第八章

科学の侍

 六月八日―――鵬鳴高校二年B組。

「よォ」

 九十九が教室に入り、扉のすぐそばにいたクラスメートに声をかける。

 いきなり教室がザワめきたった。

「おいッ、見ろよッ」

「何ッ? 何でホームルーム前に秦君がいるのッ?」

「今日は月曜だぜッ!?」

「俺、月曜の朝に九十九の姿見んの、初めてだぜ・・・」

「今日は雨かな?」

「ねェ、あれ、雷雲じゃない?」

「やだッ、あたし、傘なんて持ってきてないよ〜」

「・・・言いたい放題でございますね、あなた方」

「言われて当然だろ」

 九十九のすぐ後ろで、千夜が笑ってる。その後ろには、壱姫もいた。

 転入以来、というか、転入初日からまともに学校にこない九十九を見かねて、二人がマンションまで起こしに行ったのだ。

「まったく、眠りたいだけ眠るなんて、そこらの座敷犬じゃないんだから・・・・」

「寝たいときに寝る。眠りたいだけ眠る。自然な事じゃないか」

 妙に清清しい顔で、にこやかに九十九が言う。

「何さわやかに自堕落なこと言ってるのよ」

「壱姫。そろそろホームルーム始まるぞ」

「あ、そうね。九十九、今日の約束、忘れてないでしょうね?」

「・・・・何だっけ?」

 ドゴォッ!

 凄まじい早さで袋から取り出された木刀の突きが、九十九を吹っ飛ばす。ちょうど開いていた窓から飛び出すが、右手で窓の縁を掴み、教室の外にぶら下がる。

「ああ、思い出した。卯月うづきの家にいくんだろ?」

 窓の外から顔だけ上げて言う。どうやら殴られたショックで思い出したらしい。

「そうよ・・・・まったく、無駄に頑丈に出来てんだから」

 だからって、常人なら昏倒しそうな一撃でツッコまなくても・・・・。

「千夜。責任持って連れてきてね」

「なんで俺が・・・・」

「クラスメートだから。じゃ」

 木刀を袋にしまいつつ、自分の教室に向かう。

「いいよなァ〜、九十九は。葦鳳さんにかまってもらえて」

「GWには、葦鳳さんの家に泊まったんだろ?」

 窓の枠から身を乗り出し、今だぶら下がってる九十九に話かけるクラスメート。

「こーいう思いしてもいいなら代わってやってもいいぞ」

「俺らじゃ死ぬって・・・・」

 キーンコーンカーンコーン・・・・・・

 チャイムが響く。と、同時に、担任の柳が教室に入ってきた。

「・・・・・・やっぱり、今日も秦君は遅刻ですか」

 教室にいる顔を一通り眺めてから、柳が一つ深いため息をつく。

「は〜い、ここにいま〜す」

「え?」

 柳が窓の方を見る。

 ちなみに、二年の教室は三階。

 ドンガラガッシャンッ!

 柳はわかりやすい音とともに、派手にコケた。

 

 

 煉戒市北区。

 PM5:25。

「で、ここが神影流六武法六流家の最後のひとつ、弓術を継承する卯月家の屋敷か」

「誰かに説明しているのか、九十九?」

 壱姫の家なみにでかい屋敷の前で、十吾がツッコむ。

「それにしても、卯月家に六流家現継承者集合とは・・・、常時は秦家に召集が通例だというのに」

「あんたも十分説明的よ、十吾」

 百荏がさらにツッコむ。

 二人とも、タイミングよくこの屋敷の前で九十九たちと合流したのだ。

「しかも、こんな文で・・・・」

「・・・・文じゃないとおもうぞコレ」

 九十九がポケットから一枚の紙を取り出す。

「そうだよね。一言だもんね」

「ああ」

 壱姫たちも同じ紙を取り出した。ノートを破り取ったと思えるB5くらいの紙には、面積いっぱいにこう書かれていた。

 

 来い。  卯月 七香より。

 

「・・・・・・・・」

「えらく横柄な言葉だな、オイ」

「あの娘らしいけど」

「この七香なのかってのか?」

「神影流六武法・弓術の継承者。禄邦工科大付属高校1年。霊子りょうし学の第一人者、卯月清次郎のひ孫で、15歳にして、日本屈指のアストラルアーム、いわゆる現代版退魔武具設計者よ」

「・・・この際、説明台詞のことはいいとしとこう。さ、入るか」

 九十九が正門をくぐる。他の四人もその後をついていく。

 

「・・・・・・」

 九十九が呆然としてる。

 卯月家は外観が時代劇のセットをそのまま持ってきたような純和風の造りだというのに、中は、どこぞの研究所のようなものになっていた。そこかしこに白衣を着た男女が何かの設計図らしきものを囲んで何かを話し合い、無数にあるパソコンに五人にはまるで理解できない暗号のような数値を打ち込んでいる。

