけてもらった」

「・・・サチ、あんた、歳いくつなの?」

「200年くらい生きてるよ。サチたち、ずっと子供のままだけど」

「・・・・・・・・」

「あのね、九十九がつけてくれた名前。サチの名前、せって、書くんだって」

 

 

 数日後・・・。

 煉戒市から駅を十ほど離れた場所にある山中。

 太陽が落ち、日の光が途絶えた頃、竹林に覆われたある屋敷に、数種の悲鳴が響いていた。

「ぎゃあッ!」

「がはァッ!」

 壁にたたきつけられた二人の男が、泡を吹き、床に倒れる。その手に握られていた木刀は、中ほどで折られていた。

「何だ!」

「こ、これは・・・」

 屋敷の奥から出てきた男達は、暗闇の中を立っている男と、その足元に倒れている二人を見て、驚く。よく見れば、男の後ろにも、何人かの同門の男達が倒れていた。

「何事だ!」

 二人の男が、前に出てくる。一人は、鋭い目をした40代前半くらいの男。手には、すでに抜刀された日本刀が握られている。もう一人は、老人。だが、七十歳を超えてるように見える、その老人は、老いを否定しているかのように背を張り、暗闇の中に立つ男を凝視のしていた。

「何者じゃッ」

「返答によっては、ただでは返さんぞ」

 日本刀を持った男が、切っ先を侵入者に向け、ジリジリと近づく。

 サア・・・

 雲から顔を出した月の光が、格子窓から射し込み、男の姿を照らし出した。

「―――!?」

 日本刀の男が驚愕する。

「思い出したか?」

 侵入者は皮肉げな笑みを浮かべる。

「貴様、なぜここに・・・・・」

「貝野流剣術「逆月」・・・・、あの夜、見せた技。あれでピーンときたんだよ。サチを昔捕らえてたのも、ここの奴だったってな。サチがいなくなって、没落した後、暗殺を生業にするようになったんだって?」

「・・・何者だ、貴様」

 男の発する殺気が、膨れ上がる。あと少し近づけば、刀の間合いに入る。

「そのナマクラで何を斬るつもりだい? 14代目当主、貝野影児さん」

 ダンッ!

 日本刀の男、影児が、大きく踏み込む。袈裟切りの一刀、有無をいわさぬ鋭い一撃で仕留めるつもりだ。

「―――――」

 侵入者は、ゆっくりと横に移動したと錯覚するほどの、自然な動きでその攻撃をかわし、影児の横を通りぬけた。

 声も出ず、振り下ろした刀を動かすこともできなかった。海中で鮫が自分の横を通りすぎた、そんな感覚だった。

「さてと・・・・・」

 男の気配が一変した。ただそこに立っているだけなのに、心を締め付けられるような恐怖が、その場にいる者たちの心を支配する。

「お仕置きの時間だぜ、悪党ども」

 気楽な声とは裏腹に、殺気に近い男の気配は、ますます膨れ上がっていった。

 AM1:32。

 カラッ・・・

 崩れた壁の欠片が足元に転がる。目の前にいる前当主、貝野貞義は、ほとんど崩れている壁に背を預け、床に半ば倒れるように座り込んでいる。体はガクガクと振るえ、腰を下ろしたあたりは、濡れて小さな水溜りを作っていた。どうやら、恐怖で失禁しているようだ。

「なあ、じいさん」

「ひィッ!」

 男に声をかけられただけで、もがくように壁伝いに移動する。男は、先回りしそれを阻み、すぐ近くでしゃがみ込む。

「今日は、ここまでにしとくよ」

「・・・・・・・」

「だけど、またサチを狙うようなことをしたら・・・」

 男は笑みを浮かべていた。だが、その瞳は決して笑っていなかった。

「判るよな?」

「わ、わかったッ! 手を引くッ、だから殺さんでくれェ!」

 貞義が額を床にこすりつけるように伏し、懇願する。

「人を殺人者みたいにいうなよな。まァ・・・」

 男が顔を横に向ける。積み重なるように倒れている門下生達。全員息をしている。だが、決して安らかな顔はしていない。

「死んだ方がマシ、ってなこともあるかもな」

 男が立ちあがる。

「俺は、煉戒市に住んでる九十九っていう。仕返し希望なら、いつでも来な。と、いっても・・・・・・」

 九十九が、見る影もなくボロボロになった壁の穴から、屋敷の庭を見る。影児が倒れていた。

 恐怖に歪んだ表情のまま、気絶している。

「二度と刀を持てねェかもしれねェがな」

 九十九はそう言い残し、竹林に消えていった。

「・・・・鬼じゃ・・・・・鬼が来た・・・・」

 

 

 雲に隠れていた月が顔を出し、九十九が空を見上げる。

「いい月だな。あんな後じゃなけりゃ、もっと気持ちよく見上げられるんだけどな」

 竹林が途切れ、眼下に街の明かりが見えてくる。

「さて、とっとと戻って、サチの顔でも見にいくか・・・・・。あいつ、これからどうしようかな?」

 立ち止まり、しばらく考え込む。

「・・・・・・壱姫がちゃんと仲良くしてくれてるようだったら、銘奈婆ちゃんに頼んで、あそこに置いてもらうか」

 なんとなく、そうなるような予感を感じ、九十九は、足取り軽く街を目指して歩き始めた。

 

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