「おッ、来たね」

「え? あッ、七香ッ」

 後ろから声をかけられ、五人が振り向く。そこにはセーラー服の上に白衣を着た少女が腰に手をあてた姿勢で立っていた。

大きな眼鏡に、後ろで二つにわけたおさげの華奢な娘だ。ふんぞり返っているが、背がえらく小さいようで見下ろしているようには見えない。

「このちっこいのが最後の一人か?」

 ツカツカと近づき、七香の頭に手をおく。九十九の胸のあたりまでくらいだ。150センチを超えてないんじゃないだろうか。

「あなたが秦家の継承者? 頭悪そうね」

「・・・・ハッハッハッ。秦家総出で鍛えられててな。これでも高校程度なら授業にでなくても、それなりの成績なんだぞ」

「だからって、授業に出ない理由にはならないでしょ」

 壱姫がツッコむが、九十九には聞こえていないようだ。

「で、七香さんは俺たちになんのようなのかな?」

 なんだか、手に力がこもってるような気がするぞ。

「そうね。時間ももったいないし、ついてきて」

 九十九の手を払い、七香が歩き出す。

「・・・・・・・・」

「ほら、行くぞ九十九」

「・・・おう」

 憮然とした顔で七香と四人の後をついていく九十九。しばらく歩くと、まるで映画やアニメに出てくる研究所のような造りの区画へと連れてこられた。

「・・・・とても、個人宅の中とは思えねーな」

「ここは霊子学の総本山みたいなところだからな。お・・・?」

 金属製の箱を運ぶ男たちとすれ違う。六人が一瞬鋭い顔つきになった。

「今の・・・・」

「ああ。何かを封印した箱だな・・・・」

「あれは、東区で最近発見された遺跡から出土したものよ。中に封印されているものを調査するために運ばれてきたの。どーも、何かを封印したものらしいけど、封式がわからないのよ」

「ありゃ、肉体を持たない妖怪を封じたものだな」

「え・・・?」

 九十九の呟きに七香がキョトンとする。

「封式がわからなくて当然さ。ありゃ、妖怪の使う術によるもんだ」

「妖怪が?」

「ああ、前に見たことがある。妖気ってのは攻撃的な気だから、そういったことには向かないんだが、妖怪の中にゃ、性質的に人間の持つ霊気に近い気をもったやつもいる。そういったヤツが封印というある意味、一番手っ取り早い力を持つことがあるんだ」

「・・・・だが、そういった力を持つ妖怪の話は聞いたことがないが・・・・」

「大抵、おとなしいんだよ、そういう妖気を持った妖怪は。霊気に近い気を持つせいかもしれないな。だから、どこかでひっそりと暮してるんだ」

「・・・・・そういえば、九十九も封印を使えるんだな」

「ん? ああ、そうさ。なんせ、200年間自分を封じて、この時代に生きてるんだからな」

「ふむ・・・・、あんた、後であの封印の調査手伝いなさい」

 しばらく何かを考え込むように黙っていた七香が、九十九を指差していった。数瞬ポカンとしていた九十九は、トコトコと七香の側まで歩いていく。

 そして掴むように七香の頭に手を置いた。

「さっきからえらく態度でかいな、七香ちゃん」

「何? 年下だから敬語でも使えっていうの。なかなか古い考えをお持ちの方ですわね。秦家の方は」

「ええ、なんせ、生まれは200年も前ですから」

 二人ともこれ以上ないくらいの微笑を浮かべているが、周囲の空気はこれ以上ないくらい重く冷たかった。

「あ、あのさ・・・・、七香、私たちをどこかに連れて組んじゃなかったの?」

『・・・・・・』

「ウッ・・・・」

 二人に同時に振り向かれ、百荏が1歩後ずさる。

「・・・・・・そうね。そっちの方が先ね」

 九十九の手を払いのけ、再び歩き始める。

『・・・・・ふー』

 九十九をのぞく全員が深くため息をついた。

 

 シュッ

 空気の漏れるような音とともに、堅固そうな扉が開いた。

「ここよ」

 七香が中に入る。五人がそれに続くと、そこはドーム状の広い部屋になっていた。

「・・・・・・なんだありゃ?」

 九十九が部屋の中央を指差す。ドームの中央には大小様様なコードが繋がれた台座のようなものがあり、その上に、何かが座っていた。人ではない。人の形をした金属の体の人形。ありていにいえば、ロボットのようなものが座っている。

 部屋には3つの台座があり、それぞれに人形が乗っていた。一番左側のものは、まるで中世の騎士のような姿。中央のは鎧を纏った侍。そして右に座しているのは、まるで忍者のような体をしている。

「あれは、私が霊子学の粋を凝らして設計した対妖魔用のロボットよ」

「ロボットォ〜?」

「何か文句でも」

 おもいっきり胡散臭いといわんばかりの九十九に、七香が鋭い視線を向ける。

「あのなァ・・・・」

「いいたいことは判ってる。第一に、現代の技術で妖怪との戦闘に対応できるようなロボットがつくれるのか? 第二に動いたとしても、妖怪には、通常の物理的攻撃ではダメージを与えられないものも多数いる。でしょ?」

「・・・・ああ」

 七香が『心配ご無用』とでもいいたげに、人差し指を横に振る。

「その問題を解決するためにあなたたちを呼んだの」

「・・・どういうこと?」

「後で話すわ。その前に、この子達の紹介するわね」

「この子たちって・・・・あのロボットのことか?」

「そうよ? なにか?」

「・・・・・・・いや」

 何かをあきらめたかのように深くため息をつく九十九。十吾が耳打ちする。

(あの娘は、少しメカフェチでな)

(・・・・・あれが、少しか?)

「説明してあげるっていってんだから、早くきなさい!」

(・・・・・態度でかいぞ)

(昔からだ。気にするな)

(・・・・・・)

 九十九と十吾が近くに来ると、七香はまず左に座する騎士のようなロボットの前にたった。

「この子はランスロット。パワーと耐久性を重視したタイプ」

 鎧武者のロボットを通り越し、忍者タイプのロボットの前に移動する。

「こっちが、鴉。情報収集を主な任務とするため、隠密性を重視したタイプだけど、ズバ抜けたスピードによる高速戦闘はなかなかのものよ」

 そして、中央の鎧武者のロボットの前に立つ。

「この子が、私の一押し。黒鉄くろがね。突出した部分はないけど、高いレベルで平均的にまとまってるから、どんな状況に対応できるわ」

「・・・・・・」

 九十九はすこし呆然としている。なんというか、三体のロボットの説明をしているあいだ、まるで夢見る少女のように目をキラキラさせているのだ。

「それで、あなた達を呼んだ訳なんだけど、実は、まだ未完成なのよ。この子たち」

「未完成?」

「ええ。この子たちの動力は、人のチャクラの位置に組み込まれた霊水晶チャクラクォーツの霊気なの」

「・・・・・つまり、こいつらは俺達の法具と同じ、霊力をもった武器なわけか」

 九十九の言葉に、七香が頷く。

「極端にいえば、そういうことになるわ。だけど、武器はそれだけでは、ただの物。自らの意思を持って闘うわけじゃないわ。そこで!」

 やや芝居がかった仕草で、黒鉄の台座をバンッと叩く。

「優れた刀工が刀に魂を込めるように、この子たちにも「命」を吹き込むの!」

「命を? どうやって?」

「ふっふっふ・・・壱姫ちゃん、百荏ちゃん。ここで私達女性陣の出番なのよ。私達女性には、「命」を生み出すという「力」があるわ。それはとても大きな「力」。レベルが同じでも、性質的に女性の霊気の方が上だといわれるのは、このためなの」

「・・・・なるほど」

 十吾が、ロボットを見て頷く。

「三人の霊気をこのロボットたちに与え、それを「命」とするわけか」

「さすが十吾ちゃん。理解はやーい。「人」と呼ぶには、「体」「気」「魂」が必要。これで、この子たちには、二つまでが揃うことになる」

「最後の魂は?」

「それはこれ」

 七香がそばに備え付けてある端末を操作する。すると、三つの台座の一部がせりだし、中から三様の武器が現れた。

ランスロットの台座からは、長大なランス。黒鉄の台座からは、一振りの日本刀。鴉の台座からは、忍者の使う、通常のものよりも少し刀身の短い刀だ。

「左から、ジャスティス、露払い。鴉のは無銘よ。それぞれが、かなりの霊気を持った武器。三体それぞれが、この武器とリンクして、自分の「魂」とするの。いわば「刀は武士の魂」ってやつ」

「なるほど・・・・・」

「機械の命としての「データ」、そして生命の命としての「霊気」。そしてそれを繋げるのは「魂」。成功すれば、この子たちは、地上で初めての機械生命体となるわ」

 悦に入ってる、といっていいほど、目を輝かせてる。

「機械生命体ねェ・・・・・。なァ、七香」

 九十九は、三体のロボットを見渡し、七香に声をかけた。

「何?」

「こいつら、戦闘機とか戦車とかに変形できねェの?」

「できるわけないでしょ」

「三身合体とかは?」

「そんなややこしい機能つけたら、他の機能がなくなっちゃうわよ」

「・・・・・ロケットパンチは?」

「もちろん、あるわよ」

「・・・・・あるのかよ」

 

   第九章へと続く。        もどるよ。